ちなみにタイトルは大真面目です!!
「改めまして、ようこそおいでくださいました士道さん。わたくしの〝城〟へ」
霊装のスカートの裾を摘み上げ、鮮やかなお辞儀をして見せた。さながら客人を歓迎する館の主、といったところか。しかしながら、〝城〟と言うには些か
「歓迎してくれるのは結構だけど、城って言うにはちょっと物騒だな。お転婆が過ぎるんじゃないか?」
「ふふっ――――それもそうですわね」
「え……?」
パチン、と狂三が指を鳴らす。次の瞬間、〝影〟が彼女の足元へ集うように収束して行き、辺りを覆う重苦しい空気があっさり消えて行く。彼女のその行動に呆気に取られ、眉を顰める。こんな大胆な事をしたのに、今の狂三はあまりに
「……俺の言うことを聞いてくれた、ってわけじゃないよな」
「きひ、きひひひひひ! 士道さんにしては察しがよろしいですわねぇ。えぇ、えぇ……物騒な〝客人〟を出迎えるのに、この城は相応しくありませんでしたので」
「――――――生憎、客人扱いされる謂れはねーです」
――――――まるで舞台の再演だった。
士道の目の前に白い装備を着た少女が舞い降りたかと思えば、狂三は舞い上がり後方に飛び退いて優雅な着地を決める。それは、昨日見た光景と
「真那!」
「はい。ご無事ですか、兄様」
士道を気遣う真那の言葉まで一緒。身に纏ったワイヤリングスーツも、両の手に展開された光の刃まで一緒。そして、中身の強さと強固さは違えど、士道の考えている事も一緒だった。今、真那に狂三を傷つけさせるわけにはいかない。しかし、急ぎ真那を止めようとする士道の意思を振り切るかのように、二人は言葉と刃の応酬を始めていた。
「今日は随分とお早い到着ですのね」
「そっちこそ、随分と派手な事をやってくれやがったようですね〈ナイトメア〉」
「く、ひひ……それで、大急ぎで駆けつけてくださいましたのね」
「胸くそ悪い言い方をしやがるんじゃねーです。今日も、また
「――――――あら、あら」
表情から、笑みが消えた。真那の前ではただ一度を除き、常に、不気味な笑みを絶やすこと無かった狂三の豹変に、真那は目を見開く。それだけじゃない、それは何十回と狂三を
「それは面白くありませんわ。だって、わたくしにも譲れないものがありますの。ああ、ああ……そういった姿を
「……はっ。だったらどうだって言うんですか 。殺され続けてきた貴様に、何か出来るとでも?」
「えぇ、えぇ。出来ましてよ、出来ましてよ。だって真那さんが殺して来たのは〝過去〟の『わたくし』
天高々に、狂三はその華奢な腕を掲げる。それは号令。彼女だけに許された号令。時を統べる王のみが持つ、究極の奇跡が具現化したもの。空間が震える。歓喜か、恐怖か。女王が歌う、奇跡の体現。その名は――――――
「おいでなさい――――――〈
女王の絶唱を聞き届け、影より出で立つは巨大な〝時計〟。
「……天、使っ!?」
声を上げた士道を見て、狂三は僅かに口角を上げ笑みを零す。その通り、精霊が持つ最強の武器。絶対の力を持った奇跡の具現化。
狂三の天使は身の丈の倍はあろう文字盤。刻まれた数字、針の代わりに存在しているのは二丁の銃。それぞれ装飾が施された、古式の歩兵銃と短銃。そこから短銃が外れ、狂三の手に収まると彼女は遊ぶように扱い慣れた銃を回転させながら、長銃をもう片方の手に収め曲芸を披露するかのように構える。
「〈
