デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百八十話『たった一つの』

 

 最初の目覚めは、光の中で始まった。

 

『…………?』

 

 疑問と、答えを探した。肉体の存在しない、光だけの空間――――肉体という知識があるにも関わらず、それを持ちえない矛盾。

 生まれながらにして、その存在は〝知識〟を得ていた。世界がどういうもので、世界がどうあって、自身がどういう存在かを識っていた(・・・・・)

 

 精霊。この世で唯一無二、世界に偏在する〝マナ〟と呼ばれる因子を集め、生み出された超常生命体。

 

『………………』

 

 しかし、疑問が残る。それだけの知識があり、それだけの痕跡がありながら――――己の肉体が存在しないのか(・・・・・・・・・・・・)

 だから、探した。己の中にある〝知識〟から、探した。それは一種の本能のようなもの。何もない無が生を得るために必要な行為。

 

 だが――――――

 

 

『――――作り直せば……いいんだ』

 

 

それ(・・)を視てしまった瞬間。

 

 

『――――――――ぁ』

 

 

 愛情。色欲。激情。憎悪。執念――――崇宮澪(オリジナル)の記憶。

 

 

『ごめんね――――許してくれとは、言わないよ』

 

 

 神なる者の傲慢。神なる者の歩み。

 

 

 それの業を。それの罪を。生まれながらに様々と見せつけられる。

 

 だから、目を閉じた(・・・・・)。視ていられなかった。悲しくて、苦しくて、残酷で、哀れで――――同情してしまいそうで。

 

 始まりの覚醒は、そこで断絶する。識った(・・・)記憶はそのままに、無意味な意識(・・・・・・)だけを残し、(いしき)を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 次の目覚めは、少なくとも穏やかなものではなかった。

 覚醒時に引き起こされた肉体の動作(・・・・・)。全身を覆う霊力の塊(・・・・)。そして、それを打つ冷ややかな礫。

 

「……ん」

 

 身体を起こし、世界を見る――――世界が、見える。

 光だけだった空間に存在していた意識が、外側の世界へ躍り出た。

 どこともしれない場所。広大な空。空を覆う、大きな雲。降り注ぐ大粒の雨。〝知識〟の中に存在していた光景と照らし合わせて、そういうものかと理解する。

 何が、どうなっているのか。再び考えたのは、その単純な疑問。雨の一粒一粒を認識し、ゆっくりと視線を下げた――――水溜まり、と呼ばれるものの中に、それ(・・)は映っていた。

 

 

「――――『私』?」

 

 

崇宮澪(オリジナル)が、映り込んでいた。

 

それ(・・)が自らの貌だと認識し、無意識に零れた言葉に、少女(わたし)は強烈な違和感を感じた。

 

「……私、だれ(・・)?」

 

 存在の、誤認。それ(・・)は崇宮澪だ。精霊、この世に現存する唯一の――――否。崇宮澪(オリジナル)は唯一ではあるが、精霊は唯一ではなくなりつつある。

 『私』はその一人――――それも、否。じゃあ、少女(わたし)はだぁれ?

 

「……? ぁ、……ぅ、?」

 

 ここにいるのは、だれなの?

 

 手で触れて、表情を変えて、けれどそれは、崇宮澪(オリジナル)のもの。記憶は崇宮澪(オリジナル)のもの。なら、意識は『私』でなくてはならない。でも、少女(わたし)は『私』を否定した。拒絶した。

 

 じゃあ、少女(わたし)は一体、どうして生まれたのか。

 

「…………」

 

 ふらりと、立ち上がった。ふらりと、さまよった。

 

 きっと、その答えが欲しくて――――その答えはどこにもないと、〝記憶〟という『私』を持つ少女(わたし)には、わかっていたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度目の目覚めから、変わることはなく。三度目の目覚めは、なかった。

 いいや、あったのかもしれない。けれど、それは少女が感じるものを変えるほどのものではなかった。

 

 精霊。少女は、精霊と呼ばれる存在。天使を纏い、人ならざる力を振るう世界の天災。

 

 なまじ、少女は崇宮澪(オリジナル)の知識を持っているが故に、己の存在を事実として識ることとなった。

 なぜ、生まれてしまったのか――――何らかの時期、崇宮澪(オリジナル)から零れ落ちた霊子が残留。世界に流れるマナと融合――――通常ならばありえない現象だが、己の裡に眠る霊結晶(セフィラ)進化の促進(・・・・・)に秀でていた。

