「――――――ぅ」
軽い呻き声を上げ瞼が開く。酷く、頭が重い。最初に思った事はそれだった。再び閉じかける瞼を何とかこじ開けた先に見えたのは、様々な配線や配線が剥き出しになった異質な天井。
「ここ、は…………」
「気がついたかい?」
彼の掠れ声に反応して横から声が聞こえてくる。ぅ……と頭だけ何とかそこへ向けると、恐ろしく血色が悪い女性が椅子に座っていた。以前も、こんな事があった気がする。その時は、十香と出会った時の事だったか。今回は――――思い返そうとして、やはり酷く頭がボヤけて考えがまとまらない。
「令音、さん……」
「……ああ。疲労と、精神的なショックによるものだ。大事を取ってそのまま安静にしていたまえ」
「……?」
体を起こそうとしたのを制され、首を傾げる。なんの話をしているのだろう。なぜ自分はこんなところで眠っていたのか、まずそこが彼には分からなかった。……覚えていないのかね? と彼の様子を見た令音が言う。
「君が気絶していたところを〈フラクシナス〉へ運び込んだんだ」
「気絶……俺が……?」
呆然と令音の言葉を呑み込むが、なぜ自分がそうなったか迄がどうしても思い出せない。いや、思い出そうとすると鈍痛が彼の頭を襲いそれを阻害する。まるで、
どこか心配そうに見つめる令音に、言葉一つ返す気力も湧いてこない。いつもなら、そんな彼女の不思議な美貌に目の一つは奪われてもおかしくないのだが、どうにも頭が回らない。
「目が覚めたみたいね、士道」
不意に医務室の扉が開き、一人の足音と声が飛び込んでくる。ああ、これは間違えようがない。その声は妹の……声の硬さからして
想像通り、視界に捉えたそこには黒いリボンの琴里が立っていた。
「無事で何よりよ。さて、目覚めたばかりで悪いけど、事情を聞かせてもらうわよ。
……通信の後? 一体、琴里は何を言っているのだろう? 疑問ばかりが思い浮かぶ自分の頭に苛立ちを感じ、顔を顰め必死に何があったのかを思い出そうとする。妹が未だに司令官として立っている、ということはまだ
「狂三と、何があったの?」
「――――――――――」
その言葉を、名前を、認識した瞬間から霧が晴れたように映像がなだれ込んだ。そうか、そうだった。全てが思い出される。彼女との、夢のような現実と、悪夢のような現実が。
そうして、彼の口から飛び出してきたのは……全身の震えを誤魔化すような、乾いた笑い声であった。
「は、ははははは……」
「士道……?」
「ごめん、琴里」
目元を腕で覆うように隠しているため、琴里の表情も令音の表情も彼には見えない。けど、琴里が不安な表情なのだろうなというのは声で分かった。ただ、それでも今の彼は、妹を安心させてやれる笑みを浮かべられそうにはなかった。
「――――俺、フラれちまった」
――――――五河士道は、完膚なきまでに、敗北したのだ。
「……心配かい?」
「え?」
「シンのことさ。そんな顔をしているよ」
誰も寝ていない無機質なベッドを見つめていた琴里へ、令音が気遣わしげな表情で声をかける。どうやら心配されてしまうほど、ぼーっとしてしまっていたらしい。
士道の姿は既にこの場にはない。本来、士道は安静にしていなければならない身なのだが……。
『……一人に、してくれないか?』
何も、言ってあげることが出来なかった。多分、
「……そうね。〈ラタトスク〉としては、このまま士道が使い物にならなくなるのは――――」
「……そういう意味じゃない」
首を横へ振って琴里の言葉を否定する。真剣に、しかし気遣いを含んだ彼女の表情はまるで
ああ、こういう事では令音に敵わないな、と苦笑する。顕現装置とかそういうものは関係なく、彼女はこうやって人の感情の機微を悟ってしまえる人だ。降参、と言わんばかり琴里はベッドへ腰をかけ
