デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百四十五話『悪魔と悪夢の救援隊(デビル&ナイトメア)

 

 小柄な方とはいえ、女子高生一人を抱えて容易く上空を飛ぶのは、さすがは精霊の分身だと言わざるを得ない。

随意領域(テリトリー)なしでの飛行初体験が、まさかこんな形で実現するとは、と折紙は直風に煽られながら何とか『狂三』と会話を試みていた。

 

「あ、あの……」

 

「何ですの? ああ、ああ、飛行が荒いのは謝罪いたしますわ。見ての通りわたくしも急いでいますので、折紙さんには耐えてもらうしかありませんけれど」

 

「い、いえ。それは大丈夫です!! そうじゃなくて……オリジナルの時崎さんと〈アンノウン〉……さんは、今どこに?」

 

 分身がわざわざ精霊たちの元へ訪れ、誰かの記憶が戻る(・・・・・・・・)タイミングを見計らっていたというのなら、分身ではない時崎狂三は、一体どこに行ったというのか。同時に、記憶を閉じられた折紙に残っていた知識から、彼女に付き従っている精霊に関しても気にかかった。

 折紙の疑問に納得がいったのか、『狂三』は飛行速度こそ落とすことはなかったが、折紙に聞こえる声で返してきた。

 

「あの子でしたら、『わたくし』に力を託してどこかへ行ってしまわれましたわ。まったく、どこまでも勝手で過保護なこと」

 

「は、はぁ……」

 

「そして『わたくし』は、士道さんと六喰さんの監視に励んでいるところですわ。……騒ぎが起こっていないということは、何とか堪えているようですわね」

 

「へ?」

 

 一体、なんのことを言っているのか。『狂三』の言うことが正しいとして、二人を監視している狂三が、なぜ騒ぎが起こることに繋がるのだろうか。

 疑問に声を上げて首を傾げると、『狂三』がくすくすと笑い声混じりに続ける。

 

「このような状況になったとしても、あくまで士道さんの意志の中には『六喰さんを救う』、という、わたくしから言わせれば愚かしいほどの善意がある――――と、『わたくし』は読んでいましたわ」

 

「……確かに、五河くんならそうします」

 

 する気がする、ではなく、そうする(・・・・)と言ってしまえるほど、士道という少年は度を越したお人好しだ。

 親しかった人たちの記憶が失われ、士道だけが残される。想像しただけで、身の毛がよだつほどの恐怖。普通なら、正気を失うのが当たり前の状況だ。

 それでも、彼は絶対に諦めたりしない。その生き証人ともいえる存在の鳶一折紙だからこそ、そう断言できる。

 

「だからこそ、士道さんの理想を現実にするだけの味方が必要だったのですわ。『星宮六喰』という精霊の全てを解き明かすため、孤立無援では話にもなりませんわ」

 

「だから私が……」

 

「ええ、ええ。本来は、琴里さんの記憶を取り戻す手筈だったのですが、嬉しい誤算ですわ。こちらの(・・・・)折紙さんであれば、良い緩衝材になってくれますもの」

 

 褒められているのかどうか少し怪しいが、確かにもう一人の折紙よりはそういった役に向いている自覚はあると、折紙は苦笑し……てから、言葉の意味を理解し、えっ、と声を上げた。

 

「あの、緩衝材、って……」

 

「もちろん、『わたくし』と六喰さんの間を平和的に取り持つ役割ですわ。どうにか士道さんが六喰さんの心を解き明かす時間を、折紙さんが稼いでくださいまし。ちなみに、案は任せますわ。お好きになさってくださいな」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

 事実上、清々しいほどの丸投げ宣言。折紙も叫ばずにはいられないというもの。

 これまで以上の危機にスイッチしたのは折紙の意志とはいえ、寝起きに恐ろしいことを任されてガタガタと身体が震える思いだ。

 それに、懸念すべき点はもう一つある。

 

「ちなみに、騒ぎが起きる前に、っていうのは……」

 

「あら、簡単な話ですわ。『わたくし』は確かに士道さんの理想を手助けしたいと考えてはいますけれど、個人的な感情を排したわけではありませんもの。自覚があるのか定かではありませんが、あなた方に対しても情が芽生えているようですので、尚更ですわ」

 

「えっと、その、つまり――――怒ってる(・・・・)、ってことですか?」

 

