デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百六十九話『零へ迫る勝機(せいぞん)

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 

 澪が祈りを受け取るかのように手を天へ掲げ、言う。

 その瞬間――――折紙たちの胸に、恐怖(・・)の感情が芽生えた。

 それは、本能。生に必要な本能であり、根源的に刻まれた人間の感情。何より、胸の裡に収まるもう一つの心臓(セフィラ)が告げている。いいや、識っている(・・・・・)と、言うべきなのか。

 大地に振動が走る。澪の背後から現れた巨大な尖塔が、振動の正体。幾つもの枝葉を広げ、幹に少女を抱いた大樹――――変化は、一瞬だった。

 

「ッ……!!」

 

 動揺が喉を通り過ぎる。折紙だけではなく、他の精霊たちも同じだった。

景色が変わる(・・・・・・)。空、地、物。例外はない。折紙たちの見る景色すべてが、樹が侵食するかのように様変わりしていく。

 

「……ッ!? これは……」

 

「……この、感覚は」

 

 得体の知れない現象に最大限警戒する十香。彼女とは別に、折紙は折紙にしかわからない感覚を覚えていた。

 ――――白と黒とで構成された、モノクロの世界。方眼紙のように整然と区切られた地面。ブロックに連なる段差。夜闇の色ともまた違う、漆黒の空。

 世界にある色を一度、白と黒でリセットしてしまったような風景。ここは既に、別の空間(・・・・)である。そう、直感的に悟らされた。

 

「……、随意領域(テリトリー)?」

 

「むん、これ(・・)正体がわかるというのか?」

 

「拝聴。是非伺いたいのですが」

 

 精霊たちも動揺の中で怯むことなく澪と対峙しているものの、やはり新たな天使の力に戸惑いを隠し切れず言葉を零した折紙に問いかけてくる。

 確かに、この感覚に思わず近い(・・)ものを上げたのは折紙だ。だが、折紙は僅かに首を横に振って返した。

 

「わからない。随意領域(テリトリー)には似ている。けれど、こんな……」

 

「――――その感覚は間違いではないよ」

 

 他ならない澪自身が、折紙の感覚を真っ先に肯定するように声を発し、続けた。

 

「DEMが『これ』をモデルに再現したのが、随意領域(テリトリー)という空間だ」

 

「…………」

 

 再現、と澪は言う。なるほど、ならば効果は然るべきだろうと、折紙は苦虫を噛み潰したような気持ちを、何とか表情に出さずに済んだ。

随意領域(テリトリー)とは、文字通り領域。魔術師(ウィザード)が持つ最大の武器にして、もっとも力量という面が試される力。

 その空間内に置いて、魔術師(ウィザード)は自分だけの奇跡を具現化させることができる。空間にあるものであれば、己の技量次第で自由自在に操ることができるのだ――――その力の祖と、澪は言った。

 折紙には、容易に想像ができてしまう。この力の規模を。折紙が正体を断定できなかった理由は、折紙自身が自分の感覚を疑ったことにある。

 たとえば、通常の魔術師(ウィザード)随意領域(テリトリー)を蛇口から流れ出る極小量の水だとするならば、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉と呼ばれるこの天使の領域は――――街一つを呑み込む津波(・・)だった。

 

「……私の随意領域(テリトリー)は、常に展開され続けている。この世界から、薄膜を一枚隔てた先に。そして今、私はその核たる〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の一部をここに召喚した。つまり今、私を中心としたこの一帯は――――『隣界』と化している」

 

 隣界。特殊災害指定生命体・精霊が棲まうと言われる異界。しかし、折紙は澪の言葉を理解し切ろうとは思えなかった。

 士道と狂三の行方も気にかかる。けれど、二人の安否の前に――――一秒後の生存(・・・・・・)を、必死に考えねばならない場面だった。

 

「十香」

 

「うむ」

 

