デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百六十六話『希望(みらい)を信じる者たち』

 

 

「――――俺が話すって言わなかったか!?」

 

 【一の弾(アレフ)】の力で加速し、神速にて街中を駆け回りながら士道は自身を抱き抱える狂三へ向けてそう声を張り上げた。

 体感時間がおかしくなっていなければ、つい数分前、士道と狂三は始源の精霊――――崇宮澪と、再会(・・)を果たした。

 狂三は精霊として、士道はシン――――崇宮真士として。そうして、気がつけば分身体に投げ飛ばされ、いつの間にか狂三に抱えられてゴーストタウンと化した街を疾走している。

 その手前で、士道は澪と話があったのだ。まだ、シンとして伝えなければならないことがある。だが、狂三は面白くなさそうな顔をして返してきた。

 

「あら。士道さんが澪さんを説得できる札をお持ちなら、出し惜しみせずに教えていただきたいものですわ」

 

「そ、それは……」

 

ありませんわ(・・・・・・)。よしんば有り得たとして、あの場で引き出せるものとも思えませんわ」

 

 それはいけないことだと、士道(シン)が言えば止まるのか。否、そのようなことはありえない。

 生半可な気持ちで、澪は三十年の時をシンと再会するために費やしてきたわけではない。

 悪を為そうとしたわけではない。

 快楽のために血を望んでいたわけではない。

 

 ただ、必要だったから(・・・・・・・)。考えて、考えて、考えて――――考え抜いた上で、澪は修羅の道を選んだ。皮肉にも、『時崎狂三』が選んだ道と同じ、血塗られた道を。

 

 そんな彼女に、何を告げればいいのか。嫌というほど同じ覚悟を見て、悲しみを覚えた士道に、すぐに出せる答えではなかった。

 それに、と狂三は言葉を続けた。

 

「――――澪さんは、あなた様を消すつもり(・・・・・・・・・・)なのですから」

 

「――――――」

 

 それは、残酷な予測であり、事実(・・)なのだろう。

 士道は、そのために『作られた』。令音……澪は、士道を見守るために傍にいた。そして、器としての完成が近い今、真士が澪と永遠に寄り添える肉体を手にした今――――『士道』という人格は、必要ない。

 自分が消される。勝手に生み出されて、なんて理不尽な仕打ちなのだろう。けれど、この上ないほど残酷な死に方(・・・)を選ばされようとしているのに、士道は……恨みではなく、寂しさを覚えてしまった。

 僅かばかりに表情を曇らせたことに気が付かれてしまったのか、高速飛行の最中一瞬ビルに足を付け、更なる加速を付けるついで(・・・)に士道を自身の胸に押し付けるように持ち替えた。

 

「むぐっ!?」

 

「涙を流したいのであれば、それだけの時間は稼いでみせますわ」

 

「っ……」

 

 泣きたい。ああ、そうとも。悲しい気持ちで胸が痛い。眼球が揺れて、奥底が熱くなる。

 でも、と。士道は微かに首を振った。

 

 

「今は、いい」

 

「ええ、ええ。感傷に浸る時があるならいいでしょう。悲しみにくれる時が許されるのなら、そういたしましょう。ですが今、わたくしたちがすべきことは他にありますわ――――あの子の行動を、無駄にしないためにも」

 

 

 きっと、言葉は彼女自身にも向けられたもの。

 泣いて、喚き散らし、どうしてと問いかけをぶつけたい。誰より、狂三はそう思っているはずだ。

 だが、それを出来ないことを誰より知っているのも、狂三だ。悲劇に嘆くだけならば、あとでいくらでも出来る。士道たちは今しか出来ないことをするしかないのだ。

 士道はこくりと頷き、言葉を返すため声を発した。

 

「ああ。今はとにかく、澪を止めるしかない。……それで、狂三はどこへ向かってるんだ? 琴里たちと合流するのか?」

 

「いえ。今回ばかりは、〈フラクシナス〉逃げ込んでだとしても安全とは言えませんわ。澪さんの最優先は士道さんとはいえ、恐らく残りの霊結晶(セフィラ)の回収も狙いでしょうから」

