デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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狂うのではなく、既に狂っている。

さあ――――少年と少女の、最終章を始めましょう。







五河アンサー
第百五十一話『狂った物語』


 

 

 煌々と輝く夕焼けを、見ていた。否、そうではない。

 夕焼けに照らされる美しい精霊を、見ていた。

 

 優雅で、大胆。可憐で、不敵。

 最悪の精霊にして、士道にとっては最高の精霊。

 

 

「――――士道さん」

 

 

 時崎狂三が、五河士道と相対している。

 かつての日のように――――違う。かつての日の彼女とは、比べ物にならない覚悟と決意を以て。

 狂三は、銃口を士道へ向けている。

 

 

「その命――――わたくしに、捧げてくださいまし」

 

 

 できない。それは、できない。だって、そうしたら、士道の望みは叶わない。

 全てが、消え失せてしまう。世界は、移り変わってしまう。

 だから士道は、思ったことをそのまま(・・・・・・・・・・)言霊のように、現実にした。

 

 

「――――うん。俺の全部、狂三にやるよ」

 

 

 そうして、世界は反転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てぇ」

 

 目覚めて思う。まず、視界がおかしい。普段、目を開ければ見える天井が妙に遠い上に、微妙に斜めになって見えている。

 それはまあ、痛む首と身体を密着させていると感じる硬い感触で、大体の理由に察しがつくのだけれど。

 ベッドから、転げ落ちた。もう、小学生でもやらないような体勢で転げ落ちていた。具体的には、頭からベッドの下の地べたに一直線。逆さ立ちもどきな体勢での起床と相成った士道のご機嫌は、最高に最悪である。

 

「ぐ……おぉ……」

 

 一度身体を倒し、一回転させ起き上がる。相当な勢いで落ちてしまったのか、コブが出来ているのではないかという痛みに思わず後頭部を抱え、鈍痛に呻く。

 時折ある襲撃――者は言うまでもない人選――があったわけでもなし。我ながら、随分と間抜けな起床になったと髪をかき上げる。

 その際、壁に掛けられた小さな鏡に自分の顔が映っているのが見て取れた。寝起きで人相が悪い無愛想な顔と――――変哲のない双眸。

 

「…………」

 

 左目に手を当て、幾度か瞬きを繰り返す。……なんか、思春期中学生のような行動だなと、自分の行動に朝からげんなりとしてしまう。

 

「なんだ、今の夢……」

 

 言葉をこぼしてしまうほど鮮明で、夢というには現実と近しい。

 そして何より、士道の身体は何の不満も訴えていない。悪夢を見たなら、寝苦しさからくる寝汗の一つがあってもおかしくはないのだが――――笑えてしまうほどの健康体。

 士道は、士道の心は、今の光景を悪夢とは思っていないのだ。

 

「……狂三」

 

 言い慣れた、愛しい名。

 でも、どうしてか。今はその名を口にしても、士道の顔が晴れることはなかった。

 

 

 

「――――おにーちゃん、朝から辛気臭いぞー」

 

「へ……?」

 

 どうやら、その顔は朝食を用意してからも続いていたらしい。それも、白いリボンの妹に直球な苦言を呈されるくらいには、わかりやすすぎるほどに。

 そうか? などと返しながら顔を触っては見たものの、そんなわかりやすい士道の演技などお見通しの琴里は、一瞬にして黒リボンな司令官に様変わりし、声を発した。

 

「で? 何を足りない頭で悩んでるのよ」

 

「……べ、別に悩んでるってほどじゃ――――」

 

「言え。美味しい朝食が不味くなるわ」

 

「…………」

 

 言いなさいとかじゃなく、〝言え〟の一言な辺り本気の圧力を感じて冷や汗をかく。さり気なく士道の作る朝食を褒めてくれているのが、飴と鞭……なのだろうか?

