デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十三話『黒き復讐鬼の最期』

 

 その殺意は純黒。永久を撃ち抜く憎悪の銃弾。

 

「――――よりにもよって、あなたがその程度の答えしか出せないとは」

 

 その怒りは、人のため。復讐鬼は、そのために怒り、そのために銃を取る。

 崇宮澪に、過去の因果を断ち切る銃口を突きつけた。

 

「無駄でしたわね、何もかもが。わたくしの復讐は、ここまで意味を違えた愚かな人を相手にしていた……そのことに、虚無感すら覚えてしまいましてよ」

 

「…………」

 

「目的は手段を正当化する理由にはなり得ません。わたくしも、あなたも。……同じだけの未来を奪ったわたくしに、復讐の権利などありませんわ。ですがわたくし、それを知りながらエゴで引き金を引くことができますの。そして、それ以上に(・・・・・)――――この子の想いを踏みにじるあなたを、絶対に許しませんわ」

 

 復讐という大義名分を、時崎狂三は秘めている。秘めていたものを、今この瞬間解き放った。

 けれど、それよりも(・・・・・)、彼女には許せないものがあるのだろう。紅の瞳が煌々と燃え盛り、黄金の輝きが澪の命を刻む。

 そう。たった今、崇宮澪は――――自身の分霊である少女の心を、読み違えた。それが、それだけは何より狂三には許せなかった。士道でさえ止められないほどの憤怒が、この空間では目に見えるようだった。

 一触即発の空気に息を呑み、拳を握った士道は喉を湿らせて砂浜に僅かな跡をつける――――半ば睨むように、狂三の眼球が行動した。

 

「手出しは無用ですわ、士道さん」

 

「っ……」

 

 他者を圧倒する威圧感。上位者であり、絶対的な捕食者の権能。忘れかけていた懐かしい感覚を、士道は今まさに味わい、足を動かすことを止めてしまった。

 時崎狂三は、強者である。獲物を狩る者である。敵を欺く微笑みは、転じて敵を喰らう蠱毒。それを様々と見せつけられ、士道は感じてしまった。狂三は今、本気(・・)だ。誰が立ち塞がろうと、その極まる銃口は寸分たがわず澪を撃ち抜くことだろう。それほどの怒りと憎悪が――――――

 

「〈アンノウン〉……」

 

「……っ」

 

 狂三の背中で顔を悲痛に歪ませた少女のためであると、わからないはずがない。

 ああ、そうだ。自分のためではなく、人のために怒りを感じる狂三だからこそ、士道では邪魔をできない。誰かのために引き金を引く狂三を止められるのは、士道ではない(・・・・・・)

 

「――――撃つといい」

 

 であれば、時は止まらない。静止をする理由はなく、穏やかに、慈しみを表に、友を親しむように澪は言葉を紡いだ。

 

「この空間でなら、或いは私を殺せるかもしれない――――権利ならある。君には、その権利がある。私は君から、全てを奪った女なんだから」

 

「……最後まで、傲慢な方」

 

 引き金が、命を刻む音を立てる。

 

 

「さようなら、澪さん。変われないというのは――――悲しいことですわ」

 

 

 その残酷さを哀れみ、別れの言葉を告げた狂三が指を引く――――その瞬間、澪と、士道の隣にいた令音の顔色が変わった。

 

 

「――――待ってくれ」

 

 

 それも、そのはず。殺意の銃口。恐らくは、この空間で澪の心を破壊し得る(・・・・・・・)悪夢の銃弾を前にして、立ち塞がった少年がいたというのなら、誰であっても驚くであろう。

 幾度でも言う、士道ではない。士道はもう、狂三の隣にしか立つことはできない。

 

 だが、崇宮真士(・・・・)ならば、狂三の前に両手を広げて立ち塞がることができる。

 

「シン、駄目……っ!!」

 

 澪が声を荒らげ、けれど身体を硬直させた。――――思い出しているのだろう。真士が存在して、士道から切り離されたが故に、士道ですら顔をしかめる光景。

 銃口が真士へ――――三十年前、あの凶弾に倒れた時と同じように。

 だが、真士は澪へ優しく微笑みかけた。大丈夫だ、そう言うかのように。あの時と同じ、自身を遥かに超える力を持つ者を相手に、決して澪を傷付けさせぬように立ち塞がる。

 愛する者を守る。士道と真士……同じ人間でなかったとしても、きっと同じことをするのだろう。

 

「……士道さんと同じ貌を持つお方。だからといって、わたくしが慈悲をかけるとお思いですの。崇宮真士さん」

 

