デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十七話『誰がための目覚めか』

 

 

「……耶倶矢、夕弦」

 

 音として吐き出されたその名すら、吹き荒ぶ暴風に拐われて消えてしまいそうになる。

 扇情的な霊装と、刺突の矛と拘束の振り子。それぞれを自在に操り、実力と拮抗するだけの不敵な笑みを浮かべる風の姉妹。

 八舞耶倶矢と八舞夕弦。颶風の御子が、少女の前に立ち塞がるように滞空している。

 

「くはは!! 何を惚けた顔をしておるか!! 我らが手ずから参ったのだ。感涙に咽ぶがよい」

 

「指摘。顔は隠れています。耶倶矢には何が見えたのですか?」

 

「ひ、比喩表現だし!! いちいち気にしなくていいし!!」

 

 大仰な仕草で高笑いする耶倶矢を、冷静に――だが楽しげに――夕弦がからかい、耶倶矢が素の姿を見せる。

 変わらない二人のやり取りに微笑ましさを感じる――――同時に、疑問を感じて眉をひそめた。

 

 どうやって、少女を探知した(・・・・・・・)

 

 その理由は定かではないが、少女を相手に何をしにきたのか。ある程度は察せられるものがあると少女は言葉を返した。

 

「……そうだね。感涙に咽ぶのもやぶさかじゃない。けど、見ての通り私も忙しい身だ。お引き取り――――というわけにはいかないかな?」

 

 聞き慣れない口調の少女に、或いは足らう少女の言葉にキョトンと二人が目を丸くする。しかし、当然というべきか、またすぐに快活で好戦的(・・・)な唇の描きを見せた。

 

「つれないことを言ってくれるなよ、精霊。見つけられるのなら、いつでも(・・・・)待っていると貴様が告げたのだぞ」

 

「……口の軽い過去の私に、後悔を覚えるよ」

 

 『私』に覚えはないが、過去の私は恐らく言ったのだろうと想像に難しくないと少女は息を吐いた。

 過大評価はしないが、過小に評価しすぎる人格でもなかった。それの持つ力と結果を、相応に想像はできていたはず。それ故に、この事態は想定できなかったともいえるのだが。

 ――――軽口を培うのも考えものだったと、後悔先に立たずだ。

 

「……こんな場所で霊力を使っては、琴里に叱られてしまうんじゃあないかな」

 

「杞憂。この程度は誤魔化してみせる、とのことです」

 

「……あの子はもう少し、深く考えて動く子だと思っていたんだけれど」

 

 ――――いや、深く考えた結果(・・・・・・・)と、想定するべきか。

 人気が少ないとはいえ、街中で精霊の霊力を行使するデメリットの大きさを、琴里が考慮していないわけがない。

 外装の下で目を細め、八舞姉妹を観察する。その表情は変わらない。変わらないからこそ、少女には不気味に映る。

 その笑みは、確かな〝勝算〟がなければ出せないものだから。

 

「……」

 

『……』

 

 睨み合いが続く中、少女は自身の中にある違和感を〝確信〟に変えられる術に目を向けた。

 左手に抱えられた巨大な書物。この世全ての知識と記憶を詰め込んだ禁書〈囁告篇帙(ラジエル)〉。

 この天使を開くことができれば、彼女たちの〝勝算〟を容易く閲覧することができる。たとえ彼女たちが少女へ知らせなくとも、世界がそれを知っていさえすれば少女が〝識る〟ことができる。

 あまりにも容易い選択肢だ。無論、少女とて真っ先に考えつく――――少女が、考えつくならば。

 

「――――どこを見ているっ!!」

 

「先手。必勝です」

 

「……!!」

 

 歴戦の戦士である八舞姉妹に、考えつかないはずがなかった。

 烈風と見紛う疾走。旋風は少女が一瞬前までいた地面を抉り、砕く。飛び退くのが遅れていれば、間違いなく少女は二人に捕らえられていたであろう。

 

「……乱暴だね」

 

