デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十八話『無の精霊』

「で――――結果よければ全て良し、にはならないのよね」

 

 はぁ、と。司令席に座り深くため息を吐く琴里。モニタに映った仮装訓練室の状況を見て……見ているからこその言葉なのは言うまでもないだろう。

 かくいう士道も肝が冷えたし、艦橋下方で令音の代わりにコンソールの前に座った二亜は二亜で、手にした〈囁告篇帙(ラジエル)〉を光へ還しながら士道と琴里を労わるように視線を向けていた。

 

「まあまあ、とりあえずお疲れってことじゃない? いやはや、なかなかの激闘でしたなぁ」

 

「なかなか、で済ませられるあなたが羨ましいわ……」

 

 部下の手前、表立っての態度こそ見せていないものの、琴里の顔には『胃が痛い』という表情がありありと見て取れた。

 琴里の立場――――〈ラタトスク〉の司令という立場を鑑みれば、当然だと士道は苦笑した。

 

 ――――【一一の弾(ユッド・アレフ)】。

 

 時崎狂三が鳶一折紙に託した弾の名。禁忌にして、秘奥。【一二の弾(ユッド・ベート)】と対を成す、撃ち込んだ対象を未来へ送る弾(・・・・・・)

 莫大な霊力と引き換えに、時を超えて未来へ辿り着くことが出来る銃弾。本来、このように限定的な状況下に送り出すことは叶わない。何故なら、過去と違い未来はわからない(・・・・・)のだから――――士道の愛する、彼女を除いては。

 狂三の予測演算。そして精霊たちの力を結集し、折紙が辿り着く未来の〝位置〟へ白い少女を誘導した。これこそ、この〝計画〟の本命であり、唯一の勝算。寸分の狂いすら許されなかった計画を、精霊たちは見事成し遂げでみせた――――が、心労は当然のように司令官である琴里へ向かっているようだ。

 立場上の問題があるとはいえ、いつもこんな心労を背負わせているなと、士道は琴里の頭を撫でて優しく声をかけた。

 

「お疲れ、琴里」

 

「……私は何もしてないわよ」

 

 憎まれ口を叩きながらも、大人しく手の中に包まれる琴里を見て、士道は柔らかに微笑む。

 この作戦は、どうしても避けられぬ矛盾がある。精霊を救うために、精霊を表に立たせなければいけない、致命的な矛盾。

 特に折紙は、少女の意表を突き計画の完遂を完全なものとするため、少女が〝馬鹿〟と称するほどの軽装で挑むことになった。申し訳程度に服の内側に衝撃緩和用のものを仕込んでこそいたが……少女のあの焦りようを見るに、焼け石に水だったようだ。

 

「ふふふ。そう言いながら満更でもない司令もまたお美し――――ありがとうございます!!」

 

「黙りなさい神無月。お仕置きが必要みたいね?」

 

 もうしてるんじゃないか? とはいつものことなのでスルーしておいた。顔面に突き刺さるグーパンがいつもの、というのは感覚麻痺もいいところなのだが……確信犯で余計な口を挟んだ神無月は至福の表情だし、まあ構わないのだろう。

 

「はぁ……」

 

 そんな中で、無意識にため息が零れる。先の矛盾の続きとなるが、やはり叶うことなら士道が――――――

 

「できれば自分が行きたかった、って顔してるねぇ」

 

「っ……二亜」

 

 いつの間にか艦橋上段へ上がってきていた二亜が、士道の思考を読んでクスッと笑みを浮かべていた。

 普段からではあるが、今のは特にわかりやすかったと士道でも思うくらいだ。気恥ずかしさに頬をかいて、士道は言葉を返した。

 

「……納得はしてるさ」

 

「理屈では、でしょ? 少年ってそういうところは少年だからねぇ」

 

「んぐ……」

 

 俗にガキっぽいと言われたような気がして、士道も自覚がある故に図星を刺されて詰まらせた。

 理屈では、わかっているのだ。幾ら危険だとしても、折紙が望んで折紙にしか出来ないことだったと。代わることが許されているなら、無理やりにでも代わりを名乗った。……それを折紙が了承するかは、ともかくとして。