 

霊結晶(セフィラ)の回収――――まさか」

 

 嫌な予感が過ぎる。〈アンノウン〉の霊結晶(セフィラ)と、少女が所持していた二亜の霊結晶(セフィラ)。恐らくはその二つが澪の手に渡り、その瞬間から澪の背にあった十の星のうち二つが光り輝いた。

 澪はシンを自身と同じ次元へ引き上げるため、霊結晶(セフィラ)を渡し人を精霊にしてきた。であるならば、士道が精霊を封印していき器としての成長を果たした時、未だ繋がる精霊たちの霊結晶(セフィラ)をどうするのか。答えは……狂三に対して行った行動から、察するに余りある。

 無言で頷いた狂三を見て、士道は苦々しく顔を歪めた――――――

 

「あ、れ……?」

 

 だが、そこで士道の脳裏に疑問が浮かび上がった。

 

 折紙、二亜、狂三、四糸乃、琴里、六喰、七罪、耶倶矢と夕弦、美九、十香。

 

 十一人の精霊と、十の天使。澪が生み出した力で器を満たす。では――――取り込まれた〈アンノウン〉の霊結晶(セフィラ)は、なんだ(・・・)

 

「士道さん?」

 

「っ……い、いや、なんでもない。〈フラクシナス〉じゃないなら、どこか目当てがあるのか?」

 

 とにかく、今は澪を止めなればならない。しかし、相手は精霊の生みの親にして原初の精霊。どのような力を持っているのか、想像することさえ難しい。

 だけど、諦めるわけにはいかない。ようやく、狂三と手を繋ぐことが出来た。〈アンノウン〉への道も――――そんな瞬間に訪れた絶望を前に、士道の心はまだ死んでなどいなかった。

 

「ええ。予測(・・)通りであれば、そろそろ……」

 

「そろそろ――――ッ!?」

 

 なんだ? そう聞こうと口を開いた直後、士道はその口を閉じなければならなかった。

 正確に言えば、狂三の手に塞がれ閉じられた。でなければ、急な旋回によって思わず舌を噛んでしまいかねなかっただろう。

 刹那。避けた(・・・)先に爆発音。それが遠く聞こえるほど、狂三はコースを変えながら街中を駆け巡る。

 澪の攻撃か。そう思ったのもつかの間、士道の視界の端で攻撃の正体(・・)が映り込み、目を見開いた。

 

「〈バンダースナッチ〉!?」

 

 街を埋め尽くす人形の束。いつの間に――――いや、恐らく元からいたのだ。ただ、狂三が速すぎるあまり、視界に入る頃には豆粒程の大きさから、間近で確認できるほどの距離に来ていたのだと理解した。

 それだけではない。軽やかに〈バンダースナッチ〉の魔力砲を回避する狂三に抱えられながら、士道は空を隠す影(・・・・・)を見た。

 

「な……」

 

 驚嘆の声が漏れる。

 広大な天を翔ける〈フラクシナス〉と同じでありながら、違う。ある種、支配の象徴を思わせるそれらは、雲を割くように現れた。

 目に見えるだけで、()は下らない。それだけの空中艦(・・・)から、人形兵が、更には魔術師(ウィザード)までもが降下し始めていた

 

「なんだよ、これ……!?」

 

 ――――異常だ。直感的に、そう断定する。

 断定せざるを得ないのだ。何故なら、空間震は狂三がブラフとして引き起こしたもの。それが仮にブラフでなかったとしても、この規模はおかしい。

 過剰すぎる。これから全面戦争でも始めようというのか。以前、DEM日本支社で発覚した大規模な戦力と比較しても全く相手にならない差があった。

 

 だが、思い当たる節はある。この地にいる精霊は狂三と、まさにもう一人(・・・・)

 

「狙いは、澪か!?」

 

「恐らくは。二亜さんの一件で、あの子があの男に対して何かをしたとは思っていましたが――――――」

 

 

 

