デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十二話『その狂気は誰がために』

 

「――――それで、シドーたちはどうなったのだ二亜!!」

 

「一体あの中はどうなっているの? 士道と澪は一緒にいるということ? あの子と狂三は?」

 

「きゃー!! そんなのずるいですぅ!! なんで私も一緒にいれてくれないんですかぁ!!」

 

「至急。正確な情報を請求します」

 

「ええい、焦れったいぞ二亜!! その本、我に貸してみよ!!」

 

「いや、ちょ、いたっ、痛い!! みんな近いから!! 集中できないから!! ちょっと本当に――――だぁぁぁぁぁぁ!! くるみんの分身、いるならヘルプ!!」

 

 千切られる。このままではもげる。腕とか足とか胸とか。〈囁告篇帙(ラジエル)〉で繭の様子を探っていた二亜は、たまらず声を張り上げて救助を求めた。

 瞬間、〈フラクシナス〉の外装上に〝影〟が広がり、無数の分身体が二亜の要請に応じて躍り出、二亜の周囲に張り付く精霊たちを引き剥がした。こういうのはあたしのキャラじゃないなぁと思いつつも、わしわしと頭を掻きながらため息を吐いた。

 

「少年たちが心配なのはわかるけど、だからってあたしの扱いを雑にしないでほしいよ!! まあ、いつもちょっと雑だってのはそうなんだけど!!」

 

「二亜さん、話が逸れていますわ」

 

「そうだった!! ――――とにかく、すぐに調べるからちょっと待っておくれよ。二亜ちゃんにお任せってね」

 

 苦笑気味に語りかけた二亜に、精霊たちがこくりとうなずいた。落ち着いたのか、申し訳なさそうな表情だ……なぜか、分身に強めのクラッチをかけられている美九以外は。まあ、いつかの恨みなのだろう。具体的には年明け辺りの犠牲者とか。

 とはいえ、精霊たちの心配もわかるというもの。士道だけではなく、狂三と〈アンノウン〉までこの繭の中に吸い込まれていったのだ。中の様子がわかるとなれば、多少の混乱は致し方ないこと――――それにしたってもみくちゃは酷いと思うけど。これくるみんなら絶対扱い違ったよね!? とか考える二亜であった。

 

「いやぁ、助かったよくるみんみん。悪いね、あたしの言うこと聞いてもらっちゃって」

 

「構いませんわ。わたくしたちも、冷静でいられるのは二亜さんのお陰ですもの……くるみんみん?」

 

「さてさて、お仕事お仕事」

 

 くるみんがみんみんでくるみんみん……何を言っているのか、自分でもわからなくなってきた。戯言を頭に浮かべながら、二亜は再び〈囁告篇帙(ラジエル)〉の紙面に浮き出た文字をなぞる。

 使えなくなっていたのは、ほんの一ヶ月程度だというのに、酷く懐かしい感覚が二亜を襲う。全知の天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉。その力は謙遜なく、完璧な形で二亜の元へ返却されていた。随分と大事に扱ってくれていたあの子に感謝を示しながら、二亜は読み取ったイメージを言葉にしていく。

 

「――――少年とみーにゃん……あとれーにゃんに、少年がもう一人? ちょうどこの下にある、海岸みたいなところにいるね。くるみんとシロちゃんは、そこからちょっと離れてるみたいだけど……いや、今合流したのか、な」

 

 必要な箇所だけを取り出し、断片的に言葉にしていく。精霊たちの反応は様々だが、到底納得を得たような顔ではなかった。

 

「むん……主様が二人と申したか?」

 

「ふしぎ……です」

 

「え、それに澪と令音が別々にって……この繭、増殖効果でもあるの?」

 

「うんにゃ、そう単純な話でもない気がするけど……今、なんでそうなったかを検索して――――――」

 

 情報から情報へ。いもずる式に解を求めようとした――――瞬間。

 

『――――――ッ!?』

 

 ――――霊力。それも、凄まじい奔流となって合流しようとしている(・・・・・・・・・・)。精霊たちは残らず気づき、肩を震わせた。――――二亜だけは、別の意味合いを伴った驚愕を口にしたが。

 

「おいおいおい――――マジで運ゲー(・・・)乗り越えてきちゃったわけ? 冗談キツいっての……!!」

 

「!? どういうこと、二亜!!」

 

 この状況下で冷静に言葉を摘み取った琴里が、慌てて二亜へ問うた。

 二亜は苦々しい表情で答える――――答えないわけにはいかない。それがたとえ、手遅れ(・・・)だったとしても。

 

「あいつだよ。――――アイザック・ウェストコット」

 

