デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百五十五話『タイムリミット』

 

 

「――――ふ、ふふ。腕を上げたな、狂三」

 

「――――き、ひひひ。士道さんこそ。出会った頃とは、比べ物になりませんわ」

 

 互いの力量を賞賛し、讃える。

 素晴らしい、この短期間で、更に力をつけ高みへと昇華してみせるとは。士道が油断し、努力を怠っていたら、運命はここで決していたことであろう。

 雌雄を決するには、まだ早い。己が努力に感謝を述べた。

 

「……ねー。私たち、何見せられてんの?」

 

「直球。惚気でしょう」

 

「うむ!! 今日も二人の昼餉は美味い!!」

 

『…………』

 

 まあ、外野から見ると、何やってるんだと言われてもおかしくはないことをしていたのは、否定しない。

 お互いがお互いを思って作った弁当が、不味いわけがない。両者がその味に悶絶し、合間に十香へ餌付け……じゃなくて、ご飯を分け与え、弁当箱が空になるまでおよそ三十分。

 何だろうか。士道と狂三はお互いが好きであることは明白なので、褒め讃え合戦になるのは目に見えていた。ので、見届け人がいたらどうなるかなどはもっと目に見えていたのだが……いざやられると、凄く恥ずかしい三十分になってしまった。

 

「美味かった。ごちそうさまでした」

 

「こちらこそ。ごちそうさまでした」

 

 それでも、互いにいただいたものへと感謝を告げて。ひとまず、勝負の二手目を締めくくった。

 ……勝負の中身は、士道と狂三の名誉のために伏せておくこととするが、許してほしい。そう誰に向かって言うわけでもなく、士道は自分たちの暴走具合を胸の内に封印した。

 

「さて、士道さん。これからのご予定のお話でも、如何かしら」

 

「……!! ああ。君の相談事なら、もちろん大歓迎だ」

 

 昼休みも残り少ない中、突然提案されたことに対し士道は身を引き締めて望む。耶倶矢、夕弦、十香も、先ほどまでの緩やかな雰囲気を一変させ、緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らし見守っている。

 気取る士道の態度を見て、狂三はくすりと微笑みを浮かべ声を発した。

 

「明日、明後日……こちらは休日といたしましょう」

 

「休日? 会わない、ってことか?」

 

 土曜と日曜。確かに、休日といえば休日なのだが、だからこそデート日和だと思っていた士道は、当然のように彼女を誘う予定を立てていた。

 他ならぬ狂三の提案なら仕方がないが、それはそれとして出鼻をくじかれた気分になってしまう。

 そんな表情が顔に出ていたのか、狂三は小刻みに肩を揺らして笑った。

 

「うふふ。可愛らしい子猫のようなお顔をしても、だーめ、ですわ。お預けの時間があるからこそ、ご褒美は輝きますのよ」

 

「へぇ。俺が霊力を渡しちまうほどのご褒美を、期待してもいいってことかな?」

 

「ええ、ええ。当然、わたくしが心を込めた贈り物を、ご用意いたしましょう」

 

 自信に満ち溢れた狂三の態度に、士道はある確信を持つ。

 彼女は勝負を急いている。ならばこそ、確実に士道を射止める日を定め、行動しているはず。

 

「ねぇ、士道さん――――――」

 

「――――来週の、水曜日」

 

 後の先を、士道は取る。

 恐らくは、言葉の先を取られた狂三が目を丸くしているのがわかって、士道は不敵に微笑みながら言葉を続けた。

 

 

「お嬢様――――君の時間を、いただいても?」

 

 

 わざとらしく、狂三を意識した特有の言い回しを扱い、狂三の手を取り――――その甲にキスを一つ落とす。

 

「……!!」

 

 顔を赤く染め、身を縮めるように強ばらせている狂三に、どうやら効果は抜群だったらしい。

 

「わー、わー……ちょっと夕弦、あれすごくない?」

 

「同調。士道が士道ではないようです」

 

「むぅ……」

 

 ただ、外野は外野で騒がしくなっている辺り、メリットばかりではないらしい。というか、夕弦はどういう意味だそれは。普段の士道を何だと思っているのか彼女は。

 三人が自分の顔に手を当て、何故かそこからチラチラと動向を覗く中、ほんの少し息を吐いた狂三は――――――美しい微笑みと、凄絶な意志の光を以て答えた。

 

 

「はい。その日、わたくし時間を、全てをあなた様に――――――士道さんの〝時間〟を、わたくしに」

 

