デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百四十七話『鍵と剣と銃』

 

「――――と、いうのがあなたと、そして彼を取り巻く現状です」

 

 騒音と静寂に響く、巨大な本を閉じる音。穏やかに瞑られていた瞼が開かれ、水晶が如き瞳が少女を射抜いた。

 

「ご清聴、ありがとうございました。信じるか否か、それはあなた次第ですが……私なりに、伝えるべきことは伝えたつもりです」

 

「……ふん」

 

 鼻を鳴らして、彼女は少女へと迫り――――通り過ぎていく。

 夜闇の霊装が淡く輝き、横に掲げた右手に漆黒の粒子が収束した。それは魔王の剣。一振にして、暴虐の帝王。

 

「どちらへ?」

 

「貴様の言葉、嘘か真か。どちらでも構わん。私が為すことは変わらない――――自らの目で、確かめるまでだ」

 

 少女の問いに、暴虐の王は迷いなく答えた。全てを滅する魔王は、己の目で見たものを善と悪で判断する――――どちらにせよ、彼女の判断一つで平等に塵と成り果てることに、変わりはないのだが。

 ならば、と少女は再び〈囁告篇帙(ラジエル)〉を掲げ、彼女が追い求める〝到達点〟を読み取った。

 

「ここから北へ。天を衝く大きな塔があります。そこの上層に、あなたが探し求める人物たちがいらっしゃいますよ」

 

「――――何のつもりだ?」

 

 顔を振り向かせ、冷酷に細められた目が少女を映す――――その水晶に映る者は、笑ってしまうくらいに、仮面を貼り付けた笑顔だった。

 

「あなたが存分に力を振るえる存在なんて、世界に早々といないんですよ。ですが、あの場にいるあなたが探している人物、そうでない人物も等しく、あなたを楽しませてくれるでしょう」

 

「……気に食わんが、ここは貴様の口車に乗ってやろう――――――それと」

 

 僅かに姿勢を落として、この場を去ろうとする魔王は――――冷淡な声色を変えずに、言った。

 

 

「貴様の道化、まるで似合っていない。不愉快だ――――次にその顔で会う時は、斬って捨てるぞ」

 

 

 瞬間、地を踏み砕き、魔王は駆けた。天を自在に飛翔する彼女の姿は、一瞬にして小さな星と同化していった。

 それを最後まで見届けてから、少女はポリポリと本を持っていない手で頬を掻き、困り顔で独り言を呟く。

 

「……向いてないかな、これ」

 

「ええ――――本当に、その通りですわ」

 

 ――――冷ややかで、殺意の籠る感触が、背に現れた。

 突きつけられたそれは、霊装越しにでも感じられる神秘の細緻。だが、少女はそれを恐れることなく……恐れなど、もう消え失せてしまった少女は、軽々と振り向いた。

 

「おや、いけない子ですね。私は五河士道のフォローをしてほしい、と頼んだはずですが」

 

「異な事を仰いますわ。わたくし、頼まれたことを蔑ろにしたつもりはありませんことよ。それを終えて、戻ってきてみれば――――まあ、まあ。懐かしい(・・・・)顔と、ご対面ではありませんの」

 

 大仰な仕草に隠し切れない、怒気と怨嗟(・・・・・)

 一つの引き金で、眉間を撃ち貫き弾痕を生み出す。しかし、何を躊躇って(・・・・・・)いるのかと、少女は小首を傾げた。

 

「撃たないんですか? あなたには、『私』を撃つだけの理由が、過去が――――歩みが、あるはずですが」

 

「――――ッ!!」

 

 声にならない悲痛な声が、少女の鼓膜を震わせた。

 彼女にはある。彼女にこそ、ある。正当な理由。撃つべき理由。撃たなければならない、理由。

 何故ならば、ああ、アア、嗚呼――――彼女もまた、『時崎狂三』なのだから。

 身勝手な理由であるべき生を奪われた、〝最悪の精霊〟その人なのだから。

 

「あなたは、何なんですの……!!」

 

「……あなたなら、とっくに解っていたのでは? 狂三が、心の奥底では理解しているように、あなたも――――私と『私』を解っている」

 

 故に、少女はこの『時崎狂三』を選んだ。他の誰でもない、瞬間から産み落とされた彼女を。

 

「……理解など、出来ていませんわ。あなたが何を求めているのか。わたくしには到底、理解など出来ようものではありませんわ。『わたくし』で、何をしようとしていますの(・・・・・・・・・・・・)?」

