デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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ある意味転換期となる回。お楽しみいただければ幸いです


第十五話『涙』

 

 

「さて……次は何をするか……」

 

「あ、士道さん。その事なのですが……」

 

 昼時と言うには少し過ぎた時間、レストランから出た士道は頭の中で次の目的地を何個か思い浮かべていると、狂三が彼の呟きを聞いて声を発した。

 

 様々なゲームをプレイする中、狂三がシューティングゲームがやたら強いという新たな発見をしたり、他にも色々な事がありゲーセンで狂三と遊ぶ濃密な時は、驚くほどあっという間に時間が過ぎていった。お陰で一息ついて時間を確認した時は、二人揃って驚く事となったくらいだ。そのため、こうして遅めの昼食を取り次の目的地を決めるところであった。

 

「ん、どこか行きたいところがあるのか?」

 

「はい。わたくしの希望ばかりで申し訳ないのですが……士道さんに、お洋服を見繕っていただきたいのです」

 

「俺に? それは別に構わないけど……」

 

 女性が服を選んでその荷物持ちをする、というのは主流だと思っていたが、その服を自分に選んで欲しいという言葉に士道は少し戸惑った。正直、絶世の美少女である狂三に似合う服装を選べる自信がない。が、同時に自分が選んだ服を彼女が着てくれるという、男なら誰もが羨むシチュエーションに期待がないと言えば嘘になる。

 

「……あんまり女の子の可愛い服を選べる自信はないけど、俺でいいなら喜んでお供させてもらうよ」

 

「えぇ、わたくしは士道さんに(・・・・・)選んで貰いたいのですわ」

 

「っ……」

 

 見惚れるような笑顔で、更に心臓に悪い事を言ってくれる。こんな何気ない事でも過剰に反応してしまって、こんなんじゃ今頃妹様に笑われてるな。と赤くなった頬を今更誤魔化すように隠し、こちらですわと歩き出した狂三を急いで追いかけた。

 

 

 

「狂三」

 

「はい?」

 

「服を選んで欲しいって言ってたよな?」

 

「はい。士道さんにお洋服(・・・)を選んで欲しいと思いましたので、ここへお連れいたしましたわ」

 

「ああ、なるほどな――――ってなるか! これは服じゃなくて下着(・・)じゃねぇか……!!」

 

 さっきとは別の意味で顔を真っ赤にして、ランジェリーショップ(・・・・・・・・・・)店内で心の底から叫ぶように声を吐き出す。結果は、ニコニコと微笑む狂三は変わらず周囲から寄せられる好奇の視線が増えただけだったが。しかしこんな場所、普通なら男は絶対に足を踏み入れないので士道も叫ばずにはいられなかった。

 

「うふふ、細かい事をお気になされますわね。肌を隠すという意味では同じではありませんこと?」

 

「そこだけだよ! 同じなのそこくらいだよ!!」

 

「まあまあ、良いではありませんの良いではありませんの」

 

 その理屈はおかしい。服と下着では天と地、月とすっぽんくらい圧倒的な違いがある。だが、こんな形とはいえ足を踏み入れてしまったのだからもう後戻りは出来ない。士道が力説したツッコミも軽く受け流し、狂三は既に下着の物色を始めている。

 

 ごくり、と息を呑んだ。彼女は彼に選んで欲しい(・・・・・・)と言い、ランジェリーショップへ連れて来た。士道をからかっているのか、それとも本気で士道が選んだ下着を――――――

 

「あら、あら。士道さん、お顔が真っ赤ですわ。どうかなさいまして?」

 

「くっ…………空調が効きすぎてるんじゃないか……?」

 

 ニコニコ、と言うよりもうニヤニヤと言ってもおかしくはない笑みの狂三を相手に、士道はかなり苦しい言い訳を強いられる。危なかった、昨晩のように鼻血を出さなかった自分を褒め称えてやりたい気分だ。危うく士道の隠された〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が覚醒を果たすところであった。あら、そんな大層なモノじゃなくてせいぜい〈おうさつこー(笑)〉じゃない? と脳内の妹様が浮かび上がるがそれどころではない。

 

 このままでは余裕たっぷりの狂三に押されっぱなしだ。そう、平常で余裕たっぷり…………の?

