最初の目覚めは、光の中で始まった。
『…………?』
疑問と、答えを探した。肉体の存在しない、光だけの空間――――肉体という知識があるにも関わらず、それを持ちえない矛盾。
生まれながらにして、その存在は〝知識〟を得ていた。世界がどういうもので、世界がどうあって、自身がどういう存在かを
精霊。この世で唯一無二、世界に偏在する〝マナ〟と呼ばれる因子を集め、生み出された超常生命体。
『………………』
しかし、疑問が残る。それだけの知識があり、それだけの痕跡がありながら――――
だから、探した。己の中にある〝知識〟から、探した。それは一種の本能のようなもの。何もない無が生を得るために必要な行為。
だが――――――
『――――作り直せば……いいんだ』
『――――――――ぁ』
愛情。色欲。激情。憎悪。執念――――
『ごめんね――――許してくれとは、言わないよ』
神なる者の傲慢。神なる者の歩み。
それの業を。それの罪を。生まれながらに様々と見せつけられる。
だから、
始まりの覚醒は、そこで断絶する。
「…………?」
次の目覚めは、少なくとも穏やかなものではなかった。
覚醒時に引き起こされた
「……ん」
身体を起こし、世界を見る――――世界が、見える。
光だけだった空間に存在していた意識が、外側の世界へ躍り出た。
どこともしれない場所。広大な空。空を覆う、大きな雲。降り注ぐ大粒の雨。〝知識〟の中に存在していた光景と照らし合わせて、そういうものかと理解する。
何が、どうなっているのか。再び考えたのは、その単純な疑問。雨の一粒一粒を認識し、ゆっくりと視線を下げた――――水溜まり、と呼ばれるものの中に、
「――――『私』?」
「……私、
存在の、誤認。
『私』はその一人――――それも、否。じゃあ、
「……? ぁ、……ぅ、?」
ここにいるのは、だれなの?
手で触れて、表情を変えて、けれどそれは、
じゃあ、
「…………」
ふらりと、立ち上がった。ふらりと、さまよった。
きっと、その答えが欲しくて――――その答えはどこにもないと、〝記憶〟という『私』を持つ
二度目の目覚めから、変わることはなく。三度目の目覚めは、なかった。
いいや、あったのかもしれない。けれど、それは少女が感じるものを変えるほどのものではなかった。
精霊。少女は、精霊と呼ばれる存在。天使を纏い、人ならざる力を振るう世界の天災。
なまじ、少女は
なぜ、生まれてしまったのか――――何らかの時期、
進化する霊子。しかし、少女という肉体と意識が生まれたことで、その進化は止まってしまった。何故か。それは、
少女の肉体強度では、
結論は、少女が精霊として、崇宮澪の分霊として、不完全な
「…………ああ」
それならそれで、少女は構わなかった。不思議なことではない。自然的に育った力など、所詮はそんなものだ。
少女が知りたかったのは、それではない。それより前、少女が
どうして、
何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も――――――何度も、問いかけた。
「――――うん、そっか」
「私、意味なんてないんだ」
崇宮澪の
故に、三度目の目覚めは訪れない。
だって、生まれた意味がないのなら、考える理由がない。少女は、崇宮澪が望むことを邪魔しようなどとは考えなかった。
崇宮澪の考えは、人間的な常識に当てはめれば狂っている。やってはいけないこと。倫理から外れた超常生命体など、世界にとっての脅威でしかない――――それが少女に、何か関係があるか?
