「………………むん」
苛立ちが、止まらない。不機嫌に息を吐いたところで、胸を突き刺すような痛みは増すばかり。
それも、当然。士道と二人きりであれば絶対に感じないはずの不快感は、二人きり出なければ感じてしまう。
記憶を『閉じた』はずの少女と、見ず知らずの精霊。
折紙の記憶は、確実に封じ込めた。〈
何者なのか。気配すら悟られることなく、この女は現れた。とにかく、排除しなければならない――――それが難しいから、六喰の心は更に荒む。
無防備に見せながら、隙がない。精霊として相応の力を持ちながら、気配らしい気配を感じさせない気味の悪い存在。何より、時折士道が見せる仲睦まじい狂三との距離――――許せない。許せない、許せない、許せない。
六喰だけのものだ。士道は、士道の愛は六喰だけのものなのだ。それ以外の誰も、間に入ることは許さない。士道が六喰に向けるはずの言葉、笑顔、声、それらが
耐え難い苦痛が、ひたすらに六喰を襲っていた。六喰に愛を向けるのなら、六喰だけでなければならない。だって、そうでなければ――――――
『――――せっかくの、綺麗な髪なのですから』
「――――っ」
痛い。頭から、自分の知らない何かが、自分が知っている何かが、語りかけてきているようで。
先から、こればかり。勝負の初めに、狂三が口にしたあの言葉を聞いた瞬間から、妙に頭が痛む。
「……何だというのじゃ、一体」
誰にも聞こえない声で呟いたが、苛立ちまでは隠せず親指の爪を噛む。
褒められたからといって、何かを感じたわけではない。狂三は士道を奪おうとする敵なのだから、当たり前だ。
だからこれは、狂三自身というよりその言葉自体に対する〝何か〟。六喰の知らない〝何か〟が、奥底から語りかけてきているような違和感に、顔を強く顰めた。
と、そこで次の
「え、えっと、じゃあ、次はここです」
ようやくか。そう思い、六喰は顔を上げる。士道と二人きりならば、実に心地がよかったはずの逢瀬は幾つもあった。それを実現するために、ここで決着をつけると折紙の示した方向に目を向けて――――――
「――――、……っ」
どくんと、心臓が収縮する。
尖塔のような形をした、大きな建造物。それを見て、どうしてか、どうしても――――
「……まあ、確かにデートスポットだな」
天に高く聳える尖塔を指し示され、士道は内心であー……となんとも言えない声を上げていた。
通称、天宮タワー。三十年前の南関東大空災のあと、新しく建てられた総合電波塔である。
タワー周辺の商業施設に加え、展望台が設えられてある。無論、観光地としても認知され、カップルや家族連れがよく訪れるだけあり、展望台にも土産屋や小さなカフェ、
三十年前の大空災があったからか、昔ながらの街並みとは縁がないながらも、こういった場所には困ることがない。……だからこそ、ここが被るかぁ、という思いが隠せないのであるが。
士道の様子がおかしいことに気がついた折紙が、小首を傾げて声をかけてくる。
「五河くん、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。……今度のデートプランが、一個消えただけだから」
「え゛。ご、ごめんね五河くん!!」
「本当に大丈夫だから、うん。キニシナイデクレヨ」
「すごい気にしてる声だよ五河くん!!」
アワアワと慌てる折紙に、士道は遠い目で天宮タワーを見ながら、机の中にしまってある『天才ゲーマー監修! 必見、ハイパームテキなデートプラン!!』の一ページが無駄になったことを嘆いた。正直、ゲーマーが恋愛雑誌を監修してどうにかなるのだろうか、と思いながら読んでいたのだが。
と。この天宮タワーのことは知っていても、噂話に関しては耳にしていなかったのか、狂三にしては珍しくピンと来ていなさそうな顔で、口元に手を当てながら声を発した。
「この天宮タワーは、わたくしたちの勝負に何か関係がありますの?」
「ええとですね、このタワーの展望台でキスをしたカップルは幸せになれるっていう噂、というか都市伝説がありまして……今回の勝負にはぴったり、なんじゃ……ない、かと……」