 それだけ本気ということか。呟きながら、少女も暴風から逃れんと人気の少ない道へと足を踏み入れる。

 〈囁告篇帙(ラジエル)〉は使えない。知見の天使は万能ではあるが、効力発揮まで僅か一瞬のプロセスが生じる。頁を開き、知りたいものを天使へ告げる、一瞬の工程。

 普通なら、障害にすらならない一瞬の隙。だが、油断すれば呑み込まれる暴風を前に意識を〈囁告篇帙(ラジエル)〉へ集中させるなど、それこそ敗北を認めるようなもの。

 隙を見せれば、神速の軍神たちは躊躇うことなく風を伸ばし、少女を捕らえる。彼女たちはそれができる。風が吹き荒れる空間である限り――――舞台(フィールド)は常に、八舞の味方なのだ。

 

「……ふむ」

 

 不利だ。単純な自身の劣勢を、少女は一言で片付けた。

 反撃を試みることが叶うならまだしも、今彼女たちを傷つけるという択を存在させてはいけない。単純な速力というのなら、完璧な連携で追うことができる耶倶矢と夕弦が有利だ。

 元々、少女は能力上見つかってからの戦闘は望ましいものではない。見つからずに不意を突くのが少女の専売特許なのだ。

 まあ――――それは狂三も得意とすることなので、私は目立つことを優先していたようだが。

 だが、少女の能力はそこまで生易しいものではない。一度見つかったからといって、逃げられない程度の能力であれば、少女はとうに捕まっている。

 

「……ごめんね」

 

 追いかけてくる二人を見遣り、少女は軽く地面を蹴りビルの壁に手をかけビルとビルの合間(・・・・・・・・)に入り込んだ。

 一瞬。その一瞬の視界が失われれば、如何に動体視力に優れた八舞姉妹であっても少女は追い切れない。見失えば、それまで。存在という認識を〝殺す〟。

 余裕があれば付き合ってやりたかったが、生憎と今の少女に余裕はない。万が一のことを考えて、自身の天使を行使することすら控えたいのだ。

 計算通り、少女は細い隙間の路地に身を躍らせ――――――

 

 

「な……」

 

 

 瞬間、少女を呑み込む『孔』が、視界いっぱいに広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――〈封解主(ミカエル)〉。……六喰」

 

 少女は自身の状況を変えた力を、小さく断定的に呟いた。

 鍵の天使〈封解主(ミカエル)〉が生み出した『扉』。それを潜り抜けさせられた少女は、即座に状況を見極める。

 殺風景で、幾つかの障害物が用意されている以外は、何もない広い空間。しかし、感じ取れる微かな違和感――――〈フラクシナス〉の仮想訓練室と断定。

顕現装置(リアライザ)と艦内設備を併用し、現実空間と変わりない様々な環境を再現することができる。改修された〈フラクシナスEX(エクス・ケルシオル)〉にかかれば、もはや再現された物に触れることすらできる仮想空間の完成というわけだ。

 

 場所に問題はない。彼女らが少女を殺す気がないのはわかりきっていたこと。問題なのは――――空間の中心に立つ、紫紺の鎧を身に纏う精霊の姿を見てしまったことだ。

 

 

「――――十香」

 

 

 美しき名を、呼び。揺蕩う瞳が、現世のものとは思えぬ輝きをもって少女を映した。

 剣の天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を地に突き立て、両の手を柄に添えた威風堂々足る姿。

 それは先を封ずる守護者の姿か――――或いは、挑戦者を待つ王者の姿か。

 

 

「――――剣を取れ、精霊(・・)

 

 

 どちらか。そう問われれば間違いなく、後者であろう。

 絶大の剣技を持つ最強の精霊(・・・・・)、夜刀神十香。その威圧感は、何者も寄せ付けぬ絶対王者。纏う霊装は、精霊の城と称されるものではあるが、少女には十香こそが突き崩せぬ難攻不落の城のように感じられてしまった。

 最強が、待っている。その手に剣を握れと、待ち焦がれている。

 

 

「真意を問うは、剣を交えてからとしよう。貴様の意図が何であれ、私たち(・・・)は全て受け止めてみせる――――来い、名も無き精霊(・・・・・・)よ」

 

 

