デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百五十六話『罪の終わりは訪れない』

 

『な、なあ澪。今度俺と……で、デートしませんか?』

 

 なぜか敬語と呼ばれるものを扱い、少年が部屋の中の鏡に向かってそう言っているのを見て、澪は首を傾げた。

 

『澪、俺とデートしてくれないか?』

 

 コホンと咳払いをしてから、今度は願い気味に少年は言った……どうしてか、やはり部屋の鏡に向かって。

 おかしな話だ。少年が言う相手は、鏡ではなくここにいるというのに。そして、答えは――――――

 

『澪、俺とデートしよう』

 

『――――うん』

 

 どんなものであれ初めから、こうして決まっているのだから。

 

『……!? み、澪……?』

 

『うん。どうしたの――――シン』

 

 何をそんなに慌てて少年――――崇宮真士は驚いているのかと、澪は不思議と小首を傾げる。

 真士は澪を〝デート〟に誘いたくて、澪はそれに答えた。何を驚くことがあるのか。

 

『い、いつからそこに……?』

 

『さっきから、だけど。――――それよりシン、いつにするのかな?』

 

『へ……っ!? な、何が……』

 

『だから、デートだよ』

 

 せっかく彼が誘ってくれたのだから、いついかなる時も澪は構わないと思っている。

 だって、彼が求めることなら、澪はなんだって受け入れてしまえそうだから――――何故なの、だろうか。

 

『あ、えっと……つ、次の日曜とか……どうだ?』

 

『わかった。楽しみにしてる』

 

 笑顔で返し、それから彼の妹が呼んでいたことを告げて、澪は真士の部屋から退出した。

 

 嬉しい。また一つ、真士との楽しい一時を過ごせるのは、本当に嬉しい。感情豊かに思いを馳せ――――――ところで、毎日会っているのに、日付を決める〝デート〟とは、どういうことなのだろう?

 

 

 

 

 

 ――――――――はやく、起きて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい、ちゅうもーく」

 

 皆を見渡しながら、腰に手を当てて琴里は迷惑にならない程度の声量で声を発する。

 迷惑にならない程度、というのは琴里含めた精霊たち総出でいる場所が自宅でも精霊マンションでも〈フラクシナス〉でもなく、天宮市大通りにある製菓材料専門店だからである。

 

「それじゃあ、最低限必要なものはさっき説明した通りよ。各自好きな材料を探してみて、わからないことがあれば遠慮なく周りか私に相談すること。いい? ――――みんなで、素敵なチョコレートを士道に贈りましょう」

 

 理由はもちろん、この通り。

 二月十四日、バレンタインデー。乙女の祭典にして、狂三と士道の宿願が決まる運命の日。

 とはいえ、琴里たちが黙ってそれを見守るだけか、と聞かれれば断じて否と答えよう。

 想いは狂三にだって負けていない。戦略的に見て、狂三だけがバレンタインチョコを贈るというのは、士道が非常に不利になる意味合いもあるが……皆の気合いの入った表情を見るに、意味はそれだけに留まらないのがよくわかる。

 

「うむ!!」

 

「はい……!!」

 

「了解」

 

 思い思いの返事をし、それぞれが希望のチョコを作るため店の中へ散開していく。

 それを見送ってから、琴里も一人行動を開始した。監督役ではあるが、もちろん琴里も士道へチョコを贈ると決めた内の一人なのだ。

 

「さてと、じゃあまずはベースになるチョコから……と」

 

 そうして奥のエリアを目指してみると、時期が時期というのもあって相当な量のチョコレートが飾られており、琴里たちのような少女のためのレシピなども用意されていた。

 

「……け、結構種類があるのね」

 

 コンビニで売っているようなものとはわけが違い、成分表が記されただけの簡素なパッケージがずらりずらり。……さっそく、休暇を出してしまった手前、令音へ救援を頼めなかったことを若干後悔した琴里である。

 まあ何とかなるだろう、いざとなったら折紙もいるし、などと楽観視しながら散策を続ける。

 と、このエリアにはどうやら四人の精霊、十香、四糸乃、七罪、六喰が滞在しているようで、ちょうどいいと思い琴里は真剣な面持ちの少女らに声をかけた。

 

「どう、みんな。よさそうなのはあった?」

 

「おお、琴里。むう……どれも美味しそうなのだが、たくさんありすぎてな」

 

