デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百五十九話『最終戦争(ラスト・デート)

「――――本気で化けて出た?」

 

 彼女の名を呼んでからの第一声。あまりにもなものだとは思ったが、いるはずのない人物が自らの中に現れたなら、誰でもそう言うはずだ。

 もっとも、ぶつけられた当の本人は、空想にしては豊かにムッとした顔を作り、言葉を返してきたのではあるが。

 

「失礼なやつね。人が親切心で来てあげたのに」

 

「……普通の人は、親切心で人の中に入ってこないよ?」

 

 それも、消えたはずの(・・・・・・)人物がそんなことを言うのだから、少女も困惑が先行するというもの。

 ――――万由里。世界という構造から生まれた〈システムケルブ〉の管理人格であり、士道に封印された精霊たちの霊基集合体。

 そして、霊結晶(セフィラ)を持たぬが故に、士道の中へ封印され、現実での器を失いし者。

 そんな万由里が、目の前にいる。久方ぶりの再会を喜ぶべきか、まだ早い再会を焦るべきか。

 どちらにしろ、何の用があるのか。これが妄想の産物であるならば、それで終わりではあるのだが、と少女は息を吐いて声を発した。

 

「……どうしたの? というより、どうやってるの、と問うべきかな」

 

霊結晶(セフィラ)を持ってない精霊だからこそ、霊力の繋がりでやりようがある。起きたら、〈囁告篇帙(ラジエル)〉で調べてみれば?」

 

「……しないよ。余計な情報(・・・・・)は持ち込みたくないから」

 

 霊力による現象というのならば、霊力にて異能を発現する天使にわからないことなどない。まあ、与えられた情報を理解できるかは、所有者次第ではあるが――――生憎と、生まれから継がれたものは、相当に優秀であると言わざるを得ない。

 だからこそ、知るわけにはいかない。過度に持ち込んだ情報は、可能性を狭めるだけだ。

 少女の返答に、万由里は己の瞳を細く、咎めるような形に変えた。

 

「あんた、本気?」

 

「……うん。万由里と同じ――――っていうと語弊があるかな。でも、使い方(・・・)は決めていたから」

 

 ――――初めから、決めていた。

 

 あの子を見つけて、全てを賭してあの子へ。そう決めた瞬間から、少女は存在理由を定めていた。

 〝計画〟の道中に多岐にわたる修正はあったものの、少女自身の扱い方に変化はない。

 

 

「誰に渡るか、誰に渡すか。そこに違いがあるだけの話、だよ。だからこそ、最後の瞬間まで気が抜けないけれど」

 

 

 付け足すように、困ったことにね、と少女は苦笑して目を伏せた。

 まったく、最後の最後まで世話を焼かせられる。しかし、だから少女の手には全知の天使(・・・・・)が存在していた。

 少女に未来は見通せない。けれど――――未来を定めることは、できる。

 

「そうね。けど――――あんたも、大概よ」

 

 それは、咎めるような声音ではなく……どこか優しい声色。それこそ、手のかかる兄を見守る〝彼女〟のような音色に、少女はハッと伏せた目をあげる。

 

「それをするからこそ、あんた自身(・・・・・)が消えたら意味ないでしょ」

 

「え……」

 

「ほんと、世話の焼けるやつなんだから」

 

 ――――夢から、覚める。

 

 今際の夢か、それとも繋ぎ止める夢か。

 

 

「――――あんたはまだ、こっちに来るんじゃないわよ」

 

 

 少女の意志は、裁定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 二月十四日、朝。

 聖ウァレンティヌスの名を冠した恋人たちの日――――――士道にとっては、その恋人が生まれるかもしれない日。

 

「……随分と、余裕なこと考えてるな」

 

 洗面所の鏡に映る自身の顔は、思考と相まって随分と不敵に見える。……まあ、狂三がやるならともかく、士道がやると悪人面になっていないか不安になるのが、少しばかり残念だと個人評価を下した。

 

「――――よし」

 

 いつも通り顔を洗い、いつものように気合を入れ頬を張り、士道は準備(・・)に取り掛かるため洗面所を後にする。

 