「そんなつもりはないさ。けどな、好きな女(・・・・)が殺されそうになってるのを、黙って見てられるかってんだ」

 

 悪夢の殺気は、身が竦むほどのものだろう。真士であった自覚が士道からなくなっているように、真士も士道としての感覚は失っている。修羅場を潜り抜けてきた士道と違い、真士には精霊と相対できるだけの経験は存在しない。

 真士は、何の力もない状態で精霊の前に立ち塞がっていた。両手を広げ、震える身体を必死に奮い立たせて――――その姿は、初めの頃の五河士道(自分自身)を思い出させるもので、士道は奇妙な感覚を覚えてしまった。

 そしてそれは、狂三も同じだったようだ。感慨深さを表情に載せ、彼女は声を発した。

 

「同じものは貌だけでないようですわね。しかし、怖くはありませんの? あなたは、一度……」

 

「怖くない、ってのは嘘になるかな。君は強い。俺でもわかるし、きっと士道(おれ)は――――君に何度も助けられてきた。違うか?」

 

「否定はいたしませんわ。今にして思えば、私情を挟み続けていたものですけれど」

 

 冗談めかして軽く肩をすくめる狂三は――――だが、その銃口を下ろすことはない。

 一度、凶弾に倒れた。その瞬間の記憶は、真士の中にも残っている。夢魔の銃口は、真士の恐怖を再現するのに十分足る代物だ。

 ああ、ああ。けれど、それでも(・・・・)

 

 

「君の気持ちがわかるなんて言わない。それをわかってあげられるのは、俺じゃない。俺のせいで、君が澪を憎むことになった――――この真士(おれ)の想いも、本物じゃない」

 

「……それでも(・・・・)?」

 

 

 問う。幾度となく繰り返された、その言葉を。真士の答えは、首肯を以て返される。

 

 

「ああ、それでもだ。この記憶だけは、嘘じゃない。俺は君に勝てない。けど、勝てないからって俺が澪を守らない理由にはならない。愚かだと言われても――――俺は、あの日と同じ選択をする」

 

 

 死の銃口を前にして、崇宮真士は何度でも選び続けよう。愛する者の手を取ることを。

 魂はそこに無く、故に贋作。しかし、記憶だけは本物。であるならば、それは正しく崇宮真士の選択(・・・・・・・)

 真士と対する狂三は、それを見て唇の端を上げて微笑んだ。

 愛おしいものを見た彼女は、

 

 

「――――――」

 

 

 その銃声を――――――響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 それは、誰の声であっただろう。澪、それとも真士か。はたまた令音であったかもしれない。

 誰であったか。それは、さほど重要なものではなかった。重要なのは、零れ落ちた声の意図。肝心なそれは、明確な意志を意味していた。

 呆然と、放たれた銃弾の()を見ていた。硬直していた澪も、思わず目を瞑った真士も、狂三が引き金を引いた先――――海を、見ていた。

 

 

「これで――――終いですわ」

 

 

 穏やかな声音を乗せて、少女(くるみ)は銃口を下ろした。

 その海に、その心を眠らせたかのように。海へと埋葬したものは、復讐という狂気に身を委ね、己の中に僅かに残されていた『時崎狂三』。どうか、安らかに――――黒き復讐鬼の最期を。

 目を丸くする澪たちへ向かって、狂三は遠慮のない幸せを感じさせる微笑みを作り、言った。

 

 

「わたくし、これから士道さんと世界を変える素敵な、素敵な旅路が控えていますの。それに比べれば、このような感情(モノ)――――――些事で、実に取るに足らぬことですわ」

 

 

 そう――――狂三は、復讐など些事だと言えるだけのものを手にしているのだ。

 それに比べれは、僅かに残った復讐心などないようなもの。だから、士道の懸念はそちらではなかった。その懸念を消し去る光景に、士道はホッと息を吐いた。

 

 

「それに……この子が、こんなにも訴えかけて(・・・・・)いますもの。意を汲んで差し上げるのが、筋というものですわ」

 

 

 言って、狂三は振り返り、手を取る(・・・・)。狂三の服を、小さな手で握りしめていた――――狂三の意志を知り、小さく、けれど確かに狂三に意見した(・・・・・・・)白い少女の手を。

 

「……ごめんなさい。でも、私……」

 

「わかっていますわ。まったく、わたくしといい澪さんといい、あなたには苦労をかけていますこと」

 

