第百七十五話『
「ん」
「……ああ。ありがとうございます、士道さん」
差し出した温かい缶コーヒーに
そんな狂三の仕草に眉を下げて、彼女の座るベンチの隣に腰掛けながら声をかけた。
「大丈夫か? 予知の負担とか……【
【
その分、過去へ遡れる時間もしれている。今回はおよそ四日前、時間に換算して百時間相当の時間遡行。だが、【
事ここに至るまで、士道が消滅する未来を回避しようとし、ひたすら未来予知を行っていた狂三の精神負荷は、常人では計り知れないもの。それらの負担は、危機を乗り越えたからこそ今の狂三に大きくのしかかってくるはずだ。
だから士道は、これからのことを話す前に一息をつこうと提案した。気を抜くわけではないが、張り詰めた糸を切るわけにはいかない。
士道の気遣いに、狂三はふるふると首を振って気丈な微笑みを見せる。
「平気ですわ。この程度、皆様が受けた痛みに比べれば……」
「…………」
だが、その美しい貌には隠し切れない疲労が見て取れ、士道はもう一度顔を歪めることとなる。
精霊たちの死の未来。最悪の結末から、脱することこそ出来たものの、悪夢の記憶は未だ消えたわけではなく、結末が訪れていないだけでもある。
それに、狂三は〈
でも、放ってはおけない。その未来を回避するために、士道と狂三は二人で舞い戻ったのだから。
「でも、苦しいのは事実なんだろ。みんなも同じだったからこそ、俺はみんなと同じくらいお前のことが心配だ。今は遠慮なく寄りかかってくれ」
「……ふふっ。わたくしが一番とは、仰ってくださらないのですね」
冗談めかして返す狂三に士道は、はぁとため息を吐いて言葉を返す。
「お前、それ言ったら怒るだろうが」
「ええ、叱らせていただきますわ」
ほらやっぱり。なんて絶妙な顔を作る士道を可笑しそうに笑った狂三が、士道に寄り添うように肩を乗せてくる――――以前までと違い、憂いも躊躇いも感じられない、愛おしい少女の香り。
狂三の髪を梳くように撫で、士道は囁く。
「もっと欲しいなら、幾らでもしていいんだぞ」
「……これで、十分ですわ。
「……そっか」
今まで、修験者のように自分を戒めていた狂三らしいやり方だな、など失礼なことを考えてしまい、士道はフッと顔に出して笑う。
夜は明けず、緩やかに時が流れる。けれど、深淵からは遠く、穏やかな行為。互いに身を寄せ合い、慈しむ。たったそれだけのことが、士道と狂三には黄金以上の価値があった。
だから今は、今だけは。
「ん……」
「……あぁ」
この二人の時間を、手に入れた時間を――――刻み付けたかった。
抱きしめ合うのではなく、口付けを交わすのでもなく、ただ寄り添うこと――――士道たちが望んで止まなかった、幸せの一つが叶った瞬間だった。
「――――これから、どうする?」
仄かに陽の光が差し込み始め、真夜中の街がほんの少しだけ照らされだした頃に、士道は長い沈黙を破り声を発した。
沈黙を破ることに、抵抗がなかったわけではない。けれど、士道と狂三は自分たちの幸せのために時間を戻したわけではない。
「……わたくしたちの最終目的は、
はっきりと瞼を上げ、何かを見据える狂三。その瞳には、士道には視えないものが映し出されている。
士道と狂三の最終目的――――
しかし、当然壁は大きい。ただでさえ巨大な壁だったものに、それを超える壁が士道たちの前にはあった。
始原の精霊・崇宮澪。
〈
狂三の未来予測。十香の神をも裂く剣。琴里が新たな
そのどれを取ったとしても、並の精霊の次元を遥かに超える力があったが――――それさえも凌駕し、何者も寄せ付けることのなかった澪の強さは、まさに神の名に相応しいと言えた。
澪の存在を観測し、時間を遡ることに成功した。が、それは事態の解決を意味していない。
その力に怯んでばかりはいられない。同じことをしては意味がない。士道はこくりと頷き、狂三へ言葉を返した。
