デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百八十二話『戻されし時の中で』

 

「令音さん。――――明日、俺と、デートしませんか?」

 

 上空高度一万五千メートル。逢瀬への誘いにしては、些かロマンスが過ぎる高度でありながら、些かロマンスに欠けた空中艦〈フラクシナス〉の通路にて――――五河士道は、高々に開戦の合図を送る。

 士道の前に立つは、〈ラタトスク〉の軍服を纏った二十歳(はたち)ほどに見える女性。ぞんざいに纏められた髪に、生白い面、目の下を飾る分厚い隈――――ため息が出るほど美しい、その容貌。

 整った鼻梁。憂いを帯びた双眸。その儚げな雰囲気は、面を明かした白い少女とまるで姉妹のように感じられ……なるほど、これはあの子が顔を見せられないのも無理はないと、士道は内心で苦笑した。

 

「…………」

 

 無論、こちらの意図を測りかね、士道を見つめる令音を相手にそのようなものは内心だけに止めきる。

 彼女の名は、村雨令音。精霊保護組織〈ラタトスク〉の解析官であり、士道のクラスの副担任であり――――原初の精霊・崇宮澪。

 今からおよそ百時間後の未来(・・・・・・・)で、精霊たちを殺した(・・・)精霊である。

 

「……驚いたな。急に何を言い出すんだい、シン」

 

 起伏が薄く、言葉とは裏腹に驚いた様子を感じさせない声音が返される。

 令音の中では、これでも驚いている方なのだろう。加えて、士道が一定の好意を向ける相手(・・・・・・・・・・・)が限られ、それがこんな状況でのこととなれば、令音は今混乱の中にいても無理はない。

 こちらの意図を、思考を探る令音の瞳。本来の意味を知り、以前のように感じられない瞳を見つめ返し、士道は冷静に声を発した。

 

「駄目ですか? 思い立ったら吉日、ってわけじゃないですけど……明日まで、令音さんは休暇だって聞いていたんで」

 

「……それはそうだが、訓練というのなら私でなくてもいいんじゃあないかな? 件のデートへの気晴らし……という言い方は失礼だね。気分を変えたいのなら、何か好きなことでもしていた方が――――――」

 

「訓練なんかじゃありません」

 

「…………」

 

 士道なりに、真摯に返したつもりだ。だからこそ令音も、ますます意図を測りかねて言葉を返してくる。

 

「……こんなところで冗談を言うものではないよ、シン」

 

「冗談で言ってるつもりもありません。――――令音さん、今言いましたよね。何か好きなことをするといいって。俺は、後戻りが出来ない(・・・・・・・・)今だからこそ、あなたをデートに誘いたいんです」

 

「…………」

 

 目を細め、再び無言を返す令音。士道の言葉が、本気だからこその困惑。

 だが、士道が後戻りが出来ないデートを控えていると思っているからこそ(・・・・・・・・・)、令音も無下にはしない。

 

「……このことを皆には?」

 

「もちろん、言ってません。みんなには内緒の、秘密のデートです」

 

「……一応、聞いてもいいかな。なぜ私なんだい?」

 

「嫌ですか?」

 

「……そうは言っていないよ。けれど、もし心残りのないデートをしたいのであれば、もっと他に相手がいるはずだ。皆、君からの申し出なら喜んで受けてくれるだろう」

 

「それじゃあ、駄目なんです。俺は、令音さんとデートがしたいんです」

 

「…………」

 

 その沈黙は、如何なる意味を持つものか。だけど、不思議と断られる未来は視えることがなかった。

 ――――不思議ではなく、必然と言うべきであっかもしれない。

 

 

「……ずるいな。君は」

 

 

 故に、その答えもまた必然――――運命。

 

 

「――――そんな言い方をされては、断りようがないじゃあないか」

 

 

 輪廻の果て。運命のデートは、こうして繰り返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふは――――っ」

 

 令音と約束をし、一旦別れ、更に念には念を入れて艦内に設えられたトイレの個室の中で、ようやく士道は緊張の全てを吐き出した。

 令音に万が一にでも目的を悟られれば、ゲームオーバー。一手違えれば詰みの状況で、令音をデートに誘う。それを成し遂げたのだから、一人息を吐くくらいの安堵は許されてもいいだろう。

 

「……とりあえず、は、か」

 

