デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百八十六話『少女と令音』

「一応、選択肢は用意してたんだけど……」

 

 言う暇もなく対応したわね、と琴里は感心と一抹の寂しさを兼ねた声音を響かせた。片手でコロコロと飴の棒を転がしていると、狂三がクスッと笑みを零す。

 

「よろしいのではありませんの? あの方は、世界で唯一の対精霊における特異点。あの方が決めたというのであれば、皆様も異論はありませんでしょう」

 

「わかってるわよ。私だって無闇に我を通したいわけじゃないし、サポートが必要になったらそうするだけよ」

 

 令音の反応は良いものだったし、間を置かない口説き文句としては上々なものだろう。意外なことに、悠々と得意げな狂三には少し不思議なものを感じてしまうが。

 すると――――――

 

「……選択肢、何があったんです?」

 

 壁に寄りかかり、我関せずを貫いていた白い少女が、唐突な問いを挟み込んできた。

 

「むん。うぬは干渉せぬはずじゃろう?」

 

「……干渉はしませんよ。気になることには口を挟みますけど」

 

「それ、同じじゃん」

 

 耶倶矢のツッコミも、文字通り顔を見せずにスルー。

 このマイペースは令音に通ずるものがある気がすると、琴里は苦笑しながら少女のご希望に沿って、予定されていた選択肢を開場した。

 

 

 ①すみません、令音さんに見とれてました。 

 ②いつもと髪型が違いますね。素敵です。 

 ③その服ってどうやって脱がせればいいんですか?

 

 

 相も変わらず絶妙に不安な選択肢が混ざっているが、士道は図らずも①に近い選択肢を選んだことになる。

 モニタに表示された選択肢を一通り眺めた少女は、「……ふむ」とこれまたどこかで聞いたような相槌を打つ。

 

「それで? 何か気になることでもあったのかしら」

 

「……いえ。これなら、どれを選んでも受け入れられたとは思いますよ」

 

「疑問。どうして、そう言いきれるのでしょう」

 

 それは令音にしかわからないこと――――だが、少女は躊躇うことなく夕弦の問いに回答を示した。

 

 

「……私が(・・)、嬉しいからですよ――――あの人の言葉なら、大概は肯定してしまえるんです」

 

 

 その心が赴くままに、好意を示す相手(・・・・・・・)からの言葉を受け取る。それが嬉しくないわけがない。

 崇宮澪から生まれた、崇宮澪の同一体が語ったそれに精霊たちは――――――

 

「え。君、そんなに少年のこと好きだったっけ?」

 

「……てっきり美九と同じなのかと思ってた」

 

「あー、七罪さん酷いですよー。私はだーりん限定で、どっちでもウェルカムなだけですー!!」

 

「…………」

 

 ああ、これは少女の顔を見れなくてもわかる。凄く、ダメージを受けている。

 

「……ぷっ、ふふ。き、ひひひ……っ!!」

 

 ついでに、心無い主様の爆笑が悲壮感を漂わせていた。ちょっと声を抑えてはいるが、この主様笑っていることを隠す気がない。なかなかの外道である。

 

「……我が女王?」

 

「だ、だって……もう、可笑しくて可笑しくて……」

 

「そのくらいにしてあげなさい、狂三」

 

 さすがに可哀想になってきた琴里は、腹を抱える狂三を諌めながら改めて少女に言葉をかける。

 

「私ならっていうけれど……①と②はともかく、③はかなり特殊じゃないかしら。本当に令音が喜ぶの?」

 

 ①は王道。②も状況次第では変化に目敏い、というアピールを行えて悪くない。が、③は如何せん変化球が過ぎる。一部には、それを喜んで選びそうな子たちもいるが、デートの開幕には不味いだろう。

 だが、問いかけられた少女はさもありなんと言わんばかりに返してきた。

 

「……まあ、好意を示す値で言えば、今の彼が最も正解でしょう。ただ、③もそれはそれでと思いますよ。私、彼に問われたら真面目に答えますし」

 

「はい!! その服の下はどうなってるのか教えてくださいー!!」

 

