「――――それで、シドーたちはどうなったのだ二亜!!」
「一体あの中はどうなっているの? 士道と澪は一緒にいるということ? あの子と狂三は?」
「きゃー!! そんなのずるいですぅ!! なんで私も一緒にいれてくれないんですかぁ!!」
「至急。正確な情報を請求します」
「ええい、焦れったいぞ二亜!! その本、我に貸してみよ!!」
「いや、ちょ、いたっ、痛い!! みんな近いから!! 集中できないから!! ちょっと本当に――――だぁぁぁぁぁぁ!! くるみんの分身、いるならヘルプ!!」
千切られる。このままではもげる。腕とか足とか胸とか。〈
瞬間、〈フラクシナス〉の外装上に〝影〟が広がり、無数の分身体が二亜の要請に応じて躍り出、二亜の周囲に張り付く精霊たちを引き剥がした。こういうのはあたしのキャラじゃないなぁと思いつつも、わしわしと頭を掻きながらため息を吐いた。
「少年たちが心配なのはわかるけど、だからってあたしの扱いを雑にしないでほしいよ!! まあ、いつもちょっと雑だってのはそうなんだけど!!」
「二亜さん、話が逸れていますわ」
「そうだった!! ――――とにかく、すぐに調べるからちょっと待っておくれよ。二亜ちゃんにお任せってね」
苦笑気味に語りかけた二亜に、精霊たちがこくりとうなずいた。落ち着いたのか、申し訳なさそうな表情だ……なぜか、分身に強めのクラッチをかけられている美九以外は。まあ、いつかの恨みなのだろう。具体的には年明け辺りの犠牲者とか。
とはいえ、精霊たちの心配もわかるというもの。士道だけではなく、狂三と〈アンノウン〉までこの繭の中に吸い込まれていったのだ。中の様子がわかるとなれば、多少の混乱は致し方ないこと――――それにしたってもみくちゃは酷いと思うけど。これくるみんなら絶対扱い違ったよね!? とか考える二亜であった。
「いやぁ、助かったよくるみんみん。悪いね、あたしの言うこと聞いてもらっちゃって」
「構いませんわ。わたくしたちも、冷静でいられるのは二亜さんのお陰ですもの……くるみんみん?」
「さてさて、お仕事お仕事」
くるみんがみんみんでくるみんみん……何を言っているのか、自分でもわからなくなってきた。戯言を頭に浮かべながら、二亜は再び〈
使えなくなっていたのは、ほんの一ヶ月程度だというのに、酷く懐かしい感覚が二亜を襲う。全知の天使〈
「――――少年とみーにゃん……あとれーにゃんに、少年がもう一人? ちょうどこの下にある、海岸みたいなところにいるね。くるみんとシロちゃんは、そこからちょっと離れてるみたいだけど……いや、今合流したのか、な」
必要な箇所だけを取り出し、断片的に言葉にしていく。精霊たちの反応は様々だが、到底納得を得たような顔ではなかった。
「むん……主様が二人と申したか?」
「ふしぎ……です」
「え、それに澪と令音が別々にって……この繭、増殖効果でもあるの?」
「うんにゃ、そう単純な話でもない気がするけど……今、なんでそうなったかを検索して――――――」
情報から情報へ。いもずる式に解を求めようとした――――瞬間。
『――――――ッ!?』
――――霊力。それも、凄まじい奔流となって
「おいおいおい――――マジで
「!? どういうこと、二亜!!」
この状況下で冷静に言葉を摘み取った琴里が、慌てて二亜へ問うた。
二亜は苦々しい表情で答える――――答えないわけにはいかない。それがたとえ、
「あいつだよ。――――アイザック・ウェストコット」
「っ……!!」
琴里が、いいや、精霊たちの誰もが息を呑んだ。そうだろう。その名を、知らないわけがない。敵の総本山、DEMの事実上のボス。それでいて、ここに至るまでひたすらに沈黙を保ってきた親玉。
それが今になって、二亜から名前を聞くなど思ってもみなかったことだろう。二亜とて、数秒前までは半信半疑だった。
まさか、思うわけがない――――一手違えば完全なゲームオーバーを迎える状況下で、
「あのもやし女が乗ってる戦艦、〈ゲーティア〉ね。あれに、
