デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十六話『白と女王(ファースト・メモリー)

 

「――――折紙さん、これを」

 

 それは、作戦会議が終盤に差し掛かりつつあったその時、見計らったように狂三から差し出された。

 〈フラクシナス〉のブリーフィングルーム。士道を含めた精霊たち全員が例外なく集結している中、狂三は迷いなく折紙へそれ(・・)を渡そうとしてきたのだ。

 

 ――――天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の力が宿った、一挺の古式銃を。

 

 間違いなく作戦の要であり、〝詰め〟となるそれを折紙は手に取り、そして大きく目を見開いた。

 

「……!!」

 

 古式銃の重さに驚いたわけではない。己の力の象徴を他者に託す狂三と、銃の中に込められたモノに折紙は動揺させられた。

 霊力を解放していない人の身である折紙ですら、この銃に込められた膨大な霊力に衝撃を受けてしまう。

 

「? 狂三さん、それ何なんですかぁ?」

 

「霊力の弾が込められている……ということはわかるがの」

 

 周りの精霊たちも込められた霊力まではわかるが、それが〝何か〟まではわかっていないのか、個人がそれぞれ小首を傾げて疑問符を浮かべていた。

 だが、折紙にはこれに込められた〝何か〟を理解できていた。直接受け取ったからではない、それでわかるような単純な力の塊ではないのだ。

 しかし、わかってしまうのだ。この古式銃に込められたものは――――かつて、折紙が受けた銃弾(・・・・・・・・)と同じでありながら、全く性質が異なるものである、と。

 真っ直ぐに見つめる折紙の瞳に、狂三は応えるように首を一つ前に倒した。

 

「この銃には、わたくしと〈刻々帝(ザフキエル)〉が持つもう一つの秘奥(・・・・・・・)が込められていますわ」

 

「なぜ私に?」

 

 単純な疑問を折紙は提示する。確かに、これ(・・)はあの少女の意表を突くに足るものかもしれない。が、狂三は迷うことなく折紙へ銃を託した。

 この疑問は、折紙だけでなく会議に加わっていた士道も同じだったようで、続けざまに声を発した。

 

「待ってくれ狂三。やりたいことはわかるけど、いくらなんでも危険すぎる。それなら俺が……」

 

「士道さんでは、勢い余って自分から飛び込んでしまいかねませんでしょう? それに、あなた様はわたくしの予測を良くも悪くも変えてしまいますの。今回ばかりは、琴里さんと一緒に大人しくしていてくださいまし」

 

「…………はい」

 

 些か容赦のなさすぎる一刀両断が士道を襲った。士道は倒れた!

 ……ブリーフィングルームの壁際で七罪のように落ち込む士道を慰めにいきたいが、断腸の思いで折紙は狂三との会話を優先する。

 

「この力を使う最大の理由。折紙さんにはおわかりいただけますわね?」

 

「――――この時間軸でのあなたが、絶対に使わない弾(・・・・・・・・)だから」

 

「ご明察、ですわ」

 

 指を一つ立て、狂三は上機嫌に折紙の答えを肯定した。

 本来、この時間の狂三は別の思考を持っている。即ち、霊力の使用を避けている(・・・・・・・・・・・)状態の狂三だ。

 過去改変のために、大規模な霊力行使を控えている狂三では、絶対に使うことのない弾の一つ。意表を突くには、白い少女の意識の外(・・・・)にある弾に頼る他ない。

 何せ、白い少女が持つ天使は一つではない(・・・・・・)のだから。

 

「わたくしはあの子の戦い方、振る舞い方、感情を相応に理解していますわ。ですが、それはあの子も同じこと。あの子は皆様の力を観測し、理解していますわ」

 

「それに、あの天使がある」

 

「おーよしよし。少年はちゃーんと活躍シーンがあるはずだから心配しなさんなって――――ん?」

 

 狂三と揃って視線を向けた先に、士道を慰めるある少女の姿があった。

 一応、会話の流れもきっちり把握していたのか、向けられた視線に頬をかいて苦笑いしながら声を返した。

 

「あー……そうだねぇ。そりゃあ、あたしたちの力は丸見えだ――――〈囁告篇帙(ラジエル)〉ってのは、そういう天使だからね」

 