「っ……!!」

 

 琴里が、いいや、精霊たちの誰もが息を呑んだ。そうだろう。その名を、知らないわけがない。敵の総本山、DEMの事実上のボス。それでいて、ここに至るまでひたすらに沈黙を保ってきた親玉。

 それが今になって、二亜から名前を聞くなど思ってもみなかったことだろう。二亜とて、数秒前までは半信半疑だった。

 まさか、思うわけがない――――一手違えば完全なゲームオーバーを迎える状況下で、運だけの特攻(・・・・・・)を仕掛けてくるなど。それでも、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は情報を違えることなく、二亜に詳しいイメージを送り届けてくる。

 

「あのもやし女が乗ってる戦艦、〈ゲーティア〉ね。あれに、精霊術式(・・・・)を積んで突っ込んできてる。ていうか、完全にそれ専用機って感じだね」

 

「精霊術式……?」

 

「飛びっきりにヤバい代物だよ――――三十年前、始原の精霊を生み出した術式(・・・・・・・・・・・・・)さ」

 

『な……!!』

 

 二亜の答えに精霊たちが目を見開き、驚愕の声をもらす。渋面を作る二亜も、知らなければ同じように驚いたことだろう。

 

「精霊術式を積んでる、って……そ、それって澪と同じ始原の精霊を、もう一回生み出そうってこと……!?」

 

「なっつん大せーかい。精霊術式を起動するために必要なポイントは二つ。モチのロンでその精霊術式と、マナの中心、霊脈。精霊術式は現在稼働しながら移動中。霊脈は――――あたしらの目の前にある」

 

 目敏い精霊たちは即座に二亜の示したものに気づき、そうでなくても全員がまず正解へ行きついた。

 三十年前、始原の精霊を生み出した折、彼女はその霊脈の機能を丸ごと吸収したらしく、霊脈は力を失った。当然、超常生命体を生み出す霊脈は幾つもあるはずがない。何百、或いは何千年と時間がかかるという結果が算出されている。

 では、霊脈の代わりとは何か――――答えは簡単。霊脈を取り込んだ崇宮澪が霊脈そのもの(・・・・・・・・・・)だ。澪を介して――あの少女も含めて――ウェストコットはマナを集積させようとしている。

 

「く……冗談じゃないわよ!! 二亜、今すぐ〈ゲーティア〉の場所を――――――」

 

「わかってるけど、わかったところで(・・・・・・・・)なんだよ、妹ちゃん」

 

「っ……どういうこと?」

 

 息を詰まらせた琴里が問う。〈囁告篇帙(ラジエル)〉という全知を持つ二亜の答えは、さぞ琴里たちには疑問だろう。

 しかし、二亜は識っている(・・・・・)。〈囁告篇帙(ラジエル)〉を手にしているからこそ――――この力を手にできなかったウェストが、どれだけの〝賭け〟に望んでいるのかを。

 

「まず、精霊術式を積んだ〈ゲーティア〉だけどねぇ……そもそも、マナを集束することに機能を全振りしてる。飛びっきりの濃いマナだ――――下手な魔力や霊力と誘爆したら、街ひとつは更地どころじゃ済まないだろうね」

 

「じ、自爆ですかぁ!?」

 

「間違ってないよねぇ。向こうさんも後がないわけだし。ま、あのもやし女がついてるから、向こうだけは生き残るだろうけどね。んで、こっちも消耗が激しいじゃない? あたしの〈囁告篇帙(ラジエル)〉も、せいぜい時間稼ぎがやっとだし、〈フラクシナス〉は姿勢制御で一杯一杯ときたもんだ」

 

 はーやれやれ、と口では楽観を描きながらも、二亜は手を止めず〈囁告篇帙(ラジエル)〉に筆を走らせる。

 ――――〈未来記載〉。書の天使の極地であり、二亜が行える数少ない外部干渉。

 だが、この力でも限界はある。未来への干渉スピードと、向こうがデタラメなマナを吸収する時間と不安定な環境。あと忌々しいが無駄に能力の高い魔術師。まるで、釣り合っていない。こんなことになるなら、もう少し鍛えておくべきだったと考えるのは後の祭りだ。

 

「みんなはみんなで、少年の道を造るのに全力を尽くした。腐っても、あのもやし女の操る艦は超一流。小手先の牽制なんか、一秒のそのまた半分の足しにもならない」

 

「そんな……」

 

 事実上、こちらの手出しが封じられている。そのことを知り、呆然と言葉を漏らし、悔しがるように歯ぎしりをする琴里。

 当然、琴里の落ち度ではない。誰の落ち度でもない。そう――――――

 