 心に届く、女王の声。王足る者の資質を持った十香の偽りなき、言霊。

 

 瞬間。

 

【――――――――!!】

 

 空間を震わせる、歌姫の声。勇猛果敢な曲調(・・・・・・・)のそれは、十香に大きな力を与える。

 

「……美九、か」

 

 天使〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の歌声。聴く者に力をもたらす心躍る協奏曲。どの道、少女には届かない歌声ではあるが――――私たち(・・・)というのは、嘘偽りのない真実のようだ。

 

 どの天使であっても、届くことはない。

 

少女(わたし)は確か、そう言ったはずだ。真実を多く語らない少女ではあったが――――嘘偽りを好まないのは、どうやら主と変わらないようだ。

 

「…………」

 

 ゆっくりと手に持った本を翳し――――それを、己の裡へ還す。

少女(わたし)が確かめたいことは多くあるのかもしれない。けれど、最強の剣士を前にして関係のないこと(・・・・・・・)を閲覧している時間はない。これがもし、命の取り合いであったならば、そうした瞬間に少女の首は胴から離れていることだろう。

 翳した左手を正面に開く。そうして、少女は威圧された空気を切り裂く天使の名を呼んだ。

 

 

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 

 奇跡の理が具現化する。鞘に納められた、色のない一刀。

 天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉。出来損ないの『法』。少女に『私』のようなことは、出来ない。出来ることは、『法』を物質という形に落とし込み、収めるというだけのこと。

 その鞘に左手を添え、柄を右手で掴み――――躊躇いなく、抜き放つ。

 

「……いいよ。『私』が、君たちの挑戦を受けよう」

 

 色という意味を持たない、決して折れぬ『法』の刀を構え、少女は真っ直ぐに精霊たちの戦いを受けて立つ。

 十香もまた、突き刺さった剣を引き抜き、一振り。風を切り裂き、ゆっくりと剣の天使を構えた。

 

 ――――それ(・・)は、恐らく少女(わたし)に残された矜恃。プライド。呼び方など何でもいい。ただ、そう宣言したのなら、受けて立つ勝負に負けるわけにはいかない。

 少女は少女なりに、自身の〝能力〟には相応の意識を持っている。曲がりなりにも、力の一部を生まれ持ったものとして――――何より、最凶の女王に仕える者として、仕掛けた勝負に負けるわけにはいかないのだ。

 

『…………』

 

 白が構えるは刀。紫紺が構えるは剣。それぞれの違いはあったが、折れることのない奇跡の神刃は同じ。

 剣気がぶつかり合い、仮想空間にノイズを生む――――それが、言葉ではない合図だった。

 

 

「はぁ――――ッ!!」

 

「ふっ――――!!」

 

 

 目に見えぬ神速の一刀と、神を裂く絶技がぶつかり合い、火花を散らす。

 名も無き精霊と、名を得た精霊。戦うことのないはずだった鏡合わせの精霊。

 形を違えた始原の分霊(・・・・・)の刃が――――遂に、交わった。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「っ……」

 

 剣閃。一瞬の間を置き、風が哭く。振り抜かれた剣に対し、少女は防御ではなく回避を選ぶ。タン、と軽い跳躍をした少女と地面の間を衝撃波がすり抜け、設置された障害物が横薙ぎに切断された。

 

「ふ――――っ!!」

 

 ノイズとして処理されたそれに構うことなく、少女は十香を超える速度をもって接敵し、一刀を振るう。

 神速の閃光が奔る。それは十香――――の、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉によって軽々と防がれた。鍔迫り合い、甲高い音を立てて神刃の刀身が互いを削り合う。

 しかし、力で圧されたのは、やはり少女だった。

 

「はぁッ!!」

 

「く……」

 

 裂帛の気合いを用いて、十香が少女を弾き飛ばし、地面を踏み砕きながら追撃の一閃を見舞う。

 十香とは対照的に、少女は軽やかに地を蹴り上げ彼女を大きく跳躍する形で裏を取る――――反撃は、叶わない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 また一つ障害物を切り裂きながら、十香が悠然と振り返り少女と相対する。