「…………そりゃあ、心配の一つもするわよ。バックアップするなんて大口叩いて起きながら精霊の目の前に士道の身一つ放り出したような状況にして、挙句の果てにこのザマよ。そのくせ、慰めの言葉一つかけてやれないのよ、私」
士道が無事に戻ってこられたのは結果論に過ぎない。本来はこんな形にならないよう、全力を持って士道を支援する為に琴里たちはいるのだ。それを狂三の言葉一つで動きを封じられ、士道の心に傷を負わせる結果になってしまった。これが無様でなければなんだ。全ては、司令官である自分の責任に他ならない。
「……それは君だけの責任ではないさ。私たち全員が背負うべき責任だ。それに、狂三の目的は私たちの想像の上を行っていた」
「えぇ、そうかもしれないわね……ねぇ令音、私がこんな事、本当は言っちゃダメなんだけど……」
「……ん、構わないよ。言ってごらん」
「――――司令としての立場を、呪ったわ」
五河琴里は〈ラタトスク〉の司令官だ。〝精霊〟を救うため、その責務を、その責任を、自身の両肩に背負う少女。その肩書きは十三という若さで背負うにはあまりにも重すぎる物。けれど琴里は人を、精霊を救うためにこの肩書きを受け入れた。
しかし、士道が――――愛しい兄が心に傷を負っている時に、琴里はなんの言葉もかけてやれない。あの瞬間だけ、少女は己の立場を呪った。
「士道がね……無理だ、とか諦めるような腑抜けたことを言い出したら、引っぱたいてやったかもしれない。でも、士道の様子は
精霊への恐怖とか、躊躇いとか、そう言ったものならば琴里も司令として士道を立ち直らせる為に厳しい言葉を放とう。だって彼は、
でも違った。士道の心を抉り、その歩みを止めているのはきっと、それよりも単純で……それでいて難しいものだ。以前、
どこかで、士道のあの顔を見た事がある気がした。ずっと、ずっと前の話だ。そう、あれは――――――兄が、本当の母に捨てられて家へ来たあの頃の顔と、とてもよく似ていた。大切な誰かに自分の存在を否定された、その
そんな兄に司令官としての言葉を投げかけたところで、追い討ちをかけるだけにしかならない。こんな時こそ彼の妹としてずっと寄り添ってあげたいのに、琴里はそれが許されない立場にいる。嗚呼、今だけは立場を恨まずにはいられない。
だけど――――――
「だけどね令音……私、心配はしてるけど不安はないのよ」
「……ほう」
琴里の独白をただ受け入れるように聞き入れてくれていた令音が、興味深いといった風な声を上げる。
心配はしている。兄に寄り添えない悔しさもある。でも、琴里は信じていた。兄は最初の絶望から立ち直って、他人の絶望を見過ごせない優しい人に育った。だから今度も、たとえ立ち止まったとしても、きっと兄は立ち上がる。立ち上がってくれると、信じる。
何より、とニカッと琴里は笑う。
「だって――――――あのバカ兄が、たった一回女にフラれたくらいで懲りるはずないもの」
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憂鬱だ。ベッドの上で無造作に横になった士道は、思案を巡らせようとして結局はその結論に至った。天井を眺める事でさえ億劫になり、目を閉じたりしたが意識を落とす事は出来ずまた無意味に目を開く。自宅へ帰ってきてからこの繰り返しだ。
狂三の目的は士道だった、士道の中に封印された霊力だった。狂三は人を傷つける精霊だった。手をこまねいていたら、狂三はまた同じ事を繰り返すのかもしれない。そしたら真那が出てきて……堂々巡りだ。真那の口振りからすると、狂三と戦ったのは一度や二度の話ではないように思える。だから、それを許容出来ない士道は、たとえ自分の命を狙う狂三を相手にしても立ち向かわねばならない――――その、筈なのに。