 ただ、それが叶わないから、少しばかり奇妙な気持ちになってしまう。今まで、精霊を救うためにやるべきと思ったことをしてきた士道だからこそ、いざ救いたい精霊を前にして何もするなと言われると、何とも言えない感覚が襲ってくる。

 精霊は自分が救いたい、だなんて傲慢なことを思うつもりはないが……複雑な心境が顔に出る士道を見て、二亜と琴里が苦笑しながら声を発した。

 

「ほんと、欲張りだなぁ少年は。未来予測を変えちゃうから大人しくしてろ、とか最高の褒め言葉じゃん」

 

「あなたの気持ちもわかるけど、あなたを送り出す時はみんなあなたと似たような気持ちなのよ。それをわかってちょうだい」

 

「ん……悪いな、二人とも」

 

 どうにも気を使わせてしまっているようだ。未来を変えるため、皆の力を貸してほしいと願ったのに、士道だけが気負ってどうすると冷静に息を吸い込んだ。

 ――――それほど、精霊たちが辿ったあの未来(・・・・)が、士道の記憶に強く残っているのかもしれない。

 

 

『あら、あら。士道さんを慰める役目、逃してしまいましたわね』

 

 

 と。軽快な通信音を響かせたマリアの声(・・・・・)が艦橋へ届く。

 

「いいじゃない。少しくらいは妹に譲ってちょうだいよ。お姉様?」

 

『うふふ。たまになら構いませんことよ、可愛い妹様?』

 

 琴里とマリアの会話ではないそれは、半分は狂三(・・・・・)であるから起こる現象。

 システムの起動下であり、マリアとの思考融合を解いていない狂三を相手に冗談の応酬する琴里、という非常に難解な中身に不思議な感情を覚えながら、士道は艦橋に伝わるように声を発した。

 

「狂三。予知の方は平気か?」

 

『問題ありませんわ。士道さんも知っての通り、随分とスパルタな鍛え方をしたものですから』

 

「そいつは残念だ。これから迎えにいって、倒れた狂三を抱きしめてやろうと思ってたんだがな」

 

『きひっ。及第点(・・・)としておきますわ』

 

 マリアが混じっているのか、なかなか手厳しい評価に士道は肩を竦めた。それでいて、少しばかり楽しげな声色だとも思ったが。

 と。次に狂三は、先の発言を拾い直したような言葉を続けた。

 

『士道さん。あなた様が気にすることはありませんわ。確かに、精霊の攻略はあなた様の役目――――ですが、あの子には違う意味(・・・・)が混ざってしまう。あなた様のせいではございませんわ』

 

「……ああ、わかってる。ありがとな」

 

 そう。わかっている。この不可思議な感情の揺れは、士道の感情だけで引き起こされているものではないと――――崇宮真士が、士道の中に生きているからだと。

 正確には、その記憶が白い少女を見て、少女を救いたいと言っている……崇宮澪(・・・)を救いたいと。

 私は、『私』。あの子は、『私』。崇宮澪と少女は、存在を同じくする精霊――――だから士道ではなく、折紙が最初に手を取らなければならなかった。

 

 

「――――俺たちは、俺たちが出会ったあいつと、話がしたい」

 

 

士道(シン)ではきっと、あの子を『澪』として助けようとしてしまう。それでは駄目だ。

 士道たちが言葉を聞きたいのは、澪という存在になった少女ではなく――――狂三や折紙、皆のことが好きな白い少女なのだ。

 基点には、澪がいたのかもしれない。澪としての人格が〝表〟に出ていては、崇宮真士として士道は認識されてしまう。けれど、純粋に折紙を好きになったのは、少女自身の感情のはずだ。

 この未来に辿り着いたことで、予測は現実となった。少女はまだ、そこにいる(・・・・・)。消えていない――――消える必要なんて、ない。

 

「……そうだよな、狂三」

 