 その剣閃に陰りはない。躊躇いもない。少女なら避けてみせるという信頼が読み取れる――――まったく、妙に評価されているなと少女はローブの下で苦笑した。

 戦いとなれば勇猛果敢。戦場に迷いは持ち込まない。日常を得てなお、十香という精霊には戦いに必要な精神が備わっていた。

 そして、高潔な精神に追従する〝力〟。限定的な霊力解放にしてはおかしいとは思ったが、どうやら完全解放の一歩手前(・・・・)を維持しているようだ。

 霊力が逆流し切る、その僅かな猶予。それに歌姫の応援歌が加われば、完全解放とはいかないものの限りなく近い(・・・・・・)能力の行使が可能となる。

 

「……さて」

 

 そうなってくると、力では敵わない(・・・・・・・)。今の十香は、かの最強の魔術師(ウィザード)とさえ渡り合える能力を解放している。

 ――――単純ながら、絶対的な相性の悪さ(・・・・・)

 万象の事象を殺してみせる天使は、その強靭な物理干渉には無意味。

 八舞と渡り合う神速は、ただ速いというだけのこと。風を操ることなど出来ない以上、それだけでは十香に遠く及ばない。彼女は、どれほど速くともその目と獣の直感でそれを見切ってみせることだろう。ただ速いだけでは、決して刀は届かない。

 確かに、十香の力は単純が故に能力の欠点は明らかにされている。〈囁告篇帙(ラジエル)〉で〝識って〟いなかったとしても、変わらない――――変わらないからこそ、厄介極まる。

 あの時崎狂三が、他の精霊を差し置いて十香を〝最強〟と称するその理由。少女は今、身をもって知らされているといえる。

 

 ならば、だ。

 

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉――――――」

 

 

 少女は、刀を手放した(・・・・・・)

 

「何……?」

 

 十香を目の前にして、武器を手放す。さぞ十香には怪訝に映ったことだろう。

 落ちる切っ先が地面に触れ――――吸い込まれた(・・・・・・)

 

「ッ――――!!」

 

 それを見て悟り、或いは誰かから知らされた(・・・・・・・・・)十香が、大きく後方へ飛び退いた。

 微かに眉を揺らし、少女は名を唱えた。

 

 

「――――〈枝刀(アナフ)〉」

 

 

 瞬間、少女の前方から十香へ至る無数の刀(・・・・)が現出した。

 

「これは……!!」

 

「触れたら、斬れる――――その程度の『法』だよ」

 

 少女の言葉を理解したのか、又は本能的に触れることを避けたのか、迫り来る刀身の壁を十香は全力の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で薙ぎ払い始めた。

 ――――形を得た〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉そのものに意味などない。刀はただ、刀。振るい、斬ることしか出来ないのだから。

 しかし、だからこそ裡に込められた力を解放することで、真なる役割を果たすことが出来る。今は、武器としての役割を破棄させ、地面に溶け込ませることにより、地の空間に『法』を侵食させた。

 出来損ないが思うがまま……とはまでは出来ない。が、無機物に『法』を適応させ、刃の現出をあったことにする(・・・・・・・・)程度のことは叶う。

 

 そのとき。

 

「ぁ……」

 

少女(わたし)の声が零れ落ちて、何かが夢に還った(・・・・・・・・)

 まだ微かに残されていたそれに、けれど感慨はない。もはや、必要のなくなったものなのだろう。

始原の精霊(オリジナル)に近い権能を振るうということは、必然としてそうなってしまう。力を阻害する自我など、邪魔になる以外にありえない。

 事実であるからこそ、少女はなくなった少女(わたし)への余計な情を必要としない。それがあの『私』との――――唯一の違いかもしれなかったが。

 

「〈囁告篇帙(ラジエル)〉」

 

 構うことなく、刀を散らすことに気を取られた十香の隙を突いて物陰に身を隠し、天使を〈囁告篇帙(ラジエル)〉に切り替えた。

 天使の同時使用は叶わないが、一度視界から外れ認識を殺してしまえば、如何な十香といえど索敵に一瞬は必要とする。作られた一瞬の隙を、全知の天使を扱うことに注ぐ。

 互いの勝利条件は、単純な力の差では決まらない。力の差で優劣が決まるというのなら、少女は十香と同条件で霊力を解放した半数の精霊に勝てはしない。負けるつもりもないが、勝ち切るには秘中の秘を使う他ない。つまり、勝ち切るという選択肢はあってないようなもの。

