デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

161 / 223
第百五十八話『女王へ捧ぐ愛の答え(ラスト・アンサー)

 

 ――――海を見たいと思った。

 

 地球の七割を占めると言われる特徴的環境。書物、映像から知識を吸収した澪にとって、特別興味を引く対象だった。

 知識があろうと、実践が伴わなければ意味がない。この場合は、全てが澪の想像の産物でしかない、というべきか。

 だからこそ、崇宮澪という存在にとって、その記憶は輝かしく、同時に、これから続いていく幸せの象徴だった。

 

 

『ああ――――――』

 

 

 なんて、心地よい。

 

 彼が見せてくれた光景が、体感が、なんて素晴らしいものなのだと。

 照り返す陽の光。寄せては返す波が、澪の足を打つ。心地のよさを存分に感じさせる冷たい水の感触、鼻腔を刺激する強い香り。どれをとっても、澪の知識を上回る素晴らしさがあった。

 

 

『――――シン!!』

 

 

 けれど。ああ、そうとも。

 それ以上だ。この『海』という興奮の衝動を、それ(・・)は上回る。

 澪にとって、何よりも勝る内なる衝動。歓喜、喜び、慈しみ――――どれだって構わない。それら全てが、本当のことなのだから。

 

 心に生まれた感情を、言語にするというのなら、至極単純にして痛快至極。

 

 

『ああ……『好き』。私、シンのことが大好き。どうしたらいいのかわからないくらい、あなたが愛おしい。シンのためなら、なんだってできる気がする』

 

 

 比喩表現などではない。彼のため、真士のためなら澪はなんだってできる。

 海を見れたことは嬉しい――――――違う。

 真士と見れたことが嬉しい。

 真士が澪の見たいものを覚えていてくれたこと。

 真士が海に連れてきてくれたこと。

 

 ――――真士が一緒にいてくれることが、たまらなく愛おしく、世界を覆しても有り余る得がたい大切なことなのだ。

 

 

 嗚呼――――だから、『崇宮澪』は世界を変える。

 ただ一人のために、世界を変える。

 ただ一人のために、世界を踏み躙る。

 ただ一人のために、世界を凌駕する。

 

 『私』は私じゃない。私は、『私』。

 

 

 事象融合を確定。同期、かん――――――――

 

 

 

 さっさと――――――起きなさいってのッ!!

 

 

「――――は?」

 

 少女は、夢の中で目を覚ます(・・・・・・・・・)

 

「遅い。こっちが何回呼びかけたと思ってるの」

 

「――――――――」

 

 長く、思考が停止する。

 その声を聴き、その容姿を見て、しないわけがない。再会は、まだ早い(・・・・)

 繊細な金色の髪と、勝気を思わせる桜色の瞳。

 端正な顔立ちは、儚さと慈しみを感じさせ、それでいながら弱さを感じさせない。

 あらゆる感情を混ぜた複雑怪奇でありながら、その実は一つの感情に収束する者。

 

 

「――――万由里」

 

 

 万象を選定する裁定者。

 

 

「なんて顔してんのよ。ばーかばーか」

 

 

 いるはずのない彼女が、笑顔で少女を出迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「…………」

 

 こうして沈黙を繰り返し、昨日から何時間が立つことだろう。沈黙で答えが得られるというのなら、士道は百を超える答えを手にしているに違いない。

 

「……ふぅ」

 

 生憎、そのような便利な頭をしていない士道は、息を吐き出すことで一度沈黙を遮ることにした。結局、それでは何も変わらず、変わらない故に繰り返すだけなのだが。

 ベッドの上に転がり、天井を見上げる。そんなことをしていると、初めの頃を思い出す。

 始まりは、狂三との出逢いから。士道よくこうして、狂三のことを考え、身悶えしたりデートプランを立てたりしたものだ。そう思うと、何かを考える時の姿勢としては、存外理にかなっているのかもしれない。

 

 こうして考えなければいけないことは、山ほどある。

 〈ファントム〉のこと。自分を知っていた、あの精霊のことを考えねばならなくて――――でも気づけば、狂三のことを考えている。

 この無限ループを繰り返し、繰り返し、繰り返し――――――結局、一つ足りとも答えは出ていない。

 

「……これじゃ、琴里たちに合わせる顔がないな」

 

 一人で考えたいことがある。そう無理を言って、この二日は士道が冷静になって思考をする時間にしてもらった。

 独り善がりではなく、士道自身が考えを纏めなければ、相談できることもできないと思ったからだ。

 しかし、このザマじゃあなと、士道は独り言ちて目を閉じた。

 

 答えを、士道は持っていたはずだった(・・・・・)

 狂三を救う。絶対に救う。己のエゴを以て、自分たちが信じる救いを以て、士道の手を取らせてみせる――――――

 

「っ……」

 

 今は、それを考えてしまうと、狂三の悲痛なまでの決意が浮かび、遮られてしまう。

 否。今は、ではない。士道は以前から――――【一二の弾(ユッド・ベート)】で世界を変えたあの日から、ずっと思っていたことなのだ。

 それを棚に上げ、見て見ぬふりをしてきたのは士道で、ツケを払うのもまた士道。

 