終わりに近づくにつれて、狂三の美しい微笑みが歪みのあるニッコリ笑顔になったのを見て、折紙が目を逸らしながら再び顔中に脂汗を流し始めた。
「あら、あら。わたくしへの嫌がらせと受け取ってよろしいのでしょうか。そこまで折紙さんに嫌われていたとは、悲しいですわ、泣いてしまいますわぁ」
「そういうのじゃないんですってばぁ……」
言動とは裏腹に、折紙の方が涙目になっていた。というか、さり気なく狂三が楽しそうな顔を見え隠れさせているのを見るに、わかっててわざとやっているな、と士道はため息を吐いた。
まあ、普段の折紙と違い表情豊かな今の折紙をからかうと楽しい、という気持ちは理解できなくもない。できなくはないものの、この状況でそれをするほど、士道は鬼畜ではない……と自分では思っている、多分。
「ん……?」
そこで士道は、おかしなことに気がついて軽く振り返る。
理由は簡単。ここまで士道にくっついていた六喰が、三人の会話に何も反応すら見せなかったのだ。
「六喰? どうかしたか?」
「………………っ、ぁ」
様子が変だ、と士道は六喰の顔を覗き込んで、目を丸くした。
ここまで、狂三のとある言葉以外に動揺らしきものを見せなかった六喰の顔色が、誰の目から見ても変わっていた。もはやそれは、変わっている、というよりは、
「お、おい、大丈夫か、六喰」
「……ふむ」
こんな状態で、心配にならないわけがない。顔を覗き込みながら、微かに震えが見える六喰の肩に手を置くと、心配げな折紙と口元に手を当て様子を伺う狂三へ士道は視線を向ける。
「どうやら、六喰さんはこの場所がお気に召さないようですわね」
「あ、ああ。とにかく場所を変えて――――」
「――――ならぬ」
と。他の場所を探す流れを作ったところで、六喰が視線を鋭くして狂三を睨んだ。同時に、踏みしめるような調子で一歩前へ進んだことで、士道は驚きから目を見開いて静止にかかる。
「お、おい六喰、無理しちゃ駄目だ。狂三は場所を変えることくらい……」
「っ……ならぬ!! 敵の情けなど、受ける必要はない。主様を、この女には渡さぬのじゃ」
「六喰……」
蒼白な顔を隠すこともできず、それでも六喰は有無を言わさぬ雰囲気で歩みを進める。
放っておくことも、かといって止めることもできそうにない。狂三への対抗心が、余程譲歩されることを拒否していると見える。
折紙とは心配げな表情を共有し、狂三は澄まし顔で肩を竦めながら六喰のあとを追いかけた。
チケットを買い、エレベーターで移動する間も、六喰の顔色は優れない。それどころか、展望台に辿り着いてからの方が悪くなっているように見えた。
「六喰、大丈夫か?」
「……むん。平気じゃ」
とても平気には見えない。が、そう言ったところで、空元気を振り絞る六喰には意味がないのは目に見えていた。
しかし、何も言わないでいられるほど、六喰との関係は薄弱ではない。虚勢を張る六喰に、士道は心配する気持ちをそのまま原因を問うた。
「なあ、六喰。一体どうしたんだ? 高いところが苦手なのか?」
「……違う。ただ……何かわからぬが、ここは嫌な感じがするのじゃ」
「嫌な感じ……か。六喰、もしかしてここに来たことがあるのか?」
「……っ」
そう。心を『閉じる』前に、六喰はここにきたことがあるのかもしれない。それならば、この場所、又は似たような場所で六喰に影響を与える出来事があり、それが六喰の〝原因〟に繋がっている可能性は十二分にある。
ぴくりと肩を揺らす六喰の顔色は、今もなお悪くなり続けている。
「……わからぬ。むくには、わからぬ。覚えて、おら、ぬ――――、……ッ」
そこが限界だった。目眩と嘔吐感に襲われたように、六喰が腹部と口元を押さえて倒れ込むように身体を折った。
「む、六喰!?」
「六喰ちゃん!?」
客のざわめきを受け流して、折紙と士道が六喰へ駆け寄る。――――――狂三はそれを、冷静に観察していた。
「……大丈夫かな」
