デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百五十二話『返すべき未来』

 

 

『――――そういえば、名前を知らねーですね。ありやがるんですか、名前』

 

『名前……』

 

 名前。物や人、事象を区別するための名称、及び記号。

 普通の生まれであれば、主と言える存在から授けられるもの――――が、少女はそのようなものは持ち合わせていなかった。そして、付けてくれるような相手も記憶になかったのだ。

 

 だから、こそ。

 

 

『――――(みお)

 

 

 少年が名付けてくれたその名が。

 

 

『――――まあ、対外的なこともありますから、もしここで過ごすなら、私たちの親戚って扱いにしといた方が面倒はなさそうですね。なんで、フルネームは『崇宮澪』ってとこじゃねーですかね』

 

 

 生まれたことよりも、嬉しかった。

 

 彼が名付けてくれたから。

 彼が初めにくれたものだから。

 

 

『崇宮、澪……』

 

 

 零した言葉が、自らの名。

 たったそれだけのことが、言葉が、貰ったものが――――少女にとって、生涯の宝物になった。

 初めて、涙を流すほどの歓喜となった。

 

 

 

 ――――一つの記憶が、取り込まれる。

 知ったのではない。少女は既に記憶の中にある事象を――――――同期を、再開。

 

 少女は、夢の続きを視る。

 

 

 

 ――――――――――きて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 制服に袖を通すのは、実に半年以上も遡ることになる。

 以前は、揺れる心が生み出した戯れから。今にして思えばそれは――――迷える狂三が、士道に手をかけるという業から僅かでも逃避するためのものだったのかもしれない。

 

「…………」

 

 伏せた目を、開く。

 纏う装束は同じであれど、その隻眼に灯るは迷いではなく、決意。

 

「……長い時を、待たせてしまいましたわね」

 

 捧げるように、祈るように――――墓前に花を添える。

 ここに来ることは、もうない。

 どうしてかなど、決まりきっている――――世界を変えて、墓石に名が刻まれたことを〝なかったこと〟にするからだ。

 そのためなら、狂三はどんな業をも背負う。数々の未来を犠牲にして。数々の命を踏み躙って。最低最悪の精霊は、ようやくここまで辿り着いた。

 原初の罪業。狂三が撃ってしまったかけがえのない人を、本来失われるはずのなかった人を、在るべき形へ戻す。

 

「聞いてくださいまし、紗和さん。わたくし――――恋を、しましたの」

 

 きっと、言葉が届いていたなら大層驚いて、問い詰めてくることだろうと狂三は言いながら苦笑を浮かべる。

 墓石に手を触れようとして――――止める。

 見えない血に塗れた手で触れるのは、躊躇われた。これより先、狂三が創る未来に、狂三は必要ない(・・・・・・・)

 

「……楽しかったですわ。幸せでしたわ。何千、何万の未来を奪ってきたわたくしには、過ぎたものだと思える幸せでしたわ」

 

 伸ばした手を胸元へ、いくつもの思い出を唇から語る。

 楽しかった。幸せだった。彼の隣にいられるだけで、彼の日常を垣間見るだけで、それだけで良かった。

 

 

「――――だから、お返しいたしますわ。紗和さんの……皆様の、未来を」

 

 

 それだけの幸せを手放すことで、返すことができる未来がある。

 もう、『時崎狂三』に迷いはない。

 時間とは無限であるが故に、有限。狂三が決意を固める時間でさえ、消え行く有限。

 迷える時間は、もう終わり。幸せな時間は、もうおしまい。

 

「っ……」

 

 そうして立ち上がった瞬間、強い風が吹く。抑えきれなかった髪から、金色の時計が覗いた――――その目に、未来は映らない。

 

『――――当然のことを考えますのね。愚かな『わたくし』ですわ』

 

「…………」

 

 その声を聞くのは、二度目となる。或いは、狂三にしか聞こえていない『狂三』の声。

 

『『わたくし』は未来を否定した。そんな『わたくし』に、〈刻々帝(ザフキエル)〉が視せるものなどありませんわ。嗚呼、嗚呼。愚かですわ、悲しいですわ』

 

「そのようなこと、わかっていますわ」

 

 しかし、惑わされることはない。

 止まれるだけの理由が失われた今、狂三に迷うことは許されない。

 知っているとも。狂三が、未来を視ることが出来た理由。そしてそれが、既に失われた理由も。

 それでもなお、『狂三』の声は鳴り止まない。刃で肌を切り裂くように、咎めの声を響かせる。

 