 履歴を、(ゼロ)にする。

 

 未だわからぬことが多い中で、狂三の最終目的は絞られた。

 始源の精霊という因果を断ち切り、世界をやり直す。結果――――――士道と狂三の縁は、呆気なく消え去る。

 嫌だ。嫌に決まっている。身の毛のよだつ恐怖が、考えただけで士道を襲う。それさえも〝なかったこと〟になり、世界は生まれ変わる。

 それが狂三の『救い』だ――――決して、士道の『救い』と相容れることはない。

 

 狂三は、士道の『救い』を肯定しながら否定する。

 士道は、狂三の『救い』を正しいと思いながら拒絶する。

 

「けど、俺の答えじゃ――――狂三は救えない(・・・・)

 

 同じようで、違う。言霊は重くのしかかり、士道の思考を鈍くする。

 救えない。士道の答えでは、時崎狂三を救うことなどできはしない。

 狂三が士道の手を取り、精霊の力を手放す――――――それは、諦め(・・)と何が違う?

 『時崎狂三』は生涯、狂三を許すことはないだろう。

 無為にした命の叫びに蝕まれ、救えなかった命に指を刺され、狂三はその生涯を仮面の笑顔(・・・・・)で過ごすだろう。

 そんな狂三を、士道が望むはずもない。望みたくなど、ない。

 彼女の生き様、彼女の信念を知る士道は――――――いつの間にか、認めてしまっていたのだ。

 

 絆されてしまったのは、士道。

 だから、思ってしまう。考えてしまう。もしかしたら、狂三の『救い』を手に取ることが、狂三の笑顔を失わせない正しい選択なのではないか――――――そんなわけがないと、狂三を知る士道ならわかっているというのに。

 狂三が士道を理解していると同時に、士道も狂三のことを理解している。愛する人を手に掛けて、そのあと狂三がどのような行動を起こすのか、理解してしまえるのだ。

 両者の答えは、相容れない。

 両者の答えに、狂三の笑顔はない。

 

「……全部、背負うって決めたのに」

 

 開けた眼前に広がる無力なこの手のひらが、憎たらしい。握る拳は、振るう先を持たずあまりに非力だった。

 考えて、どうするか悩み、行き詰まり、立ち返る。

 もう、時間がないというのに。士道の〝時間〟は狂三の〝時間〟と共存している。彼女が定めた決断の日までに士道が思考ループを抜け出せなければ、待っているのは腑抜けた精神で望む狂三とのデート。デレさせるどころか、失望までさせてしまうかもしれない。

 けれど、両者の相容れない矛盾(・・)をどう解消すればいいのか。わからないものはわからない、そう決めつけてしまうことだけは簡単なのだが……。

 

「ままならない……な」

 

 士道は狂三が好きで。狂三は士道が好きで。

 たったそれだけの、鮮やかで色を帯びた世界で、完結してしまえればいいのに。

 

 息を吐き出し、余計な思考を追い出すように今一度瞳を閉じて――――――

 

「――――――は?」

 

 唐突な浮遊感に、開かざるを得なかった。

 

 士道はベッドの上にいて、移動した記憶はない。であるならば、物理法則を無視した浮遊感など感じるはずもない。

 可能性その一。ベッドの老朽化により、士道が気がつかない速度で穴が空いた。まあ、これはありえないと鍛え上げた冷静な思考が判断する。

 では、その冷静な思考によって可能性その二を導こう――――――一瞬見えた『扉』が、何よりの答えだ。

 

「――――やあやあ少年。こんなところで奇遇だねぇ」

 

「……こんなところも何も、ここは俺の家だよ」

 

 『扉』の先は、どうやら五河家から五河家直通であったようで、士道の目の前には電源の入ったテレビと既に遊ばれた形跡のあるゲーム機。そしてクッションの上に座らされた士道を覗き込むように、にっこり笑顔の本条二亜が姿を見せた。

 

「……ふむ。コツを掴めば、こんなものかの」

 

「こ、琴里さんに内緒で……大丈夫でしょうか……?」

 

「大丈夫じゃない? 私もしょっちゅうやらかしてるし……」

 

 加え、『扉』を開いた張本人の六喰は何食わぬ顔で〈封解主(ミカエル)〉を消し、霊力の解放を心配する四糸乃に、誰の影響か随分と図太くなった気がする七罪が答えていた。

 まあ、自由に使われては封印の意味がなくなる気はするのだが、士道が相手ならば取り敢えずは置いておこう。

 肝心なのは、どうしてこんなことをしたか、だ。頭を掻きながら、士道は大方の首謀者であろう二亜へ向けて声を発した。

 

「何か用か?」

 

「つれない声だなぁ少年くん。気分転換に、ゲームでもどうかなって思ってさー」

 

「そういう気分だと――――――」

 

「思わないからムックちんに協力を仰いだわけですとも」

 

