デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十六話『願いを叶えし者』

「そこを退け、ナイトメアァァァァァァァァァァ――――――ッ!!」

 

 絶叫を咆哮と化し。吐き出す怨嗟に形という意味を持たせるのなら、その名は執念。

 凡百の情を宿し、人類最強の魔術師(ウィザード)が放つ斬撃は狂三と言えど正面から受け止めればタダでは済まない。

 けれど、狂三は受けて立った(・・・・・・)

 

「く……っ」

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 

 閃光が散る。交差させた双銃を力で押し込み、刃は狂三の眉間まで迫る。力技もここまで極まれば大したものだと狂三は称賛を笑みにし、片方の銃を犠牲に(・・・・・・・・)エレンの剛を柔を以ていなした。

 

「っ!?」

 

 エレンの目に浮かぶのは、大きな驚愕。自ら手馴れた武具を戦いの最中で迷うことなく捨てる。この一瞬を凌げると言えど、後には続かぬ技。エレンからすれば正気とは思えない戦術を狂三は取った。

 愚かな選択。明確なミステイク。【一の弾(アレフ)】の加速化にあってなお、エレンは次の一瞬で距離を詰めてくるであろう。

 しかし、狂三には視えている(・・・・・)。なんてことはない――――刀を振るうのに、両手を塞いでいるのは間抜けというものだろう?

 

「は――――ッ!!」

 

「何……!!」

 

 神速の下に振るわれる刃を、返しの刃で打ち払う。

 ただそれだけのことにエレンは驚愕を示した。狂三の手のひらに握られた色のない刀(・・・・・)に想定外の動きを強いられ、後方へ退いたのはエレン側だった。

 一瞬の攻防の答えは、そう難しいものではない。眼球の動きだけで狂三は少女を――――未零を捉えた。

 一つとて、狂三の敗北を想定していないあの少女の瞳を、見た。

 

 

「――――き、ひ、きひひひひひひひひッ!!」

 

 

 ああ、ああ。笑ってしまう。そういう子だ。それは変わっていない。あの少女は、狂三を案じている。その上で、狂三の実力を誰より知っている(・・・・・・・・・・・・・・)

 だから敗北はないと。時崎狂三を傷つける存在はあれど、勝てない存在など唯一『私』自身でしかないと、傲慢にもほどがある考えを持っていたのだろう。

 これを笑わずにいられるか――――それに応えずにいられるか。

 

「――――!!」

 

 全ての予測を、目の前の〝敵〟へ。ただの敵だ。如何に強大、如何なる因縁であろうと、ここに至る意味合いは一つでしかない。

通さない(・・・・)。そのために、倒す。士道の邪魔をしようというこの魔術師(メイガス)を、一部の隙もなく、完膚なきまでに討ち果たすのみ――――――!!

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」

 

「は――――ッ」

 

 光の軌跡を描き迫る無数の刃を、同様の軌跡を以て炸裂させる。

 

「っ……銃使いが、剣士の真似事ですかっ!!」

 

「あら、あら。魔術師風情がよく吠えますこと。この程度の曲芸、淑女の嗜みですわ」

 

「戯言を――――!!」

 

 二撃。三撃。二双と見紛う斬撃を、刀と銃を駆使して受け止める。濃密な魔力で編まれ、さらにはウェストコットの力を注がれた光の刃は、霊装の上からだろうが切り裂かれれば無傷ではいられない。

 しかし、その刃を全面に受けてなお、幾度打ち付けられてなお、色のない刀はその煌めきを失わない。

 当然。そこには理由しか存在しない。この刀は、天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉。かの楽園は、『法』という己の世界を生み出すもの。であるならば、この刀が決して折れぬは法則にて定められている(・・・・・・・・・・・)

 この刀は、それだけ。刀身から斬撃を飛ばすような奇跡はない。王たる意味を持たせる天使ではなく――――決して、折れない。

 〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の世界を内包した、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の世界そのもの。極小の隣界であり、法則を纏うもの。それが明確な形として顕現した刀こそが、時崎狂三を守るために打たれた一刀(・・・・・・・・・・・・・・・・)なのである。

 それ故に、狂三がエレンに容易く打ち負けることは有り得ない。しかして、狂三がエレンに打ち勝つこともまた、容易くはない。

 

「…………」

 