 相対するは、士道にとっては最高で、神にとっては最悪の女。

 曰く、最悪の精霊。

 曰く、悪夢を齎す最凶の精霊。

 幾度となく世界を救いながら、最後には世界を破壊する精霊。

 今生の出逢いにおいて、これほど濃密で飽きがこない女は彼女をおいて他にいない。

 最高最悪で、士道の宿敵(愛しい女)――――――時崎狂三。

 

「――――約束、守らないとな」

 

 いろんな約束を、してきた。どれも大切な約束で、破るわけにはいかない士道の誓い。

 自らの願いを叶えるということは、誰かの祈りを届けられないということ。

 己のエゴを貫き通すということは、罪業を背負える覚悟があるということ。

それでも(・・・・)。士道は抗ってきた。歪みが生み出した数々の試練を打ち破ってきた――――――だから今度も、存分に逆らわせてもらう。

 そうして、自身の部屋に戻る……前に、リビングの扉を開く。――――総出での出迎えに、士道は自然と表情を和らげた。

 

「みんな……」

 

 そこには、妹の琴里を始め、四糸乃、七罪、六喰、美九、二亜。学生服を身に纏った十香、折紙、耶倶矢、夕弦。更には、令音。

 精霊、そして保護者役まで全員集合。士道の家のリビングもそれなりに大きいが、それが手狭に感じてしまうほど人の繋がりが増えたのだなと、感慨深さを覚える。

 そんな精霊たちの手には、思い思いの箱や袋があった――――バレンタイン・チョコレート。一年までは、家族から贈られるものが数個程度だった士道にとって、生涯最大量のバレンタインになるに違いない。

 

「シドー!! ハッピーバレンタインだ!!」

 

「士道さん……頑張って、ください……!!」

 

「……私のなんて、必要ないとは思うけど、一応渡すわ」

 

「むん。受け取るのじゃ、主様。感想は、狂三を連れ帰ってからでよい」

 

「お、おぉ……」

 

 十香、四糸乃、七罪、六喰から。順々に受け取り、促されるように箱の中身を確認する。

 十香は黄色い粉――匂いからして、きなこだろう。十香ならではのチョイスだ――がまぶされたトリュフチョコ。

 四糸乃は『よしのん』型。その再現率は見事なもので、食すのが大層惜しい。

 七罪は十香とはまた別に、シンプルながら細緻な技術を伺わせるトリュフチョコ。

 六喰は宇宙の光景を思い出させる大小様々な星型。

 各自、テーブルに並べてみると士道も驚くべきクオリティに、思わず感銘の息を吐いてしまうほどだった。

 しかし、息を落ち着かせる暇もなく、続々と士道の前にラッピングされたチョコが怒涛の勢いで現れる。

 

「くく、我が金色の十字陵此処に聳えり!! 士道よ、受け取るが良い!!」

 

「贈呈。受け取ってください、士道」

 

「えへへー。自信作ですよぉ。隠し味もありますからねぇー」

 

「変なものじゃなくて、ちゃんと自然物だからご安心をってねー」

 

「おい、後半二人」

 

 相も変わらず両極端に決めてくる八舞姉妹と、相も変わらず堂々と恐ろしいことを言ってのける美九と二亜。

 耶倶矢のチョコは金箔の貼られた十字架で、何とも、実に彼女らしいもの。夕弦のチョコはアラザンがまぶされた美しい銀色で、姉妹ながら違いを感じさせる一品だった。

 美九はアイドルらしい音符模様……何かが入っているのは冗談だろう、多分。二亜はブロンドミルクチョコの先端にイチゴチョコで突起を――――よそう、朝から不健全だと士道は思考を切り替えた。

 精霊たちの残るは琴里、折紙だったが――――実は、折紙のチョコは最初から見えていたりする。

 

「……折紙」

 

「なに」

 

 精巧な天使の彫像が、テーブルの上に飾られていた。

 よもや、思うまい。それこそがチョコでできた、恐ろしい完成度を誇る彫像だと。

 ちなみに折紙のものだと気がつけたのは、単純にこんなことをできるのが折紙か令音、もしかしたら多芸な七罪くらいしか思い浮かばず、消去法で折紙になったからである。そうでなくとも、天使の彫像の顔が完全に折紙を再現しているので、気が付かない方がおかしいのだが。