掲げた短銃へ、狂三の声に応えるように文字盤の『Ⅰ』から影が吸い込まれて行く。同時に、狂三の左目――――金色に輝くその時計の針が回っているのを士道は見た。怪訝な表情をする真那を見やり――――彼女は躊躇いなくその短銃を
「ま――――――」
士道の止める声より早く、彼女自身の指でその引き金は解き放たれた。重い銃声が虚空へ鳴り響き、狂三の頭部が揺れ――――――次の瞬間、彼女の姿は喪失した。
「ぐ……っ!?」
ほぼ同時に、真那の姿まで士道の目の前から消えた。
「な……にっ!?」
否、消えたのではない。突如として真那の
「きひひひひひひひひ!! この程度の動きについて来れませんのかしらァ!?」
「っ……!」
空中へ飛ばされた真那は強引に方向を変え、目の前に迫る狂三を迎え撃つように突撃し――――狂三は彼女視界から三度消失する。
「なめ――るなっ!!」
しかし見失った訳では無い。随意領域を全開に超人的な速度を感知、力任せに
「っ」
「ふふっ」
狂三が振り下ろした銃と真那の刃が鍔迫り合い、甲高い音を鳴らす。が、不安定な体勢で振るわれた刃では、力任せに叩きつけられた狂三の攻撃を受け止め切れず、その衝撃で真那は地面へと弾き飛ばされる。悔しげな表情で、しかしそのまま地面へ叩きつけられるような無様を晒すことはなく姿勢制御し真那は地に足をつける。狂三も、彼女に遅れるように着地する。ただしこちらは、憎たらしいほど優雅なものだったが。
「流石ですわ、真那さん。
「……貴様に褒められても嬉しくねーです。面白い能力だとは思いますが、
「あら、あら。二度あることは三度ある、ということわざもありましてよ。そう仰られるなら――――――試されてみては?」
「――――ふっ!!」
猛進。凄まじいスピードで狂三への距離を縮める真那。それを目前にして尚、狂三は微笑を崩さない。今度は文字盤から
「〈
「無駄だと……言っているでしょう!!」
自らを撃ち抜いて無防備な狂三の胴体へ、袈裟懸けに全力で振り抜く――――――入った。
如何に早くとも、この一撃は躱せない。真那の戦士としての勘が、経験が、間違いなくそう確信を抱いている。
「う――――そ」
だと言うのに、真那の発した声は幾度となく彼女を殺した時に吐いてきた乾いたものではなく、呆然としたものだった。まったく二人の戦闘について行けない士道も、その光景だけは確かに観測し目を見開いた。
光の刃は振り切られた。更に、狂三と真那の距離はゼロに等しい。なのに、なのに――――狂三に傷一つないのは何故だ? 真那の刃は確実に、狂三の霊装を切り裂く事が出来る。今までそうやって、この精霊を殺してきたのだから。精霊を守る絶対の衣さえ、真那の刃は断ち切って見せよう。その輝きは今、繰り返された一つの事柄として刻まれた筈だ――――――いや、違う。
僅か、ほんの数センチ、光の刃は狂三の胴体を捉えることなく空を凪いだ。それがこの結果だった。まるで狂三は、そこへ刃が通ると
「――――【
放つ。無防備な真那に向けて、長銃を構えた狂三が引き金を引く。銃口から放たれた弾は、瞬時に真那の胴体へと突き刺さる。だが、随意領域を持つ真那にただの銃弾一つが通るわけがない。
「真那……っ!」
故に、士道がその異常に気づくのに時間を要する事はない。兄の呼びかけに彼女が応えることはない、出来ない。なぜなら真那は
一発、二発、三発、四発――――淡々と、狂三は真那の身体へ銃弾を撃ち込んで行く。ふわり、スカートが舞う。トン、トン、と踊るように回り――――――
「っ、やめろ狂三っ!!」
「ほぉら、言った通り――――――」