 

 するりと、手が士道の頬を撫でる。見合う狂三の隻眼は、カチリ、カチリ、と音を立て、妖しく士道を映し出す――――まるで、士道の命の残火を数えているようだと、思った。

 

「――――では、ごきげんよう。楽しみにしていますわ、士道さん」

 

「ああ。俺も期待してるぜ、狂三」

 

 ふっと表情を緩めた士道と狂三。しかし、見合う視線の強さは互いに変わらない。狂三の信念と、士道のエゴは相容れずぶつかり合う。

 立ち上がった狂三は、くるりとターンを決め、スカートの裾を摘み、制服でも変わらぬ芸術のようなお辞儀をしてみせた。

 そうして、その軽い足取りのまま校舎の中へと戻っていく。見送り、たっぷりと時間を取り――――士道が息を吐き出した瞬間、三人が崩れ落ちるように姿勢を楽にした。

 

「って、なんでお前らが疲れてるんだ……」

 

「し、仕方ないじゃん。二人とも緩急ありすぎだし……」

 

「そんなもんかね。俺と狂三はいつもこんなだけどな……」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら答えると、耶倶矢がうへーっと呆れたような顔をした。

 ああ、けれど。今は少し違うかもしれない。幾度となく繰り返されてきたやり取りは、ひたすらに続いていた平行線は、もう――――――

 

「疑問。どうして狂三を誘う日を水曜日に指定したのでしょう」

 

 と。士道の思考を遮って、夕弦が疑問を投げかけた。十香も耶倶矢も首を傾げ、更にはインカムから琴里まで疑問の声を上げた。

 

『そうね。狂三の言い方だと、休日明けがちょうどいいと思うのだけれど、あなたたちは示し合わせたように水曜日を指定した。どういうことなの?』

 

「狂三、凄い凝り性だろ。だから俺も、この日しかないって思っただけさ」

 

 頑固者で天邪鬼な狂三は、加えて妙に凝ったことが得意で大好きときた。あの派手な分身体を思い起こしてもわかる通り、彼女はこだわると決めたら徹底的にやる。一見とんでもなく見える演出も、狂三の手にかかれば魔法のように人を魅了するものとなる。

 それを知っている士道は、狂三がどうしてこの時期を選んだのか、手に取るようにわかった。

 来週の水曜日。その日でなければ、駄目な理由。その日が、決着をつけるに相応しい理由。

 なるほど、愛し合う二人だというのなら、これほどロマンチックな日もあるまい。

 

「次の水曜日――――――」

 

 携帯していたスマートフォンを取り出し、月の日付を表示させる――――そこに予定はもう、詰められていた。

 

 

「――――二月十四日。バレンタインデー」

 

『っ……!!』

 

 

 琴里が息を呑み込むのを感じ、士道も表情を険しく、来るべき日を見定める。

 士道と狂三の、運命が決められる日。

 長きに渡る戦争(デート)の結末は、迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――以上が、〈アンノウン〉から聞き出せた話の全て」

 

「…………そう」

 

 司令席に座り、折紙からの報告を聞き終えた琴里は、少女の語った事柄を反復する時間を求めるように沈黙を乗せて、短く吐き出した。

 白い少女。〈アンノウン〉。謎多き精霊。琴里たちを救い、それでいて救いを拒む者。

 そんな少女が語った真実の欠片に、琴里は心から悲しみと、確かな怒りを、感じた。

 

「ありがとう、折紙。貴重な情報……ううん、違うわね。――――私じゃ答えてくれなかったことを、聞き出してくれて」

 

「気にしないで。私が知りたかった……彼女のことを」

 

 かぶりを振って、琴里からの感謝をやんわりと辞退する折紙。

 折紙なりに、思うところがあっての行動なのだろう。そのおかげで、少女に関して一つ進展があったのは嬉しい限りだ……まあ、琴里が聞いてもはぐらかすだけだった問いかけに、折紙にはやけに答えていたのが行き場のない腹立たしさを感じさせるのだが。

 偉そうに口出ししても、いざやってみると兄のようにはいかないか、と琴里は肩掛けにしたジャケットを擦りながら、司令席へ深く座り直し息を吐く。

 

「……何が自分の意志、よ。やっぱり、死ぬ気なんじゃない」

 

 司令席の肘掛けを握り、口に含んだチュッパチャプスから歯軋りでひび割れた音が鳴る。

 そうだとは思っていた。少女は、自らにまるで重きを置いていない。あるべきはずの生存本能。どんな理由であれ、自己であれ、他者のためであれ、なければならないはずの生きようとする意志が、備わっていない(・・・・・・・)