 そう。持ち主である二亜も認める全知全能(・・・・)。それが、天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉。

 かの天使には、この世界のありとあらゆる知が保有されている。この会話でさえも、一語一句間違えることなく丸裸にされてしまう〝可能性〟があった。

 可能性。その一言に落とし込む事が出来る理由は、全知全能が〈囁告篇帙(ラジエル)〉に限る話であり、所持者は誰であれ決して全能ではない(・・・・・・・・・)からだった。

 それを誰より知る二亜が指で眼鏡の位置を整えながら、表情を一転して真剣なものに変えて続ける。

 

「でも、それは知ろうとした場合(・・・・・・・・)。〈囁告篇帙(ラジエル)〉は自動で答えをお出ししてくれる万能機じゃなくて、答えを自分で検索して初めて返答をくれる天使……そこを突くってわけだ」

 

「ええ。普段のあの子ならいざ知らず、未来のあの子の状態から予測した結果、わたくしと士道さんの時間遡行をまだ識って(・・・)はいないはずですわ」

 

「わーお、未来予知かぁ。でも、その割には曖昧じゃない? 何か、くるみんらしくないかも」

 

 高次元の予測。という割には〝はず〟などを加えた狂三の言葉に、二亜が不思議そうに言及する。

 

「仕方ありませんわ。予測といっても確定事項ではありませんもの。そこのお方のように、未来予測を書き換えてしまう可能性もありえますわ」

 

 狂三はそれに苦笑を見せながら、未来視ができる者にしかわからない理論を声にして続けた。

 

 

「それに――――一つに確定させた未来予測など、何かの拍子で崩される弱いもの。ですから、望む未来を〝選ぶ〟ことこそ、【五の弾(ヘー)】が導く未来の本質なのですわ」

 

 

 未来を視せられ、身を委ねるのではなく。

 未来を視て、自らが〝選択〟する。

 その予測者のみが理解できる理論を聞き、二亜は「そんなもんかぁ」と納得を載せた表情で返す。

 確定した未来予測、固定化された未来(・・・・・・・・)というのは、未来視ができる狂三から言わせれば脆いもの、ということらしい。

 そんな狂三の解説に、耶倶矢が隣の七罪の耳元へコソッと声を発した。

 

「ねぇ七罪、わかった……?」

 

「……まあ。言いたいことは、何となく」

 

「え、すっご……」

 

「挑発。耶倶矢の残念な思考回路では理解できなくても仕方ありません。ぷっぷー」

 

「は、はぁ!? 夕弦だって大してわかってないでしょーが!!」

 

 耶倶矢と夕弦のいつもの小競り合いに巻き込まれ、哀れな子羊の七罪が中心で目を回している。広いブリーフィングルームを最大限に活用した騒がしさである。

 ともかく、未来視というのは未来を確定させることではなく、未来を予測し可能性を広げる(・・・)ことこそ本質なのだろう。少なくとも、折紙の持ち得る知識ではそう判断した。

 

「さて、あとは折紙さんを作戦の要に選んだ理由、でしたわね。理由は至極、単純明快――――――」

 

 言いながら、狂三が折紙を見据え立てた指を折紙の頭部へ向け、トンと突くような仕草を取った。

 

 

「あなたか、わたくし。どちらかしかいないのなら、予測に集中するわたくしではなく折紙さんしかいないではありませんの」

 

「私か、あなた……?」

 

「ええ、ええ。だって折紙さんは、わたくし以外に唯一(・・)、あの子が心を開いたお方ですもの」

 

 

 ニコリと告げられた狂三の言葉が、自然と折紙の中に入り込んでくるような気がした。

 唯一。その単語に、琴里が納得を得たように何度か頷きながら声を発した。

 

「言い得て妙だけど、確かにあなたか折紙じゃなきゃこの役は出来っこないわね」

 

「ええ。そしてチャンスは一度きり。だからこその人選ですわ――――少し、悔しいですけれど」

 

 その役割を――――少女を繋ぎ止める大事な役目を、自分でこなすことが出来ないこと。それに対しての感傷ともいえる表情を狂三は見せる。

 