 目配せは必要ない。言葉一つで、刃を構え並び立つ十香へ意志を通達する。

 恐らく、考えていることは同じだ。折紙は理屈で、十香は狂三とは異なる未来視とも言える直感で、全く同じことを悟ったはずだ。

 次の瞬間――――――

 

「――――はぁッ!!」

 

「ふ――――ッ!!」

 

 渾身の霊力を込め、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の煌めきと〈絶滅天使(メタトロン)〉の極光を解き放つ。

 届きこそすれど、こんなもので澪は倒せはしない。強烈な爆風――――一目散に、折紙たちは背を向けた(・・・・・)

 

「皆、一度退くぞ!!」

 

「異議なし!!」

 

 耶倶矢、夕弦が風を押し上げるように放ち、精霊全員の速力を高め上昇させる。

 折紙と十香だけではない。耶倶矢、夕弦、六喰、四糸乃、七罪、美九。この場にいる誰もが、狂三と士道を欠いてしまった今、新たな天使を展開した澪と戦うことは無謀だと判断した。

 折紙たちを助けてくれていた〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉は、視界に入っている範囲では機能をほぼ(・・)停止している。つまり、少なくとも外部との繋がりは、断ち切られてしまっているということになる。

 ならばせめて、この空間の外へ。脱出し、澪の力を観測している〈フラクシナス〉と通信を取れなければ、勝機どころか生存すら出来ない(・・・・・・・・)と、本能と経験が叫んでいる――――!!

 

「……ん。素早い判断だ」

 

 しかし。

 

 

「――――もう、出られない(・・・・・)けどね」

 

 

 無慈悲に、澪の声が響いた直後――――見えない壁(・・・・・)に、全員が弾き飛ばされた。

 

「く……っ!!」

 

「きゃん!?」

 

「な、何……!?」

 

 対応できるように集っていた精霊たちが、散り散りに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるように衝突してしまう。

 外界へ出ようと空へ飛んだ折紙たちは、空にぶつかって(・・・・・・・)、強く拒絶されたように弾き飛ばされたのだ。

 

「っ、これは……!!」

 

 手遅れだった。既にこの空間の奇跡(・・)は澪の手の中。天使を展開してから、一歩も動かず(・・・・・・)にいる澪の中に、折紙たちは封じ込められてしまったのだ。

 起き上がり、状況を確認する。それぞれ遠くはないが、一息に集える距離ではなく折紙は渋面を作る。

 どうするか。呻く折紙が声を発するよりも早く、しゃりんと音が鳴り響く。

 

「むん。ならば、本体を狙うまでじゃ」

 

 手にした錫杖を澪へ、正確には、澪の背に聳える大樹へ素早く向けた。

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉とやらの力が如何様であろうと――――そこに在る(・・)ならば、止めて(・・・)しまえば、その権能も意味を為さぬ……!!」

 

 構えた前方の空間から『孔』が生じ、その中へ天使の先端を突き刺し、六喰が力強く錫杖を捻った。

 

「〈封解主(ミカエル)〉――――【(セグヴァ)】!!」

 

 鍵の天使、〈封解主(ミカエル)〉。万物を封じることが出来る、絶対なる力だ。始原の精霊の天使と言えど、直接『閉じて』しまえば効力の全てを失う。

 

 それが、この空間で――――許されるならば(・・・・・・・)

 

「……!! 駄目だ、六喰!!」

 

「止めて……ッ!!」

 

 折紙と十香の警告は、全くの同時。

 そう。六喰の選択は正しい。未知の力に対して、力そのものを『閉じる』。本体に隙はなくとも、その天使が目に見えるのなら鍵は届く。

 

 

「あ……が……っ――――?」

 

 

六喰自身の首すじに突き刺さって(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……駄目だよ」

 

 この世界の()は、淡々と言葉を吐き出した。

 

 

「……言っただろう? 『ここ』は、こちらの世界に侵蝕した隣界――――私の世界だ。全ての法則、全ての条理、全ての自然律が、君たちの知る世界とは異なる。この世界において、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉を攻撃することは、できないことになっている(・・・・・・・・・・・・)んだ。――――人が水の中で生きられないように。木から離れた林檎が空に落ちないように」

