デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百六十八話『VS〈万象聖堂〉』

 

 

「……困ったな。侮っていたつもりは、なかったのだけれど」

 

 傷一つない霊装。鎧に編み込まれた霊力は、完全な状態の狂三ですら及びがつかないほど濃密で、神々しささえ感じられた。

 背に浮かぶ十の星。翼に奉られたそれは、今だ二つ(・・)の光を宿すのみ。

 

 それこそ――――未来が、変わっている(・・・・・・)証明。

 

 圧倒的強者に対して、狂三は不敵な笑みを作り出し言葉を紡いだ。

 

「あら、あら。澪さんが侮っていたからこそ、こうしてわたくしたちは存在しているのではなくて? 精霊……あなたが霊結晶(セフィラ)を与え、生み出し、そして滅ぼすべき存在は、誰も欠けることなくここにいましてよ」

 

「……君の言う通りだ。私はまだ君の……いや、君たちの力を侮っていた。心のどこかで、慢心があった――――シンを手に入れるために、この感情を捨てよう」

 

 目を細める――――たったそれだけの仕草に、強烈な霊力が乗っているような重圧を感じる。

 挫けてしまってもおかしくはない力の差。けれど、誰一人、足を引く者はいなかった。

 

「令音……いや、澪。出来ることなら戦いたくはない――――そんな甘い考えは、捨てる。シドーは、渡さん」

 

「あなたが何を求めていようと、誰も奪わせない。あの子も、返してもらう」

 

 十香と折紙が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と〈絶滅天使(メタトロン)〉を構え、恐れることなく澪を見据える。

 他の精霊たちもそれぞれ天使を構え、士道は己の中にある天使をいつでも引き出せるようにしている。皆、澪の力を目の当たりにして、恐れはない――――否。

 きっと、恐れはあるのだろう。令音に対する恩義だって、精霊たちの中には感じている者も多いはずだ。それを切り捨てなければ、澪の前にすら立てないと、誰もが本能的に感じ取っていた。

 強い意志を以て神の前に立つ少女たちを――――神は、羨ましそうに(・・・・・・)笑った。

 

「……君たちは、強いんだね」

 

「澪……」

 

 零れ落ちた言葉を拾い上げ、士道が悲痛な顔で言葉を返す。

 

「どうしても、駄目なのか? シンを甦らせるために、お前がどんな思いで孤独に苦しんでいたのか……。他ならない俺が言うのは、お前にとって残酷なことなのかもしれない。けど、こんなの……!!」

 

「――――そうだね。正しくなんてない」

 

 冷酷に、残酷に――――悲しげに。

 幾度となく繰り返した煩悶では、澪を止めるに至らない。

 

「でも……正しくなくたっていい。私にはシンしかいなかった。私は人間みたいに弱くない。だから、死を望んでも死ぬことは出来ない――――君たちのように強くあれたなら、よかったのかな」

 

「ッ……!!」

 

「私は君たちのように強くはなれなかった。シンを忘れることなんて、できやしなかった――――私たち(・・・)は、そういう生き方を選んだ」

 

 そう宿敵に、視線と言葉を振られた狂三は――――迷わず、それを肯定した。

 

 

「ええ、ええ。そうでしょうとも、そうでしょうとも。その行為に正当性など存在しない。責任の所在は己に。流される(つみ)は誰でもない、自分自身のもの――――――独りよがりの理想郷ですわ」

 

 

 目指すものは違えど、流した血は同じ。狂三の流した血は取り戻せるもの……だからといって、してきたことの罪は消えない。正当化はできない。

 

「高尚な理屈を並べ立てたところで、結局は個人の我が儘(・・・・・・)でしかありませんわ。言葉一つで説得できるのであれば、士道さんはわたくしで苦労なさらなかったでしょう」

 

「狂三……」

 

 だが、狂三はもう独りよがりではない。狂三の理想は――――この愛しい人と共にある。

 微笑みかけ、そして装飾の施された瞳で澪を穿つ。

 

