デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百六十五話『未来を刻みし悪夢の瞳(ニュー・ナイトメア・クロニクル)

「う……、く……っ」

 

 自分じゃない『自分』が、いる。

 士道の中にある、士道であって士道ではない者(・・・・・・・・・・・・・)。その感覚は、侵食ではなく融合(・・)と表現した方が適切かもしれない。

 襲い来る絶え間ない頭痛の中で、誰かに抱えられる感覚を覚える――――狂三だ。同じく襲っているであろう痛みに顔を顰めながら、士道を庇うように狂三が立った。

 

「っ……!!」

 

「…………」

 

 影から抜き出した古式の長銃を構える狂三。しかし、目の前に立つ可憐な少女はただ微笑むだけで、銃口に恐れることはない。

 そう。狂三を敵として見ていない(・・・・・・・・・・・・・)。その視線から感じられるのは、敬意と――――親愛(・・)

 

「あ――――」

 

 そして、朧気な意識の中で、士道は彼女(・・)を見た。

 少女の背後の空間が歪み、一人の女性が現れた。分厚い隈で容貌を彩り、軍服のポケットに常に離すことのなかった傷だらけのクマのぬいぐるみを携えた女性。

 

「令……音、さん……?」

 

 村雨令音。〈ラタトスク〉の解析官、令音その人だった。

 なぜ、こんなところに現れたのか。どうやって、何もない虚空から出現して見せたのか。どうして、魔術師(ウィザード)や精霊の所業を、令音が行えるのか。

 

「なる、ほど……っ」

 

 疑問の答えは、狂三が吐き出した。士道より早く頭痛から抜け出し、殺意(・・)を剥き出しにした顔で少女と、そして令音を睨みつけた。

 かたかたと震える銃は、今にも銃口から弾が爆裂しかねないほどの迫力がある。それは知人に向けるものではなく、仇に向けるものだ(・・・・・・・・)

 

「そういう……ことでしたの。迂闊でしたわ。愚かでしたわ。あの子(・・・)と同じ力で、わたくしの違和感を〝消失〟させていたなんて……!!」

 

「……あの子ほど上手くはないよ。君の目から逃れられたのは、本当に運が良かった――――いや、君のおかげだね、シン(・・)

 

 その呼び名は、士道の意識を何よりも奪った。いつもの調子でいる令音への違和感ではなく、それ(・・)に意識を持っていかれてしまう。

 

「ああ……そう、か――――――」

 

 霧が晴れていく。狂三から一足遅れて、士道はようやく気がついたのだ。

 謎の少女、いいや――――澪に覚えていた強い既視感。原因は、少女の雰囲気が令音と酷使しているからに他ならなかった。

 銃口を向けられてなお、微笑みを崩さない澪に対し、狂三はギリッと歯を噛んで叫んだ。

 

「あの子を、どうしたんですの!?」

 

「……あの子はもう、『私』だよ」

 

「戯言を!!」

 

 今すぐにでも引き金を……そんな雰囲気の狂三を見遣り、澪はふぅと息を吐いて声を発した。

 

 

「……君は、とっくに気づいてるんじゃないの? 気付かないふりをしているだけで――――シンのこともね」

 

「――――ッ」

 

 

 狂三が心臓を撃たれたように息を呑む。彼女の動揺が手に取るようにわかる。何を話しているのか、理解し始める(・・・・・・)

 頭痛が、段々と引いていく。それと同時に、令音が澪を背から優しく抱きしめて――――光を放ち、二人のシルエットが結合(・・)する。

 

「な――――」

 

 瞬間、澪が纏っていた淡い光が意志を持っているかのように姿を変え、()を生み出していく。

 極光の如き幻想的な色を描く、光のドレス。背に、十の星を頂く白き羽を携えた光臨。そのうちの二つ、漆黒と灰の星が煌々と輝いている。

 その名は、霊装。精霊が纏う絶対の鎧であり、城。

 狂三たちの霊装が女王の装束だというならば、澪のそれは正しく――――『神』。神話に生まれた『神様』を想起させるものだった。

 

「……っ」

 

 村雨令音、否。

 

「澪……」

 

 崇宮澪。士道ではない士道――――崇宮真士が名付けた、名。

 始源の精霊。原初の零。識別名――――〈デウス〉。神の名を冠する最強にして究極の精霊。

 