 士道がこれまで積み上げてきた日常、精霊たちの日常、それらを何の盟約もなく土足で壊されてしまったことに、安直な表現ではあるがキレている(・・・・・)ということではなかろうか。

 答えは、唇の端を吊り上げてニヤッと笑う『狂三』だけで、折紙には十分すぎるものだった。

 

「聡明な方は好ましいですわ。まったく、自身が壊す側(・・・)だと自覚がある分、『わたくし』ながら相当にタチが悪いと言えますわね」

 

「……私たちが着くまでに、時崎さんの我慢が限界に達したら?」

 

「それほど予想が楽なものはありませんわねぇ――――――街一つ燃え上がる程度で済めば……よいですけれど」

 

 きひひひひ!! と楽しげに笑う『狂三』を見て、折紙は血の気の引いた頬をひくつかせた。

 ここに至って、士道だけではなく街の命運まで背負わされた折紙の思いは一つ――――――お願いだから、間に合ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 精霊は、世界にとって脅威として確立された存在だ。

 突出した身体能力。驚異的な戦闘能力。人の力では実現できない、奇跡を齎す者。

 

「貴様……主様から離れろ。これ以上の狼藉、容赦はせぬぞ」

 

「あら、あら。その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ。感情の赴くまま動くのは構いませんが――――その代償は、高くつきましてよ」

 

 その精霊が、二人。一触即発などという域はとうに超えている。

 〈封解主(ミカエル)〉を槍のように突き出す六喰と、〈刻々帝(ザフキエル)〉を顕現させ、白い外装を靡かせながら銃を構える狂三。

 どちらが先に動こうと、どちらも譲歩などしない。お互いに、目の前の敵を倒すために街が戦場になろうと知ったことではない。それほどの殺気が士道の足を止めてくる。

 

 

「鍵の精霊。世界さえ騙すことができる天使。きひひひっ!! 昂りますわ、昂りますわ。その力――――――わたくしの〝時〟を止めることはできますでしょうか」

 

「わけのわからぬことを……だが、主様を奪いにきたのは理解したのじゃ」

 

「ええ、ええ。理解していただけたようで、わたくし嬉しいですわ。これで遠慮なく、あなたと死合える(・・・・)のですから」

 

 

 刹那――――二人の霊力が膨れ上がり、衝突する。

 不可視の霊力同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃となって振動が周囲を襲う。地面や壁の破壊は相当な距離まで進行し、舗装道路のアスファルトにさえ容易く亀裂を及ぼした。

 

「わっ!?」

 

「な――――なに今の!?」

 

「や、やべぇ……!!」

 

 突然の爆発音と振動に、遠巻きの通行人たちが驚愕の声を上げる。

 が、二人はそんな有象無象など気にも留めていない。六喰は己の領域を侵す者へ最大の警戒をし――――――狂三は、間違いなくキレている(・・・・・)

 狂三が怒りの感情を持った場面は幾度となく見てきた士道だが、戦いという場においてここまで狂三が激情を見せることはなかった。しかし、今の狂三は言動こそ普段と変わらないが、言葉の端々や狂気に歪んだ表情は、士道から見て起伏が一目瞭然だった。

 これはもう、相手を完膚なきまでに叩き潰す(・・・・)まで止まらない。驚くべきことに、〈アンノウン〉の天使まで纏って完全武装しているのだ。このまま六喰と衝突すれば、どうなるかなどわかり切っている。

 人間が二つの激突の間に入れば只では済まない。実際、二人の間にある緊張感は士道程度では足がすくんでしまうほどのものだ。

 だからといって、このまま野放しにはしておけない。狂三が助けに来てくれたのはありがたいが、二人が戦うという結果を許容することができないのが士道なのだ。

 引きかけた足を踏みしめ、一歩踏み出した――――そこで、誰かが士道の肩を掴んだ。

 

「五河くん、ここは私に任せて。私に……考えがあるの」

 

「え……? で、でも」

 

 折紙だ。士道は躊躇いを見せるものの、折紙の決意は固い。緊張した面持ちで、狂三と六喰の間に割って入った。

 

「――――待ってください!!」

 

「なんじゃ」

 

「邪魔ですわ。士道さんを連れて下がっていてくださいまし」

 

「ひ、ひぃっ……!!」

 

 一刀両断の睨みを利かされ、先程までの勇ましさが涙目に変わる。……大丈夫なのだろうか、と心配する士道を他所に、折紙は何とか踏みとどまってか細い声を発した。

 

