デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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表記上140話ってなってて改めて140……140!?って自分でビビりました。じゃあ最初どれくらい計算してたのと聞かれると、まあ適当で……くらいにはガバガバでした。
将来の想定が行き当たりばったりな感じで、六喰編前半終了話、どうぞ





第百三十八話『天空(そら)への帰還、宇宙(そら)への飛翔』

 

 

「きひ、きひひひひひッ!! あの子も、意地が悪いですわねぇ」

 

 凄絶な微笑みを浮かべ、用を終えたタブレット端末を影へ投げ込んだ『狂三』が、影の余波で揺れたスカートを直しながら言う。

 

「絶対に捕まらないという前提を逃げ道にして、勝ち目などない戦いを提示するのですから。とても、とても、残酷なことですわ」

 

 どちらかと言えば、そうやって楽しそうに語る『狂三』の方が余程意地が悪いと言えてしまう気がするが。

 確かに、勝ち目の薄い勝負だとは思うが、勝てない前提を語られると士道としても気分が悪い。琴里もそれは同じなのだろう。不愉快な顔を隠さず声を発した。

 

「はっ、言ってくれるじゃない。売られた喧嘩は買うわよ」

 

「あら、あら。わたくしもただ事実を述べただけなのですが――――ま、あなた方がどう足掻こうと、わたくしには関係のない話ですわ」

 

 お好きになさってくださいまし、と、『狂三』は地を軽く蹴り、影の中へと消えていく。

 

「確かに、あの子の声はお届けいたしましたわ。それでは皆様、ごきげんよう」

 

 あっという間に『狂三』の姿は影に呑まれていき――――同じ顔をした精霊は、数秒と使わず立ち去った。

 本当に、今の〈アンノウン〉の通信だけを伝えに来たのだろう。なんというか、仕事熱心……とはとても言えそうにないが、ドライ(・・・)な感じがする分身体だったと、士道は髪をかきながら考えのまま言葉を使う。

 

「……言うだけ言って、帰っちまった」

 

「むぅ……以前も思ったが、あの『狂三』は、どうにも奇妙な雰囲気を纏っている気がするぞ……」

 

「そうだねぇ。くるみんの分身って、大体あんな感じなの?」

 

 二亜の言う〝大体あんな感じ〟には、恐らく先に出会った四人の狂三(・・・・・)も含まれていそうなニュアンスだった。当然、それはないと士道は知っていたし、狂三も心外な顔で首を振って否定する。

 

「まさか。『わたくし』はわたくしの履歴。多少の差異はありますが、大部分はわたくしと同じ思考を共有しますわ」

 

「それが共有できていない個体は、少なからずいる。あの個体は、その極地だと推測できる」

 

「……わたくしなりの言い方をするなら、アレ(・・)はギリギリでわたくしの指示を聞ける、いいえ、見極める(・・・・)ことのできる分身体ですわね」

 

「見極める……?」

 

 いまいちピンと来ない言い回しをした狂三が、士道の訝しげな表情を見て小さく息を吐き、続ける。

 

「知っての通り、【八の弾(ヘット)】はわたくしの履歴の一瞬(・・)を切り離す力。人の趣味趣向、好みというのは瞬間瞬間で変化するもの――――――何かに向ける思考にも、同じことが言えますわ」

 

「じゃあ、あの分身体は……」

 

「どうでしょうね。少なくとも、ろくな時間からは切り離されていないと、わたくしは記憶していますわ。ともすれば、わたくしの目的に懸ける情熱が極端に強い瞬間から、かもしれませんわね」

 

「……ねぇ。それってさ、分身なのに狂三と仲が悪いってことじゃない?」

 

「ええ、当然ですわ」

 

 さも当たり前、みたいな顔で七罪のツッコミに言葉を返した狂三に、大体の精霊が呆れた目を向ける。

 目的の情熱に懸ける一瞬、などと簡単に言ったが、それは言ってしまえば今の狂三(・・・・)の現状に不満を抱いていると宣言されているのと同じだ。

 当の本人は、仕方なさげに眉根を下げてそれを受け入れているようだが。

 

「わたくしに反逆したわけでもないのに、分身体を処分することはできませんもの。それにアレ(・・)あの子(・・・)へ預け、同時に監視を任せた個体。多少のことは大目に見るつもりですわ――――――わたくしが〝悲願〟を果たせていないのは、事実なのですから」

 

「……本当に、それだけ?」

 

「え……?」

 