 

 

『私は――――――初めから、いないよ』

 

 

 だから、あんなことが言える。誰かが少女に手を差し伸べようとも、少女は己の自己欲求のため、己を捨てる。

 死なせるか。ここまで来て、死なせてなるものか。琴里が目指すのは、完膚なきまでのハッピーエンド。誰一人だって、欠けさせるわけにはいかない。

 

「とっ捕まえて、絶対死なせたりなんてさせないわよ」

 

「……」

 

 ぽつりと零した決意表明は、折紙の首肯によって拾われる。

 何が〝計画〟だ。何を考えているか知らないが、絶対に捕まえて中身を聞き出してから拳骨の一つでもくれてやろうというものだ。

 と。琴里は思考を一旦別の議題へ切り替える。というのも、折紙が聞き出した情報の中には、少女だけでなくもう一人、見逃せない人物の情報があったからだ。

 

「〈ファントム〉の目的。私利私欲、ね」

 

 俄には信じ難い、というべきなのだろうか。自然と難しい顔になりながら、琴里は続ける。

 

「人を精霊にするだけの力を持ちながら、大義名分じゃない、完全な私欲ですって? 仮に、全ての精霊の生みの親が〈ファントム〉だったとしても、それで何をしようっていうんだか……それに――――――」

 

 それに、もう一人。〈ファントム〉が精霊を生み出したというのなら、避けては通れない人がいる。

 精霊ではない、ただの人間。人間でありながら、霊力を封印できる存在(・・・・・・・・・・)

 額に深い皺が寄る。それほど、〈ファントム〉の目的を想像していくことが、忌々しく感じられた。それを、口に出してしまうことも。

 

 

「――――士道を、どうしようっていうの」

 

 

 〈ファントム〉は士道を助けたことがある。

 十二月。士道と精霊たちの経路(パス)が狭窄を起こした事件。その時、〈ファントム〉は士道を〈ダインスレイフ〉の光から身を呈して守った。

 士道を失うわけにはいかない。だから〈ファントム〉は、こちら側に手を貸した。けれど、その行為は士道という、精霊を封印できる存在を折り込んでいなければしないはずの行動。

 

「士道は精霊を封印できる力を持っている。それを、〈ファントム〉は初めから知っていた……?」

 

「けど、士道が精霊を救いたいと願ったのは、本人の意思」

 

「ええ、それは間違いないわ。大体、本当に士道が〈ファントム〉に必要な存在だったとしても、精霊の前に立たせるのは危険すぎて――――――」

 

 瞬間、琴里の脳裏をある言葉が過ぎり、全身に鳥肌が立つ。

 折紙もまた、同じ言葉を思い浮かべたのだろう。目を見開いて、琴里と顔を見合わせる。

 五河士道は、精霊を封印できる。しかし、それは本人も知らなかった事実。故に、士道を精霊封印に駆り立てるには本人の意思と、何より〝環境〟が必要。

 

 

『――――だからこそ、始まり(・・・)は〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を選んだ』

 

「はっ――――そういう、ことね。やってくれるじゃない」

 

 

 いやはや、やってくれる。呪詛を吐き出すが如く、琴里は唸るように怒りを言葉に乗り移した。

 〈ファントム〉が琴里へ霊結晶(セフィラ)を授け、その上士道へ封印させた。それこそが、〈ファントム〉の目的へ近づくために、確実に必要な手段だったのだ。

 精霊を生み出すことを注視しすぎて、琴里はあまりに無様な見落としをしてしまった。

 精霊は自然的に生まれる存在。その過程が崩れ去ったとするならば、あらゆる前提は逆転する。

 即ち、精霊が存在するから士道が霊力を封印できるのではなく――――――士道に封印させるために、精霊は生み出されていたという予測。

 

「私たちの行動を利用して、精霊を封印させていた?」

 

「でも、回りくどい。〈ファントム〉自身が力を持っているなら、士道に集めさせる理由がわからない」

 

「……ええ。自分の力を分け与えて、分散。それを今度は士道一人に纏める? 意図が読めないわね」

 

 簡潔的に考えて、そんなことをする意味がどこにある? 人間の士道に力を束ねなければならない理由が、琴里たちには皆目見当もつかなかった。

 そして、少女は語った。十の力を束ねし時、あの人は現れる。何が起きるというのか、何を引き起こそうというのか――――神様に抗えるかとは、どういうことなのか。

 考えこそしてみたが、やはり答えは見えてこない。やがて、折紙は諦めたように首を振った。

 