「はい……どれがいいのか迷います」

 

「……ね。ちょっと甘く見てたわ」

 

「ふむん。妹御。このベネズエラ産とコロンビア産のカカオというのは、一体何が違うのじゃ」

 

「……え゛?」

 

 緊急事態発生。琴里の頭で真っ赤なランプを灯し警報が鳴り響いた。

 六喰からの問い。まあ、至極当然の疑問である。であるのだが、琴里は当たり前だがその問いの答えなど知らない。琴里の料理スキルは士道の手伝いありきのものだし、産地の違いとかわかるはずもない。

 

「お、おり――――――」

 

 がみ、と救援信号を打ち上げるが、噫無情かな。少なくともこのエリアに彼女の姿はない。

 

「え、えーと……それはあれよ」

 

 とはいえ、折紙がいないからと琴里が黙るわけにはいかない。わからないことがあれば相談しろ、と言ったのにその琴里が無知などとあまりに不格好だ。

 目を泳がせ、何とか答えを用意しようと四苦八苦する琴里――――の背後から、チョコのように甘い声が聞こえた。

 

「――――カカオには、主に香りの良いクリオロ種、病気に強いフォラステロ種、その両方の利点を受け継いだトリニタリオ種がありますが――――この場合は、もう少し噛み砕いたものがよいですわね」

 

 ピンと指を立て、得意げに語る彼女の姿はどこか学校の先生を思わせる。そう、以前も少しだけ思いはしたが、仮に彼女が先生なら学級が崩壊しかねないな、と自分の想像に呆れ返った――――無論、彼女が美しすぎるという意味で、だったが。

 

「重要なのは、それらの区別より配合比率。色が濃い方が苦く、薄い方が甘いと考え、皆様が求める味へ近づけるとよろしいですわ」

 

「おお!! なるほど!!」

 

 彼女のわかりやすい説明に納得を得た十香が手を叩き、再び陳列棚に目を向け物色を再開する。他の三人も続くようにチョコを探し始め、琴里もはぁっと息をついて救援にきた彼女へ感謝を述べた。

 

「悪いわね、助かったわ。狂三」

 

「いえ、いえ。大したことではありませんわ」

 

 いや本当に、狂三がいなければ苦し紛れに折紙を探しに行くしかなかった。彼女がいて助かったと胸をなでおろした――――――

 

「――――狂三!?」

 

 ところで、ここにいるはずのない精霊の存在に驚き、声を上げながら振り向く。

 そこには、可愛らしいモノトーンのコートを着た時崎狂三が立っていた。相変わらず、そういう色合いを好み、誰よりも似合うと思わせるのはさすがではある。が、苦笑気味の顔はいつもとはまた違った日常の狂三を感じさせた。

 

「気がつくのが遅すぎますわ。……油断大敵ですことよ、司令官様」

 

「……悪かったわね」

 

 あまりにも、自然だった。その反応は、十香たちがたった今驚いた顔で振り向いていることからも、よくわかると言うべきか。

 皮肉に対してキレがない返答をしてしまうのも、琴里は自分で無理はないと言い訳してしまう。なぜなら、それほどまでに狂三という精霊は、

 

「――――ついこの前まで、あなたはこの中にいたじゃない」

 

「っ……」

 

 自分たちの〝日常〟に、馴染んでいたのだ。

 皮肉ではなく、事実を琴里が口に出せば、僅かに息を呑んだ狂三は、それでも微笑みを返した。――――少しの寂しさと、覚悟の程を滲ませて。

 それに突っかかってやりたい気持ちはあったが、ここで押し問答していては話も作業も進展しない。皆に材料集めを続けるよう言い含めて、琴里は改めて狂三と向き合った。

 

「それで、あなたは何を……なんて、聞くまでもないか」

 

「ええ。皆様と巡り会うのは、わたくしとしましても予想外ではありましたが、目的は共存するもの……まあ、琴里さんの元を訪れたのは、あのお二人の導きですけれど」

 

「あの二人……?」

 

 ちょいちょい、と狂三が指を指す方向に目を向けると……なんというか、いえーいと言わんばかりにピースサインをする二亜と、無駄にアイドルらしく決めポーズをする美九の肉体年齢最年長にして精神年齢最年少組が視界に映り込んだ。

 

「…………はぁ」

 