「…………効いたなぁ」
だと言うのに、体が言うことを聞いてくれない。狂三の優しさが、狂三の笑顔が、全て
だから、彼の体を縛り付けているのは恐怖ではない。誰かを救いたい、そんな尊い想いを持つ少年を強く封じ込めているのは――――――コンコン、とノックの音が聞こえ我に返る。
誰だ? 琴里は確か仕事があるから、と今日は家に戻らないと言っていたので違う筈だ。誰かに会う気分でもないのだが、居留守を決め込むという選択肢もない。仕方なく、気怠い体を起こし返事を返した。
「――――シドー、そこにいるのか?」
「……十香?」
帰ってきた声は、聞き間違える筈もない。精霊用のマンションに居るはずの十香の声だ。
「……入っていいか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
咄嗟にそう答えると、扉を開けおずおずと十香が顔を出す。ベッドに座る士道の姿を見てホッと一息ついてから、部屋の中に入ってくる。そうして足早にこちらへ駆け寄ってくると士道の隣に寄り添うように座り込んだ。
「と、十香……?」
「……狂三と何かあったのだろう?」
彼女の意図が読めず困惑する士道だったが、十香の言葉に目を見開く。まさか彼女に一発で見抜かれるとは思っても見なかった。狂三とのデートは十香も知っていたが、何も言わずに察せられるとは驚く他ない。
「……そんなにわかりやすい顔してたか、俺」
「うむ。この世の終わりのような顔をしているぞ」
……そんなにか。十香にまでそう言われると色々と落ち込むものがある、と顔に手を当てため息を吐く。彼女相手に大見得を切ってデートに望んだくせに、こんなにも分かりやすく露骨に敗戦してしまったのもあって妙に居心地が悪い。勿論、十香は士道がそんな事を思っているとは知らないので小首を傾げているが。
「そっか……ちょっと、色々あってな。俺も気持ちが整理出来てなくて混乱してるみたいなんだ」
「……話してくれぬか」
「え?」
「狂三と何があったのか……教えてくれ。シドーには返し切れないくらいの恩がある。だから、少しくらいは私にも返させて欲しいのだ。力になれるかは分からぬが、話して楽になることもあると思う」
優しい、心から士道を気遣う表情で十香はそう言った。士道は恩を着せる為に十香を助けたわけじゃない。彼女の置かれた境遇が理不尽だと思い、絶対に助けたかった……それだけだ。
それに彼女に精霊やASTの話をするのは、精神状態が不安的になる可能性があるからと避けるように言われている。だからここは、平気だと強がって言うべき場面だ。
でも、彼女のその優しい言葉と表情に、士道は堪えていた涙が溢れ出してしまいそうになった。溢れそうになる涙を何とか耐えて十香を見る。大丈夫だ……そう言わなければならないのに。懺悔のように、彼女に甘えるように、自然と士道は今日の事を打ち明け始めた。
「……そうか。狂三がそのような事を……」
「……狂三を救う、だなんて意気込んでたけど、見事にフラれたちまったみたいだ」
士道は自嘲気味に声を発する。十香に打ち明けて、少し楽になった気がした。それにしても笑い者だと思う。狂三を救うと、救いたいと願っていたのに、当の本人は彼の救いなど必要ないと言い切ったも同然なのだ。その上で、狂三は士道の霊力が――――命が欲しいと言っていた。超人的な回復能力があれど、心身共に平凡な士道が精霊に命を狙われてはひとたまりもない。あまりにも無防備な自分を、もしかしたら狂三は影で笑っていたのかもしれないな、なんてネガティブな考えまで出てきてしまう。
「――――本当に、そうなのだろうか」
え? と暗い考えに囚われていた士道が十香の方を振り向く。その言葉を発した彼女は、真剣な顔で士道を見つめていた。