「そうだな。令音さん……澪を何とかしなくちゃいけない。そのために――――
「…………、ええ」
躊躇い、澱む返答。士道の服をぎゅっと握り、狂三は少女へ思いを馳せていた。
狂三に付き従い、狂三が一度は見捨てる選択をし――――死してなお、狂三のために何もかもを投げ打った精霊・〈アンノウン〉。
少女の尽力がなければ、こうして分かり合えた狂三との時間も、きっと存在していなかったことだろう。澪のことを何も分からぬまま、士道という存在は消滅していたことだろう。狂三だけでなく、士道にとっても深く思い入れがある精霊。
だから……狂三も、今までにない顔を見せている。
「わたくし、ずっとあの子と一緒にいたのに……あの子のことを、何も知りませんわ」
悔やむように、いや、悔やんでいるのだろう。未来では、ようやく向き合うことができる道を選べた時に、狂三の目の前で手遅れだと思い知らされたのだから。
それだけじゃない。少女がどういう存在なのか、
けれど、知らないからこそ知ることができる。狂三が知らないというのなら、士道は狂三以上に少女のことを知らない。知ろうとしても、知ることができなかった。
「ああ。俺たちは
「――――あの子へ、会いにいきましょう」
だが、今は、今ならば――――時崎狂三は、知ることができるはずなのだ。
後悔を得て、迷いを振り切った狂三と士道の心は同じものを見る。この世界で為すべきことを決め、休息を終えるように二人は立ち上がった。
「…………」
振り向けば、街並みが目に映り込む。平和な街並みだ。数日後に、皆が見ることができなくなっていた光景――――この世界で、そんなことはさせない。もう一度、同じ景色が見られるようにと胸に誓った。
「そのためにも、まずは
「……そう、だな」
少し、重い返答をしてしまったのは、士道も狂三と同じ相手を思い浮かべたからであり、事情を真っ先に話すべき立場の相手であり――――出来ることなら、背負わせたくないと思ってしまう大事な人。
「士道さん」
その葛藤を、狂三は支えるように名を呼び、手を差し伸べる。微笑みは穏やかで――――幾度となく、その顔を見て思うのだ。
「ああ――――ありがとう、狂三」
どんな絶望が待っていたとしても、士道は後悔をしないと。
重ね合わせた手を、もう二度と離すことはないのだと――――時を超える旅路を、最愛の少女と共に。
「――――確か令音さんは今日と明日、休みだったはずだ」
帰路に着き、五河家を目前としながら士道は狂三と情報の整理を行う。
士道の記憶が確かならば、令音は土曜、日曜と休暇を
狂三も、士道の情報と照らし合わせながら言葉を選ぶ。
「今日、皆様はチョコの材料の買い出しに向かうはずですわ。その中に、令音先生は不在……完全に安心できるわけではありませんが、ひとまずは情報漏洩の危険は少なくなりましたわね」
「ああ。けど――――だから俺は、
もっと正確に言うなら、
明日は、士道の中でするべきことが決まっていたのだ。狂三は唐突な提案に目を丸くして――――察したように、細く息を吐き出した。
「確かに、あの時とは違い説得のできる札を用意できるのなら、澪さんと今一度ぶつかり合うよりは〝勝算〟の高い戦術とは思いますけれど……肝が据わっていますこと」
「伊達にお前と
頭の中で思い浮かべる、ただ一つの方法。
未来の世界で、士道にできることは限られていた。皆に守られながら、最後の最後で【
だから、考えていた。未来予測、最強の剣、不死の焔。どれであっても、澪を倒すには至らなかった。なら、士道にできることは何か――――
答えは、ずっとそこにあったのかもしれない――――だが、それを確定させるためにも、まずは白い少女から話を聞くことが先決である。
「ま、今はとにかく、家に戻って琴里が外出する前に話をしないとな」
「ええ、そうですわね……?」