『わかっているというのなら……いいえ、わかっているからこそ、迷いの中にいらっしゃるのでしょうか――――きひひひひ!! すっかり染まってしまわれたようですわね、『わたくし』。時間を浪費して得た快楽は、どのようなお味でしたの?』

 

「何とでも仰いなさい。わたくしは、わたくしの悲願を果たしますわ――――神を殺し(・・・・)、それを証明してみせますわ」

 

 神を、全てを仕組んだ元凶――――『始源の精霊』の存在を、〝なかったこと〟にする。

 それだけが唯一、皆が救われる道なのだ。数々の悲劇を、〝なかったこと〟にする道なのだ。

 それを信じて、それを信じなければ、狂三がそれを実証してみせねば――――このために奪われてしまった命は、何のためにあったというのか。

 

『ねぇ、『わたくし』。わたくしでありながら、唯一わたくしとしての道を歩むことのなかった『わたくし』。愛する士道さんのため、友愛のために戦った理想にして、正義の『わたくし』。それを捨て去り――――――あなた(・・・)の行動の先に、わたくしの〝悲願〟はありますこと?』

 

 

 であれば、答えなど明白。告げられる言の葉と、返す決意も、収束は必然。

 

 

「ありますわ――――――五河士道(この世界の未来)と、あの子を犠牲にして、わたくしは世界を創る」

 

 

 そのために、狂三は狂三のまま、今一度修羅となろう。

 

 振り返り、歩き出す――――――最後の舞台へ、『時崎狂三』として立つために。

 

 

 

 

 

 

 

『憐れな人。彼らが無くす大切なもの。その中に――――――時崎狂三が入っていることさえ、気が付かないなんて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「狂、三……」

 

 名を、呼ぶ。それこそが喜び。士道が感じる快楽の一つ。けれど今は、少し違う。

 動揺、戸惑い、疑念。様々な思いを乗せて、だから士道は名を零した。

 

 ――――精霊・時崎狂三。

 

 精霊を知っていて、名を知らぬ者など存在しないであろう少女。

 非日常の化身でありながら、士道の日常に幾度も入り込み、士道自身もそれを望んでいた少女の存在。

 それは今まさに、完膚なきまでに、望み通りに、望まぬ形で、日常の象徴という場所に鎮座している。

 

「一体、どうして……」

 

「――――ふふ」

 

 呆然と言葉を零した士道を見て、手を付いた机の上から面白がるように椅子へ座り、返した。

 

「どうして……? あら、あら。おかしなことを仰いますのね。久しぶりに復学してきた級友に対する言葉とは思えない――――と、士道さんでなければ返す言葉なのでしょうけれど」

 

「……!!」

 

「わたくしがここにいる理由。あなた様なら、もうおわかりなのでしょう」

 

 言って、理由を示すため僅かに身を反らす狂三。

 戦意の証である霊装ではなく、彼女が纏うは来禅の制服。それでなければ、ここにいられるわけがない――――そして、誰よりもそれ(・・)を纏う意味を、士道だけは知っていた。

 その日が来ることを願いながら、来ないことを願っていた士道は、知っているのだ。狂三が学校の制服を纏う、意味を。

 

「シドー!!」

 

「士道!!」

 

 不測の事態に唇を噛み締めていた士道の耳に声が届き、ハッと視線を後方へ向ける。

 十香と折紙。士道を追いかけてきた二人を見て、気が動転していた士道は僅かではあるが冷静さを取り戻した。

 

「急に走り出したりしては、心配するではないか。何か――――ッ!?」

 

「――――!!」

 

 士道に駆け寄ってきた二人が、士道と同じく異常な光景に気づいて、目を見開いた。

 狂三は、そんな二人を歓迎するかのように椅子から離れ……それこそ、学友に見せるような笑みを作った。

 

「おはようございます、十香さん、折紙さん。わたくし、本日より復学いたしましたの。これからまた、よろしくお願いしますわね」

 

「狂三……?」

 

「…………」

 

 十香は違和感を持って一歩進み、折紙は異常なほどの警戒心で十香を手で制した。

 二人とも、感じている。狂三から感じる異質さを――――異質でありながら、それは狂三であるのだと感じさせる違和感を。

 

「さて、さて。士道さんが察してくださっているのなら、わたくしの説明は不要なものだと考えますが」

 

「……んなわけ、ねぇだろ」

 

