デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十話『神はサイコロを振らない』

 

 

 状況は、ほぼ最悪に近いものとなっていた。

 

「通信の回復は?」

 

「……どんな方法も受け付けません。困難であると思われます」

 

 いいや、断言しよう。近いのではなく、最悪だった。

 クルーからの報告は変わらず、無情の一言に尽きる。モニタに映る異空間――――澪が展開した新たな天使は、外部からのあらゆる通信手段を拒絶していた。

顕現装置(リアライザ)を駆使していようと変わりはしない。天を突く大樹と、それを中心に形成された異空間に囚われた精霊たち。直前、恐らく何処かへ転移させられた士道と狂三。援護の一つも叶わないほど一瞬の出来事に、琴里は己の不甲斐なさを隠せない。

 

「二亜、解析結果は?」

 

 だが、琴里に落ち込んでいる暇などない。すぐさま別の結果を求め、本来なら令音が座っていた場所へ収まった二亜へ言葉を飛ばした。

 二亜は他の精霊と異なり、霊結晶(セフィラ)の大部分を失っている精霊だ。本当なら、安全な場所へ避難させるのが筋なのだが、彼女たっての願い出もありこうして令音の後釜に収まってもらっている。

 しかも幸運というべきなのか、二亜は時間さえあれば観測機器の使用法について、令音から重点的に教わっていたため、この役割(・・・・)をこなすにはうってつけな人材だったというわけだ。

 琴里からの問いに二亜は……何やら顔をひきつらせている。どうやら答えは、琴里たちの望むものではあれど好むものではない、ということらしい。

 

「……はは、ヤバすぎってレベルじゃないね、こりゃあ」

 

「あら。ぜひ聞かせてもらいたいわね、その中身について」

 

「これを聞きたいってのは相当なドMだぜぃ、妹ちゃんよ」

 

「安心なさい。どんなものだろうと、喜んで受け付けるわ。神無月が」

 

 もちろんでございます司令!! などという忠犬神無月の雄叫びは愛のムチという名の軽いスルーを行い、二亜に先を促す。

 口を噤みたくなる気持ちはわかるが、今の琴里たちは知らなければならない。そして、伝えなければ(・・・・・・)ならないのだ。

 あははと苦笑した二亜が、慣れない作業に忙しなく動かしていた腕を止め、モニタを見つめながら返してきた。

 

「……おし。ちょうどもう一個の方も解析が何とか追いついたから、まとめて解説させてもらうけど――――まず最初の丸っこい花みたいな天使。あれから出た光を浴びた生物は例外なく死んで、物体は全部壊れてる。ダメージを負って……とかいう問題じゃないわこれ。なんていうの? そのものが持ってる生命とか、寿命とか、耐久限界とか? そういうのを一瞬でゼロにしてるっていうか……一言で言うと絶対死ぬビーム? やや、あたしのくるみんへの感想がラスボスちっくな能力なら、こっちは裏ボス的な出鱈目さだわ」

 

「生命を消し去る――――消失の力、ってことかしら」

 

 顎に手を当てた琴里の頭には、ある天使の存在が既視感のように浮かび上がっていた。

 白い少女の天使。概念干渉という難を喰らう外装。そう、理屈が似ているのだ。アレは、あらゆる干渉を〝消滅〟させる法外な力を宿していた。

 似ている。澪の天使と少女の天使は、限りなく似通っている。〝消滅〟の理屈が澪の天使と同じならば、干渉してくるエネルギーを全てゼロにしているならば――――言わば『死』の概念をぶつけ、事実上の消滅を促している。……不思議と琴里には、両者が同じものとしか思えなかったのである。

 理屈だけでなく、琴里の〝経験〟がそれを悟らせていた。

 

「で、まあ本命のもう一つは……なんかもう、あの一帯だけ完全に別の世界だよありゃ。数値狂い過ぎてるし、構成する霊子も一秒あれば全く別のもんになってる。……内部まで入れれば、マシな情報が計測できるかもね」

 

「マリア」

 

『既に終わっています。分身の狂三へ、解析結果の譲渡は完了しました』

 

「……さすがね」

 

『こういう時こそ、AIの処理速度を活かすべきです』

 