 

 

 それこそが、この『世界』の法則(ルール)

 澪がYESと決めればYES。澪がNOと決めればNO――――そんな、全能感に満ちた子供のような『世界』こそ、天使・〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の正体なのだと……あまりに絶望的な力を、こんなにも容易く振るってしまえる存在が、現実を超える空想が、折紙たちの前にあった。

 澪が言うと同時、天使を『閉じ』られた六喰の身体がぐらりと傾き、モノクロの地面に落ちる。六喰の霊装が消失し、その背から淡い輝きを放つ宝石が姿を現した――――霊結晶(セフィラ)

 それを視認した折紙が動く。その動作を圧倒する二陣の風が、薙ぎ払うように撒き散らされた。

 

「渡すかっての――――!!」

 

「介入。させはしません」

 

 最速の暴風、耶倶矢と夕弦が駆け抜ける。六喰の命を救うために。澪に引き寄せられる霊結晶(セフィラ)が緩やかに思えるほどの、最大最速の速力。

 

 

「――――ふむ。なら、風は吹かない(・・・・・・)、ということにしよう」

 

 

 だが、澪は手を上げて、そんな無慈悲な判決を下した。

 

「へ……」

 

「驚、愕」

 

 風は、止まる(・・・)。永遠から切り取られた刹那の時、『世界』の風は消し去られた。

 最速の風が失われれば、残るのは――――伸ばされた光の帯に、抗うことが出来ない耶倶矢と夕弦のみ。

 

「〈氷結傀儡(ザドキエル)〉!!」

 

「〈破軍歌姫(ガブリエル)〉・【輪舞曲(ロンド)】!!」

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉ッ!!」

 

 氷の壁が生み出される。防御の〝声〟が進行を止める。千変万化が〝声〟を重ね合わせるように合唱する。

 

「折紙ッ!!」

 

「六喰は私が」

 

 その隙を縫うように十香は八舞姉妹へ。折紙は六喰の元へ大地を蹴って飛び出した。

 間に合うか――――否。間に合いはした。ただしそれは、折紙と十香ではなく影から滲み出た(・・・・・・・)存在によって、だが。

 

「きひひひひひッ!!」

 

「わたくしたちを忘れていただいては困りますわァ!!」

 

 モノクロの世界から滲む黒。『狂三』――――狂三の残した分身体が、六喰、耶倶矢と夕弦へ至る。

 六喰の身体から排出された霊結晶(セフィラ)を押し戻すように手に取り、耶倶矢と夕弦と守るように抱き込む『狂三』。

 

 

「ううん――――忘れてなんて、いないよ」

 

 

 光の帯は、何事もなく全てを貫いた(・・・・・・・・・・・)

 

「が……あ……っ!!」

 

「君たちは『狂三』だ。親愛なる友人を、私が忘れると思うかい? ――――君たちなら、必ずを機をうかがっていると思っていた」

 

 苦悶の声を上げる『狂三』に、澪は本気でそう告げていた。氷と〝声〟の壁を存在しないかのように(・・・・・・・・・・)すり抜け、光の帯は折紙たちの目前で『狂三』――――耶倶矢と夕弦を、貫く。

 

 

「ぁ――――ち、っく……しょう。ここ……、で、リタイ……ア、とか。夕……弦、みんな、ごめ――――――」

 

「謝……罪……、すみ……ません、耶、倶矢、マス、ター……折、紙――――――」

 

 

 弱々しくも、互いを想い合う姉妹――――それが、最後の言葉だった。

 

「耶倶矢、夕弦――――ッ!!」

 

 愕然とし、手を伸ばす折紙たちの目の前で――――無情に、命が『死』を得る。

 墓標のように積み重なった『狂三』たちの上へ、耶倶矢と夕弦が落ちる。彼女たちの纏っていた霊装が光へ還り、その身から霊結晶(セフィラ)が抜き出され……散らされた『狂三』が手にしていた六喰の霊結晶(セフィラ)共々、澪の元へ吸い寄せられて行った。