「輪郭が見えただけでも十分。相手の狙いがわかっただけでも、警戒のしようがある。情報の少ない中での深入りは、危険」

 

「……そうね。忠告感謝するわ。私たちの推測が間違っている、ってこともあるものね」

 

 今話したことはあくまで推測。琴里たちの想像の産物でしかない。言うなれば、机上の空論、絵に描いた餅。

 あっているかどうかもわからない以上、この理論に囚われすぎては大局を見誤る可能性だってある。

 

「…………」

 

 それに、本当に士道に霊力を封印させることが狙いだったとしても――――――とっくに賽は投げられている。

 もう止まれない。〈ラタトスク〉も、DEMも、士道も、果ては狂三でさえも。たとえ〈ファントム〉の企みがあろうと、各々の願いは引き返せないところまで来てしまっているのだ。

 琴里が精霊を封印することを止める、と言ったところで、士道は納得なんてしないだろう。否、止められたと仮定しよう――――結果、狂三が士道の命を〝喰らう〟ことには変わりない。

 どう足掻こうと、動き出した時は止められないのだ。〈ファントム〉がどうであれ、〈ラタトスク〉は精霊を救う組織で、士道は精霊を救いたいと願い、ここまできた。それが間違いだったなど、考えるべきではないし、思いたくはない。

 

「……にしても、杜撰ねぇ」

 

 重くなってしまった艦内の空気を入れ替えるように、敢えて明るい声色で頬杖をつきながら琴里は声を発した。

 

「初めから〈灼爛殲鬼(カマエル)〉があるって言っても、決してそれは万能じゃない。現に、狂三みたいな相手には効果がないじゃない。もしもの話になるけど、士道がどこかで諦めでもしてたら……って考えたら、何だかどこまでも士道頼みな気がしてね」

 

「確かに。時間遡行を行う狂三は、〈ファントム〉にとっても非常に危険なはず」

 

 折紙が言うことは正しく、琴里も同意して首を縦に倒した。

 時間遡行。どうやら、始原の精霊を消し去るつもりらしい狂三は、〈ファントム〉にとって非常に都合が悪い存在のはず。入念に積み重ねたここまでの歴史を、根本から〝なかったこと〟にされては意味がない……まあ、それは琴里たちにも言えるのだけれど。

 行き当たりばったり、とまではいかないものの。士道に霊力を集めたい割には、どこか一つ欠けていたら頓挫するとしか思えてならないほど、士道を信頼している計画、のように琴里たちには思えた。

 だが、そうなると矛盾が生じる。何せ、士道が生まれたのは精霊が生み出されるより遥か後。付け加えるなら、士道の性根はともかく、人格は十七年生きたからこそ生まれたものだ。それを制御など誰にもできはしない。

 士道にいつ精霊を封印できる能力が発現したかは今だ定かではないが……偶然ではないというのなら、なぜ士道だったのか――――それも、よりにもよって始原の精霊自身と敵対する狂三と親密な関係なってしまった、士道なのか。

 それを考えると、琴里には不思議で仕方がない。頓挫する可能性が高いというのに、なぜ〈ファントム〉は自らに害を為す者に、力を分け与えるような危険な真似をするのか。

 行動の片鱗しか見えてきていない今、琴里の目には継ぎ接ぎの線が酷く歪に繋がっているようにしか見えなかったのだ。

 

 

「――――それでも、叶えたかったのかもしれないね」

 

 

 その声は、琴里でも折紙でもなく。

 

「令音……?」

 

 二人の会話を聞きながら、黙々と作業をこなしていた令音のものだった。

 琴里の声に顔は向けず、けれど透き通るような声量で続けた。

 

「……針の穴を通すより小さな穴でも、極僅かな可能性だったとしても、叶えたい願いがある……のかもしれないよ」

 

 静かに、胸ポケットから顔を出したクマのぬいぐるみの頭を撫でるのが、艦橋上部いる琴里たちからも見て取れた。もっとも、言葉の裏にある表情までは読み取れなかったが。

 

「叶えたい願い……か」

 

 誰しもが持っている。利己的な欲求、願い。

 少女と〈ファントム〉には、あるのかもしれない。令音の言う、極僅かな、それこそ〝奇跡〟に縋り付いてでも叶えたい、大切な願いが――――――そこまで考えてから、それに巻き込まれた自分たちにとっては、たまったものではないなと、琴里は深くため息を吐くことになったのだが。