 得意げながら茶化すように言うマリアに、琴里はくすりと笑い、そうねと頷いて返した。

分身の狂三(・・・・・)へ。そう、それが琴里たちに託された役割。直接戦闘ではなく、澪の力を解析し、万が一(・・・)のために備えること。その万が一は起こってしまった。

 備えあれば憂いなし……とはいうものの、ろくな備えもなく挑んでしまった決戦中に言える言葉ではないと苦笑し、声を発した。

 

「マリア。『狂三』を脱出させて」

 

『了解。琴里、それでは』

 

 マリアへ、そしてクルー各位へ。琴里は、もう一つの躊躇いもなく激励を発した。

 

 

「ええ。あの空間へ、突入するわ」

 

 

 死地へ、向かう。もはや、留まる理由は存在しない。狂三と士道を探す時間も、ありはしないだろう。……正直、空間が展開された時点で艦を突入させるべきだと迷いはした――――けれど、琴里は求められた役割すらこなせない無能ですと、皆へ責任を押し付けることはできなかった。

 行って、琴里たちに何が出来るのか。神と呼ばれし精霊を相手に、自分たちがどう立ち向かえばいいのか。わからない。わからないが、退路は既に絶っている。ならば、前へ進むしかないのだ。

 

 絶望の中に眠る、希望があることを信じて、琴里は最後の最後まで抗いたかった。

 

「二亜。突入後、解析も並行して続けてちょうだい。〈フラクシナス〉なら、内部から外へ情報を届けられるかもしれないわ」

 

「ラジャー!!」

 

 何ともまあ、元気だけは一人前の適当な敬礼をする二亜。

 そんな二亜へ……否。クルーたちへ、指示こそ出したが、琴里は言わねばならないことがあった。

 

「その前に――――みんな、聞いてちょうだい」

 

 声が震えないように、出来ているだろうか。琴里は、司令官としてやれているだろうか。いつになく不安になるのは、この場で澪の力を悟って(・・・)しまっているから。

 けれど、そんな恐怖を抱える琴里だからこそ、伝えなければならないことが、どうしてもあったのだ。

 

 

「司令官として、これを言葉にしてしまうのは駄目なのでしょうね。でも、言わせてちょうだい――――この先、私たちが生き残れる確率は限りなくゼロ(・・)に近いわ」

 

『……!!』

 

 

 クルーたちが息を呑む。当たり前だ。士気を上げる役目のある司令官が、自ら士気を下げるようなことを言ったのだから。

 でも、琴里には出来なかった。愛する部下たちを、楽観的な慰めで道連れに出来なかったから。彼らは関係者だが、霊結晶(セフィラ)を持つ精霊ではない。なら、艦から降りれば澪も無意味に危害を加えることはしないだろう。

 座る資格のない司令席に爪を立てて、なおも琴里は続ける。

 

 

「けど、私は諦めない。可能性が限りなくゼロに等しいものだとしても、ほんの僅かな〝一〟の何かが残されているなら、私はそれに賭ける――――ここまでついてきてくれて、ありがとう。精霊の因縁に、あなたたちまで付き合うことはないわ。『狂三』と一緒に、艦を降りなさい」

 

 

 事実上の退艦命令を、下した。

 ああ、まったく。言う機会などこないと思っていたのに、こんなところで使わされることになるとは夢にも出てこなかった。

 クルーと二亜たちが驚いた顔をして――――だが、誰一人として逃げ出そうとはしなかった。

 

「何言ってるんですか、司令」

 

「さっきの十香ちゃんたちと一緒に、伝わってると思ってたんですけどねぇ」

 

「大体、マリアがいるとはいえ、司令と副司令を二人にするなんて危険すぎます」

 

「わかる」

 

 彼らは口々に、軽いノリで言うが……微かに震える手や、額に滲む汗が、どれほどの覚悟を持つか痛いほど証明している。

 琴里の隣に立つ神無月は……問うまでもなく、最後まで共すると顔に書いてあった。

 

「ご安心を。この神無月、最後まで司令の部下であり続けます――――司令のお慈悲をいただけない人生など、なんと味気ない。考えただけで……あぁっ!!」

 

「…………」

 

 生きるか死ぬかだというのに、呆れ顔にさせてくれる、どうにもブレない副司令だ――――それが神無月の美点だともいうが。

 死地など、これまで幾つもあった。今回は、それが分の悪い方へ転がっているだけだと、皆はそう言うのか。

 そして二亜も、仕方なさげに肩を竦めて笑っていた。

 