 まあ、なんだ。返事が届いた士道は、一言。

 

「嬉しいんだが、これはしまっておけないんじゃ――――――」

 

「抜かりはない」

 

 素早くプラスチックのカバーを被せると、あら不思議。何とも美しい美少女フィギュアを飾るようなパッケージングが為されたではありませんか。鮮やかすぎる謎の技術。その道のプロを目指しても通用する折紙の技量に、敬意を持って拍手を送りたくなった。

 

「は、はは……さすがだな――――ところで、どうやって作ったか、あとで教えてもらえるか?」

 

「用途による」

 

「…………男にも、秘密を着飾ってかっこよくなる時があるんだぜ」

 

「……狂三のホワイトデーが不安ね」

 

「まあ、少年のことだから大体予想はできるけど、実は自分用に作っちゃったりしてねー」

 

 はいそこ、七罪と二亜は黙らっしゃい。男には隠し通さねばならない秘密があるのだ。……大概、碌でもない秘密な上にしょうもないことだったりするのだが。

 額に一汗流しながら折紙の追求から目を逸らし逃れると、ラッピングの施された小さな箱が、その逸らした視界にちょうど入り込んだ。

 無造作に突き出されたそれは、赤い包装紙に黒いリボンが絡まり、この一年で見慣れた軍服姿の造り手を思い起こさせた――――言うまでもなく、琴里からだ。

 

「……激励よ。妹からなんて自慢にもならないでしょうけど」

 

「んなわけねぇだろ。琴里は最高の妹なんだから、みんなに自慢してやるさ――――それはそうと、手作りする時、鍋に直接チョコ入れたり、お湯に突っ込んだりしなかったよな?」

 

「そ、そそそそそそんなことするわけないでしょッ!?」

 

 語るに落ちるとは、こういう態度のことを言うのかもしれない。

 最高の妹発言に頬を染めてから一転、あからさまに目を泳がせる琴里に、精霊たちも何やら可笑しそうに笑っている。

 割と当てずっぽうで言ってみたのだが、どちらも似たようなことはしてしまったらしい。とはいえ、それを経てこれだけの品を作れるのだから大したものだ。

 琴里のチョコは、王道のハート型。冷静でありながら、直情的な面も両立する琴里らしい真っ向からの愛情。口にする前から、身に染みて力になる気持ちだ。

 

「……シン」

 

 そして、静かに時を待っていた、令音が士道を呼ぶ。しかし、その手には何も握られておらず、もう出勤している感じに見える白衣とそのポケットから覗く傷だらけのクマさんが目立つくらいである。

 

「……すまないね。精霊たちのチョコを考慮して、私からは控えさせてもらったよ」

 

「あ、そうなんですか……気を使ってもらってすいません」

 

 まあ、これだけの量だ。令音らしい気配りだと言える。残念という気がないわけでもないが――――それなら、普段なら士道たちのフォローのために学校へいるはずの令音がなぜ。そう考えていると、令音が微笑を――――士道でさえ、胸が高鳴ってしまうほどの微笑みを浮かべ、言った。

 

 

「……だから、代わりに言葉を贈ろう――――楽しんできたまえ」

 

「……っ!!」

 

 

 目を見開いて、感情を昂らせる。ああ、そうだ。命をかけた戦争(デート)。待ち受ける運命の選択――――だが、士道の中には、確かな歓喜があった。

 愛する女とのデートに、胸を踊らせないわけがない。

 

「――――はいっ!!」

 

 だからハッキリと、令音の激励を頷きを持って受け取った。

 士道の答えに満足げに首を縦に振った令音が一歩下がり、それぞれ士道を見遣る精霊たちを立てる。

 信頼と愛情と激励の証。それらを受け取り、士道は精霊たちを見回し、一つ息を吸い込み、声を発した。

 

「十香、折紙、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪、二亜、六喰、令音さん――――琴里。みんな、ありがとう」

 

 皆が士道を想い、背中を押してくれている。

 それが、士道と狂三の紡いできた道の証明でもあり――――それを確信したからこそ、士道は皆に告げた。

 

 

「みんなに頼みがある――――俺が、狂三とのデートでどんなことをしても(・・・・・・・・・)、最後まで俺を信じて、手を出さないでほしいんだ」

 

