デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十九話『アンノウン』

 

 

「――――澪の、出来損ない(デッドコピー)……」

 

 始源の精霊、崇宮澪。世界に存在する中で、最強の生命体。

 そんな彼女と瓜二つな精霊が放った言葉を、士道は無意識のうちに繰り返していた。

 髪、双眸、表情の起伏。容姿の全てが、崇宮澪その人。僅かな違いは、仄かな幼さを感じさせる貌と体格。令音が澪から数歳ほど年月を重ねた容姿であるならば、少女は澪から幾歳若くした容貌を備えていたのである。

 

「令音、さん……?」

 

「うん……姉妹みたいに、そっくり……」

 

 士道にとってはどちらもだが、精霊たちにとっては令音が大きな標識になったのだろう。四糸乃の呆然とした呟きに、七罪も驚きの表情でそう声を零した。

 

「姉妹……ですか。恐れ多くも、他に適当な表現は見つからないかもしれませんね」

 

 七罪の呟きに少女は眉根を下げて言葉を返し、続ける。

 

「……私が知りすぎている。そう、あなた方は思っていたのでしょう?」

 

「……ああ」

 

 戸惑いながらも、問いかけに首肯を返す。

 少女の言う通り、少女は様々なことを知っていた。狂三のこと、士道のこと、精霊のこと――――〈ファントム〉と呼ばれた、崇宮澪のこと。

 それらは、士道たちも様々な予想をしていた。〈囁告篇帙(ラジエル)〉のように、そういった特異な能力を隠している。或いは、精霊の謎に関わる者と深い関係がある――――結果的には、深い関係、などで済むものではなかったと少女の口から語られている。

 

「知っていて、当然なんですよ。私は生まれながら『崇宮澪』としての知識と記憶があった。あの人が何をしようとしているのか、最初から全部わかってたんです――――私が、何も語ることの出来なかった理由は、察しがつくでしょう?」

 

 試すように次の問いかけを放った少女に、琴里が迷いなく答える。

 

「令音ね。ま、私たちに言えるわけないわよね――――ずっと、仕掛けの黒幕が聞き耳を立ててるようなものなんだから」

 

 声の調子こそいつもの琴里だが、僅かに滲む悲しみが、士道の心を揺さぶり耐えるように唇を噛む。

 村雨令音は〈ラタトスク〉において欠かすことが出来ない、最上に褒めるのなら最優の機関員である。それ以前に、彼女は琴里の唯一無二の親友なのだ。それは過去(いま)も、そして『なかったこと』になった未来(かこ)でも、変わることのない不変の関係性。

 言えるわけがない。言ったところで、信じてもらえるわけがないのだ。村雨令音が、全ての悲劇を仕組んだ災厄をもたらす精霊であるなどと。

 同時に、言えなかったのは狂三に対しても同じだった。狂三もあくまで冷静に、琴里から言葉を繋ぐ。

 

「仮に、わたくしに伝えたところで……わたくしは、迷うことなく士道さんを〝喰らって〟いたことでしょうね」

 

 皮肉げな声色で語る狂三。それは、取ることのなかった未来の選択肢であり、恐らくは最も可能性を残していた選択肢。

 狂三に澪の、そして士道の存在がどういうものなのかを知らせる。過去の狂三であれば、迷いながらでも士道を手にかけていたはずだ。士道を殺せば、澪の計画は完全に頓挫する。同時に、狂三は澪へ至るだけの霊力を得ることが出来る。

 

「……そう。だから私は、あなたには何も伝えなかったのですよ、我が女王」

 

 しかし、だからこそ少女は口を噤んだ。少女は、尽くすと決めた女王へ何一つ語ることはなかった。

 

 

「……従者が最も憎むべき仇だなんて、物語では在り来りなことですが――――――本当に、皮肉なものですね」

 

 

 最も忌むべき敵。殺すべき精霊。狂三から全てを奪った、狂おしい仇敵。

 それが、誰より狂三に尽くした共犯者の真の姿。狂三にとって悪逆非道の存在であった、『崇宮澪』の記憶を引き継いだ(・・・・・・・・)精霊。

 少女自身がそう決定付け、定義し、それは間違いとは言えないものなのかもしれない。

 でもそれは、以前までの時崎狂三(・・・・・・・・・)であれば、だ。

 