「どういう意味だ……?」
「狂三の言ったことが、全て
「それは……」
それは、あまりに都合の良すぎる考えだった。現実逃避した士道が口にするならまだ分かるが、十香がそのような事を言うのは士道を慰めようとしているだけにしか思えない。けど、そんな苦し紛れの慰めではないと、十香の真剣な表情が告げていた。
「狂三はな、シドーと話している時とても楽しそうだったぞ。シドーも同じだ」
「俺も……?」
「うむ。狂三と違いシドーはデレデレで鼻の下を伸ばしたような顔だったがな!」
それは同じとは言わなくないか? どこでそんな言葉を覚えて来たんだと少しショックな士道だったが、自分がそんな顔で笑っていないと断言できないのも事実なので苦笑いで誤魔化す。
「しかしな、私には狂三が同じくらい
「狂三が、辛そうに……?」
楽しそうなのに、同じくらい辛い顔をしていた。それは言葉だけで言えば矛盾しか生まれないものだ。だが、十香にはそう見えた。
だから、ずっと気にかかっていた。シドーの見えないところで、ほんの一瞬だが狂三が暗く、辛い表情になる時がある事が。なぜ楽しそうなのに、そんな顔になるのか。
まるで、シドーと
「なぜあんなに辛そうな顔をしていたのか、私には分からん。けど、シドーと同じくらい楽しそうに笑っていた狂三の笑顔が、私には嘘だとは思えんのだ」
「っ……仮にそうだとしても、狂三が……俺の事を狙ってた事まで嘘だとは思えねぇ」
そのくらい、あの時に自分の目的を話した狂三の様子は凄絶なものだった。それこそ嘘だとは士道には思えない。けどもし、仮に、万が一でも十香の言う通り彼女が〝偽り〟だと語ったことこそ〝偽り〟だったとしたら――――――
「……狂三の言葉が真実だったとして、シドーは狂三が恐ろしいか?」
もし、シドーが狂三の事を恐ろしいと、悪い精霊だと、恐怖すると答えたなら自分が守ろう、十香はそう心に誓っていた。狂三から、シドーを守り抜こうと。
「――――狂三が、怖い?」
だが、問いかけられた士道の様子はどこかおかしかった。まるで
「いや……狂三が怖いとか、恐ろしいとか、考えた事もなかったな……」
「で、ではシドーは何に悩んでいるのだ?」
恐れがないなら、彼は愚直に突き進もうとするだろう。十香の時も、四糸乃の時もそうだったように。狂三が躊躇いなく人を襲う精霊だと思って、それが恐ろしいと感じていると思っていたのに彼は
「俺は……」
今一度、士道は自分の記憶を振り返る。考えてみれば十香の言う通りだ。自分の命を狙われ、人を自分の意思で襲う精霊。普通に考えればその事で悩んでいる、と思うのが道理である筈だ。だと言うのに、たった今士道はそれを否定した。そうだ、最初からその事は全く悩んでいなかったのだ。
では、自分は
あの時、あの一瞬、彼女に絡め取られた士道の胸に去来したのは、恐怖や恐れなんかじゃなかった。ただ、狂三になら
いや、救いたいと願いながらも、己の身を差し出すことをしないのは矛盾だ。これは極論に過ぎず、士道が己を犠牲にする事を肯定する人間は彼の周りにいるはずがない。しかし、彼が自分の破滅的な想いを上回ったのは、それよりもっと単純で、もっと不純な物な気がする。
最後だ、思い出せ。お前はなぜ立ち止まった? お前は狂三の言葉の中で、
――――――思い出した。自覚した。その瞬間、士道は……堪えようがなく、笑ってしまった。
「は……はははっ!! あははははははっ!!」
それは琴里たちに見せた乾いた笑いではなく、心の底から
「ど、どうしたのだシドー! 大丈夫か、おかしくなってしまったのかっ!?」
「くくく……ああ、悪い悪い。俺は大丈夫だ――――おかしくなったってのは、間違ってないけどな」