霊結晶(セフィラ)は自然的に成長を続け、そして同じ力が二つ現出した(・・・・・・・・・・)。なぜそうなったのか。肉体に適合するべく進化したのか、それとも耐えられる肉体がないからこそ二つに分離することで、生命の崩壊を防いだのか――――恐らくは後者。少女は、精霊として不完全(・・・)であると決定づけた。

 進化する霊子。しかし、少女という肉体と意識が生まれたことで、その進化は止まってしまった。何故か。それは、耐えられないから(・・・・・・・・)だ。

 少女の肉体強度では、霊結晶(セフィラ)が望む進化に耐えられない。少女では望む結果を得られない。

 

 結論は、少女が精霊として、崇宮澪の分霊として、不完全な出来損ない(デットコピー)でしかなかったというだけのこと。

 

 

「…………ああ」

 

 

 それならそれで、少女は構わなかった。不思議なことではない。自然的に育った力など、所詮はそんなものだ。

 少女が知りたかったのは、それではない。それより前、少女が生まれた理由(・・・・・・)だ。

 

少女(わたし)は、どうして生まれたの。

 どうして、少女(わたし)を生んだの。

 

 何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も――――――何度も、問いかけた。

 

 

「――――うん、そっか」

 

 

何も無かった(・・・・・・)

 

 

「私、意味なんてないんだ」

 

 

少女(わたし)が生まれた意味は、どこにもなかった(・・・・・・・・)

 

 崇宮澪の出来損ない(デッドコピー)。生まれながら、唯一意味を持たない精霊。それが、少女(わたし)に与えられた無価値(・・・)という価値であった。

 

 

 

 故に、三度目の目覚めは訪れない。少女(わたし)は、そこで考えを止めてしまった。

 だって、生まれた意味がないのなら、考える理由がない。少女は、崇宮澪が望むことを邪魔しようなどとは考えなかった。

 崇宮澪の考えは、人間的な常識に当てはめれば狂っている。やってはいけないこと。倫理から外れた超常生命体など、世界にとっての脅威でしかない――――それが少女に、何か関係があるか?

 

 意味のない存在が、何を思ったところで、何の影響があるというのだ。

 

 崇宮澪が生み出す悲劇から、犠牲から、少女は目を背けた。崇宮澪の善性は、崇宮澪のもの(・・・・・・)。だから少女は、生まれながら悲劇への感情など持ち合わせていない。

 

 何故なら、それは崇宮澪が培ったものだから。

 何故なら、それは崇宮澪が体感したものだから。

 

 少女はそれを識っているが、少女はそれを知らない。知識にはあるが、少女の感情には存在しない。

 喜怒哀楽。精霊としても人としても持ち合わせるべきそれを、少女は欠落させてしまった。あって当然のものを、記憶として『そういうものがある』とだけ識ってしまったのだ――――それがどれほど、愚かなことかなどわからないままに。

 

 そうして、少女(わたし)は――――三度目の目覚めで、崇宮澪と同じだけの後悔を、得たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。この辺り、かな?」

 

 トン、トン。と、軽々と人の造った建造物を飛び越え、それでいて誰にも知られることなく少女は目的の街へ辿り着いた。

 目的の、とは言っても……特に確証らしい確証があるわけではない。ただ、それらしい形跡を感覚で辿り、少女はこの街を選んだというだけだ。

 

「……ここに、いるのかな――――私の神様は」

 

 崇敬を感じさせるであろう言葉とは裏腹に、込められたものは虚しさすら感じさせた。

 そもそも、崇宮澪(私の神様)は少女のことなど知りはしない。ただ、少女にとっては生みの親――――自分の神と称するだけの存在。それだけの話だ。

 少女を生んだ存在に、会いにいく。特別、他に思い浮かんだことがなかった。思い浮かぶまで、どれほど時間を使ったかも覚えてはいない。

 思いついて、歩き出して、あの人の残した僅かな〝痕跡〟を淡々と辿って、この街へきた。一見平和で、だけど〝惨劇〟が起こっているであろうこの街へ。

 

「……まあ、どっちでもいっか」

 

 いても、いなくても。ここに来るまでも、ハズレは引いていた。〝痕跡〟だけは見つかるが、本人は既に去ったあと。犠牲にする〝人数〟を考えれば、当然といえば当然の選択と少女も考える。

 会えても、会えなくても、構わない――――ただ、会えば何かが見つかるかもしれない(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

 余計な考えを追い出すように、少女は頭を振る。

 見つかるわけがない。少女を生み出した人に、何を問いかけろというのか。お前など知らない(・・・・・・・・)と、決まりきった答えを返されにいくのか。

 ああ、けれど、そう言ってもらえたら、少女(わたし)は――――――

 

