デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十五話『ラスト・オブ・アライブ』

 

 アイザック・ウェストコットがどういう人間か問うたのなら、万人は揃って〝得体が知れない〟と口にすることだろう。

 人は、理解できないものを忌諱する。相容れないものと理解すれば、その人間を受け入れようとは思えなくなる。精霊たちでさえ、ウェストコットという男に対しては例外なくそう考えるに違いなかった。

 

 ならば、士道はどうだったのであろうか。あの男を見て、あの男と話をして――――どうしてか、忌諱はなかった。

 理論に語弊はある。士道はウェストコットと一生分かり合えないだろうし、当然そのつもりもない。何せ、崇宮真士という己の半身、彼の記憶が何より怒りを感じているのだ。想い人を傷つけられた恨み。妹を人質に取られ、あまつさえ彼女の命を弄んだ怨み――――己を殺された、憾み。

 でも、それは自分のものじゃない。真士の記憶には悪いが、士道はその感情(ふくしゅう)を一番の目的にはしたくなかった。すれば、悪辣なDEMの連中と同じになってしまう気がしたし――――復讐を振り払った人たちに、顔向けができなくなる気がしたから。

 では分かり合えないと、そのつもりはないと感じながら、士道はなぜウェストコットに対して精霊たちが感じたような嫌悪を感じなかったのか。何とも、不思議なことではないか。

 

 理由など未だ士道にさえわかっていない。ただわかっているのは、ウェストコットを殴りつけるのは自分であるということと――――――妙に気に入らない(・・・・・・・・)。そんな幼稚で、子供じみた考えがあることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――あんた、策もなしに突っ込んでくるタイプだったか?」

 

 濃密な霊力の中心点。アイザック・ウェストコットという男が始源の精霊に成り果てるその様を見て、士道は思わず場違いな言葉を吐き出してしまった。

 事ここに至って衝突は避けられない。魔術師のエレン、アルテミシアは共にウェストコットから強力な力を受け取っている様子。ウェストコット本人に至っては、未来の世界で澪と相対した時と互角のプレッシャーを発している。向かい合っているだけで、その実力の程を肌で感じられた。

 ――――だが、それでも聞きたくなったのだ。ウェストコットという強大な敵にして、思慮深く、狡猾な男が……まさか、勘に頼った特攻(・・)を仕掛けてきたなど、士道からすれば疑問しかないのだから。

 一見して煽りとしか思えない士道の疑問は、ウェストコットの機嫌を損ねる――まあ、その側近は睨みを利かせていたが――ことなく、彼は大仰な笑いを蓄えて返してきた。

 

「ふははは!! おかしなことを言う。そうするしか選択肢を無くしたのは、君たちの力だろう?」

 

「殊勝な答えだな。あんたらしくない……心でも入れ替えたか?」

 

「誰かに影響を受けることを意味するのなら、そうなのだろうね――――――同胞以外の誰かに信を置くのは、存外悪くはない気分だったよ」

 

 悠然とした調子でニッと笑ったウェストコットへ、士道は不快極まりない嫌悪感を全面に押し出した表情を突き返した。

 

「誰かに信じられて、ここまで最悪な気分になったのは初めてだ。礼は言わねぇけどな」

 

「私も君から礼など受け取った日には、人生で感じたことのない寒気に襲われるに違いない。まあ、その感覚に興味がないと言えば、嘘になってしまうがね」

 

「そうかい。なら、絶対言ってやらねぇよ。あんたを喜ばせる趣味はないし、何度も何度もあんたの顔を見たくはないんでね――――――いい加減、ケリをつけようぜ」

 

 三十年前から続く、この因縁に。

 神を生み出すという過ぎた夢を持った魔術師が引き起こした、数々の悲劇に。

 軽口の応酬はこの程度でいいだろう。あとは、刃を向け合いながら語ればいい。天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の鋒先をウェストコットに向け、十全の覚悟を以て宣戦布告を行う。

 士道の姿勢から、それが決して虚勢を張っているわけではないことを察したのか、ウェストコットが醜悪な笑みを濃くした。

 

「よい気迫だ。〈デウス〉すら隣に伴うだけのことはある――――それでは、始めようか」

 

 ――――それは正しく、闇そのもの。

 

「――――!!」

 