「企業秘密です。彼のように、私の好感度を上げてから出直してきてください」

 

 さり気なく明かされていない謎なのだが、本当にどうなっているのだろうか。あしらわれた美九は置いておくとして、琴里は残る疑問を声に発した。

 

「でも、そう上手くいくもの?」

 

「……上手くいくかはともかく、男女の仲(・・・・)は強調できるでしょう。あの人の好感度数値、面白いことになってると思いますよ」

 

「令音さんの、好感度……?」

 

『面白い、ってどういうことー?』

 

 四糸乃とよしのんが、揃って小首を傾げる可愛らしい光景と同時、たった今、令音と士道をモニタリングしていた観測装置が結果を弾き出し、新たに令音が士道へ示す好感度が数値化して表示された。

 それは確かに面白い(・・・)……というよりは、琴里からすれば不可思議なものだった。

 

「この波形……好意を抱いているのに、封印可能の反応が出ていない。感情値も安定しているけど……」

 

「……あの人、『私』と同一とは言っていますけど、『村雨令音』という人格が存在しないわけじゃないんです。別人格、というほど離れてはいませんけれど、距離を計る(・・・・・)という意味合いでは、崇宮澪のそれとは明確に違いが出る」

 

「ふーん……母親と恋人の差、みたいな感じ?」

 

「……!!」

 

 二亜の要約に、琴里は眉の端を小さく揺らし相応の理解を得る。

 好意はある。けれど、封印可能なものではない。

 感情は安定している。けれど、突出した反応はない。

 物事を俯瞰し、親愛の情がありながらも自ら干渉は控える――――たとえば、この子が狂三と士道を見守るような。

 

「母親……ね」

 

「澪さんは士道さんの生みの親、でもありますものねぇ。皮肉なことに、ですけれど」

 

 狂三が肩を竦めて、ニヒルな笑みを余すことなく披露する。

 澪は全ての精霊の生みの親にして、崇宮真士の亡骸を吸収し、士道を産み直した精霊。ある意味では、母と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。

 

「……母なる君。慈愛の化身にして、子を呑み込む太母(グレートマザー)――――その矛盾が、あの人らしいかな」

 

 その声音に込められた皮肉は、しかしながら……どこかに、悲しさがあった。

 精霊たちの生みの親。だが、少女だけは事情が異なる。少女だけは澪の同一体として生まれ落ち、そうして生きながらどこか違うものとなった。それは母と子ではなく、生き別れた〝姉妹〟のようで。

 互いを想っているはずなのに――――どうしてもすれ違っているようで、悲しかった。

 

「――――ねぇねぇ。ところでさ、シロちゃんは少年のどこが好きなの?」

 

 少しばかり重くなった空気を霧散させるように、二亜が明るく少女へ問う。……本当は士道と令音の動向を慎重に見守っていなければならないのだが、今二人はタクシー――万一のことを考え、運転手は令音に面の割れていない機関員――に乗って、少し長めのドライブ中だ。

 多少ならばいいだろう、と琴里は止めなかったが、少女としては止めてほしかったのか複雑そうな声色で返した。

 

「……シロちゃん?」

 

「うん。全身白いから、シロちゃん」

 

「……漫画家ですよね? あなた、人気漫画家なんですよね……?」

 

「いやいや、同じ〈囁告篇帙(ラジエル)〉使いのよしみってやつじゃない。親しくやろうぜシロちゃんや。んで、少年のことは実際どうなのさ」

 

 誤魔化そうとしたが、誤魔化せなかったらしい。二亜の追求と、絶妙な愛称になんとも言えなそうな空気を纏った少女が仕方なさげに口を開いた。いつもの如く、開いたところは見えなかったのだが。

 

「……あなた方のように劇的なものではありません、とだけ申し上げておきますよ」

 

「えー、何それもっと気になるじゃーん」

 

「むぅ……二亜、あまり通りすがりの人を困らせてはならぬぞ」

 

「うぐ。とーかちゃんに叱られると効くなぁ……」

 