 即座に目を背けたくなる衝動を抑え込み、隣のエリアへ仕方なく歩いていく。

 そこは、ペン状になったチョコ、小さなハート型のチョコなど、お菓子のデコレーションに扱うようなものを中心として取り揃えているエリアだった。先んじて見ていた八舞姉妹などは、食用の金箔を手に取り目を輝かせていた。

 

「えっ、うそ、これ食べられるの? 包装紙とかじゃなくて?」

 

「確認。パッケージに食用と書いてあります」

 

「マジで……? く、くく……これさえあれば、我が燐光の十字架(クロイツ)を現世に顕現させることさえ可能――――また我らの真理に一歩近づいたな、我が同士よ」

 

「ええ、ええ。これでまた、わたくしの力作が一歩完成に近づきますわ。うふふ、五時間越えの傑作、これであれば士道さん胸キュン間違いないで――――ふぎゅ」

 

 ……誰か一人紛れ込んでいた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

 随分と甘々ロリロリな衣装の狂三が八舞姉妹と仲良さげに話し、金箔を手に取ろうとしていたつい一瞬前、大きな影に吸い込まれた気がしたが、それはきっと気のせいなのだ。耳を真っ赤にして、『わーチョコレートがいっぱいですわ〜』みたいな顔で店内を見回す狂三がいるが、気のせいったら気のせいだ。

 若気の至りがあることも士道との共通点ではあったが、現在でも形として残って動くものをからかうのは、さすがの琴里であっても同情が勝るということだ。

 とにかく、琴里は狂三をけしかけた犯人二人へ事情聴取を始めた。

 

「二亜、美九。狂三を見つけてたなら、先に相談なり何なりしてちょうだい。びっくりしたじゃない……」

 

「いやー、ごめんごめん。あたしらも作りたいチョコのために悩んでてさー。ちょうどそんな時、情熱的な視線で材料を選んでるくるみんを見つけちゃって……相談に乗ってもらおうかなー、なんてねー」

 

「私が後ろから抱きつこうとしても、ぜーんぜん気がつかなくて、むしろ私たちがびっくりしちゃいましたよぉ。でもでも、だーりんのために真剣になってる狂三さんは、とーってもキュートでしたー!!」

 

 何もそこまでは聞いていないし、美九に至っては狂三に抱きつこうとする命知らずなことをまたやろうとしたのかと呆れた目を向けてから、琴里は改めて狂三を見やる。

 なんとも言えない、羞恥が入り混じった顔でらしくない狂三は視線に言葉を返した。

 

「……なんですの、その視線は。笑いたければ笑うがいいですわ。油断していたのはわたくしですわ。ええ、ええ。この時崎狂三、一生の不覚ですわ」

 

「別に笑ったりなんてしないわよ。士道が好きだから、それだけ一生懸命になってるんでしょ」

 

 琴里の推測に返答が返ってくることはなかったが、狂三が否定しないということは、合っているということだろう。

 それくらい兄を本気で想って、勝負とか関係なく渾身の一作を作ろうとしている狂三を、妹の琴里が笑うわけがない。

 まあ、艶々な美九の顔色を見るに、結局は不意をつかれて抱き着かれてしまったようなのは、ある意味ご愁傷さまと言うべきなのかもしれない。

 美九と二亜の証言から、狂三が遅れたタイミングでかち合った理由はわかったが、悪びれない二人の作りたいチョコは何なのだろうか。

 

「ていうか、狂三に相談してまで二人はどんなチョコを作りたいの?」

 

「えっとですねぇ、こう、常温でもトロトロして固まらないものが作りたいんですけどぉ……あ、でも完全に液体じゃない感じでー。具体的には私の身体に塗れるくらいの粘度が欲しいんですけどぉー」

 

「あたしはね、あれ、一粒食べたら少年の少年が元気百倍になっちゃうようなやつを作ろうかなって。それで既成事実作っちゃえば、少年の勝ちになるかなーとか。どうよ、二亜ちゃんの華麗なる作戦は」

 

「普通に作りなさいッ!!」

 

「……二亜さんの理屈、士道さんが責任を取る側だと思うのですけれど」

 

 呆れたんだかツボに入ったんだか、半々の笑いで狂三が声を発した。

 そりゃ、士道のナニがナニするんだから、責任を取るのは士道の方だろう。いや、そんなことを言いたいのではなく、手のかかる年長コンビに頭を悩ませていると、ふとあることに気がついた。

 

「……ん?」

 