「――――うん。彼の狙いは、私だから」

 

『!?』

 

正面から響いた声(・・・・・・・・)に、狂三がビルの一角に足をつけ、地面を砕かんばかりに急ブレーキをかけて後ろへ飛び退く。

 即座に銃を引き抜き、士道を身体の後ろへ隠しながら狂三は彼女へ、崇宮澪(・・・)へ銃口を向けた。

 微笑みを以て相対してみせた澪からは、敵意がない。それが却って、戦場の破壊音が支配し始める中で不気味であり、それでいて美しく輝いていた。

 

「鬼ごっこは、もうおしまい?」

 

「さて、さて。それは、澪さん次第ですわねぇ」

 

 立っているだけで感じ取れる、力の差(・・・)があった。

 それを士道以上に感じていながら、狂三は相も変わらず超然とした微笑みを崩さない。

 

 

「……策がないなら、策を生み出す。君らしい手だ――――その瞳、今は(・・)、どこまで視えているのかな」

 

「……」

 

「ふむ。しかし、親愛なる私の友人の策だ。乗せられることとしよう」

 

 

 降り注ぐ砲火を意に介すことなく、澪は左腕を高く掲げた。

 狂三が天使を謳うそれとは、似て非なる仕草。狂三が女王の絶唱であるならば、澪のそれは権能を振るわんとする女神のように映った。

 

「……おいで」

 

 ぽつりと零れた言霊が、澪の遥か上空の空間を歪めた。

 撓んだ空間から、巨大な球体が顕現する。

 その()の名は、澪によって告げられた。

 

 

 

「――――〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉」

 

 

 

 花が、咲いた。

 

「な……」

 

 荘厳なる花弁が、幾重にも重なる花弁が、咲き誇る。

 その中心には、見知った(・・・・)少女のような形をした柱頭が、祈りを捧げるように鎮座している。

 球体から花弁へ変貌を終え、澪は次なる言の葉を告げようとする――――その感覚は、本能から来るものだった。

 言葉を生み出すために必要な一呼吸。その間に、アレ(・・)はそういうものなのだと、全身の感覚が告げていた。

 

 かつて、銃弾に穿たれた時。

 かつて、剣で胸を突かれた時。

 かつて、『鍵』の力で肉体の一部を消失した時。

 

 かつての中で、幾度となく味わった感覚。違いがあるとするならば――――アレ(・・)は、感覚そのものが形を持ったものであること。

 

 

「咲き誇れ」

 

 

 次の瞬間――――『死』が、戦場を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 世界の終わり。そんな光景があるとするならば、今男の前に広がるものが、それに近しいものなのだろう。

 降り注ぐ光の胞子が触れた瞬間、物が、人が、有機物、無機物など関係なく『死』を与えられている。

 逃れる術はない。『死』は平等に訪れる。差があるとするならば――――神の加護を受けたものなら、或いは避け得る未来は存在している。

 

 

「ははは、ははははははははは、ははははははははははははは――――――ッ!!」

 

 

 男は、笑っていた。濃密なるマナの脈動。あの日、あの瞬間、顕現した神なる者。その一端が、長い時を得て目の前に現れた。

 

 待ちわびていた。待ち焦がれていた。これを見るためなら、この程度の犠牲など安いもの。ただの座興に過ぎない。

 

 

「〈デウス〉。我が、愛しき精霊よ」

 

 

 しかし、神に選ばれし者は自身ではない。

 

 しかし、悲観することを男はしない。

 

 男には自信があった。自分なら成し遂げられると。

 

 男には確信があった。彼ならば(・・・・)成し遂げられると。

 

 

「――――さあ、期待しているよ。イツカシドウ(・・・・・・)

 

 

 故に、男は時を座して待つ。それだけでいい。

 

 圧倒的な『死』を前にして、男は笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ここが、数分前まで敵の軍勢が溢れ返る戦場だったなど、誰が信じられようか。