「平気ですわ。精霊の肉体は、そうヤワにできていませんことよ」
「そうかもしれないけど、精霊だって精神的には人間と変わらないだろ?」
士道がそう言っても、狂三は皮肉を浮かべた顔で肩を竦めるばかり。それは、中身に『よくあのような仕打ちを受けて、六喰の心配ができるな』という呆れがひしひしと感じられ、士道は頬を掻きながら苦笑を返した。
「ああ、そうだ――――助けに来てくれて、ありがとう」
これを、再会してから言い損なっていた。だが、ずっと言いたかったのだ。
そう真っ直ぐに口に出すと、狂三は目をぱちくりと丸くして言葉を返した。
「あら、あら。常々、あなた様は律儀なお方ですわ」
「いや……今回ばっかりは、相当やばかったからさ――――――狂三に忘れられてたら、折れてたかもしれない」
強がってこそいたが、万が一にもそうなっていた時、士道の心は壊れてしまっていたかもしれない。
狂三は士道を失うことを恐れているが――――逆もまた然り。否……もしかすると、士道の方がより酷いのだろうか。
士道の弱気な表情を見て、狂三はやんわりと否定するように首を横に振った。
「そんなことはございません。あなた様であれば、きっと進み続けるはずですわ」
「……買いかぶりだよ。知っての通り、結構情けないんだぜ、俺は」
「そういったところを抱えて、歩みを進めるお方だと、わたくしは言っているのですわ――――夢の中のわたくしのイメージには、少しばかり心が傷ついてしまいましたけれど」
「……え?」
急に出てきた単語に驚いた士道に対し、狂三は拗ねたように可愛らしく頬を小さく膨らませていた。
ユメ、夢……ここ最近の夢見は悪かったが、狂三が指摘するものに該当したのは――――――
どうやったのか、まさかの物を覗かれた士道は慌てて声を上げた。
「ちょっ、もしかして……!?」
「もしかしなくても、ですわ。恐らく、士道さんとわたくしの
「いやいやいや!! 誤解だって!!」
ツーンとした態度を取る狂三を見て、慌てが大慌てになり汗が頬を伝う。
何と弁明すればよいのか。夢が伝わってしまったことは、仕方がないし気にもしていない。が、士道の中にある狂三のイメージがあの夢で伝わるのは非常に不味い。
ついでに言えば、あんな美人な彼女の機嫌を損ねたのか、という周りからの厳しい視線が痛かった。違うんです、誤解なんです。あとまだ彼女じゃないんです。
「大体、いつの『わたくし』ですの、
「何かすごい方向に飛び火したね!? あ、あれは、こう……その……なんというか、そうなったんだよ、うん」
「なるほど。返答に窮するほどの理由、と」
「……すまん」
言えるか。あれはわたくしめの奥底に秘められた願望です、とか言えるか。大体、そうでなくても好きな女の子に足蹴にされる夢とか、よくよく深く考えてみれば駄目すぎるだろ、色々と。
じとっと向けられる冷たい視線に汗ダラダラで耐えていると、はぁっと深いため息と共に頬に手を当てた狂三が途切れていた言葉を継いだ。
「まあ、いいですわ。夢の内容を自由にするなど、
「ん、悪かったな。変なもの見せちまって。……怒ってるか?」
「ええ、ええ。怒っていますわ――――でなければ、もう少し冷静に事を運んだというのに」
言って、二つ結われた射干玉の髪を指に絡ませる。怒っている、の意味が先程までとは違い、自らに向けられたものだと思えるのは、士道の気のせいではない気がした。
ああ、ああ。この子は、どこまでも優しい。それほど士道を想い、
「優雅ではない部分も、多少は大目に見てくださいまし。斯様な悪夢など、わたくしが本物の悪夢で塗り潰して差し上げようと思ったまで。まったく、非合理的ですわ――――あなた様のせいですわ、反省してくださいませ」
「うん……ありがとうな」
「……礼ではなく、反省だと言っていますのに」
苦言とは裏腹に引き出された穏やかな微笑みに、釣られて士道も笑顔を返す。
これまでになく悪化した状況に怒り、追い詰められる士道の姿に憤りを感じ、それでも狂三は限界まで耐えてくれた。士道がしたいこと、為すべきことを知っているから、狂三は冷静に事を運んでくれた。