 目を伏せ、言葉通り顔を歪める少女に、狂三も苦笑してその頭を優しく撫でた。

 ――――これは、あくまで士道の予想になる。

 狂三は、初めから撃つつもりなどなかったのだろう。いや、撃つだけの理由は存在していた。仮に、真士が立ち塞がらければ……少女が訴えかけなければ狂三は確実に、その引き金を澪へ向けて引いていたと思う。

 人のために憤怒を。しかし、そうであるが故に、その少女の心を感じられる。慮り、銃弾の軌跡を変えることができるのだ。

 少女の手を離さず、今度は目を丸くしたまま立っている真士へ振り向き、声をかけた。

 

「真士さんも。心労を与えてしまいましたわね――――おかしな話ですけれど、澪さんが三十年間想い続けるのも、無理はないと理解できますわ。良い殿方ですのね、真士さんは」

 

「え、あ……いや、君こそ、優しい人なんだな。ありがとう、くる――――――」

 

「……っ!!」

 

 士道が冷静に見ていられたのは、その辺りが限界だった。足早に言葉を遮り、狂三を背中に隠して立つ。

 澪はぱちくりと目を瞬かせ、令音は珍しくぷっと息を吹き出し、真士は――――何かを察したように、苦笑して遮られた言葉を呑み込んだ。

 

 

「ああ、そういうことか。悪かったな、士道(おれ)

 

「ああ、そういうことだ。俺の女を口説くのはナンセンスだぜ、真士(おれ)

 

 

 ニヒルな笑みを浮かべて、他ならぬ自分を牽制する――――その理由は、自分に対する嫉妬心なのだけれど。

 くすくす、と笑い声が後ろから聞こえてくる。言うまでもなく、口元に手を当てて笑う狂三と、微笑を浮かべる白い少女のものだった。

 

「まあ、まあ。嫉妬深いお方ですわ――――わたくしの気持ち、少しは理解できまして?」

 

「……嫌というほど、な」

 

 顔を手のひらで隠し、僅かに項垂れる。以前、あれは過去での話であったか。狂三が『狂三』に対する複雑な気持ちを口にしたことがあったが――――なるほど、ようやく理解に至った。

 私的な感情。しかして、それは自然な発露である。自分自身(・・・・)だからこそ、譲れない、許容したくない感情(おもい)が生まれる。

 士道と真士は鏡合わせだ。けれど、別人。故に譲れないものがある。

士道(おれ)にとって、それは誰でもない時崎狂三。

真士(おれ)にとって、それは誰でもない崇宮澪。

 同じであって違うもの。真士と澪は、別の道筋を辿った士道と狂三。永遠の恋人でありながら……そうであるが故に、時を止めた恋路。

 

 止めたならば、動かさなければならない。止めた時間を動かすのは、今しかない。

 

「澪」

 

「……士道」

 

 だから、今一度士道は澪と相対する。

 澪の祈りは破滅的であり、自暴自棄とも言える願望だ。けれど、祈りだ。ただ一つ、澪が真に望んだ祈り――――その祈りが生み出したものを、履き違えさせてはならない。そう思うから、士道は澪の目を見据えて言葉を紡いだ。

 

「お前の願いは、わかった。お前が〈アンノウン〉を……自分の姉妹のような存在を生み出した理由も、わかる。自分自身の死を望みながら、自分自身を滅ぼす存在を望む。でもそれは、生み出した自分自身を〝矛盾〟させる祈りだ」

 

「……うん。『私』を崇宮澪とするのなら、それはどうしようもなく矛盾だ――――そんなところまで、私が原因だったんだね」

 

 憂いを帯びた瞳を、心底懺悔するように澪は揺らす。

 白い少女が精霊として歪だと、かつて令音(みお)は少女を調べ尽くした。

 ――――矛盾していて、当然なのだ。

 死を望む崇宮澪と、自らを滅ぼす存在を望む崇宮澪。それらは、本来であれば干渉しない。矛盾などしない。しかし、崇宮澪は滅ぼす存在の仮想として、己という絶対的な存在(・・・・・・・・・・)を想像してしまった。

 ありえない仮想は、致命的な矛盾を起こしてしまった。二つの祈りは、交差する。奇しくも、それらの祈りは並行した願いとして叶うことになる。

 澪を脅かす力を得ながら、澪自身と定義したが故に力に適応しない精神(にくたい)。澪を滅ぼすため自己進化する霊結晶(セフィラ)を持って生まれた精霊は、死への願望を生まれ持つ歪な存在として誕生した。