「あ、あのですね、落ち着いて聞いてください。――――六喰ちゃん」

 

「むん?」

 

「む、六喰ちゃんは、五河くんのことが好きなんですよね? だから、五河くんを奪いにきた時崎さんが許せない」

 

「……むん。まあ、簡単に言うとそうじゃの。もっとも、それにはうぬも含まれておるが」

 

 言いながら錫杖をゆっくりと向ける六喰を見て、折紙は慌てて言葉を継いだ。

 

「駄目です!! 五河くんは乱暴事が嫌いなんです!! そ、それに、五河くんの愛を勝ち取るには、もっと別の方法があると思います……!!」

 

「……ふむん?」

 

「――――なるほど」

 

 難しげな顔をして首を傾げる六喰に対し、狂三は銃を顔の位置まで持ち上げながら、自然な流れで折紙の話に乗る。

 

「折紙さんは、わたくしと六喰さんが戦場以外で士道さんのお心を射止める方法がある、そう仰るのですね? 更に、折紙さんが提示する方法であれば、今以上に士道さんがお喜びになられる、と」

 

「そ、その通りです!!」

 

「して、どうすればこの怪しい女から、主様の愛を勝ち取れるというのじゃ」

 

「わたくしも気になりますわ。ええ、ええ。折紙さんが、わたくしたちが揃って納得できるような勝負を、どのような形で提示してくださるのか」

 

「…………」

 

 六喰はともかく、狂三は表情から『ふざけたものならどうなるかわかってるだろうな』という冷酷なオーラが現出している。

 折紙の後ろにいる士道でさえ冷や汗もの。二人の視線を一身に受ける折紙は、顔中に脂汗を浮かべていた。

 

「はい。至極単純に、二人の勝敗を決める方法があります……!!」

 

 それでも、己を奮い立たせるように大仰な仕草で片手を持ち上げた折紙は、それを勢いよくとある人物へ指した――――――

 

 

「五河くんの唇を奪った方が勝ち……というのはどうでしょう」

 

 

 とある人物というのは、紛れもなく士道だったわけなのだが。

 

「………………、えぇっ!?」

 

 当然、当事者である士道にとっては寝耳に水。裏返った声を上げる。

 それは他の二人も同じようで、訝しげな表情を……。

 

「…………」

 

「む、無言で撃とうとしないでくださいぃ……」

 

 訂正。狂三はニッコリと輝かしい笑顔で折紙へ銃を突きつけていた。無論、笑顔というのは額に血管が浮かびかねないほどに、怒りのオーラがこもったものだったが。

 ……まあ、誰もがご存知の通り、狂三にとってこの勝利条件は〝地雷〟そのものだ。勝ってしまえば、士道と行っている戦争(デート)の有無に関わらず、狂三は霊力を封印されてしまう。かといって、彼女がこの勝負に手を抜くのかと言えば、ありえない(・・・・・)

 時崎狂三はプライドが高く、実は相当な負けず嫌いだ。加えて、自分で言うのもなんだが、士道を有り難すぎるほど愛してくれている。その狂三が士道を巡る愛の勝負でわざと負けを演じるなど、たとえ世界が変わってもありえないだろう。

 

「お、お願いします、時崎さん……」

 

 折紙が小さく両手を揃えて、ここは耐え忍んでくれと言うように狂三へ語りかける。

 その行動を見るに、六喰の霊力を封印する以外(・・)の意図が隠されているらしい。でなければ、狂三がこの勝負を引き受けてくれる勝算はない。

 その証拠に、狂三は小さく息を吐き銃を下ろし、一転して穏やかな声色で返した。

 

「仕方ありませんわね。それで士道さんの機嫌を伺うのも、また一興というものですわ」

 

「待つのじゃ。勝手に話を進めるな。主様の唇を……じゃと? そんな勝負が受けられるものか」

 

「あら――――わたくしには勝てない、と?」

 

 冷たい微笑を浮かべた狂三の言葉に、六喰が眉根をつり上げた。

 

「なに?」

 

「だって、そう仰っているではありませんの。士道さんの心を繋ぎ止める自信がない、ということでしょう? 士道さんがお喜びになられる手段ですのよ。勝てる確証があるのなら、受けない理由がありませんわ。まあ、わたくしに武力でしか勝ち得ない、というのなら元のやり方で――――――」

 

「黙れ」

 

 シャン、と錫杖を狂三に突きつけ、劈くような殺気を放ち六喰は挑発に乗った(・・・・・・)