「如何いたしましたの?」

 

「あ、うん。折紙がいないのよ。どこにいったのかしら」

 

 狂三に返しながらキョロキョロと辺りを見渡してみるものの……チョコレートの棚には十香、四糸乃、七罪、六喰、デコレーション材料の棚には二亜、美九、八舞姉妹がいた。わけだが、どうしてか、唯一折紙だけはどちらにも属さず、姿を消してしまったのだ。

 狂三まで発見できたというのに、折紙がいないとはどういうことか。包装用の箱やリボンを先に見繕っているのかと思い、店の入口付近に目を向けると、ちょうど折紙が目に入る――――――予想とは違い、製菓材料店向かい、ホームセンターから出てくる彼女の姿が。

 

「……え?」

 

「あら、あら」

 

 両手に買い物袋を抱えた折紙が、訝しげに眉をひそめる琴里と狂三の元へ歩いて戻ってくる。

 狂三がいることにさして驚いた様子もなく、折紙は平然と製菓材料店に舞い戻った。前述の通り、両手に買い物袋を抱えて。

 

「え、どこ行ってたの? チョコ作りってわかってるわよね?」

 

「もちろん。必要なものを調達してきた」

 

 とても自信ありげにそう言うので、琴里と狂三も興味が湧いて、一度目を合わせて示された買い物袋を二人で覗き込んだ――――――何に使うかわからない円筒形の容器がたくさん詰まっていた。

 

「……何これ」

 

「シリコン」

 

「…………何に使うの?」

 

「型取り」

 

「……………………何の?」

 

「私」

 

 一分の一スケール鳶一折紙チョコ、爆現。

 迷いがない、あまりに迷いがなさすぎる。少しは狂三の葛藤とか躊躇いとか見習ってほしい。折紙と狂三が似てるとか、やっぱり夢を見すぎではないのだろうかとツッコミを入れたくなった。

 今日一番の非常に大きなため息を吐き、この暴走特急鳶一嬢の説得に当たる。

 

「……いや、やめときなさいって。いくら寛容な士道でも引くわよ、さすがに」

 

「でも、狂三に対抗するためにはこれしかない」

 

「わたくしを恐ろしいことに巻き込まないでくださいまし!?」

 

「しかし、士道の狂三への愛は事実として、強い。対抗には私もこの程度は必要と判断した。それに、仮に狂三が同じことをしたら、士道は喜んで受け取ってくれる」

 

「…………」

 

 あ、その表情は『士道さんならやりかねませんわ……』みたいに納得しかけている顔だ。

 不味い。ここで狂三に納得されては押し切られると、琴里は呑気に顎に手を当て納得しかけている狂三の肩を掴み、顔を寄せ作戦会議を試みる。

 

「ちょっと!! 納得してどうするのよ!?」

 

「わたくしに折紙さんをどうしろと……この手の管轄は琴里さんでしょう? ふぁいとですわ、司令官様」

 

「こんな時だけ司令官扱いはやめてくれない!? そんな見え透いたお立てに騙されるのは士道だけよ!?」

 

「……仕方ありませんわねぇ」

 

 琴里に泣きつかれたのだから仕方がない、とでもいうような顔の狂三に若干イラッときはしたが、狂三に頼る以外に説得方法がない琴里は煮え湯を飲まされた気分で受け止める。

 

「折紙さん。お気持ちが大きいのはよいことですが、殿方の体調を気に留めるのも淑女の嗜みですことよ。特に、士道さんは優しさの塊のようなお方。気持ちばかりが先行し、過剰な糖質を与えては……」

 

「……!! 目先にとらわれて、その考えに至らなかった自分が恥ずかしい。――――クオリティを保ったままのダウンサイジングは手作業では困難。至急3Dプリンターを用意しなければ」

 

『…………』

 

 もうこれ以上は知りませんわ。と視線で訴えかけられ、琴里も労うように狂三の肩を叩いた。取り敢えず、士道の健康が守られるなら良しとしよう。

 と、そんなことをしている間にも、皆は着々と材料を揃えている。それを確認した狂三は、優雅に微笑むと自身の買い物カゴを手にして歩き出した。

 

「うふふ。それでは、わたくしはこれにて失礼いたします。皆様、ご健闘を――――」

 

「――――あ、あの……!!」

 