「…………」

 

 今まで数ある銃を手にしてきた中で、これほど意味を重くのしかかる銃は、なかった。

 この一撃に、少女の未来が込められているような気がして。

 真剣な面持ちで銃を見つめる折紙を見て、狂三はフッと目を伏せて言葉を紡いだ。

 

「――――あの子にとって、わたくしとあなたに大きな違いはなかったはずですわ」

 

 狂三と折紙。復讐に生きた者。復讐を裏切った者。裏切られた者。

 ――――白い少女に、見定められたもの。

 

 

「後か、先か。あの子が先に見つけたのが、わたくしだったというだけのこと。その運命が違えば、少しのボタンの掛け違えが――――あの子は、わたくしでも折紙さんでもない者に、仕えていたのかもしれませんわね」

 

 

 ボタンの掛け違え。だがそれは、取り返しのつかない掛け違えだ。

 もしかしたら、折紙だったかもしれない。もしかしたら、別の誰か(・・・・)だったかもしれない――――――それは、少女を生み出した存在だったかもしれない。

 でも、違う。折紙は首を横に振り、狂三の〝もしも〟を否定した。

 

 

「それは、ない。彼女は、何があっても狂三を選んだ……。私が、世界が変わっても士道のことを好きになったように。あなたと彼女も、同じだと私は確信している」

 

「――――――」

 

 

 世界という繋がりは、それだけ強固なのだと知っている。誰より、鳶一折紙は体験させられたのだ。

 折紙の言葉に狂三は目を丸くして――――感慨深さを感じさせる微笑みを浮かべた。

 ……そんなにおかしなことを口にした覚えはないのだが、と折紙は首を傾げて続ける。

 

「どうかした?」

 

「いえ、いえ。世界の繋がりは強固――――それを今、身をもって実感いたしましたわ」

 

「? そう」

 

 折紙の言葉にそれを感じられるものがあったのかは疑問だが、狂三の中では確証を得られたのか満足気に頷いていた。

 そして狂三は視線を鋭く変えて、覚悟を問うように声を紡いだ。

 

「けれど、だからこそ世界を変える価値がある。折紙さん――――自身の命を他者に委ねる(・・・・・・)覚悟、あなたにありまして?」

 

 揺るぎのない世界を変える意志。紅と時計の瞳が、折紙の価値を定めるように射抜く。

 己の命を、己で責任を負う。折紙はそれに慣れている――――そうではない。

 銃口を己に向けて放ち、己が命の全て(・・)を相手に委ねる。次に垣間見える光景は、本当の死の間際。折紙ではなく、命を握った相手が選択することで生死を分かつ。

 生殺与奪の権利を押し付け、命運は折紙ではなく少女に。覚悟を問う銃弾。ああ、けれど、この命は少女に救われたものでもある。

 折紙の指先は、引き金に掛けられた。

 

 

「ある。彼女の手は――――私が掴む」

 

 

 それが、鳶一折紙の選んだ――――戦争(デート)だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実のところ、どう思っているのです?』

 

「口惜しいに決まっていますわ」

 

 コクピットブロック内のシートにふんぞり返り、とても士道には見せられない歪んだ顔を手で隠しながら、狂三はモニタに出力された『MARIA』の文字に向かって声を発した。

 薄暗いブロック内で霊装の光が仄かに輝き、幾つかの電子音が反響する小さな空間。狂三がここに足を踏み入れるのは、二度目のことであり、元の歴史においてこの二度目は存在しなかったことだ。

 

「元はと言えば、あの子との因縁はわたくしのもの。一度はあの子を見捨てたわたくしが、今さら子供のように自分がやると申し出るつもりは毛頭ありませんけれど……」

 

『理性と感情は別物、と。難しいものですね、人の感情というものは』

 

「そういうものですわ。人というのは度し難く、愚かですわ――――本当に欲しいものを、手に入らぬからと目を瞑ることだってありますもの」

 