突如豹変した士道を慌てて心配する十香を手で制し、笑いを堪えながら言葉を返す。悪いとは思ったが、これを笑わずにはいられない。だって、命を狙われている人間が思うには頭が
やっとだ、やっと分かった。たった今、士道は狂三に対してずっと悩み、考えていた気持ちをようやく
狂三の目的が自分を〝喰らう〟事だった事より、狂三が人を傷つける事が堪らなく悲しかった。これだけなら、まだ彼女の境遇に同情しただけかもしれない。ああ、だから、士道の悩みは凄く簡単で、狂三もきっと予想だにしないものだったのだ。
『だってわたくし、士道さん自身の事など――――――なぁんにも、お慕いしておりませんもの』
たった一言。この一言だけで、士道は世界が終わってしまったかのような絶望に襲われた。色づいた世界が、色褪せてしまったように思えた。狂三に拒絶に等しい言葉を投げかけられたのが、何よりも堪えた。
思い返せば、士道は初めから答えを持っていた。だって士道はこう言ったのだ――――――
一体、いつから自分はこの想いを抱いていたのか――――――初めからだ。
そうだ、きっと事の始まりから、自分はおかしくなっていたんだ。約束よりも前に、あの忘れられぬ出逢いの瞬間に、あの魔性とも言える少女に、時崎狂三に魅入られてしまったその時から――――――五河士道は、どこか
「ありがとな、十香。お陰で元気になった……もう大丈夫だ」
「ぬ……何が何だか分からぬが……私はシドーの力になれたか?」
「ああ。めちゃくちゃ元気出た。今なら狂三を相手に当たって砕けてもへっちゃらだ!!」
「砕けてしまうのか!? ダメだぞシドー!!」
狂三の言葉には〝偽り〟がある。……十香の言っていることは、ただの希望的観測かもしれない。けど、今の士道はそれでも良かった。
賭けてみたい、狂三の見せた優しさに。信じてみたい、狂三の見せた
たとえそうでなくとも――――――士道はまだ何も伝えられていない。狂三を、殺し合いの連鎖に囚われた少女を救いたい、その気持ちは本物だ。でも、士道の胸にあるのはそんな高尚な想いだけじゃない。士道の想いはもっと単純で、ともすれば不純な物だと断言出来る。
ああそうだとも、けれど
この想いがあるなら、士道は今一度狂三と向き合える。この狂おしいほどの想いを、止まらない激情を、伝えられなければ死んでも死にきれない。
行こう、彼女を救いに。楽しそうに笑っていたという、彼女の笑顔をもう一度見るために。辛そうな微笑みを見せたという、彼女の理由を知るために。彼女に〝偽り〟があるのなら、それを暴いて、あれは効いたぞと力いっぱい文句を言ってやろう。そして、狂三に伝えよう――――――士道の、想いを。
――――――虚構の悪夢が、少年を縛る事はもうない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「励まして上げて欲しいんです、五河士道を」
「……?」
脈絡のない言葉に十香は首を傾げた。精霊マンションの窓に片手でしがみつくという、器用にも程がある白いローブの少女が挨拶して早々にそんな事を言うものだから、十香とて困惑する他ない。その上、ローブで表情が見えないのだからそこから何かを読み取る、という事も出来ないのだ。
「多分、五河士道は落ち込んで帰って来ると思うので。あなたが支えてあげてください」
「な……シドーと狂三に何かあったのか!?」
「あー……あるというか、多分あの子……狂三がこれからやらかすというか……申し訳ないですけど、私も確証はないんです」
シドーは今狂三と〝デェト〟している筈だ。と思わず狂三の名まで出してしまった十香だったが、ローブの少女は気にする事なく少し曖昧な言葉を続ける。この言い方は、
「お前は……狂三の事を知っているのか?」