 ともあれ、半ば睨むような視線の琴里に観念して息を吐き、箸を置いて士道は今朝からの不安を打ち明けた。

 

「今日、夢を見た」

 

「夢?」

 

「ああ――――俺が、狂三に負けを認める夢だ」

 

 言った途端、琴里がギョッと目を見開き、それから怒りとも思える顔で食卓越しに顔を詰め寄らせてきた。

 

「はぁ!? 朝から何見てるのよ!!」

 

「俺のせいか!?」

 

 夢の内容をコントロールできる天使があるなら話は別だが、そういうのを持ち合わせた覚えがない士道に文句を言われても困る。

 叫びに叫びを返すと、琴里もムッと表情を不満なものに変えながら、落ち着くように椅子に座り直す。

 

「……そんな夢を見るなんて、気持ちが弛んでる証拠よ。状況が落ち着いたからって、油断したら駄目――――あの子がいつ現れるか、わからないんだから」

 

「……っ」

 

 琴里の指摘に、息が詰まる。

 六喰の封印から、およそひと月――――あの日から狂三が士道の前に姿を見せることは、なかった。

 それ自体は、決して不思議なことではない。基本的な主導権は狂三が握っており、それに士道が応えている状態なのだ。時期がひと月空いた程度――――しかし、いつになく長期的に姿を見せない狂三に、士道だけでなく精霊たちも気にするような素振りを見せ始めている。

 新たな精霊も、DEMの影もなく。平和そのものな日常。おかしな話かもしれないが、皆、その中に狂三や〈アンノウン〉がいないことに、強い違和感を感じてしまっていた。

 ――――何か、あったのだろうか。皆口には出さないが、その思いは同じだった。士道も、そして目の前にいる琴里も。

 

「しゃんとしなさいよね。あなたがそんな気の持ちようじゃ、その夢が現実になるかもしれないんだから――――そんなの、嫌よ」

 

「……ああ、わかってる」

 

 夢が、現実に――――士道が負けを認めれば、士道の命は尽きる。

 もとより、そういう約束。そうなってしまっては、悲痛な顔で呟いた琴里を、それ以上に泣かせることになってしまう。

 ただ、狂三を救いたい。そう思う中で、士道の心は定まっているとは言い難い。あんな夢を、見てしまったのがその証拠。

 

 

「――――嫌だって、思ってるのにね」

 

 

 ぽつりと、琴里がそんな言葉をこぼした。

 

「琴里……」

 

「…………」

 

 士道の声に答えることはなく、琴里は無言で箸を取り朝食を再開した。士道もそれに習いながらも、それは琴里の気持ちを汲み取るためのもの。

 その先を、口には出せない。琴里は士道を支える、勝たせるための司令官。それを言ってしまったら、同情の念(・・・・)を出してしまえば、組織は容易く崩れ去る。

 でも、思ってしまうのだ、琴里も。心のどこかで、士道と同じことを。

 その日の兄妹の朝食は、いつになく無言で、食べた気がしないものだった。

 

 

 

 

「――――シドー、どうかしたのか?」

 

 その後も。

 

「士道さん、何か……あったんですか……?」

 

『お悩み相談なら乗っちゃうよーん?』

 

「……まあ、私が力になれるとは思えないけど、四糸乃が言うんだったら……」

 

 行く先々。

 

「ふはははは!! 先へ行かせてもらうぞ士道、そして我が眷属よ――――うん? どうしたのよ、そんなアホみたいな顔して」

 

「指摘。耶倶矢が寝起きから鏡を見た瞬間の顔より酷いです」

 

「な、そんな顔してないし!! 馬鹿にすんなし!!」

 

 偶然にしては多めに出会う精霊たちに。

 

「むん? 主様、悩みの相談なら任せよ」

 

「きゃー!! 奇遇ですねだーりん、十香さーん!! 今日もまた一段と……あれ? 何だか今日のだーりんは少しイケてないような――――うそうそ、冗談ですよぉ」

 