「ですが、あなたは『崇宮澪』の意志に反逆していますわ。確かに、おかしな話ですわ。皮肉な話ですわ。誰より『崇宮澪』に近いあなたが、わたくしに力を貸していたなど」

 

 そう。少女の口から語られた中で、決定的に矛盾していること。

 時崎狂三を〝我が女王〟と呼び、記憶を引き継いだ崇宮澪の敵対者である彼女に、最大限助力していた、その矛盾だ。

 この場にいる精霊たちも、その矛盾には誰もが気がついていた。

 

「むん。生まれに従うべき、などとは思わんが……何故、うぬは狂三に付き従ったのじゃ?」

 

「信条。行動には、必ず心に信じるものが必要です」

 

 夕弦の言った言葉は、誰しもが持っているものだろう。

 かつての夕弦たちがそうであったように、士道であれば精霊を、狂三を救うため。狂三であれば過去を覆すため。重要な行動の裏には、必ず他者にはわからない目的、信念が存在している。

 今、少女が語ったことには、それらが抜け落ちていた。澪に付き従っていたなら、記憶は理由になっていた。が、少女が命を懸けて尽くしたのは、その澪に利用され、精霊にされた一人である狂三。精霊全員ではなく、士道でもなく、誰よりも時崎狂三を少女は要としているのだ。

 しかし、少女は理由を語ることを否定するかのように首を横に振った。

 

「……別段、取るに足らないものですよ」

 

「――――ところがどっこい、そうでもないんじゃない?」

 

 疑問を切って捨てようとした少女の言葉を、そう遮ったのは……眼鏡を拭いて掛け直し、真剣な表情で少女を睨むように見た二亜だった。

 

「二亜……?」

 

「受け答え次第で、黙ってようかとも思ったんだけどねぇ。その取るに足らないもの、なんて曖昧なものでね――――あたしの〈囁告篇帙(ラジエル)〉を自殺幇助(・・・・)に使われちゃうのは、たまらないのよ」

 

「な……!?」

 

 目を剥いた士道に続いて、二亜へ詰め寄らんばかりの勢いで折紙が怒気を込めた声を発した。

 

「どういうこと?」

 

「オリリンも聞いたでしょ、未来の状況。少年とくるみんの話の中で、どーにも引っかかる出来事があったのよ」

 

 いつになく、二亜の表情には怒りが込められていた。それを見てもなお、少女は曖昧に微笑んで何も弁明することなく、見守るままに二亜の考察は続く。

 

「あたしたちの中で、真っ先に霊結晶(セフィラ)をぶんどられたのはこの子だったんでしょ? けど、それはくるみんを庇ったから――――まず、そこがあたしには引っかかった」

 

「ふむ……こやつが狂三を庇うことが、何かおかしなことになるのか?」

 

「庇ったこと自体は、おかしなことじゃないんだよねぇ。けどさ、始源の精霊の行動を先読みして、くるみんの霊結晶(セフィラ)を守った……いいや、守れた(・・・)ことに、疑問は感じない?」

 

「ぁ……」

 

 ぽつりと声を零した士道は、二亜が言いたいことを察する。狂三は――――元から、粗方の予測を終えていたのだろう。動揺は見られなかった――――悲しみは、瞳に込められていた。

守れた(・・・)。そう、守れてしまった(・・・・・・・)のだ、少女。その結果、少女は澪と一体化し、様々なイレギュラーを引き起こした。

 少女は自らが未来で行った行動を耳にしても、さして感情の揺らぎが見られない声音で言葉を紡ぐ。

 

「……ふぅん。可能性としては幾つか考えていましたけど、我が女王が彼の手を取った未来でしたか。まあ、私を捕まえるのなら我が女王の力は絶対に必要だと思っていましたから、今の状況を鑑みれば当然ですか。少し、不思議な気分ですけれど」

 

「おいおい。自分が未来で死んだ(・・・)って聞かされたのに、リアクション薄くない?」

 

「そちらは想定していた事象です。驚くに値しませんよ」

 

「……なるほど。前々から気になってはいたけど、確信したよ」

 

 淡々と、当然のことのように自身の死を断ずる少女に、二亜は深く息を吐き――――その手に、〈囁告篇帙(ラジエル)〉を顕現させた。

 ぺらり、ぺらり。意味を口にし、紐解くが如く、二亜は言葉を紡いでいく。

 

 