 口元に手を当て、妖しい笑みを浮かべる狂三に、士道は自分でも驚くほどに低い声で返した。

 嘘だ。本当は、伝わっている。これ以上ないくらい、彼女の行動の意味を察している。でも、納得はしていない。できるものか――――それを聞き出すまで、絶対に納得なんかできない。

 衝動のまま狂三に詰め寄り、握った拳を開いて彼女の肩を掴み、半ば叫ぶように問い詰めた。

 

「言葉にしてくれなきゃ、わかることなんて何もないだろ!? どうしてだ、なんでお前は――――――」

 

「――――いけませんわ、士道さん」

 

 ぴたり、と。一つの華奢な指先が、士道の唇を射止めた。

 その視線を士道から逸らし、状況を示唆するように声を潜めて続ける。

 

「皆様、見ていましてよ。それは、士道さんが望むことではない……のではなくて?」

 

「!!」

 

 指摘を受け、狂三の肩を掴んでいた手が緩む。

 周りに目を向ければ、唯ならぬ様子の士道を見たクラスメートたちがひそひそと話を始めていた。

 

「……五河くん、また何かやったの?」

 

「ていうかあれって、六月に転校してきた時崎さんだよな?」

 

「俺は知っているぞ五河ー!! お前が時崎さんに手を出し、デートしていたことをぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ……まあ、今さら士道の評価がどう落ちようがこの際どうでもいい話だし、どんな噂が流れようが構わない。それはそれとして、殿町は後でシバく。

 ただ、確かに狂三の言う通りだ。何も知らないクラスメートがいる中で、士道たちの事情を大声で話すわけにはいかない。本来あるべき自制心も、ほぼ機能していないのだから。

 ギリッと奥歯を噛み、仕方なしに狂三から離れる士道を彼女は良い子ですわ、と言わんばかりの微笑みを浮かべ見届ける。それがまた、士道の神経を逆撫でした。

 

「狂三……!!」

 

「まあ、まあ。そのような怖いお顔をなさらないでくださいまし。学生の本分は勉強――――放課後、またお会いしましょう」

 

 たったそれだけの言葉を残し、狂三は士道のもとから去っていく。

 

「シドー……」

 

「……士道」

 

「…………わかってる」

 

 不安げな視線を向ける二人へ、辛うじてそう返した――――――何を、わかっているというのか。

 好いた少女一人の心さえ掴み取れぬ男に、何をわかるというのか。

 

「……急すぎるんだよ、いつも」

 

 いつも、そうであったけれど。今度ばかりは、感情が理解から遠い。髪をかきあげ、士道は現実を噛み砕くように理解しようとする。

 ただ一つ、確かなのは。今の狂三は――――士道を容易く呑み込む。

 そう思わせるだけの決意を、滲ませていることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の授業の記憶は、大して残っていない。

 言ってしまえば、最初の焼き増しのような感覚。許容量を超える事態に、士道の処理能力が……この場合は、感情といえるものがオーバーフローを起こしている。

 しかし、泣き言ばかり言っていられないのは同じであり、決められた覚悟はあの時以上だ。

 

 

「――――士道さん」

 

 

 ドクン、と。

 あの日をなぞるように、再現するように。心臓が強く鼓動した。

 顔を上げれば、そこには愛しい人がいる。かけがえのない――――士道の命を狙う、精霊(しゅくてき)がいた。

 

「狂三」

 

「あなた様の時間、わたくしがいただいても、よろしくて?」

 

 それは、狂三の目的を知った今となっては比喩的な表現と受け取りかねない言葉だった。

 だが、しかし。

 

 

「――――いいよ。むしろ、俺から誘おうと思ってたところだ。少し、悔しいな」

 

 

 狂三の微笑みに、不敵な顔で攻め返す。

 時崎狂三が言葉に込める意図を履き違えるほど軽い付き合いでないことは、士道を知る誰もが知っている事だ。無論、士道の返答にわざとらしく目を丸くする狂三も、それは同じだ。

 

「うふふ、嬉しいですわ、嬉しいですわ。士道さんと同じ気持ち、胸が高鳴りますわぁ。さあ、早く参りましょう、士道さん」

 

「ああ、そうだな」

 

 そうして立ち上がって士道の腕に、狂三が自身の腕を組みつかせた。思いの外勢いが強く、士道も少し体勢を崩してしまう。

 

「っと……おいおい、お転婆がすぎるぜ」

 