 ああ、ああ。そして、崇宮真士が、愛した女(・・・・)

 

 三十年という因果の果てにて、シンと澪は、再会した。再会してしまった(・・・・・・・・)

 

「士道、さん……?」

 

 士道が澪の名を呼んだその時、狂三が声を震わせた。

 伝わってくるものは、恐れ(・・)。その意味を理解し、感じた士道は安心させるよう狂三に向かって士道として(・・・・・)笑いかけた。

 

「――――ああ、俺だ」

 

「ぁ……」

 

「……俺が話す。だから、狂三」

 

士道がまだ存在する(・・・・・・・・・)ことへの安堵の声。狂三もまた、士道を通して見てしまったのだ。崇宮真士の記憶(・・・・・・・)を。

 士道とシン。澪と令音、〈アンノウン〉。聞きたいこと、言いたいことが山ほどある。そして、恐怖で震えかけた(・・・・・・・・)腕を押さえつけ、士道は狂三を守るように立つ。

 その時見せた苦渋の表情は、きっと納得していないのだろう。けれど、この切迫した状況が狂三を前に出させることはない。

 

 

「……シン」

 

 

 感極まる、狂気に満ちた愛(・・・・・・・)

 万感の想いを乗せて、澪が言葉を紡いだ。

 

 

「――――ずっと、会いたかった。ずっとずっと、逢いたかった。君が死んでしまってから、それだけを想って、今まで生きてきた」

 

 

 あの日から――――シンが、アイザック・ウェストコットの凶弾に命を奪われた、あの日から。

 澪は本当に、それだけを想って生きてきたのだろう。

 

 

「……シン。シン。君に伝えたいことが山ほどあるんだ。君に言えていなかったことがたくさんあるんだ。それこそ、とても語り尽くせないくらいに。ああ、でも、でも大丈夫。今度の私たちには、いくらでも時間があるんだから。どれだけでもお話しよう? 何日かかっても構わない。何年かかって構わない。――――ねぇ、今度こそ、ずっと一緒だよ、シン」

 

「……、――――」

 

 

 ああ、その想いにどれほどの愛おしさがあることだろう。

 ああ、その歩みにどれほどの苦しみがあることだろう。

 だからこそ、言わねばならない。問いかけなければならない。五河士道の罪(・・・・・・)を。

 

「俺も――――会えて嬉しいよ、澪」

 

「……!! シン――――」

 

「ずっと放っておいてごめん。寂しい思いをさせてごめん。先にいなくなってしまって――――本当に、ごめん」

 

「そんな、君が謝ることじゃあ――――」

 

「――――でも」

 

 そうだ。でも(・・)これ(・・)はなんだと、士道は己の額に手を置いた。

 士道とシンだけではない。先の狂三と、断片的ではあるが澪の体験した記憶もまた、士道の脳に蓄積されていた。

 

 

これ(・・)は……何なんだ? お前は――――『シン』を生き返らせるために……一体何を(・・)してきたんだ?」

 

 

 それはもはや、問いかけの意義を無くしたものなのだろう。

 だって、士道の中にある記憶が全て本物なら、それが答えになっているではないか。

 だけど、認めたくなかった。認められなかった。士道と、シンが否定していた。

 士道という存在の足元に、数多の少女の亡骸が横たわっているなど――――時崎狂三(愛する少女)の受けた悲劇が、全て士道(シン)という存在のためであったなどと。

 澪がそんなことをするはずない――――被害者(・・・)がいる限り、その理屈は初めから破綻しているというのに。

 

 

「――――なんでも(・・・・)、でしょう? わたくしと同じく(・・・・・・・・)

 

「…………ッ」

 

 

 被害者は――――運命を弄ばれた少女は、同時に加害者としての立場を迷わず選んだ。

 澪は、それを受けても真っ直ぐに見つめ返す。

同じ(・・)なのだ、二人は。被害者と加害者でありながら。士道にはそれがわかる。

 

 

「彼を、崇宮真士さんを生き返らせるために。そのためだけに、あなたは全てを犠牲にした。あらゆる想いを踏み躙ったッ!!」

 

「……うん。なんでもしたよ。考え得る限りのことをした。シンともう一度会うために必要なことは、全てした。そうしないと、きっとシンにはもう二度と会えないと思ったから」