『……!!』

 

 

 士道の言葉に、精霊たちが驚きを露わにするのも無理はない。

 最後まで。その意味を、彼女たちは知っている。けど、どうしても士道は譲れないのだ。僅か一手の均衡の崩れが、辿り着くべき未来を遠ざける。

 士道は士道の思い描く未来を創るため、己を貫き通す覚悟を決めた。それを、皆にもわかってほしい。

 胸に手を当て、士道は真っ直ぐに過去と未来(・・・・・)を見据えた。

 

「頼む――――俺と狂三を、信じてほしい」

 

「――――無論だ」

 

 真っ先に、返したのは、水晶のように美しい瞳を輝かせた、十香。

 

「信じているぞ、シドー」

 

 士道と、十香と士道が信じる狂三を。少ない言葉ながら、全幅の信頼を持って。

 それは何も、十香だけではなかった。

 

「当然。私も同じ」

 

「はい。私も、よしのんも……信じます」

 

『キバって行っちゃいなよー、士道くぅん』

 

「かか。然らば!! 我ら御子の加護があらんことを――――――信じてるからね」

 

「信頼。全幅を、士道と狂三へ」

 

「これが終わったらぁ、狂三さんも含めて、本当の意味でみんなでコンサートに来てくださいね、だーりん」

 

「……まあ、信じるって決めてから、ずっと信じてるわよ」

 

「あっはっは。みんな若くて素敵だねぇ――――柄じゃないけど、本気で幸運を祈らせてもらうよ、少年」

 

「むん。案ずるな。主様の心のままに――――信じておるよ」

 

 折紙、四糸乃に『よしのん』、耶倶矢、夕弦、美九、七罪、二亜、六喰。

 

「――――まったく、こんな時でも勝手なんだから」

 

 そして、琴里。

 

「いいわ。ケツはこっちで持ってあげるから、好きにやっちゃいなさい。ただし、わかってるわね?」

 

「ああ。約束したからな――――あとは、頼む」

 

 狂三を救い、それで終わりではない。士道が琴里と約束したのは、完膚無きまでのハッピーエンド。今はまだ、その道中なのだから。

 頷く士道に、満足げにニヤッと笑った琴里が、返した。

 

 

「ええ。それじゃあ――――さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 始まりの戦争(デート)であり、もっとも長く果てない戦争(デート)

 その最後の火蓋を、お決まりの台詞で、切って落とした。

 

「……さて、と」

 

 それはそれとして、だ。士道はテーブルに並べられたチョコを丁寧に箱に戻してから、それを自室へ運び込むために分けて手に取って、皆に声をかけた。

 

「じゃあ、十香たちは先に行っててくれ」

 

「む。シドーはどうするのだ?」

 

「あー……ちょっと、な」

 

 秘密だ、と人差し指を唇に当てる。すると、二亜が含みな笑みを浮かべて声をかけてくる。

 

「おんやぁ。その顔は悪いこと考えてる顔だぞぉ、少年くん」

 

「はは、どうだかな。そうだ――――戦いは正を以って合し、奇を以って勝つ、だったか?」

 

「お、くるみんの真似? キザだねぇ」

 

 孫子の兵法の一節で、有名な言葉だ。戦いとは、正攻法を用いて敵と対峙し、奇策を巡らせ勝つ、という意味がある。

 かつて、二亜に向けて放った狂三の言葉を覚えていたのか、懐かしげに肘で士道の脇腹を突く二亜。

 それに対し、士道も不敵に笑って――――自分らしい答えを、大胆不敵に返した。

 

 狂三はかつて、こうも言った。努力がなければ奇策にはなり得ない。元の実力があってこそ、奇策なり得る、と。

 ならば、士道に出来ないことはない。ここにいるのは、数々の精霊をデレさせ――――稀代の才女・時崎狂三と渡り合う、世界に二人といない男なのだから。

 

 

「さあ、さあ。それは見てのお楽しみ。俺は俺なりのやり方で――――正攻法と奇策を、同時に(・・・)やるだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……あら?」

 

 教室の扉を開いた瞬間、狂三は不思議な光景を見た。

 ――――士道が、いない。

 

