デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十話『二人のデート』

「きひ」

 

「きひひひ」

 

「きひひひひひひッ!!」

 

 叫びは狂気。振るうは銃器。閃光、硝煙、悲鳴、騒乱。

 人形とそれぞれの陣営の魔術師。数々の空中艦。同じ貌を持つ精霊。それは、正しく戦争。人類至上、類を見ない規模。顕現装置(リアライザ)という兵器と、奇しくもそれの大元となった精霊という種を交えた全面戦争。

 しかしこれが、本当の決戦の裏で行われる座興だと、誰が信じられるだろう。故に、『狂三』たちは笑わずにはいられない。

 

「――――ッ!!」

 

 ただ、その座興の中で一人、規格外の働きを見せる少女がいた。人形を斬り伏せ、魔術師を歯牙にもかけないほどの実力者。そうでなくては困るし、当然の光景だと言えた。何せ彼女は、最も多くの狂三を殺した女(・・・・・・・・・・・・)なのだから。

 

「調子がよろしいようで何よりですわ、真那さん」

 

 なので、ひょっこりと逆さまに顔を出して、驚かせてやることにした。まあ、随意領域(テリトリー)を扱う彼女からすれば、驚くに値しない行動だろうが、絶妙にイラッとした顔が狂三の目に移った。

 

「……次にやったら、その首が胴体から離れても文句は言わせねーですよ」

 

「あら、あら。ちょっとした冗談ではありませんの。まあ、まあ。真那さんは、この状況で戦力を減らす愚策を行う方でしたのねぇ」

 

 嫌ですわぁ、と続けると、本気で斬りかかって来かねない真那の真顔がそこにはあった。それでも、手を止めずに敵の戦力を減らし続けるのはさすがと言えるものだろう。

 

「そう思うなら、もっと手を動かしやがってください!!」

 

「これは失礼いたしましたわ。ですがこれでも、『わたくしたち』は全力ですのよ。ただ、退屈なだけですわ(・・・・・・・・)

 

 語る表情は、狂気と引き換えたつまらないもの。ああ、そうとも、そうだとも。つまらない。本当に、つまらないのだ。

 単なる座興。それも、観客のいない、知られることのない決戦。無意味で、無価値。そこに何の意味があるのか、どんな意味があるというのか。

 向かってくるのは、真那や『狂三』たちに及びもしない人形や魔術師ばかり。これを退屈と言わずになんと言う。

 狂三が一体、二体、三体と無感情に敵を撃ち抜き、真那は一体、二体、飛んで六体を斬り伏せ、背を合わせて声を交わした。

 

「そのつまらない戦場に、私を呼びつけたのは誰でいやがりますか!!」

 

「少なくとも、わたくしではない『わたくし』ですわねぇ」

 

「結局あなたじゃねーですか!!」

 

「嫌ですわ、理不尽ですわ。了承してくださったのは真那さんではありませんの。責任転嫁はよくありませんわよ? 顕現装置(リアライザ)を扱う脳は飾りでして?」

 

「はっ。よーくわかりやがりました。そのよく回る舌、素っ首ごと落として――――――」

 

 売り言葉に買い言葉の会話は、戦場を薙ぎ払う金色の光によって遮られた。

 

「……えぇ」

 

「あら、あら……」

 

 それだけで、周囲に展開していた人形の大半が消し飛ばされている。一瞬、僅か一瞬の規格外に引き攣った表情の真那と、呆れ気味に顔に手を当てる狂三が揃って声を漏らした。

 次の瞬間、亜音速を疑うほどの物質が狂三たちの探知範囲に飛び込んでくる。

 

「――――よう、余裕そうだな、お嬢さん方」

 

 凄まじい衝撃を伴いながら、軽薄な声音が鼓膜を震わせた。余裕そうなのは、一体どちらなのかと、こちらに現れながら周囲の敵を一瞬にして斬り伏せ、鉄クズに変えてしまった恐ろしい男の名を呼んだ。

 

 

「それはこちらの台詞ですわ――――エリオット・ボールドウィン・ウッドマン」

 