 

「……なあ、狂三」

 

「? なんでしょう?」

 

「――――――お前、照れてるだろ」

 

 直球に、それは確信を持った一言だった。一見、笑みを崩さない狂三の表情。しかし、脳内狂三フォルダまで作っている士道は彼女の頬に浮かぶ赤み(・・)を見逃さなかった。これは狂三の顔をよく見ている士道だからこそ気づけたこと。その証拠に、僅かな赤みだったそれは彼の言葉で更に……というか、加速度的に顔全体が真っ赤になっていった。

 

「……そ、そんな事ありませんわ。士道さんの勘違いでしてよ」

 

「いいや照れてる。絶対に照れてる。無理してるだろ」

 

「照れてなどいませんし無理などしていませんわ。言いがかりはよしてくださいまし」

 

「いや顔が赤くなってるから。あと早口にもなってる。無理すんなって」

 

「っ……! ですから無理などしていませんわ!! 士道さんこそ恥ずかしがってないで早くお選びになってくださいまし!! さあ、さあ!!」

 

「顔真っ赤にして言うことかよ!?」

 

「空調が効きすぎていますわね!」

 

「それさっき俺が言ったぞ!? だから無理するなって!」

 

「ですから無理など――――」

 

 ぎゃーぎゃーわーわー。話題をループさせながらお互い顔を真っ赤にして、狂三が下着を持って士道へ迫り、士道は狂三を気遣ってそれを押し返しながらも密着する形になる。ここで、二人を見ている店内の女性達の心は一つになった――――――リア充、爆発しろ。

 

 

 

「おー五河くん。なんでこんなとこいん……の?」

 

 そんな喧嘩をしてるようでイチャついてるとしか思えない二人を止めたのは、どこか聞き覚えがある少女の声だった。そして、直感的に士道は何かを察知する。これは……殺気!

 

「……そこにいるの。転校生の時崎さん?」

 

「今日は十香ちゃんと水族館デートじゃないの?」

 

「え、まさか約束をすっぽかして転校生引っ掛けてこんなところでデート? まじ引くわー」

 

 士道のクラスメートの亜衣、麻衣、美衣が、いつの間にか店の中にいてそれぞれが彼を睨みつけていた。ここで、危機を察知した彼の脳内が一気にフル回転し始める。三人がなぜ十香がデートへ誘った事を知っているのか……これはまあ、十香が三人へ相談でもしたのだろう。あの昼休み教室に戻った時の十香の様子と、チケット。更に十香側からデートへ誘うという、今までになかった事をしたのだからこの程度は想像がつく。

 

 ではここで冷静に自分の状況を把握してみよう。彼女たちの視点から見れば仲の良い十香とのデートをすっぽかし、転校生を引っ掛け下着屋でデートするとんでもクソ野郎が完成しているに違いない。なるほど、とんだ最低なやつがいたものだなと本人も頷く他ない。〝事情〟を知らなければこうなってしまい、その〝事情〟を説明することは――――――不可能。

 

「狂三、走れるか?」

 

 ならば答えは一つ。僅かな時間で答えを出した士道は、小声で狂三へそう問いかける。彼女なら、これだけで察してくれると信じていた。一旦は目を丸くした狂三だったが……やはり期待通り、彼の意図を察して小さく頷いた。

 

「えぇ――――それは、とても楽しそう(・・・・)ですわね」

 

「本当に――――なっ!!」

 

 狂三の手を引き駆け出す。士道が選んだ手は弁解ではなく――――逃走だった。形としては逃避行にも似たそれは、狂三と二人なら本当に楽しそう(・・・・)に思えて――――

 

「――――って待てコラァァァァァァァァァッ!!!!」

 

「逃がすわけないでしょうがあああああああああッ!!!!」

 

「刺し殺すか撃ち殺すかだけ選ばせてやるわ!!!!」

 

「まあそうなるよな!!」

 

 カッコつけたところで、まあ現実は変わらないのであるが。手を繋ぎ店の外へ走る二人を、呆気に取られていた三人が正気(狂気)へ返り物凄い勢いで追走して来る。鬼も真っ青になるほどの形相が見え、士道も思わず腰を抜かしそうだった。

 