 

 

「……これで、四つ」

 

 

 耶倶矢と夕弦の霊結晶(セフィラ)は合わさるように一つの結晶へ。それは六喰の霊結晶(セフィラ)と共に澪の胸へと吸い込まれ――――呼応するかのように、星に二色の光が灯った。

 

「……!!」

 

 澪から発せられた霊力の波動が、新たな波長を示した。それがわかって、折紙はギリッと歯軋りをして澪を睨みつけた。

 橙色と黄金の光――――――

 

「六喰さん、起きて……ください……っ!!」

 

「耶倶矢、夕弦……っ!!」

 

 命の灯火が消え失せた、三人の輝き。

 四糸乃が目に涙を貯めて六喰を揺すり起こそうとしている。美九も七罪も、同じようなものだ。

 十香は離れた場所にいる耶倶矢と夕弦の元へ、今ようやく駆けつけることができたが――――同じだ。烈火の如き激昂を、その顔に貼り付けている。

 

 

「――――――」

 

 

 かくいう折紙だって、同じ。人よりも多く、死と関わる生活を送っていた。覚悟はしていた――――けれど、友人の死に憤怒を高ぶらせないほど、折紙は冷酷にはなれなかった。

 激情を霊力に込め、込めすぎた霊力による激しい火花を散らしながら『羽』を幾つも、幾つも、幾つも生み出す。

 自身でもわかってしまう、感情の渦が迸る。極度のストレス下(・・・・・・・・)に、折紙はある。怒りに飲まれることなく、怒りを制御する。かつて、十香が引き起こした霊力の解放(・・・・・)を――――――

 

 

「――――させないよ」

 

「ッ!!」

 

 

 爆熱していた霊力の流れが緩やかに……そう、開けられた蓋を、強制的に閉じられてしまったかのように。

 原因は、言うまでもなく折紙の霊力解放を察知した澪。士道に天使を強制的に使わせるだけでなく、このようなことまで可能だいうのかと、折紙は苦渋に顔を歪めた。

 

「……またシンに封印する手間を増やされては面倒だからね。十香、君も同じだ。悪いが、一時的に経路(パス)を狭めさせてもらったよ」

 

「く……」

 

 折紙と同じことを為そうとしていた十香が、悔しげに言葉を詰まらせたのを感じ取る。

 悉く封じられていく。戦う術を、立ち向かう術を。自分たちが摂理から外れた力を持っている――――そんな慢心を、真の精霊(かいぶつ)は懇切丁寧に打ち砕いていく。

 一度伏せた目を上げた澪は、折紙たちへ言い聞かせるように続ける。

 

 素早く、だが確実に。

 

 

「……戦う前に、私は言ったはずだよ――――君たちの力は、全て想定内だと」

 

 

 折紙たちの勝機(せいぞん)は、刻一刻と失われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 身体の感覚が曖昧になる。広がっているはずの視界が遮断される。奇妙な感覚に、上下左右の認識させ狂わされている。

 既知の感覚で例えるならば、〈フラクシナス〉の転送装置に運ばれている時に近しい。

 

「――――きゃっ!?」

 

「…………え?」

 

 そして、突如として開ける視界というのも、また類似していた。

 何が起こっている――――級友の山吹亜衣を、士道が覆い被さるように腕を押さえ込んでしまっていた。

 

「や、山吹!? なんでこんなところに!?」

 

「それはこっちの台詞なんだけど!?」

 

 冷静に考えればご最もではあるのだが、今の士道に上手い返答が用意されているわけもなく、自分以上の声量に返す言葉もなかった。

 というより、士道が返すより早く、後方から別の声が聞こえてきた。

 

「な……っ!! 五河くんが亜衣を押し倒してる!?」

 

「ていうかどこから現れたの!? 天井に張り付いて亜衣を狙ってたの!? そもそも今朝の騒ぎはなんだったの!?」

 