「精霊術式……?」
「飛びっきりにヤバい代物だよ――――三十年前、
『な……!!』
二亜の答えに精霊たちが目を見開き、驚愕の声をもらす。渋面を作る二亜も、知らなければ同じように驚いたことだろう。
「精霊術式を積んでる、って……そ、それって澪と同じ始原の精霊を、もう一回生み出そうってこと……!?」
「なっつん大せーかい。精霊術式を起動するために必要なポイントは二つ。モチのロンでその精霊術式と、マナの中心、霊脈。精霊術式は現在稼働しながら移動中。霊脈は――――あたしらの目の前にある」
目敏い精霊たちは即座に二亜の示したものに気づき、そうでなくても全員がまず正解へ行きついた。
三十年前、始原の精霊を生み出した折、彼女はその霊脈の機能を丸ごと吸収したらしく、霊脈は力を失った。当然、超常生命体を生み出す霊脈は幾つもあるはずがない。何百、或いは何千年と時間がかかるという結果が算出されている。
では、霊脈の代わりとは何か――――答えは簡単。霊脈を取り込んだ
「く……冗談じゃないわよ!! 二亜、今すぐ〈ゲーティア〉の場所を――――――」
「わかってるけど、
「っ……どういうこと?」
息を詰まらせた琴里が問う。〈
しかし、二亜は
「まず、精霊術式を積んだ〈ゲーティア〉だけどねぇ……そもそも、マナを集束することに機能を全振りしてる。飛びっきりの濃いマナだ――――下手な魔力や霊力と誘爆したら、街ひとつは更地どころじゃ済まないだろうね」
「じ、自爆ですかぁ!?」
「間違ってないよねぇ。向こうさんも後がないわけだし。ま、あのもやし女がついてるから、向こうだけは生き残るだろうけどね。んで、こっちも消耗が激しいじゃない? あたしの〈
はーやれやれ、と口では楽観を描きながらも、二亜は手を止めず〈
――――〈未来記載〉。書の天使の極地であり、二亜が行える数少ない外部干渉。
だが、この力でも限界はある。未来への干渉スピードと、向こうがデタラメなマナを吸収する時間と不安定な環境。あと忌々しいが無駄に能力の高い魔術師。まるで、釣り合っていない。こんなことになるなら、もう少し鍛えておくべきだったと考えるのは後の祭りだ。
「みんなはみんなで、少年の道を造るのに全力を尽くした。腐っても、あのもやし女の操る艦は超一流。小手先の牽制なんか、一秒のそのまた半分の足しにもならない」
「そんな……」
事実上、こちらの手出しが封じられている。そのことを知り、呆然と言葉を漏らし、悔しがるように歯ぎしりをする琴里。
当然、琴里の落ち度ではない。誰の落ち度でもない。そう――――――
「気にすることないよ――――向こうが
運だけでもぎ取った奇跡を、誰が止められるというのか。
「え……?」
「みーにゃんを霊脈にするって言っても、そんな簡単なことじゃない。みーにゃんが少しでも動けるなら、精霊術式なんて一瞬で解体される代物さ。ちなみに、向こうはこっちの状況なんて
『法』の天使〈
『死』の天使〈
この二つの衝突は、外界にも少なからずの影響を及ぼしていた。観測機器に留まらず、様々な障害を周囲に撒き散らしたことだろう。本来ぶつかり合うことなどありえない、法則を捻じ曲げる力と力のぶつかり合いだ。その余波がどうなっているかなど、考えても見ろというのだ。
魔術師の
つまりは、DEM側が知れた情報は二つ。澪が出現したという情報と、
「そいで、ここからが本題なわけなんだけど……目と耳を潰されて、ウェストコットはどうやって
「どうやって、って……」
「不審。できるわけがありません。直接戦っていた夕弦たちでさえ、その判断はできませんでした」
この数分。時間にして、僅か数百秒。澪はこうして動きを止めた。
しかし、それを予測できたものはいたか? 否、いるわけがない。狂三の未来予測を以てしても、数秒の誤差。それほどまでに、始原の精霊の力は次元違いだったのである。
では、
「そう、
二亜は、そう告げて
理屈がなければ説明ができない。しかし、理屈があれば〈
故に、この数分に理屈は