「あたしの〈囁告篇帙(ラジエル)〉には、ちょっとした秘密兵器があってね。過去と、現在(いま)視る(・・)ことが出来る天使。そんで、くるみんとは毛色が違う未来への干渉(・・・・・・)

 

「――――未来記載」

 

 

 〈囁告篇帙(ラジエル)〉に記される事象は、全て事実(・・・・)。偽りのない、全知全能。それがたとえ、新たに書き加えられた(・・・・・・・・・・)ものであっても。

 士道が口にした天使の秘技を聞き、精霊たちの顔色が変わる。皆が、未来の世界で少女が何をしたのか、限りなく近い真実へ辿り着いた。

 

 

「そもそもさ、庇えるはずがないんだよ(・・・・・・・・・・・)。くるみんほどの精霊の〝隙〟ってやつを狙って、その攻撃は未来で何をしても勝てなかった始源の精霊のもの。近くにいた少年にだって、そんな芸当は不可能ってもんさ」

 

 

 そう。二亜の推測は全て真実。

 

 士道は庇おうとした。しかし、間に合わなかった。あの光の帯は間違いなく、寸分たがわず、時崎狂三を貫くはずだった。

 けれど、未来は捻じ曲げられた(・・・・・・・・・・)。士道の目の前で、事実は夢へ、幻想は現実へ。

 二亜は、己の天使を忌み嫌い、だが誰よりも〈囁告篇帙(ラジエル)〉のことを知っているからこそ、未来を聞いただけで真実へ辿り着き、それをわかりやすく――――残酷な言葉にした。

 

 

「キミ――――未来記載で、自分の死(・・・・)を描いたでしょ」

 

 

 記された真実を紐解き、一冊の本が、二亜の手で閉じられる音が響いた。

 再び、漣の音が大きく響く空間で――――少女の困ったような微笑みが、真実を語っていた。

 

「……未来記載は〈囁告篇帙(ラジエル)〉の能力の極みみたいな力。とてもじゃないけど、不完全な状態で使えるものじゃない――――自分自身の未来(・・・・・・・)を、定めるやり方でもなければ、ね」

 

「――――さすがですね、本条二亜」

 

 少女が二亜へ賛辞を送り――――その身が光に包まれる。

 白いローブが消え去り、薄手の霊装(・・)が少女の身体を包み込む。修道女を思わせる意匠と、称される鎧とは正反対な印象を抱かせる半透明な姿。

 少女のローブに隠されていた華奢な体格と、邪な想いを感じるはずなのに、崇敬にも似た美しさを感じさせる肉体のラインまで。

 それは、二亜が一度士道に披露した鎧・〈神威霊装・二番(ヨツド)〉。それを、少女の纏う白という色に染めたものだった。

 

「……苦労したんですよ。付け焼き刃ですし、私は他の天使を扱えるような器でもありませんし。そういう使い方(・・・・・・・)でもなければ、未来記載なんて〈囁告篇帙(ラジエル)〉の秘奥、夢のまた夢でしたでしょう」

 

 他人事のような言い方をしたのは、少女にとってそれは未来の出来事だからであろう。

 

「……何故だ」

 

 そのことに、士道は薄ら寒い(・・・・)ものすら感じ、気持ちを代弁するように十香が声を震わせた。

 

「お前は何故、そんなにも平然としていられる」

 

「……あなた方だって、死を前にして幾度となく立ち向かった。それと、何の違いがあるのですか?」

 

「同じではない。お前からは――――恐怖を感じない」

 

 十香は、少女の異常性を真っ直ぐに突きつけた。

 死へ向かうとき、人の精神に引き起こされる〝恐怖〟。

 それは、人としてあって然るべきものだ。幾度となく経験したから、士道にだって理解できる。死への感情とは、必要なものだと(・・・・・・・)

 死を恐れるから、人は生きたいと思う。死地へ向かう人は、恐怖を感じていないのではない。感じる恐怖を、勇気という感情で抑え込んでいるに過ぎない。

 十香にだって、折紙にだって、狂三にだって、それはあった。数々の戦場を経験してきた精霊たちは、正しく人としての機能と呼べるものが備わっている。生を諦めたくない、諦められない理由があればこそ、士道たちは生き残ってこれた。

 

 ――――崇宮澪の分霊を語る少女からは、それを一切感じない。

 

 死への恐れがない。死というものを理解してはいる。他者の死を回避しようとしている。けれど、少女自身は己の死に何の感慨も覚えようとはしていない。

 繋がりを得たのは、少女の肉体。令音が語った、肉体が生きようと望んでいない――――それは、必然だったのだ。少女自身が、生きようなどとは思っていない(・・・・・・)のだから。