 それこそが精霊〈アンノウン〉誕生の真実。祈り(呪い)を以て誕生した、崇宮澪の分霊。

 澪が視線を士道から狂三の隣へ――――自らが産み落としたもう一人の『私』へ、向けた。

 

「……ごめんね。こんな役を押し付けて。君は、私のことが嫌いだろうけれど――――――」

 

「――――そうじゃないだろ!!」

 

 言葉を遮り、はっきりと叫んだ。澪を夢から覚ますために。

 肩を揺らして驚く澪に、士道はもう遠慮などしない。一体いつまで、間違った答えを少女へ押し付けるのか。何を口走ろうとしたのか――――想いとは、一方的であってはならない。繋がらなければ分かり合えない。たとえそれが、自分自身に等しい存在であってもだ。

 歯を食いしばり、皮膚に爪をくい込ませ、少女の祈りに寄り添うように言葉を紡ぐ。

 

「違う……違うんだよ。――――なぁ、澪。お前の願いを生まれ持って、どうしてこの子が生きることができたのか。お前なら、わかってやれるはずだ」

 

「え……?」

 

「わかるだろう。お前の祈りは、お前の願望そのものだった。死んでしまった真士のいない世界から、消えてしまいたい……そんな祈りを生まれて持っていたら、生きてなんかいられない(・・・・・・・・・・・)

 

 そう、その祈りは呪い(・・)だ。まだ生まれたばかりの少女へ押し付けるには、残酷すぎる自殺願望。もし、少女が記憶を受け入れていたら、少女が本当の意味で『私』と定義していたならば、澪を滅ぼすよりも先に少女の存在そのものを失わせていたであろう。

 けれど、そうはならなかった(・・・・・・・・・)。少女は、生き延びた。そして狂三と出会い、士道たちの運命を変えた。

 この、崇宮澪の祈りという運命さえも変えようとしている。

 

「最初、俺はこの子が生きたいと願ったから、その衝動に打ち勝ったと考えた。けど、違った。この子を動かしたのは、自分への欲求じゃなかった」

 

「じゃあ、どうして――――――!!」

 

 そこで、ようやく澪が気が付いた。愕然と目を見開き、その意味を悟る。

 少女はどうして、死という根源的衝動に抗うことができたのか。澪ならば、わかるはずだ。

 

 白い少女が始まりに見た記憶が何なのか、それを誰より知る崇宮澪は、声を震わせて言の葉を作り出しだ。

 

 

「――――わた、し……?」

 

 

 始まりの祈りは、紐解かれる。

 

 

「……私を、生かそうと(・・・・・)した、の……?」

 

「……私自身、自覚したのは狂三と士道のお陰ですけれど――――私、あなたが思っているほど、あなたのことは嫌いじゃないんですよ?」

 

 

 困ったように微笑んだ少女こそ、祈りの答え。

 根源的衝動。それに抗った少女の想い。自我の祈り。そう、少女は自分を生かしたかったのではなく――――崇宮澪を生かしたかったのだ。

 悲しみと悲劇に彩られた澪を、それでも少女は生きてほしいと願った。だって、理不尽(・・・)だから。たとえ、澪の救いにはならなくても、幼い心で生きてほしいと願ったのだ。だから、少女の自我は死ななかった。祈りに、抗った。

 

「どう、して。だって、私は……」

 

「理由、必要です? 何もなかった私の唯一の繋がりがあなたで、初めに見たものがあなたの記憶だった。言ってませんでしたっけ? 私、狂三を見るまではあなたに従う気でしたよ」

 

 問う澪に、少女は戯けるように、道化のように微笑みを浮かべて返す。次いで、眉根を下げて続けた。

 

「……なんて、ね。たぶん、最初は深い理由なんてなかったはずなんですよ。私、明確に自分の思考を持ったのは狂三と出会ってからですから。あの時、あの瞬間、心のどこかでそう祈った自分がいたのかもしれない――――あなたが残酷な人だったら、違ったのに」

 

 だけど澪は、優しい人だった。

 

「……あなた、自分が殺した人の顔と名前(・・・・・・・・・・・・)、全員覚えているでしょう?」

 

「……っ」

 

 澪の瞳に動揺が浮かぶ。少女にとって、澪のそれは肯定のようなものだったのだろう。息を吐き、ゆっくりと歩を進め、砂浜に足跡を付ける。

 

 

「……どうせ、踏み躙った全ての生命に感謝を、とか本気で言ったりしたんでしょうね。精霊にする人だって、偶然の狂三や必然の琴里はともかく、他の人は同情できる理由ばかり持ち合わせていましたし――――折紙といい、どうしても甘くなっちゃうのは……仕方ないかなぁって」

