デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

151 / 223
第百四十八話『乾きと飢えを癒す者』

「五河くんって、時崎さんのどういうところが好きなの?」

 

「ぶっ!?」

 

 あまりにも唐突で直線的で場違いな質問に、狂三の投げキスから続く不意打ちとなって士道は息を吹き出した。

 

「わっ。ご、ごめんね、五河くん」

 

「……い、いや、いいけどさ。…………よくはない、のか?」

 

 咳き込む士道を見た折紙は、慌てて謝りながら背をさすってくる。ついでに状況が状況なだけに、冷静になりながら首を傾げることも忘れない。

 そんな士道の疑問に折紙はえへへ、と可愛らしく小さな笑いを見せて声を発した。

 

「時崎さんと五河くんを見てたら、何だか気になっちゃって。こんな時に聞くようなことじゃないと思うんだけど……『私』が目覚めたら元に戻っちゃうし、そうなったら私が五河くんと話せる時間はなさそうだから、聞いておきたくて」

 

 確かに、折紙の言葉に納得はする。二人の人格が融合した折紙とはいえ、先のような質問を日常に戻った折紙がするところは想像できない。それどころか、自身のことを積極的にアピールしてきそうだと、眠っている折紙のことを思い出して急に懐かしい思いを感じる。

 そして、少し寂しげに理由を語る折紙に、士道としても無下にできない気持ちが芽生えてしまう。

 とはいえ、どういうところが好きなのか、と聞かれたのは初めてのことだった。これまで会った人たちは、大体が士道の言動や行動で狂三に好意を抱いていると気がついていたから、面と向かってこういった問いは投げられてこなかったのだ。

 そんなわけで、普段にはない少しばかりの気恥ずかしさを顔に出しながら、士道は声を返した。

 

「どういうところが、って聞かれたら――――全部、かな」

 

 そう。全部(・・)だ。

 

「元々、俺の一目惚れだったからさ。顔はもちろん好きだし、あんな美人なのに影で努力を怠らないところも、それを見せないところも好きだ。声も当然好きだし……あ、知ってるか? 狂三、実は猫が好きなんだぜ。本人は隠してるから、秘密にしていてくれよな。あとは、全部が好きとは言ったけど、一人で背負い込み過ぎるところは直して欲しいよなぁ。人に無茶するなって言って、今みたいに正論を盾にして自分が一番無茶するから――――――」

 

「す、ストップ!! わかった、十分わかったからその辺りでお願いします……」

 

 ……士道としては全くもって語り足りないのだが、質問者が顔を真っ赤にして必死の形相で手を翳して止めに入ったので、仕方なしに言葉の矛を収める。

 

「す……すごいね」

 

「そうか? まあ、狂三の好きなところは大体こんなところだ――――――だから、さ。今みたいに、狂三に守られてばっかりなのは、ちょっと悔しいかな」

 

 頬をかいて、覗かせた弱音に折紙が目を丸くする。

 悔しい。悔しくない、わけがない。今の士道では、狂三を守ることができないと、彼女自身に言われたも同然なのだ。

 無力感が、握る拳に表れる。力が足りない。守るための力が足りない。想いだけでは、何も守れないから。気高く、美しい狂三を、士道はこの手で守りたい。だから、士道は――――――

 

「――――けど、時崎さんは嬉しいんじゃないかな」

 

「え……」

 

 意外な言葉を放った折紙は、手の指を組み合わせながら背を向け、続けた。

 

「五河くんにそう思ってもらえるだけで、時崎さんは嬉しいと思う。だって、好きな男の子が守ってくれるんだから、嬉しくないわけないよ。でもね、そんな五河くんの想いと同じくらい時崎さん、ううん――――女の子だって、好きな男の子を守りたいんだよ。女の子も守られるだけが、幸せじゃないんだから」

 

「折紙……」

 

「それに、五河くんは時崎さんが無茶するっていうけど、私から言わせればお互い様だよ」

 

 よく琴里に二人揃って指摘される悪癖をこちらの折紙にまで指摘されると、士道もバツが悪く苦笑いで誤魔化すしかない。

 硬い笑いを見せた士道を肩越し見やる折紙は、くすくすと笑いながら言葉を続けた。

 