 自らの死など、少女の目的を達成させる〝道具〟にしか過ぎないと、少女の行動が物語っていた。

 

「お前は、どうしてそんなに……っ!!」

 

「……私の生き方は、あなた方と出会ったときから変わっていませんよ」

 

「っ……」

 

 冷徹なまでに言葉を紡ぐ少女に、士道は息を詰まらせる。

 そうだ――――変わっていない。誰かのために生きて、死ぬ。綺麗なだけの、綺麗すぎる(・・・・・)生き方。酷く歪で、自身という存在が全て抜け落ちている。

 

 白い少女は、何一つ生き方を変えていないのだ。

 

 

「――――けど、それは直球な〝自殺〟だよ。自分の死の運命を決めるなんて、正気じゃない(・・・・・・)

 

 

 二亜は、生きることの意味を知っている。五年もの間、命を弄ばれ、士道たちと出会い、死の淵に堕ちて、生きることを望んだ。

 だから二亜は、少女へ対してその〝歪み〟を指摘する。自らの死を利用し、あまつさえ死を定めた少女は、酷く歪んでいると。

 そのとき、六喰が悲しげに震わせた瞳を少女へ向け、声を発した。

 

「むくには……解らぬ。うぬは――――一体、何をしようとしているのじゃ?」

 

 かつて、心を封じ人形のように生きた六喰。しかし、人形の六喰であっても生存本能は存在していた。

 それがない少女は、六喰の目には人形ですらなく――――名も無き精霊(かいぶつ)のように、映ってしまったのだろう。

 誰にも理解されず、誰に理解されようとも思わない――――少女はそう言うかのように目を伏せ、言葉を返した。

 

「……私の〝計画〟。あなた方は殆ど理解しているでしょう?」

 

「狂三に、未来を視せる(・・・・・・)こと」

 

 折紙は平坦で、しかし力強さを感じさせる絶妙な声音で続けた。

 

「避けられない始源の精霊の出現。避けられない絶望に、〝対抗〟するための力……狂三の〝未来予測〟の効力を鍛え上げる(・・・・・)

 

「……正解」

 

「そのために、あなた自身を最初に。そして恐らく、私たちの抵抗を含めても霊結晶(セフィラ)の回収は避けられないと踏んで、琴里へもう一つの霊結晶(セフィラ)を託す準備をしていた」

 

「……ええ。私個人から評価するなら、こちらはあまりにも分の悪い賭けでしたけれど」

 

 考えてはいたが、考えるだけで頭が痛かったと少女は肩を竦める。その理由を、未来の時間軸で体感した士道は声にした。

 

「澪の力を、知っていたからか?」

 

「……言ってしまえば、あの人は私の上位個体です。それも、格どころではなく次元が違う(・・・・・)

 

 始源の精霊、崇宮澪の力。少女と類似する力ではあるが――――文字通りの次元違い。

 『死』を万物にもたらす天使。『法』を世界にもたらす天使。どちらも、少女のそれとは規模も程度も全く比較にならない。それは、士道の目からでさえ史実だと映った。

 だが、琴里にはそれこそが違和感だったのだろう。すかさず声を発する。

 

「でも、あなたはそれを知っていて〝計画〟を進めた。澪の力を知っていながら、私たちに色んなものを残した」

 

「……私は〝計画〟のために、あなた方を利用した。勝てないと、生き残れはしないだろうと知っていていました――――恨んでくれて、構いません」

 

「そんなことしないわ。私たち、今こうして生きている(・・・・・)んだから」

 

「……結果論です、そんなもの」

 

 少女の伏せた目が、声が震えている。

結果的に(・・・・)、士道たちは生きている。正確には、精霊たちの死の未来が『なかったこと』になった。

 誰も少女を責めはしない。だって、少女は誰かを大事に想える人だと知っているから――――ああ、知っているからこそ、士道は先を知るために声を発した。

 

「澪が十香たちを……十香たちの霊結晶(セフィラ)が、澪に奪われることは避けられないと知っていた。だから俺たちと澪が戦って――――澪の力を、狂三に〝観測〟させることが、お前の〝計画〟で重要なことだった」

 