「事情は今度説明する……って聞いちゃいねぇな!! てかあいつら足はやっ!?」

 

「あら、あら、本当ですわねー」

 

 なぜかとても楽しげに走る狂三を見て楽しいなら何よりだ、とやけくそ気味に思う反面、士道としては絶対に捕まる訳にはいかなかった。捕まったら最後、間違いなく八つ裂きにされるとか、そういう理由もあったが何より――――――狂三との時間を、邪魔されたくなかった。

 

 後で何をされようと、学校での評判がとんでもないことになろうとも、それこそ後で考えれば良い話だ。今は何より、どんな事よりも彼女との時間を大切にしたい。この手の温もりをもっと感じていたい――――狂三と、もっと一緒にいたい。

 

「くそっ、しつこ過ぎるだろ!!」

 

 しかし、三人を振り切るのが難しいのが現実問題で厳しく、思わず愚痴ってしまう。追いつかれることこそないが、なかなか振り切る事が出来ない。これが火事場の馬鹿力というやつか! と感心している間にも士道の体力は削られ続けていた。ちなみに、狂三は息一つ切らさずしっかり着いてきている。……彼女が〝精霊〟というの知っているが、男として少し傷ついたりしたのは内緒である。

 

 このままではジリ貧だ。どうにか策はないかと、全力疾走で息が切れ始め苦しくなってきた頭でどうにか思考を巡らせ――――――

 

「ぎゃっ」

「わっ」

「ひくわー」

 

 なんかとても特徴的な悲鳴が聞こえ、足を止めることこそしなかったが思わず振り返って後ろを確かめてしまう。狂三も同じように振り返り……二人は揃って驚きの声を上げた。

 

「四糸乃っ!?」

「四糸乃さん!?」

 

 既に遠目だったが、確かにそこには少女が――――四糸乃がいた。見間違いではなく、少女の手に付けたよしのんも手を振っているのが分かる。……あと、横に展示された巨大なぬいぐるみに突っ込んだ三人組の姿も確認した。

 

 引き返すか? 四糸乃を見た士道と狂三は僅かに足を止めかかける。

 

「…………!」

 

『ほらほらー、二人とも行った行ったー』

 

 しかし、ふるふると首を横へ振る四糸乃と甲高くよく通るよしのんの声が二人を押し出そうとし……グッ、と力強いサムズアップをする四糸乃に更に後押しされる。

 

 その姿に二人は顔を見合わせ頷き合い、再び駆け出す――――――士道はサムズアップを返し、狂三は手を振るのを……四糸乃への感謝を忘れずに。

 

 

 

 

「な、なんとか撒けたみたいだな……」

 

「そのようですわね……お疲れ様ですわ」

 

「狂三もお疲れ……悪いな、俺のせいで」

 

 四糸乃のお陰でなんとか三人を振り切った二人は、公園のベンチに腰を落ち着け一休みしていた。一休み、と言っても必死に息を整えているのは士道だけで、狂三は顔色一つ変えずに走り切ってしまったのだが。

 体、鍛えるか……? 密かにそんな事を考える士道を他所に、彼の謝罪を気にした様子もなく首を振って言葉を紡ぐ。

 

「いいえ。お陰で、四糸乃さんとよしのんさんのお元気そうなお顔も見ることが出来ましたわ」

 

「あ、四糸乃の事だけど――――」

 

「分かっていますわ。きっと、見ていられなくて飛び出してきてしまったのでしょう。お優しい方ですから」

 

 先に言われてしまった。察しの良い狂三の言う通り、恐らく〈フラクシナス〉でのモニタリングは続けている筈なので、そこからいてもたってもいられず飛び出してきてしまったのだろう。〈ラタトスク〉の支援、という訳では無いし狂三も分かっているようでホッと息を吐く。引っ込み思案な四糸乃が、自分たちを助けるために自主的に動いてくれた、という事実にも嬉しくて自然と笑みが零れた。

 

「ところで士道さん……本日は、十香さんとお約束していらしたのでして?」

 

「ぐっ……!」

 

 そこには触れて欲しくなかった、と零れていた笑みが途端に凍り付く。逃走の流れでそのまま流されたと思っていたが、そうはいかないらしい。

 