勢いそのまま、真那を
「が――は……っ!?」
「――――真那さんの刃は、わたくしに届かない」
狂三の小柄な身体から放たれたとは思えぬ威力の蹴りは、真那を容赦なく地面へ転がし、彼女は銃弾を受けた箇所から絶え間なく血を流して、士道の近くまで来てようやく止まった。急いで真那の元へ駆け寄る。素人目で見ても、このたった数十秒の戦闘で彼女はもう戦える状態ではない…………けど、真那は膝を突いてでも立ち上がろうと身を起こす。
「兄、様……危険です。逃げてください……」
「バカ、そんな怪我で言うことかよ!! 狂三は俺が――――」
「シドー!」
「――士道」
ハッ、と扉を開く音と声がした方向へ振り向く。そこには士道を心配して駆けつけた二人の少女の姿。不完全な霊装と、ワイヤリングスーツをそれぞれ纏う十香と折紙だ。
「十香、それに折紙まで……!?」
「あら、あら。折紙さん……十香さんまで来てしまわれたのですね」
その声と、靴音を鳴らし士道の元へ歩み寄る狂三に気づき、十香と折紙がまったく同時に士道の前へ躍り出て両者ともに武器を構える。けれど両者の表情は対照的だった。折紙は厳しく睨みつける鋭い表情だが……十香は、困惑が抜け切らない迷いが見える表情だ。
「時崎狂三……!」
「……狂三。シドーの話を聞け。今ならまだ――――」
「――――――いいえ、いいえ。もう遅いのですわ、十香さん」
その微笑みは、酷く儚いものだった。吹けば消える、そんな風に思えたその表情は、一瞬で凄絶な顔へ塗り替えられる。
「この血塗られた手は、十香さんとは違いますわ。もう戻れぬのです。そうでしょう――――――
笑い声が響き出す。一同がその声を聞き、訝しげな表情で辺りを警戒するが、それはどこからともなく……狂三の足元から聞こえてくるものだった。加えて、彼女の奇妙な物言いに眉をひそめ――――――
『な……っ!?』
四人の声が被る。誰一人例外なく、その声は驚愕に満ちたものだった。広がり続ける狂三の〝影〟。そこから顔を出す白い腕、腕、腕……以前は折紙を、そして士道を掴み取ったその腕の正体。それは――――――
「えぇ、えぇ、その通り」
「それでこそ『わたくし』」
「さあ、さあ、遊びは終わりでしてよ」
『蹂躙の時間ですわ』
無数の
「こ、れ……はっ!」
「わたくしの過去。わたくしの履歴。本来は取り戻せない様々な時間軸のわたくし」
屋上を埋め尽くす『狂三』の中で、一人ダンスを踊る狂三が語る。
「理解できまして? 真那さんがわたくしを殺し切れない理由が――――――〝今〟のわたくしへ、その刃を届かせる事が出来ない理由が」
「っ……」
トン。ダンスの終わりを告げる靴音が、真那の息を詰まらせた声すら呑み込む。
「さあ――――〝客人〟には、ご退場願いますわ」
それは、正しく
「さあ、さあ、これで約束の
「っ!」
トン、トン、トン。舞台の決められた位置へ戻るように、狂三はステップを踏み士道を迎え入れた場所に戻っていく。息を呑む、拳を握る。そう、その無邪気ささえ感じさせる彼女こそ、精霊・時崎狂三。
「ねぇ、士道さん。これでもまだ、あなたは言えるのですか? このわたくしを〝救う〟と。この、救いようのない〝最悪〟のわたくしを、この外道を、憎むべき悪を――――――あなたはどう〝救う〟と言うのでしょう?」
舞台役者のように大仰な手振りで、冷徹な微笑みで狂三は問いかける。差し出された手は、答えを待っている。恐らくは、士道の