 

「よかろう。先んじて主様の唇を奪う……ふむん、この女に格の違いを知らしめるには妥当な手段かも知れぬの」

 

「うふふ。どうか、わたくしを楽しませてくださいまし」

 

 何とも悪い顔で笑う狂三に六喰は不快そうに眉をひそめ、それを見た士道は苦笑を浮かべた。

 相も変わらず口が回るというか、挑発だとわかっていても乗らざるを得ないだけの理由を用意しているというか。

 どうにか穏便なやり方へ導けたことで、折紙も一瞬気を抜いて一息吐いていた。功労者に声をかけてやりたかったところなのだが。

 

「それで、具体的にはどうような方法をお考えですの? まさか、勝負を決める舞台の具体案がない、とは仰いませんわよねぇ?」

 

「……むん」

 

 非常に刺々しい視線が再び折紙へ向いたことで、それも叶わなくなった。

 大変申し訳ないのだが、こればかりは折紙に頼りきる他ない。

 二人の精霊に三度圧力をかけられた折紙は、顔中に脂汗を浮かべ、目を泳がせながらも何とか言葉を発した。

 

「え? ええと、た……たとえば――――――」

 

 

 

 

 

 そして、一時間ほど経過したのち。

 

「さあ、士道さん。あーん、ですわ。わたくしが、たぁっぷりと愛を込めたイチゴ、召し上がってくださいませ」

 

「そんな面妖な女の言うことになど耳を貸すでないぞ、主様。主様を取って食ろうてしまうに違いない。それよりほうら、むくの方を向くのじゃ」

 

「きひひ。小娘の声が騒がしいですわねぇ」

 

「ふん。言いよるわ女狐めが」

 

「…………ううん」

 

 何でこうなったのか。左右から固有のプレッシャーを与えられ、士道はどうにも普段とは違ったやり辛さを感じて、微妙に唸るような声を上げた。

 左には霊装と天使を隠した狂三――――隠した、と表現したのは、私服を催していながらも、〈アンノウン〉の天使が生み出す独自の雰囲気が消えていないからだ。ともあれ、『わたくしを選ばなければわかっていますわよねぇ?』という浮気、ダメ、絶対なオーラをか持ち出しながら、フォークに刺さったイチゴを差し向けている。

 右には六喰が。なお、企画の趣旨が何やらズレているのか、妙にプレスするようにイチゴが押し付けられていた。

 あのあと、話自体はトントン拍子で決まっていき、取り敢えずは士道の心を掴むために『あーん』を実践してみよう、ということで纏まった。……何かがおかしい気がしたが、折紙と狂三には考えがあったらしい。遠く離れたこの喫茶店へ移動する際、何とか折紙から話を聞くことができた。

 

『折紙、どうしてお前が……』

 

『えっと、六喰ちゃんに記憶のチャンネルを閉じられてしまったから、アクセス権の残っている部分――――普段あまり表に出てない『私』を顕在化させたの。それから、分身の時崎さんに連れてきてもらったの。五河くんをフォローして、六喰ちゃんの心を救うために、って』

 

『……っ!!』

 

 やはり、士道のやりたいことを理解し、狂三はそういう意味で折紙を連れてきてくれたのだ。恐らく、折紙でなければ別の誰かを何かしらの方法で、だったのかもしれないが……兎にも角にも士道の味方となってくれる人を、狂三は待っていたのだ。

 そして、その理由こそ狂三が六喰の前に姿を見せた最大の要因。

 

『……要は、狂三を間に挟んで、六喰の思考がここまで偏った――――心を『閉じて』いた原因を探せ、か』

 

『うん。だから緩衝材が必要……時崎さんの分身はそう言ってた。方法は何でもいいから、とにかく時間を稼いで手段を増やす、っていうことだと思う』

 

『の割には、狂三のやつ、本気で六喰と戦いかけてたように見えたけど……』

 

『時崎さんなりに、五河くんのために怒ってくれてたみたい。……私が間に合わなかったら、かなり危なかったらしいけど』

 

『…………』

 

 それ、折紙の記憶が戻らなかったら、堪忍袋の緒が切れた狂三が六喰と全力で戦ってたってことか? そう聞きたかった士道だが、答えが自分で出ている問いを投げかけるほど不毛なものはない、と口を噤んだ。