 聞こえてきた疑問の声に、士道はその方向へ視線を向ける。

 そこには、顎に手を当て何かを思い起こすように思考する琴里の姿があった。

 

「琴里さん?」

 

「……私には、それだけだとは思えないのよ。確かに、『狂三』にそういう面があるのも否定はできないけど、何かそれだけじゃ……」

 

 琴里の思考を覗くことができない士道にはわからないが、琴里にはあの『狂三』の狂三(オリジナル)に対する感情について、思うところがあるようだ。

 だが、琴里の疑問もわからなくはない。狂三は『狂三』だ。たとえどのような感情でも、狂三たちだからこそ理解できてしまうものがある。同時に、『狂三』は狂三の〝悲願〟を当然他者より理解している。

 だから、従う。仮に不満があったとしても、こんな場で表に出すようなことはしない――――故に皆が、あの『狂三』に違和感を持った。言ってしまえば、子供の八つ当たりのような感情を、狂三(オリジナル)に向けてただ発するのか? ということだ。

 しかし、この場で出る答えではなかったのか、琴里は振り払うように目を閉じて首を左右に動かす。

 

「……ごめんなさい、なんでもないわ。それより今は行きましょう。私たちの、行くべき場所へ」

 

 姿勢を整え、己が上官――――ウッドマンへ最大限の敬意を払い声を発した。

 

「それでは、ウッドマン卿」

 

「うむ。私に出来る最大限の助力はしよう。〈ゾディアック〉の元へ赴き――――どうか、彼女を救ってあげてくれ」

 

「はい!!」

 

 美しい敬礼を見せ、琴里は踵を返して士道たちと視線を交わらせる。

 決意と、使命感。強く首肯を返し精霊たちとウッドマンに頭を下げてから――狂三だけは、複雑そうな顔で視線を送っただけだったが――再び長い廊下へ舞い戻る。

 早足で〈フラクシナス〉へと向かいながら、士道は琴里の声を聞いていた。

 

「DEMを警戒して作業を急かしたのが幸いしたわね。今度の先手はこっちのものよ。〈フラクシナス〉の調整完了後、即座に発進。六喰の元に向かうわ。皆は――――――」 

 

「無論、置いていくとは言うまいな?」

 

 耶倶矢がニヤリとした笑みを隠すことなく告げ、他の精霊たちも続々とそれに続く。

 

「……まあ、私たちも何かの力になれるかもしれないし……いや、やっぱ私は力になれないかもしれないけど……」

 

「わ、私も……七罪さんと、一緒です。〈氷結傀儡(ザドキエル)〉で何かの力になれれば……!!」

 

「先手。ここで仲間外れは空気が読めないというものですよ、琴里」

 

「んぐ……」

 

 未だ、精霊たちを巻き込んでしまうことに躊躇いがあるのだろう。一度立ち止まり、皆を見渡した琴里だったが、彼女たちの決意は断固として揺るぎない。

 わかりきったことではあるが、狂三を見やると……超然と微笑みを浮かべて声を発した。

 

「二度目の押し問答は不毛ですわよ。琴里さんが皆様を説得できるだけの材料をお持ちなら、わたくしが弁護に回ってもよろしいですけれど」

 

「……遠慮しておくわ」

 

 この訴えは、狂三の弁護があっても勝訴できそうにない。両手を上げて、降参と言わんばかりの溜め息を吐いから、琴里は歩みを再開する。

 

「置いていく、って言っても密航しかねないわね――――――良いわ、全員で宇宙旅行と洒落こもうじゃない」

 

『おおっ!!』

 

 拳を高く突き上げ、宇宙まで届けと願う。

 今度こそ、士道の声と願い(エゴ)を届けるために――――――宇宙(そら)へ。

 

 

 

 

 

 

「さて、士道さん。妙案(・・)は思いつきまして?」

 

 皆の意志を統一してから、数十分後。調整が最終段階に入った〈フラクシナス〉艦橋にて、発艦の時を待つ士道の横で、狂三が唐突に声を発した。

 それを聞いていた二亜が、あ、そっかと手を叩いて続ける。

 

「根本的な問題が解決してないんだっけ。宇宙旅行やらくるみん衝撃の事件やら〈囁告篇帙(ラジエル)〉NTR事件で忘れてたよ」

 

『忘れていたのはあなただけだと思いますが。もしや、知見の天使に頼りすぎで脳が劣化しているのでは? 早急な処置をオススメします』

 

「…………あれ? 二亜ちゃんディスられた? ほぼ初対面なのにナチュラルにディスられた?」

 