「ああ、ああ。申し訳ありませんわ。けれどわたくし――――――もう一秒でも、士道さんといる時間を無駄にはしたくありませんの」

 

「……っ」

 

 妖艶で、蠱惑的で――――でも、どうしてか。酷く、真摯と思えてしまうその微笑みに、士道は知らずのうちに圧倒されかけた。

 明確に、違う。それが同じでない理由。狂三から感じる全てに、偽りはない。だからこそ、狂三は狂三であるが故に、士道を呑み込む雰囲気を纏っている。

 それを失わずに、時崎狂三は士道を呑み込まんと決意を固めている。一体彼女に、何があったのか。

 確かめたい、確かめねばならない。クラスメートたちの視線を一身に受けながら、士道は狂三と教室から退出するべく歩き出す――――視線の中には、十香と折紙のものもあった。

 

「――――――」

 

 声には出さず、口だけを動かし折紙へ伝える――――『みんなを頼む』、と。

 即座に士道の声なき声に反応を示し、折紙もまた十香の手を取り士道と狂三とは別に教室から出ようとする。

 

「何をする折紙!! 私はまだ……」

 

「いいから、こっちに」

 

 折紙に連れ出される十香を見送り、ひとまずは憂いを断つことができたことに内心息をつく。

 十香も、折紙だって、狂三と話したいことが山ほどあるに違いない。しかし、今は――――その時間を、誰にも渡すわけにはいかなかった。

 

 

 

「――――楽しいですわね、士道さん」

 

「……今のところ、ただ一緒に帰ってるだけじゃないか?」

 

 それも、特に変哲もない士道の通学路を逆に歩いているだけ、だ。

 教室から出たあとも、特に何かアクションがあったわけではない。廊下を下り、昇降口を抜け、校門に至るまで様々な視線を受けながら、狂三は鼻歌交じりに士道と腕を組み歩いていただけ――――俗に言う、友人と共に帰路につく行為と、何も変わらなかったのである。

 そんな士道の意地の悪い返しに、プクッと頬を膨らませた狂三が可愛らしく返してきた。

 

「もうっ、そういうことではありませんわ。それとも士道さんは、楽しくありませんの?」

 

「……まさか。楽しいよ。楽しいに、決まってるだろ。狂三と、一緒に帰れるだなんて」

 

 士道の答えに満足したのか、不満を見せていた顔を引っ込め、再び士道と歩調を合わせて寄り添う狂三。

 傍から見れば、仲の良い男女のカップルに見えるに違いない。士道とて、先の言葉は心の底からの本音である。

 嬉しくないわけが、ないだろう。それがたとえ――――次の一言で、否定されてしまうものだとしても。

 

 

「――――卒業まで毎日、こうしてたいくらいには、楽しいよ」

 

 

 けれど、口に出さずにはいられなかった願望を。

 

 

「――――それは、叶いませんわ」

 

 

 狂三は、一部の躊躇いも見せずに否定した。

 

「……また、フラれちまったな」

 

 以前と同じ言葉で。けれど、揺るがぬ決意を感じさせる言葉で。士道の望みを、否定する。

 

「何があった?」

 

 端的に、そう士道は問いかけていた。

 うふふ、と笑う狂三が腕を離し、踊るようにステップを踏み、士道の前へ。

 

「何も。これは、当然のことではなくて? 十人もの霊力を封じ、莫大な力を蓄積したあなた様を、このわたくしが〝喰らう〟。初めから、そういう約束で――――――」

 

「……そうじゃない。言ってくれなきゃ、俺は納得できないよ」

 

 それは、狂三の〝建前〟だろう。

 狂三は士道に協力をしてくれた。精霊を救うという目的のために戦う士道に、狂三はその霊力のためならと〝建前〟を持って、ここまで共に戦ってきた。

 であるならば、いずれ決着をつけねばならないのは必然。狂三が求めるものは霊力で、士道が求めるものは封印。相容れない二つは、いつの日か分かれ道へ突き進むも道理――――しかし、なぜ今なのか。

 

「教えてくれ、狂三」

 

「…………」

 

 今この時だけは、ただの士道として狂三を見やる。

 制服を――――最後の決着をつけるために纏い、舞い戻った狂三は、士道を見つめ、優しい微笑みも、凄絶な笑みもなく、一人の覚悟を決めた精霊としての顔を見せ、桜色の唇を花開かせた。

 

 

「精霊――――『始源の精霊』より、産み落とされた存在」

 

「え……?」

 

 