残念ながら(・・・・・)、今のわたくしたちには澪さんの意志を曲げさせる手段はありませんわ」

 

「……うん。君たちのことは大切だ――――それでも(・・・・)、私はいかなければならない。それが君の言う、独りよがりの理想郷だとしても」

 

「そうですわ。ですが、わたくしたちはそれを……士道さんが消える未来を、認めるわけには参りませんの」

 

 澪はシンを。狂三たちは士道を。それぞれ相容れない、鏡合わせの少年を守ろうとする。故に反発し、故に対立する。

 力の差も、自身の命さえも関係ない。そこにあるのは、少女たちの〝恋〟という感情でしかないのだ。

 息を吐き、お互いに霊力を高めていく。その中で、澪は束の間の会話を楽しむように続けた。

 

「多少のイレギュラーはあれど、シンに集まる力に狂いはなかった。DEMの暗躍、封印された精霊、全て想定内だった。想定外だったのは――――時崎狂三、君の存在だ」

 

「あら、あら。自分で選んでおいて、尊大で鼻持ちならない言い分ですこと」

 

「そうじゃあない。君がシンに絆されること、それによってシンを守ってくれること。それらも想定の範囲内。イレギュラーだったのは、それが行き過ぎて(・・・・・)いたことさ」

 

「…………」

 

 狂三が澪を倒そうとしていると承知の上で、澪は令音として狂三の存在、士道と縮まっていく距離を黙認していた。

 全ては、士道という器を守るため。万が一にも、士道が失われることを防ぐのに、封印を拒む狂三はうってつけだったということだ。

 万事上手くいっていた。狂三が士道の答えに折れて、致命的な隙(・・・・・)を見せた。それによって、白い少女も澪の中に還った(・・・)

 そんな崇宮澪にとって唯一の誤算は、まさに今、この状況(・・・・)を許してしまったこと、なのだろう。

 

「君の心変わりだって、シンならやってくれると私は信じていた。けれど、その力(・・・)は、想定を遥かに上回るものだ」

 

「あら。己の分身と行う意識の共有など、精霊であるあなたに出来て、精霊であるわたくしに出来ない道理はありませんでしょう?」

 

「……そんな小手先のことを言っているんじゃあない――――君のその瞳は、私を捉え始めている」

 

 適当な話術で誤魔化せるとも思っていなかったが、澪ほどの存在に警戒され始めていることに狂三も目を細めた。

 澪は気づいている。精霊たちがこの場で欠けることなく揃うことができた理由に――――異常なほど視える、未来視の力に。

 

「……本来、私に立ち向かえる精霊がいるとするなら、狂三、少なくとも君ではなかった。それは――――――」

 

 そうして、独白のように言葉を零した澪の視線が狂三から逸れる。

 

「なに……?」

 

 その視線の先に、困惑を浮かべた十香がいた――――意味を、知る。

 

「――――なるほど。だから、十香さんとあの子は……」

 

 狂三の思考と、金色の左目が澪の言わんとしていることを悟る。

 当然、知ることができたのは狂三だけだ。士道が、説明を求めるように声を発した。

 

「どういうことだ? 十香が、一体どうしたって……」

 

「説明して差し上げたいところですが――――その時間は、許してもらえそうにありませんわねぇ」

 

「そうだね。『私』は、冥土の土産(・・・・・)という表現が、好きではないようだから」

 

『――――!!』

 

 ゾッとするほど静かで、穏やかで……けれど、心臓を直接掴まれたと錯覚するほどの意志(・・)が狂三たちを貫く。

 それが殺気と呼ばれるものではなく、かといって狂三と士道以外に向けるものでも殺す気がないなどという可愛いものではない。

 ただ澪は、必要だからやり遂げる。相手が誰であろうと、必要だから――――神の如き権能を、躊躇いなく振るう。

 

 