 とはいえ、本当にとりあえず(・・・・・)だ。そもそも、令音が士道の――――否、澪が真士の誘いを断るはずがないことは、知っていた。

 だから、少しばかりの不自然さがあったとしても、こうして受け入れてもらえると思っていた。

 

狂三とのデートを前にして(・・・・・・・・・・・・)。士道にとって、このタイミングで他の女性をデートへ誘うことは、相当の意味を持つ。それほどの感情を、士道は見せつけてきたつもりである――――まあ、その実、狂三とのデートは終え、これが狂三公認(・・・・)であることは令音の知らない事実だが。

 個室の鍵を閉め、ポケットから携帯端末を取り出し、(勝手に)インストールされていたマリアと個人で通信できるアプリを立ち上げ、彼女を呼び出した。

 

「マリア」

 

『はい。どうかしましたか。一途と思わせて浮気性。好きな女性とのデートを前に、女教師をデートに誘う、五河・節操なし・士道』

 

「…………それ、今の俺に言う?」

 

 事実、状況だけ見ると士道は物凄い節操なしなので、思わずハートがメモリブレイクしそうになった。

 少なくとも、この時間軸の士道は当てはまらなかったはずなのだが……折れそうになる繊細な心を奮い立たせ、士道は感情豊かな管理AIへ声を返した。

 

「それより、みんなは?」

 

『抜かりはありません。ログの偽装も済んでいます』

 

「そうか……よかった。流石だな、マリア」

 

『もっと褒めてくれてもいいのですよ』

 

「はは。君は優秀で素敵な子だよ、マリア」

 

 ふふん、と語尾が付きそうなくらい上機嫌な声色を滲ませたマリアに、士道は重ねて口説き文句にも似た褒め言葉を放った。

 

「――――あら、あら。令音先生だけに飽き足らず、マリアさんも毒牙にかけようとは……英雄色を好むとは、二亜さんは正しいことを仰いますわねぇ」

 

「おいおい。俺はそんなつもりじゃ――――――」

 

 と。何かとても自然な感じで会話に混ざったある少女の声に、途中までは普通に反応した士道だったが、ギョッと顔を上に向けて〝彼女〟の姿に目を丸くした。

 

「く、狂三!? お前、こんなところで何を……って」

 

 〈フラクシナス〉に滞在して、万が一にも令音に悟られたら不味い、と思った士道の感覚(・・)が、何かおかしいと言葉を止めさせる。

 壁に生み出した〝影〟からくすくすと笑うのは、狂三その人だ。が、彼女を構成するそれ(・・)は、本体(オリジナル)のものではなく……。

 

「……分身に、意識を移してるのか?」

 

「ふふっ、正解ですわ。感覚が残ってくれていて幸いでしたわ。緊急時でもありませんので、地上にいる『わたくし』の意識は閉じていますけれど」

 

 そう。未来で狂三が披露していた分身と意識を共有する(・・・・・・・・・・)、という離れ業。今の彼女は、分身の狂三に本体の意識を宿しているということになる。

 

「……どうりで、俺が気がつかないわけだな」

 

「きひひひっ!! 不思議なものですわねぇ。わたくしがどういう存在かを認識できるというのに、本体以外は感知できないとは……ふむ」

 

「その『何かに使えますわね』みたいな顔はやめてくれないか?」

 

 狂三がそういう顔をしていると、大概ろくでもないことに使われそうだったので、一応は釘を刺しておく。まあ、楽しげな笑みを見ていると、無駄だとは思うがと士道は息を吐いた。

 と、好き勝手していた狂三がするすると士道の隣に降り立ったところで、マリアが音声を伝えてくる。

 

『それで、狂三。何をしていたのですか?』

 

「ええ。少々と後始末を。分身の回収(・・・・・)を行いましたの」

 

「か、回収?」

 

 何やら、知らぬ間に仕掛けが施されていたようで、困惑する士道の言葉に頷いた狂三が続ける。

 

「ああ、士道さんは知りませんでしたわね。以前の世界(・・・・・)で、実は〈フラクシナス〉に分身を仕込んでいましたの」

 

「は、はぁ!?」

 

「正確には、時間の消費を極限まで抑えた半休眠状態の分身を、ですけれど。あなた様との決着に、余計な手出しをされてはたまりませんもの。ま、琴里さんは気づいて、逆に利用していたようですけれど」

 