 調整を進めている中で大変器用なことだとは思うが、なぜか辛辣な態度のマリアに二亜も困惑を感じて眉を寄せる。

 それはそれとして、二亜の言う根本的な問題というのは、もちろん六喰に関してのことだ。

 

「そうだな。六喰の心を『閉じた』力……〈封解主(ミカエル)〉をどうにかしないと、六喰のいる場所に辿り着いても堂々巡りだ」

 

「えっ、あたしの疑問は軽くスルーなの?」

 

『少しは黙っていられないのですか? だとすれば、あなたの忍耐力は小学生以下だと判断せざるを得ません』

 

「……いややっぱおかしいって!! 妹ちゃん、マリアの即刻メンテナンスの実行を進言します!!」

 

「却下よ。時間がないんだから手間を増やさないでちょうだい」

 

 ジャケットを肩掛けし直し、チュッパチャプスを口に含んで司令席に座る琴里は二声で二亜の叫びを却下した。当然であり、現実である。

 「うう、おーぼーだ。今どきのAIはやっぱり危険だよぅ……」などと泣き崩れる茶番をする二亜を後目に、士道は改めて六喰の攻略に必要なことを整理する。

 

「〈封解主(ミカエル)〉の鍵は、物体、空間を問わずに開閉させることができる。その力で六喰は、感情自体に鍵をかけた……」

 

「面妖な天使よのぅ。しかし、天使ならここにいくらでも揃っておる。我が無理矢理にでもこじ開けてくれようぞ」

 

「疑問。本当にできるのでしょうか」

 

「仮にできたとしても、天使の力でできた鍵を無理にこじ開ければ、彼女がどうなるかわからない」

 

「うぐ……」

 

 夕弦、折紙の冷静な指摘に、槍を捩じ込むような動作をしていた耶倶矢が苦しげに呻く。

 無理にこじ開ければどうなるかわからない。最もな指摘だ。が、士道は耶倶矢が言ったことの半分は的を射ていると思った。

 無理にこじ開けることはできない。しかし、耶倶矢の言うようにここには数々の天使が揃っており、士道はそれを常に間近で見る機会があった。

 

「霊力には霊力、天使には……天使」

 

 物事を冷静に俯瞰、観察し、事前に対応策を打ち立てる。持ちうる限りの思考スピードを出し切り、士道は今一度借りられる(・・・・・)カードを反復した。

 ちょうど、〈アンノウン〉が言及していたのが大きかったかもしれない。士道が正確かつ迅速に扱える天使は、少女が表現した七つ。

 口元に手を当て考えを纏める士道を、微笑む狂三が見守っている。きっと、彼女の中では答えが出ているに違いない。だとすれば必ず、士道も同じ答えに辿り着ける――――――士道が学んできたことは、彼女の生き様そのものなのだから。

 

「……!!」

 

 そして、順々に天使を隅々まで洗っていった時、それ(・・)に至った士道は彼女の名を呼んだ。

 

「七罪!!」

 

「ひゃっ!? な、何……?」

 

 突然大声で呼ばれたせいか、四糸乃の背からびくびくと怯えながら士道と対面する七罪。だが、七罪を咎めようという気はなく、ましてや怒る気などさらさらない。

 それぞれの天使を扱える士道だが、士道のそれは本来の持ち主が持つ力量には遠く及ばない。それを逆説的に導けば、即ち本来の持ち主なら、天使の能力範囲を正確かつ確実に推測可能ということになる。

 七罪なら、知っているはずだ。それ(・・)が行える効果範囲を。

 

「聞きたいことがある。今わかってる範囲で――――――」

 

 士道の考えに、精霊たちは目を見開いた。しかし七罪だけは、多少の驚きと困惑はあれど……確かに、首肯を返してくれた。

 

「……出来る、と思う。士道は何度も見てる(・・・)わけでしょ? だったら出来るとは思うけど……で、できなくても保証はしないわよ!? 私なんかに責任は取れないんだからね!?」

 

「ああ。あとは俺が扱えるかどうかだ。ありがとな、七罪。やっぱお前はすげぇよ」

 

「べ、別に私のお陰じゃないでしょ……」

 

「そんなこと、ないです……。七罪さんはすごいです……!!」

 

「よ、四糸乃まで……」

 

 強く主張する四糸乃の言う通り、卑下にすることなんて何もない。七罪と七罪の力に助けられた。これがなければ、賭けに近い手段を取らざるを得なかったところなのだ。

 嬉しさのあまり、ぽんぽんと七罪の頭を撫でる。少しばかり恥ずかしそうに頬を染めた七罪だったが、嫌ではないのか素直に受け入れてくれていた。

 