 

「――――ああ、そうだ令音。あなた、明日明後日は休暇ね」

 

 閑話休題。それはそれとして、と。琴里はちょうどよく会話に参加した令音へ、そう命令形で指示を下した。

 ゆっくりと振り向いて見上げた令音は、こてんと小首を傾げることになっていたが。

 

「……うん?」

 

「だから、休暇よ。きゅ・う・か。休みを取りなさいって言ってるの。あなた、今日で何連勤よ」

 

「…………」

 

「あーもう、律儀に数えんでよろしい!! ていうか、数えなくてもわかってるでしょ」

 

 わざとらしく指を折って数え始める令音を止め、琴里は頭に指をついてため息を吐く。相変わらず、ボケが天然寄りというか、自分のことなのにのんびりしているというか……などと、琴里は親友のことが心配になってくる。

 というのも、令音の連勤の理由については様々な理由がある。

 六喰の一件が大事で、後処理を含めて忙しかったのもあるが、一番は令音があまりに優秀すぎる、という点になるか。その原因の発端たちを、琴里は舐めるように睨みつけた。

 

「あなたたち、令音に頼りすぎ」

 

『ひぃ……っ!!』

 

 ドスを効かせてやった声に、クルー一同肩をビクッと揺らして悲鳴を上げていた。……中には、対象ではないというのに歓喜の顔をしている神無月(へんたい)もいたが。彼の場合、琴里に叱られるためにわざと仕事をしない可能性まであるから、それはそれでタチが悪い。

 優秀なのだが、どうしてこう手がかかるのかと思う琴里に、一連の流れを見ていた折紙が首を傾げて声を発した。

 

「〈ラタトスク〉は、ブラック企業?」

 

「違うわよ!?」

 

 これは単純に、内職(・・)に精を出したり、私用で〈フラクシナス〉の設備を使う馬鹿者どもが、困った時に令音に泣きついて、それを令音が処理できてしまうから起きたことだ。

 結果、琴里が気づいた時には令音の連勤が恐ろしい桁を示していて、琴里自身令音に頼ることが多いことに反省し、慌てて(無断)申請を受理した、ということである。不可能と言うなかれ、司令官は絶対なのだ。

 

「……しかし、狂三とシンのことは」

 

「平気よ。狂三が休日って言ったなら、恐らく嘘はないわ。休める時に休めなくて、本番に倒れられちゃ困るもの。マリアもいるんだから、心配ないわよ」

 

『その通りです、令音。メンテナンスも終了しました。存分に、クルー全員をシゴいてさしあげます』

 

 なんというか、文字だけだというのに顔が見えるような妙な迫力のある声だなと、悲鳴を上げるクルーたちを他人事で見やる。

 〈フラクシナス〉のAI『MARIA』のメンテナンスは、先の戦闘で使用した狂三とのリンクシステムによるものだ。

 あれは狂三だけでなく、マリアにも少なからず負担がかかる。負荷がバグ、人間で言うところの〝ストレス〟になる可能性は捨てきれていなかった。

 念入りにメンテナンスを行った結果、幸いにもそれらしいものは発見されず、マリアは今日も元気に不真面目なクルーたちを泣かせている。

 これに懲りたら、自分のことは自分でしてほしいものだと、琴里は令音へ向かって諭すように表情を変えて言葉をかけた。

 

「そういうことだから、こっちのことは心配しないで、ゆっくり休んでちょうだい。士道も、休日は一人で考えたいことがあるって言ってたから、ね?」

 

「……わかった」

 

「あ、隠れてここへ来るのも駄目だからね」

 

「…………」

 

 その沈黙はやるつもりだったなと、一度は納得した顔をした令音をジト目で追求し、彼女はスっと視線を外す。表情に乏しい割に、表情が器用な親友に琴里は呆れた声を零した。

 

「……シンが一人になりたいなら、君たちはどうするんだい?」

 

 すると、今度は令音からそう声が返ってきた。

 その答えは、もちろん決まっている。折紙と顔を見合せた琴里は、お互い笑いあってから、令音に明日の予定を返した。

 

 

「私たちも――――――」

 

「――――狂三に負けていられない」

 

 

 つまりは、そういうこと。

 

 狂三を認めこそしているが――――士道を好きな気持ちは、負けていないのだから。

 

 

 






賽は投げられた。これが全て。気がついたところで、もう後戻りはできませんよ、我が女王。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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