 

「……うん――――?」

 

 

 そのとき、精霊である少女の視界にとあるものが映った。

 

 ただ、車に轢かれかける子供がいた(・・・・・・・・・・・・・)、というだけだった。

 

「……ああ」

 

 感情を動かすことなく、少女は何となしに声を零した。ああ、あれは間に合わない(・・・・・・・・・)と。

 事実と、客観的な分析。傍から見ても暴走と言える速度の車と、車道を歩く幼い子供。別に少女でなくとも、間に合うはずがないと判断してしまう。

 ――――これを見ていたのが崇宮澪であれば、咄嗟に救いの手を差し伸べていたのかもしれない。その超常的な力で。〝彼〟を見て育った善性で、子供を救ったのかもしれない。もちろん、ありえない前提ではあったが。

 けれど、少女(わたし)は『私』ではなかった。わざわざ救うために動く義理はないし、動いたところで間に合う距離ではない。遠距離と言えど少女が間に合わないのであれば、近場の人間ではなおさら間に合わない――――間に合ったところで、助け出そうとして、行動できるはずがない。

 

 人は死を恐れ、避けようとする。本能だ。目の前の他者の死を、関係のない人を、救おうとする人間を少女(わたし)は知らない。

 

 

「……え?」

 

 

 じゃあ、少女が捉えたその光景(・・・・)は、何なのか。

 黒髪の少女が、子供を抱えて命懸けで助け出した(・・・・・・・・・)光景は、何だ?

 

「っ……」

 

 わからなかった。見ていたはずなのに。無意識に足が動き、音が正確に拾える位置まで足を踏み入れる。

 現場は凄惨たるものだった。暴走車は車体が浮き上がるほど派手に激突。どうやら巻き込まれた怪我人もいるようで、一瞬にして騒ぎは拡大していた。

 

「狂三さん!!」

 

「っ……わたくしは平気ですわ。それより紗和さん、救急車をお願いできますかしら?」

 

「え……は、はい!!」

 

 〝彼女〟に大慌てで駆けつけて声をかけた三つ編みの少女――――紗和というらしい彼女は、冷静に子供を抱えた狂三の言葉に、また大慌てで駆け出していく。

 そう、冷静に(・・・)。〝彼女〟は、ただ冷静に巻き込まれた子供を抱き抱え、服が、艶のある黒髪が汚れることすら厭わずに……泣き叫ぶ子供をあやして――――――

 

 

「もう大丈夫ですわ――――無事で、よかった」

 

 

 ただ、見ず知らずの子供の無事だけを喜び、安堵していたのだ。

 

「……なん、で……?」

 

 疑問だけが少女の脳裏にこびりついて、言葉が零れ落ちた。

 やったことは理解できる。出来損ないとはいえ、少女は精霊だ。どんな一瞬の出来事であろうと、見逃しはしなかった。

 〝彼女〟がしたことは、単純。迫る暴走車を相手に迷わず足を踏み出し、子供を抱えて地面を大きく転がった。結果、子供は助かった――――それが、異常だというのだ。

 〝彼女〟の行動は非効率極まりない。〝彼女〟の身体能力は特異ではあるようだが、それでも間に合う保証などなかった。結果的には(・・・・・)間に合ったが、助け出そうとした〝彼女〟ごと轢かれていた可能性だってある。いや、そちらの方が可能性は高かった。

 

「……っ、どうして……!?」

 

 わからない。知らない(・・・・)。見ず知らずの子供を命懸けで助けて、それでいて自らの命ではなく、助け出した子供が無事だったと安堵する。

 ――――少女はそれを、識ってはいた(・・・・・・)

 崇宮澪の記憶に深く刻まれた〝彼〟は、同じような善性を持っていた。他人を慮り、理解し、助けようとする強い正義感。それは、識っていた(・・・・・)

 だが、少女(わたし)は『そういうもの』と記憶に残していただけだ。実際に、見たわけではなかった。知ったわけではなかった――――少女(わたし)は、何も知らなかった。

 

少女(わたし)は、その尊い価値を、自身の目で見てしまったとき、どう感じるのか、理解などしていなかったのだ。

 

 

「――――――ああ」

 

 

 感銘。感嘆。感慨。言葉での表現など、どうでもよかった。

 どうして? 簡単な話だ。〝彼女〟にとって今の行動は、当たり前(・・・・)のことだったのだ。自分がどんな状況であろうと、〝彼女〟は自らの感情を信じて手を伸ばす。そういう人なのだ。

 

 たった、それだけの話。

 