 戦場の残り香など、ありはしない。ある者は砕け散り、ある者は事切れるように。全て(・・)が死んだ。

 地に落ちた人形が、巨大な艦が、長い時を得たように『死んで』いる。数刻前まであった生などない。生きるために必要なものを、瞬間的に消失(・・)させられた。

 そう。その天使の効能は、まるで――――――

 

 

「あの子の天使みたいだ、でしょ?」

 

「!?」

 

 

 澪に思考を読まれ、早鐘を打つ心臓がさらに激しくなる。

 澪の天使・〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉。かの天使より降り注いだ光は、街を埋め尽くすDEMの戦力を一瞬にして(・・・・・)死滅させた。

 物だろうと、人だろうと、例外はない。神の選定。存在証明の消失――――〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉と、類似する力。

 

「あの子と私の力に本質的な違いは存在しない。ただ、あの子は外から向けられたものを奪う(・・)ことができて、私は外へ向けても奪う(・・)ことができる。理解出来たかな?」

 

「……余裕だな。随分、詳しく教えてくれるじゃないか」

 

「……こうでもしないと、折れて(・・・)くれないと思ったから」

 

 そう言って、困ったような微笑みを浮かべた澪。それだけを見るなら、この終末を生み出した張本人とは思えない。

 だが、現実として生み出したのは澪だ。彼女の目論見通り、絶対に折れないと誓った心にヒビが入ってしまったように、士道は悔しさを滲ませ歯噛みする。

 

「く……」

 

 相手は始源の精霊。止めるにしろ、相応の力は必要だとわかっていた。その覚悟は持っていた――――しかし、差がありすぎる(・・・・・・・)

 力が近い相手ならば、策を弄じて対処しよう。冷静さが必要になるというのなら、士道は学んだ全てと天使を駆使して対応してみせよう。だが、目の前の精霊はそんな次元の話はしていない。

 悪い言い方をすれば、程度が違う。今までの戦いで駆使してきたこと全てが、澪の前では子供の遊び成り果てるほどの決定的な差がある。そう、思い知らされる(・・・・・・・)

 

 だが――――それでも(・・・・)

 

「……だってさ。諦めるか、狂三」

 

「士道さんが心からそう仰るのであれば、わたくしなりの諦め方(・・・)をしてみせますわ」

 

「じゃ、絶対諦めてやんねぇ」

 

 そう言い続け、相手が世界()であろうと抗ってきた愚か者。それが士道と狂三だった。

 軽口を叩き合い、お互いの気持ちを確かめ合うまでもなく笑う。

 

「――――ふふっ」

 

 その時、くすりと笑った澪を見て、狂三が皮肉げに顔を歪めた。

 

「何がおかしいんですの? 力の差を理解していながら、愚かにも抗うわたくしたちが哀れでならないと?」

 

「ううん、違うよ。君たちらしいって、思ったんだ――――やっぱり君たちに、絶望は似合わない」

 

「え……」

 

 愛おしさすら感じているような独白――――そして、澪は視線を外し天を見上げた。

 

 

「そんな君たちだから――――皆、希望を信じるんだろうね」

 

 

 ――――刹那。流星が風を裂いた。

 

「な――――ッ!?」

 

 それを認識した次の一瞬、顔を覆わねばならないほどの衝撃波が撒き散らされる。

 初めて手を掲げる防御行動(・・・・)を行う澪と、彼女の障壁が防ぐ円錐形の矢(・・・・・)

 そう。風を裂いたのではなく、その矢こそ風そのもの。暴風を纏う必滅の一撃――――〈颶風騎士(ラファエル)〉・【天を駆ける者(エル・カナフ)】。

 

 次いで、障壁を呑み込むほどの巨大な斬撃(・・ )が澪に襲いかかる。

 

 士道が知る最強の一撃。その名は――――――

 

 

「【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】――――!?」

 

 

 最強最大の斬撃と、最強最大の暴風。それらが澪ただ一人に向かって炸裂する。

 一撃であっても空間が軋むほどの霊力を、全力を超える(・・・・・・)域を以て、二撃。どれほど頑丈に出来ていようと、人の領域にある建物が耐えられる理屈は存在しない。足場にしていたビルが破砕機をかけたように粉々に砕けていき、狂三が士道を連れて飛び立つ――――数秒遅れて、澪を包む防壁諸共、霊力の爆発を引き起こした。

