デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百三十九話『バトル・オブ・コスモス』

 

 宇宙。知識として存在し、だが人の身一つでは到底到達し得ない領域。全てを呑み込む漆黒の海、大海の星々。

 

「…………」

 

 五河士道は、宇宙に立っていた。

 否。立っている、という表現には語弊がある。今士道は、宇宙という領域において生命維持に必要な装置の一つさえ身につけていなかった。それでいて、この広大な宇宙の片隅に浮かんでいる。

 観光や遊覧が目的ならば、それらは必要なものだろう。だが、士道の目的は違う。

 ただ一人。無垢なる少女を救うため、そのためだけにここに来た。故に必要なものは己の身を包む道具ではなく、心へ届かせる力と言の葉のみ。

 

「――――六喰」

 

 その名を、呼ぶ。

 本来ならば届かないはずの声は、随意領域(テリトリー)に包まれたこの領域だからこそ通ずる。

 ゆらゆらと揺れる、身の丈を超えるほどに長い金髪。星座のような裏地を覗かせる衣、霊装。

 少女に表情はなく、少女に感情はない。ただ、現れた者を視認し、事実だけを返すに過ぎない。

 

「――――――ふむん。うぬもしつこいのう。それに、覚えも悪いと見える」

 

「諦めと物わかりの悪さ、それと嘘をつけないことには定評があるんでね――――だから、会いに来た。今度は、直接な」

 

 不敵な士道の口説き文句にも、六喰はため息を一つ返すだけ。そこに悪感情はなく、しかし裏返した感情も存在しない。

 あるのは無感情。ただ士道が言葉を放ったから、六喰は必要なだけ口を動かす。

 『人形』としての機能を残し、星宮六喰という少女は停滞している。六喰の手に握られた錫杖、天使〈封解主(ミカエル)〉の力によって。

 

「それで。うぬは何を求めてきたというのじゃ。むくは、うぬの救いなどいらぬ」

 

「そうか……いや、今のお前はそうなんだろうな」

 

 少なくとも、今の六喰は救いなど求めていない。あるのは停滞と、悲しいまでの静寂。

 ああ、そうだ。今の六喰(・・・・)は、だ。士道が話したいのは――――この六喰じゃない。

 

「けど、言ったはずだぜ。俺が答えを聞きたいのは今のお前じゃない。〈封解主(ミカエル)〉で鍵を掛けていない、本当の星宮六喰だ」

 

「…………」

 

 一度は問うたそれに、答えはなかった。

 六喰は心を『閉じた』。それを成したのは、確かに六喰の選択だったのかもしれない。余計なお節介なのかもしれない。

 だが、士道はその理由が知りたいのだ。幼き少女が、世界を感じるための心に鍵を掛けた。余程のことがあったとしか思えない、悲しみの理由を。

 曖昧な返事は誤魔化しだったのか。或いは、本当に忘却してしまったのか。どちらであっても、軽い理由ではないと想像に難しくない。

 だから、士道は。冷淡な表情の六喰を真っ直ぐに見つめ、言葉を発した。

 

 

「改めて聞く。六喰、君に一体何があった? なんでこんなところまで来て、心に鍵を掛けなきゃいけなかったんだ。教えてくれ――――それまで俺は、絶対に引き下がったりしない」

 

 

 それを聞き出すまでは、止まれない。そのために、士道は士道のエゴを通すために、皆の力を借りて宇宙へ来たのだ。

 士道の覚悟と決意に、六喰は表情を変えないまま錫杖を回し、士道へと向けた。

 

「むくも、言ったはずじゃ。警告はした――――それに従わぬのなら、どうしようとむくの自由じゃ」

 

 宣言と同時、六喰の周囲に漂う岩石や機械の破片が士道へ向かって降り注いだ。

 立体映像越しに体験した攻撃手段。立体映像出なければ、五回は死んでいたと確信がある遠慮のない流星群。そして今、士道は立体映像ではなく生身の肉体。まともに喰らえば、再生の炎を借り受ける士道といえど無事では済まない。