 漆黒の闇へと変貌し、その背後に浮かび上がった モノ(・・)に士道は身構えた。士道だけではない。その禍々しい力の塊に、精霊たちも戦慄を覚えていた。

 それは、巨大な『樹』であった。幻想を殺す、朽ち果てた漆黒の大樹。意味を、魔王。絶望を振りまく、魔王がそこには在った。

 

「ッ、あれは……!!」

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉? いや……」

 

「魔、王――――――」

 

 空を見上げ、圧倒される精霊たちを見下ろし、ウェストコットは指揮者の如くその両手を振るい、恍惚とした表情で曲想を奏でた。

 

 

「さあ、世界を創ろうか――――〈永劫瘴獄(ベリアル)〉」

 

 

 世界は、移り変わる。枝を天に、根を地に。胎動する大樹が、世界そのものと言うかのように。

 けれど、視えている(・・・・・)。仕掛けを見破られたマジックなど、観客を楽しませるに値しない。

 

 

「澪さん――――!!」

 

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉!!」

 

 

 手を取り合うことをありえないとしていた、女神が如き女王の号令は、神と見紛う少女を導く。

 士道たちが飛び出してきた繭。澪の背後に浮遊していたそれが、光の大樹〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉へと変貌した。

 瞬間、〈永劫瘴獄(ベリアル)〉と同じだけの枝と根が拡散し、喰らいつく(・・・・・)。世界と世界が絡み合うかのように喰い合う。そのとき、白と黒の世界が拮抗した(・・・・)

 

「――――そう、長くは保ちませんわね」

 

「うん。私たちより、外の世界が壊れる方が速い(・・・・・・・・・・・・)

 

 狂三の眼に追従し、澪が冷静な分析を下す。その瞬間――――澪は確かに、精霊たちを対等な立場に置いた。

 

 

「〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉で〈永劫瘴獄(ベリアル)〉を抑え込んだ……でも、長くは保たない。みんな、お願い。力を貸して。シンと出会ったこの世界を――――守るために」

 

『……!!』

 

 

 澪の言葉は、精霊たちに少なくない驚きをもたらした。

 無理もない。未来での澪の行動。そして、つい先刻までは命を賭けて戦っていた相手――――――だが。

 

 

「遅いわよ――――令音」

 

 

 彼女は、精霊たちを見守り続けた優しい解析官だった。琴里にとって、そして精霊たちにとって、それは不変の事実。

 驚愕の時間は多くなく、どの精霊もどこか嬉しそうにうなずき、それぞれの象徴たる天使を掲げた。

 

「うむ……!! 一緒に戦えて嬉しいぞ、澪!!」

 

「何か、あたしらの知らぬ間に和解して熱い展開になってるじゃん!! あとで詳しく聞かせてね!! あ、シロちゃんのこともね!!」

 

「ふふっ、その呼び名も新たなものに変えていただきませんと……それとわたくしは、澪さんと和解したつもりはありませんわ」

 

「この女王様はまた……」

 

 いつものように憎まれ口で素直じゃない精霊もいるが、どうであれ志は共通している。

 と、一致団結で息巻く中、七罪が頬に汗を垂らしながら言った。

 

「……いや、でも力を貸すって何すればいいわけ? 私たちの攻撃、全然通らないんだけど……」

 

 恐らく、士道たちが介入する直前まで精霊たちなりに攻撃を行っていたのだろうことを推察した。そしてそれが、未来での澪と同じく全く通用しなかったことも。

 始源の精霊に力を通す可能性は、幾つか観測している。狂三の未来予測。未零の霊結晶(セフィラ)による進化融合。そして、始源の精霊自身の力(・・・・・・・・・)

 答えはあった。ふっと目を伏せた澪は、祈りを捧げるように手と手を組み合わせた。

 

「――――そんなことはないよ。だって君たちの天使の力は、本来そんなものじゃあないだろう?」

 

 刹那。未来と同じ光景が目に飛び込んだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「な……っ!?」

 

 一瞬、士道は当惑に息を詰まらせる。澪が取った行動は、伸ばした光の帯を精霊たち、そして士道の胸へ突き刺すというものだったからだ。

 しかし、それで終わらない。未来と違う光景が、今この瞬間から描かれていく。精霊たちの霊力は、消えるどころか漲り、その身に眩い光を纏い始めた。

 