 

「あなたにとっては好都合だと思うけど――――あの人は、こんな風に返していましたね」

 

「〈ファントム〉と、〈アンノウン〉。人が名付けたにしては、出来すぎた偶然ですわね」

 

「どちらもわからない、ですか。まあ、そうかもしれませんけど、私の名が『私』と同一視されるというのは、遠慮願いたいですね」

 

 それは些か、高望みというものだ。身に余る名誉、とも言えるかもしれない。

 未だ外れぬ銃口を目にしてなお、少女は『狂三』との相対を止めるつもりはない。

 

 

「私の目的なんて、初めから話しているじゃありませんか。ずっと、いつだって、私は私の望みに忠実です。それ以外に、意味も理由も必要ない。それ以外を求めてしまう私は、壊れた私なのです」

 

「……全ては、『わたくし』のために?」

 

「ええ。全ては、私の計画(我が女王)のために」

 

 

 それ以外に、それ以上の、異なる答えは必要としない。

 少女の答えを聞き、『狂三』は狂気的に――――どこか、悲しげな微笑みを浮かべた。

 

「そのお顔で、存在で、『わたくし』を語るなど、皮肉にも程がありますわねぇ」

 

「……そうでしょうね。私は『私』で、けれど『私』は私ではない。だから、『私』の罪は私の罪です」

 

「故に、わたくしに討たれても構わない、と。――――あなた、酷く歪ですわ」

 

 誰もが思う少女の歪さを、『狂三』はさらけ出すように言葉とした。

 

「果たすべき事柄がありながら、あなたの心は乖離していますわ。いつ死んでもいい、意味などない、自分がいなくても問題はない――――そのような考えで生きている。これを歪と言わず、何と言うのでしょう」

 

「……私自身、理解しようと思っていませんよ。どの道、もうわからなくなる(・・・・・・・・・)。いえ、なっている……のかもしれません」

 

 自分のことがわからない。わかる必要はない。必要のない存在なのだから、理解を深める理由がない。

 少女の曖昧な物言いに、『狂三』は眉をひそめ訝しげに声を返す。

 

「また異な事を仰いますわ。自分が自分を理解せずして、誰が理解してくださると?」

 

「さあ、誰なのでしょうか。そもそも、識別する特定の記号を持たない私には、不要なことなのでしょう。事実として、私は狂三に付き従う者を演じて(・・・)ここまで辿り着いた。私が誰かなど、私にとってはさして重要なことではない――――私は、『私』になるんだから」

 

「…………」

 

 私への理解など不要。必要なのは、私が果たすべき〝計画〟のみ。

 ――――いよいよ、思考が破綻してきている。

 混濁し、呑み込まれ始めたのはいつからだったか。抑え込んでいられるのも、限界があるとは思っていたが、それをしなければ――――これを受け入れる(・・・・・)となれば、加速するのも当然のことだった。

 憤怒の中に入り混じる悲しみが、『狂三』から伝わってきている。それを見て、少女は悲しいと思ってしまう。彼女に、そのような顔をさせてしまう罪深さが、悲しいと。

 

「あなたは、あなたですわ。――――そう言えたのなら、どれほど簡単なのでしょうか」

 

「……あなたの運命と、私の生まれを考えれば、そう言えないのは当然。いいんだよ、それで。私に情なんていらない。あなたは、人でなし(・・・・)なんでしょう?」

 

 いつかの言葉を、今ここで使う。少女の矛盾を知っていてなお、歩みを止めなかった狂信者。

 少女はそんな彼女に優しく微笑みかけて――――『狂三』は、引き金から指を離した。

 

 

「――――人でなしが、情を持たないといつ仰いましたの?」

 

 

 そんな『狂三』が放った言葉に、少女は目を見開いて驚きを見せた。

 彼女は、少女の心からの驚きをくすくすと笑いながら続ける。

 

「その顔を見て、撃ち殺したくなる気持ちがないとは言いませんわ――――――けど、情が上回るのは、仕方ないのではなくて?」

 

「情があってはいけないと、私は言ったと思いますが」

 

「あら、あら。別によいではありませんの。確かに、情と非情は矛盾していますわ。けど、両立ができないわけではありませんもの。――――これでもわたくし、あなたには感謝していますのよ」

 