 

 その男は……その若い男は(・・・・)、狂三が零した名を受け入れるようにニヤッと笑ってみせた。

 明るい金髪と、光り輝く金色のCR-ユニット。全身から立ち上る魔力と、周囲に巡らされた常識を超えた密度の随意領域(テリトリー)。勇ましく、力に溢れたその男が――――あの〈ラタトスク〉の最高権力者、エリオット・ボールドウィン・ウッドマンだとは、言われなければ誰も気が付けないであろう。

 

「いやいや、そうでもないさ。これでもギリギリでやっていてね。若いお嬢さんたちについていくのがやっとだ」

 

「ご謙遜を。力を抑えることに苦労する(・・・・・・・・・・・・)、というだけの話でしょうに」

 

 絶対者というのは、得てしてそうなってしまうものか。

 狂三は戦場をつまらないと称した。この最大規模の戦争を、だ。理由は幾つかあったが、その最たるものは、間違いなくこの男。

 一目見て理解する。この男は、全力の精霊にさえ比肩し得る。分身の狂三たちでは話にすらならない。魔術師としての高い実力を備えた真那ですら、決して及ぶことのない領域。そんな過剰戦力(・・・・)が飛び交っているこの戦場に、心を躍らせる物事などあるはずがないだろう。

 

「…………」

 

 それ故の、疑問(・・)。敵を撃ち抜く感動もなく、無感情に処理を施しながら、狂三は思考する。

 これほどの戦力、これほどの力。ウッドマンの参戦は、この短期間のものとはいえ〈ラタトスク〉のパワーバランスがDEMを上回ってしまうほどのもの――――――しかし、この戦争はそもそも〈ラタトスク〉を狙ったものではない。あの女(・・・)を狙った行動。だからこそ、幾つもの不可解な点がある。

 

「――――解せねぇ。そんな顔をしてるな、お嬢さん」

 

「!!」

 

 背中を合わせた彼からの声に、狂三は純粋な驚きを目に乗せる。人に思案を悟られるほど、狂三は生半可な生き方をしてきたつもりはなかったが……どうやら、年季という意味ではウッドマンが上手らしい。

 敵を一切寄せ付けない驚異的な随意領域(テリトリー)を維持しながら、数ある分身の狂三から的確に表情を読み取る。年の功――――あのアイザック・ウェストコットの元同志というだけはあった。

 

「ええ。始源の精霊を狙っての行動。組織を丸ごと私物化。それ自体は大したものですが……こんなもの(・・・・・)ですの?」

 

 そうだ。この程度(・・・・)、という決定的な疑念。あの男が、こんなお粗末な戦力で始源の精霊を相手取ろうと考えたのか。

 数とは、確かな脅威。それは狂三たちが証明しているし、この圧倒的な軍勢によっても証明は成される。しかし、故に〝数〟を力とする者は誰より知るのだ――――如何に脅威の〝数〟があろうと、究極的な絶対の〝一〟には敵わない。

 この絶対の〝一〟とは、狂三の疑問に訝しげな顔を返すウッドマンを当然含む。そして恐らく、魔術師として唯一、彼に対抗せしめる女、世界最強の魔術師、エレン・メイザース。加えて、あのアルテミシアが健在ならば、ウッドマンと真那がそれぞれ対抗せねばならず、戦局は再び五分以下に落ちることだろう。

 

「エレンのやつなら、脇目も振らず俺のところへ突っ込んでくると予想していたんだが、振られたかね?」

 

「…………」

 

 二枚目な顔立ちと言動。エレンの妹が彼に入れ込んでいる。そして、ウッドマン自身が認める因縁。何やら、人の関係という面倒事の片鱗を見てしまった気がした。

 とはいえ、時崎狂三(オリジナル)でない狂三には予測という反則手で真実を読み取る叶わないし、下世話な真相を知ろうとも思わない。構わず、狂三は銃の引き金を引き続けながら彼の随意領域(テリトリー)へ向けて声を返した。

 