 左眼は常に未来を捉え、右眼は常に現実を俯瞰する。

 その両の眼を以て、狂三はエレンに賛辞を抱く。憎悪の感情を排斥して、否、あったとしても狂三はこの評価を覆さない。打ち込まれる鮮烈な刃と、思い描いた自らの幻想を現実にする随意領域(テリトリー)。それらを駆使したこの魔術師は、狂三が最強と認める精霊を相手にして、恐らく互角の切り合いを演じることができる。

 これほどの技。血の滲むような研鑽が目に浮かぶ(・・・・・)。この実、顕現装置(リアライザ)を用いない能力は見せられたものではないのだろうが――――――だからこそエレンは、魔術師として最強(・・・・・・・・)なのであろう。ありえない自分を、幻想の自分へ。肉体が及ばないのなら、類まれなる意志の力を極限まで鍛え上げた。それは、随意領域(テリトリー)という奇跡のあり方として極めて正しい選択だ。

 で、あるならば。狂三がわざわざエレンと打ち合う理由は少ない。エレンを討ち果たすのであれば十香の方が確実であり、未来予測を用いたところで、狂三自身の身体能力は精霊たちの中で下から数えた方が速い。狂三がこうして打ち合えているのは、常に防御の構えを取っていること。エレンが激情の中で散々と味わった狂三の優位性、即ち〈刻々帝(ザフキエル)〉の搦手を警戒している二点だ。

 狂三が十香級の敵と近接で結ぶには、以前の反転した十香と同じように捨て身で一つの勝機を狙う、という方法があるのだが、あの時と違い狂三には制約はない。わざわざ【七の弾(ザイン)】を狙ってやる(・・・・・)理由が存在しない、と言い換えてもいい。

 しかし、それなら十香や折紙ではなく狂三がエレンと戦う理由は何か。答えは明白――――捨て身すら必要なく、狂三の方が手早くエレンを倒せるから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)である。

 あらゆる意味で、それは必定なのである。エレンを脅かす近接戦闘を行わない狂三は、十香や折紙のように長い剣舞を見せることはない。エレンからしても、狂三を仕留めるのにそう時間は使わない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。以前の攻防が一瞬だったように、だ。

 

「〈シャスティフォル〉!!」

 

 故に、雌雄を決する時間は、一瞬にして到来した。

 刃ではなく腕を振り上げ、エレンは自らの随意領域(テリトリー)へ指令を下した。すると、エレンの纏うCR-ユニットから展開されたバックパックより、無数のレイザーエッジが射出。避けるには多すぎる数が正確な狙いを付け、回転しながら狂三へ迫る。

 なぜ正確とわかるのか。言うまでもなく、視えている(・・・・・)からである。

 

「――――っ」

 

 一息に後方へ跳躍。すかさず、片手の長銃の引き金を絶え間なく引き続ける――――閃光。無数のレイザーエッジは爆風に加えた衝撃となって空中で四散した。

 目を細め、思考。今のは狂三の銃撃だけではない。エレン自身が魔力機雷としての役割を果たさせるため、指令を発したに過ぎない。

 衝撃に叩かれ、僅か一瞬ではあるが狂三の反撃は封じられた。補助兵装であっても、人類最強が振るうのであれば十二分に敵を屠る威力を持つ。無論、精霊が相手では一瞬の時間と視界を遮るだけに終わる。

 

 

「貫け――――!!」

 

 

 しかし、エレンという規格外の魔術師(ウィザード)にとって、それは隙を作ったと同意義なのである。

 晴れた煙の向こうより覗く、ユニットが背に負った武装を変形、さらに前方へ押し出したエレンの姿。

 それは巨大な砲門と見える。だが違う。間違っている。狂三にはそれ(・・)の意味を〝観測〟した。

 砲に非ず。それは――――――

 

 

「〈ロンゴミアント〉――――――!!」

 

 

 ――――槍。敵を刺し貫き、撃滅する光の槍であった。

 CR-ユニット〈ペンドラゴン〉。王の名を冠せし鎧の切り札は、尊大にも王の槍というわけだ。

 理論は同じだ。生成した魔力を研ぎ澄まし、その一撃につぎ込み、放つ。【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】、【砲冠(アーティリフ)】、【(メギド)】、【天を駆ける者(エル・カナフ)】。数ある究極に至った〝一〟と並ぶ、最強の矛。

 絶対の矛に求められるものは、極限へ至るその破壊力。どのような防御であろうと貫く力のみ。その点、これらの力は合格と言えるだろう。競ったなら、それは互角の鬩ぎ合いになるに違いない。