 真面目にやらせれば大概に弁が立つ二亜なので、士道が口にする文句など先の先まで見通していたのだろう。畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「まあまあいいじゃないのさ。あたしらの精神安定のためだと思って、ね」

 

「むぐ……」

 

 それを引き合いに出されると、士道の反論は封殺される。

 優先順位があるとはいえ、士道に求められるのもは精霊たちのメンタルケアも含まれている。精霊たちの精神を安定させるのも、立派な仕事の一つなのだ。

 それに――――士道を気遣った二亜たちを、個人的な意地で無下にできるわけもない。

 

「……少しだけだからな」

 

「へへ、そう来なくっちゃ。さあみんな、盛り上がっていこー!!」

 

 おぉー、と、個々のテンションの差はあれど全員で腕を上げ、各々のコントローラーを手に取る。

 ……まあ、行き詰まっていたのは事実。少しは気分転換になるだろう。そんなことを考えながら、士道は小さく息を吐いてゲーム画面と向き合った。

 

 

 

 

「――――今のはズルいだろ!?」

 

「へへーん。これは『破壊妨害なんでもありのレースゲーム』って説明書に書いてあるんだよねぇ!!」

 

「俺は説明書を読まないのがプレイスタイルなんだよッ!!」

 

 ちなみに、その場の勢いの嘘である。

 盛り上がった。なぜか盛り上がってしまった。二亜と言い争いをしながら、レースゲームで醜い最下位争い(・・・・・)に火花を散らす。

 なぜ最下位争いかと言えば、六喰、四糸乃、七罪の三人がぶっちぎりに上手いからである。

 

「むん。やりおるな……しかし、負けぬのじゃ」

 

『ふっふっふ、やるねぇ二人とも。けど、勝つのはよしのんと四糸乃だよぉん。ファイトだよ四糸乃ー!!』

 

「う、うん……!!」

 

「いや、私はどっちでもいいんだけど……」

 

 初心者のはずなのに、驚異的な吸収率で走る六喰。

 反射と思考の融合とでもいうのか、よしのんとの完璧な共同作業で操作をしてみせる四糸乃。

 言葉とは裏腹に、熟練の技を見せつけ二人に追従する七罪。

 以上、三人の仲良しデッドヒート走行の遥か後ろということで、こちらは仲良くドベ争いということであった。

 というか、と士道は画面に集中しながら二亜へ声をかける。

 

「そもそも、発案者なのになんで初心者の俺と競り合ってるんだよ!?」

 

「ははーん、経験者が上手いという定義が間違っているぜ少年!! 言い返すようだけど、そもそもこのゲームを遊ぶ友達なんて、あたしにはいなかったからね!!」

 

「返しづらいデリケートな自虐ネタはやめてくれ!!」

 

 確かに二亜の専門外と考えれば納得はいくが、もう少し返しやすいもので言葉の殴り合いはしてほしいものである。

 だが二亜は、あははーと笑いながら、士道の言葉など気にも止めず続けた。

 

「だから、こういうことできるようになって、嬉しいって話なわけよ!! 凄い感謝してるんだよね!!」

 

「っ……褒めてくれても手加減はしないからな!!」

 

「くるみんみたいな捉え方しないでよ!! 少年は少年でしょ!? あたしと会った頃の少年は、もっと単純で馬鹿だったじゃん!!」

 

「売られた喧嘩なら買うが!?」

 

 話の流れで唐突に喧嘩を売られたとしか思えない言葉に買い言葉を使うと、二亜が相変わらず元気に笑いながら返した。

 

「違う違う、いい意味で言ったの!! だって、少年はそうでしょ!! 無鉄砲で、とんでもなく無謀なこと考えて、それを絶対叶えてやるんだってエネルギーがあった!! 今は肩に力が入って、いろいろ難しく考えすぎなんじゃない!?」

 

「っ、そんなの――――わかってるさ!!」

 

 わかっていない。士道がわかっていないから、二亜がわざわざ言葉にして伝えてくれているのではないか。

 自分が馬鹿で、無鉄砲で、どうしようもなく人を頼る人間なのは知っている。けど、だから士道には必要だったのだ。

狂三と並び立つために(・・・・・・・・・・)。彼女のような強さと、聡明さが。

 だけど、それだけでは駄目だ。狂三の真似ばかりではなく、士道自身が――――士道が出す答えが、必要なのだ。

 

「わかってるけど……っ!!」

 

「はは、悩めよ若人――――そんで、いつもみたいにやればいいんだよ。真っ直ぐに、自分に正直にさ。頑張りなよ、ヒーロー――――くんっ!!」

 

 そう言って、士道が操作するキャラを追い抜き二亜がゴールし――――士道のドベが決定し、後ろへ崩れ落ちた。

 

「あー、くそ……っ!!」

 

「うわ、凄い悔しそう……もしかして、くるみんの負けず嫌い移った?」

 

「……かもしれないな」

 

 もっとも、狂三の負けず嫌いはこんなものではないし、彼女は冷静だと思わせてその実悔しがっているタイプなのだろうが。

 コントローラーを置いて、地面に崩れたままため息を吐く士道に、レース上位三人組が覗き込むように顔を見せた。

 