 

「ぐ……!!」

 

 恐ろしい衝撃波に、落ちてきたDEMの艦によって破壊されていた建造物の残骸が舞い散り、散弾の雨となって辺りへ飛び散っていく。

 その大爆発の中でさえ、斬撃と暴風は未だ続いている。それは、中心に捉えた澪を地上へと誘い、着弾。それからさらに数秒を使い、ようやく衝撃波が収まった。

 

「今のは……!!」

 

「――――シドー、狂三!!」

 

「っ――――十香!!」

 

 声の主は、墜落と見間違うほどの猛スピードで着弾(・・)し、地上に降り立った士道と狂三を見つけるなり飛びつかんばかりに走ってきた。

 彼女が――――紫紺の限定霊装を纏った夜刀神十香は、騒がしくも頼もしく駆けつけた。

 

「二人とも無事か!? 大事ないか!? 令音――――澪に、何かされていないか?」

 

「……ああ。俺たちは大丈夫だ。十香たちのおかげでな」

 

 名を出すことに一瞬の躊躇があったことに、士道は眉根を下げた。

 当たり前だ。たった今、十香が全力で攻撃を放ったのは澪であり、あの村雨令音なのだ。十香が得た数々の記憶の中に、当然令音は多く存在している。存在している分だけ、人の太刀筋というものは鈍ってしまう。

 それがありながら、十香は士道たちのために全身全霊で刃を振るった。その決意を、余計な気遣いで鈍らせるわけにはいかないと、士道は不安顔の十香へ強がりの笑みを返した。

 

「ええ。ありがとうございます、十香さん。それに、耶倶矢さんに夕弦さんも。良いタイミングでしたわ」

 

 同じように微笑みを返した狂三が、十香に次ぐように風を纏って降り立った姉妹、耶倶矢と夕弦へ声をかけた。

 それぞれ巨大な突撃槍(ランス)とペンデュラムを手にした八舞姉妹は、大技の後での疲労を見せながらも気丈に笑い返した。

 

「ふはははは!! 我らにかかればこの程度、赤子の手をひねるより容易いことよ――――って言うけど、半分は狂三の指示じゃん」

 

「同調。夕弦たちだけでは、このタイミングでの攻撃は不可能でした」

 

「は……狂三の指示(・・・・・)?」

 

 一体、いつそんなものを飛ばしていたというのか。澪から逃れ、高速で飛翔しながら士道と会話する狂三にそんな時間はなかったはずだ。

 士道が訝しむように言葉を復唱すると、狂三は人差し指を唇に当て、いたずらっ子な顔で声を返した。

 

「ちょっとしたアドリブですわ。本当に即興でしたので、上手くいったのは皆様のおかげ、ですわね」

 

「…………」

 

 この極限状況下で、まさか十香たちにまで何かをしていたことに、さすがの士道も絶句せざるを得ない。

 澪の天使にしたって、あの状況は使わせる(・・・・)ために意図的に生み出したのだろう。

 何とも、こと策略という駆け引きでは一生狂三には敵わないのだと思い知ってしまう――――一生、狂三と生きるつもりなので敵わなくても問題はないのだが。

 

「さて……」

 

「っ……!!」

 

 視線の向きを変えた狂三に、再会を喜ぶ時間は終わりだと士道たちも気を引き締めてそれ(・・)を見遣る。

 十香と八舞姉妹、双方の攻撃によって崩壊したビルの跡地。残骸を跡形もなく消し飛ばして、さらには巨大なクレーターまで生み出してしまった。ようやく、宙を舞う砂埃が晴れていくが――――そこに、澪の姿はない。

 

「どこへ……!!」

 