「あたしゃそもそも降りたところで、つー話だからねぇ。身体の中に霊結晶(セフィラ)が少しでも残ってる以上、逃げたところで命はない――――なら、勝ってみせてよ司令官さん。あたしの次期連載のためにもね」

 

 パチンとウィンクをしながら、二亜は今一度覚悟を打ち上げた。

 再度、言葉にして起きたかった。けれど、二度問うても同じなのだ。クルーたちも、二亜も。だったら、三度目の正直ではなく、仏の顔も三度まで、になるのだろうか。

 だったら、まだこの席に座っていいのだと。この席に座るのは琴里しかいないのだと。皆が言ってくれるのなら――――――琴里は司令官としてあり続けよう。

 

 

「……わかったわ。いきましょう――――愛してるわよ、みんな」

 

『はッ!!』

 

 

 愛すべきクルーたちが声を揃えて答え――――天空艦〈フラクシナス〉は、後戻り出来ぬ戦場へ飛翔した。

 

『私は、負けるつもりなど毛頭ありませんよ』

 

「わかってるわ。リスクの分散ってやつよ」

 

 少しばかり勝気なAIへ冗談の一つを返してやる。結果として、皆リスクに気持ちで打ち勝ってしまったのだから、今日は琴里の方がおかしくなっているのかもしれない。

こんなもの(・・・・・)を持っているから、悲観的な部分が誰かさんに似てしまったのかもしれないと、胸ポケットに手を当て苦笑いを浮かべる。

 しかし、あの少女は悲観的ではあったが――――自らの望みを諦める子ではなかった。それは琴里だって、同じだ。

 

「マリア、主砲準備。全力で、ぶちかますわよ」

 

『了解。精霊霊力砲〈グングニル〉、起動承認――――それでこそ、琴里です』

 

 〈フラクシナス〉の切り札。精霊を守るべき最強の力を、精霊へ向けて放つ。〈ラタトスク〉創設の根本的理由とも言える澪に向けた解答としては、総じて究極的な矛盾。

 だが、撃たねばならない。琴里の大事な人を、大事な友だちを傷つけた。そして、友だちを殺そうとしている。それを許すわけにはいかない。

 たとえ神に等しい相手でも、弓引く覚悟がある。

 

 

「……神様に逆らえるか、ね」

 

 

 誰にも聞こえぬ大きさで、琴里はかつて聞いたもう一つの言葉を唇に乗せた。

 

 

「――――逆らってやるわ、存分にね」

 

 

 逆らえるか。ああ、今さらだ。罰当たりなことに、現在進行形で逆らってしまっている。

 故に琴里は、言葉と行動で返そう。あの日の叫びを、今こそ全力で叩きつけてやろう。

 

「約束の砲弾、先ずは一つ(・・・・・)――――届けに来たわよ、神様」

 

 

 焔を纏い、不敵に笑った琴里は――――そう高々に、反逆の砲弾を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……さて、次は誰が来る? 一人でも、二人でも、遠慮なくかかってきたまえ」

 

「…………」

 

 澪はそう言って順繰りに視線を向け、なんてことのない風に言葉を投げかけてくる。

 十香、四糸乃、七罪、美九、そして折紙は動くことができない。思考を停止しているわけではない。むしろ、これ以上なく働いていると言っても過言ではない――――それでいて、何も出てこないのだ。

 

 生命に『死』という概念を与える天使〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉。

 世界に『法』という条理を与える天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉。

 

 この二つが澪の力。正体は知れた……知れたからといって、対抗手段があるとは限らない。

 戦いとは、勝算を常に頭に入れて望むもの。戦う前から負けを認めては、誰にだって勝てはしない。だがそれは、自分たちの戦力で勝ちの目があれば(・・・・・・・・)の話だ。

 結論に入ろう――――勝てない(・・・・)。幾つ戦略と戦術を頭に描いていても、勝てるだけのイメージを一切として想像することができない。これでは、思考を止めているのと何ら変わりがなかった。

 

「……ふむ」

 

 仕掛ける気配を見せない折紙たちを見て、澪は小さく言葉を零してその手を掲げた。

 

「……来ないのなら、こちらからいかせてもらうよ」

 

「ッ!!」

 

 迷うより先に、最善の行動を取る。全力を以て、槍を構えてモノクロの大地を蹴った。

 