 

 

 そう言って、自身の性分に皮肉を交えた少女は、澪の目の前に立つ。

 少しばかりの身長差と、あどけなさ。初めから、たったそれだけの差だったのかもしれない。

 澪と違う生き方を選んだ、〈アンノウン〉という少女の証明。

 澪が残酷なだけだったなら。犠牲を肯定し、逃げ道に使ってしまう人だったのなら。少女は澪を否定したかもしれない。でも、そうではないと知っていたから、令音を見て(・・・・・)少女は道化の微笑みを作り出しだ。

 

 

「――――ね? 私のお姉さん(・・・・・・)

 

「……そう、だったね」

 

 

 令音もまた、少女そっくりに困った笑みを見せた。

 村雨令音は〈アンノウン〉を気にかけていた――――少女がその回答を決めるのは、それだけで十分だったのかもしれない。

 〈アンノウン〉という少女の本質。それは、他者に対して極端に甘い(・・・・・)。少女の無価値や死にたがりは、本質的には澪の祈りだ。しかし、それを差し引いたとしても〈アンノウン〉という少女は好ましいと思った人に、甘い(・・)

 言ってしまえば、彼女は究極的に身内贔屓(・・・・)の精霊なのだ。少女が澪の邪魔をするつもりがないと言ったのは、恐ろしいからという理由だった――――士道は、ここに至って確信する。

 そうではない。澪への恐怖ではなく、無意識的に感じていた澪への好意(・・・・・)があったからこそ、少女はその行動を避けていたのだと。

 

「……けど、私は目的がありましたから。そのために、あなたのことは見ないようにしていた。それは結果的に、あなたの願いも叶えることに繋がる。そう、思っていました。ああ、でも――――――」

 

 再び視線を巡らせた少女は狂三と、そして士道を見据えた。

 

 

「だから――――最後まで、士道に賭けてしまったのかもしれませんね。こういう結果は、さすがに予想もしていませんでしたが」

 

 

 苦笑いを隠さず言葉を吐く少女へ向けて、士道も少女の調子に合わせるように茶化した声音で返してやる。

 

「……の割には、令音さんとのデートには賛成してくれなかったな?」

 

「当たり前じゃないですか。現実を見てくださいよ。結果的にこうなりましたけど、さっきの戦闘だって、この人が問答無用で〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉を撃ってきてたら、本気でどうしようもなかったんですよ。私の霊力封印のタイミング、かなりギリギリだったんですから」

 

「……士道が近くにいるのだから、使う気はなかったよ」

 

「ええ、ええ。そうだと思いましたわ。わたくしの予測でも、その理由が大半でしたもの」

 

 冷や汗ものですけれど、と言葉とは裏腹に汗一つなく令音へ返す狂三。……どうやら、あの戦闘は改めて考えても相当の綱渡りだったらしい。

 〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉は結果的に〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉を抑えることには成功したが、同質の〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉はまた話が別だった。未来世界で少女の霊結晶(セフィラ)を取り込んだ琴里は対応こそして見せたが、それは個人範囲でのこと。随意領域(テリトリー)があるとはいえ、『死』の天使を大出力で衝突させられてはどうなっていたことか。

 改めて実感させられる。恐ろしい綱渡りを選んだことを。まあ、そうでなくては世界を変えることなど夢のまた夢だと、士道は表情に出すつもりはなかったが。

 

「だからね、あなたの願いは叶えてあげられない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 三度、少女は澪と鏡合わせに相対する。同じ存在から脱し、剪定を覆す。

 

「……夢は、終わらせないといけないから。それを無くしたあなたの絶望、あなたの希望。わかってあげられるのは、『私』なんだと思う――――けど〝私〟は、別の結論をあなたに望みます」

 

「――――――」

 

 澪の絶望と希望。真の意味で共有できるのは、この世で澪自身しかいない。

 少女はたった今、その可能性を手放した。少女自身が『崇宮澪』として存在し、彼女の希望を叶えることを。

 見開かれた水晶の瞳に、少女は己を刻ませるように微笑んだ。

 

 

「〝私〟は、あなたに生きていてほしい。〝私〟に生命を、〝世界〟をくれた誰でもないあなたに――――生き抜いてほしい。それが、あなたからもらった生命で得た、〝私〟の結論(こたえ)です」

 

 

 道化でもなく、『澪』としてでもなく――――これまで経験した数々の物語を見た少女の結論(こたえ)