 避ける、というのなら七罪が可能か。

 止める、というのなら四糸乃が可能か。

 反らす、というのなら六喰が可能か。

 数々の未来を、己の時間を極限まで引き伸ばし、弾き出す。時崎狂三という精霊は、果たしてどれに該当するのであろう――――どれも正しく、どれも間違っている。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――――」

 

 

 唱える。自らが誇る、究極の天使を。時間という炉を燃やし、霊力へ。

 結論という意味では、取れるであろう。だが、それは本質ではない。時崎狂三の本質ではない。〈刻々帝(ザフキエル)〉の本質ではない。

 光は眼前に捉えている。一秒後、光は狂三を貫き、死に至らしめる。刀で防いだところで、刀は無事でも狂三の肉体は消失する。力を力で上回る術などなく、相殺などできるはずもない。なぜなら――――など、もう十分であろう。

 結論へ至ろう。防ぐ、反らす、止める。否、否、否。時崎狂三できることなど、一つしかない。時崎狂三が至る究極など、一つしか存在していない。

 

 時崎狂三がすべきこと、それは――――――

 

 

「――――――【三の弾(ギメル)】」

 

 

 時を司り、時を制す。時崎狂三に許された極地は、たったそれだけのことだった。

 

 ――――目眩い白が、歪に歪んだ世界の中を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――な」

 

 呆然とした声音は、己の力を識る故に。最強という矜恃を手放さずにいたエレンだからこそ。

 ――――その光景を認めるわけにはいかなかったのであろう。

 

「あら、あら……そのお顔は二度目ですわね。同じ芸(・・・)だというのに、些か驚きすぎではなくて?」

 

 エレンの前に立つ、時の天使を背負う狂三の姿を、認めることなどできはしない。

 最強の槍を使い、エレンは確信していたのだろう。だからこそ、かつてのように驚愕を感情に載せ、それを激昂へと変えた。

 

「な……、ぜ――――何をしたのです!!」

 

 防いだのなら、相応の消耗がある。相殺したというのなら、拮抗の衝撃がある。だが、先の瞬間、拡散した光は確かに魔力光〝のみ〟のものであり、それはどこかへ反らしたという反論を打ち消すものでもあった。

 光は炸裂した。だが、狂三は消滅するどころか新たな傷は得ていない。筋があまりにも通らず、理論は破綻する――――破綻していて当然だと、狂三は肩をすくめた。

 

「何を驚いているんですの? あなたは一度、その身で味わったはずですわ。体感していたはずですわ。あなたがわからないというのは、おかしな話があるものですわ」

 

「巫山戯るな……!! 私の――――――」

 

「そう。あなたが誇る最強の一撃、でしたわね。脅威ですわ。恐ろしいですわ。魔術師(メイガス)の極地、この目にしかと焼き付けましたわ。技の威力で相殺など叶わず、避けることも叶わず、防ぐことなど以ての外。それほど、完璧でしたわ。誰もが認めることでしょう。ええ、ええ。素晴らしいですわ、素晴らしいですわ」

 

 大仰に手を広げ、ただ相手を称賛する。なればこそ、その行動はエレンの神経を逆撫でするであろう。わかっていてやっているし、止めるつもりもない。

 時崎狂三は、そういう女だ。そういう精霊だ。尊大なる言動は相手を掌握するもの。不遜なほど大胆な微笑みは――――――

 

 

「故に。ええ、ええ。強大であるが故に――――――時を進めて(・・・・・)、消えてもらっただけですわ」

 

 

 完膚なきまでに、敵の心を折るためのものだ。

 時崎狂三は、何も特別なことはしていない。ただし、狂三の行使できる力の範囲で、だが。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉・【三の弾(ギメル)】。一度見せた弾を、同じように使うなど些か芸がない。そう考え、思案して――――今の狂三(・・・・)が【三の弾(ギメル)】の力を行使した。やったことは、それだけだ。【三の弾(ギメル)】の持つ時間の促進。〈刻々帝(ザフキエル)〉が奏でる時の数だけ、狂三の眼前の時間を歪めた(・・・・・・・・・・・・)

 練り上げられた魔力は脅威。寸分違わず、狂三を殺すために〝完璧〟に編み上げられた魔力。その〝完璧〟は、完成されているが故に――――時を支配する狂三に届くことはなかった。

 その理不尽は、届いているであろうか。

 その不条理は、心を穿つものであっただろうか。

 狂三の背に浮かぶ〈刻々帝(ザフキエル)〉が奏でる絶対の時刻(とき)を、人類最強たる魔術師は感じているであろうか。

 

 

「この、化け物が――――ッ!!」

 