「おお……っ!?」

 

「これって――――――」

 

 光の物質化。奇跡が形を成す、天使と同じだけの意味を持つ絶対の鎧にして城――――完全な霊装が、ここに顕現した。

 士道、未零、そして完全な霊装を元より纏っていた狂三も、精霊たちと同じだけの凄まじい力を纏っている。エレンやアルテミシアと比べても遜色のない力の供給。

 

「……ふぅん」

 

 それを感じ取りながら、一人の精霊――――未零が何かを思考した(・・・・・・・)。自らの手を数度開き――――それこそ、その手の平から連想されるものを、嫌でも頭に浮かばせるように。

 

「――――言っておくけど、今注いだ程度の霊力じゃあ、君の根本的な肉体強度は補強しきれていない。間違っても、それ(・・)は使わないことだ」

 

 しかし、即座に目を細めた澪は、そんな未零の考えを見通したように否定した。一瞬で示された答えは、狂三、折紙の視線までも強くしたのか、耐え兼ねたように未零が肩をすくめる。

 

「……わかってますよ。――――それより、これでもあの男を倒しきるには不十分でしょう」

 

「ええ、ええ。対抗には十分。ですが、決め手には欠けていますわ。現状、全ての天使を集えた一撃であれば……といったところですわね」

 

「全ての天使を……ですか?」

 

「え……っ、エレンとかいる中で全員合体攻撃とか無理ゲーじゃない……?」

 

 七罪の考察の通り、相手もまた始源の精霊を得た存在。狂三の未来予測があるといえど、全員の息を合わせてウェストコットへ攻撃を加えるのは至難の業。

 それを知りながら、狂三は優雅に目線を流す――――他でもない、士道へ。

 

「あら、あら。おかしなことを仰いますのね。お忘れですの? ここまで余すことなく、あなた方の力をその身に収めてきたお方を(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ああ。いるじゃないか、ここに――――一人で、全ての天使を扱える者が」

 

 狂三と澪の言葉に導かれ、皆の視線が士道へと進む。

 

「――――――」

 

 かつての自分であれば、言葉の意味を理解したところで、恐怖と狼狽に囚われていたはずだ。

 けれど今、士道の手には皆の天使(しんらい)がある。精霊たちという心強い仲間がいる。

 仲間。それは力を与えられる言葉だ。だがしかし、士道にとって彼女たちの存在はそれ以上の意味と力を表していた。

 ――――男ならば、好きな女の前でかっこ悪いところは見せられない。

 虚勢だと言いたければ言えばいい。着飾った言葉と態度は、しかし士道にとってはこの上なく相応しい。世界を壊す者としては、軽薄すぎる理由と動機――――――でも、だからこそ士道は答えを見出したのだ。

 皆の視線に応え、力強くうなずいた士道は、ふっと微笑み声を高々と打ち上げた。

 

 

「いくぞ、みんな。世界を救う――――不本意ながら、な」

 

「き、ひひひひッ!!」

 

 それは、誰の意とするものか――――言うまでもなく。その人物は超然と微笑み。

 

 

『おおッ!!』

 

 

 精霊たちは皆、示す意味を理解しながら応え、各々が〈フラクシナス〉の外装から飛翔した。

 彗星が夜空を裂く。あまりにも幻想的な光景は、しかし敵の心を動かすものではない。〈永劫瘴獄(ベリアル)〉の枝が蠢き、同時にウェストコット以外の外敵が立ち塞がった。

 

「させると――――思いますかッ!!」

 

「いかせない……!!」

 

 エレン・メイザース。アルテミシア・アシュクロフト。共に強大な魔術師である上に、ウェストコットに力を授けられた二人が精霊たちの前に立ちはだかる。

 しかし、臆しはしない。濃密な魔力を用いて振るわれたレイザーブレードを十香と折紙が受け止め、その足を止める。その隙に〈永劫瘴獄(ベリアル)〉の包囲を〝視て〟突破した精霊たちが、各々の天使を掛け合わせて突撃した。

 

「吹っ――――飛べぇ!!」

 

「いき、ます……っ!!」

 

「旋風――――!!」

 