意味のない存在が、何を思ったところで、何の影響があるというのだ。
崇宮澪が生み出す悲劇から、犠牲から、少女は目を背けた。崇宮澪の善性は、
何故なら、それは崇宮澪が培ったものだから。
何故なら、それは崇宮澪が体感したものだから。
少女はそれを識っているが、少女はそれを知らない。知識にはあるが、少女の感情には存在しない。
喜怒哀楽。精霊としても人としても持ち合わせるべきそれを、少女は欠落させてしまった。あって当然のものを、記憶として『そういうものがある』とだけ識ってしまったのだ――――それがどれほど、愚かなことかなどわからないままに。
そうして、
「……ん。この辺り、かな?」
トン、トン。と、軽々と人の造った建造物を飛び越え、それでいて誰にも知られることなく少女は目的の街へ辿り着いた。
目的の、とは言っても……特に確証らしい確証があるわけではない。ただ、それらしい形跡を感覚で辿り、少女はこの街を選んだというだけだ。
「……ここに、いるのかな――――私の神様は」
崇敬を感じさせるであろう言葉とは裏腹に、込められたものは虚しさすら感じさせた。
そもそも、
少女を生んだ存在に、会いにいく。特別、他に思い浮かんだことがなかった。思い浮かぶまで、どれほど時間を使ったかも覚えてはいない。
思いついて、歩き出して、あの人の残した僅かな〝痕跡〟を淡々と辿って、この街へきた。一見平和で、だけど〝惨劇〟が起こっているであろうこの街へ。
「……まあ、どっちでもいっか」
いても、いなくても。ここに来るまでも、ハズレは引いていた。〝痕跡〟だけは見つかるが、本人は既に去ったあと。犠牲にする〝人数〟を考えれば、当然といえば当然の選択と少女も考える。
会えても、会えなくても、構わない――――ただ、会えば
「…………」
余計な考えを追い出すように、少女は頭を振る。
見つかるわけがない。少女を生み出した人に、何を問いかけろというのか。
ああ、けれど、そう言ってもらえたら、
「……うん――――?」
そのとき、精霊である少女の視界にとあるものが映った。
ただ、
「……ああ」
感情を動かすことなく、少女は何となしに声を零した。ああ、
事実と、客観的な分析。傍から見ても暴走と言える速度の車と、車道を歩く幼い子供。別に少女でなくとも、間に合うはずがないと判断してしまう。
――――これを見ていたのが崇宮澪であれば、咄嗟に救いの手を差し伸べていたのかもしれない。その超常的な力で。〝彼〟を見て育った善性で、子供を救ったのかもしれない。もちろん、ありえない前提ではあったが。
けれど、
人は死を恐れ、避けようとする。本能だ。目の前の他者の死を、関係のない人を、救おうとする人間を
「……え?」
じゃあ、少女が捉えた
黒髪の少女が、子供を抱えて
「っ……」
わからなかった。見ていたはずなのに。無意識に足が動き、音が正確に拾える位置まで足を踏み入れる。
現場は凄惨たるものだった。暴走車は車体が浮き上がるほど派手に激突。どうやら巻き込まれた怪我人もいるようで、一瞬にして騒ぎは拡大していた。
「狂三さん!!」
「っ……わたくしは平気ですわ。それより紗和さん、救急車をお願いできますかしら?」
「え……は、はい!!」
〝彼女〟に大慌てで駆けつけて声をかけた三つ編みの少女――――紗和というらしい彼女は、冷静に子供を抱えた狂三の言葉に、また大慌てで駆け出していく。
そう、
「もう大丈夫ですわ――――無事で、よかった」
ただ、見ず知らずの子供の無事だけを喜び、安堵していたのだ。
「……なん、で……?」
疑問だけが少女の脳裏にこびりついて、言葉が零れ落ちた。
やったことは理解できる。出来損ないとはいえ、少女は精霊だ。どんな一瞬の出来事であろうと、見逃しはしなかった。
〝彼女〟がしたことは、単純。迫る暴走車を相手に迷わず足を踏み出し、子供を抱えて地面を大きく転がった。結果、子供は助かった――――それが、異常だというのだ。
〝彼女〟の行動は非効率極まりない。〝彼女〟の身体能力は特異ではあるようだが、それでも間に合う保証などなかった。
「……っ、どうして……!?」
わからない。
――――少女はそれを、
崇宮澪の記憶に深く刻まれた〝彼〟は、同じような善性を持っていた。他人を慮り、理解し、助けようとする強い正義感。それは、
だが、
「――――――ああ」
感銘。感嘆。感慨。言葉での表現など、どうでもよかった。
どうして? 簡単な話だ。〝彼女〟にとって今の行動は、
たった、それだけの話。
けれど、それが。けれど、それだけが。
雛鳥が初めて親を見たように、刷り込まれ、感じた。
射干玉の髪が。白く汚れなどに汚されない肌が。何よりも、〝彼女〟の全てが。
「――――きれいな、人」
――――美しいと、思えたのだ。
そうして、私は初めて
〝彼女〟と関わることはない。〝彼女〟は、その美しい心を秘めて、少女と関わることなく生涯を終える。それでよかった
なぜ、気がつかなかったのか。〝彼女〟の
それを見てしまったのは、崇宮澪の〝痕跡〟を辿り、行き着いた、その瞬間。
時が、止まった。
「――――――――――――――――ぁ」
鼓動が、時を動かした。
「やあ、狂三。今日もよろしく頼むよ」
「ええ、任せておいてくださいまし――――澪さん」
〝彼女〟の名は、時崎狂三。
