デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百七十四話『君の名は――――』

 

 ――――名前。

 人、又は物、それらを呼称する上で必要となる名称の定義。

 それがわからなかったわけではなく、ましてや士道は常々それ(・・)を感じていた側の人間だった。それは大事な、大切な定義。人と人とが呼び合う、繋がり合うために必要な贈り物。

 ただ、それが――――――

 

「――――お、俺か?」

 

 自分を名指していることが、少しばかり意外だったというだけのこと。

 自分自身を指差して困惑の表情を浮かべる士道に、少女が微笑みを呆れに変えて声を発した。

 

「……いやいや、あなた以外の誰がいるんですか。ていうか、この状況で普通疑問に思います? 私、結構ショックなんですけど」

 

「そ、そうは言ってもだな……ほら、おまえなら狂三とか、令音さんも澪もいるわけだし……」

 

 わざわざ士道に名指しで付けてほしいというのが、こちらからすればかなり意外だったのだ。少女の好感度指数で言えば狂三は幾人の士道をごぼう抜きして最上位のはずだし、澪や令音も言動を聞くに間違いなく好いている。

 そんな中で一番に名指しされ、士道もしどろもどろな様を見せてしまう。自ら上げた候補を順々に見ていくと――――――

 

「……士道、それはないんじゃない?」

 

「……この子が気の毒に思えるね」

 

「士道さん。こういった部分は鈍いままですのねぇ」

 

 実に冷ややかだった。言語化するといやこいつマジか乙女心わかってなさすぎるだろ、くらいの強烈な視線を体現している。

 

「…………」

 

「俺に振るなよ……」

 

 士道はさらに視線を流して真士に助けを求めたものの、あえなく撃沈させられた。自分の半身に対して非情なやつである。

 情けない士道の様子に懐かしさを感じさせる深いため息を吐いた少女は、麦わら帽子のつばを持ち上げ半目でこちらを見据える。

 

「あなたが言ったんじゃないですか。『嫌じゃないのか、こんな名前で呼ばれるの』って。――――その意味がわからなかったわけじゃないんですよ。ただ、本当に意味がなかった(・・・・・・・)というだけです」

 

「あ……」

 

 その言葉の裏を知り、合点がいった。声を零し、再度少女の心を認識し直す。

 少女は死を終わりと定めた(・・・・・・・・・)。いや、少女にとってそれは死ですらなかったのかもしれない。最初からいなかったものが、元の形に戻るだけ。そこに意味はなく、価値はない、と。だから名はいらない、大事なものはいらない。

 ――――つまり、それを求めたということは。

 

 

「――――〝私〟と『私』が生きていける世界を、創ってくれるんでしょう?」

 

 

 微笑みは、答え。狂三の生存と、澪の生存。それらを満たしながら――――少女が生を選べる世界を。

 伝わっていたのだ。士道の想いが。そしてきっと、伝えたのだ。狂三の想いを(・・・・・・)。真っ直ぐに、少女に伝わるほど、ただ真っ直ぐに。

 フッと微笑んだ少女が、表情を誤魔化すように麦わら帽子を深く被り直す。

 

「……見ていいというのなら、あなたたちの行く末を見ていたい。消える理由もなくなってしまいましたから。名前がないのは、ただ不便なだけでしょう――――まあ、好意が伝わっていなかったのは残念です。あーあ、『俺もお前のこと、好きだ』とか言ってくれたのは嘘でしたかー。私、好きな人以外とキスする趣味はなかったんですけどねー」

 

「わ、悪かったって!! ちょっと、驚いちまっただけだ」

 

「はいはいそうでございますか。まったく、狂三以外の好意にはてんで鈍いんですから……琴里の苦労が目に浮かびますよ」

 

 小声で呟かれた最後の言葉は、様々な含みを士道に感じさせるものだった。

 精霊たちに対して――――琴里自身のこと(・・・・・・・)。別段、士道は人の心情に鈍いつもりはない。むしろ、過敏なくらいだと自分で思っている……乙女心を察する、という点では劣ることを認めるが。