 この戦争(デート)も、それ自体は同じこと。しかし、少女は力比べよりは負けない立ち回りが行える自信が遥かにある。

 密室空間に少女を送り込み、少女との相性が悪い十香が全支援を以て立ち塞がる。だったら、少女が最後まで付き合う必要はない。出口がないなら、知ればいい(・・・・・)

 光輝いた頁が少女へ情報を送り――――出さなかった。

 

「……?」

 

 〈囁告篇帙(ラジエル)〉の不自然な挙動に眉をひそめる。求めた情報が、引き出せない――――否。

 

「――――二亜」

 

 引き出せては、いるのだ。だが、少女へ辿り着くまでに情報が阻害(・・・・・)されている。それを為した人物の名を、頭に思い浮かべながら呟いた。

 本条二亜。〈囁告篇帙(ラジエル)〉が本来主とする精霊。霊結晶(セフィラ)の大半は少女が所有権を得ているが、全てではない。未だその一部は二亜の中に眠っているはずだ。それは霊力の解放(・・・・・)が可能である、という事実に繋がっている。

 二つの〈囁告篇帙(ラジエル)〉。それは表裏一体どころか、表と表が二つ平行しているようなものだ。反転の魔王などより余程、二亜は妨害工作がしやすかったことだろう。能天気なようでその実、精霊たちの中でも思慮深い微笑みが目に浮かぶようで――――――次の瞬間、光が瞬いた(・・・・・)

 

「……!!」

 

 視界に映り込んだ光が、光ではないもの(・・・・・・・)に変わるまで、瞬きの一つすら怪しい。

 隠れられるだけの障害物だったもの(・・・・・)。それは、巨大なウサギに跨る二人の少女に瞬く間に変化した。

 

 

「――――四糸乃、七罪」

 

「〈氷結傀儡(ザドキエル)〉!!」

 

 

 躊躇いの感じられない天使の呼び声。当然だ。心優しい少女は、傷つけるための力に躊躇いはあれど、救う(・・)ための力に躊躇いは持たない。

 そういう強い少女なのだ、四糸乃という精霊は。それに感化され、誰かを救いたい、救いたいと願ってもいいのだと思うことができた、魔女の帽子をかぶった少女もまた――――ああ、なんて喜ばしい(・・・・)

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 外装の下で愛おしさの笑みを浮かべながら、少女は重本の持ち手を瞬時に刀の柄へ移り変える。

 凍える冷気と共に周囲に展開されていく球体の氷牢。不意を突いた策であろうと、少女を捕らえるには些か遅い(・・)

 継ぎ目を切り崩し、難なく氷の侵食から逃れる――――同時、十香が少女の前方へ躍り出る。

 

「……甘いよ」

 

 隙を逃さない。ああ、そうだろうとも。それだけの実力を持っていると、知っているとも。だから(・・・)、甘いと少女は言う。

 最速の八舞を囮に。道を六喰が。正面を十香。支援は美九。封じ手は二亜。不意は七罪と四糸乃。

 それだけの策を用いた、この一瞬。牢から逃れ飛び退いた少女が、空中で十香とぶつかり合えば結果は空いて見えている。それこそが詰め手。こうなった少女は、翼を出さざるを得ないと踏んでいるはずだ。それを想定してなお、今の十香で先手の切り込みが叶うであろう距離。翼による姿勢制御の時間と、十香の全速力。どちらに分があるかは明白。

 

 故に――――少女は空中を蹴り上げた(・・・・・・・・)

 

「っ……!!」

 

「……生憎、私はこっち(・・・)の方が速いんだ」

 