「――――ああ、何度でも言う。何十回でも何百回でも言ってやる。俺は、お前を絶対に〝救う〟!!」
徹底的に、その何も変わらぬ誓いを彼女へ叩きつけた。
超然とした狂三の表情が歪む。不愉快だ、そう言いたげな顔だ。
「っ、不愉快ですわ、不愉快ですわ! まだ分かりませんの? わたくしに士道さんの言う〝救い〟など必要ないのですわ!」
「狂三……!」
「恐ろしいのでしょう、人を〝喰らう〟わたくしが。怖いのでしょう、あなたの命を狙うわたくしが。憎いのでしょう、関係ない人々を巻き込んだわたくしが!」
そうだと言え。この悪夢を目にし、この時崎狂三という精霊に恐怖したと。憎いのだと。たったその一言を口から出すだけで、全ては終わるのだと。
「――――――怖くねぇよ」
踏み出す。この精霊を相手に、士道はなんの躊躇いもなく距離を詰めた。本当に、
「俺はお前を怖いなんて思った事はねぇ。ずっと、ずっと、狂三が
「……正気とは思えませんわね。嗚呼、嗚呼、ならおバカな士道さんに教えて差し上げますわ。わたくしがしてきた事はこんな物ではありませんのよ。わたくしは過去、何千、何万という人を〝喰らって〟生きて来ましたの。それが――――――」
「ああ、知ってる」
言葉を遮られた狂三が、怪訝な表情になる。今、この方は
「なに、を……」
「知ってるって言ったんだ。お前がしてきた事を…………それは許される事じゃない。どんな事情があっても、きっと一生かけて償わなきゃならねぇ事だ」
「えぇ、えぇ。ですがわたくしにその気はありませんし、そんなこと不可能ですわ。失われた命は――――」
「でも、お前の言葉には〝嘘〟がある」
更に一歩、踏み込む。彼女の〝偽り〟を士道が暴く。
「だってお前は――――――人を
「……!」
僅かに、狂三は手に持った銃を揺らす。普段ならなんて事はない雑音も、今この場には、この世界には二人しかいないと思える静寂がある。だから、狂三の
「お前は、どんなに人を襲ってもその
「――――――」
「無意識で出来る事じゃない。お前は
それが令音からもたらされた〝真実〟。彼女の語った〝偽り〟を暴き、彼女を救うための〝真実〟。昨日、士道の目の前で男たちを〝喰らった〟と彼女は言っていた。が、彼らは昏睡状態ではあれど
狂三の言う、過去に〝喰らって〟来た命も同じだ。一部の例外もなく、彼女がもたらしたという被害の中に
「きひひ、ひひひひひひ……きひひひひひひひひひひッ!」
「っ!?」
笑い声が響く。嘘を暴かれた自暴自棄、なんて生易しいものでは無い。狂気の笑みを浮かべ、狂三は
「ひ、ひひ、きひひ…………本気で、本気でそう考えているのでしたら、おかしいですわ、おかしいですわァ。おかしくて涙が出てしまいそう」
手で顔を覆い、悲しげに、悲劇的に、言葉を紡ぐ。しかし、狂三の紅と金の両の眼は、士道を突き刺すような鋭さで射抜いていた。
トン、と何度目かの靴音を鳴らし〝影〟を生み出す。
「わたくしの〝城〟の力は拝見なされましたわね。ですが士道さん、この〝城〟の力はあんなものではありませんのよ? わたくしの〈時喰みの城〉は――――――人の〝時間〟を吸い上げる事が出来るのです」
「時間……?」
時間。それは不可侵の領域。人が人の身である限り、絶対に犯す事が出来ない不変の摂理。世界でただ一人――――――この時崎狂三を除いて。
「えぇ、えぇ、その通り。〈時喰みの城〉が吸い上げる〝時間〟は命――――
狂三の言葉に目を見開く。ニィ、と士道の反応を見て彼女は狂気的な笑みを深めた。そう、彼女の言っている事が正しいなら、それはある意味で殺す事より