 それを止めたのは、意外や意外。普段の控えめな声とは裏腹に、狂三の足を止めてしまうほどの強い声音を奏でた、四糸乃だった。

 

「あら。どうされましたの、四糸乃さん。何か、お聞きしたいことがありまして?」

 

 まるで、可愛がっている妹を相手にするような態度。膝を曲げて目線を四糸乃に合わせ、優しげに笑う狂三は以前感じた恐ろしい精霊、というイメージからはかけ離れたものだった。

 とはいえ、狂三の性根は知っているし、四糸乃や七罪には妙に甘いところがあることも琴里は把握していた。

 もしかしたら、狂三は意外と子供が好きなのかもしれない、なんてことを考えていると、四糸乃はおずおずと狂三の目を見て声を発した。

 

「そうじゃ、なくて……もしよかったら、なんですけど――――――」

 

「……え?」

 

 四糸乃の提案に、狂三は目を丸くして意外そうな声をもらした。かく言う琴里も、少しばかり驚いてしまったのだが――――いい案だと、琴里はニヤリと笑いながら外堀を埋めにかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 製菓材料店での買い物から、およそ一時間後。

 

「……何ですの、この状況」

 

 狂三はなぜだか、本来なら自分が言うべきではない台詞を口に出してしまったような気分になり、どこか気が遠くなった。

 それもそのはず。材料を集め、いざ士道の心を掴むチョコレートを……というところで。

 

「さあみんな。私たちのチョコ作りを、始めましょう」

 

『おぉー!!』

 

 この能天気極まる精霊たちと、士道の命を狙う狂三が、何故か共にチョコレートを作ることになった。

 そう。四糸乃からの提案とは――――――

 

(一緒に、チョコレートを作りませんか……?)

 

 そんな、予想外の願い出だったのである。

 当然、狂三は返答に窮した。常識的に考えて、今の狂三と精霊たちは紛れもなく〝敵〟である。その敵を相手に、己の手の内を見せるような真似ができるものか……と、狂三なら考えるのが自然で、答えもまた明白だった。

 だが、そこで当然(・・)と考えてしまっている以上、狂三は即座に答えることが叶わない。常に冷静、最速の答えを見つけ出す狂三の思考は、四糸乃の提案で不覚にも停止寸前の状態に追い込まれたと言える。

 戦場で思考を止めることは、即ち死に直結する。そんな隙だらけの狂三を見逃す琴里たちではなく、あれよあれよと狂三は流され、結果こうして精霊マンション内のキッチンスペースに案内されてしまったわけだ。

 

「ふぅ……」

 

 らしくもなく、翻弄されている。思考の大部分を士道攻略に割きすぎて、精霊たちへの対処が疎かになっているとでもいうのだろうか。

 小さく呼吸をし、なったものは仕方がないと気持ちを切り替える。

 精霊マンション。様々な精霊たちが住まうマンションということもあり、〈ラタトスク〉は不測の事態も想定しているのだろう。このように、全員で使ってたとしてなお余るほど広い、厨房のようなスペースを設営していた。

 クリスマス、そして今まさにのバレンタインデー。精霊たちが並んで作業できる調理台、洋の東西問わず集められた調理器具。果ては業務用の大火力コンロ。

 如何に狂三といえど、早々このレベルの設備はお目にかかれない。狂三がこれほど感心させられるのだから、恐らく――――――

 

「ははーん。さてはくるみん、少年のこと考えてるなー?」

 

「な……」

 

「正解ね。お察しの通り、ここが完成した時の士道ったら、まるで子供みたいに大はしゃぎしてたのよ」

 

 ニヤニヤとした顔を隠さず、両脇から二亜と琴里が狂三を挟んで言うものだから、思わず狂三はムキになって声を返してしまう。

 

「……別に、そのようなことは考えていませんわ。敵であるわたくしを誘うような皆様の能天気さに、呆れ返っていただけでしてよ」

 

「馬鹿ね。誰も、あなたを敵だなんて思ってないわよ」

 

「っ、そういうところが……!!」

 

 甘いというのに。精霊を救おうとしている人を殺そうとする精霊が、敵でないものか。

 

 ――――冷静さを欠いている。

 

 そんなことわかっている。でも、狂三の心は決まっている。決まっているから、こうして士道を〝喰らう〟ための準備をしている。

 だけど――――心のどこかで、『時崎狂三』からはぐれた少女が叫んでいる気がする。

 それでも。狂三は狂三のまま、手遅れになる前に全てを終わらせると誓った。散々、迷うための時間を使ってしまった狂三に、もう泣き言は許されない。

 