 十香に苦言を呈され、割とあっさり反省した様子で引き下がる二亜――――恐らく、少女が馴染みやすいように率先して話題にしているのだろう。

 

「はーい。ごめんねシロちゃん」

 

「……いえ。私としては、シロちゃんという名称の方が気になるのですが」

 

「通りすがりの人はいいの……?」

 

「……そちらは、一応の自称ですので」

 

 問うた七罪が、線引きがよくわかんない、という顔をしていた。

 確かに、通りすがりは白い少女の自称なのだが……琴里としても、〈アンノウン〉は良くてシロちゃんは微妙な線引きがよくわかっていなかった。やはり、色合い判断は本人には不評となるのだろうか。

 うーん、と二亜が考えるように両手を組んだ。……で、カッと目を見開き指先を少女へ向けた。

 

「よしわかった!! あたしが君の名前を考えて――――――」

 

「……シロちゃんでいいです」

 

「拒否はやっ!?」

 

「二亜が考えると、ろくな名前にならなそうじゃん」

 

「二亜さんに任せるのなら、せめてわたくしが名付けますわ」

 

「あたし一応漫画家だよ!? その道のプロだよ!? 少しは信じてよ!!」

 

 耶倶矢と狂三の情け容赦のない言葉に、「結構ショックなんだけど!!」と二亜が喚き散らし、一同の笑いを誘う。

 と、高速道路を走って参道を超えたタクシーが、もうそろそろ目的地に辿り着きそうである。気を紛らわすのもいいが、と気を引き締めるように琴里は手を叩いて声を発する。

 

「はいはい。世間話はそれくらいにして、そろそろサポートに集中してちょうだい」

 

『はーい!!』

 

 なんというか、自分たちの命運を賭けた作戦にしては、軽い引率者になった気分だと琴里は苦笑する。

 まあ、緊張ばかりしていては、それが士道に伝わり余計な負担となる。自然体がちょうどいい、とも言えるが……。

 

「ふむ……」

 

 それはそうと、と琴里はあごに手を当て疑問符を浮かべた。

 少女が士道のことを好き。それは実のところ、琴里と狂三なら知っていることだった。以前行えた少女との対話にて、少女の口から語られた事実だからである。ただ、その時は『あなたと話すことは好き。ただし、狂三の次に』という遠回しなものだったが。

 ところで、それによってどうしても気になる疑問が浮かぶのだ。正直、人としてどうかと思うのだが、あの大々的な告白を見たあとだと聞かずにはいられなかった。

 

 

「ねぇ――――今のあなたなら、士道と折紙のどっちが狂三の次になるの?」

 

「…………」

 

「……それ、どう答えても地雷ですよね」

 

「……そうね。ごめんなさい、忘れてちょうだい」

 

 

 言われてみると、士道を他人がドン引きするレベルで愛している折紙からすれば、どちらを選んでも地雷選択肢だった。能面の沈黙というのは、傍から見ると恐ろしいものである。

 とても気になるというところが、琴里も二亜のことを言えないらしい。結局、取り下げたことで真相は闇の中のまま、議題は本筋に戻されるのであった。

 優先順位というのは、人によって価値観が異なるものではあるが、少女のそれは人から見てもかなり歪だった――――否。ある意味で、それが人として正しいことなのかもしれない。

 

 

 

「――――旅館、ですか」

 

 士道と令音がタクシーを降り、こちらでも複数のモニタから場所を把握した段階で、少女が問いかけるように呟いた。

 

「そ。これで決められるとは思ってないけど、舞台装置としては上々でしょ?」

 

 この旅館こそ、昨晩に少女の元を訪れるより前に、琴里たちが導き出したデート場所だった。

 令音に必要なもの。それは――――『癒やし』なのではないか、という結論。

 令音の親友であり上司である琴里は、彼女の仕事量が飛び抜けていることを知っている。琴里の裁量で抑えられてこそいるが、それがなければ無制限に働いてしまうのではないか、と思えるほどに。