 ……つまり狂三は、士道との決戦に備えて〈フラクシナス〉に仕掛けを施していた、ということか。

 士道が敗北を認めた瞬間、分身が妨害工作をする算段……士道が前もって邪魔が入らないようにしていなければ、割と一触即発だったのではと冷や汗をかく。

 マリアも、どことなく不機嫌な様相(顔は見えないが)を見せながら声を発した。

 

『不覚です。わたしの艦体(ボディ)にあっさりとそのような仕掛けを施されるとは……』

 

「電子的な手段でマリアさんに叶うものはそうありませんけれど、こういった古典的な手段への対処はまだまだですわね」

 

 いや、お前しかやれないだろ、こんなこと。などをドヤ顔で肩を竦める言いたくもなかったが、まるでキリがないので、『これからはもっと入念に……いえ、狂三専用の対策を』などとうんうん唸る珍しいマリアを聞き流しながら、士道は話を別の方向へ変えた。

 

「本体の意識を飛ばしてる、ってことは、みんなは無事に戻れたんだな」

 

「ええ。今は士道さんのご自宅にいらっしゃいますわ…………美九さんが、少しばかり不安ですけれど」

 

「あー……」

 

 若干遠い目をしている狂三に、苦笑混じりに同情する。

 確かに、眠り姫な狂三を美九がただで置いておくはずがなさそうだった。

 

「……」

 

 けれど、士道は唇の端が上がるのを止められなかった。狂三が、そういったことを許容できるくらいに――――いや、意識を失った本体を任せられるほどに、皆を信用してくれている。

 分身を回収したことだって、そうだ。もう、このような仕掛けは必要ないと。狂三はもう離れたりしない(・・・・・・・・・・・・)と、言ってくれていて、嬉しくなった。

 ――――それがずっと、続くように。

 未来を、創る。まだまだこれからだと、士道は両手で頬を張り、立ち上がる。

 

「よし。俺も戻る……まだまだ、話したいことがあるしな」

 

 令音の行動で順序が逆転してしまったが、あの子(・・・)に伝えたいことは山ほどある――――が、その前に、士道は〝影〟へ戻ろうとする狂三へ声をかけた。

 

 

「――――それはそうと、こういう場所で男と二人はマズいと思うぞ」

 

「……あら。士道さんは意外な趣味をお持ちですのね」

 

『ケダモノです。狂三、気をつけてください。やはり紳士の皮を被った五河・節操なし・士道です』

 

「一般論の話だよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――と、いうのが、未来の大まかな筋書き(・・・・・・・・・・)ですわ。理解していただけましたかしら」

 

 トン、トン。と、靴音を鳴らし――――『時崎狂三』は、大胆な微笑みを浮かべその人物たちを見やる。

 書斎のような空間に佇む『狂三』はメイド服(・・・・)に身を包み、来訪者でなければその筋の仕事と誤解されかねない。もっとも、金髪の秘書官を従えているのだから、今回ばかりはその役職は不要なものであろう。

 その金髪の秘書官……かのエレン・メイザースの実妹、カレン・ノーラ・メイザースを控えさせた初老の男――――エリオット・ボールドウィン・ウッドマンは、難しげな顔で声を発した。

 

「ああ、理解させてもらったよ。貴重な情報に感謝するよ、時崎狂三くん」

 

「いえ、いえ。琴里さんもお忙しい身でしょうし、手遅れになる前にわたくしが……と馳せ参じたまでですわ」

 

 遠く離れた〈ラタトスク〉の本拠地ではあるが、一度捕捉した基地に再び侵入することは造作もなかった。それに、通信によるリスクを考えれば、狂三が直に飛んだ方がより速く正確だ。

 全ての元凶と言える男を相手に肩を竦め、交渉者として狂三は口を開く。

 

「さて、さて。あなたはどちらを(・・・・)選択いたしますの? 始原の精霊へ恋をした大罪人――――エリオット・ボールドウィン・ウッドマン」

 

「……ふむ」

 

 ここで選択を誤つのであれば、所詮はその程度の男。時崎狂三(オリジナル)が引き金を引けなかったのではなく、引く価値すらなかった男というだけの話だ。

 精霊への恋。それだけで、ウッドマンは〈ラタトスク〉という組織を創設し、精霊を救うために身を粉にして動いた。が、その根源的な原因である始原の精霊・崇宮澪は精霊を殺そうとしている(・・・・・・・・・・・)