「おお、狂三。おはようだ!!」

 

「おはよう」

 

「……ええ。おはようございます、十香さん、折紙さん。」

 

 十香、折紙が狂三に気が付き挨拶をしてくる。当然、狂三は内心に困惑を隠しながら返した。

 二人がいるのに、士道はいない。今日という日は、昨日までとは違う。だからこそ、士道がどう動いてくるか、見物だとは思っていたが……当の本人がいないとは、予想外だった。

 戦争を制するは情報。今さら、余計な勘繰りは無粋というものだが、まあ世間話の戯れなら構わないだろうと狂三は声を発した。

 

「お二人とも、士道さんは如何なされましたの?」

 

「むぅ……シドーは秘密だと言っていたのだ」

 

「右に同じ」

 

「……ふうん」

 

 どうやら、情報の隠匿は完璧なようだ。まあ、仮に知っていたところで狂三に話す義理などないだろうが。

 何を企んでいるのやら、と期待を込めて先手を譲ることにした狂三は、微笑と共に言葉短く返し自身の席へ向う。

 そして、二人の横を通り過ぎる際――――折紙が、声を発した。

 

「――――あなたが、羨ましい」

 

「……はい?」

 

 狂三が立ち止まり、聞き返す頃には、折紙は無表情のまま何事もなかったかのように席に着いた。

 はてさて、何が羨ましいというのか。折紙が羨ましいと思うような出来事が、この先にあるのか。知れる可能性のある狂三の予知は既に失われているし、よしんば残っていたところで、士道の行動を予測しきれるとは思えなかったが――――できたところで、不躾というものだ。

 知らぬから、予測しないからこそ、楽しい(・・・)のではないか。つまるところ、先手を譲った以上はお手並み拝見、というのが狂三の取るべき行動といったところか。

 そうこう算段を立てているうちに、始業のチャイムが鳴り響き、程なくしてクラス担任の岡峰教諭が出席簿を抱えて入ってきた。

 

「五河くん――――あれ? 欠席、でしょうか……?」

 

 クラスの出席を取るにあたり、『五河』の苗字を持つ士道は早い段階で呼ばれる。岡峰教諭が困惑しているところを見るに、どうやら欠席が前もって伝えられているわけではないらしい。

 

「おい。まさか俺たちの努力が実ったんじゃ……!?」

 

「そうに違いねぇ……やった、俺たちはやったんだ……っ」

 

「五河死すべし……絶滅タイムだ……」

 

「…………」

 

 まあ、クラスの男子のように怨嗟の念にて妙な憶測を立てている者もいたが、それは置いておこう。士道が女性関係充実者なのは事実ではあるし、世がバレンタインデーともなれば多少は目を瞑ることにしている。度が過ぎたものがいるなら、とっくに対処されているに違いない。何せ、あの士道の友人なのだから。

 

「……味気ない、ですわねぇ」

 

 ポツリと、そんな言葉が漏れた。

 行儀悪く頬杖をつき、窓の外を眺める。いつもなら、輝いて見える教室が何とも味気なく見えた。外の景色も、同じだった。

 何故か、だなんて。今さら心に問うまでもない。

 

 ――――そんな、狂三の心を読んだかのような瞬間。

 

「……!!」

 

 教室の扉が開き――――――運命の人は、現れた。

 

「――――――」

 

 時が止まったかのような、静寂。

 

 その少年を見た瞬間、狂三の心音は幾許の猶予もなく跳ね上がった。

 どんな凄惨な戦場より、どれほどの因縁のある仇敵が現れた瞬間より――――――五河士道を見つけた。それだけで、何十、何百倍と、死んでしまいそうになるほど、色鮮やかに世界が映る。

 

「……」

 