 だが、しかし。士道の顔に焦りは浮かばない。それでも内心に残る恐怖からか、額から汗が滲む――――それを超える意志の力で、士道は不敵に微笑む自分を演じ切る。

 

「そうか――――なら俺も、勝手にさせてもらう!!」

 

 ――――必滅の礫が、士道の身体を避けて通った(・・・・・・)

 

「む……?」

 

「助かったぜ――――琴里、マリア」

 

 表情に事務的な疑問を乗せた六喰に対し、士道はインカムに向けて感謝の言葉を述べながら右手を翳し、意識の集中を試みる。

 士道が攻撃を避けたのではなく、士道を包む随意領域(テリトリー)が攻撃を動かした(・・・・)のだ。事前にある程度の説明を受けていた士道は、驚くことなくそれに身を任せることができた。

 とはいえ、この随意領域(テリトリー)は万全ではない。〈フラクシナス〉を包むような防壁には程遠く、天使クラスの攻撃を受ければ士道は哀れ宇宙の塵になる。そうならないために、士道は最善の一手を選び取った。

 

「――――――」

 

 願いを標に、祈りを胸に。あらゆる可能性へ化ける力を持つ、その名を。

 

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉」

 

 

 全身を駆ける熱が増し、士道の手に光り輝く長柄の箒。

 七罪の持つ天使〈贋造魔女(ハニエル)〉。物質を変化させ、化けさせる魔女の力。それは他人だけではなく、天使自らを変える(・・・)ことができると、士道は知っていた。故に、続ける。

 

 

「――――【千変万化鏡(カリドスクーペ)】!!」

 

 

 かつての七罪が披露した、〈贋造魔女(ハニエル)〉の極地を。

 光を纏った〈贋造魔女(ハニエル)〉がその輝きの中で姿を変えていく。変化まで数秒と使わず、変質しきった外見に士道は思わず笑みを浮かべた。

 

「……何じゃと?」

 

 さしもの六喰も、士道の手の内に収まったそれを見て、訝しげな声をもらした。

 当然も当然のことだろう。何せ、士道の手に収まったのは――――――鍵のような形状をした、錫杖。

 何を隠そう。〈贋造魔女(ハニエル)〉は六喰の持つ天使〈封解主(ミカエル)〉へと寸分たがわず変貌してみせたのだ。

 これこそ、万物を真似る〈贋造魔女(ハニエル)〉の力にして、士道が思い至った二つ目のルールの穴だ。

 

『聞きたいことがある。今わかってる範囲でいいんだ――――〈贋造魔女(ハニエル)〉で〈封解主(ミカエル)〉の〝鍵〟の力を模範することって、できるか?』

 

 あの時、士道は七罪にそれを聞くことができた。やり方さえわかっているのなら、変幻自在の天使で模範することも可能なのではないか、と。

 七罪のように完全な模範でなくていい。ただ、士道がわかる範囲で六喰の心に掛けられた鍵を、開くことができるなら。

 自信はあった。何せ、士道は〈封解主(ミカエル)〉の『閉じる』力を目撃し、六喰からそれを使って心に鍵を掛けたと聞いている。ならば、この万物を真似る天使を借り受けて、化けられないはずがない。

 

「面妖な。〈封解主(ミカエル)〉を模したというのか」

 

「そういうことだ。これなら――――――」

 

 動きさえも模範するように、錫杖をくるりと回転させ、音を鳴らして〈封解主(ミカエル)〉の先端を六喰へ向けた。

 

「本当のお前と話すことが、できる」

 

「不遜なり。身の程を知るがよい。如何に形を真似ようが、うぬに〈封解主(ミカエル)〉を使いこなせるものか」

 

「さあ、どうかな。生憎と俺は、時間を超えたこともある人間だ――――やってみるまでわからないって、嫌というほど学んでるんでね」

 