 澪に勝てる相手は存在しない。少なくとも、現時点のこの世界、過去に存在した時間軸に置いて、それは確定的に明らかな事実。

 白い少女は、誰より知っていた。白い少女は、誰よりわかっていた――――そして、時崎狂三の〝可能性〟に気づいていたのも、少女だった。

 〝計画〟完遂に必要なものは、もう一つあった。少女へ向かって、要である狂三が言葉を継いだ。

 

 

「そして、わたくしが新たな未来を紡ぐ〝可能性〟を宿したまま――――士道さんの中に眠る【六の弾(ヴァヴ)】によって、あなたにすら悟られない時間遡行を行うこと。それが、澪さんと相対した場合(・・・・・・・・・・)における〝計画〟の本筋、ですわね」

 

 

 確信に満ちたその言葉を、少女は否定せず肩を竦め声を返すことで応えた。

 

「……その様子だと、二人揃っての時間遡行だったみたいですね。それはさすがに予想外というか……ま、我が女王を説得できた未来の方が、私にとっては不思議でなりませんけれど」

 

「聞きたいなら、お前の話が終わったらじっくり聞かせてやるよ」

 

 我ながら、無茶と無謀を押し通した戦争(デート)だったのだ。さぞ、少女のようやく拝めた端整な顔を呆れで歪ませられることだろう。

 不敵に笑ってそう告げた士道を見て、少女はフッと穏やかな微笑み――祝福や喜びと言い換えてもいい――を浮かべ、だが次の瞬間には大仰な役者のような笑みを作り、士道たちへ――――狂三へ向かって、両手を広げ言葉を発した。

 

「さあ、我が女王。ここまで辿り着いた我が愛しき主君。あなたであれば、この〝計画〟の最終段階(・・・・)を読み取ることが出来ているのでしょう?」

 

「〝計画〟の、最終段階……?」

 

 狂三に未来を〝観測〟させ、狂三を士道の手で時間遡行させ――――その上で、少女はまだ何かを残している。それも、時崎狂三に関わる何か(・・・・・・・・・・)を。

 一瞬、首を傾げた士道だったが、狂三が粛々と語る真相に、心臓がドクンと跳ね上がった。

 

 

「わたくしへ――――あなた自身の霊結晶(セフィラ)を、託すこと」

 

 

 少女は安堵と満足を得て、狂三へ捧げものを進呈するかのような表情を返す。

 崇拝と、愛と――――狂気。それを感じた士道は、怒声混じりに声を発した。

 

「っ……霊結晶(セフィラ)を狂三に渡したら、お前はどうなる!?」

 

「消えるんじゃないですか? もう一つ(・・・・)は隠しておきたいですし、私は『私』と同じで霊結晶(セフィラ)から生まれた精霊。他の精霊の霊結晶(セフィラ)では依代になりませんから」

 

 感情の起伏を感じさせない令音のような声音が、酷く恐ろしい。今度こそ、士道たちは少女の言い分に身体を凍りつかせた。

 身体を強ばらせた士道たちの様子に、仕方なさげに少女は息を吐き、続けた。

 

「……何を今さら。言ったでしょう、私に価値はない(・・・・・・・)と。私の〝計画〟は、どんな道筋を辿ろうと私の生存なんて余計なものは組み込んでいないんですよ。使う(・・)タイミングが違うだけです」

 

「それが、そんなものが……お前の〝計画〟だっていうのかっ!?」

 

 己を消すことが〝計画〟の本懐。否、それさえも〝過程〟でしかない。

 〈囁告篇帙(ラジエル)〉を取り込んだことも。

 澪への対抗策を講じていたことも。

 士道に【六の弾(ヴァヴ)】を使う鍵を提示したことも。

 

 全て――――時崎狂三(我が女王)のために。

 

 

「さあ、さあ。我が愛しき女王。私の霊結晶(セフィラ)を取り込み、彼と共に世界をどう創り変えるのか。友を生き返らせ、憎き仇敵を滅ぼし、大切な人たちと生きていく――――再構築(リビルド)。それは、あなただけが叶えられるものです」

 

 

 道化が、笑う。時崎狂三に、犠牲を強いて世界を変えろと笑う。

 確かに、可能かもしれない。狂三が未来の琴里と同じように、いいやそれ以上の力を少女の霊結晶(セフィラ)と融合し得て、士道の霊力を使い世界を変える。崇宮澪の想定を超える力を持って、あらゆるもの『なかったこと』へ変える。崇宮澪を、滅ぼす(・・・)ことさえも可能とする。