『ええ、ええ。幾度、何度、同じことを繰り返そうとも、わたくしは同じことを口に致しますわ――――そのために(・・・・・)過去(ここ)へ来たと』

 

 皆を救うために。過去(ここ)へ辿り着いた。少女の全てを知るために――――存在しなかった未来を、士道たちは創る。

 琴里が司令席から立ち、二亜が眼鏡を上げニヤリと笑みを浮かべた。

 

「狂三が口を挟んだってことは、いいのよね?」

 

『はい。既に狂三も向かっています』

 

「何か盛り上がってきたー! って感じだね。謎の美少女の秘密編!! みたいな?」

 

「遊びじゃないんだぞ……」

 

 というか、美少女とわかっているだけ謎ではないような気がしてくる。そのくらい、白い少女のことを何も知らなかったというだけではあるが。

 

「士道」

 

「ああ――――」

 

 頷いた士道の中に渦巻く、緊張感と高揚感。常に感じていたそれが、今は心地がいい。それは、士道が為すべきことを知らせてくれるものだから。

 ここより先は、士道の領域。皆が繋いだ道を、五河士道(・・・・)が攻略する。戦争(デート)ではない。これは、いうなれば――――――

 

 

「――――俺たちの計画(デート)を、始めよう」

 

 

 士道たちが少女を救うための〝計画〟が、進行を意味するものだった。

 

 伏せた片目から――――時を刻む音(・・・・・)が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――二人とも、大事ないか!?」

 

「私は平気。彼女も、無事」

 

 凄まじい衝撃による土煙を振り払い、少女と折紙の安否を確認しにきた十香へ折紙が短く、だがしっかりと言葉を返した。

 ――――記憶に残っている範囲を鑑みれば、折紙が無事なのは恐ろしい幸運だと、少女は呆れながら息を吐いたのだが。

 

「無事なものですか。私の精神は、生憎とあなたたちのように鉄で出来てないんですよ。少しは私を労わってください」

 

「そう思うなら、大人しく私たちの手に捕まっていれば良かった」

 

「順序ってものがありましてね。私も、迂闊に喋るわけにはいかなかったんですよ」

 

 言い換えれば、確証がほしかったのだ――――それ以上に、少女の〝自我〟の問題もあったようだが。

 相変わらず少女の身体を掴んだままの折紙へ肩を竦めて返すと、続々と集まってきた精霊たちが声を発した。

 

「ふむ。汝のその言葉、今は機が熟したと受け取ってよいのだな?」

 

「……さあ、て。それは、『私』次第でしょうね。八舞耶倶矢」

 

「指摘。いつもの〈アンノウン〉です」

 

 囮役として先陣を切った八舞の二人だからこそ、少女に感じる違和感は強かったのか、夕弦が確かめるようにそう言い少女を舐めるように見た。

 それによる、もう一つの確信。〝彼女〟は、どうやら少女(わたし)を引き摺り出したかったらしい。

 

「……ん。私一人を引き摺り出すために、これだけの精霊、を……それは、大したもの、ですけど……」

 

「っ……〈アンノウン〉?」

 

 覗き込む折紙――――そんな彼女を見る〝意味〟が、頭の中で変わる。

 元々、なかったもの(・・・・・・)何故か(・・・)残り、そして強い衝撃で表へと出ているに過ぎない。頭の中にある〝自我〟が、拒絶されたかのように夢へ還る(・・・・)

 

「私、――――『私』、は……」

 

「っ!! しっかりして、〈アンノウン〉。あなたは――――――」

 

「……違う。私は、『私』は……!!」

 

 頭が痛い。手で頭を抑えて、蹲る少女を折紙が必死に引き止めようと身体を揺する。けれど、止まらない。根本的な侵食は、一度少女が望んだからこそ止められるものではない。

 私は、誰なんだろう。私は、『私』だ。違う。それは、『私』であって私ではない。記憶を望んだのは少女。必要だと望んだもの少女。なら、どうして、少女(わたし)はここにいる?