 天使には天使。ルールの穴をついた奇策。あとは士道が、この鍵を六喰の心に届けられるかどうか。

 それこそ――――――やってみなければ、わからない。

 

「出来るか、出来ないか。やってみてから俺が決める――――――いくぞ、六喰。お前の心を、開いてみせる」

 

 

 同じ錫杖を両手で構え、士道は持てる知識、度量、覚悟。それらを総動員し――――孤独に漂う六喰へ全てを突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――頼んだわよ、士道」

 

 〈フラクシナス〉艦橋。司令室に座った琴里は、送り出した士道が魅せる天使と彼の覚悟を決めた声を見聞きし、己の迷いを捩じ伏せるように言葉を紡いだ。

 士道を精霊の前に一人立たせる。それは必要な措置であり――――妹として、士道を愛する者としての琴里が、心に迷いを生じさせる要因でもある。

 再生の力があるから大丈夫? そんなものは楽観的な戯言に過ぎない。一歩間違えたら、士道はすぐさま宇宙の藻屑へと成り果てる。そうならないために琴里は司令官としての顔を生み出し――――――

 

『琴里。私たちは私たちのすべきことを』

 

 そして、我が子同然の〈フラクシナス〉とクルーたちがいる。

 せっかちなマリアの声に唇の端を吊り上げながら、琴里は艦橋に響き渡る声を返す。

 

「わかってるわ。私たちで士道を可能な限り援護するわよ!! 総員、気合いを入れなさいッ!!」

 

『はっ……!!』

 

 緊張を孕みながらも、心強く応えるクルーたちに首肯を返し、次に琴里は後方へ視線を向けた。

 そこにいるのは、実に九名の少女。〈ラタトスク〉の保護対象であり、本来ならこの場には適さない少女たち。だが、彼女たちの目は『いつでも行ける』、そう聞こえてくるような意志を宿して琴里を見ていた。

 気持ちこそ、わからなくもない。琴里とて、彼女たちの立場になったなら同じ決断をしてしまうに違いないのだから。しかし、それにはまだ早いと琴里は安心させるように微笑みながら意志に声を発した。

 

「皆の気持ちは嬉しいけど、六喰の警戒心を大きくさせないためにも、士道がピンチになるまでは待機して――――――」

 

「――――あら、琴里さんのその発言、十秒後(・・・)には撤回なさると思いましてよ」

 

 遮られながら告げられた言葉に、琴里は訝しむようにピクリと眉根を上げた。

 それを放ったのは、唯一この場において霊力を封印されておらず、それでいて現状は士道の味方をする精霊、時崎狂三。

 妖艶な微笑みを浮かべながら琴里を見やる狂三に対し、琴里は怪訝な顔を隠さず返した。

 

「どういう意味? まさか、士道がピンチになる予知でも浮かんだのかしら」

 

「いいえ、士道さんだけではなく――――わたくしたちも、ですわねぇ」

 

 ――――――瞬間。まさに、琴里の発言からちょうど十秒後(・・・)のこと。

 突然、艦橋に警告の赤いランプが灯り、けたたましいアラートが鳴り響いた。

 

「何ごと!?」

 

「……!! これは……敵です!! 地球よりDEM艦が四隻!!」

 

 箕輪の報告と同時、モニタに巨大な艦影が複数映り込む。

 うち三隻は通常のDEM艦だが――――その中で、一際小さな艦影がある。その名を、琴里はよく知っていた。

 〈ゲーティア〉。『前の世界』で〈フラクシナス〉に土をつけた仇敵。それ自体に、もう大きな驚きはない。DEMが六喰を狙ってくることは、既に〈アンノウン〉からの情報提供で開示されていたからだ。

 しかし、確実なタイミングだけはわかっていなかった。琴里たちが辿り着く方が先、というだけのことしかわかっていなかったのだ。

 