「まるで、本当の意味での座興(・・)ですわ。一時の暇潰し。本心では、何の感情も抱かぬ無意味な余興……そのような意図(悪意)を、わたくしは感じますわ」

 

 戦場に蔓延り、渦巻く悪意……その禍々しい、隠しきれない悦楽(・・)が。

 人の絶望――――それらを餌とする、異なる意味の死神の意志を、狂三はこの意味のない戦場から感じていた。

 

意図(悪意)、ね。――――変わらないな、あいつは。三十年の月日は、人を変える時間には至らないってことなのかね」

 

 狂三の読み取ったものを反復し、ウッドマンはそう厳しい表情で……けれど、どこか悲しげに呟いた。

 三十年。人の生にとっては、長く。悠久の時を持つ者にとっては、永く――――だが、考えを変えるには至らぬほど、短い時間なのかもしれない。

 この期に及んで、エレンという最強の切り札を使わない。始源の精霊の力を利用、ないし取り込むためには相応の力が必要だとわかっていながら、あの男は不気味なほど沈黙を保っている。

 

 何かを、企んでいる。しかし、終わりが近づく精霊たちの因縁に、かの魔術師は未だ傍観者(・・・)。ここからの逆転劇ともなれば、さぞ計算高いか、もしくは――――――

 

 

「時に、ウッドマン卿」

 

「なんだい、お嬢さん」

 

「あなたの知るウェストコットという男は――――自身の命運を、それを知らぬ誰かに委ねる。そんな身勝手を出来る人間でしたかしら」

 

 

 その可能性を浮かべ、狂三はウッドマンに問うた。

 一も二もなく、答えは返される。かつての同志であり、ウェストコット――――アイクの友である、エリオットという男から。

 

 

「そうだなぁ。大体は自分でやっちまえてたから、そういうのをするタイプじゃなかったが――――自分のそっくりさん(・・・・・・・・・)でもいるなら、無意識でもやっちまうかもしれねぇな」

 

 

 漠然と――――しかし、迷いの感じられない答えに、狂三はそうなのだろう(・・・・・・・)という納得を得た。

 ウェストコットが何を企んでいるのか。それは、当人にしかわからない。全知の天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉であろうと、人の思考までは読み取れないのだから。

 賽は投げられた。〈ラタトスク〉、DEM、士道、精霊――――今は、運命の中心であった崇宮澪でさえも、その言葉には抗えない。

 狂三が幾ら思考を巡らせようと、ウッドマンが受け答えをしようと、訪れる結果は変わらない。なぜならこの場は、座興でもあり観客席でもあるのだから。

 

 故に、時は前へと進む。

 

 

「ああ、ああ。無常ですわ。残酷ですわ」

 

 

 故に、傍観者は大仰に踊った。

 

 

「それと、真那さん。あなたの知人御一行様が、『わたくし』と交戦中ですわ。確かASTの方々ですので、気が向いたら説得へ向かってくださいまし」

 

「それを早く言えってんですよ!! この性悪女!!」

 

 

 流転し、歪んだ運命は、知られざる決戦の裏側で――――――静かに、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 雲海の上。鎮座する空の城〈フラクシナス・エクス・ケルシオル〉。読んで字のごとく空に座する勇猛な城が――――がくんと、崩れた。

 

「な、なんですかぁー!?」

 

「まさか落ちるの!?」

 

 外装の上に着地した精霊たちにも、少なからずその影響は動揺となって及ぶ。だが、多少のズレ(・・)程度のことでこの艦は沈まない。それを知っている琴里は、精霊たちを落ち着かせる声を大きめに発した。

 

「みんな落ち着いて。艦が少し揺れただけよ。――――艦橋、聞こえる? そっちの状況を知らせてちょうだい。それと観測装置を――――――」

 

「はいはーい、ちょっと待ってね妹ちゃーん」

 

 と、琴里が言い切る前に声が返ってくる。が、その発信源に琴里は眉根を寄せた。琴里は今、耳の裏に装着した骨伝導の通信機を用いたはずなのだが、返ってきた声は通信機ではなく生の声(・・・)で耳に届いた気がしたのである。