「理解出来た、というお顔ですわね。士道さん、わたくしはそうやって自分の都合で、人の命を歪めているのです。ある筈だった人生を、幸せを、その〝時間〟をわたくしは理不尽に奪い去る。ねぇ、これは――――殺されるより、残酷なことではなくて?」
「…………」
人を殺さなかった? それはただの
故に詭弁。この〝真実〟は狂三の〝罪〟を洗い流せない。〝なかったこと〟にする為に、あったであろう人々の〝時間〟を踏み躙ってきた狂三が許される事など、ない。
「……それと、士道さんは一つ間違っていますわ。わたくしは確かに、時間を奪いこそすれ命までは取らなかった。えぇ、えぇ、ですがそれは全てではない――――――わたくしは
「な……っ!」
「分かりやすく言い方を変えましょう。わたくしは、わたくしという精霊が
それは時崎狂三の根幹にある信念であり、始まりであり、悲劇であり、大罪である。それが己の存在意義だと、それが世界を救うと、それが皆のためになると――――――そうして罪過を背負ったのが、全ての始まり。取り戻すために奪う。矛盾を抱えた時の女王。だから、時崎狂三はここにいる。
「――――――わたくしは、士道さんを
最後通牒だと言わんばかりに、銃口が突きつけられた。
息を呑む。狂三の表情に滲むのは、決意。狂三の隻眼に灯ったのは、憤怒。
呑み込まれる。時崎狂三という少女に、狂気に、士道は取り込まれかけた。足が竦む。気を抜けば、足を引いてしまいそうになる。そうなったら最後――――――もう、五河士道に時崎狂三は救えない。
だから彼は――――――
「違う! それも〝嘘〟だ!」
もう一歩、彼女の決意へ、〝偽り〟へ踏み入った。
「……聞き分けが悪いですわね。何が嘘だと言いますの? わたくしは士道さんを〝いただく〟ためにここへ来ました。それが〝偽り〟だと今さら妄想を口になされますの?」
「いいや、それは嘘じゃない。お前は、冗談でこんな事しないだろうからな。俺が言いたいのは、お前が
狂三が眉を顰める。ここまでの会話で、士道は確信を得ていた。彼女はまだ
「お前、言ったよな。俺と会ったこと、四糸乃や十香と会ったことも全て〝偽り〟だって。俺たちを、利用しただけだって。俺自身のことなんて、どうでもいいって」
「…………はい、言いましたわ。それがわたくしの本当の姿ですもの」
「だったら、なんで狂三はこんな
また、銃口が揺れた。ほんの僅かでも、それは狂三の動揺だ。士道は決意のこもったその瞳を、憤怒を宿した彼女の瞳とぶつけ合う。
「お前がその気になれば、俺の霊力を奪うことなんて簡単だろ。いつだっていい、どんなやり方だっていい、狂三なら一瞬で出来ることだ。なんでお前はそうしない?」
「簡単な話ですわ。あなた方の苦しむ顔が、苦悶の表情が見てみたかっただけですわ。この両の眼に収めておきたかっただけ――――」
「――――――違うな。お前はそんな
はっきりと、その言葉を告げた瞬間、狂三の瞳が一瞬逸らされた。見逃さない、彼女の嘘を全て暴くのだから。
狂三は
「なあ、狂三。たとえ最初の目的が俺の霊力だったとしても、お前は
「違う……」
「四糸乃と話した事が、十香と遊んだ事が、学校へ通う事が」
「違います……!」
「これは自惚れかもしれねぇけど、俺と一緒にデートした事が――――――」
「っっっ、違いますわ!!」
「――――――楽しかったって、思ってくれたんだよな」
――――――仮面が、剥がれ落ちる。