 それほど、村雨令音は有能な人材だった。〈ラタトスク〉の職務。士道たちを補佐するために就いた高校の教師としての仕事。何より――――三十年もの間、一つの目的のために邁進してきた精神力。

 

 

『精霊であれ、精神的な構造は人と変わりありませんわ。どれだけ強靭な志があろうと、人の尊厳を踏み躙るだけの精神があろうと……それ(・・)は必要なことなのですわ――――わたくしが、そうであったように』

 

 

 それが『癒やし』。狂三が会議で語った言葉は、琴里の頭に焼き付いている。狂三もまた、長い年月を目的のために費やした精霊。

 何かのために、何かを犠牲にすることを厭わない。狂三と澪という被害者と加害者であれ、共に背負うものは同じだった。

 故に、理解が及ぶ。街の喧騒を離れ、温泉を始めとする様々なリラクゼーションを駆使した心と気持ちをほぐす――――無論、それを成す士道が要であり、そういう意味でこの場所は〝舞台装置〟の意味を持つ。

 と、何か言葉を返すこともなく、考えに耽る少女に琴里は首を傾げた。

 

「何? また、気になることでもあったのかしら」

 

「……ん。まあ、気になるというか――――」

 

『……そういえば、今日のことは精霊たちには内緒だったね?』

 

『はい。二人だけの秘密です』

 

 そうこうしている間にも、士道と令音の会話は続いている。あの正直者の兄が、令音を相手にサラリと嘘を返せる……ちょっとした成長なんじゃないか、と感慨に耽ける琴里の耳に、

 

 

『――――なんだか、不倫旅行のようだね』

「――――なんか、不倫旅行みたいですね」

 

『ぶ……ッ!?』

「ぶ……ッ!?」

 

 

 恐ろしい想定外のシンクロが襲いかかり、通信越しで兄妹揃って激しく咳き込んだ。

 

「おお、なんか姉妹と兄妹っぽいー」

 

「複雑な気持ちですわね……琴里さん、ご無事でいらっしゃいまして?」

 

 けほ、けほ、と激しく咳き込む琴里に他人事の二亜。そして、得難い気持ちを声音に乗せた狂三に背中をさすられ、琴里は軽く手を上げることで返事を返した。司令官として、凄い醜態を晒してしまった気がして、そういう意味でもちょっと涙目になった。

 

「……ごめんなさい。わざとじゃないんですが、つい」

 

「う、うん。わかってるわ、気にしないで」

 

 ちなみに、画面上の令音も似たような言葉で謝罪をしていた。……本当に、狙ってしているのではないかと琴里は頬を痙攣させるように苦笑した。

 狂三が公認する、令音と士道の不倫旅行。珍妙な状況が織り成す淫靡な響きに、兄の性癖が開花してしまわないか不安を覚える琴里だった。

 

 それから、士道と仲睦まじく手を繋ぎ、フロントで手続きを済ませ仲居の案内に従って部屋へと歩いていく。

 ここまでは、無事に想定通り。二十畳ほどの和室の中は、高校生が取るには少々と豪華すぎる内装と設備、飾りだった。なんと、部屋専用の小さな露天風呂まで付いている。

 

『……ん、いい部屋だね』

 

『はは……そうですね』

 

 これまでの経験があるとはいえ、これほどの部屋を見ることは初めてであろう士道も、自然と感嘆の声を上げている。演技ではない素の感情としては、及第点といったところか。

 さて、ここからどう出るか――――――

 

 

「――――士道。選択肢が出たわ」

 

 

 ようやく、琴里たちの出番が回ってきたということだ。

 状況と感情値を分析し、〈フラクシナス〉のメインモニタに三つの選択肢が表示された。

 

 ①大浴場でゆったりひろびろ。

 ②専用露天風呂でリラックス。

 ③マッサージでリフレッシュ。

 

「総員――――選択!!」

 

 言い慣れた掛け声と、それを聞き慣れたクルーたちは応えるようにコンソールを操作する。

 精霊たちはというと、選択肢の内容に一瞬戸惑うような素振りを見せたものの、すぐに持ち直して選択を完了した。

 選び出された選択肢は――――――

 