ふと、士道の言葉に頷いた狂三があごに手を当て物思いに耽ける。まるで、何かを思い出したような反応に、士道は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「……士道さん。外出の際、そのことを琴里さんへ伝えましたの?」
「え……いや、急いでたし、こっちへ戻ったのもあんな時間だったからな。何か残したりはしてない……な」
そこまで言い切り――――ピタリと、士道も動きを止める。
凄く、嫌な予感がした。士道はこの時間軸において、今はまだ泥沼の迷いにいた。そして、精霊たちは酷く士道を案じてくれていた。特に琴里は、士道の妹ということもあり、極力言葉にはしなくとも士道を気遣ってくれていた記憶が、自分の中に真新しく残っている。
さて、ここで問題となるのが、士道と周りの〝差異〟である。士道の中では、この問題は乗り越えた上に狂三とも隔たりがないとわかっている。が、精霊たちは違う。理解を示してくれたことも『なかったこと』になってしまった。
琴里の視点を想像してみよう。朝起きたら、深く思い詰めていた兄が忽然と消えていた――――――嫌な汗が背中を伝う。いやいや、まだ気づかれていない可能性も、なんて楽観をしてみた士道に、狂三がシレッと恐ろしい事実を口に出した。
「ところで、士道さんのご自宅が妙に騒がしいのですが」
「それを早く言ってくれない!?」
楽観的な想像をしている場合ではなかったらしい。いきなり大ピンチ。士道がこの状況で失踪など、最悪の場合琴里から令音へ連絡が飛ぶことだってありえる。眠れる獅子を起こす、なんてレベルの話ではない。
狂三と手を繋いだまま大急ぎで家まで戻る――――ここで、念の為に狂三と別行動をしなかったのは、冷静さが足りなかったと言わざるを得ないだろう。
「琴里!!」
バァン、と強く玄関のドアを開け、妹の名を叫ぶ。
「!? お、おにーちゃん!! 一体どこに――――――」
朝早くに帰ってきた兄を出迎えた琴里の姿は、寝巻きを着崩して非常に危ないものだった。恐らく、相当な心労をかけたのだと思われる。
扉を開けた士道を見つけ、ギョッと目を剥いて琴里は大慌てで駆け寄り――――ピタ、と動きを止めた。
「し、士道……?」
「あ、ああ。黙って出かけて悪かったな。ちょっと外せない用事が……」
とりあえず当たり障りのない説明だけでも、と言葉を並べた士道だったが、わなわなと震える琴里の様子にはて、と首を捻った。
疑問符を浮かべた士道だったが、ちょんちょんと脇腹を突く華奢な指先の存在で、その理由をようやく悟る。
「……士道さん。今日この日に、あなた様といるわたくし、という違和感を忘れないでくださいまし」
「…………あ」
今思い出しました。そんな声をもらした士道に、狂三が呆れ顔で息を吐いた。
そう。先ほど考えたばかりだったというのに、急ぎ過ぎて失念していた。琴里にとって、このタイミングで士道がいなくなったことは一大事であったのだろうが……それ以上に、帰ってきた兄が
「――――思い詰めて逃避行はどうかと思うわよ!?」
「なんでその考えに行き着いた我が妹ォ!!」
そんな何とも騒がしい朝が――――士道は、涙が出るほど嬉しかった。
琴里が生きている。皆も、何も知らずに生きている――――これから知る絶望に、負けないことを、願った。
「で――――一体どういうことか、ちゃんと説明してくれるんでしょうね、士道」
チュッパチャプスの棒をピンと立てながら、普段着に着替えた琴里が訝しげな顔をして言う。
今朝の騒ぎを一段落させ、士道自身も一度落ち着く意味を込めて服を着替えてから五河家リビングにて琴里と対面した士道……と隣に座る狂三。
「ああ。そのために、狂三と会ってきたんだ」
「……わかった。
頷きながら、覚悟を決めて琴里と向き合う。
――――過去に一度、同じようなことがあったことを思い出す。