 

 誰に望まれて生まれたわけでも、ないのに。

 

 

「――――違うだろ」

 

 

 否定は、静かに。だけど、確かな意志を。

 

 ハッと顔を上げた――――上げられたのは、それが私にとっても『私』にとっても、特別な意味を持つ〝彼〟だったから。

 

 

「……シン(・・)

 

 

 少年は、少女が呼んだ名を受け入れ、微笑み――――でも、悲しげな微笑みだった。

 

 

「そうだな。お前たちにとって、俺はきっと『崇宮真士』だ――――それがたとえ、記憶しか持たない虚構(・・)の存在だとしても」

 

「――――――――」

 

 

 記憶しか持たない〝虚構〟。それは、どれだけ突き詰めても、他者の記憶でしかない証明。どれほど魂が似ていようと、同一存在ではない、なれない(・・・・)

 悲しく、悲劇的で、だけど彼女に告げなければならない(・・・・・・・・・・・・・)言葉。

 だったら、少女は何なんだ。記憶を受け継いで、『私』になることを選んだ少女(わたし)は、一体、どうして――――――

 

 

「俺は、お前だ。お前は、俺だ。誰かの記憶を持って生まれたとしても、俺は俺だ。五河士道だ。狂三が、みんなが認めて、好きだって言ってくれたのは、誰でもない『五河士道』なんだ――――お前も、そうなんだよ」

 

「っ……」

 

「俺がそうだったように、お前も価値のない存在なんかじゃない。誰かのために消える必要なんて、ない」

 

 

 そう言って、少年は銃口(・・)を少女へ突き付けた。

 

 

「帰ってこい――――俺は、『崇宮澪』じゃないお前と、五河士道として話したいんだ!!」

 

 

 そして、意志に従う引き金は引かれ――――少女の世界が、巻き戻った(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾は己を世界と螺旋し、唸りを上げる。黒の銃弾は、精霊たちが見守る中、折紙を過ぎ去り――――白い外装の下へ、差し込まれた。

 瞬間。

 

「……あ、あ、あああああああああ……っ!?」

 

「〈アンノウン〉……っ!?」

 

 少女の咆哮。何かの支えがなければ、起きてすらいられないのだろう。しがみついた折紙の背中に爪を立て声を荒らげた。

 その苦しみは、精霊たちにも伝わっているのか、驚きと不安が入り交じった表情で声を発した。

 

「シドー……!!」

 

「主様、これは……」

 

 十香と六喰だけではなく、他の精霊たちも同じ顔をしている。例外なのは、琴里と二亜――――そして、精霊たちを手で制した狂三だった。

 

 

「落ち着いてくださいまし。わたくしと士道さん――――この子を、信じて」

 

『……っ』

 

 

 既に投げられた賽は、止まることはない。だから今は信じろと。理屈ではなく、士道と狂三と、何より少女をただ信じろと、あの狂三が視線だけで物語る。

 そのことに精霊たちは息を呑み、一つのことを悟る。

 

「っ――――――あああああああああああああ――――ッ!!」

 

 一際大きな叫びを上げたことで、それ(・・)は収まった。

 説明などする必要もなく、目の前の事象は完結した。それほど、一瞬とも言える出来事。

 折紙の背に立てた爪が、ゆっくりと外されていく。少女自身の手で、恐らくは明滅する意識の中で。

 

 そうして、決定的な一言を放った。

 

 

「――――まさか、久方ぶりに見たその弾を、あなたから受けることになるとは思いませんでしたよ……五河士道(・・・・)

 

 

 精霊たちが目を見開き、士道は僅かながら緊張感が和らぐ感覚に息を吐き出す。次いで、自身でも信じられないと声を返した。

 

「俺もだよ……〈アンノウン〉」

 

「……ふふっ。〈刻々帝(ザフキエル)〉、【四の弾(ダレット)】。危なっかしい我が女王の手から、この弾が離れていたと知った時は肝が冷えましたよ」

 