 だから、少女の好意は士道へ伝わっていたし、それを蔑ろにする気もなかった。が、少女に名を付けるなら狂三の方が、という気持ちが勝るからこそだ。

 故に――――ほんの一瞬だけ狂三と目線を交わす。

 

「――――――」

 

 短く唇の端を上げ、微笑んだ。それだけの動作で、狂三が何を言いたいのかわかる――――――譲って差し上げますわ。

 

「……よし」

 

 息を短く吐き出し、気合いを入れ直す。

 少女が求めて、狂三が譲ってくれるというのなら、これ以上恥の上塗りは許されない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 手のひらを表に、虚空を掴む。その虚空に、少し長めの棒を現出させた(・・・・・)。〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉内でなら霊力を持つ士道であればこういうことも可能だろうと、四人でのデートの最中に令音から聞かされていたことを思い出す。中身が薄いこの程度のものならたとえ士道でも簡単に想像し、作り出すことが可能だった。

 これで描くものは――――実のところ、決まっていた。

 澪と令音、そして狂三。彼女たちを見て、その時に頭に思い浮かんだもの、その意味。

 

「よっ、と……」

 

 力強く、丁寧に。砂浜に文字を刻んでいく。〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の空間内だから、なのだろうか。それは士道の確かな意志として、確固たる一つのものとして刻まれているようだった。

 やがて、最後の一凪を終えた。皆が刻まれた字に注視している。僅かに、一息。

 

 

「――――――未零(みれい)

 

 

 士道はその名を、ハッキリと告げた。文字にして、二文字。発音にして、三文字。たったそれだけの文字列――――しかし、士道が与えたかった少女への祝福に他ならない。

 

「……どうだ?」

 

「……ミレイ。みれい。ミレい――――――未零」

 

 問う士道の声も聞こえていないかのか、噛み砕くように言葉を繰り返し、少女はそれを己の裡に秘めるように――――そうして、名を得た少女は笑ったのだ。

 

 

「――――未零。それが、私の名前。うん……気に入りました。ありがとう、士道」

 

「どういたしまして……かな」

 

 

 悠々と返した士道ではあったが……実は、多少の不安が脳裏をよぎっていた。少しばかり喜びを隠している、そんなふうに見えてしまったのである。

 気に入らなかった、という可能性を感じたことは否めない

 そんな懸念は、駆け出した少女――――未零を見て吹き飛んでしまったのだが。

 

 

「――――狂三」

 

 

 未零がどこへ向かったかなど、もう疑問にすら思わない。迷いなく狂三のもとへ行き、狂三の名を呼ぶ。

 少し屈んで、狂三に対して無言の訴え。そんな可愛らしい未零にクスッと微笑を零した狂三は、未零の求めるものを口にした。

 

 

「――――未零さん」

 

 

 呼び合う。その名を、ただ呼び合う。

 零れ落ちた言の葉に、未零は一度キョトンとした顔を作り――――麦わら帽子を揺らし、快活に笑った。

 

「あ――――はははは!! 〝さん〟はないんじゃない?」

 

「……き、ひひひひっ。それも、そうですわ。可笑しな話ですわ――――――未零」

 

 愛おしさを全面に、言う。未零は噛み締めるように顔を伏せ……今ようやく、何の憂いもなく狂三と目を合わせた(・・・・・・)

 

 

「……狂三」

 

「未零」

 

「っ……狂三?」

 

「なんですの、未零?」

 

「――――えへへへ。何でもないですよ、狂三」

 

「――――うふふ。未零は変な子ですわ」

 

 

 それだけが、それだけのことが――――どれだけ、待ち遠しかったことだろう。

 ただ幸せで、ただ尊いものに。士道は目に浮かぶものを誤魔化すように独りごちた。

 

「あーあ、結局は狂三なんじゃないか」

 

「ふふっ、拗ねちゃダメだよ士道」

 

「だってなぁ……」

 

