デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百五十四話『大義のない願い』

 

 

 少女にとって、あらゆるものが興味の対象だった。

 信号機、郵便ポスト、自動販売機エトセトラエトセトラ。本の中の知識を吸収し、瞬く間に適応しては見せたものの、まだ見ぬ未知が世界には溢れていた。

 加えて、吸収したといっても、そこに体験が伴わなければ想像の中のものでしかない。俗に、机上の空論という表現が近しい。

 だから少女――――澪は知りたかった。いろいろなことが、知りたかった。その中でも、一番に知りたかったのは、

 

『――――よっしゃぁぁぁッ!! どんなもんじゃーい!!』

 

 澪の隣ではしゃぐ少年の存在。彼のことを、もっともっと知りたいと願った。

 

『……と、とにかく。ほら、澪』

 

『……、……?』

 

 クレーンゲーム、というもので取ったクマのぬいぐるみ。それを差し出すようにしていることに、澪は不思議な目で彼を見やる。

 すると彼は業を煮やしたのか、澪の手を引っ張りクマのぬいぐるみを強引に握らせた。そこでようやく、彼の意図を理解することができた。

 

『……? 私に、くれるの?』

 

『ああ。そのために取ったんだしな。……それとも、いらなかったか? 熱心に見てるもんだから、てっきりこういうの好きなのかと……』

 

『好き……』

 

 表現を繰り返し、手渡されたぬいぐるみを見つめた。

 その表現方法は、知っている。

 

『好き……好ましいと思う感情……対象に強く興味を引かれること……』

 

 好き。それが、好き。当てはまる相手は、いる。

 ぬいぐるみを胸元で抱きしめて、澪は拙くも真っ直ぐに言葉を紡いだ。

 

『――――それだ。……うん、きっとこれは『好き』。あなたに感謝を、謝意を示す。……違うな、ええと……』

 

 これでは不十分で的確ではない。であるならば、伝えるべき表現は、これだ。

 

 

『――――ありがとう。嬉しい。私、あなたのことが、『好き』』

 

『……へっ!?』

 

 

 目一杯の微笑みで、その言葉を告げた。どうしてか、彼は真っ赤な顔で目を泳がせていて、澪は小首を傾げることになったのだけど。

 

 

 また一つ。大切な一ページ。

 『私』を形成する核。

 『私』を歩ませる支柱。

 『私』を止めることを許さない、祈り(のろい)

 

 私が一つ、『私』になった。

 

 

 

 ――――――――――起きて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……?」

 

 朝、玄関の扉を開けると目の前に飛びっきりの美少女が立っていました。

 扉を閉めて、一秒戻る。

 

「…………?」

 

 もう一度、扉を開けて扉を閉める。

 はて、疲れた頭が幻覚でも見せているのかと目を擦り、三度目の正直。

 

「………………!!」

 

 カッと目を覚ました士道を、黒いコートを羽織った件の美少女はとびきりの笑顔……の中に、士道の不可解な行動に困ったような顔を交えて待ち構えていた。

 

「おはようございます、士道さん。いい朝ですわね」

 

「……ん? おは、よう?」

 

「ふふっ、おかしな士道さん。どうして疑問を交えているんですの?」

 

 くすくすと笑う狂三を目に焼き付け、これは夢などではなく現実だとようやく飲み込むことが叶う。

 人間、驚きすぎると逆に困惑が勝ると経験としてあるが、今日朝一番でそれを体験することになろうとは思いもしなかった。

 

「……いや、だって、驚くだろうよ。なんでこんなところにいるんだよ」

 

「あら、あら。好いた男女が通学を共にする。それは驚くことですの?」

 

「――――当たり前のことだな、うん」

 

 天上天下唯我独尊。基本的に狂三の言う理論は正しい。なので、狂三がそう提唱するならそうなのだろう。実際、士道も間違ってないと思うし。

 

「けど、わざわざ迎えに来てくれるなんて……嬉しいことしてくれるじゃないか」

 

「ええ、ええ。あなた様のためならば――――それに一度だけでも、共にして見たかったのですわ」

 

「っ……」

 

 何をなどと、寂しげな顔を見れば問うまでもない。

 自然と手に力が入りながら、士道は狂三に歩みを寄せて強引に彼女の手を取って、身体を自分から密着させた。

 

「あ……」

 