 手に入らないなら、諦めて見て見ぬふりをすればいい。愛が憎しみに変わってしまう前に、その人の幸せを願う者。願わずに、憎悪の情熱に囚われる者。

 狂三は、一際そういった人との関係には矛盾を抱えてしまっていた。

 恋した人は、悲願のため犠牲としなければならない人。

 数々の友は、その恋した人に救われ、狂三と同じだけの感情を抱く優しい子たち。

 そして果てまで共にあると誓った従者は――――狂三が仇敵とするかつての友と、同じ存在(・・・・)

 目を閉じれば、誰の顔でも思い出すことが出来た。けれどあの子は、自分の従者だと、その命は狂三のものだと自信を持って言ったあの子の顔だけは――――本当の意味では、知らないのだ。

 

「そうして目を瞑ってしまっては、相対する者のことを何一つ理解できませんわ」

 

『如何に優れた目を持っていようと、閉じてしまえば無意味……そういうことですね』

 

 目を閉じて、可能性を閉ざす。可能性が残されていなければ、未来は閉ざされる(・・・・・・・・)

 狂三は少女のことを知らない。少女の好みを知っている。少女の力を知っている。少女の行動理念が、狂三にあることを知っている。

 

 だけど、何も知らなかった。

 

 知ろうとしなかったのだ。知ることを恐れていた。少女を知る者と定義してしまえば――――少女への感情が、負へ反転してしまいそうだったから。

 

 

「初めから独りだったのなら――――わたくしは、『時崎狂三』であれたのかもしれませんわね」

 

 

 孤独な旅路を選んでいたのなら。それこそ、十香と話した――狂三だけが覚えている――〝もしも〟の話。

 未来を視て、ふとそれを考えてしまうのだ。士道ではなく、あの少女との出会いこそ『時崎狂三』の分岐点ではなかったのか、と。

 士道とはきっと、何があっても出会う。精霊と士道という少年は、そういう因果だ。

 崇宮澪という原因が、精霊という結果を生み出す限り。

 どんな世界でも、士道と狂三が存在する限り。

 だが、その因果の中で異質であり異端なものが、狂三と少女ではないのだろうか。

 封印されていない精霊同士の出会い。澪の想定を超える、新たな因子。結果、辿り着いたのはこの可能性が広がる世界。

 

 複雑怪奇に考えてしまうのが、狂三の悪癖の一つ。故に、結論を一つ――――少女との運命は、きっと奇跡のようなものだったのだろう。

 

 

『――――ですが』

 

 

 深く沈む狂三の思考を、モニタに灯る光が強く引き戻した。

 

『狂三はもう、目を閉じていません』

 

 瞬間――――薄暗かった瞳の外が、煌々と輝きを放つ。

 

『同期完了――――これが何よりの証拠です。その目に迷いがないのなら、その悔しさをAI相手であっても表せるのなら……今口にしたことは、もう過去のものなのでしょう?』

 

「……ふふっ。そうですわね」

 

 少女から目を背け、士道との未来に目を閉じた狂三は、もういない。

 

 『時崎狂三』は――――合理的な精霊は、いなくなってしまった。

 

 今の狂三は、AIを相手に何となしに口を滑らせ、とんでもなく我が儘な少女になってしまった――――五河士道の愛する女だ。

 と、システムの起動まで他愛のない会話を続けていた狂三だったが、ふとマリアの意図を察して問いかける。

 

「もしかして、わたくしのことを慰めてくださいましたの?」

 

『はい。シミュレート結果を元に、適切な〝選択肢〟から私が選出しました』

 

「……感情豊かで気遣いの出来るAIですこと」

 

『お褒めの言葉として預かります』

 

 思考速度はAIのそれであるにも関わらず、受け答えは下手な人間より人間らしいとは。この〈フラクシナス〉のAIは、随分と感情豊かに育ってくれたようだと狂三は息を吐いた。

 語ったことは、嘘ではない。狂三は心の躊躇いを握り潰し、悲願を果たそうとした。そのことを、今さら釈明しようとは思わない。

 だが、そうやって後悔するために狂三は士道と過去へ戻ってきたのではない。このクソッタレな世界をぶち壊すため――――大切な人たちの手を、残らず掴むため。そのために、時崎狂三は戦う。

 

 

「――――システム、起動」

 

 