 危なっかしいと称され、露骨にムッとした顔を作る狂三に士道は苦笑する。まあ、気持ちはわかる(・・・・・・・)ので、ここは素直に少女の会話に乗らせてもらう。

 

「ま、それは俺も同意見だ。うちのお嬢様は、危険に首を突っ込むのが趣味なところがあるからな」

 

「……それ、あなたが言います?」

 

「士道は言えない」

 

「だーりん、自分のことを棚に上げがちですぅ」

 

「…………」

 

 たぶん、ほぼ全員がブーメランが刺さっていると言いたげだった。士道も自覚はあるが、今は口を挟んでほしくなかったと咳払いをして空気を入れ替える。あと別に趣味ではない。士道が首を突っ込むところに危険があるだけだ。

 

「――――それで? わざわざ私を巻き戻して(・・・・・)、何のご用が?」

 

「用しかないな。これはお前の〝計画〟の範囲内じゃないのか?」

 

「……元々、私はいない予定(・・・・・・・)でしたよ。誰かの意志か、悪戯か……僅かに残った私が、【四の弾(ダレット)】によって現れてしまったようですけれど」

 

 ふぅ、と息を吐いて少女は立ち上がる。折紙の手を離れ、真っ直ぐに精霊たちと相対した。

 自身がいなくとも問題ない。そう語る少女に、誰もが眉をひそめた。

 

 〈刻々帝(ザフキエル)〉・【四の弾(ダレット)】。

 

 【六の弾(ヴァヴ)】と共に士道の中に眠っていた、事象逆転(・・・・)の弾。今回は、狂三が予測していた少女の状態を〝巻き戻し〟、澪と少女が『私』と呼ぶ人格から、士道たちの知る少女へ引き戻した。

 が、少女の言うことが確かならば、これはイレギュラーなもの。少女の想定通り、少女の〝自我〟に当たる部分が消えてしまっていたのなら――――【四の弾(ダレット)】では呼び戻せなかった。

 失われた人格(いのち)は、戻らない。時間を戻しても、命までは戻せない。失われた事象そのものを変えない限り、戻したところで命の灯火は蘇らない。それは時を戻す【四の弾(ダレット)】であっても変わらない不変の法則。

 士道と狂三は、知っていた。しかし、出来ると確信があった。未来で見てきた(・・・・・・・)士道たちだから、これを実行に移せると確信していたのだ。

 

「お前がどう思っていようと。俺たちは知ってた(・・・・)。お前が生きてる、ってな」

 

「……そうですか。では、視てきた(・・・・)のですね――――時崎狂三」

 

 〝計画〟の根幹を、少女は見遣る。未来を見通し、全ての真実を明らかにする時崎狂三――――その異形なる瞳は、細まりながら少女を映し返した。

 

 

「ええ――――あなた以外の、すべてを」

 

 

 崇宮澪を。崇宮真士を。精霊の真実を。五河士道が生まれた意味を。

 全てを、余すことなく。だが、その〝全て〟の中に、少女は少女を含めなかった。故に、零れ落ちている。

 時崎狂三を愛した少女は、何を持って〝計画〟を打ち立てたのか。

 

 

「ずっと、返ってこない問いかけをしていたわ」

 

 

 真実を前に、琴里が前へ踏み出す。

 

 

「今なら――――返してくれるんでしょう?」

 

 

 勝負に勝ち、そして少女は生きている。ならば、話せないことはないはずだ。

 琴里の烈火の瞳が、語るべき真実を告ろと射抜く。

 少女は一人一人、琴里を、折紙を、士道を、精霊たちを――――狂三を見る。

 誰一人、欠けることなく少女へ辿り着いた士道と仲間たちを見て、少女は感銘にも似た声を吐き出した。

 

「――――海を、見せてくれますか?」

 

「海……?」

 

 海――――その唐突な願い出を、呆然と聞き及んだ士道の脳裏に、ある光景が浮かび上がった。

 ハッと目を見開く士道と、連なる狂三。二人で頷き合い、琴里へ声を発した。

 

「琴里さん、お願いできますかしら?」

 