 その物理的現象を起こした理由は、琴里たちの視界に入る形で知れ渡る――――光り輝く限定霊装(・・・・)を身に纏った二亜が、外装の上段から浮遊してきたのだ。

 

「どもー、呼ばれて飛び出る二亜ちゃんデース」

 

「二亜!? あなた、その霊装……」

 

 二亜は気安い調子でヒラヒラと手を振りながら、他の精霊たちと同じく霊力を伴って降りてくる。驚いた様子の琴里に、「あ、そっか」と自身の身体を舐めるように見回した。

 

「へへん、どーよこの霊装。二亜ちゃん完全体……でもないのか、封印されちゃってるんだし。まあとにかくよ!! ようやく二亜ちゃんの真骨頂を見せたげられ――――――」

 

「そんなことより、〈囁告篇帙(ラジエル)〉であの(・・)中の様子を」

 

「そんなことより!?」

 

 折紙の直球な要請に、ガガーン(と口で言いながら)わざとらしくショックを受ける二亜。……まあ、折紙の気持ちもわからなくもないが、と琴里は息を吐きながらそれ(・・)を見た。

 視線の先に佇むは――――天使が変容した、大きな球形状の物体。直径にして十メートル程だろうか。光の加減で色を変える宝石のような外装に覆われた、滑らかな球体。

 見たこともない、とは言い切れない。かつて少女が見せた〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉・【翼片(ヘネツ)】によって生み出されたあの球体、言うなれば『繭』と酷似していた。もっとも、それがイコール害がないものに繋がるかは、琴里が断言できるものではなかったが。

 

「さて、と。実際、これを調べるためにあたしが出てきたんだよねぇ。ああ、そうそう。〈黒の女王(クイーン)〉にいたくるみんの分身、本体と意識の共有が途絶えたって。それと……ちょっと困ったことに、さっきの無茶の反動で艦のあちこちに不具合が見られるのと、随意領域(テリトリー)の強度が弱まってる。マリアが元の調子に戻るのにも、少し時間が必要だってさ」

 

「そう……あれだけの無茶をしたんだから、その程度で済んでよかったってところかしら――――よく、頑張ってくれたわ」

 

 柔らかに唇を曲げ、痛ましい内情の愛艦へひとまずの苦労を労う。

 〈フラクシナス〉の外装を包むように展開した随意領域(テリトリー)。狂三が分身と意識を共有し(・・・・・・・・・)、〈黒の女王(クイーン)〉の未来予測を随意領域(テリトリー)を伝い琴里たちへ転送する。

 それだけでも相当な負荷がかかるにも関わらず、今回は少女の〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉を艦と同化させ、〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉を随意領域(テリトリー)で擬似展開。その出力は、澪の〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉を僅かな時間であっても無力化させるほどのもの。艦だけでなく、それを内部から支えるマリアに甚大なダメージがあったとしても何ら不思議ではない。

 それらの負荷を受け止め、落ちることなく琴里たちを支えてくれた。艦橋で頑張ってくれているクルーたちも含め、琴里にとって大きな誇りだ。

 だが、そうであるなら琴里たちが知りたいことは士道たちの安否――――しかし、二亜の表情にはそれ以外の懸念があるように見えた。

 

「む、どうした二亜。真面目な顔をして、似合わんな」

 

「不穏。おちゃらけた二亜がそういう顔をしていると、本当に不安になってしまいます。士道たちは無事なのですか?」

 

「や、あたしの顔を不安標識にしないでほしいんだけど……。んー、ちょっと、ね。正直、あっち(・・・)は今のあたしらにはどうにもならなそうだし――――久しぶりに、やっちゃいますか」

 

 言って、おもむろに右手を掲げる二亜。その動作に、わかっていても息を呑んでしまう。

 そう。それは、今この時を持って正しき主の元へ帰った。

 

 

「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。はたまた、そこのけそこのけ二亜ちゃんが通る――――いくよ、〈囁告篇帙(ラジエル)〉」

 

 