 瞼を上げて、網膜に視るべきものを焼き付ける。これが最善だと、他に方法はないのだと諦めることは二度としない。

 唯一、この席の主として座ることの許された狂三は、正しくその権利を受け入れよう。

 現実に見え得る情報のみを受け取ったとしても、常人には流しきれぬ滂沱の如きデータの波。それらをマリアと共に取り捨て選択をし、並行予知の準備段階を進めて――――行いながら、以前との違いに眉をひそめた。

 思考リンクの影響からマリアが狂三の考えを読み取り、どこか得意げな声音で声を発した。

 

『気づきましたか。初回時のデータを反映し、システムの完成度を高めることに成功しました。粗の多いシステムを許す私ではありません』

 

「あら、あら。さすがですわね」

 

『もっとも、最終的な調整は狂三がいなければ叶いませんでした。元々、狂三のためだけに作成した設備ですので』

 

 指揮官である琴里はともかく、単なる一精霊である狂三のために〈フラクシナス〉に完全に専用の設備を用意され、あまつさえそれを完成に持ち込んでいるのはどうかとも思ったが、結果的にここへ戻ってきたことで、マリアたちの努力も水泡に帰すことなく日の目を見たようだ。

 

「ま、完成したというのなら、存分に扱わせていただきますわ」

 

 〈フラクシナス〉が収集する情報の全て。それらを狂三とマリア、二人で一人の思考にて引き上げる。空中艦を目とし、二人は艦の頭脳となる。

 

「……?」

 

 すると、これも以前には存在しなかったある一つの名が〝登録〟されていることに気づく。

 登録名。即ち――――この予測システムの名称。

 

『名前がなければ格好がつかない、とのことでした。名称のないものは不便ですから、私が最終的な許可を出しました』

 

「……だからといっても、これ(・・)は自意識過剰が過ぎますわ」

 

『おや。言われ慣れていると思いましたが、女王様』

 

「…………」

 

 どこまでも口の減らない人間くさいAIに頬をひくつかせながらも、狂三はマリアと共にシステム起動完了の最終段階へ移行していく。

 

『オールクリア。狂三、起動タイミングを委ねます』

 

 そうして、作業を終えたマリアが全てのタイミングを狂三へ託した。

 くるりくるりと歯車が回り、かちかちと針が刻まれる。言葉を一つ。もはや、撃ち込まれる銃弾さえ必要とせず狂三は意識を先へと向かわせることが出来る。

 息を吸い、吐く。基礎動作を念入りに、狂三は伏せた目を覚ます。

 両の眼を――――未来へ。

 

 

「同期完了。システム――――〈黒の女王(クイーン)〉、開始(スタート)

 

 

 女王の凱旋――――従者を出迎えるために、少しばかり派手にいこう。

 

 仰々しく、そして誰より大胆不敵に、時の女王は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 記憶こそが人格となり得るのならば、少女にとって人格とは曖昧なものである。

 『私』であって私ではない記憶。生まれながら持っていたにも関わらず、自らのものでないと拒絶した記憶。

 自らのものとすれば、壊れてしまっていた記憶。生まれながらに『私』と定義したのなら、少女は少女でなく、神に仕える役割を果たしていた。言うなれば、価値のある(・・・・・)精霊になっていたのだろう。

 生まれながらに取るべきだった答えに、少女は幾度後悔を持ったことだろう。

 けれど、その答えを選ばなかったことに――――心の底で安堵していた。

 

 私は誰なのか。何のために生まれたのか。意味は、ない。意味は、なかったのだ。

 『私』の計画に不要であったから、私という存在は何ら影響を及ぼさない。イレギュラーなのではなく、可能性がないのだ。少女という存在そのものは、始源の精霊の計画を脅かすことはない。

 

 何故なら――――『私』であれ、私であれ、少女にその気はなかった(・・・・・・・・)のだから。

 

 だって、そうだろう。生まれながらにして知っていた記憶を、少女は受け入れることはせずともそうなのだ(・・・・・)と受け止めた。とどのつまり、少女は所詮〝彼女〟の出来損ないでしかなかった。

 何もなければ、始源の精霊の行いを〝肯定〟していた。意志を持たない出来損ないの精霊。それが、生まれながらに持ち合わせていた少女の宿業。

 