「そういえば前もなんかあったなこんなこと!! テメェ十香ちゃんたちだけじゃ足んねぇってのか!? あと今朝について詳しく話せ今すぐにだ!!」

 

 亜衣の友人の麻衣と美衣、ついでに士道の友人の殿町宏人が驚愕の表情とポーズ、あと今は関係ないことを追求していた。

 

「え……こ、ここって……」

 

 士道の感覚で一瞬前、認識していた場所と大きく異なる空間――――天宮市の地下に備えられた避難用のシェルター。最近はめっきり馴染みのなくなったこの場所に、士道はなぜか飛ばされて(・・・・・)しまった。

 ――――飛ばされた。無意識に、士道はそう考えた。理由は、単純だった。

 

『安心して。悪いようにはしない――――シンも、少しの間だけ、待っていてね』

 

「――――――――」

 

 そうだ。狂三が飛ばされた(・・・・・・・・)

 見開いた目をくっと歪め、力を込めて立ち上がって叫んだ。

 

「狂三!! どこだ、返事しろ!!」

 

「へ……時崎さん?」

 

「くそ、頼む。返事をしてくれ!!」

 

 周りを見渡して叫ぶが、一向に声は返ってこない。見知った顔が怪訝そうな表情を返してくるだけだった。

 

「っ……くそ!!」

 

「お、おい。五河?」

 

 大急ぎでシェルターの出口まで駆け出そうとして――――止まる。

 

 戻って、何が出来る? 精霊の劣化した力を振るうことしか出来ない士道が行ったところで、状況は変わるのか? 寧ろ、さっきのように澪に力を利用される可能性だってある。

 

「くそ……くそッ!!」

 

 ギリッと奥歯を砕かんばかりに噛みしめ、激しく髪を掻き毟る。

 何も出来なかった。自分のせいで狂三は澪の手に落ちて、十香たちもまた危機に晒されている。自分がいったところで、更に状況が悪化してしまうかもしれない。けれど、ここで案山子のように黙って立っていることなどできるものか。

 どうする。どうしたらいい。何をすればいい。何が出来る。何かを探そうとして、焦りだけが積み重なる悪循環――――――

 

「おい、落ち着けって!!」

 

「っ……」

 

 誰かに肩を掴まれ、士道の思考が一度止まる。

 肩を掴んだ殿町は……否、殿町だけでなく、亜衣、麻衣、美衣も士道を案じる表情で声を発した。

 

「何やってんだよ、お前らしくないぜ五河」

 

「そうそう。五河くんがおかしいのはいつものことだけど、そういうのはよくないよ」

 

「十香ちゃんが悲しむからやめときなってー」

 

「何かあったなら相談に乗るけど……」

 

 友人たちが、自暴自棄になった自分の身を案じていることがわかる。

 一瞬、そのことに煩わしさを覚え――――そんなことを考えてしまった自分に対し、激しい嫌悪感に顔を顰めた。

 純粋に心配をしてくれた友人たちへ、何故そんな黒い感情を抱く。決まっている。自己嫌悪からの、八つ当たり。最低な行為だ。らしくない、本当にらしくない。

 頭を振って無様な自分を追い出し、改めて殿町たちへ礼を言う。

 

「……ありがとう、殿町。亜衣、麻衣、美衣」

 

「いや、いいけどよ……。マジで何があったんだ?」

 

「それは……」

 

 答えあぐねる。というより、答えられない。殿町たちは外の騒ぎなどしらない。十ヶ月前、何も知らなかった士道と同じく。

 ようやく手を取ってくれた大切な人が、自分のせいで危機に瀕している。それだけで胸の裡から黒い感情がせり上がってくるようで――――――

 

 

『――――ですが士道さんが冷静にならねば、救える方も救えませんわよ』

 

「――――ああ、大丈夫だ」

 

 