「ふむ……②ね」

 

 多少のリスクはあるが、一番距離が近づく選択肢。圧倒的多数なのも納得だった。

 

「……うむ。シドーが令音と二人で風呂に入るというのは……その、なんだ、もやもやしないでもないのだが、もしも私ならばそれが一番嬉しいと思うぞ」

 

「はい……いっぱいお話できた方がいいと思います……」

 

 どこか複雑そうながら、それでも断腸の思いを告げる十香と四糸乃。彼女たちも、自分たちの命運を士道だけに背負わせまいと協力を申し出た身だ。覚悟の大きさは痛いほど伝わってくる。たとえば……無表情ながら、拳を小刻みに震わせる折紙とか。

 

「邪魔が入らず、狭い浴槽で二人きり。理想的と言っていい条件。大丈夫。私は冷静。私は冷静。私は冷静。私は冷静。私は冷静」

 

「えっなんで五回も言ったの……」

 

 戦慄した様子で肩を震わせる七罪。というか、昨日より回数が増えていて琴里もちょっと怖かった。

 ちらりと、琴里は隣に座る狂三を見やる。さすがに、この選択肢は何かしらの反応があると思ったが、視線に気づいて優雅に微笑むのみだった。

 

「あら、あら。どうかなさいましたの?」

 

「何でもないわ。……冷静ね、って思っただけよ」

 

 何でもないと言いながら、気にかける自分が少し気恥しい。ささやかな矛盾行為に、狂三はくすりと微笑を浮かべて応える。

 

「それが必要なこととあらば、ですわ。琴里さんもそうでしょう?」

 

「まあ……そうね。その通りだわ」

 

 琴里も司令官として、精霊をデレさせるために必要な行為はかなり許容している方だ。余程、行き過ぎたものがなければ積極的に実行させるし、そこに琴里の私情は挟まない。

 しかし、狂三がここまで平穏なことに多少の違和感を覚えてしまう。ポーカーフェイスが得意な彼女といえど、である。頷きながらも訝しげな表情を崩さない琴里に、狂三がニッコリと邪悪な(・・・)微笑みを返した。

 

「それに、二人きりというのであれば最も回数が多いのは琴里さんで――――――」

 

「オーケイ。その銃口を下げてちょうだい」

 

 ただでさえ後方では風呂談義が活発なのに、琴里の過去を掘り返されて話が逸れては叶わない。ついでに「ですですぅ!! せっかく温泉宿に来たんですから裸のお付き合い!! そしてそれなら狭い方がいいですよー!! これっくらいの!! お風呂桶に!! だーりんと令音さんをちょっと詰めて!! 世界最高の幕の内弁当じゃないですかぁ!! 残さずいただきますぅぅぅ!!」などと極限まで荒ぶる精霊までいたりするのだ。収集をつけねば先へ進めないというもの。

 両手を上げて狂三の銃口を落ち着かせながら、精霊たちも宥める。司令役兼引率も楽ではないな、と琴里はマイクへ向かって声を発した。

 

「――――士道、②よ。その露天風呂を使いましょう」

 

『……了解』

 

 指示を聞き取り、通信機でなければ聞き取れない――狂三の例からかなり念を入れた――くらいの声で士道が返事をする。

 これでどうなるか。戸惑った反応はなく、恐らく士道も攻めなければならない意見は同じだったようだ。

 

「……ふむ」

 

「っ……」

 

 と、思わず琴里が息を呑むほど――そう思い込んでしまっているのかもしれないが――令音にそっくりな声音を少女が零す。

 以前までならば、こんなにも反応することはなかったのだが――――〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉。かの天使の力で、五感を用いた違和感を殺す(・・・・・・)ことによる影響は存外大きかったらしい。

 気を取り直し、琴里はまたもや思案を重ねる少女へ声をかける。

 

「今度は何? また気がついたことでもあった?」

 

「……ん。これ、彼女の水着とかは用意してますよね?」

 

「ええ。たった今、士道が説明し始めるでしょうけど……」

 