 恐らくは、本来の計画(・・・・・)の到達点だったそれを。

 

 

「――――お断りしますわ」

 

 

 唯我独尊の愛しきお嬢様は、あっさりと切って捨てた。

 

「……何故です? あなたの望んだ〝悲願〟が、ここにあるというのに――――まさか、『私』を相手に何の犠牲もなく全てを終わらせる。そんな夢物語を、『時崎狂三』が望むと?」

 

 眉をひそめ、理解ができないという顔で問いかける。

 理解など、今の少女が出来るはずもない。だって、少女の中では士道の手を取った狂三という〝客観的〟な事実しか知らない――――狂三と士道が、どんな想いでこの時間軸へ帰還したのか、知らない。

 だから、大胆不敵に微笑む凛々しくも美しい愛し人を見て、少女は目を見開いた。

 

 

「お約束の言葉を返しましょう――――そのまさか、ですわ。わたくしは、完全無欠のハッピーエンドを掴み取るために、あなたに会いに来たのですわ」

 

 

 『時崎狂三』であれば、決して語らなかった夢物語。

 『時崎狂三』であれば、決して取ることのなかった不確定な道筋。

 『時崎狂三』であれば、決して認めることはなかった非効率な選択。

 

 だから少女は驚き、だから精霊たちは笑い、だから――――士道と狂三は、手を取り合って少女と相対する。

 

「あなたの〝計画〟は理解いたしましたわ。わたくしに力を託すこと――――ですがまだ、わたくしたちにはわからないことがありますわ」

 

 そう。士道たちは、まだ知らない。〝計画〟の到達点(・・・)。それこそが、初めに皆が感じ、少女が答えを提示しなかった疑問。

 

 

「誰かに利用され、真実を知らなかった。都合の悪い真実から目を背け、知ることを恐れた。わたくしは、もう嫌ですわ」

 

「……狂、三」

 

 

 眩しいものを見た。輝かしいものを見たのだろう。少女は呆然と、ようやく(・・・・)時崎狂三の名を読んだ。

 狂三は優しく微笑んで、伝えられなかった言葉を、告げた。

 

 

「自分の愚かさで、大切な人(・・・・)を失いたくはありませんわ。澪さんのことではありません。わたくしは――――大切なあなたのことが、知りたいのですわ」

 

 

 ただ、少女の犠牲を許容できない。だから狂三は――――想いを同じとする士道たちと、長い時間を得て道を同じくした。

 ならば、少女にも出来るはずである。崇宮澪ではない(・・・・・・・)、時崎狂三を大切に想える少女であるなら。

 

「なあ、教えてくれないか? お前は狂三のために、自分の女王のためにここまで独りでやってきたんだよな。だったら、さ――――――」

 

 教えてほしい。士道は手を差し伸べるように、一人の精霊へ向き合い、それ(・・)を告げた。

 

 

 

「お前は、時崎狂三に――――何を求めたんだ?」

 

 

 

 誰かを犠牲にして、自らを生み出した神に叛いて、少女は時崎狂三に何を求めた。何が欲しかったのか。何を望むのか(・・・・・・)

 士道を、折紙たちを、狂三を。少女は……物憂げな瞳で映し出した不明の精霊は。

 

 

「――――何も(・・)

 

 

 ただ、そう言葉を零して。

 

 

「私が狂三に求めるものなんて――――何もないんだ」

 

 

 少女は、少女だけが知る真実の扉を、開いた。

 

 

 








やだ……何この二亜。自分でやっておいてなんだけどかっこいい。

あの一瞬の答え合わせです。そもそもね、デアラ界最強の存在がここぞ、って瞬間に放った攻撃を、内心も含めて武器を手放していた狂三が避けられるはずがないし、士道も庇えないんですよ。だって澪がその致命的な隙を狙ってたわけですから。逆説的に、このルートでなければ狂三の隙は突けないわけですが。
だからこその未来記載。筋書きそのものを新たに創る力。単純であればあるほど、拘束力は強くなる。ありえない因果を捻じ曲げる――――その果てが、持ち主の自殺だったとしてもね。

さて正体不明の精霊……少女に残された不明を、開きましょう。狂三から欲しいものはない。なら、少女は狂三に何を願ったのか。狂三に何を見たのか。
それは意外なほど単純で、見たものも人によっては驚くほどではない……かもしれませんね。

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