 

「そのために、それだけのために、あなたは紗和さんを……!!」

 

「そう――――狂三。君が、『士道』やあの子を犠牲にして、『私』を消し去ろうとしたように」

 

「――――――!!」

 

「っ……狂三、聞くな!!」

 

 真実は、パンドラの箱。開けてはいけない――――その中には、絶望が眠っている。

 澪は、狂三の恐れを淡々と突きつけた。真実だけを、淡々と解き放った。

 

 

「……『士道』がいるのは、シンが死んでしまったから(・・・・・・・・・)。私と出逢ってしまったから。過去を変え、三十年前のあの日を〝なかったこと〟にする。それが何を意味するのか――――君は、気づこうとしなかった(・・・・・・・・・・)

 

「っ、あ……」

 

「狂三。君の決意に敬意を評する。君の聡明さに感謝する――――そうしなければ、君の心は死んでいた(・・・・・・・・・)。そのおかげで、私はシンにもう一度会うことができた」

 

「それ、は……」

 

 

 ああ、なんて皮肉があるのか。時崎狂三が目指していた新しい世界。精霊が存在しない世界。崇宮澪が生まれない世界――――五河士道が、存在しない世界。

 あまりに単純な理屈。澪によって作り直された(・・・・・・)士道。それは、澪を否定することによって、容易く消滅する運命にある。

 つまり狂三は、己の恋心によって生み出された迷いで、澪の手助けをしていた(・・・・・・・・・・)のだ。

 迷いの中で、誰よりも士道を守ることで。

 迷いを振り切ったとしても――――せめてと願った未来は、存在しなかった。

 

「澪ッ!!」

 

「――――その通り、ですわ」

 

 遮るように叫んだ士道の声を、他ならぬ狂三が塞き止めた。

 

 その絶望では、今の狂三(・・・・)の心を折ることはできない。そうだ――――狂三はもう、希望と手を重ねたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたくしは、悲願を最善と偽り目を閉じた。覚悟の程で比べるのなら、あなたの腐れた夢とやらにかける覚悟の方が上だったのでしょう」

 

「……けれど、その悲願は私を滅ぼし得るものだった。違うかい?」

 

「違いませんわ。わたくしがその道を選んだならば、必ずあなたの存在を消滅させていたことでしょう。もっとも、今は意味のない仮定の話ですけれど」

 

「狂三にしては、おかしなことを言うんだね。過去を変えるのに、その仮定はもう無意味だと言うの?」

 

もしも(・・・)。それは、狂三が語ることにより、意味のないものが意味のあるものに変わる言葉。

 もしも。そう、もしもあの時、あの瞬間、時崎狂三が士道を犠牲にできていたのなら――――崇宮澪に、隙を見せることなどなかった。

 それは、意味のない仮定ではないと澪は語る。今からでも過去を変え、狂三が士道を殺せば(・・・・・・・・・)、澪を殺すことが叶う。

 

 ああ、ああ。それはなんて――――意味がなく、くだらない願いなのだろうか。

 

 

「無意味ですわ――――わたくしは、もう選びましたのよ」

 

 

 故に、時崎狂三は澪と相対する。決して勝てないと知りながら、過去(数分前)へ戻ることはしない。まだ出来ない(・・・・・・)

 

「お互い、やってはいけないこと(・・・・・・・・・・)など、説教をいただく必要もありませんでしょう?」

 

「……うん。そうだね。私たちにはそれしかなかった(・・・・・・・・・・・・・)

 

 そう、そうだとも。誰かの願いを踏み躙り、人を犠牲にする。それは悪だ。修羅の道だ。言い訳はしないし、できない。

 

 たとえ過去を変えようとも、消えない。

 たとえ愛する者を手にしようとも、消えない。

 

 狂三と澪は、煩悶など飽き飽きするほど繰り返した。罪は罪。何があろうと、被害者と加害者であろうと、変わりはしない。

 

 ただ、少女は望んだ。精霊は、選んだ。これが最善だと、妥協も言い訳もしない。狂三は全ての未来を望む(・・・・・)

 

 

「だから、あなたに返す答えはこれですわ――――士道さんと出逢わせてくれたことだけは、感謝して差し上げます」

 