【
あの時は既に世界を書き換えた後。今は、
「…………ふぅ」
深く息を吐き出し、落ち着かせる。それでも、言わねばならないことがあると。
ここで立ち止まっては、自分自身を裏切ることになる。今の士道は、ただ告げる役割の自分を恐れているだけなのだ。己の身の可愛さに、恐れているだけ。
それは――――命を懸けて道を作った琴里への、皆への冒涜ではないのか。
「……きっと、前以上に信じられないことだと思う。けど……俺たちに力を貸してほしい。そして、琴里に、みんなに信じてほしい」
蕩々と、士道は話を始めた。
「俺と狂三が――――未来で、視てきた全てを」
深い悲しみが連鎖した、失われし悲劇と絶望の物語を。
時崎狂三が抱えた過去のこと。
士道と狂三が重ね合わせた新たな希望のこと。
白い少女を取り込み、姿を現した始源の精霊・澪のこと。
――――令音が、澪の仮の姿であったこと。
抵抗も虚しく、狂三以外の精霊の
澪の力を奪った十香でさえ、消し去られてしまったこと。
そして、少女の
長い、長い話を終えて。
「………………、そう」
長い、長い沈黙を挟み。琴里は、苦しみの中でもがくことを耐えるかのように、たったの二文字を吐き出した。
だが、それだけで……琴里の心中を察するに余りある。
未来で体感した士道たちと、まだ未知の出来事である琴里では、まるで違う。何より、琴里は令音の親友なのだ。信じられないと、喚き散らしてもおかしくはない。
だけど、琴里は、士道の妹は――――――
「辛かったでしょうに、よく話してくれたわね。士道、狂三――――生き残ってくれて、ありがとう」
「……っ」
泣くこともせず、士道と狂三を信じ、さらには気遣えるだけの精神を有していた。
それが幸運であったのか、不幸であったのか。少なくとも、兄である士道以上に強靭な精神を持ってしまったのは間違いない。
涙が出そうになるくらい、士道には優しい言葉だった。けれど、泣くことはできない。言葉とは裏腹な琴里の悲痛な表情を見て、泣くことなどできるわけがなかった。
礼を述べた琴里に、狂三がふるふると首を振って言葉を返す。
「いいえ。生き残ることができたのは、琴里さんを含む皆様の力があったからこそ……本当に、ありがとうございます」
「……何か、あなたにそう言われるのは照れくさいわね。しかも、未来の自分がやったことでなんて」
そう言って、琴里は苦笑しながら頬をかく。恐らく、本当に両方の違和感が琴里の中にはあるのだろう。
暗くなりかねない空気を払拭するように、士道も未来の琴里の姿を思い起こし言葉を述べる。
「いや、本当に凄かったんだよ。琴里がいなかったらどうなってたか……今の琴里にも見せてやりたいくらい、琴里はカッコよかったぜ」
「何よそれ。私が私を見るだなんて……せめて、凛々しかったにしてほしいわね」
「うふふ。そうですわね。士道さん、女性を褒める言葉選びは慎重に、ですわ」
「おっと。これは失礼しました」
大仰に肩を竦めながら言うと、二人が楽しげな笑い声を漏らした。
……きっと、こんな状況でなければ素直に喜べたのだろうやり取り。狂三が、憂いなく精霊たちと笑うことができたのなら。それこそが、士道の望みの一つであったから。
そして、一つの望みが果たされていることに、喜びを覚えるのは士道だけではなかった。
「――――お姫様には、なれたみたいね?」
その言葉と微笑みは、心からの祝福であると士道には思えた。
向けられた狂三は目を見開き、そうして受け入れるように目を伏せ――――変わらぬ
「はて、さて、それはどうでしょう。わたくしには、魔王と寄り添う悪夢の女王がお似合いですわ」
「……はっ。素直じゃないのは変わらなそうね」
「あら、あら。琴里さんは素直なわたくしが好みだと? 困りましたわ、困りましたわ。わたくしには五河家を誘惑してしまうDNAが刻まれているのかしら」