 殿町に向けた言葉ではないと思われたのか、彼が不思議そうに首を傾げている。

 黒い感情……絶望(・・)の声。耳障りで、身を浸したくなる。それを、愛しい少女の教えで抑え込んだ。

 思考を止めるな。反省を活かして、次に繋げろ。

 冷静さを、他人に任せるな。彼女の聡明さを思い出せ。覚悟をもって前へ進む、凛々しく、そして美しい女王の姿を刻み付けろ。

 

 今、時崎狂三を助けられるのは自分だけだと自覚し、決して揺らぐな。

 

「――――皆さん、さっきからどうかしましたか?」

 

「た、タマちゃん……。いやー、五河のやつが何か体調が悪いみたいで……」

 

 外部からの音を断ち切れ。唇に指を当て、思考の海に入る。

 狂三のように刹那の思考を熟考に置くことは叶わない。だが、真似事くらいは出来る。それだけの経験を、士道は積んできたという自負がある。

 狂三はなぜ、澪の手で転移させられた――――狂三の未来予測をもっとも警戒していたからだ。

 澪はなぜ、狂三に危害を加えない――――これは違う。今は思考から外せ。

 

「た、大変じゃないですか!!」

 

「あー、大丈夫ですよー。五河くんが体調悪いのはいつものことなんで」

 

「そーそー。今日も早退したわけだしねー」

 

「あれはまじひくわー……ちょっとかっこよかったけど」

 

 重要なのは、何処へ(・・・)飛ばされたか、だ。

 士道だけを天宮市内のシェルターに飛ばした理由。恐らく、士道だけならば問題にならない、つまりは〝想定内〟に収めてしまえるということ。もう一つは、士道が戻る前に決着をつけてしまえる、ことを終える自信がある……そういう意味だと、士道には思えた。

 であるならば、なおのこと、今すぐ狂三を取り戻さなければならない。手遅れになる前に、士道の手で。引き離されてしまった狂三を、士道が奪い返す。

 単純明快だ。それでいて、かなりの難題だ。何せ、澪が狂三を何処へ転移させたかなど、皆目見当もつかない。なら、打つ手はないというのか。

 

 

「いや――――あるな」

 

 

 否、ある。有り得る。士道の身には精霊の力――――澪の思惑通りに封印された、十香たちの力が宿されている。

 確かに、精霊の祖たる澪には通用しない力なのかもしれない。だが、彼女の策をただ一つ見透かし、一矢報いることなら可能かもしれない。

 

「お、おい五河!! 神妙な顔してないで大丈夫だってタマちゃんに言ってくれよ!!」

 

「え……ああ、悪い悪い」

 

 と。士道が相当考え込んでいると気がついて、士道の担任、岡峰教諭、もといタマちゃん先生を止めていてくれたらしい。どういう言い訳をしたのか知らないが、タマちゃんが随分と心配そうに士道を見ている。

 いやはや、今朝から……いいや、普段から随分と気苦労を掛けているのだろう。苦笑し――――更に気苦労を掛けてしまうと、士道はフッと頬を緩めた。

 

「すみません、先生(・・)。心配かけたみたいで。俺なら大丈夫です」

 

「そ、そうですか。よかったぁ……」

 

「でも――――俺、行くところが出来ました」

 

 へ? とタマちゃん先生と殿町たちが目をぱちくりとさせ、呆気に取られた。

 瞬間、士道は意識のスイッチを切り替える。願い、集中し、唱える。

 

 

「――――〈封解主(ミカエル)〉」

 

 

 それだけで、天使は応えてくれる。手の中に淡い光が収束し――――鍵の天使・〈封解主(ミカエル)〉をこの世に顕現させた。

 

「は……!?」

 

「なん!!」

 

「じゃあ!!」

 

「そりゃぁぁぁっ!?」

 

「――――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 人知を超えた超常現象を目の当たりにし、級友たちと先生がこれ以上ない驚きを顕にした。