 倒せたとは思えない。今の一撃に耐えきれる生物など、士道の記憶にはなかった(・・・・)。つい数刻前までの記憶には、だが。

 相手は始源の精霊。全ての精霊の祖にして、頂点。士道は見たのだ。【天を駆ける者(エル・カナフ)】によってもたらされた暴風の中で、表情を変えることなく、髪の先すら靡かせることなく最強の一撃を防ぐ澪の姿を。

 瓦礫が崩れる音だけが響く。その沈黙の中で――――十香が叫んだ。

 

「耶倶矢!!」

 

「え――――?」

 

 

 光が、走る。

 

 

「逃げろ、耶倶矢ッ!!」

 

それ(・・)に触れてはいけないと知っていた士道は、必死に叫びを上げた。

 だが、間に合わない。如何に最速の耶倶矢と言えど、認識する領域の外側から迫る攻撃を避けられはしない。

 

 薄皮一枚――――氷の障壁(・・・・)が、存在でもしていなければ。

 

「な――――」

 

「え……っ!?」

 

 士道のみならず、救われた耶倶矢ですら驚きの声を上げた。

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の氷が生み出した障壁。それによって、すんでのところで光の帯が耶倶矢の胸を貫くことを防いでいた。

 驚きの声を上げるだけに留まったのは、その直後、氷が砕かれるよりも速く士道が地上から放り投げられ、天地が逆転したせいだった。

 

「んな……っ!?」

 

 一体、この短時間で何度目かの空中浮遊なのだと文句を言う暇もなく、士道の捉える視界が不自然に変わる。まるで、違う空間同士を扉で繋げたように(・・・・・・・・)

 それくぐり抜ける瞬間、先程までいた辺り一帯に光の光線――――〈絶滅天使(メタトロン)〉が放つ光が降り注いだ。流星群(メテオ)と見紛うそれを見ながら、士道は潜り抜けた先で抱きとめ(・・・・)られた。

 

「むぐぐっ!?」

 

「やーん、だーりんのえっちー」

 

「……絶対わざとでしょ。ていうか、苦しそうだから離してやりなさいよ。何してんのよこの非常時に」

 

 抱きとめられたのは美九の胸の中で、力加減のないそれに喜びより苦しみのタップアウトを繰り出す士道。その意図を読み取って七罪が呆れた声を漏らした。

 どうにか脱出し、美九と七罪を確認する。二人とも、限定霊装を纏い、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉は美九と〈破軍歌姫(ガブリエル)〉と全く同じ形に擬態していた。

 

「……!! そうか、二人があの攻撃を……」

 

 それを見て合点がいく。あの限定解放の限界を超えた十香と八舞姉妹の一撃は、二つの〈破軍歌姫(ガブリエル)〉による【行進曲(マーチ)】の二重奏によるものだったのだ。

 そしてもう一つ。耶倶矢を救い、士道をまた別の破壊された街中へ移動させた二人。

 片や錫杖を地面に立て、片や大きなウサギ型の人形に跨る少女たち。

 

「ふむん。全員、無事のようじゃの」

 

「よかった、です……」

 

「…………し、死んだかと思った」

 

「感謝。ありがとうございます、四糸乃、六喰、マスター折紙」

 

 九死に一生を得た耶倶矢と、彼女を支えながら功労者たちへ感謝を述べる夕弦。気がつけば、士道と同じように六喰の〈封解主(ミカエル)〉・【(ラータイブ)】で開かれた扉を通って狂三、十香、そして先の支援砲撃を行った折紙が士道の周りに集っていた。

 危なかった。一先ずはそう息を吐き、士道は皆へ礼を言った。

 

「ありがとう、みんな。けど、どうやって……」

 

 澪が繰り出した視認範囲外からの攻撃を、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の氷晶で防いだ。離れた場所から展開できた理屈は、四糸乃の足元から伸びる冷気の跡を見れば察しはつく。地面を伝わせ、ピンポイントで防壁を展開したのだろう。

 が、それは理論上の話でしかない。四糸乃とよしのんは視界を共有している。つまりは、ここにいた四糸乃では耶倶矢の危機を知りようがないし、折紙の援護や六喰の緊急離脱も鮮やか過ぎる。