 

 再び、金色の時計が動き出す。回り出す。輝きを放つ。未来を、視るために。

 脈絡のない狂三からの言葉に、澪は遥か過去では見たこともないほど目を丸くしていた――――あの子も、ローブの下では、こんな顔をしていたのだろうか。

 

「…………驚いた。もう、君から感謝の言葉なんて、得られないと思っていたから」

 

「わたくしだって、予知どころか考えても見ませんでしたわ」

 

「ふふ、そうだろうね。やっぱり、シンは凄いや」

 

「ええ、そうですこと。やっぱり、士道さんは最高ですわ」

 

 場違いなほど崇められた当の本人は、照れていいのか焦ればいいのかわからない顔で百面相をしていた。

 まったく、本当に世話が焼けて、目が離せなくて、愛らしい人だ――――だから、渡せない(・・・・)

 ふぅ、と。澪が憂いを帯びた息を吐く。何かを、躊躇っているかのように。

 

「君を説得(・・)できれば一番だったんだけど、それは難しいみたいだね」

 

「先のものが説得(・・)に当たるかはともかく……異なことを仰いますのね。わたくしを殺すこと(・・・・)が目的なのではなくて?」

 

「な……!!」

 

 狂三の予想に士道が目を見開いて声を上げ、直前に見たあの子(・・・)を思い出したのだろう。悔しげに歯噛みをした。

霊結晶(セフィラ)。十の繋がりを宿す器。崇宮真士。ここまで出揃っていて、答えを出せないほど能天気な頭はしていなかった。

 けれど、澪はかぶりを振った。そして、予想外な言葉を発した。

 

「ううん。君を殺す気はない――――君だけは、殺せないんだ(・・・・・・)

 

「……どういう意味ですの?」

 

 意味を掴みかねる。澪を前にして問答などしている暇はないのだが、少しでも時間を稼ぎたかった狂三にとっては好都合とも言えた。

霊結晶(セフィラ)を持ち、〈刻々帝(ザフキエル)〉という唯一彼女を脅かす可能性がある天使を持つ狂三を、殺す気はないだなんて。大体、先の行動と矛盾して――――――

 

「――――あの子の、霊結晶(セフィラ)……?」

 

 無意識のうちに零れた言葉を、澪は寂しさを感じさせる微笑を以て受け止めた。

 

「そして、あの子の願い(・・)、かな――――でも、君を見逃しては(・・・・・)あげられない」

 

「……っ!!」

 

「狂三、逃げろ!!」

 

 刹那、霊力が膨れ上がる。感じたことのないほどの圧力。恐らく、生きとし生けるもの全てが、この原初の神には及ばない。

 士道が狂三を逃がそうと立ち塞がる――――ああ、それは逆だろう(・・・・)

 

「あなた様は、こちらですわ!!」

 

「え――――おぉっ!?」

 

 影から躍り出た分身たちの腕が、士道を空中へと逃がす。それを追うように狂三は銃をこめかみに構えて(・・・・・・・・)、澪と言葉を交わした。

 

「やはり、君は聡明だ」

 

「あら、あら。澪さんに褒められたのは、いついらいかしら」

 

 そうして、笑いあった。同じでありながら、ただ一つだけ、致命的な違いを除いた言葉を解き放って。

 

 

 

「――――士道(・・)は、渡さない」

 

「――――シン(・・)は、渡さない」

 

 

 

 ――――絶望的な戦いが、幕を開けた。

 




同じ人を見て、けれど違う者を見ている。

評価が減ってコフるのが定期的になってきた、どうもいかです。メンヘラかな? 評価と感想はモチベです、遠慮なしに積極的にくださると嬉しい(俗物ここに極まれり)

当然といえば当然の因果にして始まり。士道と真士の存在は共存しない、できない。それを見て見ぬふりをして、悲願を果たしてしまった時……士道の存在が違う誰かに置き換わるのか、それとも特異点となり誰も覚えていない存在として新たな世界に投げ出されるのか……まあ、今のなってはありえない可能性になったわけですがね。

さて、悪夢の瞳は華開き、時計の針は再び未来を刻む。けれど、原初の絶望と相対してしまった。これからどうなるのか……ていうかメインヒロインのPT正式参入に165話もかけたんですよね。なげぇ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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