「……わたくしとのデートを、優先してくださったのですか?」

 

「…………まあ、そういう事になる、かな」

 

「そう、でしたのね……」

 

 口篭り気味にだが、なんとか頷きながら言葉を返す。優劣とか、そういったものでは無いのだが結果的には狂三を優先したことになるのでこう答える他ない……が、やはりなんとも言えない罪悪感が付き纏う。何度も言うように、優劣ではないのだ。優先などで比べられて気分が良い女の子もいないだろう。

 

「の、喉渇かないか? なんか飲み物買ってくるから、狂三は休んでてくれ!」

 

「はい。お待ちしていますわ」

 

 

 忙しなく駆け出す士道を見送る。そして、小さく息を吐いた狂三は――――無意識に、笑みを浮かべていた。

 

「わたくしは……」

 

 己の手で顔に触れて、ようやくその事に気づいた。十香さんより、わたくしを優先してくれた。この気持ちはいけないものだ。醜いものだ。申し訳ない気持ちもある。でも心の底で――――――嬉しい。確かに、そう思ってしまった。

 

 分かっている、ああ分かっているとも。自分と十香さん、もし〝精霊〟としての立場が逆だったなら、あの方は迷わず今と逆の選択をしたのだろう。〝精霊〟を、救うために。きっとあの方はあの時の〝約束〟の為にも自分を優先したに過ぎない。そういう方だ、そんな事はあの方を見てきた自分がよく知っている。あの方の無償の優しさをよく知っているのに――――――勘違いしそうになる。

 

「最低な、精霊ですわね」

 

 自分を嘲笑うよう、自嘲気味に呟く。まあ、これも今更だ。あの方を大切に一途に想っている、あんな良い子からあの方の時間を奪い取り、あまつさえ最後には……これを醜いと言わずなんと言う。

 

 だと言うのに、こんなにも醜いと自分で分かっているのに、こんな事を思う資格は自分にはないと、そうして自分を戒めた筈なのに、どうしようもなく心が溢れ出してしまう。そうだ、今わたくしは――――――

 

 

「――――――ああ、楽しいのですね、わたくし」

 

 

 戒めても、戒めても、狂三の心を蝕んでいた想い。分からなかった、分かりたくなかった。なぜ〝悲願〟の為に必要なあの方を〝喰らう〟事をこんなにも躊躇っていたのか。この瞬間、ついに狂三は口に出してしまった。

 

 ああ、楽しいのか。あの方と過ごす事が、あの方の様々な一面を知る事が、あの方の優しさに触れる事が、あの方に名を呼ばれる事が、堪らなく堪らなく楽しくて嬉しくて――――気持ちの抑えが利かなくなっていく。

 

 今日にしたってそうだった。デートの主導権をしっかり握ろうとしたのに、まったく上手くいかなくて、まるで生娘のようなウブで情けない反応ばかり見せてしまった。彼を見ると駆け巡る訳の分からない感情が狂三を掻き乱し、いつもの(・・・・)彼女ではいられなくなってしまう。こんな感情は知らない、知りたくない、知ってはいけない。知ってしまえば、きっと自分は戻れなくなる(・・・・・・)。それが堪らなく堪らなく、恐ろしい。

 

 ギュッと、あの方から貰ったぬいぐるみを抱きしめる。そうしないと、苦しくて苦しくて軋み上げる心が耐えられそうになかった。だから封じ込めなくてはいけない。この気持ちを知らなかった自分に戻ろう。だって、彼の温もりも、彼から貰ったものも、彼との出会いすら――――全て〝なかったこと〟にしなければならないのだから。

 

「――――あら、あら」

 

 何やら都合よく、不快な〝雑音〟が聞こえてくるではないか。ゆらり、立ち上がった彼女の顔は先程までの夢見がちな少女のものではない。外れかけた〝仮面〟を付け直した少女が、絶望を背負い込んだ少女が、封じ込めた想いの名すら知らぬ少女が、ゆらり、ゆらりと歩みを進めて行く。

 

悪夢(ナイトメア)の自分には過ぎた夢だったのだ。だから、終わらせなければならない。さあ、甘さの精算をしよう。

 