「でも、そうやってお互いを守りたいって思い合って、肩を並べて、隣に立って――――ちょっと、妬けちゃうな」

 

「へ……?」

 

「何でもないよ。女の子は、男の子には秘密の悩み事が多いのですよ、五河くん」

 

 指を唇に当て、士道が可愛らしいと思ってしまう魅了的な悪戯っぽい微笑みを見せた折紙。

 そして、ポケットから銀色のドッグタグのようなものを取り出し、それを額に翳した。

 

 

「承認、鳶一折紙――――〈ブリュンヒルデ〉、展開」

 

 

 瞬間、折紙の身体を淡い光が包み込む。

 人知を超えた技術顕現装置(リアライザ)の結晶、CR-ユニット。

 奇跡の体現足る精霊の鎧、霊装。

 光が弾ける。二つの奇跡を重ね合わせ、優美で靭やかな姿を生み出した精霊と魔術師の融合体。それこそ、鳶一折紙の真骨頂。

 

「その姿は――――」

 

「――――言ったでしょ。好きな男の子を、守りたいって」

 

 そう言った折紙に、今度は士道が目を丸くしてしまう。

 恥ずかしげに頬を染め、けれど士道から視線を逸らさない折紙が言葉を紡ぐ。

 

 

「私も……そして『私』も、負けたくない(・・・・・・)。時崎さんと同じくらい、五河くんが好きだから。同じ想いを持ってるあの人に、負けたくないって、五河くんを守りたいって思うの――――それは、時崎さんもきっと同じ」

 

「折、紙……」

 

「わかっちゃうんだ。五河くんに、救われた人同士だから」

 

「――――――」

 

 

 ああ、嗚呼。折紙の言葉に、士道の脳は衝撃を受けたように熱くなる。

 そうか、彼女は、狂三は――――士道との出会いに、後悔ではなく救いを感じてくれているのだ。

 

「……あーあ。やっぱり、時崎さんより一番にはなれないかぁ」

 

 すると、士道の表情から思考を読んだように折紙が苦笑しながら声を発した。

 

「え……あ、いや……」

 

 士道が返す言葉に迷っていると、折紙は冗談だよ、と笑いながら手を差し出した。

 

 

「『私』と時崎さんを見てたら、私も頑張らなきゃって思えたんだ。ちょっと恥ずかしいこと言うけど――――――五河くんが惚れ直すくらい、頑張っちゃうんだから」

 

 

 以前見た折紙と同じ……いいや、同じと言っては失礼だ。

 

 

「五河くんも時崎さんも、一人で背負わないで――――一緒に、行こう」

 

 

 一回りも二回りも成長して、魅力的な笑顔で差し出された折紙の手を。

 

 

「――――ああ。頼む、折紙。俺に……俺たちに力を貸してくれ」

 

 

 守るだけでもなく、守られるだけでもなく――――――並び立つ(・・・・)その手を、士道は強く結び取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 死角に開かれた『扉』から迫る戟を薙ぎ払い、降り注ぐ銃弾の雨を斬撃で打ち払う。

 三つ巴の戦い。積極的に攻めいったのは六喰、十香。両者の戦いに介入し、均衡を保つかのように立ち回るのは狂三。

 並の精霊でさえ、ここまで十香と切り結ぶことはできない。〈封解主(ミカエル)〉で霊力を解放、または潜在的な能力を解放したのであろうこの精霊は、狂三や十香と正面から渡り合える実力を開花させた。

 鍵の天使と剣の魔王が交差する。閃光が踊る神速の世界に、白い外装を纏った狂三が追従した。

 

「は――――ッ!!」

 

「小癪――――!!」

 

 何かしらの霊力が込められた銃弾だけを的確に避け、十香はもはや足場として機能しなくなった展望台のガラスから鉄塔部分へと足場を変える。

 修羅――――狂三と呼ばれる精霊の力は、六喰や十香のそれとは大きく異なる。直接的な戦闘能力という点で十香と今の六喰を相手取るには、狂三は水をあけられていてもおかしくはない。