「――――これが最後みたいに、言うなよ。これから、何度だってやってやる」

 

 声を零して驚く狂三に、士道は堂々とそう告げて狂三を引っ張るように歩き出した。

 これから、何度だって。出来る。狂三が望みさえすれば――――――それを望みながら受け入れないことを、士道は誰より知っているのに。

 

「嬉しいですわ、嬉しいですわ――――受け取ることは、出来ませんけれど」

 

 だから、そんな寂しい顔をして、言わないでくれ。

 見たくないと思うのに、見てしまう。唇を噛み、士道は――――限りある通学路を、狂三と歩き出した。

 

 とは、いえ。

 

「――――なあ狂三。ちょっとだけ、寄り道して行かないか?」

 

 やられっぱなしは、性にあわない。

 

 

 

 

「……士道さん、ここは?」

 

 通学路とは離れた道を進み、裏路地。

 目の前に広がる光景を見て、狂三はらしくない震えた声を発してきた。

 まあ、狂三の好み(・・)を考えれば、無理もないこと。

 その裏路地に広がる光景とは、何を隠そう――――様々な種類の猫たちが集まる、溜まり場だったのだ。

 これぞ、士道の秘密兵器……と、自慢していいものかと思うのだが、ここで使わずしていつ使うというのか、という場所である。

 

「ああ、少し前に偶然見つけたんだ。この辺の野良猫がよく集まってくるスポットみたいでさ。――――狂三、猫好きだろ?」

 

「べ、別にそんなことはありませんけれど」

 

 ぷいっと顔を背け、明らかに無理をしている様子で言ってくる。

 何とも天邪鬼な子である。今更、士道の前で自身の好みを隠して何になるのか。まあ、勝負を急くのなら、自身の弱みを隠すのも一つの手だが――――間違えている。それは、間違えているぞ、狂三。

 好みが明かされる。狂三にとっては、弱みとなるかもしれないが……士道にとっては、狂三の可愛さを加速させるファクターでしかないのだ。

 そういうわけで、士道は一計案じ、猫を刺激しない程度の大仰さで声を発した。

 

「……そうかー。残念だなぁ。実は、狂三のためにみっちり下調べしたんだけどなぁ。あーあ、狂三が猫とじゃれ合うところを見れば、俺も霊力を渡したくなるかもしれないのになー」

 

「く……」

 

 安い棒読みの挑発――本音を隠せていると言っていない――を聞き、狂三が我慢の限界を迎えたようにチラりと野良猫を見やると……ちょうど、人馴れした虎猫がそろりそろりと近寄ってきていたから、さあ開幕。

 

「……ま、まあ。士道さんがどうしても見たいと言うのなら、仕方がありませんわねぇ」

 

 堪えきれない、と言わんばかりに慣れた動きで腰を下ろし、虎猫をじっくりと待つ。

 

「うふふ、大丈夫。わたくしは怖くないですわよ。にゃー」

 

「ぐっ!?」

 

 士道の心臓にパーフェクトノックアウトクリティカルボンバー! 

 いや死にはしないが、それくらいの衝撃を伴う狂三の猫撫で声と、指を猫じゃらしに見立てる可愛らしい仕草がとてもとても素晴らしい。ただでさえ魔性の声だというのに、そこまで属性を加えられるともはや士道特効の兵器に等しい。もしくは録音して五河家の家宝にするとかありなのではないか。真面目に検討しておこう。

 

「にゃー、にゃー――――あら、あら。人懐っこい子にゃんですから」

 

 虎猫がぺろりと指を舐めた途端、甘く恍惚とした声音と顔で片手を使い猫を撫で始める。

 すると、他の猫たちも狂三に反応して続々と集まり始める。

 

「ああ、ああ。こんなに愛らしい……はいはい、皆さん順番ですわよ。にゃー」

 

「…………」

 

 さすがは狂三、猫にも人望がバッチリである、と感心しているわけではない。

 狂三が喜んでいるのは、素直に嬉しい。士道の策が上手くいった証明でもあるし、何より国宝級に愛らしい狂三を見ていられるのは至福の時間だ。

 だというのに、士道は同じように狂三の隣に腰を下ろし、彼女の制服の袖を引いてしまった。

 

「? 士道さん、如何なさいまして?」

 

 猫を一匹抱き抱え、気のせいなのだろうが揃って小首を傾げているように見える狂三と抱えられた猫。

 何か、考えていたわけではない。だから士道は、衝動的に言葉を口走った。

 