「ほんと可愛くないわね、あなた……」
頬に手を当て素敵に微笑む狂三と、呆れ顔でため息を吐く琴里。
皮肉をもって優雅たれ、というのは些かおかしな言葉ではあるが、とても狂三らしいものだと思う――――それを受け入れて、彼女の中の優しさを感じられる友人がいてくれるということも。
これだけの報告だったのなら、会話だったのなら、どれほど幸せであったことだろう。士道が笑い、狂三が笑い、琴里が笑う。それだけで――――だけど、それ以上の結末を望むからこそ、士道はこの先の言葉を告げる他ない。
今はまだ――――何も終わっていないのだから。
「みんなのお陰で、俺たちは過去を変えることができた。だから、
妹を慰め、思いっきり抱きしめてやるのは兄の役目。そしてそれは、全てが終わったあとと決めている。
今変えることができたのは、何も知らなかった自分たちの過去。であるならば、変えるべきはここより先の未来事象。
これまでの経験、士道の力。それらをよく知っている琴里だからこそ、士道の言葉の意図に気づいて目を見開き低く言葉を返した。
「そうね……私たちのするべきことは変わらない。〈ラタトスク〉の使命は、
「どんな相手だろうと、精霊なら俺たちのやるべきことは一つしかない、だろ?」
武力による討滅? 過去改変による事象干渉?
否。断じて、否。士道がこれまで行ってきたことを、否定してはならない。なかったことに、してはいけない。
例え、誰かに仕組まれたものであったとしても、士道が精霊を救いたいと願った想いは――――誰かに押し付けられたものではなく、士道自身の切なる願い。
首を前に倒し毅然とした顔を作り、〈ラタトスク〉司令官・五河琴里が馴染みの、しかし異なる開幕の鐘を謳った。
「さあ――――私たちの、最後の
全ての因縁、因果の始まりへ向かうため――――――
「と、わたくしも水を差したくはないのですけれど、最後の前にするべきことが残っていますわ」
時の女王が、文字通りの
「……止めるなら、もう少し早くしてほしかったわ」
文字通り、これは最後の
「いえ、琴里さんがうずうずしていらしたもので、つい」
「ついじゃないわよ、ついじゃ。最後って言っちゃったのにどうしてくれるのよ」
「この手の最後は、基本的に最後にはなりませんので心配いりませんわ。ほら、テレビ放送が終わったあとに直ぐに二号さんを主役にした番外編が発表されたりなど……」
「何の話!?」
本当に何の話なのだろうか。困惑する士道と琴里を後目に、狂三は言葉を続ける。
「最後に至る前に幾つかすべきこと、しておきたいことがありますの。文字通り、
「……なるほどね」
琴里も相応に納得を得たのか、組んだ腕をそのままに息を吐いた。
そう。士道たちの選択肢は、本当の
最後である以上、尽くせる最善は尽くすべき。士道も頷き、声を発した。
「ああ。俺たちには絶対、会わなきゃいけないやつがいる――――それに、みんなにも伝えないと」
それもまた、気が重いものではあるのだが、と士道は深く息を吐いた。
令音のこと、白い少女のこと。どちらも、琴里や狂三ほどではないにしろ精霊たちとは縁がある。
村雨令音。彼女は精霊たちを気遣い、愛し――――未来の世界で、皆殺しにした。どちらの感情も偽りなく本物だからこそ、士道の心に重くのしかかった。
士道の葛藤を表情から読み取り、琴里が難しげな顔で繋いだ。
「そうね……みんなを除け者にはできないわ」
「ああ。みんなは、きっと乗り越えてくれる……でも、な」
やはり、気分が重いことには変わりなかった。
未来の世界で、精霊たちは一人として欠けることなく令音と相対した。選択肢のない、という側面は否定しない。が、それ以上に――――彼女たちは、士道が思うよりずっと強かったのだ。
彼女たちがいたから、士道はここにいられる。自身がやるべきことを続けていられる。返し切れない恩をもらった彼女たちに、ここに至って情報を隠したまま、などと侮辱的な行為はできない。