 ――――その名の通り、悪夢を見せつけよう。

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 買ってきた飲み物を両手に公園のベンチへ戻った士道が、眉をひそめ小首を傾げる。待っている、と言っていた狂三の姿が忽然と消えていたのである。

 咄嗟にインカムを小突こうとし――――最初にポケットへしまわれたのを思い出し、インカムを手に取って眺める。これがあれば〈フラクシナス〉へ連絡が取れ、恐らくモニタリングしているであろう狂三の位置も分かるだろう。だが、士道はインカムを見つめしばらく逡巡した後……ポケットへ乱雑にしまい込んだ。

 

 わたくしと士道さんのデート。彼女はこう言った。なら最後まで外部に頼らず、それを貫くのが筋だろう。とにかく辺りを探そう、と彼女の名を呼び走り出す――――――

 

 

『士道! お願い返事をして! 士道っ!!』

 

 

 ――――――直後にインカムから鳴り響いた、妹の声に気付かずに。

 

「――――――!!」

 

 しばらく走り回っていたその足を唐突に止める。肩で息をしながら、彼は公園出口付近の林を見つめる。否、正確にはその更に先を睨むように見据えた。〝何か〟が蠢いている。漠然と、士道はそれを感じ取った。普通ではない〝何か〟がこの先にある。

 

 ――――危険だ。それは生存本能から来る警告。この先に向かうのは危険だ、引き返せ、今すぐに。そう、彼の全身が警告を鳴らしていた。それはきっと正しい、正しいのだ。正しいと分かっているのに〝何か〟に誘われるように、彼はその先へ足を踏み入れてしまった。

 

「……っ!?」

 

 まず見えたのは、倒れ伏せた男の姿。それも一人ではなく二人、三人はいるのが見えた。それを確認した士道は咄嗟に駆け寄ろうとし――――蠢く〝影〟を見て足を止めた。その〝影〟に見覚えがあった。いや……見覚えなんてものではない。なぜなら、自分が彼女(・・)に関わる事柄を忘れる筈がない。

 

 

「ああ、来てしまわれましたのね――――――」

 

 

 愛おしい声だ。いつでも聞いていたかったその声が、今は勘違いであって欲しいと思わずにはいられなかった。ああどうか、そう祈りながら彼は顔を上げ……絶望にも似た表情で凍りついた。

 

 

「――――士道さん」

 

 

 返り血のような赤と、彼女を象徴する黒。美しいコントラストが織り成す〝霊装〟。アシンメトリーに括られた艶やかな黒髪。紅の瞳と、金色の瞳。足元に倒れ伏せた男など気にも止めずに彼女は――――時崎狂三は、笑った。

 

「狂、三」

 

「はい。この姿でお会いするのは初めてですわね。少し、恥ずかしいものですわね」

 

「お前、が……!」

 

 世間話しでもしているのか、と思える様相の狂三に、士道は息も絶え絶えに断片的な問いかけをぶつける。頼む、勘違いであってくれ、思い違いであってくれ――――そんな彼の儚い想いは、平然と打ち砕かれた。

 

「えぇ。わたくしが彼らを〝喰らい〟ました――――それがどうかなさいまして?」

 

「は……?」

 

 理解が及ばなかった。本当に彼女がそう言ったのか、自分の耳が、頭がおかしくなったのかもしれないと疑った。それほどまでに、さもそれが当然だとでも言うように(・・・・・・・・・・・)彼女は平然と言葉を紡いだのだ。

 

弱者(人間)強者(精霊)が〝喰らう〟。それだけの話ではありませんの。何もおかしな事はございませんわ」

 

「なんだよ、それ……!!」

 

悪夢(・・)でも見ているようだった。彼女に傷ついて欲しくない。その想いを胸に士道はここにいる。だが、今彼女は何を言っている? 救いたいと思った〝精霊〟が災厄(・・)となって人を襲っている。それも、よりもよって時崎狂三が、彼女本人がそう告げている。

 

 世界を殺す災厄。何度も聞かされてきた言葉だ。それが士道の目の前に形を持って存在していた。その瞬間、彼の心臓を締め付けたのは恐怖――――ではなかった。

 

悲しかった(・・・・・)。ただ彼は悲しい、そう思った。

 

「狂三、俺は――――っ!?」

 