 けれど、それが。けれど、それだけが。少女(わたし)には眩しくて、灰色にくすんでいた世界が、〝彼女〟を通して色鮮やかに見えた。

三度目(・・・)の目覚めは、そうして訪れた。正しい人として生きていれば、こんなにも強い感情は持ち得ない。でも出来損ないの精霊は、初めて、その世界を見た。

 雛鳥が初めて親を見たように、刷り込まれ、感じた。

 射干玉の髪が。白く汚れなどに汚されない肌が。何よりも、〝彼女〟の全てが。

 

 

 

「――――きれいな、人」

 

 

 

 ――――美しいと、思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、私は初めて少女(わたし)を得た――――それだけで終わっていれば、少女は〝自我〟を独立させるだけに留まっていた。

 〝彼女〟と関わることはない。〝彼女〟は、その美しい心を秘めて、少女と関わることなく生涯を終える。それでよかったはずだった(・・・・・)

 なぜ、気がつかなかったのか。〝彼女〟の特異な身体能力(・・・・・・・)。既に、片鱗は見ていたはずなのに。

 

 それを見てしまったのは、崇宮澪の〝痕跡〟を辿り、行き着いた、その瞬間。

 

 時が、止まった。

 

 

「――――――――――――――――ぁ」

 

 

 鼓動が、時を動かした。

 

 

 

「やあ、狂三。今日もよろしく頼むよ」

 

「ええ、任せておいてくださいまし――――澪さん」

 

 

 

 〝彼女〟の名は、時崎狂三。

 

少女(わたし)が初めて美しいと思った少女であり――――神に定められた、精霊になった(犠牲になる)少女。

 

 ――――避けられぬ原初の〝罪〟は、生まれた瞬間から少女(わたし)を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あ、あああ、ああああああああああああああああ――――ッ!!」

 

 矛盾が少女を穿ち、慟哭が少女の世界を破壊した。

 吐き出したい。立っていられない。消えたい、消えたい、消えたい――――少女(わたし)の感情でないものさえ、次々に溢れ出してくる。

 そんなもの、慰めにもならない。

 

「なん……で……どうして……ッ」

 

 生まれて初めの涙は、止めどなく滂沱と溢れ、喉から引きずり出される悲鳴は永遠と続く。

 

 ――――どうして(・・・・)

 

お前がそれを言うのか(・・・・・・・・・・)。生まれながらに目を逸らし、ただ無感情に無駄な生を受けた少女に、そんな資格はない。

 お前は識っていたはずだ。崇宮澪が何を望み、そのために何を犠牲にしていたのか。どれだけの人間を屍にしていたのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 その一人が、あの時崎狂三だった。それは誰のせいだ? ――――少女(わたし)だ。私が、彼女を引きずり込む運命を見過ごした。関係ない。崇宮澪が何を望もうと、何を犠牲にしようと私には無意味だ――――それをいざ、目の前にして、後悔をしている。

 愚かで、道化。無様で、救いようのない。『私』の罪は、記憶を持つ私の罪。私の罪は、私だけの罪。

 

「……っ、……」

 

 噛み締めた唇から血が滲む。厭わず、思考を巡らせ続けた。

 

 時崎狂三は――――死ぬ。

 

 定められた運命だ。時崎狂三は、神に見定められ、そして死ぬ。果てに至る澪の〝計画〟の犠牲となり、避けられない死が訪れる。

 

 

「――――いや、だ」

 

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ――――だって、理不尽(・・・)じゃないか。あんなに美しくて、あんなに綺麗な生き方をしている人が、誰かに利用されて、死ぬ。それも、そんな生き方を誰より知る、あの神様の手で。

 そんなの、ただ理不尽じゃないか。

 

少女(わたし)は、崇宮澪の〝計画〟を識っている。時崎狂三の死を識っている――――だが、識っているからといって、何とする。

 崇宮澪を止める――――不可能だ。やろうとも思わないし、出来るとも思えない。崇宮澪は不滅であり、永遠の存在。永劫の命を持つ、完璧な生命体。この世の誰も、あの人には敵わない。

 だったら、時崎狂三の死を許容する――――嫌だ。少女(わたし)の全てが、それを否定していた。死んでほしくない。死んでいい人じゃない。時崎狂三は、価値のある人だ。美しい人だ。少女(わたし)は、時崎狂三に――――――

 

 

「…………ぁ…………」

 

 

 ――――生きていて、ほしい。

 

 

「そう……か……」

 

 

 何だ、単純なことじゃないか。ボロボロになった唇から、細々と、けれど確信に満ちた声が零れた。

 