 息を呑んだ十香へ告げながら、空中を蹴り上がった少女は彼女の真上を取る。

 翼は少女にとっての飛行手段であり、速さを維持することも可能だ。が――――この特異な身体は、飛ぶより〝跳ぶ〟方が得手としているらしい。

 目立つことから好まないのは本当。翼なければ飛べないのも本当。これはその場しのぎに過ぎず、決して距離を飛ぶことは叶わない――――しかし、飛ばない方が速い(・・・・・・・・)とは、少女(わたし)は告げていなかったらしい。

 

「は――――っ!!」

 

 ずらした距離の先で再度空中を蹴り(・・)、加速。先ほどまでの小手先ではない、全力の神速(・・・・・)。十香の絶技を僅かに潜り抜け、狙うは腕を覆う霊装。

 一時的にでも、動きを鈍らすことができればいい。致命傷にならなければ、あとは痛み分けで終えることができる。

 あくまで少女が軌道を変更し、不意を突くことで可能となる一撃。通常の条件であれば、十香を相手に刃を通す可能性など絶無。十香が振るいかけた剣を防御の姿勢に変え、少女が速度差での攻勢を掛けることで起こり得る奇跡。

 この機を逃せば、次は存在しない。確実に、十香は少女の本気の速度でさえ己の距離にしてしまう。全身全霊の神経を一点に集中させ、少女は刃を全力で振り下ろした。

 

 

「――――――え?」

 

 

 そんな渾身の一刀だったからこそ、少女は呆然と声を発した。

 

 少女が狙いを違えたわけでも、十香が刀を防いでしまったからでもない。ましてや、刀は振り切ってすらいない(・・・・・・・・・・)

 ならば何故、少女は呆気に取られたのか――――螺旋した世界が、答えだった。

 

 目の前で起きた螺旋の渦巻きが、一人の少女を呼び込んだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

「――――――――――」

 

 

 思考が、凍りつく。少女の名を知っている。少女がどういう存在で、どういう〝価値〟があるのかも知っている。

 それ、以上に――――少女(わたし)にとってそれは、絶対に傷つけたくない人だということを、叫んでいる(・・・・・)

 振り下ろされた刃は止まらない。寸分違わず、現れた彼女を切り裂く。彼女はその身に、霊装を着けていない。魔術師(ウィザード)としての装備でさえしていない。

 目に映る光景が酷く鈍い。まるで、自分が死に近づく直前のようだ。そんな光景の中、現れた彼女の目にあったのは死への恐れではなく、曇りの一つすら感じられない意志。

 

 彼女は『私』に必要な存在。殺してはならない存在。傷つけては、ならない存在。

 

 たぶん、そんなことはどうでもよくて(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「――――折紙っ!!」

 

 

少女(わたし)が、鳶一折紙(好きな人)に傷ついてほしくないだけだった。

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉!!」

 

 神速の世界で、刹那を切り取った一瞬。少女は刀を己の裡へ封じ込める――――不十分。

 翼なくしてこの速度で軌道修正は不可能。ただの衝突でさえ、人の身体である折紙には致死すら考えられる。僅かでも軌道を変え、折紙を抱えながら地上へ――――足りない。

 この速度で折紙を抱えての着地は、恐らく地面への激突にしかならない。姿勢制御などかなぐり捨てた少女の攻勢は、ここに至っては不利な要素でしかない。

 翼による速度の低下――――推奨は出来ない。折紙の肉体に急激な衝撃を与えることになる。

 抱えることは出来る。そのあとが問題だ。銃弾の如く放たれた少女自身が、折紙を抱えながら致命傷を避けて辿り着く方法は――――輪廻の『法』を使い、少女は一時的に肉体を変質(・・)させる。

 

「折紙っ!!」

 

「……っ」

 

 空中へ投げ出された折紙を拐うように抱き、少女は地上へ墜落(・・)していく。

 不思議と、折紙は少女へ全てを任せ抱えられたまま。少女はそんな彼女を力の限り抱き締めて――――追突。

 

「ぐ……!!」

 

 身を任せながら仮想空間の地面を転がり、激しく土煙を上げ、数秒をかけてようやく勢いを収めた。

 

「っ……折紙、大丈――――――」

 