「狂三、あなた……」

 

 それを狂三は、正確に言い当てた。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉の未来予知が為せる技。だが……この予知は、狂三の五感(・・・・・)を含めた知識、情報を用いて算出される。

 琴里が驚くのは当然のこと。狂三は今、自身の知覚領域の遥か彼方より迫り来る者たちを、〈フラクシナス〉の警告を超えて予測して見せたのだから。

 〈アンノウン〉から情報を得ていたから。単純に、琴里が驚愕する未来(・・・・・・)を予知していたから。数々の可能性は考えられるが、狂三から銃弾を使わない予知はほぼ確定した未来(・・・・・・・・)、又は回避すべき未来を積極的に視せるとも聞いていた。

 ただ、もう一つだけ、琴里には思い至る可能性が存在する。

 

 

「琴里さん――――この艦、妙なもの(・・・・)を積んでいますわね?」

 

 

 それすら、鋭く言い当ててしまった狂三に、琴里は息を呑む。

 次いで、琴里の返答より早く反応したのはそういったことには目敏い二亜だった。

 

「なになに? もしかして秘密兵器みたいなのがある感じ?」

 

「む、何だやるではないか。この状況なのだ。我らの力と共に披露しようではないか」

 

「っ……駄目よ、アレは……っ!!」

 

 焦りの篭った声を聞いて耶倶矢がキョトンとした顔をし、琴里は躊躇いから渋面を作る。

 ――――アレ(・・)を作ることに、そもそも琴里は反対したのだ。

 令音からの提案を突っぱねたのは当然だった。精霊を救うために生み出された艦の中に、その精霊専用(・・)の補助装置を置くなど、本末転倒もいいところだ。司令官として座る琴里ならともかく、狂三はそうではないのだから。

 それ以外の懸念点も多くある。だから琴里は存在を告げるつもりはなかったのに――――――

 

「琴里さん、時間がありませんわ。皆様は士道さんの元へ。わたくしは士道さんのために、必要なことを為しますわ(・・・・・・・・・・・)

 

 見抜いた上で、このお嬢様は必要だと……自らの負担になるだろうことさえわかっていながら、引き受ける。

 ああ、ああ。時崎狂三はそういう子だ。必要なことなら、どんな泥水でも被って進むのだ。必要なことなら――――――それが、愛する士道のためになるのならと。

 

『琴里、狂三に部屋のキーを』

 

「マリア……」

 

『予定通り、私が狂三のフォローも行います。琴里は必要だと思ったから、機能の行使を私の権限に委ねたのでしょう?』

 

 無機質な電子音声。されどそれは、覚悟を問うマリアの顔が浮かぶようだった。

 迷いに使える時間は少ない。司令としての指示、迫り来るDEM艦――――――迷える指が司令席の肘掛けから外れ、胸のポケットへ伸びるまで、そう長くは待たなかった。

 

「受け取りなさい」

 

 指で挟んだ一枚のカード。勢いよく投げられたそれを、狂三は戸惑うことなく受け取ってみせた。

 

「これは……」

 

「それがなきゃ絶対に入れないのよ。あなたが感じ取った部屋にはね」

 

 ああ――――――こんなものを用意させて、置いてこなかった時点で、琴里も心のどこかでは思っていたのだ。

 令音の言う通り、これから必要になると。それを最後には受け入れてしまった自分も。聡明な狂三なら、全てを察して引き受けてしまえることも。

 

「詳しい説明はマリアがしてくれるわ――――いい? わかってるとは思うけど、無理だけはしないこと。負担は極力抑えた設計になってるけど、それでも相当な負荷があなたにかかるわ」

 

 琴里の厳しい視線にも動じず、狂三は優雅な礼を返す――――これで動じるようなら、初めからこんなところには来ていないのだろうけど。

 

「ご心配のほど、痛み入りますわ。ですが――――わたくし、そこまで弱いつもりはありませんことよ」

 