「理由はどうであれ、君は私を脅かすほどの存在になろうとしている。『士道』の力か、あの子の力か――――新しい未来は、もう視えた?」

 

 

 そんなもの、知っている(・・・・・)はずであるのに、澪は微笑みを以て問いかけてくる。

 それに対して狂三は、片手を高々に掲げ、己が天使をその背に。愛しい人と、多くの〝友〟を隣に――――超然とした微笑みを以て、返した。

 

 

「これから――――皆様と創り出すところですわ」

 

 

 それが、未来を視る者の務めであり、権利だろう。

 

 

「……何今の、めっちゃかっこいいじゃん。本当は私がバシッと決めたかったのに」

 

「二亜辺りが聞いてたら、次の漫画に採用するかもね……」

 

「お前ら、こんな時に……」

 

 まあ、こんな時でも変わらない人たちに、調子は崩されてしまうのだけれど。

 くすりと、笑みを零したのは狂三だったか、それとも澪だったのか。

 

「そう――――けど、限りなく低い可能性だとしても、君に私を超える未来を視られては、困ってしまうからね。止めさせてもらう(・・・・・・・・)

 

 それが、未来を変えることはないのだから、どちらだって構わなかった。

 

「……楽しい時間だったよ。けど、もう言葉を交わす時間さえ惜しい。私はシンと話したい。シンと触れ合いたい。そのために、君たちの大切なものを返してもらう。君たちには感謝がある。すまないと思っている。君たちの怒りも、覚悟も、全部受け入れる。だから、抵抗するなだなんてことは言わない」

 

 さあ、と。澪が両手を開いてみせる。それは母のようであり――――未来を閉ざす、大いなる(ゼロ)の無慈悲な宣告だった。

 

 

「……かかってきたまえ、『士道』。そして――――私の可愛い、娘たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「…………」

 

 霊装から光の帯を展開し、手を伸ばすように全方位に放つ。それは意志を持ち、文字通り手足のように操ることが出来る力。

本来ならば(・・・・・)、これで戦いは終わっている。それほどの力の差が、澪と精霊たちにはある。

 

 だが――――――

 

「はぁッ!!」

 

「〈絶滅天使(メタトロン)〉ッ!!」

 

 光の帯を躱し、斬撃と光線が迫る。それらは澪を脅かすには至らず、展開した障壁に阻まれ消える――――背後から、衝撃波となった暴風が襲いかかった。

 それもまた、澪には届きはしない。位置を把握した澪の手掌で光の帯を高速で操り、霊結晶(セフィラ)を奪う一撃を見舞う。

 

「……!!」

 

 しかし、避けられる(・・・・・)。十香は『孔』に逃げ込み、折紙は氷の壁に隠れ、八舞姉妹は分身(・・)から伝えられた道を抜い驚異的な速度で澪を牽制する。

 動きが、読まれている。前衛は必ず二人以上で動き、危険なタイミングがあれば六喰、四糸乃の防衛。それで足りないのであれば士道が扱う様々な天使の汎用性で残りを補う。さらに後方から美九、七罪の演奏で必要なだけの力を押し上げていた。しまいには、彼女たちを守るように〈フラクシナス〉から〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉が展開されている。

 

「ふむ……」

 

 よく出来た動きに、澪も感銘の息を吐いた。波状攻撃と高速回避を混ぜた隙のない見事な連携。事前の打ち合わせなどろくになかったはずだが、数々の死線をくぐり抜けた彼女たちからすれば、造作もない連携だといえる。

 しかし、これを可能にしている存在……言うなれば、精霊たちの繋ぎ目(・・・)は唯一、一人。

 贅沢な霊力が込められた幾つもの銃弾が、澪の障壁、その一点目掛けて次々に炸裂した。

 

「きひ、きひひひひひひひッ!!」

 

「あら、あら。随分と動きが緩慢ですわァ!!」

 

「始源の精霊とやらの力、その程度ではありませんでしょう!!」

 