 名を呼ばれ、二亜の手の中に巨大な本が姿を現す。触れることなく紙を揺らし、その紙面に光り輝く文字を刻む。

 全知の天使・〈囁告篇帙(ラジエル)〉。少女と狂三がこの『繭』に巻き込まれる刹那、二人の手で二亜に返却された、この先の道標とも言える力だった。

 

「ふんふん。頭ガリガリされるとか胸に穴開くとかよりはよっぽどマシだっとはいえ、あんなダイナミックな返され方されてもちゃんと動くんだ。れいにゃん、この辺もしっかり作り込んでたんだねぇ――――お、少年とくるみん、それにあの子も発見。無事みたいだね」

 

『……!!』

 

 二亜の言葉に、精霊たちの表情から少なくなかった不安が消え、明るいものが現れた。かくいう琴里も、表情にはできるだけしないようにはしていたが、安堵の息までは隠せなかった。

 

「――――んん? あり? おいおい、マジかよ……」

 

「二亜?」

 

 が、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の紙面を視線でなぞる二亜が、驚きと呆れを綯い交ぜにした顔で呟いた。

 その表情には、単純な驚きではない何かがあった。首を傾げる琴里たちへ二亜は、次の言葉を吐き出した。

 

 

「聞いて驚けよ、皆の衆――――この中、同じ貌が勢揃いだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――――熱い。

 初めに感じた五感の感触のうち、浮かび上がったもの。思考の海に一つ、ぽつりと確かな感覚が浮かんだのだ。

 次に、光。覚醒を促す、否、覚醒を強制するほど強い輝きが、網膜を刺激した。

 

「ん……」

 

 身動ぎの際、自分の状態を把握する。仰向けに横たわり、光を、熱を浴びている。なぜ、どうして、どうやって。起き抜けだというのに、順繰りに繰り出され癖になった思考は止めどなく歩みを進める。

 絶え間のない思考は、必要な解をもたらす。即ち、正しい意識の覚醒である。

 

「そうだ、俺は――――――」

 

 少女に霊力を託され――――澪の力を封印するために……。

 

「……!!」

 

 そこに至り、士道は目を見開き自身の身体を弾かれるように起こした。

 一体、何がどうなった。澪は、少女は、皆は――――狂三は?

 そんな数々の疑問は、飛び込んだ視界の情報によって再び混迷を極めた。

 

「……………………は?」

 

 たった一文字の、困惑。しかし、これは士道でなくとも、たとえばあの狂三であっても同じ反応をしたであろうことは想像に易い。それはそれで、是非拝んでみたいものではあるのだが――――閑話休題。とにかく、その衝撃と困惑は誰であっても同じこと。

 なぜなら、辺りに広がっていたのは――――ただ穏やかで、緩やかな海波の色彩だったのだから。

 海原と、空。それも、先ほどまで士道がいたはずの空の上ではなく、空の下。鼓膜を震わせるのは、寄せては返す波の音と、海猫の鳴き声。

 

「ここは……」

 

 見覚えが、ある。言いかけて、士道はそのことに気がついた。

 ここは――――士道が令音とのデートに選んだ海岸だ。

 だが、微かな差異が士道に違和感を与える。防波堤が新しく、テトラポッドの数も少ない。海が、心なしか澄んでいる。何より、士道の覚醒前後での季節が違う。季節をそのまま反転させたようなこの熱、これは――――――

 

 

「……シン」

 

「うひゃぁ!?」

 

 

 思考を強制的に遮られ――たぶん、狂三が見ていたらため息を吐くくらい――冷静さをかなぐり捨てた驚愕の具合で、士道はビクッと肩を震わせ砂浜に手を突いた。

 そうして、声のした方向に身体を向ける。するとそこに、涼しげな格好をした『令音』が立っていたのだ。

 

「れ、令音さん……!?」

 

 裏返った声を上げてしまうのも、当然。

 先ほどまで天使をぶつけ合って戦っていた相手に、落ち着いた声音で声をかけられたのだ。驚かない理由はないし、ここで驚かないのなら士道は人生で驚くことはないと言っても過言ではない。