 言って、トンと一歩下がった狂三の身体が、皆の視界から消える。いつの間にか、転送装置の一歩手前まで動いていたらしい。

 相変わらず、可愛げのない演出家な面を覗かせる。苦い顔でそれを見送り……皆に指示を出す前に、誰にも聞こえないほどの声量で琴里は返事を返した。

 

 

「――――だから、言ってんのよ。ばか狂三」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――――」

 

 ターミナルへ転送された狂三は、自らの知覚領域が鋭敏になる感覚を更に(・・)強めた。

 しかし、〝自らの〟、と言うには語弊が生じている。視えているもの、これから視えるもの。それらは狂三の視認外にある事象。それを自らが視たものだと言うには、些か無理があるものだろう。

 狂三の経験則から似た事例を起こすのなら――――この遠隔予知は、十香が反転した際、士道の知覚領域と同期したあの瞬間の感覚と同じだ。

 

「……人の身には、余るものですわねぇ」

 

 ふと苦笑気味に言って、狂三は硬い地面を蹴って先を急ぐ。

 そう。この知覚領域は士道との共有ではない。人の領域外にある権能だからこそ、積極的な能力行使をしていない狂三の予知が冴え渡っているといえる。故に、そのようなものは人の身には重いと狂三は笑ったのだ。

 

『あら、あら。わたくしらしくありませんわ――――――化け物が、人らしくありたいなどと』

 

 だから、自らの愚かな思考を戒めるように響いた影からの声に、狂三は一瞬足を止めた。

 

「――――はっ。それもそうですわね」

 

 笑い飛ばしたのは、甘すぎる自分自身。

精霊(かいぶつ)が、力を捨てず平和を享受できない愚か者が、いつの間にか自分自身を〝人〟と定義付けていた。

 嗚呼、嗚呼。これほどまでに『時崎狂三』は甘さを否定できない。否定できないから、迷いという感情が生まれ、それを振り払うしかないから、また愚かな生き物なのだと自らを蔑む。

 愚かで、自己矛盾を抱えて――――そんな狂三を受け入れてしまう人達が、酷く眩しい。

 

『またこのようなことをなさって、一体何になりますの。懐かしき友愛の情が湧きまして?』

 

「理由など。わたくしとて、宇宙で皆様と心中など御免でしょう?」

 

 ほら。そうやって最もらしい理由を提示して、自分自身を納得させる。

 けど構わない。矛盾した時崎狂三だから、できることがある。彼らの未来に手を貸すことができる。その先に、狂三が望む〝悲願〟がある。

 士道が、皆が、踏み躙った命が――――失った大切な者が、笑って暮らせる世界があるのなら。狂三は喜んで精霊(かいぶつ)となろう。

 

 

『――――可哀想な『わたくし』。そうやって、未練を残すのですね』

 

 

哀れんだ(・・・・)声に目を見開いて、狂三は後ろを振り返る――――何もない。生み出される影は、本物の物。

 

「……未練など、今更ですわ」

 

 未練があるから、狂三は過去を求める。そこに、士道というかけがえのない人が加えられただけだ――――それならまだ、未練だけで済む。

 

 声は、何を伝えたかったのか。未来が視え過ぎて、今が曖昧にでもなったというのだろうか。硬い表情で進める歩みには、思考と反して迷いは見られない。

 

「――――ここですわね」

 

 ピタリと足を止めた目と鼻の先に堅牢な扉と、鍵の役割を果たすべく設えられた装置。そこへ狂三は躊躇うことなく手にしたカードを通した。

 鍵を開ける役割を正しく果たし、装置から甲高い音が鳴り自動で扉が開かれた。息を整える時間すら作ることなく、狂三は扉をステップを踏むような軽さでくぐり抜けた。

 

「…………」

 