「主様、悩んでおるようじゃの」

 

「……まあ、ぼちぼち」

 

 まさか、二亜と叫び散らして悩んでません、とも言えない士道は六喰に対して曖昧にそう返す。

 悩んでいるとも、悩みすぎて、何に悩んでいるかも曖昧になってしまっている気分。どん詰まり、というやつだ。

 

「どうすればいいか……俺が、どうしたいのか。いつまで経っても、答えが出なくてさ。今まで、がむしゃらにやってきて、やりたいことを押し通して――――――大切な人とのデートを前に、迷ってる」

 

 幾つもの、出会いと別れがあった。

 

 それらを全て乗り越え、五河士道は運命の相手と決着をつける。つけなければ、いけない。

 ずっと続いてくれればいい。そう思っていた時間は、進み続ける時計の針によって否定される。

 時間は戻らない。それは、時崎狂三だけが望める神への越権行為。故に士道は、どうしても答えを出さなければいけないのだ。

 己のエゴで狂三を人の身へ落とすか。

 狂三の願いを聞き入れ、全てを(・・・)〝なかったこと〟にしてしまうか。

 

「……むくは、主様が死んでしまうのは嫌じゃ」

 

「……うん」

 

 そのつもりはない――――そう無責任に言えない士道は、悲痛な六喰にそう返すことしかできなかった。

 しかし、それでも六喰は眉根を上げて続けざまに言葉を紡いだ。

 

 

「けれど、むくは主様が大好きじゃ。変わらぬ主様が、好きなのじゃ。家族になろう、そう言葉を告げてくれた、それだけで十分――――――主様は、ありのまま(・・・・・)進めばよい。そう、むくは思うのじゃ」

 

「六喰……」

 

「そうそう。二亜ちゃんもそういうことが言いたかったわけよー」

 

「…………」

 

 なら、もう少し伝え方があるだろうに、と半目で二亜を見ながら士道は起き上がって髪をかき上げた。

 ありのまま、士道らしく。二人はそう言ってくれている。士道は士道の信じるまま、答えを出せばいい。

 

「俺のまま、か……こんな、悩んでばっかで情けない俺で、本当に――――――」

 

 覚悟を決めた狂三に対して、覚悟の定まらない士道が、皆に信じられるだけの男なのか。

 小さく、それを口に出した瞬間――――――

 

「そんなこと、ありません……っ!!」

 

 大きく否定したのは、小さな声を張り上げるように発した四糸乃だった。

 気の弱い四糸乃にしては意外で、しかし、芯の強い四糸乃だからこその叫びだと士道は目を見開く。

 

「士道さんは……情けなくなんか、ありません。ずっと私たちを助けてくれた、すごい人です……!!」

 

「四糸乃……けど、俺は……」

 

「――――私、狂三さんに憧れてるんです」

 

 強い意思の篭った、四糸乃の告白。

 それに驚いた顔をしたのは士道ではなく、隣にいた七罪だった。ギョッとした顔で、慌てて声を発した。

 

「よ、四糸乃。それは、やめた方がいいんじゃない? ううん、四糸乃がすごく優しくて、天使のような慈しみを持ってることは知ってるわ。けど、狂三に憧れるのはよくないわよ。狂三、常識人の皮を被ったとんでもない発想する狂人なんだから」

 

「……なっつん、思った以上にくるみんに容赦ないよね」

 

「まあ、いろいろあったからな……」

 

 いろいろの中身が、七罪の一件で見せた狂三の行動に収束しているとは思うのだが。

 七罪の必死の説得(?)に、四糸乃はふるふると首を横に振り、返した。

 

「狂三さんは、士道さんと最初に私を助けてくれました。その時から、綺麗で、私なんかと違って堂々として大胆で――――でも、狂三さんも悩んでました」

 

「っ……」

 

 四糸乃の言葉に息を詰まらせる。

 そう、狂三は悩んでいた。悩んだ末に、狂三は一つの答えに辿り着いた。悩んで(・・・)、辿り着いたのだ。

 

 

「悩んで、いいんです。だって……士道さんも狂三さんも、悩み続けて答えを見つけてきたから……。それを情けないなんて、思っちゃダメです……っ!!」

 

 

 蒼玉の瞳は、見違えるほど強固な光で士道を映し出した。

 ――――思えば、狂三と共に初めて救った精霊は、四糸乃だった。

 悲しいほどに優しく、慈悲に溢れた少女。あの時の狂三は正体を隠し、本来であれば手を貸す意味もなかったはずだ。なのに彼女は、力を貸してくれた。六喰まで続いた不思議な戦友とも言える関係は、あの頃から始まったのかもしれない。

 そんな四糸乃が、強い光を宿すほどに成長している。狂三に憧れた四糸乃は、だからこそ士道の背中を押せるほどになり得た。彼女は元々、強い意思を持っていたのだから。

 ああ、強いとも。いつの間にか、狂三を常に精神的な依代として、今まさに弱り切った情けない士道より、ずっと。

 