 なるほど。狂三の仕込みは大体呑み込むことができた。どんな方法であれ、六喰から事情を知る機会、ないし外部からのサポートが復旧する目処が立つまで、全員で時間を稼いでいくということだ。

 六喰と相対するのは、〈アンノウン〉の天使という、概念(・・)的な能力に、絶対の鎧となる力を借り受けた狂三。そこに、対話という方法を取ることができる折紙が来てくれたことで、万が一にも備えられた布陣となった。

 ただ、なんというか。恐らく折紙が捻り出したであろう、それなりに平和的な狂三と六喰の勝負には、致命的すぎる欠陥があった。

 

 

『でもなぁ、折紙』

 

『どうしたの?』

 

『俺――――狂三から一方的にアプローチされて、陥落しない自信がないんだけど』

 

 

 ていうか、反撃できないと普通に陥落する。だって、五河士道だもん。

 そうなった場合、六喰がどうなるかなど火を見るより明らかだし、狂三だって粘ってくれないと困るはずだ。いや、その場合だと狂三が持つ本来の目的は達成されるのだが。

 ちなみに、折紙の答えは。

 

『…………頑張って!!』

 

 清々しい人任せのサムズアップが返ってきた。他人事だと思って、簡単に言ってくれると頬の筋肉が痙攣を起こした。そりゃあ、折紙からはそれ以外言えないわけなのだけど。

 そういうわけで、狂三と六喰の勝負もとい、士道の精神耐久レースが始まりを迎えているわけだ。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様ー!!」

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様!!」

 

 ――――なぜか、フリル付きのエプロンを着けた可愛らしい店員が客を出迎え、送り出す店で。

 そう。ここはただの喫茶店ではなく、メイド姿の女の子たちが接客をしてくれるメイドカフェなのだ。

 ちなみに、ここが一番似合いそうなメイドの分身体は、役割は果たしたと言わんばかりに早々と消えてしまっていた。相変わらず、本体より考えが読めない分身である。

 

「……なあ、折紙。なんでこんな店なんだ?」

 

「ご、ごめん。ここなら目立たないかと思って……」

 

 向かいに座った折紙が申し訳なさそうな顔で答えたのを見て、士道も納得はしたと苦笑する。

 確かに、時間を稼ぐのに目立ってしまってはどうしようもない。ただでさえ、狂三、六喰、折紙と三人揃って目立つ容姿をしているのだ。まあ、士道を加えたこの奇っ怪な集団に、何かしらのコンタクトを取りたがる無謀な人間はいないだろうが……。

 

「――――ほれ、何をしておる主様。これを受け取るのじゃ」

 

「え……あ、ああ」

 

 と。そんなことを考えている場合ではなかった。今はとにかく、六喰と狂三の相手をして、どんな小さなことでも六喰から引き出さなければならない。

 六喰から、となると真隣からの負のオーラが凄まじいのだが、後で言い訳を聞いてくれそうなだけマシだと意を決して士道は口を開ける。

 士道の行動にパァっと表情を明るくした六喰が、満足げに手元のフォークを動かして――――イチゴが、重力に負けて落下する。

 

「あ……」

 

 フォークへの刺さりが甘かったのか。偶然にもそれは、編み込まれた六喰の長い()に吸い込まれていき――――――

 

「――――っと」

 

 すんでのところで、狂三が汚れを厭わず素手で受け止めた。

 

「いけませんわ。淑女たるもの、こういったことには、常に気を配るべきですことよ。――――せっかくの、綺麗な髪なのですから」

 

「っ……!?」

 

 

 狂三の何気ない一言。恐らく、狂三らしく身だしなみに気を使い、自然と出てしまった素の台詞なのだろうが――――どうしてか六喰が、狂三の言葉に反骨以外の反応を見せていた。

 驚きや、動揺に近い。ここまで、狂三と折紙が現れてからも隙らしい隙を見せなかった六喰を見ていればおかしいとわかるほど、彼女は目を見開いて身体を震わせていた。

 それに気づいた士道は、さり気なく、六喰を刺激しないよう優しい声色で語りかける。

 

「……どうかしたのか、六喰?」

 

「――――!! な、何でもないのじゃ。……敵に礼は言わぬぞ」

 

「うふふ、必要ありませんわ」

 