 

「――――にゃ、にゃあ」

 

 

 ……言語と言い張るには、些か不十分なものだったのだが。

 

「……なんでもない。忘れてくれ、今すぐに」

 

 ぽかんとした表情の狂三に、やっちまったと顔を覆い士道は早口で言う。

 馬鹿なのか。自分が仕掛けた策だというのに、構われる猫を羨ましがるなど。本当に、馬鹿なのかと自分を罵倒したくなった。

 だが、狂三はそんな士道を見て、ふわりと優しい微笑みをこぼした。

 

「――――もう。本当に、可愛らしい人」

 

「へ……?」

 

 

 顔を赤くし、笑みを見せる狂三――――士道も負けず劣らず、耳まで真っ赤にしていたのだけれど。

 伸ばされた狂三の手が、士道の喉元を擽った。

 

「うひゃっ!?」

 

「まあ、まあ。大きな猫さんですわー。ほうら、にゃんにゃん、ですわ」

 

「……にゃ、にゃん」

 

 ――――何のプレイだ、これ?

 

 そんなこんなで、まるで猫を撫でるように喉を頭を永遠と狂三からの愛撫を受け、それが満更でもないから士道も止められずに……猫たちからの『何だこいつは』と言わんばかりの視線を、士道は一生忘れることはないだろう。

 

 言うなれば、ああ、こんな言葉があった――――策士策に溺れる、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、士道、狂三」

 

「シドー、狂三。おはようだ!!」

 

 始業のチャイムが鳴る寸前、教室へと入った士道と狂三を出迎えたのは先に登校していた十香と折紙だった。

 二人とも、学友に挨拶をする自然な態度。士道も合わせて「ああ、おはよう」と手を上げて返す。

 

「……え、ええ。おはようございます、十香さん、折紙さん」

 

 ただ、狂三はそうではなく、多少の困惑を含んだ声音でそう返していた。それを見て満足げに自分の席へ歩いていく二人を見て、狂三は更に困惑を強めながら声を発した。

 

「どういうつもりですの?」

 

「何がだよ。二人とも、一緒に学校へ行く友達に挨拶してくれただけじゃないか」

 

「きひひひ!!」

 

 小さく、けれど狂気的な笑い。幾度となく見たそれは、士道へ向けてではなく、狂三自身へ向けたものだと察することができる。

 

「ご学友を殺そうとする友人など、いるものですか」

 

「――――それでも、狂三がやってきたことは〝なかったこと〟になってない」

 

 士道の言葉に、ハッと目を見開く狂三。

 そうとも。十香と折紙が友好的なことの何が不思議なのか、士道が聞きたいくらいだ。

 だって狂三は、それだけのことをしてきたじゃないか。士道を、みんなを、救ってきたじゃないか。

 

「それが俺を殺すためだったとしても、お前が俺たちを救ってくれたことには変わりない。だから、皆も態度を変える気なんてないよ。狂三が学校に来てくれることは、大歓迎なんだからさ」

 

「そんなもの……綺麗事ですわ」

 

「でも、嫌いじゃないんだろ?」

 

 たとえ皮肉を口にしたとしても、彼女はそれを嫌いとは決して言わなかった。十香たちの優しさを、否定したりはしなかった。

 矛盾していても、狂三の目的と優しさは共存している。それと同じで、複雑に思いながらも狂三のことを慕っている精霊たちは存在しているのだ。

 

「……わたくしの甘さが、嫌になりますわね」

 

 やはり、否定はなく。顔を伏せた狂三は、鞄を握りしめ早足に自分の席へ歩いていく。

 黒髪が靡く、その後ろ姿さえ、様になる。心底、狂三に当てられているなと苦笑しながら士道は狂三の背に向かって声を投げかけた。

 

「そうだ――――昼休み、空けといてくれよな」

 

「――――望むところ、と言わせていただきますわ」

 

 本日の第二幕――――昼食(たたかい)の時間は近い。

 

 

 

 

 

 

「ふーはっはっはっ。我らが貴公らの運命の戦いを見届けてやろうぞ!!」

 

「監視。お手並み拝見です」

 

「…………おう」

 