 少女は、崇宮澪の邪魔をしたいわけじゃない。

 少女は、何かを望まれて生まれたわけじゃない。

 

 だから、生まれて初めて、この想いを感じた。感じた想いは、至極単純なもの――――衝動。そう言い変えてもいい。

 

 

「――――生きていてくれれば(・・・・・・・・・)……いいんだ」

 

 

 少女が時崎狂三を――――生かせばいい(・・・・・・)

 時崎狂三に何かを求めるのではない。時崎狂三は美しい人だ。時崎狂三は綺麗な人だ――――少女は、そんな彼女が生きているだけでよかったのだ。

 

 そのためなら――――他の何が犠牲になろうとも、構わない。

 

少女(わたし)が初めて得た目的は、後悔から始まって、奇しくも『私』と似通っていた。結局は、自我があろうが因果から逃れられるものではない。

 違いがあるとすれば、崇宮澪が〝彼〟に向けた感情が人の根源的欲求、恋だと定義するのに対し、少女のそれはもちろん異なる欲求だった。

 

 

「――――私が、あなたを生かす。

永遠なんかじゃなくていい(・・・・・・・・・・・・)

時崎狂三が望むだけでいい(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 一度死んだ人が蘇ることはない。だが、死んでいないのなら間に合う。

 少女が覚えた感情は、崇宮澪が〝彼〟に覚える感情と似ていた。それは確かだ。致命的に違ったのは、それは愛ではなく崇拝(・・・・・・・)。信教にも似た原初の衝動であったこと。

 つまり――――その想いは、あまりに一方的(・・・)なのだ。

 『私』が感じた、〝彼〟のいない世界で生きていけない愛の感情とは異なる。

 

 少女は見返りなど求めない。少女は正しさなど必要としない。

 美しいあの子が、生きていられない選択など理不尽だと。ただ、己の裡に芽生えた根源的衝動を目的とした。

 一度目の目覚めは、拒絶。

 二度目の目覚めは、無価値。

 三度目の目覚めは、後悔。

 

 だから、少女は。

 

 

「――――もう、絶対間違わない」

 

 

 その決意は、歪。出来損ないが唯一持つ、独りよがりの愛。

 構わない。それであの人が生き残れるなら。少女の命など無価値である。いつの日か、消え去る運命にある。故に、価値などいらない。ただ、時崎狂三を生かすためだけに(・・・・・・・・)、記憶と知識を扱えばいい。

 近い未来。時崎狂三は絶望を得る。崇宮澪の手で、〝計画〟に必要な精霊として昇華される――――――させない。

 〝計画〟を阻止することを考えるのではなく、崇宮澪の〝計画〟を進めながら(・・・・・)最終目的を果たす。

 

 崇宮澪ではない。名も無き精霊の〝計画〟。

 

 時崎狂三は、何を望むのだろうか。時崎狂三は、何を果たそうとするのだろうか。今は、何もわからない。だから少女の〝計画〟も、彼女の意志によって決定される。

 ただ、一つだけ決まっていることは。

 

 

「だから……生きていて。――――我が女王(・・・・)

 

 

 時崎狂三の生存(・・)。それだけだった。

 

 

 

 






望みは、そんな小さなものだった。


澪が真士を想う気持ちと同じでありながら、それは明確に違うもの。澪と真士は通じ合う愛があった。けれど、少女のそれは愛ではなく崇拝。つまり、一方的な情動。一方的であるが故に愛ではなく、ただ暴力的なまでの望みです。
有り体に言ってしまえば一目惚れ。あるいは刷り込み。なんにせよ、少女が世界に生まれて初めて明確に色を持って認識したもの、それが時崎狂三。そして色を持ってしまったが故に、理不尽だと感じてしまったものが、何の因果か狂三だった。ボタンのかけ違え。見たものが狂三でなければ、少女は少女ではなかった、かもしれません。
これが仮に他の精霊だったなら……まあ、違っていたでしょうねぇ。恐らく唯一、絶望の縁ではない、尚且つ澪が澪として関わったのが狂三です。士道の妹という特殊な琴里を除くと、他の精霊はある意味澪が絶望から救った、とも言えます。狂三でなければ、少女は彼女を美しいとは感じなかった。狂三以外の精霊であれば、同情はすれど少女は理不尽と感じるまでは至らなかった。
澪と少女が狂三を見定め、少女が澪であったが故に、少女は罪と答えを得てしまった。

意味のない精霊が、自我を認識してしまったが故に背負った原初の業。ただし、この記憶はあくまで少女の主観しかない――――ということを、片隅にでも置いていると良いかもしれませんね。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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