 だが、事実として狂三はかつて十香と打ち合い、今は外部からの援助(・・・・・・・)を受けながらも、十香と六喰の行動を上手く制限している。

 天使の特殊性。狂三自身の冷静な判断能力と、経験値。それら全てが――――否だ。十香の目には、時崎狂三がそのような表面的な理由で戦えているなどとは見えない。

 

「き、ひ――――!!」

 

笑っている(・・・・・)。この極限の状況下で、いつ命を落としてもおかしくはない戦場で。今も神速の戟を見舞う六喰を前にして、時崎狂三は美しくも狂気的な微笑みを浮かべてしまっていた。

 

「は――――ああ、よいな」

 

 そう。戦うものにしかわからない感情。

やはり(・・・)、同じだ。渇きと飢えが、癒えていく。『私』が感じている絶望とは別の絶望を、この〝修羅〟ならば癒してくれる。

 死が迫るから、生を実感できる。最強と比肩し得る最凶の好敵手を前に、十香は歓喜に満ちた声を零し――――二人の間に割って入る。

 

『――――!!』

 

 六喰を振り払った狂三の銃口と、振り下ろされた十香の魔王が衝突する。僅か一瞬の後、押し出された狂三と十香は視線を巡らせ――――お互いが笑っていることを認識した。

 

 

「もっと、もっとだ!! 静止など、つまらんことを考えてくれるな!! 私に本気を見せろ――――修羅よ!!」

 

「きひひひひッ!! わたくしはいつだって本気ですわ。さっさと目覚めてくださいまし――――眠れるお姫様!!」

 

 

 〈暴虐公(ナヘマー)〉から振り下ろされた斬撃が、狂三と狂三の〝影〟から放たれた数百の流星とぶつかり合い、霊力の塊が宙に激しく拡散する。

 足りない。まだ足りない。この修羅の狂気はこんなものではない。知っている、感じていた。あの歪なる両の眼に描かれた深淵は、十香の渇きと飢えを存分に満たすもの。

 

「ぜやぁぁぁぁぁッ!!」

 

「……!!」

 

 まだ、こんなものではないだろう。その心のままに地を蹴り、宙に躍り出た狂三に手を伸ばすように剣を振るう。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 が、今度は六喰が割って入るように加速し、十香へ向けて〈封解主(ミカエル)〉を五月雨の如く繰り出した。

 一撃一撃が、必滅の意志を持つ刺突。標的を狂三から変え、冷静に刺突を捌く十香だったが、六喰の攻撃に僅かな違和感を持つ眉を顰める。

 勘。一言に勘と言っても、それは経験や実力から導き出される一種の答えのようなもの。適当な当てずっぽう、というものでは決してない。

 その十香の勘が違和感を告げていた――――六喰の行動は、繋ぎ(・・)だと。

 

「……ふん」

 

 ――――どんなものを見せるのか、興味が湧いた。

 一度距離を置き、鉄塔に足をつけた十香へ向かって、先より強い威力の刺突が繰り出された。 霊装すら抉り取るだろう火力。しかし、まだ〝弱い〟。身を捩り、紙一重で避ける十香――――その背後に、『扉』が開いた。

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――【(ラータイブ)】!!」

 

「――――っ」

 

 攻撃が仕掛けられるかと思ったが、違う。

 空気が爆発したかのような暴風。それが十香たちがいる側の空間から『扉』へ向かって、急激に生み出される。

 『扉』の先がどこへ繋がっているかは定かではないが、恐らくこの上階と相当な気圧差がある場所に繋げたのだろう。

 十香を吸い込む、とまではいかないものの、十香の足を一瞬だけ掬うことに成功する。

 

「【(ラータイブ)】!!」

 

 続けて響く声に、『扉』。それも、通常出力の『扉』ではない。十香の頭上に開かれた超巨大な『扉』は、そこから直径一〇〇メートルは優に超える鉄、木材、石材――――何かの建造物を大胆に使った攻勢を仕掛けるためのものだった。

 

「ふ――――ッ」

 

 〈暴虐公(ナヘマー)〉を下段に構え、振り抜く。

 正面から、一閃。如何な巨大であろうとも、魔王の剣が断てぬ道理はない。両断された建造物は、二つに分かれて十香を避けるように落ちていく――――――刹那。

 

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――【(ヘレス)】!!」

 