 すぐに強化を施した身体を起こし、抱き抱えた折紙の顔を覗き込んだ少女――――身体を起こし切るその前に、力強い手が少女の胴体を掴んだ。

 息を荒く、大事な服もボロボロにして、顔は薄汚れて……でも、目の離すことのできない眩しい〝笑顔〟が、眼前にあった。

 

 

「――――捕まえ、た」

 

 

 鳶一折紙はそうして、絶対的な〝勝利宣言〟を行ったのだ。

 けれど、どうでもよかった(・・・・・・・・)。強化の代償か、もしかしたら安堵からかもしれない。身体が弛緩して、目が熱い(・・・・)

 

 

「……馬、鹿」

 

 

 咄嗟に言葉にできたのは、何とも情けない一言だけ。

 次いで飛び出したのは、頬を伝う熱が生み出した感情の嵐だった。

 

「っ、馬鹿っ!! この、大馬鹿っ!! あなたは、霊力も解放しないで何してるの!? 私じゃなかったら死んでるんだよ!?」

 

「あなたの前に〝飛ぶ〟ことを前提としていた。だから、問題ない。驚かせたのは、ごめんなさい」

 

「ああ、もう!! 何であなたたちは、いっつもそうなんですか!! 人の話なんてろくに聞きもしない癖に、勝手に身体を張って、勝手に命を懸けて!!」

 

 釈明も謝罪も、勝手だ。いつもいつも、この子たちは勝手だ。勝手に険しい道を走って、その選択から逃げればいいのに、逃げ出せない責任感があって。

 人の忠告なんて、聞いているようで聞いていない。少しでも少女を想う気持ちがあるというのなら、少女の想いを感じ取ってほしい。わざわざ、こんなもの(・・・・・)のために命を使わないでほしい。

 

「私はっ!! あなたたちに――――――」

 

 何が、言いたいのか。少女(わたし)は、誰に何を伝えたかったのか。

 

 

「……私、は」

 

 

 取り繕って、本音を隠して、真実を伏せて。

 

 最後に待つ絶望を知っていて。それでも、少女(わたし)は願っていた。ただ願っていた。ただ、それだけでよかった。

 

 

「私の、前で――――死なないでよ……!!」

 

 

 心であっても、身体であっても。叶うことがなくても、叶える未来があればいいと。

 折紙の心が死んでしまった時、心が張り裂けてしまいそうだった。終わらせなければならなかった――――刃を向けながら、少女は殺したくなんてなかったから。

 

「……ずっとあなたは、本当のことを言っていた」

 

 何度も、何度でも。少女は言っていた。折紙はそんな少女を抱きしめて。

 

 

「――――大丈夫。私たち(・・・)は、死なない。今度こそ(・・・・)絶対に、約束を守る」

 

 

 ――――心臓が鳴り、震える。

 

 予想が、確信へ。絶無だったはずの可能性が、未知数へ。

 そんな理屈よりも、抱きとめられた温もりが、何よりの真実であり。

 

 

「ありがとう――――私たちの大切な、命の恩人」

 

 

 どうしようもなく、神様に逆らうほどに、大好きな人がそこにいた。

 

 価値のある『私』から、価値のない私へ――――好きな人は、それを望んでいる気がした。

 

 

 







精霊戦争。万由里編で使わないやろって出しちゃってたのでタイトルに使えませんでした(懺悔)

さあ、そんなわけでして。精霊側の戦力を惜しみなく使った戦争回。隠れたら見つけられなくて速くて〈囁告篇帙〉持ちとか意味わからんことになってた子を捕まえたのは……ただ少女の感情を揺さぶることが出来る折紙でした。
能力上、殺意に溢れた不意打ちがメインなんですよねこの子は。なので逃げられると手をつけられない。ではどうするかと言うと、〈擬象聖堂〉の能力に阻害されない、当人の観測によって引き起こされる自己完結型の未来予測を行う……能力に妨害されることなく、誰が一番この子のことを知っていたのか、が答えですね。初めから、少女を誰より知る狂三を引き入れることでようやくスタートラインだったわけです。

さて、前哨戦を終えて次回からはいよいよ〈アンノウン〉の真相に迫っていきます。主人公の出番もあるよ!てかこっからが本番だよ!!

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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