 楽しげに、場違いなほど嫋やかに踊る『狂三』の姿は、少女にとって恐ろしいほど美しく映った。

 矛盾を語り、力で肯定する彼女は――――そうだ、『時崎狂三』だ。撃つべき理由があるように、持ってしまえるのだ、撃たない理由を(・・・・・・・)

 器用で、不器用で。非情で、情に厚くて。

 

「……ああ、そうでしたね。あなたは、あなたなのですね」

 

 誰かのために、何かを犠牲にできる人。そう思ったから、彼女ならばと少女は選び取った。

 嗚呼、嗚呼。結局は、誰を選んでもこうなってしまったのかもしれない。――――背負って、しまうのだ、彼女なら。

 

「なら……優しい優しい、我が女王様。私の最後の願い、引き受けてくださいますか?」

 

「さあ、さあ、どうでしょう。わたくしは非力な身ですので、頼みの内容によりますわ」

 

 かしずいた少女に、『狂三』は超然と微笑んで返す。こうして、くだらなくも、変わらない言葉の遊びをしている時が――――ああ、これも少女にとって、楽しかったのだ。

 だから、私が私であるうちに、少女は精一杯の笑顔で、最後の願いを語った。

 

 

 

 

「私のために――――死んでくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 絶望が立つ。世の全てを塵へ帰す。それだけの威圧を通して、十香は現れた。

 十香は刃を振り上げ――――――

 

「うわ……!?」

 

 同時に、士道の元から光が溢れ、何かが飛び立った。

 吹き荒む突風の中、顔を庇いながら何者かを確認する。いいや、確認するまでもなく――――〈封解主(ミカエル)〉を構えた六喰が、重力へ逆らって十香と相対していた。

 

「六喰!?」

 

「――――許、さぬ……許さぬ、許さぬ、許さぬ……ッ」

 

「六喰、やめるんだ!! 十香は――――!!」

 

 剣呑な気配を撒き散らす六喰には、もはや士道の声すら届いていない。

 

「むくの髪を……切ったな。主様が、――――さまが……褒めてくれた、むくの……髪を――――」

 

「髪……――――!!」

 

 一瞬の後、思い当たる光景に士道は気がつく。

 十香の斬撃から六喰と折紙を庇ったその時、士道の視界に金色の絹糸が映り込んだ。全くの偶然、十香の意図するものではなかったのだろうが……反転した十香の斬撃が、六喰の髪を切ってしまったのだ。

 たったそれだけ。否、六喰にとってはそれほど(・・・・)のこと。それを大切に思うようになったのは、誰の影響か――――それさえわからぬまま、星宮六喰は激情を振るう。

 

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――【(シフルール)】!!」

 

 

 六喰が錫杖を握る手に力を込め、突き刺す――――自らの胸元へ(・・・・・・)

 鍵を開くように回されたそれの力は、言葉で表すよりも速く語られた。

 一瞬にして纏われていた霊装は、優美なる造形を尖鋭な形へ。

 〈封解主(ミカエル)〉もまた、宿主の変貌に応じて変質する。錫杖の形から、鋭く敵を穿つ長大な戟を思わせるフォルムへと生まれ変わった。

 猛将。世を捨てた女仙から、敵を打ち倒す戦場の将を思わせる様相へ、六喰は変化してみせた。

 

「こ、これは……!?」

 

「六喰ちゃん!?」

 

 尋常ではない濃密な霊力。煽られる展望台そのものが揺れ動いている程の圧力を感じ、士道と折紙の動揺の声が重なる。

 

 

「秘められた自己能力の解放――――鍵の天使というのは、伊達ではありませんわね」

 

「ほぉう……?」

 

 

 空間そのものを揺るがすほどの霊力。天使〈封解主(ミカエル)〉の真の力に動揺らしい動揺を見せなかったのは、いつの間にか霊装、その上に白い外装を纏い、冷静な分析を見せた狂三。

 そして、歓喜の感情を隠さず目を細めた十香だった。

 

「貴様、面白い力を持っているな。ふん、奴の言っていたこと、嘘ではないようだな。――――いいだろう。修羅の前に、貴様から相手をしてやる」

 

 不敵に顔を歪め、〈暴虐公(ナヘマー)〉の凶刃に漆黒の霊力を纏わせる。その余波が六喰の霊力とぶつかり合うだけで、展望台に残されたガラスが次々と砕け散っていく。

 

 