「激昂!! 激震!! 誰ぞ、颶風の御子を止めてみよ――――なんてね!!」

 

 〈封解主(ミカエル)〉【(シフルール)】によって限界を超え、必滅の業火【(メギド)】を放つ琴里。

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉に相乗りした七罪は、〈贋造魔女(ハニエル)〉の変貌万化を存分に披露する。その巨体をより強く、大きく変容させ、【一の弾(アレフ)】による時間加速まで上乗せした突撃を行う四糸乃。

 〈破軍歌姫(ガブリエル)〉によって極限まで引き上げられた〈颶風騎士〉の風を連続装填(・・・・)。【天を駆ける者(エル・カナフ)】の連続掃射という規格外の攻撃を与える耶倶矢と夕弦。

 並のものであれば生きた痕跡一つすら残さない、幾つもの天使が組み合わさった一斉攻撃。これでさえ、〈永劫瘴獄(ベリアル)〉と身に纏う霊力による防御によって、決定打となるダメージにはなり得ない。だが、決して無傷ではあれない。次第に、目に見えた傷が蓄積していくのが見て取れた。

 ――――無論、あの男がこの程度で狼狽などするわけがない。

 

「ふむ。やるじゃあないか。ならば――――これはどうかな?」

 

 笑い、嗤う。ひたすらに、士道たちの抵抗を楽しむように、ウェストコットは嗤う。片手を高々と掲げ、それ(・・)を呼び起こした。

 

「……!! あれは――――――」

 

 その球体(・・)は、巨大であり、漠然としたある感覚を士道へもたらすもの。

 識っている。なぜならそれは――――――

 

 

「――――〈極死祭壇(アティエル)〉」

 

 

 形を持った、『死』そのものなのだから――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は僅か、遡行の必要すら感じられないほどの間まで遡る。

 〈フラクシナス〉の外装上。猛然と飛び立った精霊たちを、二亜は〈囁告篇帙(ラジエル)〉を手に眺めていた。というより、眺める他なかった。

 

「――――で、何をしているんです? 本条二亜」

 

 と、そんな二亜に声をかける唯一の人物は――――士道の道を作る精霊たちを見送った二亜と同じく、この場に留まった白い精霊、通称シロちゃん(二亜渾名の力作)であった。

 

「あれ? シロちゃんこそどうしたのさ」

 

「……私はやりたいことがあったのですが、それを伝えたところ、この場で待機を命じられました。けど、あなたは違うでしょう?」

 

 どうやら、二亜と違ってシロちゃんには正当な理由があったようだ。不思議そうな顔で問いかけてくる少女――顔を拝むことができると、本当に令音と澪そっくりである――に、二亜はばつを悪くして頭をかいた。

 

「いや……よく考えたら、あたしも〈囁告篇帙(ラジエル)〉も戦闘向きじゃないじゃん? ずっと非戦闘員ポジションだったのに、〈バンダースナッチ〉とか雑魚魔術師(ウィザード)とかならまだしも、初戦闘がいきなりボス戦ってちょーっとハードル高くにゃい……?」

 

「……ああ。それで場の雰囲気に隠れながら、こうして困り果てていた、と」

 

 当人からすれば、単なる状況確認の復唱に過ぎないのだろうが、なかなかに突き刺さる一撃が放たれた。二亜の心にマイティブラザーズクリティカルフィニッシュという感じである。

 あごに手を当て、冷静に断じられるとダメージプラス。身長差から年下的なイメージも含めてさらにクリティカルヒットだ。若干泣きそうになりながら、二亜はこれまでの鬱憤を込めて叫びを上げた。

 

「し、仕方ないじゃん!! あたしここまで頑張った方だよ!? 未来記載はチートに思えて思ったより役に立たないし!! てか、今さらだけど未来の固定化ってことは間接的にくるみんにディスられてない!?」

 

「……未来予測の固定化と、記載される未来の固定化は意味合いが異なりますからねぇ。どちらもすごいのでは?」

 

「シロちゃん優しい!! あと、人の頭ガリガリしてくれやがった男相手に口先で頑張るのめっちゃ疲れたね!! キャラじゃないことした二亜ちゃんを誰か労ってくれてもよかったと思う!!」

 