「きゃー、凄いです七罪さん!! ここは私からもご褒美のハグをプレゼントしちゃいますー!!」

 

「それはあんたがやりたいだけでしょぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 なお、直後にアイドル(妖怪ハグ要求)に連れ去られてしまったのだが。……割と頻繁に七罪は美九に捕まっているのだが、やはり抱き心地の問題なのだろうか? それとも、小動物的な可愛さからか。まあ、どちらとも+‪αの線が濃厚だと士道は推察していた。

 

「む……?」

 

 と。反動で全く関係のないことまで考察してしまった士道を他所に、十香が訝しげな顔で小首を傾げた。

 

「狂三、何を見ているのだ?」

 

 十香の視線の先には、じっと何かを見つめる狂三の姿があった。試しに、狂三の視線の先を追っては見たものの、あるのは艦橋内の壁だけ。特に彼女の目を引くようなものは何もなさそうだった。

 ただ、改めて見てみると、狂三の表情は何かを見るというよりは、何かを感じ取っている(・・・・・・・)。そんな風に士道には思えた。

 

「……いえ。この艦……艦内に、何か――――――」

 

「――――司令。全ての準備、完了いたしました。いつでも、航行可能です」

 

 その時、艦橋に待ち望んだ報告が響き渡り、全員がそちらへ顔を向けた。

 報告を受け取ったこの艦の司令官、琴里は己の使命、責任、それら全てを刻み込むように静かに息を吸い込み――――――

 

「よろしい――――〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉、発艦用意!!」

 

『はっ!!』

 

 高らかに宣言し、バッと手を掲げ続けた。

 

基礎顕現装置(ベーシックリアライザ)並列駆動、随意領域(テリトリー)展開、不可視迷彩(インビジブル)及び自動回避(アヴォイド)発動」

 

「了解。基礎顕現装置(ベーシックリアライザ)、並列駆動を開始します」

 

随意領域(テリトリー)、展開――――いつでもいけます」

 

 クルーの声と共に大きくなる機体の駆動音。モニターに映る巨大なハッチが艦の門出を祝福するかのように、開く。

 その先には、広大な天空(そら)――――更にその先には、目指すべき宇宙(そら)がある。今一度、この時をもって、〈ラタトスク〉が誇る最大の空中艦が、戦場へ舞い戻ろうと産声を上げていた。

 

「さあ、行くわよ。念のため何かに掴まっ――――あ、やっぱりいいわ。狂三、よろしく」

 

「うふふ。五河司令の仰せのままに」

 

 琴里からの指示に狂三がスカートの冗談めかして裾を摘み、敬礼代わりの礼をしながらトントン、と足踏みをして影を広げる。

 すると、それは士道たちの足元や壁際に広がり、中から複数の白い手が現れベルト代わりに士道たちの身体を支えてくれた。

 わざわざそんなことを、と一瞬思いはしたが……最初の琴里の指示で、すかさず士道に飛びついて来ようとした折紙と二亜を見ると、割と必要な措置な気がして士道は航行前から冷や汗をかく。

 

「……あれ、これってもしかして狂三さんと事実上繋がっていることになりません? ああ、もっと強くお願いしますー!!」

 

『…………』

 

 若干一名、アイドルとして手遅れな発言が聞こえてきた気がしたが、発言にドン引きして中にいる分身体が手を離して、美九が放り出されないことを祈っておいた。

 やれやれと気疲れした顔で息を吐いた琴里は――――――しかし、一瞬にして司令としての表情を顕にする。

 その時ようやく、士道の中で帰ってきた(・・・・・)という感覚が目覚めたような気がした。

 天を超え、星の海へ。常識外れでこそ、〈ラタトスク〉。

 

 

「――――〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉、発進!!」

 

 

 星の海を漂う、心を閉ざした少女の元へ――――――星の大海を目指し、翼が飛翔の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「んー……」

 

 ぐいーっと、大きく身体を伸ばし、はぁと息を吐き出す。本格的な寒波が入り込み、白くなった息が空へあっという間に消えていった。

 

「さて、と」

 

 軽く身体の調子を確かめ、ビルの屋上から身を乗り出し風景を観察していく。

 数ヶ月前は、大した感情も浮かんでこなかった光景だが、数ヶ月ぶりにこうして覗くと、また新たな感情が……というわけでもなく、意外とロマンがないのだなと、自分で自虐をする羽目になった。