だから士道は、琴里に話す時に言った。
「……いや。みんななら、大丈夫だ。確かこれから集まるんだったよな? ここに集まってもらって――――――」
「――――いえ」
と、狂三が全く別の方向を見ながら、言葉短く否定を述べた。
脈絡のない唐突な否定に、士道と琴里は顔を見合わせて首を傾げる。
「どうした、狂三」
「……どうやら、懸念は不要のものでしたわね」
「へ……?」
瞬間――――何やら、騒がしい声が聞こえてきた。
それは扉を開く大きな音と共に、段々と近づいてきて――――
「――――シドー、狂三!!」
先ず、いの一番。エントリーナンバー1、夜刀神十香。
「と、十香!?」
「うむ……狂三!!」
急にリビングに飛び込んできた十香が、士道と狂三の姿を確認するなり、狂三に飛びかからんばかりの勢いで迫り、彼女の手を取って言葉を続けた。
「もうシドーから――――私たちから、離れてはいかぬのだな!?」
「っ……!?」
十香の発言に、士道は息を詰まらせて言葉を失う。
狂三が離れていかない――――士道と狂三の道が完全に交わったことを、どうして十香が知っているのか。
狂三は士道とは違い、フッと優しく微笑むと十香の手を取りながら言葉を返した。
「ええ、ええ。わたくしは士道さんと……皆様と同じ道を歩くことを選びましたわ。今さらと思われるかもしれませんけれど……」
「そんなことはない。狂三が選んだのなら、私は胸の奥が嬉しい気持ちでいっぱいになる……何かを諦めたわけでは、ないのだろう?」
「もちろんですわ。寧ろ、士道さんのせいでもっと欲張りになってしまいましたの」
「なんと!! さすがはシドーだな!!」
女子二人、ワイワイと盛り上がって、何やらあっという間に分かり合ってしまった。
士道は琴里と共に目を丸くしながら、ハッとなり慌てて士道が十香へ声をかける。
「お、おい十香。なんでお前が――――――」
「――――観葉植物の裏手」
それに応えたのは、十香ではなく彼女の髪を撫でる狂三。またもや要領を得ない一言だが、的確に〝原因〟を察することができる〝理由〟を続けざまに提示した。
「まあ――――精霊マンションからこの家の距離なら、
「……あぁ!!」
呆れた視線の狂三。それがまさに答えであり、声を上げた琴里が駆け足に部屋に飾られた観葉植物の裏手に手を入れ、小さな
「そ、それって……」
「間違いないわ。やられた……こんな古典的な方法で出し抜かれるだなんて……」
念の為、〈フラクシナス〉管理AIのマリアにまで依頼し、令音への警戒は厳に敷かれていた。士道の家と言えど、何から漏れるかわかったものではない――――だが、士道の頬がひくついてしまう
「シンプルな方法は、最後の最後で効いてくる」
抑揚の薄い声で、淡々と。静かな足取りで彼女はリビングの扉を開いた。
「村雨先生が同じ手段を取っていたならこの時点でゲームオーバーだった。気を付けて」
「…………折紙」
精霊&同級生、もとい士道ストーカー資格一級。鳶一折紙嬢は、そう有難くご高説をかましながら姿を現した。
「さすがは狂三。見破られるとは思わなかった。考えることは同じ」
「同類に分別されて、こんなにも嬉しくないことは初めてかもしれませんわね……」
分身を使い、人より多くの目を持つ狂三にすらため息を吐かせた折紙は、なぜか反省の色はなく誇らしげだった。
精霊マンションではなく、自身のマンションに住む折紙がここにいて、さらに十香にまで話が通っているということは――――
「呵呵、深淵の闇より我、降臨!!」
「請願。夕弦たちにできることがあるなら、協力させてください」
「なーにー、知らない間にくるみんと少年が和解しちゃってるとか、熱い展開になっちゃってるじゃないのよさー。これ以上乗り遅れるのは二亜ちゃんの主義に反するのよねぇ」