 初めから、変わることなどない。少女はただ、自分が大切だと思う人に生きていてほしい。たとえそれが辛く、苦しい選択だとしても、それだけでいい。

 その選択があるのなら、〝私〟は幸せだと――――そう、結論(こたえ)を導き出した。

 

「っ……でも、私は、私は……もう……っ!!」

 

 その結論(こたえ)を前に、けれど澪はくしゃりと堪えきれなくなった表情を見せる。

 そこにいたのは絶対的な精霊でも、神に等しい存在でもない。愛する人を失い、取り戻す手段すら失い、絶望だけが残された悲哀の少女だった。

 

「っ……!!」

 

 詰まらせた言葉を、そのまま呑み込んだ。

 士道が澪を救う手段は、一つだけ存在する(・・・・・・・・)。それは以前、澪が指摘した狂三の〝悲願〟の矛盾点。即ち、澪という存在を消しされば『士道』という存在もまた、ありえないものになるという考え。

 真士が死んでしまったから、士道は生まれた。なら、ああ、そうだ――――時を巻き戻すことで、士道の犠牲と引き換えに(・・・・・・・・・・・)真士を救うことができる。

 そうすれば、澪を一時的に(・・・・)救うことができる。けれど、真士は人間だ。ただの、人間なのだ。たとえ士道が時を超えて外敵を排したとしても、いつの日か澪は絶望へと堕ちる。いつかまた、永劫の絶望へと。

 言えない。それを士道が言ってはいけない。一時の救いのために、士道はもう己が身を犠牲にはできない。

 握りしめた手のひらには、様々なものが乗っている。精霊たちもそう。自らが生かした少女の運命もそう。何より――――――

 

「…………」

 

 士道の手を掴んだ、この世で一番愛おしい恋人は、絶対に言わせてなどくれない。

 

「……そうだよね。〝私〟はすごく残酷なことを言ってる。希望っていう夢から覚めて、絶望の中で生きてほしい。そう言ってるのと変わりない」

 

 泣き出してしまいそうなのは、どちらなのだろう。恐らくは、どちらもなのだろう。

 生きていてほしい。それは、澪の祈りを呪いとしてしまう言葉なのかもしれない。永遠に等しい存在である澪に対する、呪い。

 それでも少女は――――新たな希望を澪に望んだ。

 

「……シン、あなたはどう?」

 

 それ故に、少女が呼びかけたのは一人の少年。悲痛な表情で二人を見守っていた真士だった。少女の呼び掛けに、真士は細く息を吐き出した。

 

「俺、か……」

 

 返された声に含まれていたのは、複雑怪奇な感情。真士は、厳密には『崇宮真士』ではない。士道の記憶から切り離され、この空間でのみ存在し得る虚構存在。この真士から言わせれば、贋物の贋物。そんな思いも込められている。

 だが、少女は迷うことなくうなずいた。同じ……記憶だけを持つ『崇宮澪』になり得た存在だからこそ、少女は真士へ言葉を発した。

 

 

「……うん、あなたです。あなたが言ったんでしょう。この記憶だけは、嘘じゃないって。なら、あなたの言葉は本物のシンと同じなはず――――あなたの言葉で、〝私〟も最後の結論(こたえ)を決めたい」

 

 

 〝私〟の結論(こたえ)か、『私』の希望(こたえ)か。

 重大な責任を負った真士は、それに反して気負った様子もなく肩を竦め、澪へと歩み寄った。

 

 

「澪」

 

「――――シン」

 

 

 まるで、舞台の再演。けれど、それが再演ではないことは、士道が知っていた。

 士道と真士が導き出す答えは、きっと同じではない。ああ、同じであるはずがない――――一番に愛した人が、違うのだから。

 

 

「――――ごめんな、澪」

 

 

 傷付ける刃ではなく、温もりを。

 澪を抱きしめた真士は、記憶が導くまま、滔々と思いの丈を零した。

 

「さっきは、時崎さんに良い殿方なんて褒められたけど……三十年も女の子を縛り付ける男が、良いやつなわけないよな。ずっとお前を縛り付けてたのは、俺なんだ」

 

「そんなこと、ない……!! 私が……、勝手に……シン、私は――――ッ!!」

 

 うち震える身体は、濡れる声は、真士にだけ見せる澪の感情そのもの。

 

「ごめん、本当にごめんな……っ!! もっと見せたい景色が沢山あった。連れていきたい場所があった。体験させたいことが、山ほどあったんだ……!!」

 

 そんな彼女を強く、強く抱きしめる。抱きしめてやれるのは、真士だけだった。

 