「まあ、私はあの子の〝共犯者〟みたいなものです。もしくは従者ですかね……五河士道が何事もなく帰って来たら、さっき言ったことは忘れてもらって構いません」
そうはならないと思いますけど、と確証はないと言った傍からそう繋げた少女に十香は困惑した表情で頷く。何やら難しい事を言っているが、要はシドーを支えてやって欲しいという事らしい。色々と疑問は尽きないが、それなら言われずとも十香はそのつもりだ。自分を救ってくれたシドーが辛い時は、自分が力になってやりたい。その想いは誰に言われるわけでもなく、自然と十香の中に芽生えていた。
「ありがとうございます。あともう一つ……こっちは私の個人的な用なんですけど――――――狂三を嫌わないでやって欲しいんです」
「……どういう意味だ?」
意図が読めない。狂三は自分と同じ精霊で、シドーは今狂三を救うために〝デェト〟に望んでいる。だから、似た境遇の十香が狂三を嫌う理由は
「……あの子、強情で、意地っ張りで、素直じゃないところがあるんです。これからあの子が色々迷惑をかけると思います……でも、とても優しい子なんです。だから――――」
「――――うむ、任せろ!」
ドン、と胸を叩いて少女が言い切る前に十香は受け入れる。それが当然だ、と言わんばかりに。
「シドーも、それに四糸乃もきっと狂三の事が〝好き〟なのだ。私も、あんな
「…………」
あまりに単純過ぎて呆気に取られる。単純というか、酷く動物的な感情に思えてしまう。もっと簡単に言えば、これ以上ないくらい夜刀神十香は〝素直〟だ。五河士道に全幅の信頼を置いている。だからこそ彼が信じる狂三を信じられるし、彼女自身も自分の目で狂三の笑顔の本質を〝見た〟。……〝好き〟の
本当に予想外だ。たった数ヶ月前、あんなにも己を狙う殺意に嫌気がさし、擦り切れていた彼女がこんなにも素直に感情をさらけ出し
「……はい。夜刀神十香、あなたに心からの感謝を」
「気にするな。私がそう思っただけだ」
「それでも、ありがとう。それと最後に一つだけ――――――どうして、私を信じてくれたんです?」
それは、今だけの話ではない。〈ハーミット〉の時からの疑問であり、今この時ローブの少女と
少女の問いに目を丸くし、それから腕を組んで難しい表情で唸る十香。急かさず無言で彼女を見つめていると、じっくり思案した彼女が口を開いた。
「……上手くは言えぬが、お前からは私と
「私が、あなたと……?」
「それに、今お前はシドーと狂三を
「……そんな高尚な物じゃありませんよ」
彼女の言うような純粋な心配、などという心優しいものでは無い。少女はただ五河士道の可能性に
ああ、しかし、自分と同じ
――――ふと、少女が微笑んだ。十香から少女の顔は認識出来ない。けどその瞬間、確かに十香は少女が笑ったと思った。
「重ね重ね、ありがとうございます。では、
壁を蹴り、少女が窓から手を離す。目を剥く十香から真っ逆さまに落ちる直前、少女は祈りにも似た言葉を彼女へ届けた。
「――――――どうか、
Q.士道くん自覚なかったの? A.ありませんでした。
主人公、覚醒。今まで彼が内心でも狂三への素直に気持ちを直球に言ったことはありませんでしたからね(製作者の私がミスしてなければ)まあ琴里にはバレバレなんですけど。
ちなみに一応時系列を補足しておくと、二人のデート→その最中、少女が十香に接触→狂三の凶行→十香ちゃん士道くんの元へ。って感じです。
ある意味で原作の狂三に近いトリックスター的な役割を担う少女ですが、何を考えているのか……しかし主役は士道くんと狂三。いよいよ狂三フェイカー編クライマックスが近づいて参りました。
感想、評価が貰えてめちゃくちゃ、もう舞い上がってガンガン書き進められてて感謝感激です。変わらず感想、評価などなどお待ちしております!次回をお楽しみにー