耶倶矢、夕弦、二亜。後ろから四糸乃、七罪、六喰がひょっこりと顔を出し……三人に覆い被さるように、美九が至福の表情で顔を出している。
まあ、つまり、これは
予想外の方向で事態が進展してしまったことに、士道は頭を抱えながら首謀者へ問いただした。
「こんな方法を思いつかなかった俺も悪い……いのかはともかく、この際方法に関しても一旦置いておく。どこからどこまで、聴いてた?」
「全て」
「おぉう……」
ズバット超剣豪……ではなく、ズバッと断言されてしまい、さっきまでの気負いは何だったのかと士道は目が回り始めてきた。
そんな士道を見て、二亜が相変わらずのお気楽な笑いを見せながら声を発した。
「いやー、たまには早めに集まってみるもんだよねぇ。話を聞けたのはオリリン様々って感じだったけど」
「折紙、あとでたっぷり話があるわ」
「あなたは誤解している。この盗聴器は注意喚起のため。事実、今役に立った」
「へぇ。じゃあもちろん盗聴器はこれだけなのよね?」
「ああ。士道さんの着替えに、幾つか仕掛けられていましたわよ」
「そうだと思ったわよ!! ていうか狂三も気づいてたなら言いなさいよ!!」
うがー、とテーブルを叩いて怒りを顕にする琴里――――ただ、その表情には隠しきれない嬉しさが滲み出ている。
士道も、同じだった。予想外の形ではあったが、その予想外が自分たちらしく笑いすら込み上げてきた。
「……じゃあ、もうみんな事情は理解してくれたんだな?」
「そう」
「はい……!!」
「むん」
思い思いに、迷いのない肯定。彼女たちなら、きっと――――そのきっとすら、余計な気遣いだったのかもしれない。
一人一人の顔をしっかりと目に焼き付け、士道も迷いを振り切った言葉を放った。
「わかった。みんなの力を貸してくれ。俺たちの
『――――おぉっ!!』
精霊たちが、一斉に答える。
士道と精霊。これまでの因縁、全てを精算するために。士道だけでは行えない、全員の
「……それで、私たちは具体的に何をすればいいの?」
一致団結の後、七罪がおずおずと手を挙げて質問を投げかけた。
投げかけられた相手……無論、士道と狂三であるが、士道より先に狂三が不敵な笑みを浮かべ、僅かに左目にかかる髪を掻き上げた。
「そうですわね……皆様のお力添えが必要であり、同時に皆様がやり残していたこと。それがこの〝計画〟の第一段階ですわ」
「やり残したこと……?」
金色の左目。時を刻む瞳が見据えるは未来と過去。
未来へ進むため、過去の事象を掬い取る。士道が、精霊たちが、狂三が残してしまった過去。
それは――――――
「あの子――――精霊・〈アンノウン〉との
明かされない真相の鍵を握る、白い精霊との
『狂三リビルド』編、開幕。攻略対象は11人目であり、そして0の精霊。物語の根幹にして因果の始まり、崇宮澪と密接に関係する精霊・〈アンノウン〉。
この子を語る上でまあ考えていたことは、あんま友好度上がるキャラじゃないだろうなぁって。真相を知っていて、言えない事情がある意味深キャラですからねぇ。その辺り、作者的には今もこの子はどう思われてるのか、みたいなところはありますね。
まあ、この作品唯一のオリジナルキャラということもあり、酷い目に合わせることに容赦とかはありませんでしたけれど。自分が作ったキャラは遠慮なくいけますよね!!
この章は、そんな何を考えているか……は基本狂三ばっかなのでめちゃくちゃわかると思うんですけど、その始まりや計画の到達点は未だ明かされない少女の全てを明かすことになります。やっとこの子のことを色々語れるなぁって……プロローグから登場して攻略は狂三より後という。いや、狂三より前になることはありえないんですけれども。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!