 思い思いの叫びを上げる、同じ貌を持つ幾人もの少女たち。〈刻々帝(ザフキエル)〉によって作り出された分身たちが、戦場の流れをコントロールしている。

 士道の天使、精霊の天使、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉。その全容を澪は知っている。それらに澪の想定を上回る動きを授け続けているのは、間違いなく『狂三』たち――――正確には、『狂三』と意識を共有した狂三(・・)だ。

 

「……まさか、ここまでとはね」

 

 思考共有を会得したのは今し方であろうに、それを何の制約もなく振るう狂三に澪は息を漏らす。

 常に思考を共有するのではなく、必要に応じて配置された分身に乗り移り、指示を下す。そして、幾ら分身を排除しようと〝数〟で勝る『狂三』には無意味だ。

 何よりも、澪の上をいく……澪を捉える(・・・)力。狂三の未来視(・・・)が勝負を分けていた。

 

 数刻前、澪と対峙する以前。狂三の未来視は沈黙(・・)していた。しかし、今の狂三は沈黙していた力で澪に喰らいついてきている。以前、警戒した時とは比べ物にならない潜在能力を開花させ、新たな未来を開こうとするほど成長している。

 

 ――――進化。

 

 数秒の間に、恐ろしい速度で狂三の未来視は進化している。それは彼女自身の意志であり、士道の存在であり、そして――――――

 

 

「あの子の、霊結晶(ちから)か」

 

 

 白い少女の霊結晶(セフィラ)は、今なお澪の中で鼓動を刻んでいる。澪自身の力であるそれは、同時に狂三にも影響を与えていた。

 士道と狂三、あの子の霊結晶(セフィラ)。二者の感情と想定外の力が作用している、ということになる。

 つまりは、澪と対峙している限り、狂三の未来視は止まらない。悪循環だ。このままいけば、万が一にでも澪を脅かす未来を観測し得る可能性があるかもしれない。

 それこそ――――澪の第二の天使(・・・・・)すら、その観測領域に収めてしまいかねないほどに。

 

「……私と同じ過去を視ていた狂三が、未来を変える、か」

 

 皮肉な――――いや、妬ましくも誇らしい気持ちで、澪は無意識に浮かべた微笑みと言葉を零した。

 澪を超える未来の可能性。有り得ならざる未来を、切り開かんとしているという、最愛の親友(とも)が澪には誇らしいのだ。

 希望を生み出す悪夢(ナイトメア)。その希望は輝かしく、異なる希望を導くものだ。精霊と――――士道と。

 

 しかし、だからこそ澪にはわかる。シンを失った澪にはわかってしまう――――希望と絶望は、表裏一体であると。

 

「折紙さん!!」

「了解」

 

 半歩足を引き、折紙が〝槍〟を構えた。

 〈エインヘリヤル〉。勇者の魂を意味するその槍は、周囲に満ちる魔力や霊力を収束させることができる。

 その意味は即ち、澪自身が撒き散らす超高密度の霊力すら、取り込んでしまえるということ。それが必殺の一撃となり、この場において士道以外に唯一(・・・・・・・)、崇宮澪に傷を負わせることが可能であるかもしれない存在。

 無論、喰らうつもりはない。だが、折紙をフォローするように精霊と士道が既に動き始めている。今の狂三であれば、その未来を引き寄せる可能性(・・・)があった。

 

 

「〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉――――――」

 

 

 その未来に到達してしまう前に、未来視の力が不安定なうちに、片をつける。

 両手を広げ、十の翼を羽ばたかせる。知識の中では、こうするのだったか(・・・・・・・・・)

 

 

「――――【翼片(ヘネツ)】」

 

 

 白い欠片が、空間の全てを一掃(・・)する。

 

「な……!?」

 

「しまった――――!!」

 

 映る視界を奪い去る幻影の羽根。

 

 

「――――貸してもらうよ、『私』」

 

 

 刹那、澪は他者からの存在証明を消失(・・)させた。

 