 

 感じていなければ、このような言葉は吐き出されないであろうが。

 冷ややかなものだった。他ならぬエレン・メイザースが、その言葉を口にするのかと。自らの自壊を選んだ魔術師へ、狂三は冷徹な視線を投げかけた。

 

 

「あら、異なことを――――最強(・・)が、わたくしを怪物と認めるなど」

 

 

 それこそ、負けを認めているようなものではないか。

 ああ、ああ。少し、間違っているか。エレンは自らを最強という怪物に仕上げた。しかし、その心には常に――――――

 

 

「嗚呼、嗚呼。悲しいですわね――――あなたは、自らの最強(エリオット)を越えられないことを、その意志で認めてしまっているのですから」

 

「――――――――――」

 

 

 そうでなければ――――最強を名乗りながら、他の最強を知っていなければ、他者を怪物などと定めはしないだろうに。

 目を見開いたエレンの身体が、随意領域(テリトリー)が震える。

 

 

「貴様が――――――その名を口にするなァァァァァァァァァァ――――ッ!!」

 

 

憤怒(なげき)呪い(いのり)――――憎悪(あいじょう)

 知る限りの負の感情。知る限りの正の感情。愛があるから人は狂い。愛があるから人は恋をし。友愛は尊きものとして扱われ――――――愛を裏返し、人は憎しみを覚える。

 

 

「今一度――――肝に銘じておきますわ」

 

 

 人の心は、わかったところでそれほど単純なものではない。魔術師も、精霊も……それは変わることのない真実なのだろう。狂三がそうであったように、エレン・メイザースが、その祈りを呪いに変えたように。

 絶叫の下に、音速で振るわれる――――――二重の神速を以て、この一瞬のみ凌駕する。

 

 切り上げられた色のない刀が、光の刃を断ち切った(・・・・・)

 

「――――――」

 

 驚くものではない。創り上げた幻想を現実に。それが意志の力で成し得るものならば、そこに乱れが生じればこうなるは必定。どれほど優秀であろうと、その綻びを視る(・・)のが狂三と〈刻々帝(ザフキエル)〉だ。

 返しに、銃を。【七の弾(ザイン)】、【三の弾(ギメル)】。エレンの脳には、狂三の銃弾が様々と去来しているのだろう。

 だが、弁えていたか、魔術師(メイガス)。精霊の枠組みを超えて、時崎狂三は凝り性(・・・・・・・・)だということを。種が割れた同じやり方というのは、些か風情がない。

 そして、もう一つ――――それ(・・)が士道にできて、狂三にできない道理はない。

 

 

「奥義――――――瞬閃轟爆破」

 

 

 純粋な霊力を、叩きつける。

 

 銃身を超える凄まじい霊力の奔流が――――五河士道の奥義が、エレンを呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 最強が、堕ちる。肉体こそ健在ではあったが、そのユニットと搭載された顕現装置(リアライザ)には、相当なダメージを負ったであろう。

 

「…………ああ」

 

 思わず、吐息が零れる。靡く黒髪も、霊装も健在。一見して、エレンを圧倒したようにも見えるが――――――その目を閉じて空に身を投げ出すのに、一秒と使わなかった。

 

「――――まったく。相変わらず、見ていて不安になる戦い方ですね」

 

 堕ちかけた狂三の身体を、そんなため息と共に包み込んだのは、白い翼を羽ばたかせた少女だった。

 

「……仕方ありませんわ。こうでもしなければ、長引いて仕方なかったんですもの」

 

 大人しく抱き抱えられながら、狂三は自らの正当性を主張しておくとした。

 狂三とて、内面で余裕があったわけではない。〈黒の女王(クイーン)〉を最大まで起動させたのち、最強の魔術師であるエレンに挑む。何とも、無茶を押し通したものだ。反則手と搦手を存分に押し出し、それでもなおエレン・メイザースという女は厄介極まりなかった。

 暴れられ、万一にでも士道の邪魔をされては叶わない。だからこそ、最速(・・)で勝負を決する道を視れる(・・・)狂三がいかねばならなかった……もっとも、その代償として今は指の一本とて動かしたくはないが。

 

「皆様は?」

 

「〈永劫瘴獄(ベリアル)〉の処理、それと予測通り(・・・・)アルテミシア・アシュクロフトの保護(・・)に成功しました――――といっても、〈永劫瘴獄(ベリアル)〉に関しては動きを止めた程度ですが」

 