 ガクン、と何かに足を取られたように動きを止める。考えるよりも先に一歩踏み出した足が、〝影〟より這い出た無数の白い手に掴み取られていた。一本や二本ではないそれは、いくらもがいても彼の両足を掴んで離すまいと締め付け続ける。

 

「きひ、きひひひひひ! ああ、ああ。でも、でも……士道さんだけは、特別ですわ」

 

 コツリ、コツリ。一歩、また一歩と士道へ歩み寄る。目前へと迫り、ゆっくりと華奢な手を伸ばす。彼は彼女のその動きに息を呑むことしか出来なかった。狂三の右の手のひらが、士道の頬を撫でる。彼女の言葉の通り、まるで壊れ物を扱うよう、愛おしげに。

 

「ねぇ士道さん、覚えていまして? わたくしに〝捜し物〟がある、という話を」

 

 覚えている。士道が狂三の言葉を忘れるものか。だが今その話になんの関係が――――

 

「教えて差し上げますわ。その〝捜し物〟というのは――――士道さん、あなたの事ですのよ」

 

「な……に、を……」

 

「わたくし、とても困っていますの。とてもとても、困っていますの。ですから士道さん――――――〝約束〟。果たしてくださいますわね?」

 

 何を言っているのだろう。〝精霊〟である狂三がわざわざ自分を探す理由が士道には――――いや、ある。唯一、自分だけが持ち得るものが士道にはあった。〝それ〟に気づいた彼は目を見開き、その動作がおかしかったのかクスクスと狂三が笑う。

 

「気づかれまして? えぇ、えぇ、わたくしの目当ては士道さん……あなたの持つ、その極上の〝霊力〟ですわ」

 

「……っ……」

 

「――――不思議に思いませんでしたの?」

 

 きひ、ひひひ。と狂気的な笑い声を放ち、楽しげに言葉を続けようとする狂三。ダメだ、この先を聞いてはいけない。さっきとは比べ物にならない警鐘が士道の全身に鳴り響く。

 

 

「わたくしが都合よく士道さんの前に現れたこと。都合よく四糸乃さんとの邂逅に居合わせたこと。十香さんと四糸乃さん、お二人を封印なされたこの時に……わたくしが現れたことを、偶然にしては出来すぎだと、本当に思いませんでしたの?」

 

 

 聞くな、聞くな聞くな聞くな!! 耳を塞げ、そう脳が指令を出したところで、彼の腕は金縛りにでもあったかのように動かない。

 

「やめろ……!」

 

「だって偶然などではありませんもの。今までの全ては――――」

 

「やめてくれ!!」

 

 

 

 

「――――――士道さんを〝いただく〟ための〝偽り〟に過ぎなかったのですわ」

 

 

 呆気なく、少年の想いは踏み躙られた。一歩踏み出せば、お互いが触れ合う領域にいる。だと言うのに、目の前の彼女があまりにも遠い。

 見つめ合う。そこにあったのは冷たい、冷たい笑みだった。それは人を呑み込む蠱毒のような笑みだった。でも、それでも彼女は――――見惚れるくらい、美しかった。

 

 

「――――悪事はそこまででやがります」

 

 ふと、士道を奇妙な感覚が包み込んだかと思えば、聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。彼が瞬きをした僅かな時間で、状況は一変していた。呆気に取られる士道が認識できたのは、ふわりと優雅に後方へ飛び着地する狂三の姿と、入れ替わるように彼の前へ降り立った大仰な装備を身につけた少女、崇宮真那の姿だった。

 

「間一髪でした。ご無事ですか、兄様」

 

「真、那……」

 

 彼女が身に纏っているのはワイヤリングスーツ。それは〝精霊〟を討滅するための装備で――――呆然としていた士道の頭が覚醒する。ダメだ、それだけはダメだ(・・・)

 

「ああ……そりゃ驚きやがりますよね。なんというか、ちょっとワケありでして――――」

 

「っ……待ってくれ真那! 俺は知っている! ASTの事も〝精霊〟の事も、全部知ってるんだ!!」

 