 突如語られた名に困惑が浮かび、同時に士道の脳裏にある会話が思い起こされた。

 

『――――三十年前、因果の始まり、原初の精霊を生み出した大罪人。その口から、是非お聞かせ願いたいと思い――――――わたくしは、あなたに銃を向けますわ』

 

 恐らくは、同じ意味合いを持つ存在。始まりの精霊。曰く、全ての因果の収束点。始原の名に相応しい、この世に初めて生まれ落ちた精霊。

 そして――――時崎狂三が、何かを〝なかったこと〟にするため、必要となる存在。 

 だが、どうして今その名が必要なのか。それに、産み落とされた、とはどういう意味なのか。その問いを投げかけるより早く、狂三が続けた。

 

「士道さんが集えた九つの天使。わたくしの天使。合わせ、十もの天使――――ですが、それで終わりですわ」

 

「っ……どういう意味だ!?」

 

「そのままの意味、ですわ。少々のイレギュラーを除けば、『始源の精霊』が用意した鍵は十。このわたくしを含めて」

 

「……!!」

 

 『始源の精霊』が用意した――――それは即ち、〈ファントム〉と呼ばれる存在がその『始源の精霊』なる者と同一存在である、と決定づけていなければできないものだ。

 何を、どこまで知っているのか。そもそも、精霊を生み出した『始源の精霊』は何をしようとしているのか――――そこに関わる士道は、一体何を意味するのか。

 

「――――けれど、あの女(・・・)の思い通りにはさせませんわ。集えた霊力は、このわたくし、時崎狂三が貰い受けます。――――もう、理解できましたでしょう? わたくしが、勝負を急く理由が」

 

「…………」

 

 ああ、わかってしまった。ここまで丁寧に答えを置かれて、わからない士道ではない。

 当然の話だ。理解力、冷静な判断、考察――――全部、全部、彼女から貰ったものなのだから。

 正解を、士道は迷いを振り切り口に出した。

 

 

「今封印できる精霊は、お前が最後だ――――時崎狂三」

 

 

 士道の答えに、狂三は微笑みを以て返した。それが紛れもない正解である、と。

 十の霊力。イレギュラー。前者は封印された精霊と狂三。後者は、万由里や〈アンノウン〉のような精霊。そして〈アンノウン〉を現状、捉える手段は〈ラタトスク〉には存在しない。

 時計の針は進む、進み続ける。過去を置き去りに、未来へ進み続ける。過去へ戻るためには、相応に時計の針を巻き戻す〝霊力〟が必要――――では、得るべき霊力が止まり、針だけが進み続ける現状は、どうなっているのか。

 

 

「そう。あの子がわたくしの手の中にいる以上、あなた様はそれを選ぶ他ない。そしてわたくしも、増えることのない霊力を傍観するわけには参りません。故に、わたくしの全身全霊を以て――――――」

 

「――――俺を、デレさせる」

 

 

 満足のいく答えを見いだせたからか、狂三が上機嫌な足取りで士道のもとへ至り、妖艶な手つきで頬を撫でる。

 上目遣いで覗き込む狂三の顔は、まさに士道を虜にする名酒のような酩酊感。油断などしようものなら、士道は今すぐ狂三に全てを持っていかれるだろう――――自らの意志で(・・・・・・)

 それをグッと押し殺し、士道も合わせるように狂三の頬を撫でた。動揺は、見られない。あるのは、愛しい人と分かち合う歓喜だけだ。

 

「……わかった。『始源の精霊』ってやつが何を考えてるのかは知らない。けど、みんなの霊力を利用されるわけにはいかない。そのために……いや、俺自身のために、俺もお前を――――全身全霊を以て、デレさせる」

 

 そして、次に放たれる言葉も、同じ。

 

 

「――――狂三の命、俺が奪う」

「――――士道さんの命、わたくしが喰らいますわ」

 

 

 平行した二つの意志は、平行するが故に相容れない。

 強すぎるが故に決着のつかなかった勝負は、けれどつけなければならない。

 賭ける者は、お互いの命。勝つものは、お互いの全てを呑み込んだ者。

 最後に立つ者は、どちらか。

 

 

 

「さあ――――わたくしたちの、最後の戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

 無情なる最後の幕開けは、この瞬間、運命を受け入れた二人によって、真の意味で開かれた。

 

 

 







決意も好意も、ありのままの狂三だから。仮面(フェイカー)ではない『時崎狂三』は、あまりに強いのかもしれませんね。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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