 まあ、そうなるだろう。かつての士道は、驚きより先に理解を超えたことへの達観にも似た感情を覚えたが、全員が全員そういうわけではない。驚くのは当然のこと。

 そして、この場で天使を扱うことが、明確な違反行為であることも理解している。一般人の目に触れさせてはいけない、耳に入れさせてはならない。琴里から厳命されていた。

 しかし、妹からの有難いお説教と大事な少女の命。どちらを取るか、士道も男なら覚悟は決めていた。

 

「な、な、なななななな……!! い、いいいいい五河くん、なんですかそれぇ!?」

 

「悪い殿町。集中するからタマちゃん先生頼んだ!!」

 

「た、頼んだって、おま……え、えぇい、ままよ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「タマちゃん先生に何してんだ殿町ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

「今回ばかりは誤解だからお前らも手伝ってくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 周りの騒ぎを無視し、全ての雑念を叩き伏せる。求めるべきものは、この天使へ捧ぐ想いだけでいい。

 天使とは、使い手の想いを映し出す水晶。そして〈封解主(ミカエル)〉は万物を『閉じ』、『開く』ことが出来る鍵の天使。

 つまり、願えば道は『開く』のだ。何処へいるかなど関係はない。世界で一番、狂三のことを識り、狂三のことを愛しているのは、この五河士道を於いて他にない。至るだけの〝縁〟は、士道がこれまで紡いできた記録だ。

 

「く……っ」

 

 手にした錫杖に全神経と狂三への想いを乗せる。〈封解主(ミカエル)〉は士道が初めて扱う天使だ。どこまで『孔』を開くことが出来るのか、その確証すら得られていない。

 確証はない。だが、士道には確信があった。天使の本質。想いの力。士道の心は、今一つだけだ。

 感じる、時崎狂三の存在を。彼女はまだ生きている。呼吸をしている。心臓が鼓動している。士道の中にある狂三との強固な繋がりが『道』を繋げる。

 

 そうとも。想うことは単純明快、至極当然。

 

 

「お前は――――俺の女だろ、狂三ッ!!」

 

 

 奪われたなら、奪い返す。ただそれだけだ。

 

左目(・・)が――――見えた。

 

 

「【(ラータイブ)】ッ!!」

 

 

 呼応する瞳が導くままに、士道は錫杖を虚空に突き刺し、躊躇うことなく回した。

 『孔』が開かれる。感覚が導き出した『道』の先には――――――

 

「海――――なの、か?」

 

 断定しかねてしまったのは、その〝海〟の暗さ。眉をひそめてしまう暗さがあった。しかし、海に存在する深海ともまた違うような……そもそも、全く別の空間(・・・・・・)のようだと、直感が士道へ教えているようだった。

 とにかく、〈封解主(ミカエル)〉が開いたというのなら、この『扉』の先に狂三は――――――

 

「――――ッ!?」

 

 が、次の瞬間、士道の身体に強烈な違和感が襲いかかった。厳密には――――〈封解主(ミカエル)〉の根本的な部分が、震えたかのような感覚。

 何かがおかしい。原因はなんだ? そんなことを考えた士道の目前で、『孔』が閉じ始めた(・・・・・)

 

「やべ……っ!!」

 

 一瞬途切れた集中力が原因なのだろう。扱い慣れていない天使であり、見知らぬあちら側(・・・・)への道を維持できない。

 咄嗟の判断――――士道は思いっきり『孔』へ向かって飛び込んだ。

 

 

「うおおおおおお――――ッ!!」

 

「五河ぁっ!?」

 

 

 タッチの差で士道が潜り込んだ。士道を呑み込むように『孔』は塞がっていき、殿町の叫びを最後に空間は完全に断ち切られる。

 

 

 始原の海――――現実と幻想の境界へ、士道は足を踏み入れた。

 






未知は想定内へと収束し始め、消えかけた可能性へ少年は手を伸ばす。
狂三は何処へ行ったんでしょうねー(棒)いやぁわからないなぁ…まあ、ある意味で『時崎狂三』と因縁のある場所の近く、かもしれませんねぇ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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