 

「……やれやれ、とんだ悪女に惚れてしまったものだ」

 

 ウッドマンは自嘲気味にそう呟く――――その心中は、推して測るべきものがある。

 恐らくは、奇跡のような巡り合わせであった。精霊へ恋し、組織を創り上げ、霊力を封印できる少年を見つけた――――それらが全て、その始原の精霊によるものであった。

 幾つかの偶然もあったのであろう。しかし、〈ラタトスク〉の機関員として村雨令音が存在している以上、ウッドマンの存在と動向を計算に入れていた可能性……とんだ悪女、というのも間違いではないのだろう。狂三は同情などするつもりはないが。

 果たして、ウッドマンという男は何を(・・)選ぶのか。

 

「ならば私も、したいことをするとしよう」

 

「…………」

 

 重苦しく開かれたそれに、狂三が鋭く目を細め――――――

 

 

「――――両方(・・)。という選択肢は、あるのかな?」

 

 

 野心に――――否。男の性に満ち足りたその笑みを、堂々と返した。

 そんなウッドマンに、狂三は僅かに目を丸くして、ニヤリと唇を三日月型に変えて言葉を返す。

 

 

「もちろんですわ。どうやら『わたくし』と士道さんも、あなたと同じ答えを選んだようですし。まったく、欲張りな方々ですこと」

 

「はははっ!! 精霊一人のために、こんな大掛かりな組織を創り上げた。我儘も結構なことだ。それに、若者があんなにも頑張っているんだ。老人の私が、その道を支えてやらねばならんだろう――――この歳で、好きな女を救う手伝いができるとは……何と幸せなことかな」

 

「あら、あら……」

 

 

 その物言いは、とてもではないが老人を自称するには早すぎる気がしてならない。苦笑し、気苦労が多いと見られる秘書官へ狂三は声を発した。

 

「さぞ、若い頃は女性を泣かせていたのでしょうね……同情いたしますわ」

 

「それを承知で、私はエリオットに付いてきましたので」

 

「……本当に、女泣かせはどの人も似たようなものですわ」

 

 モテるから女を泣かせるのか。それとも、女を泣かせるのからモテるのか。まあ、世間一般の度量では計り知れない泣かせ方をしているのは確かかと、狂三は狂三(オリジナル)の想い人を重ね合わせた。

 男冥利に尽きる、と表情から感じさせるウッドマンへ狂三は改めて続ける。

 

「それでは、お任せしてよろしいですわね」

 

「ああ。こちらも出来うる限りの新鋭装備を整えよう。些か無理のあるスケジュールではあるが……何、足りない『数』を補う術は、ここにある(・・・・・)

 

 不敵な笑みを見せ、金色に輝くドックタグ(・・・・・・・・・・・)を手にしたウッドマン――――冷静沈着なカレンが、僅かに顔を強ばらせたのを狂三は見逃さない。

 どうやら、相応の秘策(・・・・・)はあるようだが、秘書官殿の顔色を変えさせるほどリスク(・・・)があるもののようだ。

 

「……よろしいんですの?」

 

「秘策というのは、使わなければ意味がないものだ。これが最後(・・)というのなら、出し惜しみなくいこうじゃないか。それがたとえ、舞台裏(・・・)だとしてもね」

 

 何とも気持ちのいい思い切りの良さ。一組織の長として、十分な素質を持つと言えるウッドマンに、狂三も無用な気遣いだったと小慣れた礼を披露した。

 

「失礼いたしましたわ。『わたくし』からも分身の大半を送らせていただきますわ――――それと、もう一人」

 

「ほう。当てがあるのかな?」

 

「ええ――――――」

 

 こくりと頷き、狂三はとびっきりに頼りたくない(・・・・・・)人間の顔を思い浮かべた。

 或いは、宿敵(・・)を称しても良かった関係だった。皮肉が混じる微笑みを零し、狂三は言葉を形にした。

 

 

正義の味方(・・・・・)を仲間外れにしては――――盛り上がりに欠けてしまいましてよ」

 






ちょっとした休息回。終わりに向けて、箸休めでも……いや、まあ。次回の印象強くしたくてキリがいいところがここだったって話なだけなんですけれども。

舞台裏は静かに、迅速に。さて次回は、歪な関係を突き進めた二人の……?

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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