 わーっと吹き出す不平不満の雨あられに、「……ふむ」とどこかで見たような仕草と、それでいて足音すら立てない俊敏さで少女は二亜へ歩み寄り、その後頭部に手を伸ばし、自らの胸――いやでっか、結構でっか、将来性しかないじゃん――に二亜の顔を押し当て、優しく撫でた。

 

「……よしよし。それについては私も心から感謝していますよ。咄嗟の判断でしたが、やはりあなたに託してよかった」

 

「うう、幸せだぁ。こうしてあたしを労わってくれるのはシロちゃんだけだよぅ……これが終わったら、あたし専属のセラピストとして雇ってあげるからね。将来安泰だよ」

 

「……資格、持ってたかなぁ」

 

 むしろ、他の資格は持っているのかと、ちょっと気になった二亜だった。

 とまあ、戦場の後方で遊んでいる、もとい癒される二亜の背後から、唐突に声が這い出てくる(・・・・・・)

 

「――――あら、あら。何を遊んでいらっしゃいますの?」

 

 それは比喩的な表現でもあり、直接的な表現でもある。狂三、その分身体が〈フラクシナス〉の外装上に影を生み出し二亜たちの前に現れたのだ。

 彼女の出現に二亜は小さく肩を揺らし、恐る恐る分身を視界に収めるように振り返った。

 

「いやちゃうんすよ。ちょっとした出来心だったんすよ。でも仕方ないやん? この子、基本的に何でもしてくれそうだし、できそうだし」

 

「何故にエセ関西弁ですの……まあ、後半については同意ですわ。だからこそ、隠れて独り占めはよくありませんわね?」

 

「競争率高そうだなって。そして、あたしはお給料に関してはそれなりに支払える。〈ラタトスク〉に手をつけられる前に、先手必勝とはこのことよ」

 

「少しは我欲を隠してくださいまし」

 

 少女の手の中できらん、と歯を見せて己の策を誇ってみせると、狂三の分身は腕を組み呆れた目でため息を吐いた。

 

「大体、本気で流されて決めてしまいかねない子に、悪影響を与えるのはやめてくださいまし」

 

「……私は子供か何かです?」

 

「さぁ、遊んでいないで準備をしてくださいませ。時は有限。手早く済ませてしまいましょう」

 

 少女の半目な抗議を一切受け付けることなく、分身はぱんぱんと手を叩いて二亜へと(・・・・)言葉を掛けた。

 そう、少女ではなく二亜へと、である。疑問符を浮かべ、二亜は首を大きく捻った。

 

「え、くるみんみん、それあたしに言ってる?」

 

「二亜さん以外に誰がいまして?」

 

「……あたし、ここから役に立てる能力ある?」

 

 それは、二亜なりに分析を重ねた結果、かなり的を射る正当な評価だと二亜自身は自嘲を込めた確信を持って言った。

 〈囁告篇帙(ラジエル)〉に関しては、言うに及ばずだ。直接戦闘能力は低く、秘奥の未来記載とて、あれほどの霊力を纏った相手では十全どころか縛ることができるかすら怪しい。

 かといって、その識る(・・)という能力に関しても、相手は狂三が命を賭して観測した(・・・・・・・・・・・・)始源の精霊と〝同質〟のもの。加えて、あれだけ激しい戦闘の中だ。二亜の能力値では、味方に情報を伝えるどころか足を引っ張る可能性すらあった。それだけは絶対に避けなければならず、知略を巡らせるもさしたる代案は浮かばず……そうして、取り残されるに至った、というわけだ。

 ――――ようやく力になれたと思ったが、やはり戦闘という面で二亜は領域に踏み入ることができない。おちゃらけて誤魔化そうと、悔しいに決まっている。だが、現実は受け入れる。でなければ、皆の足を引っ張るだけだ。

 だから、分身の催促に対して放った二亜の言葉は否定、自虐的なものだけではなく――――確かな〝期待〟が含まれていることは、それもまた言うに及ばずだった。

 二亜の表情の変化を見て、スっと目を細めて魅惑の引き立つその微笑みを――――少々と小生意気(・・・・)な笑みへと変えた。

 

 

「ええ、ええ――――――現状お役立ち度ゾウリムシ以下の二亜を、ミジンコくらいにはしてあげます」

 

「へ?」

 

 