 

 建造物と十香の間、ほんの僅かな隙間に『扉』が生じ、鍵の形をした戟が突き出された。

 直撃は、避ける。が、剣を振るったばかりの十香が捌き切れるほど生半可な速度ではなかった。

 身を翻した十香の霊装の端を貫き、そのまま落下する建造物の一部を突き刺し――――――

 

「何……?」

 

 十香の纏った霊装と、巨大な建造物が〝消滅〟した。

 切り裂かれたわけでも、砕かれたわけでも、どこかへ転移させられたわけでもない。ただ、事実として〝消滅〟したのだ。

 

「はぁッ!!」

 

「ち――――」

 

 無論、それで終わりではない。開かれた『扉』が広がり、〈封解主(ミカエル)〉だけでなく六喰までもが現れ、十香を穿たんと突撃をかけた。

 霊装のない十香が受ければひとたまりもない。かといって、霊装を構築する時間などあるはずがない。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】!!」

 

 

 穿つ戟と受け止める剣が相対――――――その神速の世界に、神速を超える(・・・・・・)者が介入した。

 狂三が身を躍らせる。刹那の攻防の最中、切り裂かれた建造物の片方を足場にして接近、瀬戸際で六喰の攻撃から十香を守る(・・・・・)

 神速では間に合うはずもない。今の狂三は、以前の死合いで見せた極地、加速の重ねがけ(・・・・・・・)を行っている状態なのだろう。

 念入りな下準備からの本命を邪魔され、奥歯を噛み締めて殺意を露わにする六喰に対し、狂三はあくまで優雅な微笑みで相対する。

 

「霊子の結合すら分解してしまえるとは、想像以上の素晴らしいお力。ああ、ああ。心から感服いたしますわ」

 

「邪魔を、するでないわ……ッ!!」

 

「あら。わたくしも纏めて無に帰すのでしょう? 今十香さんにした事を、わたくしにもしてみせて見せてくださいまし――――できるものなら(・・・・・・・)、ですが!!」

 

 銃と戟が弾き合い、霊力と火花を散らす。物理的な衝撃を伴い、三者ともに勢いに乗って地面へと降り立った。

 

「…………」

 

 消滅させられた霊装を再度顕現させながら、十香は油断なく狂三と六喰を視界に収める。

 霊子の分解――――通常、精霊の意志により己の内に戻る霊装は、構成された霊力も同時に還元される。しかし、今の消滅にはそれがなく、十香は新たな霊力で構成された霊装を生み出さねばならなかった。

 そして周りに僅かではあるが、霊子の残滓を未だ感じることができる。なるほど、分子や霊子の消滅ではなく分解――――〈封解主(ミカエル)〉・【(ヘレス)】。これこそ、六喰の切り札ということになるか。

 同時に、六喰がこれを狂三にではなく十香へ向けた理由にも察しがつく。

できるものなら(・・・・・・・)。そう、狂三は言った。事実、そうなのだろう。以前には見られなかった、狂三の纏う白い外装。十香からすれば、視界から外さなければ気配に違和感を持たせる程度のものでしかないが、どうやら六喰にとっては違うようだ。

 それを悟ったからこそ、狂三ではなく十香から仕留めにかかった。思考の全てを殺意に回しているというのに、冷静に物事を判断する能力は残されている――――冷静でありながら、狂っている。

 

 

「――――ふん。童かと思えば、一端の戦士ではないか」

 

 

 あの男を見定める(・・・・)事と、狂三との決着が望みだったが、この戦士も存外に楽しませてくれる。

 そんな考えを薄い笑みに表し、〈暴虐公(ナヘマー)〉の切っ先を好敵手たちへ向けた。

 

「待ってくれ、十香、六喰!!」

 

「お願いします、落ち着いてください!!」

 

 だが、愛おしい至福の時間を邪魔する者たちが、十香の視界に割って入る。

 

「――――士道、さん」

 

 その、瞬間だ。修羅の狂気が消えた(・・・・・・・・・)。あの時と、同じように。

 

「ち――――邪魔だ、消えろッ!!」

 