 扉を開けたその時から、士道の瞳は狂三だけを映していた。証拠に、今まさに士道は狂三を見てフッと微笑んだ。それだけで、心音がまた一つ鐘を鳴らす。

 こつり、こつり。教室を歩く足音が酷く大きく響き渡る。

 彼の姿は、学業のための制服ではなかった。言わば、勝負服――――たとえば、愛しい女と逢瀬を堪能するためのもの、とか。

 しかし、それを咎められるものはいない。誰もが、彼の圧倒的な雰囲気に呑み込まれている。冗談でも、ましてや誇張でもなく、本気で少年は空気を一変させた。

 嗚呼、嗚呼。だが、至極当然だ。彼はもはや、狂三と出逢った頃の幼い少年ではない。

 不可能と思える所業を成し遂げ、難攻不落の精霊たちをデレさせ、力を封印してきた者。大人びて、最高に素敵になって――――今や、狂三と渡り合える唯一の男なのだから。

 

 士道は迷いなく狂三の前に立ち、仰々しく、超然とした立ち振る舞いで、手を差し出した。

 

 

「約束通り――――君の時間を、いただきに参りました」

 

 

 今ある場所を、最高の舞台にする。その自信と、自負があった。

 士道を見た瞬間、彼が何をしようとしているのか、すぐに理解できた狂三は――――その手を取ることに、初めから迷いなどなかった。

 

 

「お嬢様。お手を、どうぞ」

 

「――――わたくしでよろしければ、喜んで」

 

 

 狂三が手にした全てを、この瞬間に捧げるような優雅さで。自らですら、完璧と思える仕草で、士道の手を取り、立ち上がる――――瞬間、狂三の身体は容易く浮き上がる。

 

「――――!!」

 

「では、参りましょう」

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑いながら、狂三は合わせるように士道の首へしなやかに己の手を絡ませる。

 まったく、これでは逢瀬というより、愛しの方に攫われているようだった――――ときめかないわけが、ないだろう。

 

「じゃあ、先生――――五河士道と時崎狂三は、これから二人でデートに行くので、早退します」

 

 狂三を抱き上げながら、そんな素行不良な生徒まっしぐらなことを笑顔で言ってのけた士道は、開け放たれた扉から教室を後にした。

 

 閉じられる扉――――数秒後、学校中に響き渡る文字通りの阿鼻叫喚が溢れたことは、一生忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あら。情熱的ですわね、士道さん」

 

 クラスから聞こえる阿鼻叫喚を遠くに、騒ぎが始まる前にさっさと学校を出ようと足を早める士道の手の中で、狂三が実に楽しげな(・・・・・・)微笑みを浮かべていた。

 士道も、始めてしまった責任と高揚感を表に出すように、笑顔のまま応じる。

 

「いやいや、これでも抑えた方だぜ。精霊の力を使って何かやろうとも考えたけど、それは可愛い妹に迷惑かけちまうからな」

 

「うふふ、英断ですこと。ですが、士道さんがこのような手段を自ら選ばれるとは、意外でしたわ」

 

「――――だって、こういうの狂三は大好きだろ?」

 

 優雅で、華麗で、大胆不敵。

 そんな彼女なら、好む。それを確信していたからこそ、士道は叩き込まれた技術の全てを駆使し、最高に彼女好みな大掛かりな演出(・・・・・・・)を、全力で行ったに過ぎない。

 士道の迷いのない答えに、狂三は目をまん丸にして……堪えきれないと言わんばかりに、笑い声をあげた。

 

 

「きひ、き、ひひひひひひッ!! ええ、ええ。そうですわ、そうですわ。最高ですわ、素敵ですわ。感激ですわ――――――わたくし、大好きですもの」

 

 

 言って、極上の微笑みを見せてくれた狂三は――――それだけで、士道の行動に価値があったのだと思わせてくれた。

 けれど、こんなものじゃない。今日の時間(・・・・・)を、お互いに。そう、言ったから、約束したから、始めるのだ。

 

 

「お気に召してくれて、光栄だ。さあ――――俺たちの、最高の戦争(デート)を始めよう」

 

 

 高々に、士道は最高の一日を謳った。

 

 

 ――――最終戦争(ラスト・デート)の、始まりだ。

 





奇策を奇策たらしめるのは基礎の正攻法があってこそ。まあ、これまでの戦争(デート)を乗り越えてきた少年には、言うまでもないことでしたね。

在るべき運命に逆らい続けた二人の戦争(デート)。もう、多くは語れないほど少なくなってしまいましたね。少女の計画は、裁定者が下した結論は、少年の答えは……五河アンサー、クライマックスは、すぐそこに。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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