 それだけではない。やはり、見間違いなどではなく、そこにいるのは『令音』。そう、『澪』ではなく、士道の副担任にして〈ラタトスク〉の解析官である『令音』その人だったのだ。

 

「な、何がどうなってるんですか、これ……いやいや、こんな時だからこそ冷静に――――――」

 

「……手を」

 

「……え? あ、ああ……ありがとうございます」

 

 もはや、士道の行う一種のルーティンのように移行しかけた思考を、落ち着き払った――払い過ぎな気もするが――令音が手を差し伸べてくれたことで中断する。

 考える前に、自然と手を取ってしまった。が、正直な感性としては正しく思えた。彼女の様子を見る限り、士道に害意を持っているようには見えない。

 この摩訶不思議な空間は、恐らくと言わず令音の手によるものなのだろうが、それを含めても疑問が残る。なぜ、彼女は『澪』ではなく『令音』の姿なのだろうか。〈フラクシナス〉の外装にて相対した彼女の姿は、未来と同じ『澪』だったはずなのだが――――――

 

「――――おーい、こっちこっち!!」

 

 高い、呼び声。

 士道の思考を中断させたのは、背後から聞こえた少女の声だった。

 再び身体を動かして見やると、砂浜でこちらに手を振る少女と、隣に立つ少年(・・)の姿を認めることができた。

 

「は――――――」

 

 ちょっとやそっとのことでは、驚かなくなった……そういう自負を凌駕する驚きで、士道は息を詰まらせた。

 一人は、少女。つばの広い麦わら帽子に、真っ白なワンピースを纏った士道と歳の近さを感じさせる――――それ以上に、あの子(・・・)の姉を思わせる可愛らしい女の子。長い髪を緩く三つ編み状に結わえて、手を振るたびにその先端が揺れ動いていた。

 澪。始源の精霊・崇宮澪その人に間違いない。

 

「え……」

 

 『令音』と『澪』。二人が同時に存在し、同時に話している。ただ、それだけならば士道の驚きは半分以下であったことだろう。彼女たちは分身のように並列して存在していたし、〈アンノウン〉のことを考えれば尚更、驚くという行為からは遠ざかる。

 故に、士道を本当の意味で驚かせたのは、〝彼〟。澪の隣にいる少年だった。

 涼しげな夏服に身を包み、気恥しげにはにかむ、中性的な顔立ちの少年――――士道と、同じ顔をした少年(・・・・・・・・)

 

「俺、……っ――――いや、お前は……」

 

 『同じ』。瓜二つなどではない、全く同じだけの顔を持つ(・・・・・・・・・・・)者。

 ドッペルゲンガーでも見ているかのような。それでいて、士道にとってはある意味で見慣れているといっていい現象。

 ああ、そうだ。同じ顔。しかし恐らく、記憶は違う。士道は世界で一番、当人をカウントするならば二番目に同じ顔を見慣れている。であるならば、冷静に答えを運ぶことができた。

 士道にとって、同じ顔をした自分とは、誰か。

 

 

「――――シン。崇宮真士……か?」

 

 

 士道がそう言うと、少年は頬を緩め、小さくうなずき、

 

 

「ああ。一応初めまして……になるのかな? 俺、いいや――――五河士道」

 

 

 かの〈ナイトメア〉と同じように、過去の自分自身と、士道は初めて向き合ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ――――陽光。

 備わった五感のうち、即座に意識へ伝えられたもの。次いで、過敏な感覚が多くの情報を肉体へ伝達する。

 熱。蝉の啼き声。街の匂い。それでいて、人の気配が薄い。どこかに座っている。そして何より、誰かが自身の肩に、寄りかかっている……?