 

「気にすることないよ――――向こうが無謀な賭け(・・・・・)をして、奇跡的に勝ったってだけさね」

 

 

 運だけでもぎ取った奇跡を、誰が止められるというのか。

 

「え……?」

 

「みーにゃんを霊脈にするって言っても、そんな簡単なことじゃない。みーにゃんが少しでも動けるなら、精霊術式なんて一瞬で解体される代物さ。ちなみに、向こうはこっちの状況なんて何もわからない(・・・・・・・)。みーにゃんとシロちゃんが派手にやり合った時、中心部以外の観測機器は約立たずになってるっぽかったしね」

 

 『法』の天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉。

 『死』の天使〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉。

 この二つの衝突は、外界にも少なからずの影響を及ぼしていた。観測機器に留まらず、様々な障害を周囲に撒き散らしたことだろう。本来ぶつかり合うことなどありえない、法則を捻じ曲げる力と力のぶつかり合いだ。その余波がどうなっているかなど、考えても見ろというのだ。

 魔術師の随意領域(テリトリー)にも、当たり前のように影響は及ぶ。ここから距離を置いた戦闘(・・)にさえ、ある程度の影響があった。少なくとも、衝突の瞬間は〈ゲーティア〉がこの付近に滞在していることはありえない。何かあると、悟られてしまうからだ(・・・・・・・・・・)

 つまりは、DEM側が知れた情報は二つ。澪が出現したという情報と、こちらの位置(・・・・・・)。たった、二つである。

 

「そいで、ここからが本題なわけなんだけど……目と耳を潰されて、ウェストコットはどうやってこの数分(・・・・)を判断したと思う?」

 

「どうやって、って……」

 

「不審。できるわけがありません。直接戦っていた夕弦たちでさえ、その判断はできませんでした」

 

 この数分。時間にして、僅か数百秒。澪はこうして動きを止めた。

 しかし、それを予測できたものはいたか? 否、いるわけがない。狂三の未来予測を以てしても、数秒の誤差。それほどまでに、始原の精霊の力は次元違いだったのである。

 では、なぜ(・・)。〈囁告篇帙(ラジエル)〉を受け取った二亜が、ウェストコットたちの所在を認識し、動く気配がないこと(・・・・・・・・・)を知って、その数十秒後に繭の観測を始めた。

 

「そう、できるわけがない(・・・・・・・・)。できたとしても、〈囁告篇帙(ラジエル)〉にわからないわけがないんだよね」

 

 二亜は、そう告げて指の動きを止める(・・・・・・・・)

 理屈がなければ説明ができない。しかし、理屈があれば〈囁告篇帙(ラジエル)〉に理解できないものはない。

 故に、この数分に理屈は存在しない(・・・・・)。あるのは、個人の考えと意志。それは〈囁告篇帙(ラジエル)〉が唯一読み取れないものであり、それを読み取るのは作家である二亜自身。

 眼前に迫る巨体。それを目にした二亜は、ただ冷静に事実だけを告げた――――誰も、信じられないであろう真実を。

 

 

「〈囁告篇帙(ラジエル)〉でわからない。なら、答えは一つ。策なんてない(・・・・・・)。アイザック・ウェストが用意したのは、成功の確率が限りなく低い――――ただの直感による特攻(・・)さ」

 

 

 精霊たちの顔が驚愕に歪む――――瞬間、〈フラクシナス〉の艦体が大きく揺れた。

 無論、理由は一つ。〈ゲーティア〉が艦の横っ腹に突撃、その随意領域(テリトリー)を同化させて横付けしている。

 

「こっちの随意領域(テリトリー)が弱ってるんだから、干渉するのも簡単なんだろうけど――――是非、お聞かせ願いたいもんだね、世界最悪の社長(プレジデント)さん?」

 

「――――その呼び名、あまり正確ではないのだがね」

 

 ――――喰らいついた艦体の影から、一人の男がゆっくりと歩み出る。

 光を帯びたその男は、薄ら寒い笑みを浮かべて二亜たちと相対した。それだけで、異質。控えには、世界有数の魔術師(ウィザード)もいるであろうに、その空気感だけでこの男が一番の驚異であると理解できた。

 対して、あくまで皮肉な笑みを見せつけ、二亜は応答する。

 

「なら、こう呼んだ方がいいか――――魔術師(メイガス)。純粋なマナを扱える一族の末裔、その数少ない生き残り」

 

「ふっ――――はははは!! やはり、素晴らしい力だ。その力が欲しかった……が、今はそれすら意味をなさない」

 