「待て、折紙ッ!!」

 

「時間を稼ぐ」

 

 つまりは、一秒後の全滅か、折紙以外の僅かな生存(・・・・・・・・・・)か。

 静止の声も聞かず、折紙は持てる全力を尽くして澪へ攻撃を仕掛けた。

 こうするしか十香たちが生き残る術はない。同時に、折紙は唯一この場で澪に対抗できる〝可能性〟を所有している。たとえ澪の想定内だとしても、優先されるのは折紙だ。囮としては、まさに最適解だと言えた。

 

「……そうか。君からか、折紙」

 

「……っ」

 

 驚きはなく、当然という声色で澪は霊装から光を走らせる。

 

「蛮勇とは言わない。君の勇気に惜しみない賞賛を」

 

「――――――」

 

 五秒。計算される折紙の生存時間だ。光の帯を『羽』による迎撃、槍による衝突、十香たちの援護。全てを計算に入れて、僅か五秒。

 諦めは存在しない。けれど、事実は事実として存在する。折紙の視界に映る光景が急速に遅れるような感覚。全身が死の感覚に、凍りついていく。

 一つ、二つ、三つ、四つ――――それが、限界。五つ目の光は、折紙の胸元へ迫る。背中に、十香たちの絶叫が突き刺さる。

 光の帯は降り注ぐ光をすり抜け、振るい返す槍の一撃は――――間に合った(・・・・・)

 

「え――――」

 

「…………」

 

 半ば受け入れかけながらも、抵抗の意思を貫く一撃。

 間に合うはずはなかった。防ぎ切れる道理はなかった。折紙は目を見開き、澪も眉根を曇らせ怪訝な顔を見せる。

 生死を分けた刹那の間。それは誰の意思であったか、動きが鈍くなった(・・・・・・・・)光の帯を見れば、一目瞭然。

 

 

「まさか――――!!」

 

 

 まだ、間に合う(・・・・)。確信に近い予感。折紙に対して動きを鈍らせた澪、否、澪の中にいる者(・・・・・・・)

 

 

「……君は余程、あの子に気に入られているらしい」

 

 

 僅か一秒の生存。少女が折紙にもたらした、絶望の中の希望。それは、確かな可能性(みらい)を生み出した。

 ――――突如として、周囲に爆発が生じる。

 

「!?」

 

 何か――――それが、モノクロの世界に取り残されていた〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉の身命を賭した〝自爆〟であると、天から地へ引く光の線(・・・)によって折紙は気づかされる。

 比類なき裁きの雷。折紙自身、己の目で確認するのは初めてだったが、〈フラクシナス〉が誇る最大最強の一撃、精霊霊力砲〈グングニル〉であることは、すぐに断定できることだった。

 精霊の力を増幅して放つ、〈フラクシナス〉と琴里に隠された切り札。それが澪を呑み込み、大地を削り、凄まじい衝撃波を撒き散らす。

 

 

「――――折紙!!」

 

「わかっている――――ここで、決める」

 

 

 生み出された勝機。この機を逃せば、もう次はない。〈フラクシナス〉による不意打ちは一度きり。折紙の生存は奇跡の――――いや、明確な意志の産物。ならば、賭けるべきはこの一瞬にある。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

 十香が叫びを上げ召喚した王座を蹴り倒し、流線型に変形させた。その王座へ、飛び退いた折紙が足をつけて着地する。

 

『〈破軍歌姫(ガブリエル)〉――――【協奏曲(マーチ)】!!』

 

 それと同時、美九と七罪による二つの〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の演奏。それによって、折紙の身体に熱が灯る。しかもそれは、通常の演奏の比ではない。この二重奏の全てを、折紙一人に(・・・・・)注いでいるのだ。

 

「――――〈エインヘリヤル〉」

 

 その注がれる力の全てを、この槍の刺突へ。

 〈エインヘリヤル〉。勇者の魂という言霊を授かったこの槍は、周囲に満ちる魔力や霊力を収束させる機能を有している。

 条件は整っている。狂三が整える戦略を練ったのだ。精霊たちによる全力の一撃、要となる澪自身の膨大で濃密な霊力。そして、降り注ぐ霊力砲の余波。

 それはもはや、一個人の精霊が扱う代物ではない。収まる霊力が暴れ狂い、〈エインヘリヤル〉そのものが砕け散るかと思えるほど悲鳴を上げる――――この一瞬、どうか持ってくれ。折紙は肺腑を満たす全てを賭けて、全身全霊の号令を鳴らした。