 昼休み。気持ちのいい陽光に照らされた屋上で、何故か八舞姉妹と十香まで連れ出して仲良く昼食と相成った。

 というか、今度は何に影響されたのかと言いたくなるほど、士道以上に大仰すぎる耶倶矢の高笑いに頭を痛めながら、士道は眉をひそめて小声を発した。

 

「……いいのか、狂三」

 

「拝聴。普段と変わらぬ振る舞いを、皆で決めたではありませんか」

 

「うむ。ならば問題はないぞ、シドー。私も狂三の昼餉に興味があるからな!!」

 

「……」

 

 聞かれていたらしい。というか、問題があるかを判断するのは士道の役目なのだが。あと、たとえ十香でも狂三の弁当一番手を譲るつもりはない。

 

「うふふ。よいではありませんの。二人きりになるのは、後のお楽しみ、ですわ」

 

「な……」

 

『あーあ。押されっぱなしじゃない。みんながいてよかったわね』

 

 インカムから聞こえる声に「う、うるせっ」とボソッとした声で返しながら、押されっぱなしの空気を咳払いで仕切り直す。

 とにかく、皆が見ていてもやるべきことに変わりはない。主軸は士道。主導も士道。相対するは、最凶の宿敵(愛しい人)

 であるならば、己の武器を総動員して戦うは道理。己の武器、とは即ち培ってきた経験。故に、狂三が全く同じ答えに辿り着いていたのも、必然であると言えた。

 

『……!!』

 

 不敵に笑った士道と狂三が、お互いに蓋を開けた弁当箱を見て、全く同時に息を詰まらせる。

 先手は、譲れない。お互いの思いが交錯するからこそ、開戦の火蓋を切って落とすは、これもまた両者ともに同時だった。

 

「一口――――」

 

「――――如何かしら?」

 

 研ぎ澄まさされた剣を突きつける。それはまさに、戦争において得難い強敵と相対した瞬間である。

 ……まあ、士道の『剣』というのが、にゃんこキャラ弁であったのは、真面目ながらシュールな絵面だとは思ったが。

 

 

 

「……ところで、折紙はどこ行ったのよ」

 

「返答。――――外せない用事がある、とのことです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 士道と狂三。二人の行く末を見守ること。それは、折紙にとっても最重要のミッションだった。

 しかし、彼女が今しなければならないと思ったことは、別にある。

 一言で、情報。狂三に関するものは、本人が明かさない以上は不用意な考察はできない。けれど、それ以外の事象……先日の議題でようやく輪郭を帯びた〝彼女〟に関しては、話が別だった。

 

 

「――――出てきて、〈アンノウン〉」

 

 

 昼休みだというのに人気のない校舎裏で、折紙はその名を呼んだ。

 暫しの沈黙を挟みながら、折紙はジッと待ち構える。季節柄、冷たい風が折紙の制服を揺らし、髪を撫でる――――刹那。

 

「――――こんにちは。鳶一折紙」

 

 白い少女は、現れた。

 気配さえ悟られず、瞬きの間に不明の精霊は折紙の瞳に映り込む。

 驚きはない。少女がそういう存在だということは知っているし、呼び寄せたのは折紙だ。驚くのではなく、現れてくれた安堵の方があるかもしれない。

 変わらない外装を身に纏い。小柄ということだけかわかる身体を僅かに揺らし、少女は続けた。

 

「何かご用ですか? 私を捕まえたい、というのなら相手になりますけど」

 

「今日は別件。あなたに、聞きたいことがある」

 

「……なるほど」

 

 回りくどい手段は好まない折紙は、直球に要件だけを伝える。現れたということは、折紙と話をするつもりはあるということだ。なら、話は早い方がいい。

 折紙の単刀直入な言い分は予想通りなのか、さして驚いた様子も見せず、腕を組んで校舎の壁に寄りかかりながら少女は声を発した。

 

「……いいですよ。何が聞きたいです? 狂三のこと、私のこと――――始源の精霊のこと、とか」

 

「…………」

 

 ぴくりと眉を上げ、沈黙を返す折紙に肯定と受け取ったのか、少女が外装の下で笑みを零すような仕草を見せながら、続ける。

 

「狂三に関しては、恐らくあの子が語った通りです。あの子には霊力が必要で、その霊力は五河士道が持ち、しかしそれが増える見込みはもうない。なら、あの子が動かない理由はないでしょう?」

 

「なぜ、精霊が現れないとわかるの」

 

「さぁて、なぜでしょう――――私という存在が、その答えですよ」

 