 その、淑女・時崎狂三から放たれたとは思えない馴染みある暴言(・・・・・・・)に、二亜は呆気に取られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『死』を絶望と定め、光は堕ちる。

 巨大な黒花〈極死祭壇(アティエル)〉から放たれた闇の粒。絶え間なく、残酷に、死の光は周囲に降り注いだ。

 

「みんな!! それに当たっちゃ駄目だ……!!」

 

 『死』の概念。対外を廃するその力は、如何に万全な霊装があろうと、その身に触れるだけで害を成す理不尽な殺戮者。

 触れてしまえばタダでは済まない。精霊たちが一斉に飛び退く――――が、エレン、アルテミシアを妨害していた十香と折紙が、今度は逆に二人の妨害に遭い、その射程範囲に取り残されてしまう。

 

「く……!!」

 

「ぐぬ……!!」

 

 澪の力を得ている十香と折紙とはいえ、エレンとアルテミシアもまた条件は同じ。あちらも、これが絶好の機会であると心得ているのか、二人を弾き飛ばす未来(・・)がすぐには訪れない。

 

「十香!! 折紙――――!!」

 

 間に合わない。そう士道は叫びを上げた――――否。

 

「え――――?」

 

 士道の脳裏に、ある光景が届いた(・・・)。それは〝未来〟。僅か、数秒先の〝未来〟。しかし、それは絶望ではない。降り注ぐ闇の粒を、十香と折紙に訪れる『死』の光を、同じ貌をした少女たち(・・・・・・・・・・)が身を挺して受け止める光景。

 そして、現実の視界を幾つもの白い影が横切り――――未来は、現実(いま)になる。

 

「な――――!!」

 

 『死』の光はその法則を存分に発揮し、少女たちの命を一瞬にして奪い去る。

 しかし、亡骸はない(・・・・・)。存在するのは、無数の紙。それすらも法則を得て消滅していくが――――舞い散る紙。本の頁(・・・)。いつかの記憶を甦らせるには、十分な光景だった。

 

「まさか、あれは……」

 

「きひひひひ……っ!! 最っ高のタイミングですわ――――!!」

 

 目を剥き、眉根を寄せた士道とは対照的に、狂三が狂気的な微笑みを辺りに響かせる。

 間違いなく、今のは狂三の放った策の一つ。同時に、実行者の声が後方から発せられた。

 

「やー!! 間一髪だったねー少年!! どーよ、二亜ちゃんとくるみんの見事な作戦は!! あたしが来たからにはもう安心だぜー!!」

 

「なぜこの流れでそんな大口を叩けるのか理解に苦しみますね」

 

「二亜!! と――――――」

 

 弾かれるように振り向いた士道の声が、一度詰まったように止まる。それもそのはず。二亜の隣には、この場にいないはずの少女の姿があったのだから。

 色素の薄い髪に、白い簡易霊装。可愛らしく、けれどなぜだか生意気さが窺える顔立ち――――いつか、電子の海(・・・・)で出会った記録。

 そして何より、その口調と声が士道に正しく少女の正体を認識させた。

 

「――――マリア」

 

「はい。よくできました。待望のリアルボディを手に入れ、完全無欠のマリアです」

 

 言いながら、アイドルのような――ちょっと昔ながらで、誰からラーニングしたかはわかりやすい――ポーズを取って見せたマリアの姿に、場違いな雰囲気の明るさを感じ士道は苦笑を浮かべた。

 

「でも、一体何がどうなってるんだ? 今十香たちを助けてくれたのもマリア……だよな。狂三の分身みたいなものなのか?」

 

「『わたくし』よりは、澪さんと令音先生が近しいですわね」

 

 そう言った狂三は、珍しく得意げな顔で――実にエクセレントな表情だ――髪を払い、この手品の種明かしを行う。

 

「一の自我に、複数の肉体。〈黒の女王(クイーン)〉から成るマリアさんを思考の起点とし、〈囁告篇帙(ラジエル)〉と顕現装置(リアライザ)による肉体の生成――――〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の権能。士道さんなら、覚えておいででしょう?」

 

「あ、ああ――――なるほど、な」

 

 天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉の反転。即ち魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉。かの魔王がウェストコットの手に渡ることはなかったが、その力の一端は記憶に刻まれている。