 クスクスと笑う澪に、指で頬を掻きながら反論にならない言葉を零す。

 名前を求められて、さらに我ながら力作である渾名を名付けたのは士道だ。だというのに、未零が真っ先に駆け寄ったのは結局のところ狂三。澪に諌められようと、少しくらい拗ねてもいいではないか。

 まあ、命名を譲ったのだから、という考えももちろんあるのだが……二人の仲が本当の意味で縮まって嬉しいのと、絶妙な疎外感で複雑なのである。

 

「……意味は、あるんだろう?」

 

 と、真士と共に狂三と未零を見守る令音が、士道へ問いかけてくる。コクリとうなずきながら、当人たちを前に(・・・・・・・)、気恥しさを顔に映し出して答えを返した。

 

「はい。――――俺たちが創る未来を、初めから見ていってほしい。そんな、勝手な理由です」

 

 酷く、自分本位だなと笑ってしまうのだが――――そんな意図でさえ未零は気付いているのだろう。

 創り出す世界で、生きていてほしい。零から狂三と(・・・)。令音と、澪と――――三人から由来をもらったというのも、まあバレバレかと苦笑する。

 自嘲気味な士道を見た令音は、その首を横に振って返した。

 

 

「……そんなことはないよ。私たちができなかった……いや、これはしようとしなかったことだ。……ありがとう。あの子に――――未零に、名を与えてくれて」

 

 

 ――――慈しみ。

 令音が表す感情から、それが伝わってくる。『村雨令音』という人から、生き様から、その喜びが伝わってくるようだった。

 士道と真士が違うように、切り離された令音と澪もまた違う。感じるもの、記憶したもの――――ならば、澪はどうなのだろうか。

 

 

「――――――」

 

 

 その目の先は、何を映しているのか。何を思い描いているのか。

 自らの終わりか。祈りへの答えか。それとも――――それを問う、まさにその瞬間。

 

「っ!?」

 

 ――――ノイズが走った。

 閉じた世界を、無理やりこじ開ける。そんな不可思議な感覚が視覚を通して襲い掛かる。次いで、物理的な振動を伴って砂浜と海を揺らした。

 

「なんだ……!?」

 

「うわ――――っ!?」

 

 士道と真士が――経験による程度の違いはあれど――似たようなリアクションを取って辺りを見渡す。

 

「っ、これは――――!!」

 

「狂三……!!」

 

 対して狂三と未零は――――特に狂三は、何か別のもの(・・・・・・)を認識し、虚空を見て驚愕を顕にしているようだった。

 恐らくは、この閉じた楽園を揺るがすもの。それを異形の左目を以て〝観測〟する。干渉によって引き起こされた事象を算出、解析、演算――――即ち、未来予測とは擬似的な過去視(・・・)を引き起こすことすら可能としている。無論、それほどまでに狂三の力が増幅されているのなら、の話ではあるのだろうが。

 だが、彼女には出来るのだ。神に等しい存在にさえ通して見せたその瞳は、この現象の原因を正しく、それでいて過程を通り越して答えを見つけ出す(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「精霊術式による干渉――――アイザック・ウェストコットが、始源の精霊に成り果てようとしていますわ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「な――――っ!?」

 

 

 意味を破壊した答えであっても、それは士道に戦慄の声を抱かせるには十分すぎるほどの衝撃を伴っていた。

 時間軸のズレたこの空間内での観測。その上で過去と、これから起こり得る未来――――それを狂三は言ってのけた。それはもはや、確定事項(・・・・)に等しい意味合いを所持している。

 

「ウェストコットが始源の精霊って、どういうことだ……!? それに、精霊術式って何なんだ!?」

 

「三十年前、『私』を創り出した魔術の秘奥のことですよ。元々、あの男は『私』の力が目的で霊結晶(セフィラ)を集めようとしていましたから、まあちょうどいいショートカットというところでしょうね」

 

 悲鳴じみた士道の叫びに、未零が素早く簡潔な答えを返してくる。その声音は酷く冷静であったが、表情はどこか硬い。士道の表現できる範囲の言葉で表すなら、解せない(・・・・)と言いたげにあごに手を当て思考を巡らせていた。