 

 

「四糸乃――――ッ!!」

 

「はい――――〈氷結傀儡(ザドキエル)〉ッ!!」

 

 

 極限まで研ぎ澄まされた氷嵐(ブリザード)が、折紙と〈鏖殺公(サンダルフォン)〉目掛けて、四糸乃の意志の強さを乗せた絶唱と共に解き放たれた。

 台風と見紛う強烈な冷気。その威力のほどは、かつて四糸乃と対峙した折紙が、士道と同じだけ知識に収めている。

 

「く……っ」

 

氷嵐(ブリザード)を推進力に、猛スピードで玉座が突き進む。苦悶に歪めた顔さえも、音を立てて凍りつく。

 霊力に守られているとはいえ、折紙自身も凍結させるほどの莫大な冷気。この時のために溜め込んだ一撃なのだから、それは至極真っ当な結果だ。

 

 

「――――――ッ!!」

 

 

 故に、躊躇いはない。己を守る霊力さえ最小限に、槍を振るう指が残っていれば構わない。〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の放つ霊力さえも取り込み続け、育て上げた渾身の一撃を突き出す。

 一点集中。狙いは外さない。己を一つの槍と成し、その一撃は澪を貫いて――――――

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 その小さな声は、届かない(・・・・)という結果を目撃してしまった、絶望。

 

 槍が障壁と衝突する、その刹那。

 

 

「いい手だ――――ただし、届かせるだけの〝目〟があれば、だけど」

 

 

  返すように放たれた光の槍が、折紙の身体を穿通した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………、ぅ」

 

 身体が、上手く動かない。瞼が、酷く重い。

 それでも、弛緩した筋肉を強ばらせ、腕だけで上半身を起こした折紙が見たのは――――倒れ伏す、十香たちの姿。

 

「――――ぁ、あぁ……」

 

 目に見えるものが、灰色と黒だけで塗り潰されるような絶望感。

また(・・)、折紙は無くしてしまった。己の無力が、何もかもを失わせる。あの日と同じ、折紙の絶望と過ちは繰り返された。

 

 そこには必ず――――――天使がいた。

 

 

「――――――――――どう、して?」

 

 

 恨みを込めて顔を上げた。上げたつもりだった。その天使を、見たつもりだったのに。

 

 天使は、泣いていた(・・・・・)。あの日の、もう一人の折紙と、同じように。

 

 

「……ごめんね、折紙」

 

 

 きっとそれは、神様じゃなくて、その天使が零したもので。

 

 だから、鳶一折紙に去来する感情は怒りでも、恨みでも、絶望でもなく――――ただ一つ、悲しみだけだった。

 

 どうして、泣いているの。

 

 そんなに苦しんでまで、何を求めていたの。

 

 

「――――ごめん、なさい」

 

 

 けれど、問いかけは言葉にならない。最後に零れ落ちたのは、少女が折紙へ望んだことを叶えられなかったことへの、謝罪。

 

 空で広がる破壊音が、無情に轟いていく。身体を支えられず倒れた折紙の頬に、一粒の温もりが触れて――――――白は、堕ち逝く。

 

 

 緩やかな、滅びを。世界に翻弄された少女の落命は、こんなにも、呆気ないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……う……、……ッ」

 

 途方もない痛みと灼熱感。裡から淡く広がる〝何か〟。それらを感じながら、琴里は目を覚ました。

 目覚めから判断まで、数秒。鈍った思考だとしても、琴里が判断を下すには十分すぎる時間だった――――――ああ、負けたのだ、と。

 勇猛なる空の覇者〈フラクシナス〉は、見る影もなく地に落ちて、粉々に砕けた。

 将である琴里もまた、朽ち果てようとしている。生きていることが不思議なくらいの傷を受けて、なおも意識を保っていられるのは〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の炎と、天使の光を緩和した〝何か〟のお陰だろう――――その力があっても、致命傷。

 

「…………」

 

 全身が炎に焼かれ、いっそ死んだ方がマシな苦痛を感じさせられながら、それでも琴里が声を上げることを選択しなかったのは、目前に迫る『死』があったから。

 二亜から霊結晶(セフィラ)の残滓を回収した、崇宮澪を見つけてしまったから。

 