 

「……この海は綺麗だよ。澪をここに連れてこられて本当によかった。……でも、そろそろ別の場所にも行かないとな。俺は澪に、もっと色んなものを見てほしかったんだ。それが俺の――――真士の記憶の願い(こたえ)だ」

 

 

 ――――結論と願いは、希望を否定した。

 少女は祈りという呪いを、記憶は愛という願いを。

 

「…………」

 

「――――――」

 

 ならば、士道たちは(・・・・・)、澪に何をしてやれるだろうか。何を与えられるのだろうか。

 交差する自分自身との視線。真士は初めから答えを得ていた。澪と出会い、答えを持っていた。

 それもまた、士道と狂三がそうであったように――――長い戦争(デート)の先で、自分たちだけの答えを得た二人のように。

 

 

「なら――――その願い、俺たちが叶える」

 

 

 その道標は、士道たちのエゴによって現れる。

 涙に濡れた澪の瞳が士道たちを映す。悲しみと絶望と――――少女たちの祈りを受け止められない自分自身への、強い怒り。

 

 

「おまえは勘違いしてるかもしれないけどな、俺はおまえを殺すために霊力を封印しようとしたんじゃない――――俺たちの願いのために、お前を救いたいと思ったからだ」

 

 

 澪からすれば、澪の本当の希望を知っていながら士道の取った結論は、自分自身を殺してくれるということなのかもしれない。

 ――――そんなわけがあるか。生憎、自殺願望者の死を背負ってやれるほど、士道は人が良くないのだ。

 不敵な笑い顔を作り出し、士道は高らかに声を上げる。宣言をする。絶対的な士道たちの答え(エゴ)を。

 

 

「澪、おまえは真士のいない世界じゃ生きていく意味がない。そう言った――――なら、変えてやるよ(・・・・・・)。その生き地獄、俺たちが変える」

 

 

 真士の手の中で目を見開いた澪へ向けて、士道は指を突きつけながら言う。

 

 

「俺たちは真士にはなれない。けどな、だからこそ俺たちは、おまえの中の真士と同じくらい……いや、それ以上の存在になれるって信じてる!! 俺たちの手で見せてやる――――真士が見せられなかった世界を!! 新しい希望を!! 俺たちが創る新しい世界で!!」

 

 

 世界の再構築(・・・)。その果てで、実現してみせる。澪が生きていける世界を。真士が見せたかった、美しい光景の数々を。士道たちを大切だと思わせるくらいに。生きていけると思えるくらいに。

 不敵な笑みを、いっそ悪役じみた微笑みに変えながら言葉を吐き出し続ける。止めてなんかやらない。

 

「罪があるとかないとか、もう関係ないぜ。何せ、俺たちは澪を超えるとびっきりの悪役だ。おまえがくれた精霊の力で、世界を丸ごと書き換えようってんだからな」

 

「うわ……俺ってあんな顔できるの?」

 

「……ん。狂三の影響、かな」

 

「……好きな人が好きな人そっくりになるのは、何とも言えない気分ですね」

 

 三者三様の感想はこの際気にならない。振り切れて、フルスロットルだ。

 

「きひひひッ!!」

 

 心なしか、見守る狂三も楽しげな微笑みを見せていた。当然、士道と道を共にした狂三は士道と同じ気持ちだ。

 士道と狂三は――――――運命共同体なのだから。

 

 

「おまえの希望を、俺たちの希望に変える。文句も嘆きも、必要ない。だから――――俺たちの創る世界を一緒に見届けてくれ、澪。そして、〈アンノウン〉」

 

「士道……」

 

 そうして、士道は澪へ手を差し出す――――刹那の間。

 

「――――わたくしは、士道さんのように優しくはありませんわ」

 

 時崎狂三が、澪へ言葉を放った。

 

 

「あなたのための救いなど、御免蒙るというもの。ですが、この子があなたに生きていてほしいと祈りを捧げるというのであれば――――わたくしなりに、その祈りを呪いといたしましょう」

 

 

 そして狂三は、悪夢(ナイトメア)はその名の通りに。少女は決して、救われるだけのお姫様を求めない。

 士道が一番愛する少女は、優しくも厳しい女王として君臨する。

 

「あなたの死への希望など、わたくしは絶対に許しませんわ。あなたが、復讐の権利はわたくしにあるというのであれば、わたくしはあなたに生という呪いを掛けますわ。かつて、あなたがわたくしに呪いを与えたように」

 

 指で銃を構える仕草をし、狂三は澪を撃ち抜いた。

 