 舌打ち混じりに柄を握り直し、〈暴虐公(ナヘマー)〉を振り下ろす。叫びと共に漆黒の剣閃が三日月の形を成し、割って入った二人へ迫る。

 が、そのうちの一人――――あの道化師が語っていた人間から消去法で、折紙と呼ばれる少女が、金属の鎧と純白の限定霊装を纏い、手にした槍を翻し斬撃を打ち払った(・・・・・・・・)

 

「……何?」

 

 十香が目を細めたのは、打ち払われたことに対してではない。本気の剣撃ではない上に、不可視の力で動きを制限された状態なら、精霊の力を持ってすれば打ち払うこともできよう。

 しかし、槍を翻した瞬間に収束した闇色の霊力(・・・・・)は、今の十香からみれば同種――――つまり、反転体の霊力に他ならなかったのだ。

 よくよく観察してみれば、折紙の出で立ちは精霊と大きく異なる。通常の霊力と、十香と六喰の動きを制限している物と似た人工的な力が、折紙の中で混ざり合っている。

 槍の先端に、周囲に漂う霊力を収束――――なるほど、容易く打ち破れるわけだ。何せ今、この周囲には六喰の手で分解された霊装の霊力という、天使にも劣らぬ濃度の霊子が溢れているのだから。

 

「ふん……どいつもこいつも――――」

 

 苛立たしいと思っていたが、同時に。

 

「――――私を楽しませてくれるッ!!」

 

「折紙さん!!」

 

「うん!! 五河くんは六喰ちゃんを!!」

 

 〈暴虐公(ナヘマー)〉を振りかぶり疾走した十香の前に、槍の先端に闇色の霊力を纏わせた折紙が立ち塞がり、狂三が折紙の援護に入るように無数の分身を従えて並び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺す……殺す。主様を奪おうとする者は、敵じゃ。むくは……むくは、ひとりは嫌じゃ――――――」

 

 少女が嘆きを零す。それは殺意の籠る怨嗟の声――――同じくらい、苦しみを込めた悲しい声音。

 

「――――六喰!!」

 

「っ……主様」

 

 士道はそれを、放ってなどおけない。

 駄目だ。無垢なる狂気を現実にしてしまえば、巡り巡ったその果てに、六喰は――――そんなことは、させない。

 

「おお……主様。主様。安心するのじゃ。すぐに、むくが全てを無に帰してくれようぞ。そうすれば――――――」

 

「六喰!!」

 

 それ以上の言葉を、過ちを(・・・)、紡がせてはいけない。

 士道は六喰の肩を掴み、驚いた様子の彼女と再び対話を試みる。

 

「どうしたのじゃ、主様。あとはむくに任せておけばよい」

 

「違うんだ……そうじゃないんだよ、六喰……!! それじゃあ、駄目なんだ。もうこんなことは止めてくれ。俺は、誰かが消えるのも、俺のことを忘れちまったりするのも嫌なんだ……!! 十香も、折紙も、狂三も――――六喰、お前だって、みんなみんな、俺の大切な人たちなんだ!!」

 

「……っ」

 

 士道の言葉に六喰が息を詰まらせ、顔を歪ませた。それでも、士道は言葉を止めない。止めるわけにはいかない。六喰のためにも、みんなのためにも、士道は今度こそ六喰の『心』を開かねばならない。

 

「なんで……なんでなんだ? 教えてくれ、思い出してくれ(・・・・・・・)、六喰。なんでお前はそこまで、みんなを排斥しようとするんだ?」

 

 どうして、他者という存在を受け入れることができないのか。受け入れられないだけではなく、頑ななまでに排斥しようとするのか。

 士道も、六喰自身も知らない〝原因〟はあるはずなのだ。それがたとえ、六喰の苦しみだったとしても、過ちだったとしても――――繰り返させては、いけない。

 

「――――なにゆえ」

 

「え?」

 

 しかし、静かに、打ち震える悲しみの声が、返された。

 

「なにゆえ、そのようなことを言うのじゃ。主様は……むくのことが好きなのじゃろう? むくも、主様が好きじゃ。ならば、それでよいではないか。なのになぜ!! なぜじゃ!!」

 

「っ……そうじゃないんだ、六喰。俺は――――――」

 

「嫌じゃ。ひとりは嫌じゃ……!! 主様は誰にも――――――」

 