 士道が思い浮かべた能力は、紙から成る怪物(・・・・・・・)。魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉が描く〝物語〟を現実にし、無数の生命体を生み出す力。その驚異的な力を忘れるはずもない。

 そしてもう一つ。天使と魔王は表裏一体(・・・・)。天使が在って魔王が在り、魔王が在りて天使は在る。存在が鏡合わせであるならば、力もまた同義。魔王が行使する力を、天使が扱うことも可能(・・・・・・・・・・)なのである。

 〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉を模範した〈囁告篇帙(ラジエル)〉と、顕現装置(リアライザ)という空想を現実に書き起す権限。それらを用いて、複数のボディを生成した――――その理屈は、士道の頭でも数秒かからず整理できた。しかし、それは答えがあったからこそ(・・・・・・・・・・)だ。故に、士道は素直にその疑問を口にした。

 

「けど、この短期間でヒントもなしに、どうやってこんな発想を――――――」

 

「あら、ヒントなら幾らでも転がっていましてよ。それこそ、無限に(・・・)

 

 ニィと歪めたのは、左眼(・・)。時を刻み、時間を制する〈刻々帝(ザフキエル)〉が変質し、明確な進化(・・)を果たした証。それを見た士道は、ハッと目を見開いた。

 ――――未来の可能性。幾度か、その未来予測に触れた士道にはわかる。あの力は、有り得た同一時間軸(・・・・・)すら観測できる。士道自身、以前似たような現象を身をもって体感している。七罪攻略の際、こちらでは起こらなかった美九の行動(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を、〈刻々帝(ザフキエル)〉は予測結果として弾き出した。

 つまり狂三は、マリアと思考を共有し、できる(・・・)結果を弾き出した。それは有り得た未来、有り得なかった過去すら存在していたかもしれない。たとえば――――ウェストコットが魔王を手にした、別の未来(・・・・)なんてものも存在し得る。という意味でもある。

 

「可能性が存在しているのなら、私と狂三に導き出せない解はありません。大きくリソースを割くことになりましたが、相応の結果を見せることができました」

 

 ならば、答えから別の正解を導くことなど、狂三とマリアにかかれば造作もない。

 手を掲げたマリアの意を組み、二亜の〈囁告篇帙(ラジエル)〉から幾枚ものページが舞い散る。物語を現実に――――その中から、マリアと同じ貌をした少女たちが姿を現した。

 

「無論、〈極死祭壇(アティエル)〉の力を浴びた個体は蘇生できませんが」

 

「この身体を以て数瞬の間、皆を守ることは可能です」

 

「なに、死に尽くしても二亜の霊力が空になるだけです」

 

「もともとなかったようなものですし、大した損害ではありません」

 

 無数のマリア――――本当の意味で、一を全、全を一とする少女たちは、冗談めかすように言葉を組み立てながら〈極死祭壇(アティエル)〉へと向かっていった。

 合わせるように、見事調子を取り戻した……まあ、調子に乗っているともいう二亜が、ビッと人差し指を〈極死祭壇(アティエル)〉へ向けた。

 

「いっけー、マリア!! きみに決めた」

 

「マリアはいうことをきかない」

 

「あたー!?」

 

「わたくしとマリアさんを従えるには、レベルが足りませんわねぇ。鍛えてくださいまし、一兆レベルほど」

 

 残っていたマリアに脇腹をつつかれ、狂三の大概な無茶ぶりに晒されながら身体をくの字に折る二亜。

 

 刹那――――一陣の風が、士道の背を叩いた。

 

「――――!!」

 

「ああ、ああ。それともう一つ」

 

 暴れ狂う神風。その域は、自然が引き起こす風を容易く凌駕する。吹き飛ばされかけてマリアにしがみつく二亜と、それを無情に引き剥がそうとするマリア……はこの際やらせておこう。士道とて、暴風に対して余裕でいられるのは、揃った霊力の支えがあればこそだ。

 同じく、悠然と風を受け止める狂三は、その先を見た。風の中心――――導かれようとする、死を殺す存在を(・・・・・・・)

 

 

「――――顔は譲ります。代わりに、土手っ腹はいただく(・・・・・・・・・)、とのことですわ」

 

 