 混浴を想定、となれば令音といえど抵抗を覚える可能性はゼロではない。念の為、マリアに頼んで用意してもらった……という体になっている。

 

「それがどうかした?」

 

「……あー。あなたなら、わかると思いますけど……」

 

「……あぁ、そういうこと」

 

 言葉を濁す少女に、琴里は理由を察して苦笑した。周りは不思議そうに小首を傾げているが、琴里には少女の懸念と令音の取る行動がわかってしまう。

 現在、士道が気を使って障子を閉めて広縁で着替えているのだが、何とも甲斐甲斐しい努力だ。同時に、無駄なことをするわねぇとも思うが。

 水着を用意はした。が、使われるとは思っていない(・・・・・・・・・・・・)。令音を知る琴里と、事情が特殊な少女の予測が一致した以上――――もはや、確定事項である。

 

『……シン。開けてもいいかい?』

 

『あ、はい。どうぞ』

 

 備え付けの露天風呂に入るためには、士道のいる広縁を通らなければならない。士道の返事に応ずるように、障子戸が開いていき――――――

 

「な……」

 

「こ、これは!?」

 

 瞬間、艦橋が騒然となる。

 理由は至極明快。障子戸が開かれる直前、モニタがブラックアウトを起こしたのだ。

 ただ、琴里に動揺はないし、白い少女も心做しか安堵の息を漏らしていた。

 

『れ、令音サン……?』

 

『……なんだい、シン』

 

『あの……荷物に水着、入ってませんでした?』

 

『……ん? どうだったかな。なに、二人しかいないんだ。別に構わないだろう』

 

『っ……そう、ですね。二人ですしね』

 

「……!?」

 

 スピーカーから変わらず流れる二人の会話に、居並んだ男性クルーたちがざわ……っと色めきたった。

 正直、そんなどうでもいいことより、あの令音の裸体を前にして妙に士道の肝が座っていることの方が琴里には気がかりでならないのだが。

 

「し、司令!!」

 

「村雨解析官のはだ……いえ、重要な攻略画面が見えません!!」

 

「今すぐ復旧を!!」

 

「きゃー!? なんでですかぁ!? 何もしてないのに壊れましたぁ!!」

 

 川越、幹本、中津川が揃って声を上げ、巨乳に興味がなく平然としている神無月の代わりと言わんばかりに、美九が悲鳴じみた声を上げた。美九はパーソナルモニタの裏を覗き込もうとしているが、もちろん特に意味はない。

 

「……助かりました、マリアさん」

 

『〝さん〟は必要ありません。データが波立つようでソワソワとします』

 

 AI式『鳥肌が立つ』の意訳なのだろうか。少女の感謝にスピーカーから声を返したのは、〈フラクシナス〉に搭載されたAI、マリアだった。とどのつまり、このブラックアウトは彼女の仕業ということだ。

 

『我々の目的は精霊をデレさせることですので。霊力を封印したのち、令音が知って不快に思う可能性は潰しておいた方が賢明と判断しました』

 

「適切なご配慮痛み入るわ」

 

 さり気なく毒舌なところはあるが、相変わらず気の回るAIである。

 ちなみに、琴里のパーソナルモニタには変わらず画面が表示されている。タオル一枚のみを持ち、惜しげもなく外気に晒されたその肌は、視線を介してその感触さえも伝わってきそうな肌理の細やかさ。なだらかで、しかし減り張りのきいたあまりに美しいライン……同性である琴里をして、息を呑むほどに美しかった。

 

 ――――それはそれとして、裸体の令音を相手に動揺を抑えられる士道はどういうことなのか。やはり、超えたのか? 超えてしまったのか? 恋のABCのAを勢いよく飛び越えてCをヤってしまったのか?