 すると。その時。

 

「――――十香さんっ!! 折紙さんっ!! 狂三さんっ!!」

 

 遮るように叫ばれたその声に、士道はハッと目を見開いて声の方向へ視線を向けた。

 

「な、何戦ってるのよあの三人……!!」

 

「きゃー!! 大変ですー!!」

 

「み、みんな……!?」

 

 記憶を封じられた、六人の精霊たち。予想外の登場に、士道も驚いて声を上げる。

 どうしてここに、という考えはすぐに排除される。異常な霊力を感知してか、空間震警報は発令されている。が、それを聞いたからこそ折紙や十香を探しに来たのだろう。

 あくまで、『閉じ』られた記憶は士道に関してだけのもの。それ以外は、優しい精霊たちのままなのだ。こうなってしまうのも、必然。

 

「あ――――」

 

 そして、彼女たちの姿を見て、六喰が別の考えに至ってしまうのも、必然だった。

 

「うぬら……うぬらまで、皆、皆むくから主様を奪おうというのじゃな。許さぬ。許さぬ。もはや――――――」

 

「六、喰?」

 

 異様な、取り返しのつかない何かが〝予知〟させられる。

 〈封解主(ミカエル)〉を両手で握った六喰は、その切っ先を下方、つまりは地面――――否、地球(・・)という概念へ向けて、突き刺し、

 

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――【(セグヴァ)】……ッ!!」

 

 

 鍵を、廻した。

 ――――瞬間。

 核を起点とし、凄まじい振動が辺りにゆっくりとだが広がっていく。

 血液の脈動のように、ゆっくりと、だが確実に。しかしそれは、生命活動を促すものではなく――――――

 

「っ、ぁ……!?」

 

 鋭い痛みに左目(・・)を覆う。何かが、訴えかけてきている。この行動の意味を、訪れる結末を。

 薄い笑みを浮かべた六喰の手が、士道の頬に伸びる。

 ああ、どうしてか、士道の左目に映る彼女の背景が歪み、今のものではなく――――果ての見えない宇宙(みらい)が広がっていた。

 

「もう……安心じゃ。これでもう……誰にも邪魔はさせぬ」

 

「六喰、お前……〈封解主(ミカエル)〉で、地球を――――!!」

 

「聡明じゃの、主様――――星に、【(セグヴァ)】を施した。対象が巨大すぎるが故、時は掛かるが、やがてこの星は巡りを止めるじゃろう」

 

「――――――」

 

 わかっていて、理解していてなお、息が詰まる。紡ぐべき言葉が、止まる。

 あまりに壮大すぎるそれに、あまりに滑稽至極に思えるそれは、六喰の、そして士道の左目に宿る時計盤(・・・)が、紛れもない真実だと告げていた。

 星の巡り。地球の自転の崩壊。それが意味するものなど、子供でも理解できる――――訪れる結末など、予知がなくとも理解できよう。

 

「これで、邪魔者は皆消える。主様は、むくと一緒に、ずっと(そら)で暮らすのじゃ。ふふ……楽しみじゃのう」

 

 言って、もはや士道の表情すら気にかけることなく、六喰は空に目を向けた――――未だ天に煌めきを描く、精霊たちへ。

 そうして、六喰は震える地面を蹴り上げる。恐らくは、最後の決着をつけるために。

 

「六喰!! 待ってくれ、六喰っ!!」

 

 追いかけるために駆け出した足を――――一度止める。

 

「く……」

 

 追いかけて、六喰を説得する。それは確定的な行動だ。

 しかし、時間がない(・・・・・)。時は掛かると六喰は言っていたが、〈封解主(ミカエル)〉ほどの天使の力ならば、人の体感でいってそう長くは掛からず、地球に致命的な影響を及ぼす。そうなってしまったら、六喰を止めたところで取り返しがつかない。

 士道だけでは手が足りない。かといって、十香を止めている狂三と折紙に頼ることはできない。

 なら、どうするか――――決まっている。そのために、士道は声を張り上げた。

 

「――――みんな!!」

 

 ここにいるのは、士道だけではない。精霊たちが、士道の声を聞いて訝しげな顔(・・・・・)をしている。

 