 悩んでいい。悩むことは、悪いことではない。悩み続け、答えが出ないと諦めることが悪いのだから。

 そうとも、同じだとも。今までと、同じ。悩んで、自分らしく、そしてみんなの力を借りて――――――無謀で、単純で、馬鹿な答えを見つけ出す。

 少し、ネガティブになりすぎていたのかもしれない。世界を探しても二人といない美少女の狂三を落とそうという男が、そんなことでどうすると、士道は気合いを入れ直し精霊たちに向き直った。

 

「ありがとう、みんな。ちょっと、ネガティブになりすぎてた――――連れ出してくれて、助かった」

 

「……そうよ。ネガティブすぎる考えはよくないんだからね」

 

「………………うん、そうだな」

 

 七罪ほどじゃないし、鏡を見たらどうだ? と言いたいのは山々ではあったが、それを言った瞬間『ごめんなさいしにます』モードを発動してしまいそうなので、言葉はそっと心の奥底にしまい込んだ。

 七罪も可愛いのだから、もう少し自信を持ってくれていいと思うのだが……と、士道が別の悩みに頭を悩ませていると、唐突に二亜がピンと指を立てて口を開いた。

 

「それじゃあ、少年の復活を記念して――――――」

 

 

 

 

「俺の復活記念に、なんで俺がデザート買って来なきゃいけないんだ……」

 

 二亜の発案から数分後、げんなりとした表情で、士道は買い出しへの道を歩いていた。

 『少年がビリだったから罰ゲームとしてよろしくー』とは二亜の言葉だが、あまりに横暴がすぎるそれに文句の一つも言いたくもなろう。……まあ、士道の息抜きを兼ねて気を使ってくれたのはあるのだろうが。

 その証拠にと、士道は隣を共に歩く少女の姿を見遣り、言葉を発した。

 

「無理に付き合ってくれなくていいんだぞ、七罪」

 

 そう。実はレースゲームで一位を取る快挙を成し遂げた七罪が、何故か一位特典で士道の買い物に付き合うことになったのだ。

 プロ漫画家曰く、ご褒美とのことであったが……ビリの買い出しと違いがあるのか、甚だ疑問である――――自意識過剰にいくなら、士道と二人の時間を過ごせるということではあるのだが、それを口に出せたかと問われれば、言うまでもないことだった。

 そんな士道の気遣いに、七罪は遠慮がちに声を返した。

 

「……わ、私も士道と話したいことあったから、ちょうどいいのよ――――あ、私と買い物になんか行ったらご近所さんに笑いものにされて除け者にされるわよね。ごめん、そこまで頭が回らない馬鹿な女でマジでごめ――――――」

 

「はいストップー!! 誰もそんなこと思ってねぇって!!」

 

 言葉一つ捉えて脅威のネガティブ力。これこそ七罪が七罪足る所以ではあるのだが、せめて士道といる時くらいは自信を持ってくれて構わないのに、などと先のものと似たようなことを思わざるを得ない。

 これでも前進はしてる方なんだがなぁも考えて、そうだ今後はもっと七罪の可愛さを推していこうなんて思いながら、士道は七罪の気を落ち着かせて再び歩き出した。

 

「で、七罪が話したいことってのは? 可愛い七罪のことなら、幾らでも話してくれて構わないぜ」

 

「か、かわ……っ。きゅ、急にチャラくない……?」

 

「俺らしく、って言ったのは七罪たちだろ?」

 

「わ、私は別に、付き添ってただけで何もしてないし……」

 

「謙遜するなって。本当に、助かったんだからさ」

 

「う、うぅ……」

 

 蒸気が立っていそうなほど耳まで真っ赤にした七罪を見て、やりすぎたかと士道は苦笑した。

 助かったのは本当のことだ。七罪たちが連れ出してくれなければ、あの思考ループから抜け出すことができなかった。……チャラいというのは、実はちょっと傷ついたのだが、これは対精霊用のキザったらしい士道の一つなので、軽薄と言われてしまえば返す言葉もなかったりする。

 

「まあ、可愛いのも別に冗談じゃないけど、何かあるなら聞かせてくれよ」

 

「う、うん……私のことじゃなくて、狂三の……ことなんだけど……」

 

 七罪は言いながら、切り出すべきか迷っているように数度視線を彷徨わせる。足取りも遅くなり、士道は七罪に合わせて歩幅を調整しながら――――彼女が言いたいことが何なのか、当ててみることにした。

 

 

「――――なんとか狂三の望みを叶えてやれないか、だろ?」

 

 

 士道の予想が正しいものだと確信したのは、この言葉に大層驚いた顔をして七罪が声をもらしたからだ。

 

「な、なんで……」

 

「みんな、考えてることだって思ったからな」

 

 それを、士道に話すことができない(・・・・・・・・・・・・)、というだけの話だったのだ。

 言えるわけがない。それはつまり、士道が死ぬ可能性を肯定してしまうようなものだ。恐らく七罪も、迷いながら口には出せなかったに違いない――――――たとえ、士道自身が考える可能性だったとしても、だ。