 ウェストコットが高々に笑う――――その纏う光から、小さな光の塊が分離し、二亜へ向かって飛翔する。避ける間もなく、いいや、避ける必要はなく(・・・・・・・・)、それは二亜の胸元へ吸い込まれた。

 

「二亜!!」

 

「平気だよ。これ、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の力だし――――なーるほど。これを取られたくなくて、ずっと隠れてたってわけ」

 

 顔色を変えて二亜を案じる琴里へ冷静に返し、自身の胸元に手を当てながらウェストコットへ嘲笑を向ける。

 ほんの僅かな欠片。恐らくは、ウェストコットという魔術師が触れたその瞬間、偶発的に移された力の一旦。ただ、知りたいものの位置を知る(・・・・・・・・・・・・)ことができる力、といったところか。

 知る力が弱く、そして遅い。しかも、こうして宿主に近づけば吸収されてしまう。悪の親玉がこれを後生大事に隠し持っていたというのは、些か滑稽に映るというものだ。

 だが、皮肉をぶつけてもさして気にした様子はなく、むしろ楽しげにウェストは笑う。

 

 

「許してくれたまえよ。待つだけの時間は、慣れているとはいえ退屈なものだ。暇つぶしというものは、人生に必要な醍醐味だよ」

 

「心にもないこと言うねぇ。もうそれ(・・)が全身に回る頃だろうし、教えてほしいんだけど――――何を確信したのさ、魔術師(メイガス)

 

 

 既に、手遅れ。収束したマナは、余すことなくウェストコットの全身を巡り、その身を変える(・・・)。だからこそ、二亜に出来るのは口先で時間を巡らせることでしかない。

 この男は、それすら読み取っているはずだ。それ故に愉快だと、悦楽だと――――偶然(・・)を手にし、破滅を楽しむこの男は、

 

 

「何、君たちと同じさ――――私は、イツカシドウを信じていた(・・・・・)。あとは、私が生きるか死ぬかの賭けでしかなかった」

 

 

 その、立場を変えるだけで醜悪となる言葉を放ち――――――絶望を、その身に宿した。

 

 

「実に喜ばしい。彼のお陰で私は――――二人目の始原精霊として、誕生する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時を超えて、静かに。その静寂は、時を流す。

 夢のように美しい砂浜で。移り変わらぬ美しさの中で――――故に、いつか消えゆく楽園の中で。

 士道が澪に放った言葉は、あまりに残酷で、無慈悲で、破滅的であった。

 全ての悲劇を捧げ、全ては愛しい人と再会を果たすため。言葉の刃というものがあるのなら、士道が放った言葉は正しく刃。少女の心を切り裂く、破滅の牙であろう。

 けれど澪は、笑っていた。ただ静かに、微笑んでいた――――恐らくは、あの少女も。

 

「……私を殺せる存在、か……。確かに……もしも霊力が封印されたなら、私は普通の人間――――とまではいかずとも、今とは比べものにならないくらい脆弱な存在に変貌する。それこそ、自死さえも可能かもしれないくらいに」

 

 自分の言葉を濾過し、自分の心へ導くように。澪はゆっくりと言葉を紡ぎ、不意に視線を外す。

 そうして、先にいる二人を見て、細く息を吐いた。

 

 

「そして、私の力を受け継いだ存在なら、私を滅ぼすことができる。或いは、その助力になる。そんな身勝手な望みを、私は叶えてしまったんだ――――そうでしょう、『私』」

 

 

 ――――砂浜に、足跡が刻まれている。士道と令音、澪と真士。どちらでもない、少女たちのもの。

 澪が見据えた先を見て、真士が目を見開いた。崇宮真士は、士道から切り離された真士の記憶の具現化。それを鑑みれば、驚くのも無理はなかった。

 対して、士道に驚きはない。現れた少女のどちらも、士道にとっては馴染み深い存在であり――――一人は、この世の誰より愛した人なのだから。

 

「――――狂三。〈アンノウン〉……」

 

「ごきげんよう、皆様」

 

「…………」

 

 狂三は淑やかな微笑みを。少女は、澪を悲しげに見据えた。

 二人がいることは、感覚でわかっていた。だから士道の顔には驚きは現れない――――いや、姉妹のように白と黒のワンピースを着た二人には、少し驚かされた。こんな時でなければ、いの一番にベタ褒めをしたであろうに。

 士道、澪、令音と狂三が視線を巡らせ、そして真士を見た。そうして、丁寧に礼を――ワンピースなためドキリとする領域で――見せつけた。

 

「あら、あら。あなたが崇宮真士さんですのね。初めまして、になりますかしら。わたくし、時崎狂三と申しますわ」

 