 

「あなたがこれから何百、何千と死を臨もうと――――何百、何千と時を戻し、わたくしは澪さんを生かしましょう(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 その希望(ぜつぼう)を、女王は撃ち抜いた。

 彼女らしく厳しくて、彼女らしく遠回し(・・・)な言葉に、士道は思わず顔に手を当てて嘆くように声を零した。

 

「……もう少し、素直に言えないもんかね」

 

「あら、あら。不躾なことを。わたくし、素直なのはあなた様の前だけで十分だと思っているのですけれど」

 

「困ったデレ方してくれるお嬢様だ」

 

 要は、絶対に澪を死なせない(・・・・・・・・・・)宣言だというのに、何かと理由を付けて本心までは見せたがらない。狂三らしいといえば狂三らしく、それをわかるのも士道がいるとはいえ、と調子を合わせて言う。

 澪はしばしの間呆気に取られてから――――力なく、だが確かに可笑しそうに笑った。

 

「――――ふ、ふふ、あははは……困ったなぁ。みんな、厳しくて優しいんだから」

 

 本当に、困り果てた。けれど、それだけではない澪の表情。伝わったのだろうか。それとも――――緊張を孕んだ数秒の間を超えて、白い少女が息を吐いた。

 

「……言ったでしょう。あなたが残酷な人だったら、私だってそうなっていたんですよ。そうなったら、二人仲良く心中で世界はもう少し平和だったかもしれませんね」

 

「ふふっ、これも身から出た錆……ってことかな」

 

「おいおい……〈アンノウン〉に澪まで、冗談にしては笑えないこと言わないでくれよ……」

 

 こう言っては何だが、澪や少女がいなければ士道と狂三が繋がることもなくなり、下手をすれば今までの全てが『なかったこと』になるのである。冗談にしては些かブラックがすぎて、士道も苦い笑いが抑えられない。

 そんな士道の反応に、少女は面白がって笑い声を零して――――――

 

 

「――――ああ、そうだ」

 

 

 ふと、何かを思いついたように言葉を零した。

 いつの間にか手に持っていた黒い意匠の入った麦わら帽子を被り、士道に背を向けてゆっくりと息を吸う。大事なものを、大切なことを丁寧に言葉とするかのように。

 そうして少女は、振り返った。少女が初めて見せる、生気に溢れた微笑みと共に。

 

 

「――――名前、つけてください」

 

 

 そう、士道へ向かって放った(・・・・・・・・・・)

 

 それは――――初めて、少女が自分自身に求めるものだったのかもしれない。

 

 

 




元々、復讐なんてする気なかったと思いますよ。ていうよりは、しないって言う方が正しいですね。だって狂三、前の話で澪がやったことを少女のために許してますし。言った言葉は筋を通して、真の約束事は違えない。時崎狂三のプライドってもんですよ。
故に黒き復讐鬼は終わる。奮い立った理由である少女がそれを否定するのなら、復讐鬼はただ己に幕を引く。黒衣を捨て去り、狂三は愛する少年と世界を変えにいく。これが私が書くそれぞれの復讐の終わりです。

多分それなりにフラグ立ってたんで予想できた方もいらっしゃるでしょうけれど、狂三と真士の絡みはもう凄いやりたかったですね!言ったじゃないですか、もう一人の自分でもいればーみたいなこと。楽しい(楽しい)

目的のために全てを犠牲にできる澪の側面を持ちながら、所々他者への甘さがあったアンノウン。理由なんて簡単で、そのために自分自身を軽くできるから。澪との最大の違いは、到達地点に少女がいなくて構わない。むしろいない前提、ということです。澪は真士がいなければ駄目ですが、少女は自分が隣でなくていい、ということ。まあ、これで狂三が死んでたりしたら……それをさせないために自分自身を代役として立てたのですけれど。
究極的に、少女は死ねる存在。死を定義できる存在が、死を望まれた存在なら、そりゃ価値観も軽くなります。けれど、始まりを見て『誰かに生きていてほしい』と願う衝動が〝私〟であると。小さな根源を秘め、美しいものを見てようやく形を得たものが〝私〟なんです。
結局、仕方ないかなぁ、が少女の本音ですかね。だって、見捨てられないものは仕方ない。

澪に関しては作中での紐解きが大半ですが、私自身の考えはもう少しあとで。まあ……前章のタイトルがヒントですかね(

実は前後含めたこの話数を一話でやる予定だった。いつものご病気が最後まで治らないでいらっしゃる?
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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