「あ、あなたは、あの時の……?」

 

「……えっ、空間震警報鳴ってんのにストーカー続けてんの……? なんかそこまでいくと感心しちゃうわね……いやしないけど」

 

 四糸乃と七罪、いやそれ以外の精霊たちも記憶が戻っていない。だから、今の士道は空間震警報が鳴っているにも関わらず、七罪たちにまとわりつく不審人物でしかない。

 そんな男に、力を貸してくれるはずがない――――けれど、士道は迷いなく精霊たちの元へ走り寄り、深々と頭を下げた。

 

「みんな……頼む!! 力を貸してくれ!!」

 

「……は? え、何……?」

 

「えっと……何かあったんですか?」

 

 戸惑った様子を見せながらも、四糸乃がそう問うたことで士道の中に希望が生まれる。

 顔を上げて、皆に伝わるよう真摯に思いを込めて言葉を続けた。

 

 

「六喰が――――精霊が、地球に『鍵』を掛けちまった。このままじゃ、大変なことになっちまう!! 頼む……みんなの精霊の力を……貸してくれ!!」

 

 

 半ば無謀な賭けに等しい願い出だろう。何せ、彼女たちは士道のことを何も知らない。なぜ、精霊のことを知っているのか。それが不審さに拍車をかけ、DEMやASTなどの精霊と敵対する者たちと判断されてもおかしくはないのだ。

 それでも、彼女たちの力が必要だ。世界を――――いいや、六喰を救うために。

 逡巡の沈黙が、心臓の鼓動を早め痛める。だが――――――

 

「……わかりました。私でよければ」

 

 四糸乃がそう答えたことを皮切りに、場が大きく移り変わる。

 

「よ、四糸乃? もっとよく考えた方がいいんじゃないの? 怪しすぎるでしょ、こんな……」

 

「はい……でも、悪い人には見えませんし。それに……なんて言えばいいのかわからないんですけど、私――――この人のお役に、立ちたいんです」

 

「四糸乃……」

 

 決意に満ちた瞳が、士道の心を奮い立たせた。縁が切れ、一度は全てが無に帰ったと思わされた――――違う。

 どこかで、残ってくれていたのだ。精霊たちと紡いだ道が、絆が。人が手にした想いは、簡単に封じられたりしない。それを表すように、次々と精霊たちが名乗りを上げる。

 

「呵々、まあよいだろう。最低限の礼はわきまえているようであるしな」

 

「首肯。なぜかはわかりませんが、以前にもこんなことがあった気がします」

 

「むー……まあ、皆さんがそう仰るならぁ……男の子は男の子ですけど、トリミングしたら可愛いお顔してますしぃ」

 

「あーうんいんじゃない? なんかこういう展開燃えるっしょ」

 

「みんな……」

 

 皆の言葉に思わず視界がボヤけてしまい、慌てて手でそれを拭うと、七罪が呆れたのか大きく息を吐いて声を発した。

 

「……何よ。これじゃ私だけ悪者みたいじゃない。わかったわよ、私もやるわよ――――で、一体何をどうすればいいっていうの」

 

「ああ、それは――――――」

 

 あまりにも七罪らしい物言いに嬉しくなりながら、士道は次に続けようとして、上から降ってきた(・・・・・・・・)黒い影に中断されられた。

 

「うおっ!?」

 

「驚愕。大きな岩が落ちてきました」

 

「――――あら、淑女を捕まえて岩などと。失礼ですわねぇ」

 

 その声と、砂埃から現れたシルエットの見覚えに、士道は当然のように彼女の存在を言い当てた。

 

「『狂三』!!」

 

「ごきげんよう。士道さん、それに皆様方」

 

 ニコリと微笑み、今し方墜落紛いの着地をしたとは思えないほど優雅な礼を見せた。

 恐らくは、十香との戦闘空域から離脱してきた『狂三』なのだろう。どうしたのか、と問いかける前にすすす……と距離を詰めてくる。

 

「それより、聞いてくださいまし士道さん。『わたくし』ったら酷いんですのよ。必死に十香さんを止めようとするわたくしを掴まえて、いきなりこちらへ投げ飛ばしましたのよ。痛いですわ、泣いてしまいそうですわー」