「――――ハイ、令音。いえ、澪って呼んだ方がよかったかしら?」

 

 血溜まりが吐き出そうになる掠れ声で、琴里は軽口を叩く。この期に及んで、とは思うが、こんな時だからこそ、出てしまうものだ。

 令音……澪は、それに目を細めて、返した。

 

「……どちらでも構わないさ」

 

 本当にそう思っているのか――――思っているんだろう。彼女が澪と呼ばれたいのは、数少ない人間のみ。少なくとも、琴里ではなかった(・・・・・・・・)のかもしれない。

 今際となって、琴里にわかるものではないかと、自嘲気味に笑った。

 

「……見るに堪えないかしら? ごめんなさいね。どこかの誰かさんに手ひどくやられちゃったものだから」

 

「…………」

 

「……令音」

 

 不思議と、破壊衝動は感じなかった。だから、聞かせてほしかった。

 

 

「全部、嘘だったの? 私を助けてくれたことも。私を支え続けていてくれたことも――――私を、親友だと言ってくれたことも。全部、全部嘘だったの?」

 

 

 五河琴里と巡り会った村雨令音は、全て幻だったのだろうか。

 数瞬、無言で琴里と向き合った澪は、その唇を開く。

 

「……嘘ではないよ。私の言葉に、気持ちに、嘘は一切なかった。私は精霊たちを大切に思っているし――――今でも、君を無二の親友だと思っている」

 

 いっその事、偽りであった方が、優しい現実であったのかもしれない。

 けれど、そうではないから。ただ、と続けられた言葉に、琴里は目を見開いて――――悲しげに、目を伏せた。

 

 

「……シンを取り戻すためならば、私は親友でも喰らう。それだけだ」

 

「――――――」

 

 

 霊装が消え、炎を失い、残された痛みさえも消えていく。

 力を奪われ、今際の際で。琴里はそれでも、澪の想いを確信した。

 

 村雨令音は、一切の嘘を吐いていないと。

 

 くだらないジョークに令音が苦笑し、皆の騒がしい姿に令音が笑い、ささやかな日常を楽しんでいた。それら全て、未だ彼女の中に存在している。

 このような悪魔の所業を行いながら、その心に一切の偽りがない。

 

 親友として、琴里の命を奪っているのだ。嗚呼、酷く歪で――――――

 

 

「……そっくり、なのね。あなた、たち……」

 

 

 あの子と同じ、考え方だ。

 

 

「……あぁ」

 

 

 やっと、少しは少女のことを理解できたかもしれない。けど、ここまでのようだ。

 

 消えゆく意識の中で、友に遺す酷薄な言葉を言い損ねたと――――琴里は、僅かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン、トン。小刻みなステップ。重い靴音。

 

 

「――――あら、あら」

 

 

 誰だ。わからない。瞼が重い。頭が重い。そこにいるのが誰かなんて、考えられない。

 

 

「これが天命――――いいえ。神を否定するわたくしには、そのようなものは不要ですわ」

 

 

 誰かがいる。何かを、語っている。

 

 

「これはわたくしと、あの子の選択。誰に決められたものでもなく、あの子とわたくしの契約――――さあ、さあ。わたくしたちの運命が、あなたを生かしましょう。幸か不幸かは、あなた自身がお決めになってくださいまし」

 

 

 何を――――――

 

 

 

「――――Der Alte würfelt nicht」

 

 

 

 止まりかけていた鼓動が、動き出す。

 

 ただ一度、琴里はその感覚を知っていた。これは、新たな心臓(・・・・・)が、取り込まれる際のもので。

 

 ――――焔の命運は決することなく、燃え盛る。

 

 

 






全てを賭してなお、届くことはない。天使は、天使の涙を受けて沈み逝く……理不尽から救われるべきだと願った好きな人さえ切り捨て、少女は何を求めたのでしょうね。

Der Alte würfelt nicht(神はサイコロを振らない)。果たして〝彼女〟はどんな思いを込めて誰を、神と呼ばれし者を、否定するのか。一つ言えることは、ここで消えるはずだった運命は、焔は、決してなどいない。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!! 最近は少々進みが鈍っているのですが、目に見えた表はたいへん励みになります。これからもお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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