「もはや、もはや、許さぬ。記憶を封じるなど生ぬるい――――塵も残さず無と消えよ!!」

 

「その意気で私を楽しませてみせろ――――でなければ素っ首、すぐに落としてくれる」

 

 

 万象を塵芥へ還す剣。万象を開閉せしめる鍵。

 

 十香と六喰――――反転精霊と精霊が、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「まったく、落ち着きという言葉はありませんのね……!!」

 

 吐き出しては見たが、そのようなもの無縁も無縁なのだろう。狂三とて、その程度のことは知っている。

 が、狂三がそれなりに苦労し、人目を気にしているというのに、自分の力に絶対の自信を持つ精霊はこれだからと、狂三は相対する十香と六喰を見やる。

 否。相対、という表現は適当とは言えない。何せ二人は、強大な霊力を憚らず衝突させ、今この瞬間、剣と戟は激突したのだから。

 傍迷惑なことに、宙から展望台の外壁へと戦場を移した十香と六喰は、双方の武器を交わし合いながら辺り一帯を破壊していく。

 意図してそうなっているわけではない。精霊と反転精霊。しかも両者ともに戦闘に秀でている結果として、自然にそうなってしまうのだ。

 

「――――折紙さん、連絡用の端末はお持ちですわね? 貸してくださいまし」

 

「え……は、はい!!」

 

 ブーツでガラスを踏み砕き、折紙の元へ駆け寄りながら狂三はそう呼びかけた。

 彼女も狂三の意図するものを察し、すぐに携帯電話を取り出し、狂三の手に預けてくれる。それを見た士道が、激突の衝撃に身体を揺さぶられながらも問いかけてきた。

 

「何する気だ?」

 

「わたくしがお二人の間に入り、足を止めますわ」

 

「止めるって、お前一人じゃ危険すぎる!! 俺も――――――」

 

「今の状況で、あなた様をお連れする方が危険ですわ。以前の十香さんと同じ状況ではありませんのよ」

 

 論破の隙を見せない狂三の言葉に、士道は息を詰まらせ次の言葉を失った。

 そう。以前――――一度目の反転時は、仕方なしに士道を接近させた。が、今はそうはいかない。反転の十香と全力で打ち合える精霊が狂三以外にもう一人、とてもではないが味方とは言えない存在、六喰。

 その二人の戦闘空域に、生身の士道を無策で連れていく――――あまりにもナンセンスな選択だ。

 

「けど、俺がいかなきゃ……!!」

 

「待って五河くん。時崎さんは今の状況で、って言ってるんだよ」

 

 折紙の正確な指摘に、「あ……」っと声を漏らし落ち着きを取り戻す士道。

 自分が必要、ということまではわかっているのだろうが、こういったところは、まだまだ落ち着きがない少年らしいと狂三は苦笑して言葉を継ぐ――――――それくらい、狂三がいる時は冷静という面を託してくれているのだと思えば、嬉しいものだ。

 

「ええ。士道さんの登場は、状況を整えてからですわ。せめて『わたくしたち』と折紙さんとで、動きを抑え込める範囲まで。そのために――――――」

 

 勝利条件は六喰、及び十香の霊力封印。倒すことではない。

 故に、狂三だけでの打開は不可能。精霊という存在の中で、間違いなくトップクラスの危険度を持つ二人に、士道を近づけさせることすら叶わない。

 驕ってはならない。悪化した状況に、焦ってもならない。狂三は極限まで研ぎ澄まされた神経を駆使し、打開までの道を整えるまで。

 そのためには、白い少女から力を借り受けた狂三と、折紙の力を結集してもまだ不完全。もう一つ、この事態を既に察知しているであろう組織の力が必要だ。

 

 

「――――琴里さんを叩き起しますわ」

 

 

 だから狂三が、不本意ながら、わざわざ喝を入れてやらねばならなかった。

 

「準備が整い次第、『わたくし』が合図を送りますわ。折紙さん、それまで士道さんを――――いいえ。突入から、士道さんとわたくしの(・・・・・)フォローを」

 

「っ、はい。任せてください……!!」

 

「頼りに、していましてよ」

 

 相変わらず不思議な気持ち。それでいて、穏やかな心。こんなにも、誰かを信頼することになるとは。

 だが、事実として折紙の力は信頼に値する。それに頼らない理由はないし――――〝想い〟を共にする者として、感じない物が無いわけでも、ない。

 強い表情で頷く折紙を見届け、破壊されたガラスへ向かい、戦場となった外壁へと飛び出る――――前に、今一度士道と視線を交わした。

 