 謎かけにも似た答え。少女そのものが謎なのだから、少女自身から語られることがなければ推測の域を出ない。そして、行き過ぎた推測は深入りとなり身を滅ぼす。

 〈アンノウン〉は狂三の味方であって、折紙たちの味方ではない。どれほどの情があろうと、狂三のためならば他者を切れるだけの覚悟を持つ者。折紙の問いに答える義理どころか、本来ならば姿を現す理由さえない。

 けれど、少女は折紙の前に現れた。自惚れなどではなく――――少女は折紙だから(・・・・・)、姿を見せてくれたのだ。

 

 

「――――あなたは、私のことが好きだと言った」

 

 

 だから折紙は、卑怯だと言われようと、それを武器として振りかざした。

 藪から棒で放たれた折紙の蒸し返すような言葉を聞き、少女は露骨に身体を揺らして動揺を見せた。

 

「…………、え、今その話します? ほら、雰囲気とかあるじゃないですか」

 

「関係ない。事実は事実。好ましいと思ったものへ好意を口にすることは、人間の感情として正しい生き方」

 

「私、一応は精霊なんですけどね。……まあ、あなたはそういう人でしたね。で、それがどうかしたんですか?」

 

 なぜ今その話なのか、という疑問に立ち返り投げかけてくる少女に、折紙は目を逸らさないよう強く視線を向け、秘めた言葉を発した。

 

 

「私は――――あなたが嫌いではない(・・・・・・)

 

 

 ただ事実を、言葉として伝える。

 呆気に取られた雰囲気が少女から溢れ、何とも言い難いような仕草で身体を揺らし、少女は言葉を返した。

 

「……あの、嫌いなら嫌いってハッキリ言って欲しいんですけど。思わせぶりな女子高生じゃあるまいし」

 

「そうではない」

 

 首を左右に振り、少女のネガティブな考えを否定する。

 嫌いじゃない。事実、折紙は少女へ負の感情を持ち合わせていない。感謝の気持ちすら、持っている。けど、そこから先は、まだ折紙にもわからない(・・・・・)のだ。

 

「私は、あなたのことを何も知らない。あなたがどこから来たのか。どんな思いで、戦っていたのか」

 

「っ……」

 

「だから、教えてほしい。それがわからなければ、私はあなたを好きになる資格すらない。本当のあなたを、教えて」

 

 道化ではなく、狂三の従者としてでもなく、本当の少女を。

 

 

「あなたは――――何を願って戦っているの」

 

 

 教えてほしい。鳶一折紙は、少女を知りたいと思った。

 本当は、始源の精霊など関係がないのかもしれない。折紙はただ、自分を救ってくれた少女のことが、どうしても気になって仕方がなかった、のかもしれない。

 

「…………物好きな人」

 

「お互い様」

 

 掠れ声で零れた皮肉を、即刻打ち返す。言葉を詰まらせ、ムッとした雰囲気を見せた少女は、次に大きくため息を吐き、ぽつぽつと語り始めた。

 

「……元々ね、大した欲はないんだよ。私も、あの人も」

 

「〈ファントム〉――――始源の精霊?」

 

「……好きに解釈したらいい。とにかく、人っていうのは目的を持ち、その先にある大義のために進むものだよね? 狂三だったら過去へ戻るため。あのいけ好かない顔の男だったら反霊結晶(クリファ)のため。〈ラタトスク〉だったら、精霊たちを救うため。昔のあなたなら、これ以上悲しみを生み出さないため」

 

「…………」

 

 そんな大それた理由ではない。大義名分はどうであれ、折紙が復讐という私欲に囚われ過ちを犯した事実は変わりない。

 過去を思い起こし微かに眉をひそめたのが伝わったのか、「意地悪なこと言って、ごめんね」と柔らかい声音で笑いかけられる――――それは、どこかで聞いたことのある、感じたことのある雰囲気だった。

 

「……私たちはね、そういうんじゃないんだ。大義とか、そういうのとは全く別の目的を目指した。――――そのために、いろんな人を犠牲にした。でも、『私』にはそれしかなかったんだよ。他にどうすればよかったの? 何をすればよかったの? 『私』は、何をしたら――――――」

 

「っ、〈アンノウン〉?」

 