 

 ……などと、指を組み合わせる司令官度が増すポーズで威厳を保ちながら、その実悶々と複雑な表情の琴里を他所に、男性クルーは未だに食い下がっていた。

 

「しかし!!」

 

「二人の状況が音声でしかわからないのでは!!」

 

「判断に狂いが生じる恐れが!!」

 

『ご安心ください』

 

 そんな暴動にも似た反応も織り込み済みというように、マリアがメインモニタ、そして琴里以外のパーソナルモニタに再び火を入れる。

 一瞬、男性クルーと美九の顔がパァッと明るくなるが、表示されたそれ(・・)に頬が引きつることとなった。

 何とも優秀なAIの力により表示されたのは、映し出されたのは士道と令音の動きをトレースした、人型のCG映像だったのだ。補足すると、当然のように服は着ている。

 

『これで二人の動きは把握できるはずです。引き続き攻略をお願いします』

 

『…………………………はい』

 

 祭りの中止を言い渡された子供のようなテンションの下がりように、やれやれと琴里は肩を竦めるのだった。……美九はそれ以上に、咽び泣いて顔を俯かせているが。令音と士道の世界最高の幕の内弁当(命名者より引用)を見逃したことが、相当に堪えているらしい。

 普段の彼女の行動を見ている精霊たちからは、特にフォローも同情もありはしない……。

 

「……無事にあの人を封印できたら、私が代わりにあなたと入ってあげましょうか?」

 

 はずだったのだが、なんと、誰もがギョッと目を剥いて白い少女のおかしな言動を耳にした。一番驚いたのは、設置椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって少女へ詰め寄った美九であろうが。

 

「ほ、ほほほほほほほほ本当ですぁ!?」

 

「……近い近い。さすがに露天風呂とはいきませんけれど、そのくらいなら別に……なので、真面目に攻略を手伝ってくださいね」

 

「もちろんもちろんもちろん!! やった、やりましたよ七罪さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「ちょ、私関係な――――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 本当に関係のない七罪がハグの犠牲になり、尊い断末魔が響いた。まあ、真面目にやれと言われているので、少ししたら戻るだろうと琴里は疲れ気味な少女へ不安込みの声をかけた。

 

「そんな安請け合いしてよかったの……?」

 

「万一にも霊力を暴発させられても困ります。それに、無事に(・・・)と言いましたので」

 

「ああそう」

 

 無事に、の部分をわざわざ強調する辺り、まだこちら側というわけでもないようだ。

 まあ、そちらは行動で示していくとして……あごに手を当て思案していた狂三が、琴里以上に不安げな顔で声を発した。

 

「本当に無事に事が運んだ時は、どうするおつもりですの?」

 

「……約束は守りますよ。……反撃は、するかもしれませんけど」

 

『…………』

 

 やっぱりちょっと不安そうだった。何と言うか……実は、精霊になら大概は甘い対応をするのではないか? と思いながら、自己犠牲精神な少女を救うために、後手のプランを立てておく必要が出た琴里なのであった。

 

 

 







精霊視点だと少女が士道への好意を示す場面ほとんどなかったという。なお狂三と折紙へはかなりありました。まあ読者の皆様にはわかるように……なってないかもしれない(困惑)
一応、それっぽい好意とか信頼は描写してあるはずなんですよ。でも狂三への友愛が強すぎるのと士道とは狂三の好意を持つ同盟者みたいな感覚が強いかもしれません。
ちょっとしたお話になると、あくまで少女の立ち位置は裏ヒロイン。特異個体と共に原作にあった時崎狂三のトリックスター役を担う関係上、その分狂三と士道の恋物語の隔たりにはしたくなかったんですよね。その意図がなくとも、強い好意や原作のような熱いデートがあると、どうしても役割を喰ってしまいかねない。狂三と士道を強調するために、決着がつくまではメタ的な意味でも、もちろん物語として少女の秘密という意味でも、少女の恋心をそれまでは……という感じです。

え、この子は士道のどこに惚れたかって?答え合わせはありますけど、誰でも予想できるんじゃないかなぁと。とても、この子らしい理由だと思いますよ。

執筆が滞るとストックがあって良かったなぁとしみじみ思います。オラに元気(評価と感想)を分けてくれという心境です。こいついつも飢えてんな。

というわけで感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。俺、クライマックスを書き終えたらゆっくり休むんだ……そんなこんなで次回をお楽しみに!!
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