「あ、ああ。こちらこそ、初めまして。崇宮真士です……」

 

「……ほお」

 

 あ、わかる。今、真士が何を思ったか凄くわかる。育ちは違えど自分自身――――今絶対、狂三を綺麗な子だって思った。

 

「士道」

 

「……わかってます」

 

 士道の隣にいる令音が、すかさずといった様子で声をかけてきた。軽く息を吐いて、落ち着く意味合いも込めて小声を返した。

 

「さて――――――」

 

 そう、言葉を零した狂三――――その空気(・・・・)は、当然のように澪へ注がれた。

 

「随分と身勝手なその願い。ようやく自覚されたようですわね、澪さん」

 

「……そうだね。君たちを振り回した挙句、死にたかった(・・・・・・)なんて願いを知れば……君がするべきことは一つだ」

 

 鋭く、痛ましい両の眼を粛々と受け止め、それでも澪は落ち着いた語調で言葉を紡いだ。

 

「シンを甦らせようとしていたのは嘘じゃないよ。それが、私の希望(のぞみ)だった。あの日死んでしまったシンともう一度会うために、私は三十年の間生きてきたんだから」

 

 確かにそれは、本当のこと。けれどそれは、事の真相ではない。

 

「――――士道と狂三の言うとおり、そうして生まれたのが本当にシンなのか、っていう疑問は、ずっと心のどこかにあったんだ。……でも、他に方法はなかった。だから私はそんな不安に蓋をして、ずっと見ないようにしてきたんだ。きっと新しいシンが生まれれば、そんな気持ちごと吞み込んでくれるって、何の根拠もなく思ってたんだ」

 

 超越者として、果たされない望みを。たった一つの望みを、澪は自覚などできなかった。

 その自覚を受け継いだ者が、存在していたのに。

 

 

「……そうか。私は――――ずっと、死にたかったのかもしれない。シンを不死にしようとしたのも、シンがいつか死んでしまうことに耐えられなかったんじゃなく、シンが死んでしまったとき、自分だけ生きているのが耐えられなかったからなのかもしれない。……ああ、そうか。なんで、今までそんな単純なことに気づかなかったんだろう――――――」

 

 

 言って、澪は狂三から、士道から視線を外した。再び巡る瞳は、令音でも真士でもなく――――――

 

 

「――――君が、いたはずなのにね」

 

「……」

 

 

 自らが産み落とし、自らの願いを背負った少女を捉えた。言葉を返すことなく、悲しげに瞳を揺らす少女。

 背を向けることもせず、澪は歪んだ願いを、悲しき罪過を、少女へ突きつけた。

 

 

「でも、そうか。なら、君が私を――――殺してくれる(・・・・・・)んだよね?」

 

「…………」

 

「――――っ」

 

 

 澪の言葉に令音が眉根を寄せ、真士が息を詰まらせる。

 ああ、その回答は道理だ。行き着くことは、不思議ではない。澪の願いを受けた自分自身(『私』)だというのなら、その願いを自覚した時点で果たすこともまた叶うべき。

 だが、士道は違う。

 

「違う。澪、この子は――――!!」

 

 そして、彼女も、違う。

 

 瞬間、溢れるは殺気(・・)。長い年月を得て育った憎悪と、それを超える絶大な怒り(・・・・・・・・・・・)

 

「この期に及んで、その程度の答え(・・・・・・・)しか出せませんの?」

 

 その怒りは、狂三自身ではない。誰かを思っての怒り。故に、澪すら目を見開く絶対零度の激昂がそこにはあった。

 

 

「でしたら、無駄でしたわ。愚かでしたわ。あまりにも、哀れですわ。これ以上、この子の想いを愚弄(・・)するというのであれば――――――」

 

 

 黒い装束は、意味を変える。可憐な少女から、遠き過去の復讐鬼へ。

 

 

わたくしが(・・・・・)、澪さんを殺して差し上げますわ」

 

 

 黒き復讐鬼が、その銃口を因果の始まりへと突きつけた。

 その復讐心は、正しきものである。

 その復讐心は、正当なものである。

 でも、その復讐心はきっと――――大切な少女のために、奮い立ったものだった。

 

 

 





二亜ちゃんめっちゃ奮戦中。

行動の対価に支払われるものが奇跡なら、それは万人に与えられなければ平等じゃないよねぇ。自身に降りかかる分の悪い賭けですら、哀れな自分を見て楽しみそうな人ですけれど。

許したはずの憎悪を奮い立たせたのは、誰のためなのか――――――次回『黒き復讐鬼の最期』。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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