「そのくらい、おやすい御用よ」

 

 ニヤッと唇を笑みの形にした琴里が、耳元へ手を当て艦内へ連絡を飛ばす。

 次の瞬間――――世界が切り替わり、開けた。

 

 

「――――きれい」

 

 

 少女は、誰かの記憶(・・・・・)と同じ光景に、そう声を零した。

 少女だけではない。精霊たちも、士道でさえも――――海。それだけの価値に、目を奪われてしまった。

 照り返す陽の光。寄せては返す波の音。鼻腔を刺激する強い香り。それらを余すことなく再現し、ゆらゆらと揺らめく青の平原は、どこまでも広がっているように映った。

 

 

「……『私』は、海が好きなんだ」

 

 

 その私は、きっと少女(わたし)ではない。士道にわかるように、狂三にもわかっていた。

 

 

「……触れて、自分の中に取り入れて――――こうして、君たちと一緒に見ることが出来て、素晴らしいと思えるんだ」

 

 

 かつての崇宮澪が同じだったように。否、大切な人を持つ誰もが想うことだ。

 その光景だけが美しいのではない。大切な誰かと、共に歩き、共に同じものを見て、感じて――――ただそれだけが、得がたいことのように思える。

 

 

「……でも、その気持ちを初めから理解できていたわけじゃなかった。私の中には、『私』があった。けれど、私は何もなかった(・・・・・・)

 

「〈アンノウン〉……」

 

「……ねぇ、五河士道。あなたは私があなただって言ったよね。ううん、違うよ。君は望まれて生まれた。私は誰にも望まれていない――――私は、何者でもない」

 

 

 そう言って、漣を背に少女は隠してきた白のベールに手を触れ――――不可侵の領域を、無くした。

 

 

「――――初めまして、愛しき女王たち。そして女王に、神様に愛された運命の人」

 

 

 ――――あまりに、美しい少女が立っていた。

 

 この世の美しさを全て呑み込む。あらゆる美を結集してなお、再現などできはしない。

 髪の網目の一つ一つ。物憂げな色を映す双眸。愛する狂三と同等の美しさ。士道の中で最上級の褒め言葉を、少女に投げかけることさえ叶う。

 そして、何よりも。士道を依代として生きる記憶が叫ぶ、強烈な憧憬。

 

 

「私は――――崇宮澪から望まれなかった、崇宮澪の出来損ない(デッドコピー)。存在する意味のなかった――――ただ一人の、価値のない(名も無き)精霊だよ」

 

 

 ――――崇宮澪と同じ貌(・・・)を持つ少女は、そう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

 最後に残された、この物語にだけ存在する精霊の想いが――――――存在しなかった真実が、今ようやく、時を刻む。

 

 それは、少女の神様と同じでありながら、見返りを求めることのなかった。悲しく、哀れで、歪な――――――独りよがりな愛の物語。

 

 

 






知 っ て た。……みたいな反応されそうだなぁ、って。

皆さんはいつ頃からあっ……と察していたのでしょうか。ちなみに作者である私は最初から知っていたので、狂三を裏切ると思われてたら面白いなとか考えてました。いや、めっちゃ裏切りそうじゃないですか。というか、この正体で裏切らないのもあれ?と思うかもしれませんけれど。楽しかったぜ、お前との従者ごryの予定は一ミリもありませんでした。くるみんいじめ隊の皆様すいません。

万能弾もとい【四の弾】ちゃん満を持してご登場。誰かが繋ぎ止めていなければ、この弾でも間に合いませんでした……それが誰なのかは、士道たちは知る由もない、ということにしておきましょう。
【一一の弾】も出演ノルマ達成できて良かったです。実は使い道が最後に決まったのはこの子でした(小声)

さぁて、最終章にてようやく、リビルド最大の謎を紐解く時間が参りました。この数話は名実共に〈アンノウン〉の真相に迫るお話となります……オリジナル精霊の話って、見ていてどうなのかなぁとか思ったりはしていますけれど、楽しんでもらえるよう頑張ります。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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