眼前に迫る巨体。それを目にした二亜は、ただ冷静に事実だけを告げた――――誰も、信じられないであろう真実を。
「〈
精霊たちの顔が驚愕に歪む――――瞬間、〈フラクシナス〉の艦体が大きく揺れた。
無論、理由は一つ。〈ゲーティア〉が艦の横っ腹に突撃、その
「こっちの
「――――その呼び名、あまり正確ではないのだがね」
――――喰らいついた艦体の影から、一人の男がゆっくりと歩み出る。
光を帯びたその男は、薄ら寒い笑みを浮かべて二亜たちと相対した。それだけで、異質。控えには、世界有数の
対して、あくまで皮肉な笑みを見せつけ、二亜は応答する。
「なら、こう呼んだ方がいいか――――
「ふっ――――はははは!! やはり、素晴らしい力だ。その力が欲しかった……が、今はそれすら意味をなさない」
ウェストコットが高々に笑う――――その纏う光から、小さな光の塊が分離し、二亜へ向かって飛翔する。避ける間もなく、いいや、
「二亜!!」
「平気だよ。これ、〈
顔色を変えて二亜を案じる琴里へ冷静に返し、自身の胸元に手を当てながらウェストコットへ嘲笑を向ける。
ほんの僅かな欠片。恐らくは、ウェストコットという魔術師が触れたその瞬間、偶発的に移された力の一旦。ただ、
知る力が弱く、そして遅い。しかも、こうして宿主に近づけば吸収されてしまう。悪の親玉がこれを後生大事に隠し持っていたというのは、些か滑稽に映るというものだ。
だが、皮肉をぶつけてもさして気にした様子はなく、むしろ楽しげにウェストは笑う。
「許してくれたまえよ。待つだけの時間は、慣れているとはいえ退屈なものだ。暇つぶしというものは、人生に必要な醍醐味だよ」
「心にもないこと言うねぇ。もう
既に、手遅れ。収束したマナは、余すことなくウェストコットの全身を巡り、その身を
この男は、それすら読み取っているはずだ。それ故に愉快だと、悦楽だと――――
「何、君たちと同じさ――――私は、イツカシドウを
その、立場を変えるだけで醜悪となる言葉を放ち――――――絶望を、その身に宿した。
「実に喜ばしい。彼のお陰で私は――――二人目の始原精霊として、誕生する」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時を超えて、静かに。その静寂は、時を流す。
夢のように美しい砂浜で。移り変わらぬ美しさの中で――――故に、いつか消えゆく楽園の中で。
士道が澪に放った言葉は、あまりに残酷で、無慈悲で、破滅的であった。
全ての悲劇を捧げ、全ては愛しい人と再会を果たすため。言葉の刃というものがあるのなら、士道が放った言葉は正しく刃。少女の心を切り裂く、破滅の牙であろう。
けれど澪は、笑っていた。ただ静かに、微笑んでいた――――恐らくは、あの少女も。
「……私を殺せる存在、か……。確かに……もしも霊力が封印されたなら、私は普通の人間――――とまではいかずとも、今とは比べものにならないくらい脆弱な存在に変貌する。それこそ、自死さえも可能かもしれないくらいに」
自分の言葉を濾過し、自分の心へ導くように。澪はゆっくりと言葉を紡ぎ、不意に視線を外す。
そうして、先にいる二人を見て、細く息を吐いた。
「そして、私の力を受け継いだ存在なら、私を滅ぼすことができる。或いは、その助力になる。そんな身勝手な望みを、私は叶えてしまったんだ――――そうでしょう、『私』」
――――砂浜に、足跡が刻まれている。士道と令音、澪と真士。どちらでもない、少女たちのもの。
澪が見据えた先を見て、真士が目を見開いた。崇宮真士は、士道から切り離された真士の記憶の具現化。それを鑑みれば、驚くのも無理はなかった。
対して、士道に驚きはない。現れた少女のどちらも、士道にとっては馴染み深い存在であり――――一人は、この世の誰より愛した人なのだから。
「――――狂三。〈アンノウン〉……」
「ごきげんよう、皆様」
「…………」
狂三は淑やかな微笑みを。少女は、澪を悲しげに見据えた。