 

「……というか、本当に容赦ないですねあの子」

 

 そうして苦笑気味に思い返したのは、つい数分前のこと。

 監視の目などは一通り視て(・・)確認していたが、少女も思わず笑ってしまうほど逃がさない(・・・・・)という力が入っていたのだ。

 少女の力をよく知る琴里からすれば、どんな監視や縛りだろうが無駄だとわかっていそうなものだが――――わかっていて、用意していったのだろう。

 それで少女が油断して出られないならよし。脱走したなら、地の果てまで追いかけてやる(・・・・・・・・・・・・・)という意志と意気込みを嫌でも感じさせられてしまった。

 

「……ちょっと早まったかなぁ」

 

 ぽつりと、本音がこぼれる。そんな用意をしている相手に、感情のまま勝負を挑んだのは少女自身でさえ、今になって驚いている。

 何を、考えていたのだろう。自分で自分が、わからなかった――――『私』のことなら、もう手に取るようにわかるというのに。

 

「――――〈囁告篇帙(ラジエル)〉」

 

 理解不能の感情を打ち消すよう、少女は天使の名を呼び虚空を撫でる。

 瞬間、少女を隠し通していた白い外装が粒子となって消え失せ、代わりに一冊の巨大な本が宙に浮かぶ。

 予想通りではあるが、自身の力量不足に少女は〈囁告篇帙(ラジエル)〉に触れながらその眉根を下げた。

 

「……せめて、外面だけは展開できるように努力しましょうか」

 

 でないと、使える場所が限定的すぎる。元より人前で使うつもりはないが、内部機構が機能せずとも外装は便利だと思い知らされた気分だ。

 長い髪が風に靡く慣れない感覚にくすぐったさを覚えながら、少女は新たに更新された情報を全知の天使より会得する。

 

「……予測はおおよそ的中、ですか。全知の天使の名に違わぬ正確さですね」

 

 世界のあらゆる事象を視る力。単純ながら、これほどの天使を持っていて正気を保っていられた本条二亜は、相当な人格者だと少女は評価したい。本人の性格上、言ったところで冗談でしか返してこないとは思うが。

 

「……ごめんね。あなたも主の元へ帰りたいでしょうけど、もう少しだけ、私に付き合ってね」

 

 言って、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の頁を撫でると、まさか言葉に反応したわけではないだろうが、光の輝きをもって天使が呼応して見せる。

 その偶然にくすりと少女は微笑み、〈囁告篇帙(ラジエル)〉を閉じて胸元に抱きしめるように抱え込んだ。

 

 

「――――あと少し、だから」

 

 

 何もかもが、あと少し。願いが、悲願が――――計画が。

 もう少しで、到達する。時間の終わりで、生み出されるもの、消えるもの――――少女の理解不能な想いは、後者なのだろう。

 

「……あなたなら、わかる?」

 

 本人にさえわからぬ想いが、この全知の天使ならば暴いてくれるのだろうか。

 定められた終わりへ向かう道で、必要のないことをしてしまった、壊れた少女の想いが。

 

「――――なんて、ね」

 

 わかるはずもない――――わからないでいた方が、きっと幸せだ。

 少女の浮かべた微笑みは、少女にさえ意味がわからないうちに、ローブの暗がりへ消える。

 

 

「さあ、あと一つ――――どうか、幸運を。我が女王よ」

 

 

 集った先にある絶望と希望に、どうか負けないように。

 道化の仮面を被る少女は、最後の舞台へと足を踏み入れた。

 

 

 






この辺、僅かに描写された『狂三』側の狂三の恋愛感情についてを考えたり、他の『狂三』と琴里の対話を思い出してもらえれば、特異個体の不可解な感情の謎も深まるかもしれません。
ただ結局、本質的には『狂三』は『時崎狂三』です。それだけは、何があっても変わらない。皮肉屋だけど、誰よりも情が深い、彼女なのです。

というわけで前半戦終了。〈神蝕篇帙〉関係がほぼ全部丸ごと消し飛んでるので、日常から六喰、始原の精霊に関連するワード、〈アンノウン〉に関してのお話となりました。
所謂、最終章一歩手前のこの章。六喰の本当の心に届かせに行くのは後半戦からが本番。宇宙戦は割とやりたい放題やると思います、いや本当にやりたい放題でした。本質外に追いやられてるとはいえDEM側可哀想過ぎない?ってくらいには。

感想と評価が原動力なところあるのでくれると嬉しい。ください(直球)
そんなわけで感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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