士道がしたいこと、今すべきこと。それは――――星宮六喰を、救うことだ。
「……狂三は、六喰をどう思う?」
「危険ですわ、これ以上なく。軽い同情や親切心などで手を出せば、破滅を齎すほどに。これは六喰さんの天使だけではなく、彼女自身の精神性が相まっているからこそ、ですけれど」
「俺は――――」
「――――それでも、と仰るのでしょう?」
言葉を取られて目を丸くした士道に、狂三は見惚れてしまう快活な微笑みで魅了しながら、続けた。
「士道さんの考えなど、お見通しですわ。誰かに甘いと言われても、誰かがあなた様を指を指し笑っても……わたくしは、あなた様のそういったところが――――大好きなのですから」
「っ……」
未だ、伝える言葉が気恥しげになる時がある。場所も相まって、士道の好感度でいえば急所に当たるほど、その笑顔は絶大な効果を発揮してくれた。
「……六喰がいないのにそれは、ちょっと公平じゃないんじゃないか?」
「あら、あら。此度はあまり機会がなかったものですから。仕方ありません、自重いたしますわ」
こちら側から返せないのがわかっていて、くすくすと挑発するように笑う狂三。
耳まで茹でダコのように赤くなったそれを隠すこともできず、狂三なら知っていると確信があったのに迂闊だった自分を呪いながら、士道は改めて言葉を続ける。
「俺の考えは、今狂三が言った通りだ。六喰を救いたい。でも、そのためには六喰の考えを……」
「ええ。否定し、改めさせなければならない。そのためには、六喰さんが自らの記憶を取り戻す必要がありますわ」
〝原因〟が存在する限り、〝結果〟という因果関係に結び付く。
何かしらの〝原因〟が起こり、〝結果〟として今の歪な六喰を生み出すことになった、と士道は見ている。六喰の価値観に原因がないなら、そもそも攻略の糸口すら存在しないことになる。
それはない。今の状況が、それを物語っているはずなのだ。だから士道は、狂三の言葉に首肯で返した。
「多分、
「それ以外に、思い当たる節はございませんわね」
軽く足踏みをするように地面を示唆し、今度は狂三が肯定の意で返した。
天宮タワー。この場所に来てから、六喰の顔色は一変した。ここで何かを経験した、六喰に関わる何かがあった……あの反応は、無関係とは思えない。
六喰は今、折紙に付き添われながらトイレへ行っているため、戻ってくるまでが状況改善のチャンスとも言える。
「六喰さんの言葉を信じるのであれば、彼女は過去を覚えていらっしゃらないのでしょうね」
「……記憶を『閉じた』、ってことか?」
「はて、さて。しかし、仮にそうだとして、記憶を『閉じた』ことさえ忘却しているにも関わらず、六喰さんの人格は今のものに固定されている。記憶とは、人格を映し出す重要な役割を果たしますわ。それを抜きにして、人格は存在し得ない。余程、強い影響を及ぼした記憶なのか……」
興味が尽きませんわね、と言葉を一旦は閉めた狂三。士道は腕を組み、狂三が推察した六喰に関することを頭の中で纏め上げる。
記憶と人格は繋がっている。たとえば士道は、狂三との記憶があるからこそ今の考え方がある。それなくして、五河士道とはならない。忘却してしまえば、今の士道は士道でなくなる。
忘却――――そうだ。忘れ去る、という考え方が
「でも、〈
士道に関する記憶が丸々〝消えた〟のなら、相応に影響が及ぶ。精霊たちが今の生活を送る原因には、必ず士道が付いて回るのだから。
だが、士道が見た限り、『五河士道』という存在だけが抜け落ちただけで、他の違和感はなかった。単純に消失した、というのなら致命的な矛盾に気がついてもいいはずだ。
それが記憶を
「六喰もきっと、自分の記憶をまっさらに出来たわけじゃないんだ。だから、何かを感じて苦しんでる」
「面白い考え方ですわ。それを踏まえると、忘却というよりは意識に対する催眠――――
狂三が指を擦り、捻る。まさに
『心』の鍵。人格を形成する、もう一つの重要な役割を担うもの。心がなければ、揺れ動くこともなく、心がなければ、痛みや悲しみ、喜びすら浮かばない。