 そうだ――――未来を視ている(・・・・・・・)。そう思えてならないほど完璧な連携だった。

 士道の疑問を受け止め、答えたのは限定霊装とCR-ユニット〈ブリュンヒルデ〉と複合した鎧を纏った折紙であった。

 

「彼女のおかげ」

 

「彼女って――――え?」

 

 視線を追った先にいた両目の色彩が異なる少女――――丁寧に礼をして見せた狂三の分身体(・・・)を見て、士道は目を見開いた。

 

「彼女って……『狂三』が、どうやったんだよ」

 

 見ただけで、二人いる狂三のうち、どちらが分身か士道にはわかる。間違いなく、折紙が示唆したのは分身体だ。

 であれば、おかしな話になる。分身に天使は扱えない。引いては、〈刻々帝(ザフキエル)〉の予知(・・)も同様のことが言える。だが、先の連携は未来予測でもなければ説明がつかない。

 混乱する士道に、肩を竦めたオリジナルの狂三が出来て当然(・・・・・)のような口調で声を発した。

 

 

「『わたくし』の一人と意識の共有(・・・・・)を行ったのですわ。言ってしまえば、わたくしの意識を一時的に二つで一つ(・・・・・)にした、ということになりますわね」

 

「………………はぁ!?」

 

 

 俺がお前で、お前が俺で。なんてフレーズを頭の中で流しながら、しれっととんでもないことを言い、しかもやってのけたお嬢様に士道は素っ頓狂な驚きを見せた。

 

「何を驚いていらっしゃいますの?」

 

「驚くに決まってるだろ!! 今までそんなことしてなかったじゃないか!!」

 

「はい。出来ませんでしたもの」

 

「出来なかったのかよ!?」

 

 あまりに素面で言う上に、驚いているのが士道だけなので自分がおかしいのかと皆を見渡すと……事情を先に知っていたのか、驚きよりも呆れが先行している表情を一様に見せていた。

 狂三も自慢する気はないのか、手短に説明したいのか淡々と続ける。

 

「理屈自体は単純ですわ。わたくしと〈刻々帝(ザフキエル)〉が視た未来を選出し、『わたくし』を伝い四糸乃さんたちへ予測を届ける。共有が可能な距離に限りはありますけれど、ここまで凌ぐことが出来たなら上出来ですわ」

 

「簡単に言うけどな……」

 

「ええ、簡単ではありませんでしたわ。本来、脳内情報の共有だけでもわたくしの脳に負担がかかる行為でしたから。ですが、この程度をこなせずして、未来は変えられませんわ(・・・・・・・・・・・)――――そうでしょう、澪さん」

 

『ッ!!』

 

 狂三の声に反応し、全員が一斉に辺りを警戒する。

 ――――彼女は、いた。未来予測を加えた猛攻の果てに。

 

 

「本当に――――君には驚かされてばかりだ、狂三」

 

 

絶望()は、無傷(・・)で士道たちの前に立っていた。

 

 

 







希望と絶望は表裏一体。未来予測もまた、同じ。


白い少女の〈擬象聖堂〉と澪の〈万象聖堂〉。それぞれ最大の違いは、少女が範囲内にある空間・概念事象に対しての『死』という防御行動であるのに対し、澪のそれには制限がない。物理だろうが空間だろうが生きているのなら例外のない『死』がそこにある。
あの子が言いましたからね。澪にできて少女にできないことはあれど、少女にできて澪にできないことはない、と。あえて言わせてもらおう、何だこのチートを超えた何かは。

さあ、絶望の前に希望は集結した。どうしてそうなったのか。次回はほんの少し時系列を戻し、希望の集結に至るまでの幕間をお届けします。くるみん火事場の馬鹿力もしれっと流されてましたしね。

沢山の感想、高評価、お気に入りありがとうございます!!現金なやつなのでこういった目に見えるものが本当に、本当に励みになります!!これからもどしどしよろしくお願いします!!私はこうやって常に厚かましくいこうと思います。更新は一定を保つのでゆるして。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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