二人がいることは、感覚でわかっていた。だから士道の顔には驚きは現れない――――いや、姉妹のように白と黒のワンピースを着た二人には、少し驚かされた。こんな時でなければ、いの一番にベタ褒めをしたであろうに。
士道、澪、令音と狂三が視線を巡らせ、そして真士を見た。そうして、丁寧に礼を――ワンピースなためドキリとする領域で――見せつけた。
「あら、あら。あなたが崇宮真士さんですのね。初めまして、になりますかしら。わたくし、時崎狂三と申しますわ」
「あ、ああ。こちらこそ、初めまして。崇宮真士です……」
「……ほお」
あ、わかる。今、真士が何を思ったか凄くわかる。育ちは違えど自分自身――――今絶対、狂三を綺麗な子だって思った。
「士道」
「……わかってます」
士道の隣にいる令音が、すかさずといった様子で声をかけてきた。軽く息を吐いて、落ち着く意味合いも込めて小声を返した。
「さて――――――」
そう、言葉を零した狂三――――
「随分と身勝手なその願い。ようやく自覚されたようですわね、澪さん」
「……そうだね。君たちを振り回した挙句、
鋭く、痛ましい両の眼を粛々と受け止め、それでも澪は落ち着いた語調で言葉を紡いだ。
「シンを甦らせようとしていたのは嘘じゃないよ。それが、私の
確かにそれは、本当のこと。けれどそれは、事の真相ではない。
「――――士道と狂三の言うとおり、そうして生まれたのが本当にシンなのか、っていう疑問は、ずっと心のどこかにあったんだ。……でも、他に方法はなかった。だから私はそんな不安に蓋をして、ずっと見ないようにしてきたんだ。きっと新しいシンが生まれれば、そんな気持ちごと吞み込んでくれるって、何の根拠もなく思ってたんだ」
超越者として、果たされない望みを。たった一つの望みを、澪は自覚などできなかった。
その自覚を受け継いだ者が、存在していたのに。
「……そうか。私は――――ずっと、死にたかったのかもしれない。シンを不死にしようとしたのも、シンがいつか死んでしまうことに耐えられなかったんじゃなく、シンが死んでしまったとき、自分だけ生きているのが耐えられなかったからなのかもしれない。……ああ、そうか。なんで、今までそんな単純なことに気づかなかったんだろう――――――」
言って、澪は狂三から、士道から視線を外した。再び巡る瞳は、令音でも真士でもなく――――――
「――――君が、いたはずなのにね」
「……」
自らが産み落とし、自らの願いを背負った少女を捉えた。言葉を返すことなく、悲しげに瞳を揺らす少女。
背を向けることもせず、澪は歪んだ願いを、悲しき罪過を、少女へ突きつけた。
「でも、そうか。なら、君が私を――――
「…………」
「――――っ」
澪の言葉に令音が眉根を寄せ、真士が息を詰まらせる。
ああ、その回答は道理だ。行き着くことは、不思議ではない。澪の願いを受けた
だが、士道は違う。
「違う。澪、この子は――――!!」
そして、彼女も、違う。
瞬間、溢れるは
「この期に及んで、
その怒りは、狂三自身ではない。誰かを思っての怒り。故に、澪すら目を見開く絶対零度の激昂がそこにはあった。
「でしたら、無駄でしたわ。愚かでしたわ。あまりにも、哀れですわ。これ以上、この子の想いを
黒い装束は、意味を変える。可憐な少女から、遠き過去の復讐鬼へ。
「
黒き復讐鬼が、その銃口を因果の始まりへと突きつけた。
その復讐心は、正しきものである。
その復讐心は、正当なものである。
でも、その復讐心はきっと――――大切な少女のために、奮い立ったものだった。
二亜ちゃんめっちゃ奮戦中。
行動の対価に支払われるものが奇跡なら、それは万人に与えられなければ平等じゃないよねぇ。自身に降りかかる分の悪い賭けですら、哀れな自分を見て楽しみそうな人ですけれど。
許したはずの憎悪を奮い立たせたのは、誰のためなのか――――――次回『黒き復讐鬼の最期』。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!