 

「ん……」

 

 そればかりは目を閉じたままでは、正確に確認をすることはできない。

 目を開く。かちり、かちりと刻む左目は変わることのない。その正しく人外の視野を以て、狂三は少女(・・)を見た。

 

 

「――――――」

 

 

 美しい貌の少女だった。狂三をもってして、そう断言せざるを得ない少女だった。

 その少女の貌は、自身の仇敵と同じものだった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

 言葉が出ない。過去の自分だったのなら、何かもっと感じ入るものがあったのかもしれない。

 けれど、穏やかなものだった。眠る、彫像のように艶美で、しかし矛盾したように幼い少女。今は、憎しみを感じる心など残ってはいなかった。――――仇敵本人との対面なら、また違うのかもしれないけれど。

 

「さて……」

 

 小さく言葉を零し、少女を肩に乗せたまま狂三はこの空間(・・・・)の状態を詳しく探る。

 街並み。地形。気温。湿度。どれをとっても、完璧に再現(・・)された異空間。〈刻々帝(ザフキエル)〉・【一〇の弾(ユッド)】で行われる士道との意識共有領域とは質の異なるもの。言ってしまえば、あの意識領域よりもう一歩先の空間――――つまるところ、意志が事象の変動を行える場所。

 現実的には、魔術師(ウィザード)随意領域(テリトリー)に近い。いいや、狂三の知識の中には、その力の大元となった〝天使〟の名が自然と浮かび上がっていた。

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉……極小の『隣界』ともなれば、便利なものですわねぇ」

 

 しみじみと呟いた狂三だが、よくもまあという思いがあった。一つはこれを〝観測〟できた自身への呆れと、もう一つは挑もうと思った自分と士道への褒め言葉。

 意志が作用する空間というのは、それ即ち物質さえも意志一つで移り変わる法則(・・)があるということに他ならない。

 通常世界ではありえない現象を起こすことも、逆に通常で起こり得るあらゆる事象を再現することも叶う。

 こうして、狂三の記憶に強く残った天宮市(・・・)の街並みを完璧に再現することも、違和感を持たせず現実の気候を反転、再現することも、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉にとっては隕石を降らせることより容易い。……それは比喩表現で、実際は無造作に岩を降らせる方が楽なのだろうけれど。

 

「ああ、ああ。いけませんわ、いけませんわ。また、深く考えてしまいますわ……」

 

 と、嘆くように頬に手を当て呟く。

 探究心、とでも言うのだろうか。時間遡行に必要な情報を収集、精査する過程で悪い癖となってしまっている。好奇心は猫を殺すとは言うけれど、狂三の場合は殺しにきたものを半殺しにして、あわよくば士道と調査デートというのも――――閑話休題。

 その士道ではあるが、気配は感じられる。何やら、妙に似通った気配もあるが、狂三との繋がりは一つだ。間違うことはないだろう――――近くにいる気配には、狂三も仏頂面をしてしまうが、今はいい。いいということにしておかないと、狂三が空気を読めていないだけになる。

 だから、ここはやはり隣人を起こすべきなのだろう。

 

「……そういえば、わたくしが起こすのは初めてのことでしたわね」

 

 思い浮かんだそれは、少しばかり意外で――――ああ、だから令音の安眠にあのような反応を示していたのか、という納得があった。

 

「もし、起きてくださいまし」

 

「んん……」

 

「……案外ねぼすけさんですわね」

 

 長年連れ添った従者の意外な一面にクスッと微笑みを零しながら、少女の肩を揺する。そうしていると、程なく細やかな睫毛が僅かに動き、ゆっくりと瞼が起き上がった。

 寝ぼけ眼と、瞳が合わさる。

 

「……狂三?」

 

 それでも、正しく時崎狂三だと視認できたのは、少女なのだと嬉しさがあった。

 うなずき、滑らかに声を返す。

 

「ええ。おはようございます」

 

「……おはよう、ございま――――!?」

 

 ビクッと、まるで触れようとしてきた相手を警戒した猫のような仕草で、少女がバッと座るベンチから飛び退く。

 

「あら、あら。わたくしを相手に、そのような反応をなさるだなんて……悲しいですわ、泣いてしまいますわ」

 

「え、あ、……なんで――――っ!!」

 