「おう少年。朝から通学とは精が出るねぇ。……どったの、その徹夜明けの二亜ちゃんより酷い顔」

 

 そんなことを言われ続け。

 

「――――士道。事情を話して、今すぐに」

 

 さすがの士道も、骨が折れたのは言うまでもなかった。

 そもそも、他の精霊たちはともかく、同じように学業がある美九はどうやって士道たちの通学路に現れたのか。断っておくが、美九が転校した形跡は全くない。

 そんなわけで、まだ余裕はあるとはいえ、皆と話していたことでいつもに比べれば随分と遅い時間に十香、折紙と共に来禅高校の校門を潜ることになった。

 

「――――狂三に、霊力を差し出す夢を見た?」

 

「あ、ああ……まあ、ただの夢の話だからな。あんまり気にしないでくれ」

 

 歩きながら折紙に事情を説明する。しかし、口に出した通り所詮は夢の話。行く先々でこの話をした結果、幾分か気持ちも楽になったというものだ。

 皆、話半分で笑わず真摯に答えてくれて、改めて良い子たちだと嬉しい気分になったくらいだ。それはどうやら折紙も同じだったらしく、笑う士道に対して真剣な顔で首を横に振った。

 

「そうとも限らない」

 

「へ?」

 

「――――士道は、狂三の〈刻々帝(ザフキエル)〉を扱っている。それが作用していないとは、限らない」

 

 〈刻々帝(ザフキエル)〉を扱う――――幾度か干渉があったこと以外でも、経路(パス)の狭窄が起きた一件で、士道は何とオリジナルと遜色ない能力を持つ〈刻々帝(ザフキエル)〉を行使したと聞いている。

 つまり折紙が言いたいことは、今朝の夢はただの夢などではなく……。たらりと頬に汗を垂らし、士道は折紙の推測を口にした。

 

「……まさか、予知夢だって言いたいのか?」

 

「……」

 

 無言は肯定の意、なのだろう。

 予知夢。読んで字の如く、夢として出る予知。確かに、〈刻々帝(ザフキエル)〉の影響があればありえない話ではないが……些か飛躍し過ぎではないかと、士道は苦笑を返した。

 

「凄い予想だけど、さすがに考えすぎだって。最近、狂三に会えてないから、俺が気にしすぎて変な夢を見ちまっただけだ」

 

「……シドー。本当に、本当の本当に大丈夫なのだな?」

 

「おいおい、十香まで気にしすぎだって。――――けど、ありがとうな」

 

 今朝の最初から付き合わせてしまったせいで、どうやら十香には特別不安な思いをさせてしまっていたようだ。

 不安げな顔を見せ、念を押してくる十香の頭を撫でてやる。精霊の精神を、士道の夢程度で不安定にさせていては琴里に怒鳴られてしまう。

 

「むぅ……」

 

 誤魔化されたことには不満だが、士道の手のひらの感触にはご満悦。……なのだろうと想像できる複雑な顔と声音を微笑ましく見ていると、折紙が十香を押し退けるようにぐいーっと頭を詰め寄らせてきた。

 

「十香ばかりは不公平」

 

「こ、こら!! 順番は守らんか!!」

 

「あはは……」

 

 ここで出るのが拒絶ではなく、順番という言葉が出るのは、二人の距離が近しくなった証拠だろう。

 以前の彼女たち……殺し合いの関係に比べると、夢のような光景――――けど、それを現実に出来たことが、本当に喜ばしい。

 

 ――――いつか。この光景に、狂三がいてくれる日が、来てほしい。

 

「…………」

 

 どうせなら、そんな優しい夢を見せてくれれば、良かったのに。

 

「む? どうしたのだ、シドー」

 

「――――ああ、なんでもないよ。早くしないと、遅刻しちまうなってさ」

 