 様子がおかしい。同じであるはずなのに、違う少女が話しているような(・・・・・・・・・・・・・)、不可思議な感覚に折紙は咄嗟に少女を呼ぶ。

 折紙の声に少女は目を覚ます(・・・・・)ようにビクッと身体を揺らし、ハッと顔を上げた。

 

「……ああ、『私』か。まあ、上手くいってるってこと、だね」

 

「〈アンノウン〉、あなたは――――」

 

「どこまで話したかな。うん、確か私たちの欲に関してだったね」

 

 何事もなかったかのように続ける少女を訝しみながらも、ここで話の腰を折ることはできないと折紙は再び耳を立て穏やかな声音に聞き入った。

 

「……皆ね、私たちの目的を気にしてるけど、本当に小さなことなんだ。当たり前だと思っていて、けど突然無くしてしまうもの――――――言ってしまえば、私利私欲で人を弄んでる極悪人なんだよ、私とあの人は」

 

「そんな自覚があって、それでも人を精霊にして、自分を投げ打って、あなたたちは何を望むの」

 

 自らを極悪人と罵ってまで、何を欲する。何を求める。何を、掴む。

 力は十分なほどある。生きていくには、十分だ。ならば、当たり前と思って無くしてしまったもの――――――何かを、取り戻そうとしている?

 そこまで思考した折紙の前で、壁に寄りかかっていた少女が身体を起こし、折紙へ背を向けた。

 

「……それは、本人から聞いて。――――もうすぐ、嫌でも目にすることになる」

 

「っ!?」

 

「……特別に忠告してあげる。どんな相手でも、容赦はしないこと。あの人は躊躇ったりしない。躊躇はない。無慈悲に、でも慈悲を持って、自分の目的を果たそうとする――――――こんな忠告が意味を持つ相手ではないけれど」

 

 話の中身の半分さえ理解できないもの。けど、それは本当に忠告(・・)の意味を持つ言葉なのだろう。

 少女が意味を持たないと思っていても、少女の忠告を心に留めた折紙は首肯と共に返答をした。

 

「ありがとう。覚えておく」

 

「――――ま、そもそもとして狂三が勝ったら、今話したこと全部意味がなくなるんですけどね。だって、〝なかったこと〟になったら、何が出てきても意味がないんですから」

 

「士道が勝たなければ、〈ファントム〉は現れない?」

 

 当然の疑問を背に、道化に戻った少女は肩を竦めることで応答した。つまりは、これ以上語ることはない、ということだ。

 〈ファントム〉が何かを目的として、それが自身のためという片鱗はわかった。しかし、もう一つ肝心なことが聞き出せていない。

 

「〈アンノウン〉。それなら、あなたは? 士道と狂三、どちらが勝っても構わないというあなたの目的は、なに」

 

 そう。肝心の部分……〈アンノウン〉という精霊が暗躍する理由に関して、はぐらかすように語り切らなかった。

 二人の戦争(デート)。狂三が勝つか、士道が勝つか。

 少女は狂三側にも関わらず、士道が勝つことへの期待を持ち合わせていた。狂三を勝たせること自体が目的でないのなら、少女が狂三に入れ込む理由は何なのか。

 ここに至ってなお、見えない。あらゆる目的、感情が渦を巻く中、少女の目的だけは依然として見えていない。

 

「……あの人と同じです。私は私の私欲のために動いている。それを誰かに言うつもりは、最初からなかった。知りたがっていた物好きに教えたことはありましたけど、それは特別です」

 

 続けて、「化けて出られたら怖いですから」と苦笑気味に告げられたことに、折紙がひそめた眉を深くしていると――――――

 

 

「――――叶う頃に、私は存在していないでしょうし、ね」

 

「な……」

 

 

 思わず、声が漏れ出てしまうような言葉を聞き、折紙は咄嗟に走り出し手を伸ばし――――空を切る。

 視界の遥か上を、少女は跳んだ。

 

 

「さようなら、折紙。ごめんなさい。もう、何もしてあげられないけど、叶うことなら――――――長く、生きて」

 

 

 それだけを、残して。真に願っているのだろうそれを残し――――――折紙の恩人は、存在した証明を記憶だけに残し、消えた。

 

 

 

 その意味を理解できる瞬間は、全てが手遅れになった時だということを、未来を予知できない折紙は知る由もなかった。

 







大義名分とは全く別の願いを持って、神様と天使は突き進む。たとえ、何を犠牲にしようとも。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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