 しかし、士道はそれ以前に段取りが掴めていない。精霊術式、ウェストコットの暗躍。こんな時に限って、士道側の〈刻々帝(ザフキエル)〉は沈黙したままだ。それは同時に、真士にも相応の疑問を抱かせていた。

 

「ちょっと待ってくれ。そんなことが可能なら、なんでもっと早くやらなかったんだ? 自分を精霊にできるなら、わざわざ他の霊結晶(セフィラ)を集めようとする必要なんて……」

 

 当然に行き着いたその問いを、真士が難しげに眉根を寄せながら首を捻った。

 そんな術式があるというなら、わざわざリスクを侵して霊結晶(セフィラ)を集めるメリットがない。現に、DEMほどの戦力があってなお精霊から霊結晶(セフィラ)を奪うことは困難を極めた。澪を生み出した術式が手元に残っていた……ならば、こうしてもう一度術式を発動させる方が確実で手っ取り早かったはずだ。

 それを行わなかった理由。ウェストコットのような男が、その行動を起こさなかった意味。

 

 

「いや――――しなかったんじゃない。できなかったんだ(・・・・・・・・)

 

 

 確信に満ち足りた言の葉を、心臓の焦りを抑えながら構築する。

 あの悪辣で性格の悪さを煮詰めて鍋の中に丸ごと詰め込んだような陰険男――――アイザック・ウェストコットは、実行を躊躇うような人間ではない。

 なら、士道が出せる答えはそれしかない。しなかったではなく、できなかった(・・・・・・)。理由は知るところではないが、士道はその答えが核心を捉えていると言葉にした。

 

「……その通りだよ、士道」

 

 そして、士道の勘を確かなものへと変える理論を持つ者――――令音が言葉を継いだ。

 

「……術式を成功させるには、あるものが足りなかった。世界が蓄えたマナと、その流れの要衝――――魔術や仙術で呼ばれるところの、いわゆる霊脈が必要なんだ」

 

「霊脈……それが今の世界には存在しなかった、ってことですか?」

 

 あるならば実行した。実行していないのならば、逆説的にその霊脈と呼ばれるものは失われていることになる。それはいつのことが――――言うまでもなく、士道の問いに答えた澪が生まれた瞬間だろう(・・・・・・・・・)

 

「うん。私が生まれた時、世界に蓄えていたマナと同時に、霊脈の機能を丸ごと私が吸収してしまったんだ」

 

「霊脈の機能を――――!!」

 

 ハッと目を見開き、答えを合わせるように狂三を見やる。こくりとうなずいた狂三が、士道の予想と寸分違わぬ言葉を用意していた。

 

「ええ、ええ。たった今、この数分のみ(・・・・・・)、澪さんというとびっきりの霊脈が存在いたしますわ。加えて、ユーラシア大陸で三十年前に行われた儀式用の術式とは、精度の桁も違うご様子……よくも、こんなものを隠し持っていたものですこと」

 

 狂三をして、ウェストコットの策は鮮やかな手腕だったのだろう。僅かに唇を噛み、出し抜かれた悔しさを見せている――――――そこに、士道は違和感を持った。

 狂三を出し抜いた――――どうやって(・・・・・)

 観測したあらゆるものを演算、予測する【五の弾(へー)】の力。それをありえないほど極限まで高めた狂三を出し抜く、文字通り目を欺く(・・・・)など不可能に等しいではないか。澪ですら狂三を警戒して、〈ファントム〉としての接的を避けていたのだ。

 ――――否。接的を避けていた、それは同じこと。この場合は、

 

 

「ちょっと待ってくれ――――一体、ウェストコットはどうやってこの状況を知ったんだ……っ!?」

 

 