 そんな先天的な宿業に、後天的な願いが生まれてしまった理由。少女が自身の神へ逆らうだけの意味を、持ち込んでしまった特異点。

 それに見返りがなくたって構わない。何を犠牲にしてもいい。ただ、少女はたった一つの願いを叶えたいと思った。

 

 

『――――無事で、よかった』

 

 

 あの子にとってその行動は、きっと特別なことではなかった。

 勇気のある行動ではあった。けど、あの子にとっては当然の行動。自分の正義に従い、省みることなく。力があろうとなかろうと、あの子は同じことをした。

 

 それが、それだけが、何よりも――――少女にとっては、美しく見えたのだ。

 

 

 

 『私』の夢は記憶に。私の記憶は夢に。

 

 夢は、いつか醒めて消えるもの。だけど――――――この記憶(ゆめ)だけは、どうしても消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ん」

 

 瞼を開いて、眼球を動かし、少女は己の意識と視界を覚醒させる。

 時間にして数秒、記憶の齟齬が発生している。

 

「……おかしいな。上手くいった、はずだけど」

 

 元々、難しい作業ではなかった。――――の影響によって、隔離されていた記憶の侵食は進みつつあった。それを正しい形で修正を施した。

 結果、私は消えて『私』が表に出た。だが、それならばこの違和感……消えきらない〝何か〟は何なのか。

 

「…………」

 

 考えたところで、わかるものではない。鈍痛の広がる頭から手を離し、廃ビルの中から外へ足を進める。

 淀んだ空気を入れ替えるように外に出た少女は、手を翳してその手のひらに一冊の大きな本を召喚した。

 

「……〈囁告篇帙(ラジエル)〉」

 

 大らかな光を放ち、巨大な本が頁を自ら捲り始める。

 全知の天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉。この力ならば、どのような病魔であれ異常であれ、瞬く間に解をもたらす。

 とは、いえ。少女が知りたいのは自らの異常ではない。消えた私(・・・・)の知識にないというのなら、それは『私』が知る必要のないものなのだろう。

 故に少女が整えるべきは他にある。〝計画〟は既に最終段階へ突入した。どのような結末であれ、〝計画〟の到達点は揺るぎないものでなくてはならない。

 少女の手が頁の一枚に触れる――――刹那。

 

「っ……!?」

 

 強靭な暴風(・・)に、手を止めて勢いよく飛び退いた。

 勢いのまま壊れかけのフェンスへ足を入れ、それを勢いで破壊しながら足場にまた別の地点へ着地。

 それから、攻撃(・・)を受けた空を見上げる――――見上げずとも、少女に回避の姿勢を取らせるほどの暴風など、答えは一組(・・)いないだろうに。

 

 

「――――ふはははははっ!! よくぞ避けてみせた。さすがは我らが競合者(ライバル)よ!!」

 

「対抗。しかし、速さで八舞に負けはありません――――勝負です、〈アンノウン〉」

 

 

 霊装に揺れる鎖は、彼女たちを縛る鎖でなく、風を支配する象徴。

 

 天使〈颶風騎士(ラファエル)〉の資格者にして、二対一翼の精霊・八舞耶倶矢、八舞夕弦。

 

 

 

気まぐれ(・・・・)に残された戦争(デート)の終幕を――――一陣の風が巻き起こした。

 

 

 






バレット側の事情と彼女の正体を考えると、黒の女王(クイーン)は死ぬほど皮肉なんじゃねぇかと書いてて思いました。いや、クイーンまでは決まってたし女王様で狂三の色を考えたらこれしかなかったので、避けられないんですけどこれさすがにry

さて、さて。ここまで長かったですが、楽しい戦争(デート)の始まりです。折紙が手にした弾とは。リビルド本編で使用されていない〈刻々帝(ザフキエル)〉の銃弾と言えば……?

狂三の運命を変えた者が士道であるならば、白の少女は狂三に運命を定めた者。メタ視点で言えば、少女は物語を歪めた特異点です。
彼女はよく〝もしも〟のことを考えていますが……白の少女はその〝もしも〟の最足るものなのでしょうね。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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