士道の声が、言葉が、微笑みが、狂三の仮面を引き剥がす。
「違う、違う、違う違う違う!! こんなのわたくしじゃありませんわ!! わたくしは止まれないのですわ!! わたくしは戻れないのですわ!! わたくしは……!」
「狂三……」
「許されないのですわ! 許されてはいけないのですわ! わたくしが〝悲願〟を果たすその時まで!! いいえ、いいえ、たとえそれを成し遂げても、わたくしは地獄に堕ちても生温い罪を背負っているのです!! そんなわたくしがこのような想いを抱くなど――――――許されるわけが、ないのですわ」
捨て去った筈だった。置き去りにした筈だった。平穏も、憧れも、全ては決意したあの瞬間から〝なかったこと〟にした筈なのに。思い出してしまった、新たに芽生えてしまった。全部、全部、この方のせいだ。こんな優しさを、光を、知らなければ自分は〝最悪の精霊〟でいられたのに――――憧れて、しまう。
影が差す。自らが作り出したものでは無い。顔を上げれば、いつの間には士道が目の前にいた。伸ばせば、手が届いてしまう場所にいた。
微笑んでいた。それは優しい微笑みで、何かを
「――――――好きだ、狂三」
――――――時が、止まった。
見つめ合う。士道は笑っていた。少し気恥しそうに、微笑んでいた。狂三の紅と金の瞳が、そんな士道を映し出していた。理解が及ばなかった。時崎狂三ともあろうものが、その聡明な頭脳を余すことなく使ってもこの方の言葉を理解できなかった。だと言うのに、狂三の心はそれを受け止めようと
――――――これは、愛の告白であると。
「……、…………! ――――!?」
頭と心が乖離した結果、暴発した。真っ赤なトマトのように真紅に顔を染め上げ、全身を駆け巡る激情を抑えようとした狂三の頭脳がショートを起こす。抑えられない、抑えられるはずも無い。この方は、この方は何を言っている? こんな状況で一体何を言っているのだ――――!?
「狂三が好きだ。狂三が俺の名前を呼んでくれる時が好きだ。笑った顔が好きだ。猫が好きな事を隠す可愛いところが好きだ。他にも言いきれないくらい――――――全部、好きだ」
「な、な、な、な……!」
「デートだって、あんな短いのじゃ満足出来ない。俺は死ぬまで何度も、何度だって狂三とデートしたい」
「な――――何をおっしゃっていますの――!?」
恥も外聞もなく叫ぶ。時崎狂三という優雅で相手を虜にし、常に余裕の立ち振る舞いを行う姿をかなぐり捨て……いや、捨てさせられている。
目がぐるぐると泳ぐ。身体が、頭が熱い。考えが纏まらない。この方の力強い視線に
「何って……狂三が好きだってことだけど……」
「ば、ば、バカですの!? 頭でも打ちまして!?」
「打ってねぇよ。まあ正常かどうかは保証できねぇけどな、狂三のせいで。あー、そうだな。頭がおかしくなるくらい、俺は狂三の事が好きなんだ」
「っ――――――!!」
責任転嫁までし始めた。なんなのだ、本当になんなのだ。一体この方は何がしたいのだ。分からない、分からない、分からない。くだらない、くだらない、くだらない――――――なのに、この胸に湧き上がる高鳴りと、
「俺はお前を救いたい。でもそれは、朝言ったような綺麗事が一番の理由じゃない。狂三が好きだから――――――俺はお前を救う」
「っ……ぁ、ぁ……」
なんて身勝手な理由。なんてエゴにまみれた理由。けどそれが五河士道を動かす理由。少年が、少女を救いたいと思う理由に――――――それ以上の物は必要ないだろう?