 狂三があんなにも苦しんで掴もうとするものを、誰だって助けてやりたいだろう。けれど、目的を果たすためにある士道の死(・・・・)が、どうしても邪魔をする。

 

「……俺も、考えたさ。大人しく狂三に霊力を差し出すのが、いいんじゃないかって」

 

「だ、駄目に決まってるでしょ!! そしたら士道は……!!」

 

「わ、わかってる。例えばの話だ」

 

 士道の例え話に声を上げた七罪を手でそう落ち着かせながら、これはみんなの前じゃ絶対に言えないなと内心で独り言ちる。

 勝負の内容を考えれば、士道がこんな弱気な発言をしてはならないし、皆も普通なら考えたりはしない――――――時崎狂三が培ってきたもの、皆との〝記憶〟が、そうさせるのだ。

 皆、狂三がどんな想いで士道を救ってきたのかを、知っている。

 それほどまでに優しい少女が、士道を犠牲にしてまで成さねばならぬものがあることを、知っている。

 それを知ってしまったが故の迷いであり、誰もが思いながらも言えなかったことであり……狂三の望みが、狂三自身の幸せに繋がるとは限らない証明でもあった。

 

「……この仮の話が狂三の幸せに繋がるなら、たぶん俺は――――黙って、行動してたと思う」

 

「……っ!!」

 

「自分勝手なやつだよな。狂三が望みを叶えて、幸せに繋がるなら、なんて、俺を想ってくれるみんなのこと考えないでさ――――でも、それじゃ駄目だった。あいつは……何もかも背負い込んで、全部を終わらせるつもりなんだ。――――――全てを〝なかったこと〟にして」

 

 狂三の望みが、狂三の幸せに繋がるとは限らない。

 思い出を、世界を、〝なかったこと〟にして。それを知りながら前を見続ける狂三は、美しくもあり、残酷でもあった。

 皆との繋がりが消えた世界で、狂三は何を思うのか。

 孤独の中で生きていく世界で、狂三は何を感じるのか。

 それを思うと――――士道は、動けなくなってしまった。

 

「……我が儘、なんだろうな。狂三を救いたいと思ってるのに、同じくらい狂三の願いも叶ってほしいと思ってる。けど、その先に狂三の幸せはないんだ――――――だから、嫌だって考えちまう。自分が我が儘すぎて、困っちまうよ」

 

 狂三の答えが嫌だと言いながら、士道の答えでさえ狂三を救えないから嫌だと言う。

 まるで、癇癪を起こした子供のような言い分だと、士道は吐き捨てるように呟いた。

 

「――――我が儘で、いいじゃない」

 

 それを切り裂いたのは、かつて自らの欲を無理だと諦めていた、七罪だった。

 

「え……」

 

「……前に、狂三の目的を訊いてからでも遅くないって、私あいつに言ったの――――けど、さ。今こうやって、あの時の答えを知っても、やっぱり、士道が死ぬのは嫌なの。狂三が何かを諦めるのも嫌なの。こんな我が儘なこと考えちゃうのよ。私を、みんなを救ってくれた人が、どっちか救われないなんて……悲しいから、絶対に嫌だ、って」

 

 どちらも、嫌だ。七罪はそう言いながら、それでも諦めとは無縁の意思を掲げ、キッと士道を見据えながら士道の身体にしがみついた。

 

 

「……我が儘でもいいから、叶えちゃいなさいよ……!! 私の時も、みんなの時も、士道と狂三は(・・・・・・)、そうやってきたじゃない……っ」

 

「――――――――」

 

 

 脳裏に宿る、数々の記憶。

 

 狂三との戦争(デート)を初めてから、ずっと士道の隣にいたのは、他ならぬ狂三だった。

 無理だと思える困難も、諦めかけた苦難も、士道と狂三は(・・・・・・)、皆の力を借りて乗り越えてきた。

 

 

『――――悩んで、いいんです。だって……士道さんも狂三さんも、悩み続けて答えを見つけてきたから……』

 

『――――主様は、ありのまま進めばよい』

 

『――――そんで、いつもみたいにやればいいんだよ。真っ直ぐに、自分に正直にさ』

 

 

 

 微かに過ぎる、一つの答え。

 

 夢物語で、荒唐無稽な机上の空論。

 

 いいのだろうか。士道がそれを願うことは、許されるのか――――許す許される、ではない。

士道が決める(・・・・・・)のだ。できるかできないかではなく、やり遂げる。

 これが最後だ。思い出せ。

 何のための祈りか。誰のための願いか――――お前が望む未来は、なんだ。

 そのためにお前は戦ってきた。抗ってきた。不純な想いを抱いて、願ったのではないのか。

 それを考えた時――――――士道の答えは、繋がった。

 

 

「――――そう、だったよな」

 

 

 ――――狂三が、好きだ。一緒にいたい。それだけの、ことだったのだ。

 そのために、踏み躙る覚悟はある――――世界という神を超えるエゴが、士道にはある。

 

 神を殺す少女の横に立つならば――――そのくらいは出来なければ、ならないだろう?