「……ふん。そう思い込みたいのなら、勝手になさってくださいまし。能天気な皆様に代わって、わたくしが士道さんのハートを射止めて差し上げますわ」

 

 そうして二人を振り払い、備え付けられたエプロンを身につけ、腕を捲り手を丁寧に洗い調理台の前に戻る。

 用意した材料は、そこに広がっている。今から作るものは、さながら士道の心に残る壁を破壊する爆弾、といったところか――――それ以外の純粋な意味が、ないわけではないが。

 さあ、わたくしのチョコレート作りを――――――

 

「……ところで琴里、ここからどうすればよいのだ? んぐんぐ」

 

「え? ああ、そうよね」

 

「…………」

 

 食べている。明らかに作業用のチョコレートを十香が頬張っている。ツッコミたいところではあったが、今の狂三は彼女たちの敵、敵なのだ。付き合ってやる義理はない。

 さあ、わたくしのチョコレート作りを――――――

 

「……むう、琴里。これはどうやって溶かすのだ?」

 

「え? 何言ってるのよ。チョコを……」

 

「……琴里さん?」

 

「どうしたんですかー?」

 

 ……さあ、わたくしのチョコレート作りを――――――

 

「……ちょっと、何か焦げ臭くない?」

 

「へ――――ひッ!? た、大変!! 水、水をちょうだい!!」

 

 …………さあ、わたくしの――――――

 

「……む、むん……?」

 

「琴里……? なんだか味が薄いのだが」

 

「えっ? ――――うげ、何これ。美味しくない……」

 

「……いや、まあ、そりゃ、お湯と混ぜてるんだからそうなるでしょ……」

 

 ――――集中できませんわッ!!

 

 そう叫んでしまいそうになったのを、どうにか内心だけで堪える。

 大体、チョコを鍋に直入れするなど料理初心者か。テンパリングすら知らないとは思いもしな……くもない。万全にできてしまいそうな該当者が、よりにもよって士道なのだから、彼女たちが知らないのは当然と言えば当然の話。

 どうやら微妙に惜しいところまでは到達しているのだが、どうにも煮え切らない。これでは、先程から作業が全く進んでいない狂三にまで支障が出てしまいそうだ。

 とは、いえ。ああいった手前、狂三が直接手を貸すのは気恥し――――ではなく、敵に塩を送ることになる。いや、だがしかし、一人いる。狂三と同レベルで料理や菓子作りを行える者が、該当者はあの中に存在している。

 彼女ならば、と狂三はさり気なく伝えようと目を向け――――――

 

「…………」

 

「…………」

 

 目が合った。『わたくし(分身体)』を手伝わ(パシら)せて迅速に運び込んだパソコンと3Dプリンターで、自分の裸体を成形している折紙と。

 できれば目を合わせたくなかったですわー、なんて思いながら、申し訳程度に首を振ってなんでもないことを告げる。

 すると、『大丈夫、私はわかっている』と言わんばかりにサムズアップをした折紙は作業を再開した。何もわかっていないし、同類にされたくはない。

 と、まあ、肝心の該当者は全く役に立ちそうにもないので、あと一人の候補は……今、まさに目が合った。

 

「うえ……」

 

「…………」

 

 全員大慌てでいる中、唯一狂三と目を合わせられた少女こそ、『なんですか、私になにか用があるんですかないですかごめんなさいしにます』みたいな声を発した七罪である。

 実のところ、狂三は七罪の持つ多種多様な技術を信用している。時には、狂三でさえできないことを平然と――卑屈になりながら――やってのける彼女だ。先程の発言からも、恐らく答えは知っているはず。

 なら、さっさと言えばいいではないか、と普通の人なら思うのだが、そこは七罪クオリティ。間違いなく自分なんかが、とか思っているに違いない。

 けれど、七罪に動いてもらわなければ狂三も動くに動けない――――以下、小さなジェスチャー混じりのやり取り。

 

『七罪さん、あなた作り方はお分かりですわね?』

 

『し、知ってるっていえば、知ってるよりの知ってるかもしれないけど……』

 

『ああもう、まどろっこしい方ですわね!! なら、皆様に教えて差し上げてくださいまし!! わたくしが集中できませんわ!!』

 