 入った部屋を見渡し、どのようなものかを頭に叩き込む。

 ある程度の広さが取られた部屋の中には、無機質なコード類が幾つも散乱している。それだけで、如何にこの機能が急造で進められたか感じることが出来きた。

 この一室の中で最も特徴的なのは、中心に開いた大きな穴のような入口だろう。その中を覗き込むと、半径三メートルほどの空間の暗がりに琴里の司令席より大きなシートが備えられ、ほぼ全方位がモニタの役割を果たす壁に覆われている。

 それ自体は驚くことでもなかったのだが……何だろうか、シートがまるでロボットアニメにあるような造りになっていて、製作者の趣味を感じざるを得ないと狂三は微妙な表情を浮かべた。

 

「……中津川さんでしょうか」

 

『鋭い考察ですね』

 

 と。首謀者であろう人間の名を呟いた途端、上部に設置されたモニタが輝き『MARIA』の文字が表記され、スピーカーから電子音声が続けて聞こえてきた。

 

『正確には、琴里を除く〈フラクシナス〉クルー総出ですが。コックピットブロックの設計は流用とのことでしたが、シートだけは非効率的な組み立てがなされました』

 

「……光景が目に浮かびますわ」

 

 〈次元を超える者(ディメンション・ブレイカー)〉というだけあって、こういう方面の知識にも彼は強いのかもしれない。

 最も、マリアの言う通り急造でありながら非効率的だと狂三は軽く手を頭に当てて呆れてしまう。

 とは、いえ――――――

 

『――――口では呆れていますが、狂三はこういった遊び心が嫌いではないと推測します』

 

「うふふ、ご想像にお任せしますわ」

 

 こういう遊び心が、時崎狂三は嫌いではない。

 トン、と地を蹴り浮遊するように下段へ。穴をくぐり抜ける瞬間、一瞬にして紅黒のドレスを身に纏い、シートへ腰を落ち着かせた。

 すると、上段の出入口のハッチが閉じ、薄暗かった空間に電源が入ったように次々と光が投影されていった。

 壁面には全方位リアルタイムで外の映像を中継しているのだろう。広大な星の海と、加えて様々なデータ類が表示され始めた――――しかし、それらはほぼ無用の長物だと、狂三はこの装置の正体に当たりをつけていた。

 

「しかし、このようなものを設計されていたとは、わたくしも予想していませんでしたわ」

 

『基礎理論を持ち込んだのは令音です。琴里は最後まで造設に反対していたようですが』

 

「なるほど。まあ、敵となる精霊一人に艦の中心を任せることに反対するのは、司令官として当然の判断ですわ」

 

『そういう意味ではないとわかっていると推測します。狂三、ツンデレですか?』

 

「……どうやら、話せるようになっても無用な機能は残っているようですわね」

 

 横に浮かんだ『MARIA』の文字をじろりと睨むと、電子音声ながら本当に感情が乗っているような不満そうな反応が返ってくる。

 

『異議を唱えます。これは、士道をサポートする上で必要な知識です。不要なものなどではありません』

 

「たとえそうだとしても、わたくしは決してツンデレなどではありませんわ。そもそも士道さんならまだしも、琴里さんにデレた覚えはありませんわ」

 

『そこで士道を引き合いに出す辺り、さすがは狂三です。アピールが的確といえます』

 

「…………」

 

 ああ言えばこう言う。本当にこの子はAIなのかと狂三が息を吐いたのを確認したマリアが、今度は調子を変え――と言っても電子音声だが――声を発した。

 

『狂三。システムを稼働させる前に、伝えておきたいことがあります。あくまで、予測の範囲ですが』

 

「随分と煮え切らない仰り方ですこと。なんですの?」

 

『あなたの予知の変質、及び発動条件について、令音が立てた推察をお話します――――――』

 

 思わぬ話題に目を大きく見開き、告げられた内容に。

 

「……そういう、ことでしたの」

 

 驚きと、不思議な納得に心を落ち着かせた。

 