 だが、動揺から何かを引き出すほどではなく、直ぐに誤魔化されてしまった。

 早々、簡単な話ではないかと気を落とすが、まだまだこれからだと士道は気持ちを切り替える。

 何かが、あるはずだ。〝結果〟は〝原因〟によって生み出される。ならば、六喰が愛を狂気的なまでに独占しようとする〝結果〟にも、〝原因〟があって然るべきである。

 その〝原因〟に繋がる過去は、星宮六喰の中にある。それに辿り着き、六喰を救う方法を探すためには――――狂三の力を借りる必要が、ある。

 チラリと狂三に視線を向けると、ちょうど手で受け止めたイチゴを自らの唇に運ぼうとしていたところだった。まあ、素手で手に取ったのだからそうなるか、と考えていると、士道の視線に気がついた狂三がニヤリと笑った。

 

「あら、あら。そのように物欲しそうな顔をして……わたくしの手を介した果実が、そぉんなに欲しいんですの?」

 

「……お前、わかっててやってるだろ」

 

 蠱惑な声色と、魔性の微笑み。いつもなら反撃といきたいところだが、六喰がいる手前そうはいかない。

 こういう時、絶妙なさじ加減で動いてくれていたのが狂三なのだが――――今回はそうもいかないらしいと、士道はここから数時間続く胃痛に耐えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 踏み締めて、超える。その動作は、もはや踏み締めるなどという域を上回り、踏み砕く(・・・・)という方が正しい。

 一息に人の街を、移り行く景色を背に消し去る。今の自分に、そのようなものは意味がない。

 あるのはただ、衝動。己の渇きと飢えを癒すだけの闘争を――――〝彼女〟の寂寞を粉砕するための行動を。

 

「――――!!」

 

 また一つ、人の造りしもの踏み砕いたところで、留まる。

 

「――――ああ、やっぱり出てきちゃったんですか」

 

 精霊。微笑を浮かべ、霊装を纏った(・・・・・・)精霊。

 幻想的な輝きを放ち、肌が透けるほど薄く、法衣を思わせる白い霊装。要所に施された十字の衣装と、頭部を覆うケープ。

 これだけならば、こちら側(・・・・)の精霊ではないと判断しただろう。だが、少女の持つ気配は寧ろ――――――

 

「……あれ、斬りかかって来ないんですね。『私』から生まれた(・・・・)時は、問答無用だったと教えて(・・・)もらいましたが」

 

「貴様が敵意を持っていたなら、そうしてやろう。だが、殺気の一つもない腑抜けに構ってやる義理はない。失せろ――――その顔は(・・・・)、初めを思い出して不愉快になる」

 

 睨みを効かせると、感情に呼応した霊力が霊装を揺らし、周囲に小さなひび割れを生み出す。

 しかし、そのプレッシャーを受けてなお、少女は平然と道化のような微笑みを浮かべ、返した。

 

「まあそう言わずに。少しだけお話に付き合ってください、夜刀神十香」

 

 ――――十香。

 あの男が、口にしていた名。だから、それが意味するものは。

 

「……それが、私の名か」

 

「ええ。あなたたち(・・・・・)の名前です。素敵でしょう? ――――――それも含めて、あなたが知るべきこと、私がお話いたしましょう」

 

 言って、少女が手のひらに収まり切らない巨大な本を開く。

 付き合う義理はない。斬り捨てる手間を取らずとも、踏み越えていくのは容易い。苛立ちと、渇きと飢え。それらを、この女の話で解消できるとも思えない。

 しかし――――――

 

 

『――――シドー!!』

 

 

 もう一人の自分の心を、無下にはできない。

 

 

「――――いいだろう、話せ。私の不興を買わぬようにな」

 

「努力はいたしますよ。では、静粛に願いまして――――語りましょう。あなたが知るべき、彼らのことを」

 

 

 そうして、今しばらく。何の気まぐれか。帝王は、道化師の語りに耳を傾けた。

 

 

 





原作より楽になってるはずなのに原作より胃痛案件。これ如何に。

だって五河士道だもん、という一文は140話の積み重ねが説得力になっている……といいなぁなんて。毎回思いますけど、140話て。我ながらよく続いてますね…。

そして最後の二人は……? 六喰編、終盤戦。拙い文章ですが楽しんでいただけたら幸いです。

話に関係の無いことなのですが、一度付いた評価が減るのは作品にその価値がない、ということですし、仕方がないのですがやはり心に来てしまいますね……私はこういう目に見えた評価が嬉しいと感じる俗物なので、遠慮なしに感想とか評価をくださると更新速度が加速すると思います、よろしくお願いします(直球)

そんなわけで感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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