 

 自身の考えに呆然としていた顔が、つり上がるように笑みを浮かべるのがわかる。そのまま七罪を抱き返すと、ビクッと肩を震わせた七罪は、またネガティブな考えを得たのか、慌てたように士道から離れようとしてきた――――が、そんな彼女を、士道は抱き返すどころか抱き抱えた。

 

「うへぁっ!?」

 

「やっぱ、七罪はすげぇよ!! お前のお陰で、やっと答えらしいもんが見えてきたんだ!!」

 

「うひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げる七罪に構わず振り回すように抱き上げながら、士道は道を一直線に走り出す。

 

「ありがとうな七罪!! 礼に、今日は好きなだけ好きなものを買ってやるからな!!」

 

「こ、子供じゃないんだから――――って、見られてるっ!? 近所の人にすごい見られてるから!! おーろーしーてー!!」

 

 

 

 ――――あるじゃないか。唯一にして単純な答えが。七罪や、皆の望みを叶えられる答えが。

 二亜も言っていた。士道はもっと単純だったと。

 どうして、二者択一にしてしまっていたのか。

 いつの間にか、その方法しかないと、固定概念に囚われていた。答えを見つけ出そうとして、二つに一つしかないと思い込んでいた。

 何をやっていたんだと、さっきまでの自分を笑い飛ばす。いつから士道は、そんなに物分りがよくなったのか。諦めと物分りの悪さが、士道が持つ特技の一つであろうに。

 

 五河士道という男は初めから――――世界より、一人の女の子を選んだ大馬鹿者だというのに。

 

 

「さあ――――勝負だ、狂三」

 

 

 今こそ、『時崎狂三』の全てを背負う。

 

 自らの〝答え〟を胸に秘め――――五河士道の最後の休息は幕を閉じる。

 

 

 

 役者と、舞台と、力でさえも、全てを揃えた今この瞬間を以て――――――そして、舞台の幕は上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 人気もなく、照明が薄い〈フラクシナス〉艦橋。

 ――――転送装置が淡く光り、その中から一人の女性が姿を現す。琴里は、彼女へ向けて(・・・・・・)呆れた声を発し、出迎えてやった。

 

「なーにやってるのよ、令音」

 

「……君こそ、どうしたんだい?」

 

「休日に無断で出勤してくる友人を追い返すために決まってるでしょ」

 

「…………」

 

 ふいっ、と隈目を逸らす令音を琴里は半目で見つめ、ため息を吐いた。

 どちらかの休日で――多分、昨日もやっていたのだろうが――恐らくやるとは思っていた。無理やり取らせた休日だ。狂三のこともあるし、もしかしてと思い待機していて正解だった――――まあ、琴里の宛が外れた場合は、二度目はないとマリアが何とかしていたのだろうが。

 

「とにかく、急用じゃないなら明日までここは立ち入り禁止よ。話し相手なら私がなってあげるから」

 

「……わかった。降参だ」

 

 どうやら、本当に大した用事があったわけではないらしい。あっさりと両手を上げ負けを認めた令音に「よろしい」と満足げに告げ、二人で転送装置から〈フラクシナス〉の廊下へ渡り、休憩エリアを目指した。

 精霊たちの精神面を考慮し、〈フラクシナス〉内部には『空』を眺められる休憩エリアや、快適さを追求した宿泊環境。果てはレクリエーション施設まで存在している。

顕現装置(リアライザ)という技術によって駆動し、随意領域(テリトリー)により守られる艦だからこその切り捨て選択――――そこにウッドマンや琴里自身の〝遊び〟があることは、暗黙の了解というものだ。

 

「っていうか、時間を持て余してたなら私を呼べばよかったのよ。今日は空けられる時間があったのに」

 

 それこそ、電話一つで待ち合わせだと琴里は言い切る。

 気晴らしに『ラ・ピュセル』の新メニューを味わうもよし。ショッピングをするもよし。琴里にとって令音という女性は、階級も年齢も超えた友人なのだから。

 すると令音は、息を吐いて前置きを挟みながら返した。

 

「……ん、実はチョコを作ることに時間を使ってしまってね。気がついたら、日が落ちてしまっていたわけさ」

 

 その予想外の返答に、琴里は目を丸くして、当然のように食いついた。というか、食いつかないわけがない。

 

「え? なに、令音もチョコ作ったの? ねぇねぇ、誰にあげるの?」

 

「……言葉が足りなかったね。日頃お世話になっている皆に、さ」

 

 まあ、思った以上に面白みのない返答が返ってきたことで、結局は肩を落とすことになったのだが。

 

「なぁんだ。てっきり、令音にいい人でもできたのかと思っちゃった」

 

「……ご期待に添えなくてすまないが、ここのところ、そういった話にはあまり縁がなくてね」

 

「ここのところ……ね」

 

 確かに、令音に浮いた噂がないのはわかっているし、それを追求してきたこともない。

 頭脳明晰、あらゆる分野を一流以上にこなし、人を見下すことなく対等に関係を持つことができる。しかも、恐ろしく美人。不健康そうな隈を補って余りある抜群のプロポーション。