 

「お、おう、そうか。大変だったな……」

 

「ええ、ええ。ですので、ご褒美にまた頭を撫でてくだ――――――」

 

 『狂三』の声が不自然に途切れる。まあ、士道の『狂三』の間に一筋の線が差し込まれ、鈍い音を立てて地面に刻まれた弾痕をみれば、理由は誰でも察することができるだろう。

 一度それを眺めて、しかし顔を上げた『狂三』は、何事もなかったように微笑みながら続けた。

 

「……さあ、士道さん。是非にお願いしますわ」

 

「いや、次は本気で撃たれるぞ」

 

 どちらが、とはわからなかったが。今のが流れ弾の可能性もないわけではなかったが、狂三の技量を考えると戦いの合間にやったと言われても不思議には思わない。

 士道の指摘は最もだとわかっているのか、唖然とする精霊たちの前で更にぷくっと頬を膨らませてから、改めて要件を伝えてくる。

 

「『わたくし』から言伝を授かりましたわ。――――十香さんは必ず抑え込んでみせますので、六喰さんはお任せいたしますわ、とのことです。まあ、そう仰ったあの顔は、『何かあったら必ず呼べ』というものでしたけれど」

 

 肩を竦めて伝えられた内容に、士道は過保護な最悪(さいこう)の精霊さんの困り顔を思い起こし苦笑を返した。

 

「……ああ、わかってる。あとで説教は勘弁だからな」

 

「本当にわかっているのやら、わたくしも心配ですわ。それと、この騒ぎは琴里さんと精霊の皆様方の力を……と、こちらは『わたくし』の杞憂でしたわね」

 

 すると、『狂三』がそう言った、その時。

 

『――――当然じゃない。こっちの仕事まで奪わないでほしいわね』

 

 どこからか、何かを通した琴里の声が聞こえてきた。

 

「!! 琴里さん!?」

 

「えっ、どこ?」

 

随意領域(テリトリー)を通して〈フラクシナス〉から声を送ってるわ――――士道(・・)の言う通り、地面に霊力が侵食しつつある。これが地球にどんな影響を及ぼすか……なんて、言うまでもないわね。今から、所定のポイント六ヶ所に〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を打ち込むから、それを起点として、それぞれ霊力を送り込んでちょうだい。それで、しばらくの間侵食は防げるはずよ』

 

「ほう、なるほどな。やるではないか琴里!! 我が眷属にしてやろう」

 

『遠慮しておくわ――――でも、私たちにできるのはそこまで。散々迷惑かけておいて、結局はそうなっちゃうのよね……』

 

「琴里さん……?」

 

 精霊たちから見れば不思議な物言いの琴里に、皆が首を傾げる。

 が、士道だけは違った。責任感の強いいつもの(・・・・)妹らしい言葉に、彼女を勇気づけるように口角を上げて笑う。

 

「気にするなよ。俺だって、いつも迷惑かけてるんだからさ。あとはいつも通り俺の役目だ、任せてくれ」

 

『お願い。……みんなでちゃんと、無事に帰ってきてよ、おにーちゃん(・・・・・・)

 

「ああ……本当にありがとう、琴里、みんな。――――よろしく頼む」

 

 言って、歩き出そうと振り向いた士道の背に七罪の声が届いた。

 

「……どこに行くの?」

 

 それに、士道は。心から出た、するべきことだけを答えた。

 

 

「――――俺の手を待ってる子の、ところに」

 

 

 いつだって、士道はそうしてきたから――――今身体を動かす力など、それだけで十分だった。

 

 

 




さては鳶一嬢好きだなって言われるとそうだよと返すタイプの人間です。だってデビの方はあんまり出番取って上げられないし…。実際これには反転十香も該当してますけどね。乾きと飢えがあるけど、でも根っこは……?

大惨事の三つ巴。でもこの辺、もう少し付け足して書きたかったなという印象。この章の反省会は六喰編ラスト辺りにしようかなと思っています。うーん難しい。

この分身体はいつの子かわかるかなと言いたいけど、よく考えたら100話も前の個体じゃねぇかって自分でびっくりしてます。美九編そんなに前なの……。

次回、六喰編クライマックス。感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。