「お前はさっき言ったよな。止まれない、戻れない……許されるわけがない、って」
言ったとも。時崎狂三は許されない。重すぎる大罪を、拭い切れぬ罪過を、彼女は背負って受け入れた。何があろうと、何が起ころうと時崎狂三は全てを〝なかったこと〟にすると。そのためには、この方の言う救いなど不要なのだ。それ、なのに。
「んな事ねぇよ。確かにお前は、一生かけて償わなきゃならねぇ罪を犯した。けどさ、それを分かっているなら
「な、に……ぃ……」
「狂三の罪を、一緒に背負わせて欲しい。好きな女の子一人の罪くらい――――――俺が人生かけて背負ってやる」
ありえない。必然性がない。この方に何もメリットがない。だってこの方は、こんな事をする必要はないのに。こんな訳の分からない女に関わることなく、この方は幸せな人生を送れるはずなのだ。輝かしい未来が、この方を待っているはずなのだ。そう、自分が歩みを止めず全てを〝なかったこと〟にしてしまえば、こんな理不尽な選択をさせずに済む。
「ぅ、ぁ、ぁぁ……ぁぁぁ――――」
だから言え。言うんだ。最初と同じだ。この方を拒絶しろ、それだけで終わる。たったそれだけの事だ。希望を信じ、耐え忍んでいた苦痛に比べれば一瞬で終わる。だから、だから、だから――――――
「あ……あああああああああ――――ッ!!」
――――だから、この想いは抑えきれない。言葉にならない叫喚は、隠しきれない歓喜だった。
……何が間違いだったのだろう。この方と出会ったあの瞬間? この方と約束を交わしたあの瞬間? この方との
きっと、
「…………ぁ、ああ、嗚呼。どこまで、どこまであなたは……」
「……言ったろ。頭がおかしくなるくらい、俺はお前の事が好きなんだよ」
手が差し出される。その手のひらは、優しすぎるこの方の手は、触れたものを甘く、優しく包み込んでくれる。
「――――――――――」
何も言わなくても分かる。この手を取れば狂三は
幸せな生活を。温かな想いを。
嫉妬。それがあの感情の正体だった。人の身で、やろうと思えばなんの憂いもなくこの方と学生生活を送ることが出来る折紙を、狂三は一瞬――――羨ましい、と嫉妬してしまった。無様で、醜くて、哀れな嫉妬だ。単なる八つ当たりな感情の発露が、あの結果だった。
そして、その夢が、今目の前にある。この方の手を取れば全てが終わる。時崎狂三が積み上げてきたもの、彼女を彼女たらしめているものが全て消える。残るのは、平穏と、憧れを抱いていた
この両の手に握られた銃を捨て去れば、時崎狂三は救われる。僅かに、少女に戻らんとする手が力を緩める――――――もう、いいのではないか?
それは一人の少女の想い。少女の残滓。少女の軌跡。必死に走り抜けて来た少女の、仮面が剥がれ落ちた心の叫び。もういいよ、終わりのない旅を終わらせよう? そう囁く。
そうして、少女はその華奢な手を――――――
――――――オマエダケガスクワレル。
「……だ、め」
強く、握りしめた。
一歩、一歩と後ずさる。表情を曇らせたあの方が、自分の名を呼ぶ。やめて、こんな女の名前を呼ぶために、その声はあるのではない。
「だめ……だめですわ。出来ません、出来ませんわ士道さん! わたくしがあなたの手を取ることは出来ないのですわ!」
「っ、なんでだ! そうすればお前は――――」
「えぇ、えぇ!