――――避けられぬ原初の〝罪〟は、生まれた瞬間から
「あ……あ、あああ、ああああああああああああああああ――――ッ!!」
矛盾が少女を穿ち、慟哭が少女の世界を破壊した。
吐き出したい。立っていられない。消えたい、消えたい、消えたい――――
そんなもの、慰めにもならない。
「なん……で……どうして……ッ」
生まれて初めの涙は、止めどなく滂沱と溢れ、喉から引きずり出される悲鳴は永遠と続く。
――――
お前は識っていたはずだ。崇宮澪が何を望み、そのために何を犠牲にしていたのか。
その一人が、あの時崎狂三だった。それは誰のせいだ? ――――
愚かで、道化。無様で、救いようのない。『私』の罪は、記憶を持つ私の罪。私の罪は、私だけの罪。
「……っ、……」
噛み締めた唇から血が滲む。厭わず、思考を巡らせ続けた。
時崎狂三は――――死ぬ。
定められた運命だ。時崎狂三は、神に見定められ、そして死ぬ。果てに至る澪の〝計画〟の犠牲となり、避けられない死が訪れる。
「――――いや、だ」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ――――だって、
そんなの、ただ理不尽じゃないか。
崇宮澪を止める――――不可能だ。やろうとも思わないし、出来るとも思えない。崇宮澪は不滅であり、永遠の存在。永劫の命を持つ、完璧な生命体。この世の誰も、あの人には敵わない。
だったら、時崎狂三の死を許容する――――嫌だ。
「…………ぁ…………」
――――生きていて、ほしい。
「そう……か……」
何だ、単純なことじゃないか。ボロボロになった唇から、細々と、けれど確信に満ちた声が零れた。
少女は、崇宮澪の邪魔をしたいわけじゃない。
少女は、何かを望まれて生まれたわけじゃない。
だから、生まれて初めて、この想いを感じた。感じた想いは、至極単純なもの――――衝動。そう言い変えてもいい。
「――――
少女が時崎狂三を――――
時崎狂三に何かを求めるのではない。時崎狂三は美しい人だ。時崎狂三は綺麗な人だ――――少女は、そんな彼女が生きているだけでよかったのだ。
そのためなら――――他の何が犠牲になろうとも、構わない。
違いがあるとすれば、崇宮澪が〝彼〟に向けた感情が人の根源的欲求、恋だと定義するのに対し、少女のそれはもちろん異なる欲求だった。
「――――私が、あなたを生かす。
一度死んだ人が蘇ることはない。だが、死んでいないのなら間に合う。
少女が覚えた感情は、崇宮澪が〝彼〟に覚える感情と似ていた。それは確かだ。致命的に違ったのは、それは
つまり――――その想いは、あまりに
『私』が感じた、〝彼〟のいない世界で生きていけない愛の感情とは異なる。
少女は見返りなど求めない。少女は正しさなど必要としない。
美しいあの子が、生きていられない選択など理不尽だと。ただ、己の裡に芽生えた根源的衝動を目的とした。
一度目の目覚めは、拒絶。
二度目の目覚めは、無価値。
三度目の目覚めは、後悔。
だから、少女は。
「――――もう、絶対間違わない」
その決意は、歪。出来損ないが唯一持つ、独りよがりの愛。
構わない。それであの人が生き残れるなら。少女の命など無価値である。いつの日か、消え去る運命にある。故に、価値などいらない。ただ、時崎狂三を
近い未来。時崎狂三は絶望を得る。崇宮澪の手で、〝計画〟に必要な精霊として昇華される――――――させない。
〝計画〟を阻止することを考えるのではなく、崇宮澪の〝計画〟を
崇宮澪ではない。名も無き精霊の〝計画〟。
時崎狂三は、何を望むのだろうか。時崎狂三は、何を果たそうとするのだろうか。今は、何もわからない。だから少女の〝計画〟も、彼女の意志によって決定される。
ただ、一つだけ決まっていることは。
「だから……生きていて。――――
時崎狂三の
望みは、そんな小さなものだった。
澪が真士を想う気持ちと同じでありながら、それは明確に違うもの。澪と真士は通じ合う愛があった。けれど、少女のそれは愛ではなく崇拝。つまり、一方的な情動。一方的であるが故に愛ではなく、ただ暴力的なまでの望みです。
有り体に言ってしまえば一目惚れ。あるいは刷り込み。なんにせよ、少女が世界に生まれて初めて明確に色を持って認識したもの、それが時崎狂三。そして色を持ってしまったが故に、理不尽だと感じてしまったものが、何の因果か狂三だった。ボタンのかけ違え。見たものが狂三でなければ、少女は少女ではなかった、かもしれません。
これが仮に他の精霊だったなら……まあ、違っていたでしょうねぇ。恐らく唯一、絶望の縁ではない、尚且つ澪が澪として関わったのが狂三です。士道の妹という特殊な琴里を除くと、他の精霊はある意味澪が絶望から救った、とも言えます。狂三でなければ、少女は彼女を美しいとは感じなかった。狂三以外の精霊であれば、同情はすれど少女は理不尽と感じるまでは至らなかった。
澪と少女が狂三を見定め、少女が澪であったが故に、少女は罪と答えを得てしまった。
意味のない精霊が、自我を認識してしまったが故に背負った原初の業。ただし、この記憶はあくまで少女の主観しかない――――ということを、片隅にでも置いていると良いかもしれませんね。
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