「……怪我、しないでくれよ」

 

「あら、あら。わたくしだけに向けたお言葉ではないことは、減点と言わざるを得ませんけれど――――――ふふっ、お気遣いという点では、及第点ですわね」

 

 言って、今度こそ外へ足を――――踏み出す前に、戯れに人差し指を唇に当て、投げキス(・・・・)を一つプレゼント。

 なっ、と狼狽える士道と、はわ、と顔を赤くした純情な折紙に微笑みながら、狂三は空高く舞い上がった。

 

「お行きなさい、『わたくしたち』!!」

 

 天空タワーの上層を一望できる高さまで上がり、空中に〝影〟を生み出して無数の分身体を呼び出す。

 

『きひひひひッ!!』

 

 それらは狂三そっくりに歪んだ笑みを浮かべ、タワーの外壁を駆け巡る精霊と反転精霊へ集っていく。

 しかし、これでは気を逸らすことがせいぜいだろう。〝数〟という総体の力はあれど、分身体に全力の精霊を抑える力はない。足を止めることは可能だが、拘束するなどの行為は不可能だ。

 

「なんじゃ……!!」

 

「ふん、いつぞやの分体か」

 

 戦火に身を投じた分身体たちが、二人の振るう刃に蹴散らされていく。被害こそ抑えられるが、やはり長くは持たせられない。

 だから狂三はもう既に、耳元に詰めの一手を寄せていた。折紙の携帯電話――――〈フラクシナス〉と繋げることが出来る連絡端末を。

 程なくして、ブツッという音の後に、騒がしい〈フラクシナス〉艦内の音声が鼓膜を震わせた。

 

「御機嫌よう、琴里さん。お忙しい中、失礼いたしますわ」

 

『――――本当よね!! あなた折紙と一体何していたの!? 十香は……それにあの精霊は一体何者!?』

 

「それにお答えする時間は、残念ながらありませんわ。――――どうやら、記憶は『閉じ』られたままのようですわね」

 

 まあ、ここまでアクションがなかった時点で、そうだろうと当たりをつけていた。

 白い少女の力、その分け身(・・・)と言える力を所持している琴里なら……と思っていたのだが、やはり狂三が借り受けている力とは質が大きく異なり、存外手こずっているらしい。

 

『っ、あなたまで、またそんなこと……ッ。この頭痛は、一体何なのよ……ッ!!』

 

「琴里さんが『閉じ』られた記憶を開こうとしている痛みですわ。さすがに、直に干渉する天使ともなれば、ある程度自我による指向性が必要……ということでしょうか。あの子の力、更に興味が増しましたわ」

 

『だから、何を、……言っ、て――――ぐっ』

 

 出鼻の強気な声音が、段々と呻き苦しむものへと変わる。

 それを聞いて、狂三の顔に動揺はない。時間がないとは宣言したし――――生憎、狂三は士道ほど優しくないのだ。

 すぅっと息を吸い込み、全力で琴里を叩き起した(・・・・・)

 

 

「さっさとお戻りなさいな。さもないと――――――士道さんの身体、余すことなく(・・・・・・)わたくしがいただきますわ!!」

 

『は――――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

 キーン、と。強化された精霊の聴力が凄まじい叫びを鼓膜に拾わせ、狂三は思わず片目を閉じて顔を顰めた。

 相も変わらず狂三にダメージを負わせるその声は、続けて声を張り上げる。

 

『ふざけんじゃないわよ!! 私の目が黒い内は、あなたなんかに士道の童貞はあげられないわ!!』

 

「ど……!? 何もそこまで言っていませんわよ!! そのような言葉、どこで覚えて来られたのかしら!?」

 

『そういう意味じゃなかったら何なのよ!! 紛らわしい言い方するんじゃないわよっ!!』

 

「煮え切らない琴里さんが悪いのではありませんの!! わたくしの手を煩わせないでくださいまし!!」

 

『うっさいわね!! このツンデレナイトメア!!』

 

「うるさいですわ!! このツンデレイフリート!!」

 

 ぜぇ、はぁ、とお互いの荒い息遣いが通信で交わされる。……乗っかっておいて何だが、緊急時に何をしているのかと狂三は汗で張り付いた髪をかき上げ、本当の(・・・)琴里とようやく言葉を交わした。