 仰々しい狂三を見て思わず、といった様子で少女が手を首筋の辺りへ持っていき、そこにあるはずのものがないことに、目を見開く。

 それもそのはず、今の少女は天使を纏った姿ではなく……。

 

「……なんですか、これ?」

 

「さあ。澪さんの趣味ではありませんの?」

 

 真っ白いワンピース。夏の出で立ちに相応しい服選びだった。実のところ、肩を竦めた狂三も、その色違いである黒のワンピースを纏っていたりする。色合いはともかく、霊装との差異で普段はあまり肌を見せないゴシック調の服を好んで着ていたので、慣れない服装に落ち着かないのは狂三だって同じだ。

 とはいえ、いつになく落ち着きがない少女を見れば、狂三は逆に自然と落ち着くというもの。狂三が言うのも何なのだが――――考えすぎなのだ、この子は。

 ため息を吐き、狂三がパチンと指を鳴らす。すると、辺りから光の粒のようなものが集まり、イメージ通り(・・・・・・)のものを生み出す。

 

「はい、どうぞ。お贈りいたしますわ」

 

 ふわりと浮かばせた、黒いリボンが結ばれた麦わら帽子を手にし、狂三はそれを少女へ被せてやる。

 

「え……?」

 

「お顔を見せたくないというのなら、それで隠しておきなさいな。もっとも、わたくしが気にすることなどありませんけれど」

 

 懸念はそもそもと、的外れなのだ。狂三が気にしていないのなら、少女が隠す必要などもうない。

 そう――――狂三と少女の隔たりなど、自分たちの意識一つでなくなる。

 

「さあ、参りましょう」

 

 麦わら帽子のつばの下でぱちくりと目を瞬かせる少女へ手を差し伸べ――――焦れったくなり、さらに伸ばして手首を握る。

 

「ちょ……」

 

「もう小賢しい言い訳は受け付けませんわ――――――」

 

 そんなもの、もう必要がないから。狂三にも、少女にも。互いのことを白日の元に晒し、二人きりになった。なら、するべきことはただ一つ――――――

 

 

「さあ――――わたくしたちのデートを始めましょう」

 

 

 晴れやかな陽の下で、憧れを形にするだけだ。

 

 

 




二人のデート(士道でもあり狂三でもある)みたいな……。ていうか、隙を見せたら地の文でも惚気けてないかこの主人公とヒロイン。

真那の扱い、っていうのはなかなか苦心したと告白します。まあ、色んな理由で苦心していると自分では思う子の一人です。
殺し殺され、でも狂三は内心で……そして彼女は『崇宮真士』の妹。そこに制約が入る上に、登場して狂三と相対するとどうしても殺伐になる上、妹ととして狂三と対するのはご存知の通り琴里の役割です。
この辺り、以前話した〈アンノウン〉の士道に対する描写と同じで、押し出してしまうととっ散らかるというか、強く押したい、一つのイメージを届けたいことが分散して弱くなってしまいかねない。という考えです(アンノウンの折紙への感情も、狂三を越えるものでは無いと絶対的な一線は常に引かせていましたし)なので、妹ながら出番は据え置きという……『十香ワールド』での美しい展開に私が満足しているのもあり、遠慮なく煽りありで絡めるのも分身体に収まりました。
理解はしてるし兄の大事な人だけど、それはそれとしてやってきたことを許すつもりはない。狂三も許されるつもりはない。そこはリビルドでも変わらないかなぁって。
精霊たちも、蔑ろにする気はないと頑張ってきましたが、キャラによって出番が減ってしまったところは多々あり、やはり全員参加は難しいなと……完結したらその辺も語りたいところです。ちなみに二亜は予想外に増えた枠。この子、書いてたら勝手に動くんですけどぉ!!!!

殺し合いの殺伐とした関係とか、真那メインの出番。狂三との因縁。愛が振り切れる前、それを見た士道の葛藤……この辺りの題材は次回作へ持ち越しです。あ、なんかすごい最終回っぽい!まだ早い!!

さて、原作澪編のラスボスさんもチラホラと……? そんな中、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉内で士道たちの運命は……。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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