 大した時間も使わず、琴里がこれだけ良いところを上げられる女性というのはそういない。

 だからこそ、少しばかり興味が湧いた。バレンタインが近いというのもあるのだろうが、村雨令音という色恋沙汰と無縁の人へ、聞いてみたくなったのだ。

 

「そういえば、あんまり令音からそういう話は聞いたことなかったわね。やっぱ昔はいたの? ほら――――恋人とかさ」

 

「…………ふむ」

 

 なんと珍しいことに、頭をかいて答えに窮する令音を見てしまった。

 いつもはあまり見せない反応に、琴里は思わず立ち止まって話を急かしてやることにした。意地の悪い笑みを浮かべることも忘れない。

 

「ほーら、やっぱりいたんじゃないのー? 減るもんじゃないし、教えてくれたっていいじゃない」

 

「……ん、まあ、そうだね。いたよ。――――一人だけ、ね」

 

 ――――物憂げに、遠くを見つめ零すように告げられたそれは、琴里に何かを悟らせるのに十分なものだった。

 一人だけ、いた。その言葉は、どこか哀愁すら漂わせるものだ。けれど、琴里は同情ではなく確信を持って声を発した。

 

 

「……令音が好きになるくらいだから、いい人だったんでしょうね」

 

「……そうだね。優しい人……だったよ。とても、優しい人だった――――恐らくあとにも先にも、私の中で彼を超える人は現れないだろう。私の最初の恋人で、きっと最後の恋人さ」

 

 

 言葉を多く語ることの令音が告げる、極上の評価なのだろう。

 今なお想い続ける恋の結末に、興味がないわけではない。だが、だからこそ無遠慮に探るという行為は、琴里にとっても無粋極まるものだ。

 短く息を切り、琴里は令音に想われる幸せな人と、彼女の想いを感じ取り、それを言葉に変えた。

 

 

「――――素敵。あなたにそこまで想われるだなんて、その人は幸せ者ね」

 

「……ん」

 

 

 目を伏せて、誇らしげに。その心は未だ、想い人を秘めている。

 僅かな返答だったけれど、それだけでわかってしまえるだけの愛があった。

 この話は、それでおしまい。琴里の胸の裡に仕舞い込まれる、村雨令音のちょっとした秘密――――何だか、不思議と浮ついた気分になって、琴里は司令官らしくない自分に苦笑した。

 

「はぁ、あの二人に当てられちゃったのかしらね。浮ついた気分が収まらないわ」

 

「……そうかも、しれないね」

 

 琴里に比べれば薄い変化ではあるものの、令音にもそういった気持ちがあるのか、琴里と同じく苦笑を浮かべる。

 ――――――士道と、狂三。

 付かず離れず、とはあの二人のための言葉なのではないか、そんなことさえ思ってしまう不可思議な関係。

 

 曖昧なようで、強固。

 甘いようで、苦い。

 緩やかになったかと思えば、鋭く生まれ変わる。

 

 きっと、士道と狂三の関係は、本人たちにしかわからないものなのだろう。

 そして、もう僅かな時を以て、二人の関係は終曲を奏でる。

 

 

「――――士道、答え出たんだって」

 

 

 短くも明確な言葉を聞き、令音が驚いたように目を見開いた。

 

「……そうか」

 

「うん。どんな答えかは、その時にならないと教えられない、だなんて生意気なこと言ってたけど――――あの顔なら、心配ないわ」

 

 憎たらしいくらい自信に溢れて、唯我独尊。

 世界は自分を中心に回っているという、大胆不敵な笑み――――似て欲しくないところが、どうにも似てしまったようだ。

 それもまた、どこかで受け入れていたこと、なのかもしれない。あの兄が、分け隔てなく愛を注ぐ愛しい兄が、生涯にかけて添い遂げると誓ったのなら、必然であったのだろう。

 数々の出逢いの中で、それを成し遂げてしまった彼女へ、琴里は複雑な心境ながらも確かな肯定を持っていた。

 

「……ま、少しは認めてあげるわよ、狂三」

 

 ここにはいない、強がりで寂しがり屋な女王様へ向けて、琴里は小さく言の葉を紡いだ――――――今はまだ、この呼び方から変えてやる気はない。

 

「大丈夫よね。あの二人なら」

 

「……ああ。シンと、狂三を信じよう」

 

 誰よりも長く続いた戦争(デート)の結実を、誰よりも見守ってきた琴里たちは見届ける。

 

 

 

 

「――――信じているよ、最後まで(・・・・)

 

 

 

 ――――待ち受ける〝何か〟を、乗り越えるためにも。

 






そろそろ、この戦争のエンディングは近いようですね。

少年が悩む時間は終わり。女王へ捧げた数々の愛は、果たして生み出した答えを届けるに至るものだったのか。
誰もが少年を信じる中、最後の戦争(デート)の幕が上がります。長い勝負の行方は、勝つのは、どちらか。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。