 

『……迷惑かけたみたいね』

 

「お互い様、ということにしておきますわ。ご気分の方は如何でして?」

 

『頭痛が酷くて、最高の気分(・・・・・)よ。――――随意領域(テリトリー)、十香及び六喰の戦闘領域に展開!! 同時に〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を射出!! 周囲への被害を抑えるわよ!!』

 

『司令!?』

 

 琴里からの指示にクルーが意外そうな声を上げたのがわかる。

 当然だろう。突然、封印処理のされていない警戒すべき精霊と言い争いをしたかと思えば、人が変わったように迷うことなく指示を出す。

 この場において、明確な意志を持って精霊を妨害することは、解決策を見出していなければできない。それは可能なのか――――――可能に決まっている。

 白昼夢から抜け出した琴里は、その最愛にして最大の切り札を、取り戻すことができたのだから。

 無意識のうちに唇の端が吊り上がる。狂三は勝機へ繋がる道が整ったことを、これで悟ったということだ。

 

「素晴らしいですわ、素晴らしいですわ。わたくしたち(・・・・・・)が為すべきこと、存じ上げていらっしゃいますのね」

 

『当然。行くわよ――――――』

 

「ええ――――――」

 

 声を揃えて、踏み出す。白い外装が靡き、黒と紅のドレスが揺れる。

 

 

(わたくし)たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 

 二人の声が、麗しき二重奏となって響き渡った。

 

 為すべきこと共有し終えた通信を切り、携帯を後方へ投げやる。それを分身が受け取る動作を気配だけで流し――――混迷を極める戦場へ、身を躍らせた。

 

 

「――――楽しげな舞踏会に仲間外れなど、悲しいですわ、泣いてしまいますわ」

 

 

 己の身にかかる重圧に、訝しげな顔を作った二人を見下ろすように狂三は降り立つ。

随意領域(テリトリー)の効果範囲では、全身を無遠慮に撫で回されるような不快感と重圧が、二人を襲っていることだろう。

 まさか、狂三が重圧を受ける側ではなく、恩恵を受ける側に回ることになるとは、思いもしなかったと内心で苦笑する。

 

 

「うぬか……ちょうどいい、纏めて無に還してくれる――――ッ!!」

 

「ふん。分体では退屈だったが、本体が来たのなら申し分ない。いつぞやの夜の続きだ――――来い、修羅」

 

「ええ、ええ。存分に踊るといたしましょう。お二人とも――――――わたくしを、退屈させないでくださいましね?」

 

 

 鍵を。剣を。銃を。

 それぞれの奇跡を手に取り、少女たちは戦場にて命懸けの闘争(ダンス)を踊る。

 

 

「――――〈封解主(ミカエル)〉……ッ!!」

 

「――――〈暴虐公(ナヘマー)〉!!」

 

「――――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

 狂気に委ねた瞳。

 冷酷な殺意を灯した瞳。

 二つの色彩に矛盾を抱えし瞳。

 

 三つ巴。類を見ない精霊戦争が、幕を開けた。

 

 

 






道化を演じる少女の真意は、どこにあるのか。歪な少女は狂三に何をさせようというのか。そして、『狂三』は……?

というところで舞台は三つ巴。てか、本当に仲良くなったねこの二人…原作だとまずありえない関係なので、違和感なく届けられていたら嬉しいです。
くるみん結構激情家なところあるから売り言葉に買い言葉はやる気がして…4巻での言葉の殴り合いも割と正面から受けてたってたし。
まあよっぽど親密かつ緊急時にならんと絶対ここまで淑女投げ捨てた応酬はしないでしょうけど。原作だったら分身体相手にははっちゃけるくらいでしょうし。いやあれは分身体がはっちゃけてるのか……?
だからこそ、心を開いた狂三なら思わずこういう買い言葉が出てしまう時もあるんじゃないか、という説得力が積み重ねることができていたら幸いです。でもこれ、やってる事普通の友達じゃry

そんなくるみん分析はさておき、いよいよ六喰編クライマックス間近です。評価とお気に入りが沢山で、いかはとてもとても嬉しい…!!くださるといつでも喜びます!!

あとラストの三つ巴は厨二心全開で書きました。そうだよ、私の趣味だよ。いいですよね、それぞれの特色が出た名を謳う場面。なんだこの凶悪メンツって感じですけど。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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