 言葉を理解し、噛み砕く――――その思考の隙間を縫うように、誰かが視界の中心を横切った(・・・・・・・・・・・・・)

 

「な……!?」

 

 それが何者なのか、士道が正しく理解したのは――――――

 

 

「が――――っ、は――――」

 

 

 ウェストコットの身体の中間――――文字通りの土手っ腹(・・・・)を未零が蹴りを叩き込んだその瞬間のことであった。

 

「――――一度、その気に入らない顔を歪ませてみたかったんですよね」

 

 声音に載る、隠しきれない感情。少女なりの恨みつらみ――――あとは、姉を想う心(・・・・・)、とか。

 

「命中。完璧です。惚れ惚れする働き。MVPは夕弦たちのものでしょう」

 

「これぞ、八舞カタパルトなり!! ……く、咄嗟に何も出なかった……!!」

 

 後方から快活に響いたのは、未零を射出した(・・・・)八舞姉妹の声。

 神速の跳躍と神速の暴風。二つを掛け合わせ、さらに未零の天使は『死』を司る。認識を、警戒を――――降り掛かる『死』を殺す。五感で捉え、避けられるものなど、この世に存在しない。

 だが、無茶苦茶なことを相談もなしにしでかした未零と狂三へ、ツーカーを羨むジェラシーを感じながら士道は飛んだ(・・・・・・)

 決着には、速い。ウェストコットがまだ、笑っている(・・・・・)

 

「く、ははははははは――――!! 歓迎するよ、〈デウス〉。まずは、君からだ」

 

「っ……!!」

 

 〈永劫瘴獄(ベリアル)〉が、動く(・・)。〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉と複雑に絡み合う世界の一部が、無理やり切り離された。小規模とはいえ、世界は世界。取り込まれれば、ただでは済むまい。

 

「させない――――!!」

 

 〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉を制御している澪は、察知した瞬間から天使を操り、分離した世界を追うように再び同化させる。それ自体は成功して――――まだ、生きている。

 士道の目からでもわかる。同化し、絡み合う世界。権能こそ相殺されているが、〝世界〟という枠組みを利用し未零ごと(・・・・)取り込もうと迫っていた。

 

「いや――――強引なのは嫌われるぜ、ウェストコットさんよ!!」

 

「士道……!?」

 

 故に、その役目は士道のものだ(・・・・・・・・・・・)

 未零をウェストコットから引き離し、士道は自らウェストコットを〈永劫瘴獄(ベリアル)〉の世界へ引きずり込む。

 士道とウェストコット、互いの顔が映り込む――――まるで、こうなることを確信していたと思える表情が。

 

「アイク――――!!」

 

 世界が閉じる、直前。その声は後方から響いた――――十香を強引に振り払い、ウェストコットの救援へと馳せ参じたエレンだ。

 

 それを遮る、一人の〝影〟。銃を交差させ、神速の刃を受け止めた。

 

 

「舞台に相応しい役者は、もう十分ですわ。さあ、さあ、わたくしたちも決着をつけましょう? エレン・メイザース(人類最強の魔術師)――――――!!」

 

「っ、邪魔をするな、時崎狂三(ナイトメア)――――――ッ!!」

 

 

 最強の魔術師と、最凶の精霊。幾度となく相対し、始源の精霊という因果が結びつけるその縁。

 全ての精霊の力を得た士道と、始源の精霊の力を得たウェストコット。ああ、ああ。確かに、役者としては十分なのだろう。

 ならば、互いの顔を見合わせて――――――

 

 

「――――いってくる」

 

「ええ、ええ――――いってらっしゃいませ」

 

 

 不敵に、笑う。互いの勝利を確信(・・)する絶対無敵の微笑みと共に――――――因縁の終止符へ、士道たちは身を投じた。

 

 

 






名実共にラストバトル。さあ、さあ、物語の幕を引くのは誰の願いか。次回、いよいよ最終章クライマックスです。

二亜が最後の最後までスルスルと動いてくれる……キャラのギャップでシリアスやらせても様になるから本当にこの子は凄い。そしてさり気なく未零の胸事情を知るの巻。…………まあ、その、この子の事実上の成長者を見てもらえればわかるかと。泣くな、妹御。実は琴里と同じと言うより六喰と同じなのじゃ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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