 如何に消滅の力があれど、彼女たちほどの戦士から一度に認識の消失(・・・・・)を行うことは不可能。だが、こうして一瞬でも五感を狂わせることができれば、この程度は容易いものだ。

 

「く……耶倶矢さん、夕弦さん!! 見えなくても構いませんわ。下方目掛けて、全力で風を放ってくださいまし!!」

 

「合点!!」

 

「了承。えいやー」

 

 狂三の声が聞こえたその瞬間、羽を払いながら暴風が地面目掛けて解き放たれた。台風を小型に凝縮したような勢いで着弾し、衝撃波と砕かれた建造物とコンクリートを礫のように撒き散らした。

 衝撃波と礫による索敵。なるほど、理にかなっている。この力は人の認識、機械の感知を消失させることは可能だが、存在そのものが消失しているわけではない。ここに〝いる〟のであれば、物理的な索敵は可能だ。

 

「ッ――――士道さん!!」

 

「え……」

 

 だが、一手遅い。狂三の観測領域から一瞬でも逃れられた時点で、既に勝負は決していた。

 後方で七罪と美九をフォローしていた士道――――の、真後ろ(・・・)。澪は、優しく抱きしめるように士道の身体を捕らえた。

 

「捕まえたよ、シン」

 

「み、お……」

 

 愛おしく囁きかけ、彼の身体はそれだけで硬直してしまい、動けなくなる。

 唯一、その光景を捉えていた狂三が、激昂の感情を表すかのように飛翔した。

 

 

「【一の弾(アレフ)】ッ!!!!」

 

 

 引き金を二度(・・)叩き、神速の領域を一段飛び越え、超神速の領域に狂三は到達する。脳に相当な負荷をかけて戦っているにも関わらず、肉体にまで鞭を打つ自殺行為にしか見えないそれは、狂三の悪い癖だ。

 けれど、迷いなく命を使うことができる高潔な精神に、澪は敬意を払う。

 

 必ず、時崎狂三(オリジナル)が駆けつけると、信じていた(・・・・・)から。

 

「……ごめんね、シン」

 

「な、にを……っ!?」

 

 身体の〝中〟に干渉し、一つの経路(パス)にアクセス――――やはり、二人の特殊な経路(パス)は、澪であっても干渉が出来ない。が、それ以外(・・・・)であれば、可能だ。

 驚愕の表情を浮かべた士道は、そのまま唇を澪が望むままに(・・・・・・・)動かした。

 

「〈破……軍、歌姫(ガブリエル)〉――――!?」

 

 美九が扱うものと全く同じだけの質量を備えたオルガンと鍵盤。士道は震える指で、完璧に、そして軽やかに音を奏でた(・・・・・)

 

「【独唱(ソロ)】……ッ!?」

 

 そう。歌姫に許された他者を従えるための音色(・・・・・・・・・・・)を。

 

「だ、だーりんの、歌……!!」

 

「身体が、動かな……い……っ!?」

 

 機敏な動きを見せていた精霊たちが、誰一人として身体を動かせずに落ちていく。

 この天使の資格者、美九であればこのような効能は発揮することができない。だからこそ、美九も驚愕の表情を浮かべているのだ。

 

「みん、な……」

 

「……あまり、君の気持ちを利用したくはなかったのだけれど」

 

 必死の抵抗も虚しく、士道は声を苦しげに発することしかできない。心苦しいが、澪は冷酷に演奏を続けさせた。

 〈破軍歌姫(ガブリエル)〉・【独唱(ソロ)】。

 本来ならば、一定の指向性を持たせて相手を支配下に置く歌。だが、今回はこの一帯に洗脳の音色を響かせた。霊力を持つものであれば、拒絶することなど容易いはずだった――――しかし、士道が使うなら話は違う。

 士道は、全ての精霊をデレさせた(・・・・・)少年。この場で、彼に心を開いていない精霊など存在しない。心を開いていればいるほど(・・・・・・・・・・・・)動くな(・・・)という演奏は本人たちの意志に反して効果的に働く。