 ウェストコットが如何な手段を用いて、澪が動けない状況を知ったのか(・・・・・・・・・・・・・・)。こちらの方が圧倒的な疑問だった。

 情報を隠し通すということは、同時に自分たちの動きを制限されるということにも繋がる。ウェストコットが口をつぐめば、確かに狂三の予測の範囲から逃れることが可能だろう。だが、それでは自分たちも知ることが出来ない(・・・・・・・・・)

 それこそ、解せない(・・・・)。一体どんな魔法があったというのか。〝結果〟を引き起こす〝原因〟は、果たしてどこにあったというのか。

 

「……〈囁告篇帙(ラジエル)〉が唯一、この世で読み取れないのは――――人の思考」

 

「……っ!!」

 

 思考に耽った頭を上げ、未零をバッと見やる。そう、未零が手にした天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉。この世界の本棚(・・・・・)ともいえる権能を司るかの天使は、無論、DEM側の動きを〝読む〟ことが可能であった。

 ここでその名を出すということは……士道の意図を、未零はうなずくことで肯定した。

 

「……私も、あの男は警戒していたよ。けど、何もなかった(・・・・・・)。少なくとも、〈囁告篇帙(ラジエル)〉が私の手の中にあった段階では、ね。せいぜい、『私』がいつか現れる(・・・・・・)。その程度の手札しか、あの男には存在していなかった」

 

「なら、どうやって――――――」

 

「それこそ、知らなかった(・・・・・・)のでしょう」

 

 断じた声は、未零から言葉を継いだ狂三のもの。士道の疑問に対して、狂三は次の言葉を使い正気を疑う回答を用意して見せた。

 

 

「当人が知らないのであれば、〈刻々帝(ザフキエル)〉の予測、及び〈囁告篇帙(ラジエル)〉の知識に刻まれることはありませんわ。皆様の疑問の答えを提示いたしましょう――――――偶然(・・)ですわ。偶然、アイザック・ウェストコットが行動を起こし。偶然、澪さんの動きが封じられた瞬間だった。そうとしか、説明ができませんわ」

 

 

 ――――皆を沈黙させるのに十分すぎるほどの威力が、狂三の解には備わっていた。

偶然(・・)。それは計算では存在しない、非常識な数式。或いは――――行動したもののみに引き起こる〝奇跡〟、とでも称するもの。

 それは奇跡というのなら、何と醜悪な結果なのであろう。だが、奇跡とは平等でないからこそ、その名を授かることが許されるのだ。アイザック・ウェストコットが奇跡を引き当てたからといって、それをありえないと断ずる権利は誰にもありはしない。

 

 だが――――――

 

 

「だったら――――そんな性悪な偶然、ぶっ飛ばしにいくだけだ」

 

 

 その奇跡(ぐうぜん)を、士道たちの力で捩じ伏せる権利は、誰でもない士道たちにあった。

 拳を握り、手のひらに打ち付ける。やっと、ここまで辿り着いたのだ。士道と狂三の〝約束〟まで、あと一歩――――誰であろうと、邪魔をするのなら遠慮はいらない。

 

 

「ええ、ええ――――人の恋路を邪魔するというのであれば、わたくし手ずから地獄へ導いて差し上げるのも、また一興というものですわ!!」

 

 

 蠱惑の微笑を浮かべた狂三が――――天上天下、誰がその邪魔をできようか。その覇気を以て黒の影を使役し、艶やかな四肢に自らの紅黒の城を纏う。

 

 

「〝私〟個人としても、あの男は思うところがあります――――それに、『私』がアレ(・・)と同質に扱われるのは、心の底から願い下げです」

 

 

 未零が不快さを隠すことなく、白い装束の上に自らの外装(つるぎ)を羽織る。通す袖から小さな腕が伸び――――貌を隠していた外装を、払い除けた。

 もう、それは必要ないから。言葉のいらない宣言に、士道と狂三は揃って笑みを浮かべた。

 それぞれの決意は、十二分に満たされた。そして――――――最後の一人は。

 

 

「……私も、いくよ」

 

 

 これまでの悲しみと憂いを帯びたものとは異なる、心震える言霊と共に。

 崇宮澪は、士道たちと並び立とうとしていた。

 