その状態であれば、六喰は記憶を『閉じて』いても問題はなかった。しかし、今の六喰の鍵は士道が開けた。開けられて、しまった。
「その影響か、はたまた
顎に手を当て言う狂三に、士道はこくりと頷いた。
過剰に封じられていた時ならば、それは忘却と呼んで差し支えなかったかもしれない。けれど、心が開かれ、喜びや悲しみを感じられるようになった今は、記憶の齟齬に応じた不具合が生じる。
〝結果〟があるというのに、〝原因〟を全て封じられているのだ。どこかに違和感が生じて当然だ。消し去ったわけではないのだから、意識と思考はいつか矛盾を起こしてしまう。即ち、六喰が過剰に
先も考えた通り、本来はその違和感ごと『閉じる』のが〈
「しかし、律儀に六喰さんが思い出すまで待っていられませんわ。皆様の記憶に関しても同様ですわ。琴里さんには手を打ってありますが、他の方は放っておけば何年かかるか……」
「何かをするならせめて、琴里の手は借りたいけど……」
「それまで、この茶番を保てるかどうか、ですわねぇ」
両手を軽く上げて笑う狂三に、士道は苦笑を返すしかない。決して笑い事ではないのだが……現状、六喰の霊力を封印しても、全てが解決とはいきそうにもないのだ。
「いっそのこと、ショック療法が早いのではありませんの? 【
「おいおい……」
そんなことをすればどうなるか。わかっているのだろう狂三は、「冗談ですわ」と肩を竦めてのんびり展望台の外の景色を堪能し始めた。
呑気だなぁと一瞬考えたが、それくらい身体から力を抜いた方が何か思い浮かぶかもしれないと、士道も狂三に習うように外の景色を眺める。名所なだけあり、絶景と言う他ない。
「はぁ……」
とはいえ、こんな状況では景色の魅力も半分以下だ。息を吐いて、案を考えるがどれも採用とは至らなかった。
士道たちが六喰の記憶を知り、無理に話す。手段としてはありえるかもしれない――――だが、記憶の鍵になるこの場所に来ただけで、あの六喰が体調を崩してしまうくらいだ。
無理やりにでもこじ開けようとして、精霊の感情を悪い方向へ揺さぶったりすればどうなるか……
「やっぱり、待つしかないのか……」
〈ラタトスク〉の支援が欲しい。率直な意見だ。六喰ができる範囲、してしまえる影響範囲を考えれば、どれほどの策だとしても用心のし過ぎ、とはならない。むしろ、現状は足りないくらいなのだ。
琴里が動いてくれれば、状況も変わる。精霊の精神状態、好感度。その他のあらゆる支援。いざなくなると、普段から感じているありがたみが、数倍になってわかるというものだと士道は髪をかく。
狂三が琴里へ手を打っているのなら、それを待つのが現状の選択肢ではある。が、狂三の言い方では、いつになるか不明瞭なものだ。それまでこの膠着を維持できるか、という問題がある。
残る選択肢は――――六喰自身に、問いかけること。天宮タワーを離れる前に、六喰の記憶へアクションを起こす。外部からの働きかけ、という点は同じだが、六喰自身の意志がもたらすものであれば、感情の揺さぶりもまた変わる。
これは膠着した状況が崩れる可能性がある危険な賭けだが、〈
「……!! 六喰!!」
と。思考を中断した士道は、足音と気配を感じで振り向く。そこには六喰と、六喰の背を摩る折紙の姿があった。
「大丈夫か? まだ顔色が悪いんじゃ……」
「心配は無用じゃ、主様……っ」
駆け寄っだ士道に対し気丈に振る舞うものの、また顔を顰めて慌てて折紙が背を摩る。
やはり無理をしている。記憶を取り戻してもらいたいとはいえ、これは……と士道が眉をひそめていると、狂三が含み笑いで六喰へ声をかけた。
「あら、あら。随分と折紙さんと仲睦まじくなりましたのね? いいですわ、いいですわ。調略も、立派な戦術ですもの」
「戯言を抜かすでないわ。主様の唇は渡さぬ。うぬの記憶を『閉じる』時は、この女と違い優しくなどしてやらぬわ」
「きひひひ!! それは、それは、訪れることの無い未来を、楽しみにしていますわ」