 我ながら、いつまでも成長しない誤魔化し方をして、士道たちは寒空の下から校舎の中へ入り、下駄箱から上履きを取り出し履き替える。

 慣れた手順だ。そしてこれからも、付き合っていく日常の一コマ。

 これが、ずっと続いていけばいいと――――――

 

 

「――――――――」

 

 

 思ってもいないことを、考えてくれる。

 

 久しい感覚を感じ取り、士道は一人で駆け出した。

 

「シドー!?」

 

「士道!!」

 

 二人の声にも反応せず、たった一人で。

 走り出して間もないのに、心臓の鼓動が痛い。数十秒前まで寒空の下にいたとは思えないほど、身体が熱い。

 付けていたマフラーを脱ぎ捨てるように取り去り、勢いを加速させる。鍛えていたからか、それとも無意識に精霊の力を発現しているのか。通り過ぎる人たちの驚きの目や声が感じられ、けれどそれらは全て雑音として処理されていく。

 

 一人。たった一人。今の士道の中にある人は、一人だけなのだ。

 

「……っ!!」

 

 辿り着いた教室の扉。二年四組。通い慣れた、あと数ヶ月もあれば通うことはなくなる教室。

 

 ――――今ならまだ、引き返せる。

 

 そんな思いが、刹那の時、士道の指を抑え込んだ。

 何も知らぬふりをして、引き返す。この扉を開けなければ、士道は事象を観測することもなく、時は進まないのではないか。

 馬鹿な。目を閉じていようと、時は進み続ける。無情に、残酷に、故に時は平等である――――ある一人を、除いては。

 刹那の時を超え、士道は扉を――――最後の扉(・・・・)を開いた。

 

 

「――――――」

 

 

 その少女は、可憐にて妖艶だった。

 

 相反する美しさを持つ、矛盾を司る少女だった。

 

 時が止まったかのような静けさを纏う――――精霊だった。

 

 

「――――うふふ」

 

 

 それ、故に。士道の全てが、取り込まれるのも無理はない。

 幾度、目を奪われてきたことだろう。

 幾度、見惚れてきたことだろう。

 幾度、彼女の隣を歩いてきたことだろう。

 

 その裡に秘める情熱の色とは裏腹に、闇を塗り込めたような漆黒の髪。抜けるような白磁の肌。

 数十、数百、数千。同じ言葉を繰り返して――――それでもなお、彼女の美しさは語りきれない。

 

 

「ごきげんよう、お久しぶりですわね」

 

 

 魅力を超え、蠱惑の領域に踏み入れた声が脳を揺さぶる。

 両の眼が士道を捉える。揺れる士道とは全く別の次元。それでいて、彼女なのだと思わせる偽りのない瞳。

 隻眼に灯る決意の色は、これまでとはものが違うと感じさせるには十分なもの。

 

 彼女がここにいる理由を、士道は知っている。

 だから、ああ、そうだ。士道が望まずとも、時は進み続ける。未来を目指しながら――――過去へ、誘う。

 

 

「わたくし、今日から復学することにいたしましたの。これからまたよろしくお願いしますわね――――――士道さん」

 

 

 そう言って。呆気なく、舞台の幕は再び開かれる。

 穏やかな、狂気(けつい)の滲む微笑みを浮かべて。

 

 

 ――――最悪の精霊・時崎狂三は、最後の始まりを謳った。

 

 

 

 

 







さあ、二人の物語も最終楽章。

五河アンサー編。攻略ヒロインはもちろん、〈ナイトメア〉・時崎狂三。士道にとって最大最高の味方であり、最大最凶の敵。

ようやく、ここまで辿り着くことができました。折れずに続けてこられたのは皆様の支えのおかげです。もうひと踏ん張り……で済むかはわかりませんが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

この章から、私はあまり多く語りすぎず進めていきたいと思います。でも感想とか評価はめちゃくちゃほしいです。煩悩の塊だなこいつ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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