 は? と怪訝そうな表情で士道を見る真那。しかし狂三に対する警戒は解いていない。

 ……狂三が自分を〝喰らう〟為に行動していた。それを知っても尚、彼は狂三が傷つくのを許容出来ないし、それを真那にもさせたくない。その一心で声を放った。

 

「だから狂三と話をさせてくれ! あいつは――――」

 

「それは無理です。兄様」

 

 そんな彼の想いを、真那はなんの躊躇いもなく断ち切った。その表情はどこか疲れ切って擦り切れて(・・・・・)いるようなもので……少女はそのまま狂三に刃を向け、吐き捨てるように言葉を続けた。

 

「一体こいつに何を吹き込まれたか知らねーですが、対話しようなんて考えは無駄です。こいつは人を襲う事に躊躇いなんてないクズでいやがります。殺らなきゃ殺られる――――〝最悪の精霊〟でいやがるんです、こいつは」

 

「それ、は……っ!」

 

 〝最悪の精霊〟。その単語一つで、彼の気持ちが氷結する。ずっと、ずっと頭に過って消えてくれなかったものが、現実となって士道を襲う。悪夢のような現実が、士道の足を縫い合わせたように縛り付けた。狂三が〝最悪の精霊〟だった。人を傷つけることを厭わない〝精霊〟だった。その事実が、彼の心を容赦なく切り裂いた。

 

「あら、酷い言われようですわね。今は士道さんとの逢瀬の最中……真那さんに邪魔をする権利はありませんのに」

 

「権利ならありやがります。よくも人の兄様を弄んでくれやがりましたね」

 

「弄ぶだなんて、人聞きの悪い。ああ、でも、大きく間違っているわけではありませんわね」

 

 淡々と紡がれる狂三の言葉を、士道は聞き逃すことが出来なかった。ボロボロで、グチャグチャで、それでも彼の心は彼女の言葉を拒絶する事が出来なかったから。しかし、それは――――――

 

 

 

「だってわたくし、士道さん自身の事など――――――なぁんにも、お慕いしておりませんもの」

 

「…………ぁ」

 

 

 

 ――――――少年の心を、粉々に打ち砕く言葉だった。

 力が入らず、膝をつく。どうしてか視界が歪む。〝精霊〟の絶望を打ち砕く筈の彼の心が、絶望に染まる。その現実は、少年をズタズタに引き裂くような痛みをもたらした。たったそれだけの言葉が、少年の全身を隈無く撃ち抜いた。どうしてか、言霊のようなそれが何よりも(・・・・)少年の強い意志を封じ込めるように――――辛かったのだ。

 

「――――もう黙れよ、精霊」

 

 俯く士道の体が宙へ浮かび上がり、ハッと顔を上げる。憤怒を浮かべた真那が、随意領域(テリトリー)を使って安全な場所へ避難させようとしていた。

 

「人を襲うに飽き足らず、兄様まで誑かして――――――地獄に堕ちろ、外道」

 

 その言葉を最後に、士道は真那が展開した随意領域の力で飛ばされる。

 

「真那! っ――――――狂三っ!!」

 

 急速に視界が薄れ行く。本能的な動きで、手を伸ばす。当然、その手の先は誰にも届かない。真那が刃を手に狂三へ飛びかかり、狂三はそれを見遣ることさえせず士道へ――――――そして、彼の意識は闇へ閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………上手く、やれましたでしょうか?」

 

 それは誰に問いかけた訳でもない。強いて言えば、分身体相手でもない自分自身への言葉だった。当然、自己問答への返事など存在しない。あの子(・・・)もここにはいない。もし見ていたら、あの子はなんと言うだろうか? えぇ、狂三にしては下手な三文芝居でしたよ、と皮肉げに笑うかもしれない。

 木漏れ日が降り注ぐ中、時崎狂三は力を抜いて一本の樹木へ背を預けていた。正確に言えば、力が入りそうにもなかったからだが。

 

 今頃、しつこい〝子犬〟さんは入れ替わった分身体と仲良く鬼ごっこに興じていることだろう。だからここで休む事になんの心配もない――――ふと、彼女の言葉が思い出された。

 

「地獄へ堕ちろ――――か」

 

 嗚呼、そんなもの――――当に覚悟しているとも。〝悲願〟を果たせるなら、喜んで地獄へ堕ちよう。〝悲願〟の為ならば、心優しいお人好し(バカ)な少年の想いを、約束すら踏み躙ろう。