「あんな奴に利用されるなんて御免だし、シンとの思い出の世界を台無しにされるのはもっと嫌」

 

 言葉を一度区切り、複雑そうな表情を浮かべ押し黙る澪。しかし、それを吹っ切るように頬を緩め、続けた。

 

 

「……力を貸してほしい。狂三の過去を殺して、未来の世界でみんなを殺してしまった私がこんなことを言うのもおかしな話かもしれないけど――――――」

 

 

 憂いではなく、非情な覚悟でもなく。その瞳に、慈しみと優しさの覚悟を灯して。士道を、狂三を、未零を見つめてくる。

 

 

「――――みんなを、助けに行こう」

 

「……!! ああ……っ!!」

 

 

 強く、喜びを込めてうなずく。

 状況は、はっきり言って最悪だ。よりにもよって――或いは、だからこそ――ウェストコットが始源の精霊の力を手に入れた。それだけで、どれほど恐ろしいことかわかる。

 ――――でも、澪がそう言ってくれるのなら。皆を助けたいと願ってくれるのなら。士道にとって、それはたまらなく嬉しいことなのだ。まあ、呆れた表情で息を吐く、愛しく可愛い狂三様もいるのだけれど。

 

「まったく……人騒がせな上に、遠回りをするお方ですわ」

 

「ふふっ……女王様には、言われたくはないかな?」

 

「――――あら、あら。喧嘩なら買いますわよ? むしろ、ここで決着をつけて差し上げてもよろしくてよ」

 

「……神様も女王様も、どっちもどっちでしょう」

 

 そればかりは大いに同意する他ないなと、未零の呟きに密かな苦笑を士道は浮かべた。

 いい笑顔で睨む狂三にふっと微笑んだ澪は、一度その視線を切ると――――真士へ、最後の歩みを向けた。

 

「シン」

 

「ああ」

 

 二人にとっては、そんなやり取りだけで意思疎通としては十分だったのだろう。真士が両手を広げ、もう一度、澪をぎゅっと抱き締めた。

 

「……行ってくるね」

 

「……ん、気をつけてな」

 

 永遠から切り取られた、一瞬の邂逅。

 真士は、名残惜しさを振り切るように士道へ視線を投げかけた。

 

「士道。――――澪を頼む」

 

「――――、ああ」

 

 それを受け取るのに、多くの言葉は必要としなかった。海の深さを凌ぐ、その愛の形を。士道は首肯と共に受け取った。

 すると、そんな澪と真士の様子を見てか、今度は令音が真士のように両手を広げてくる。

 

「……士道」

 

「えっ? えぇ……と」

 

 気まずげに士道の目が泳いだ先は、まあ言うまでもないだろう。その先ですら、「さっさとしてくださいまし」と言いたげにあごで示す彼女がいるだけだったのだが。

 

「えっと……じゃあ、失礼します」

 

「……ん」

 

 ――――こうして抱き締められると、不思議と力が湧いてくる。

 幾度、この温もりに助けられてきたのだろう。決して、それは偽りではなかった。士道が令音を想う気持ちが、偽りでないように。

 

「……最高のデートをありがとう。――――君たちなら、大丈夫だ」

 

「……はい。絶対、次も用意してみせますよ」

 

 それくらいできなければ、世界を変える(殴りつける)ことなどできはしないから。

 今一度デートの約束を取り付け、互いの存在を確かめて身体を離す。少し早めに切り上げたのは――――令音の視線が、もう一人を指していたからだ。

 

「……ん」

 

「……え。いや、私は、別に……」

 

 指し示された少女――――未零は、令音の視線から逃れるようにしどろもどろな――どことなく七罪を思い出させる――声音を発する。さっきまでとはえらい違いというか、澪と令音ではかなり違うというか……そんな分析をする士道を後目に、はぁと息を吐いた狂三がその背中を無理やり押すように一歩二歩と足を運ぶ。

 

「時は有限です、わ!!」

 

「ちょ――――っ!?」

 