 が、精霊に危機が迫れば、士道の意志で解除されてしまう危険性も含んでいる。全ての霊結晶(セフィラ)を回収するには不十分。

 

「っ……!!」

 

 故に、澪の狙いはただ一人。超神速を止められ、澪の視認距離で顔を歪ませる時崎狂三(オリジナル)のみ。

 効果作用は一瞬。だが、一瞬でも狂三を止められるなら十分だった。

 霊装から伸ばした複数の光の帯。それら全てを狂三へ向けさせる。万が一にも取り逃してはならない。万が一を、澪はこれから取り除く。

 狂三へ迫る光の帯――――ほんの僅かに、動きが鈍る。それに眉根を下げた澪は、諭すように声を発した。

 

 

「……平気だよ。傷つけたりしないから」

 

 

 狂三を傷つけるようなことは――――最後の想い(・・・・・)を踏みにじるようなことは、出来なかった。

 

「狂三ッ!!」

 

 予想通り、縛りを振り切った士道が精霊たちへ向けていた演奏を断ち切る――――しかし、狂三の拘束はその瞬間に終わった。

 

「く……この……ッ!!」

 

 そうなっては、超神速の時間加速も、未来視も意味を為さない。あの一瞬、狂三が澪を観測できなかった瞬間に、既に勝負は決していた。

 

 

「ずっと見守ってきた――――もう私は、君たちの未知数を侮ったりはしないさ」

 

 

 ここで、未来の可能性を閉ざす(・・・)。奇跡はもう、起こさせない。

 光の帯が狂三の腕を、足を、胴を縛り付ける。狂三を苦しめるためのものではない。狂三を送る(・・)ためのものだ。

 

「シドー、狂三!!」

 

「今行く――――!!」

 

 そこに斬撃と光線が届く。真っ先に攻撃を放った、十香と折紙だ。

 しかし、悲しいかな――――狂三を拘束していた帯が光を放ち、狂三ごと姿を消した(・・・)

 

「な――――」

 

 目を見開き、その光景を見た士道が、呪縛を振り切るように霊装を掴み上げ、鋭い眼光で澪を射た。

 

 

「澪ッ!! 狂三をどこへやった――――ッ!?」

 

「安心して。悪いようにはしない――――シンも、少しの間だけ、待っていてね」

 

 

 な、と。士道が声を漏らす一瞬で、彼を戦いのない場所へ転移(・・)させた――――これ以上、シンが自分を責めるような目で見ることに、耐えられなかったのかもしれない。

 

 そして、これから起こす惨劇(・・)を、あの二人には見せたくなかった。たとえこの感情が、身勝手なエゴだったとしても。

 

「澪――――ッ!!」

 

「…………」

 

 十香の怒りを込めた叫び。折紙の冷静な顔の裏にある灼熱の如き怒気。他の精霊たちも、同じように澪を見据えていた。

 それらを等しく受け入れ、ゆっくりと手を天に伸ばす。観測者は、もういない。ならば、次の権能を振るうことに何の躊躇いがあろうか。

 

 

「――――――――」

 

 

 ああ。けれど、悲しみの声が聞こえる。己の裡から発せられる制止(・・)の声に顔を曇らせながら――――――

 

 

 

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 

 

 高々に、法の天使を謳った。

 






それは、独りよがりの理想郷。神は愚かであっても少年を求める。何故なら、存在を無くすことなど出来ないから。出来ていたら、神などと呼ばれていないでしょう。


澪が狂三を侮っているというより、力を把握し終えた次の瞬間には狂三の未来視が加速している、って感じです。それでもなお、未来は遠い。
精霊への好感度上げてきたの知ってるの澪ですからね。そら士道くんの〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の暗示は精霊にえげつないくらい効果があります。気持ちで奇跡を起こしてきたなら、好意の込められた歌がどうなるかなど火を見るより明らか。……この戦術めちゃくちゃ性格わるry

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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