『あくまで予測と言っていましたが、私も過去のデータなどを参照し、正解に近いと思っています』

 

「ええ、ええ。そうでしょうとも、そうでしょうとも。わたくしと〈刻々帝(ザフキエル)〉は一心同体。なればこそ、あなた方の推察は正しいのでしょう――――故に、残酷ですわ」

 

 嗚呼、何故なら。何故、ならば。

 

 

「近い未来――――――わたくしはこの力を失うのですから」

 

 

 理由が正しいのなら。論理的な組み立てが可能だと言うのなら、狂三は瞳に微かな悲しみを乗せて未来を断言した。

 そうして、狂三とマリアが何かの言葉を交わすより早く、強烈な振動が〈フラクシナス〉を襲う。

 何かなど問うまでもなく、狂三が驚く必要もない。迎え撃つお客様――――にも満たない無粋で不遜な者が、早足に仕掛けてきただけだ。

 

「きひひひっ!! 盛り上がって参りましたわね」

 

『はい。それでは私が――――〈フラクシナス〉があなたの目となり、知となります。よろしくお願いします、時崎狂三』

 

「今この瞬間は、頼りにさせていただきますわ。まったく、おかしな話があったものですわね。わたくしが、このような立場にあるなどと」

 

 皮肉を込めて微笑み、次いで鋭くモニタに映る機影を睨みつけた。

 〈ゲーティア〉。恐らくは、現在の人類史において最強の空中艦。ただし、数分後にはその称号を奪われることになるだろう。これは予知ではなく、確定的な事実だ――――――いい加減、負け犬(・・・)がうろちょろするのは目障りだと思っていたのだ。

 微笑みに不敵で、いっそ不遜なまでの自信を纏わせ、狂三は高らかに真名を謳う。

 

 

「さあ、さあ。おいでなさい。おいでなさい。遠慮も、情けも、不要ですわ――――――〈刻々帝(ザアアアアアアアフキエエエエエエエエル)〉ッ!!」

 

 

 時間を告げる鐘が鳴り響き、狂三の背にシートすら上回る時計盤が姿を見せる。と、周囲のモニタに〈刻々帝(ザフキエル)〉と似通った時計盤が幾つも映り込み、歯車を回してようにくるくるくるくると乱反射していた。

 まったく、誰かさん(・・・・)の主張を感じざるを得ないと、狂三は一瞬だけ甘い微笑みを見せ――――――銃を手にした瞬間、細く冷たい目を作る。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【五の弾(ヘー)】」

 

 高く掲げた銃に時計盤から霊力が供給され、狂三はそれを真っ直ぐ(・・・・)突きつけた。

 どこへ撃とうと、結果は変わらない。狂三は何の説明も必要とせず、このシステムを理解していた。

 狂三はマリアであり、マリアは狂三である。この瞬間、そうなるというだけのこと――――個を幾つも持つ時崎狂三にとって、そのようなこと造作もない。

 

「さて、また琴里さんのお言葉を借りることになりますけど――――――」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、銃の引き金に指を掛けた狂三は、

 

 

「さあ、始めましょう――――わたくしの戦争を」

 

 

 開幕を迎え入れ、撃鉄を鳴らす――――刹那、時崎狂三は宇宙(そら)を翔ける白銀の翼と、一つになった。

 

 

 





最近は更新したらお気に入りが増えて、減り、増えて、減りを繰り返して気分が上がるんだか落ち込むんだかを繰り返してるいかです。前にも言いましたけど、私は私が考えるものしか書けないので、ここは仕方ないんですけどね。減るもんは減るし、増えてくれたらとても嬉しい。

そんなわけで始まりました、原作15巻に当たる展開。14巻は大幅カットの部分があるので、気になる方はデート・ア・ライブ14巻『六喰プラネット』を要チェック。

未練を感じながら、進み続ける者たち。その瞳に映る未来とは。さあ、さあ、戦争の時間です。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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