 ……押すというよりは、手で突き飛ばすといった方が正しかったかもしれない。全くの余談だが、多分これが自分の分身とかだったら足だったんだろうなぁ、と思わせる力強さがあったとか何とか。

 突き飛ばされてきた未零を、難なく受け止めた令音が華奢な身体を抱き締めた。僅かに抵抗する素振りを見せた未零だったが、恐る恐る……そんな様子を見せながら令音の身体を抱き返した。

 

 

「……こんな時に限って、月並みな言葉しか伝えられないが――――――いってらしゃい、未零」

 

「……それで、十分です。いってきます――――――令音」

 

 

 互いの体温を、鼓動を確かめるように、二人は目を閉じた。

 

「……姉さんでも、構わないのだが」

 

「……まあ、帰ってきたら善処してあげます」

 

 そんな微笑ましいやり取りに、士道は唇を笑みの形にしながら――――――最後は己の愛した少女を見据える。

 

「――――――」

 

 その黄金の瞳には、何が映っているのか。今この瞬間も、狂三は未来を視ているのか。視ているのだとすれば、それは想像するに難しくなく――――想像を絶するほど、凄絶な未来なのだろう。

 絶望に震えているのか。凄惨な光景に恐怖をしているのか――――否。断じて、否。

 

 

「――――参りましょう、士道さん」

 

 

 士道へ手を差し伸べた女王の瞳に、そのような絶望は余計なものだと、映すべきは他にあるのだと、絶望(せかい)を塗り替える希望の女王の手を――――――

 

 

「――――ああ。行こう、狂三!!」

 

 

 隣に立つ魔王として、強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仄暗い、宵闇へと誘う星空と、絶望を纏う煌々とした輝き。

帰還(・・)した士道たちが、まず初めに目にした光景である。

 二つ目は、精霊たちの歓喜の顔(・・・・・・・・・)だ。

 

「シドー!!」

 

「狂三さん……!!」

 

「あの子も、きた」

 

「おお!! 無事じゃったか!!」

 

「焦らしてくれたねぇ、少年――――待ってたよ」

 

 待ち望まれた登場だったのだろうが、少しばかり照れくさくなる。その思いを表に出しながら、士道は己が手に天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現させた。

 

「おう――――待たせたな、みんな」

 

 士道に続き、狂三が、澪が、未零が、それ(・・)と対した。

それ(・・)の両隣には、纏う力の密度を増したエレンとアルテミシア。だが、彼女たち以上に禍々しく、濃密な気配がそれ(・・)にはあった。

 しかし、躊躇いはない。恐れを乗り越える感情を、士道は手にしている。背負っている。

 

 故に、士道はその男と対等の立場で相対する――――その男が自分と同じことを考えていると、何故か理解できてしまったから。

 

 

 

「よう、息災で何よりだぜ――――――アイザック・ウェストコット」

 

「君こそ。その顔を見ることができて、嬉しい限りだよ――――――イツカシドウ」

 

 

 

 魔王となる少年と、魔王を纏う男――――――世界を壊す者たちの最終局面が、今訪れようとしていた。 

 






名無し脱却!!!!一番苦労したのは筆者な気がしますね本当に!!台無しな感想だなこれ!!

込めた意味は色々と。まあひねくれた名を考える頭が私にはないので、意味合いは単純ですね。狂三と澪と令音で未零……これだな(
書いてて思ったのですが、狂三と未零の友愛面を押し出すとすごくむず痒い。主と従者の二人が染み付いててこれはその……上手くいったんですかねぇ?みたいな。おかしい、狂三ガチ勢とか呼ばれるくらいに狂三大好きっ子に未零を描いたはずのこの私が恐れているとでも……!?

まあそんな茶番はさておき、今の狂三たちを出し抜く方法は単純。作戦を脳内で済ませて優秀な部下にただついてきてもらって運ゲーに勝つ。以上です。できるか!!!!

というわけでそれを乗り越えたラスボスとの最終決戦です。何か少し原作と雰囲気が違うようで……?
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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