頭が、胸が軋む。正反対の想いと決意が、限界を超えて彼女の心を粉々に打ち砕こうとする。もはや彼女を動かしているのは、その取り憑かれた執念だった。
出来ない。その優しい手を取ることは時崎狂三という精霊には出来ない。踏み躙ってきた命に報いる為にも、
「っ――――んな泣きそうな顔でそんなこと言って、俺がほっとけると思ってんのかよっ!!」
「それでも! わたくしに――――立ち止まることは、許されないのですわ!!」
自分一人が救われる? そんな結末を受け入れる事は出来ない。自分に――――
奮い立たせる。今にも砕けそうな身体に鞭を打ち、狂三は高々に腕を掲げる。
「っ、空間震警報っ!? ――――狂三、お前まさか!!」
「……甘さを、捨て去りますわ」
「……ッ!!」
悲しい、悲哀に満ちた顔だった。そんな顔をさせたくて、士道はここに立っているのでは無いのに。それは士道が
「わたくしの甘さが、わたくし自身の足を縛り付けているのなら、もう、そんなわたくしは
殺す必要がなかった……そんなもの、ただの言い訳だ。〝悲願〟のために、形振り構うべきではなかった。出来るだけ、目立つことは避けたかった。あの子がいたから、殺すまで時間を奪う必要がなかった――――甘い、甘すぎたのだ、この時崎狂三は。
もっと強い自分になるために、弱い自分を捨て去る。そうすれば――――――こんな辛い想いを〝なかったこと〟に出来るから。
「これでわたくしは弱い自分を
「ふざけんなッ!!!!」
駆け出した。自分の持てる全力で、
「そんなもん、ただの出来の悪い
そうだ。この方の言う通り、こんなものただの
それを行おうとしているバカな女を、この方はまだ救おうとしている。
「本当に――――――お優しい人」
――――――あなたで、良かった。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
空間が震える。屋上の端にいる狂三は、あまりにも遠かった。まるで、追い詰められた逃亡犯のような姿の自分に、思わず内心笑ってしまう。
空から凄まじい音が響く。地震のように空気が震える。間に合わない。そして、その悲劇は次の瞬間――――――
「――――――とんだ駄々っ子がいたものね」
舞い降りた
「……あなた、は……」
「――――
士道はその光景に目を疑った。赤い、赤い空があった。否、それは天をも焼き焦がす〝炎〟だった。
その炎の中に、天女が如き少女がいた。女神の如き美しさだった。その少女は――――五河士道の
「少しの間、
灼熱の炎が空気を焦がす。その手に集った炎が、少女の号令を待ち焦がれている。女神の絶唱が、全てを焼き尽くす――――!
「焦がせ――――〈
歓喜の祝福のように炎が舞い上がり、巨大な戦斧が型を成す。それを軽々と振り回し、狂三へ突きつけた少女は……五河琴里は声を発した。
「私のおにーちゃんの
「ッ……!」
「さあ――――――私たちの
(ある意味で)ラスボス系妹、降臨。
少年が少女の為に命張る理由なんてこれ一つで十分だろ。ってのは私の執筆においての根幹ですね。ある意味、この狂三リビルドって作品を象徴するテーマでもある(と思う) この回は初期の初期プロットから存在していた回なので、ここまで書けたというのは感慨深いです。技量とか表現の乏しさによる出来はともかく(小声)
ちなみに、狂三が士道の告白と救いを受け入れたらどうなってたかと言うと、普通にハッピーエンドです。色んな謎は明かされないけど、ちゃんとハッピーエンドで狂三リビルド~完~……ってなります。頭の中ではその後日談も出来てたりするのですが、まあ特に披露する機会はなさそう。
仮にオリキャラいなかったら、色々捻りながらこのオチだった……のかも?狂三攻略難易度がこれより跳ね上がる気がするけど。
結構ノリノリで厨二心全開にして書いたのが今回の狂三の刻々帝召喚からの戦闘シーン。溜めに溜めた分もうなんか痛い。凄い厨二。ヤバい。でもノリノリ。
週一更新とか言いながら週四更新ぶちかました訳ですが、次は流石に来週になると思われます。またお空で古○場とか言うのが始まりますし、この速度はこの辺の回は頭の中で何度も形にしてた回だったの言うのが大きいですね…。
とはいえ、前回の後書きで察した方もいらっしゃるかもしれませんが、私は一つストックを作ってから投稿するタイプなので実は次話は既に完成してたりします。なので最低週一更新は守るつもりですのでご心配なく。
次でいよいよ長かったこの狂三フェイカー編も完結です。嘘を暴かれ、使命と自身の想いが交錯しメンタルボロボロの狂三は果たしてどうなってしまうのか。士道くんは彼女を救う事が出来るのか。そしてラスボス系妹は手加減してくれるのか。
次回『VS〈灼爛殲鬼〉』お楽しみに。感想、評価などなどお待ちしておりますー