 その結果、この時崎狂三というろくでなしは、地獄の底すら生温い場所へその身を堕とす事になるだろう。それがどうした。そんなもの、事の始まりから覚悟しているとも。

 

 これであの方は、きっと自分を憎むだろう。理不尽に人を〝喰らい〟、理不尽にあの方を害する天災を、憎まない道理はどこにもない。降りかかる火の粉を救おうだなんて、あの方がどんなお人好しでもありえない話だ。次に会った時、憎しみが篭った目で睨みつけられるか、怒りを言葉としてぶつけられるか。それでいい。その感情をぶつけられれば自分は迷わずにいられる。それを想像するだけで――――――

 

「にゃあ」

 

「っ、あら、あなた……」

 

 思考に耽っていた狂三の足元へ、いつの間にか一匹の子猫が擦り寄っていた。怪我をした片足を引きずってまで歩いてきた、その子猫には見覚えがあった。見覚えも何も、さっき〝喰らった〟男達がモデルガンで的にしていた猫だ。

 

「ダメですわよ。怪我をしているのにこんなところまで来ては」

 

「にゃぁ……」

 

 安易なストレス発散とか、理由としてはそんな所だろう。そんな連中を〝喰らう〟のに躊躇いはなかった。たとえいつもより(・・・・・)多くとも、まあ問題ではないだろう。

 そっと、子猫を抱きかかえてやる。自分を見つけ出すなんて、どこぞの〝子犬〟より優秀ではないかと思っていると。

 

「きゃっ……ちょっと、くすぐったいですわ!」

 

 ぺろぺろ、と抱きかかえた子猫が狂三の顔を舐め始めた。思わず笑い声を発して戯れるように抱きかかえてやると――――なぜか、頬が濡れている事に気づく。

 

「……?」

 

 片方は分かる。今猫とじゃれあっているのだから当然だ。ではなぜ、もう片方の頬(・・・・・・)まで濡れてしまっているのか。晴天で雨など降る様子もない。ならばなぜ……と震える(・・・)手を伸ばし――――それがなんなのか、狂三はようやく理解した。

 

 

 

「ああ、嗚呼、わたくし――――――泣いているのですね」

 

 

 

 漏れ出た言葉は、まるで他人事のようだった。彼女にとって〝それ〟は無縁のものだったから。とっくの昔に、捨てたと思っていた。こんなもの、修羅となった女には不要のものだ。

 だと言うのに、止まらなかった。拭う事も、しなかった。本来、こんなものを流す資格さえ失っている女が、何を今更女々しいと己を嘲笑う。

 

 とめどなく溢れる〝それ〟は地面へ、彼女の手のひらへ、赤と黒へ吸い込まれていく。しかし、〝それ〟を拭い受け止めてくれる人物はここにいない。だってたった今――――少女は、そうして欲しいと思う少年を切り捨てたのだから。

 

「なんて、愚かな女」

 

 同情もされない、とんだ三流の舞台だ。それでも、どんなに惨めでも、どんな犠牲を払っても、誓ったのだ。やり直す(・・・・)と、全てを、作り替えてやると。

 

 泥水を啜ってでも、世界中の人に憎まれようとも――――――士道さんを〝喰らう〟事になっても。

 

 時崎狂三は進み続ける。その激情に、痛みに、心が耐えられなくとも、彼女は進み続けるしかない。それが彼女の生きる意味、生きる価値。それで良いのだ――――――本当に?

 

 涙は流れ続ける。それを拭う少年は少女の元へ駆けつけることはない――――今は、まだ。

 

 

 









時崎狂三という少女は優しい。でなければ彼女は目的を果たすために立つことはしなかったでしょうし。器用なのに不器用、こんな解釈をしています。そんな彼女の矛盾、想い、抑えられない感情、そういったものを表現していけたらなと思います。もちろん原作にはない別方面な狂三の可愛いところもね!!私の技量次第ですけど(ハードルを下げていく)

果たして主人公は立ち上がることが出来るのか。何が彼の心を折ったのか。次回をお楽しみに。感想、評価、などなど引き続きお待ちしておりますー
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