『じ、自分でやればいいじゃない!! わ、私なんかより狂三の方がよっぽど……』

 

『恥ずか……ではなく、わたくしが敵に塩を送るわけには参りませんわ』

 

『今恥ずかしいって言ったわよね!? まどろっこしいのは狂三じゃない……!!』

 

『言っておーりーまーせーんーわー。ともかく、七罪さんからご教授願いますわ。火事を起こす前に、迅速に』

 

『で、でも、合ってるかわからないし、責任も取れないし、そもそも私の言うことなんてみんな聞きたく――――――』

 

『――――『わたくし』、出番ですわ』

 

 トントン、とリズムを奏でるよう足元へ合図を乗せ、分身体の一人を七罪の背後に送り込んで、その背を軽く押し込む。

 

「ひゃっ……」

 

「……七罪?」

 

「あ……いや、その……」

 

 注目の視線を浴びてなお、未だ口をもごもごとさせてはいたが、ようやく観念したのかものすごく遠慮がちに、しかも目を逸らしながら、それでもようやく前進の一言を発した。

 

「……私、簡単な作り方くらいなら、わかるけど」

 

「…………先生ッ!!」

 

 七罪の手を握りしめた琴里と、七罪を尊敬の眼差しでみる精霊たちを見て、やっと進展したかと狂三は隠れてため息を吐く。

 本来、ここまでする立場ではないのに、何故だか放ってはおけなかった――――甘い行動とは裏腹に、ほろ苦いチョコレートを食べた時のように顔を顰める。

 ――――クイクイと、そんな狂三のスカートを摘み、呼ぶ者がいた。

 

「あら、四糸乃さん」

 

「――――ありがとう、ございます」

 

 そんな、笑顔で。パペットのよしのんと並んでぺこりと可愛らしく頭を下げられたものだから、狂三も面食らって目を丸くした。

 

「なんのことですの? わたくしは何もしていませんことよ」

 

「はい……。だから、私が……言いたかった、だけです。ありがとうございます、狂三さん」

 

「……まあ、なんの事かは皆目見当もつきませんけれど、礼は受け取っておきますわ」

 

 言って、この優しい気遣いができる小さな女神の頭を撫でた。

 ――――思わずやってしまったが、なるほど。以前、士道が『四糸乃は心のオアシス』とまで言い切ったことがあったが、その気持ちがよくわかる。

 本当に、可愛い。ふと気が緩むと、頬の筋肉まで緩んでしまいかねない。純心無垢。清楚。そんな言葉は四糸乃のためにあるのではないか、と思えてくる。

 狂三の指先に身を委ねて、愛らしく笑う四糸乃は幸せそうで――――――それを狂三は、奪う。

 

「っ……」

 

「……狂三、さん?」

 

「――――なんでもありませんわ。さあ、早く皆様の元へお戻りになられなければ、チョコレートを作り損ねてしまいますわ」

 

 突如として止まった手の動きを怪しまれぬよう、四糸乃を促して精霊たちの元へ送り出す。

 

「…………」

 

 しっかりお辞儀をしてから、自分の材料がある作業台に戻っていく四糸乃。手を振りながらそれを見送り……狂三は、己の手を返し、見た。

 華奢な指だ――――その指で、狂三は幾億の人生を狂わせた。

 

 覚えている。忘れない。だから、忘れるな。この光景を――――――時崎狂三が〝なかったこと〟にする、幸せの光景を。

 

 罪人が忘れ、救われることなど、あってはならないのだから。

 

 

 





こと分析力で彼女の右に出るものはそういないので個人的に狂三は七罪への信頼が高いと思っていたり。

番外編でもいいから四糸乃の出番をもっと作るべきだったけど私の発想力のなさが招いた後の祭りみたいな心残り。150話かけても足りてないところは足りていませんね個人的に。

雰囲気の違う原作回を越え、次回はオリジナル回。時崎狂三の回となります。さて、女王の紡いだ絆は……果たして。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!



ここでこっそりと。お気に入り1000件突破、ありがとうございます!
実は完結までの目標でした。最初は200いけばいいとか思っていたのに皆様のおかげで信じられないくらいの評価をいただけましたこと、光栄に思います。
ご存知俗物な人間なもので、いつでもこういった目に見える評価は大歓迎です。残りも少なくなってきましたが、完結まで突っ走りますので最後までよろしくお願いいたします!!

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