狂三の煽りで気が紛れたのか、幾分か六喰の調子が戻ったように思えてホッと息を吐く。まあ、この感情はおかしいのかもしれないが……どうしても、六喰に対して非情にはなり切れそうになかった。
……ところで、折紙に対しては優しく『閉じる』つもりがあるような言い方だったが、何かあったのだろうか? そう思い折紙へ視線を飛ばしてみるものの、彼女も小首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「さて、それでは始めてもよろしいですわね?」
「聞くまでもないわ。主様は、誰にも渡さぬ……!!」
「ふん――――士道さんは、誰の玩具でもありませんことよ」
そうこうしている間に、眉間に皺を寄せて睨む六喰と、不敵に微笑みながらも不機嫌さを見え隠れさせる狂三の勝負が、再び始まろうとしていた。
「っ……」
その光景にハッとなり、士道は息を飲んで策の分岐を思考する。
現状維持か、突破か。守るか、攻めるか。
だが、守ったところで、この天宮タワーを離れてしまっては、六喰の記憶から遠ざかる可能性が高い。
なら――――狂三と折紙を信じて、士道は攻めの一手を打つ。
「待ってくれ。六喰、お前の――――――」
拳を握り、意を決して士道がそう言葉を放った瞬間――――背筋が凍る。
「――――――」
比喩的な表現などではなく、
力の塊。負の領域そのもの。指向性を持った、
「――――狂三、壁だッ!!」
「っ……!!」
半ば狂乱に近い形で叫んだそれを、狂三は的確に察知してくれた。
士道が示した方向へ手を翳し、霊力の壁を生み出す。士道はそれを認識するより早く、六喰と折紙を庇うように引き寄せた。
「六喰、折紙、伏せろ!!」
「え……っ!?」
「な……!!」
二人が動揺を見せた、まさにその瞬間だ――――凄まじい衝撃が、展望台を襲った。
狂三が張った霊力の壁を数秒使わず打ち破り、身を伏せた士道たちを過ぎ去って分断された
「く……っ」
しかし狂三の霊力の壁は、士道たちだけではなく
先ほどまでの静寂が嘘のように騒ぎが起きる暴動の中、乱れ舞うガラス片を振り払うように士道は前を見た。
「見つけたぞ――――――
――――夜色の髪が、天に靡く。紫紺が風に揺れ、
黒い粒子を纏った魔王を片手で振るい、たったそれだけで荒れ狂う突風が生み出された。
その名を、〈
乾いた喉を通して、士道は彼女の名前を現実に浮かび上がらせた。
「――――十、香」
夜刀神十香――――その、
暴虐の王が、立っている。全身から警鐘を鳴らすように総毛立ち、
「ふん、貴様か――――ちょうどいい。纏めて灰燼に帰してくれる」
「あ――――あ、あ……」
全ての中心が十香へと移り変わる中で――――士道は同時に、一筋流れる
この二人の作戦会議兼イチャイチャタイム兼平常運転も板についてきた気がしますね。この関係でのやり取り、もう残り少ないかもしれませんしね(不穏)
そんなわけで勝利条件の確認回。六喰の封印、というより隠された心を開かなくてはいけない。多分、心を開いてるはずなのに一番めんどくさい子ですね。今までとは勝手が違う上に、力づくで開ければ何があるかわかったものではない。加えて〈封解主〉の器用万能っぷり。残された最後の一人なだけはあります。
そして遅れて登場、暴虐公。わちゃわちゃ盛り上がって来た気がします。ふふふ……。
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!!励みになります、マジで!!本当に!!ありがとうございます!!
こういう俗物な人間ですが、完結までにお付き合いいただければ幸いです。いか、目に見える評価と感想とお気に入り大好き。幾らあっても悶えるくらい嬉しい。
お陰様でストック10話くらいあったりするので、相変わらず採用できる番外編ネタとかあれば形にできる……かもです。
それではいつもの三点セットもお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!