 どうやら、狂三の残した予測は正しく機能していたようだ。

 アルテミシアの保護――――これに関しては、こうなってはそれほど難しくはない。彼女は元々、記憶を封じられ(・・・・・・・)、DEM側についた。なら、逆説的にその記憶が封じられていなければ(・・・・・・・・・・)、彼女はDEM側につくような人間ではない、ということになる。こういう時、精霊の力というものは本質をつく。強く封じ込めようと、それに干渉できるのなら、扉を開けることは容易である(・・・・・・・・・・・・・)

 〈封解主(ミカエル)〉。未来でも過去(いま)でも、かの天使の頼もしさは変わらない。

 

「さて……」

 

 休めていた目を外界へと放つ。されど、大局は動かない。〈永劫瘴獄(ベリアル)〉と〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉は拮抗。分離した空間は、未だ狂三たちの前に存在している。

 

「この場を制したところで、大局はあちらにありますわ。無駄な労力を使わない――――いえ、使えないのでしょうね」

 

「……あとは、見守ることしかできない、ということですか」

 

 今の士道を前にして、狂三たちを気にかける愚策を用いる男ではない。如何に狂三たちがエレンを抑えようと、ウェストコットを討ち果たすことができなければ全ては水泡に帰す。

 

「……狂三には、視えているのですか」

 

「愚問ですわね」

 

 不安と期待を滲ませる未零へ、即座に返す。問われたことと、その答えを込めた回答だ。

 狂三にはわかる。狂三には信じられる。だというのあれば、重ねるべき言葉はそれしかありえなかった。

 

 

「――――決まりきった結果など、わたくしが視るまでもありませんわ」

 

 

 それはもう、時崎狂三の中で定められた未来だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 因縁はある。悪意がある――――――理由を知らない。

 

「――――あんたさ、結局何がしたいんだ?」

 

 それは、続きであったのだろう。同時に、士道の好奇心が生み出した結果。

 白と黒。明暗分かれるこの空間で、それ以外は世界に存在しない空間で、士道は眼窩の中の眼球をその男にのみ向けた。

 

「ふむ……理由を話せば、私は君に同情してくれるかな?」

 

「んなわけあるか。おまえだって、俺の事情を聞いたところで同情なんかしないだろ」

 

「そうだろうとも。では、私が話す理由も存在しないのではないかね?」

 

 ……それもそうだ。と、士道は頬をかいた。思わず口走った言葉を、相手に正論で返されるとは何をやっているのだろう。力を手に入れた者同士、今さら交わす言葉もないかと士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を握り直し――――――意外にも、ウェストコットは問いの答え(・・・・・)を返してきた。

 

「――――新しい世界を創るためさ」

 

「……へぇ」

 

 返す声が、少しばかり上擦ったのがわかる。それに気づいているのかどうか、ウェストコットの性悪な笑みを見れば一目瞭然だ。ただ、それを指摘することはなくウェストコットは続けた。

 

「エリオットから聞いているかもしれないが、私たちは人造魔術師(ウィザード)とは違う、純正魔術師(メイガス)と呼ばれる者たちの末裔でね。ある時、その力を恐れた人間たちによって集落を焼かれ、仲間を皆殺しにされたのさ」

 

「……!!」

 

「だから私は〈デウス〉の力を求めた。隣界を以て、この世界を上書きする。私たちの家族を殺した人類に復讐するために――――――」

 

 大仰に大義名分を掲げるウェストコットに、士道は表情を変えることなく、ただ一言告げた。

 それは必要な大義名分であり、結論(・・)ではないと。

 

「嘘だな」

 

「ああ、その通りだ」

 

 それを呆気なく、事実として受け入れたウェストコットは、見抜いた士道へと薄ら笑いを見せた。

 

「まあ、全てが嘘というわけではないさ。私の中にある絶望や怒りは本物だ。でなければ、こうして実行に移すことはなく、凡百の人間と同じ生を送っていたことだろう」

 

「どうだか。あんた、そんな小さな器じゃないだろ」

 

 大人しくしようとしたところで、周りに祭り上げられるのが目に見えている。アイザック・ウェストコットという男の才覚は、この一年で数々の才を見てきた士道をして賭け値なしに称賛するものだと思った。やり方はともかく、という注釈は欠かせないけれど。

 呆れた目でウェストコットを見る士道に対し、男はフッと唇の端を歪めた。

 

「そう言わないでくれたまえよ。十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人……という言葉が、この国にはあるのだろう?」

 

「蛇は寸にして人を呑む……って言葉もあるがな」

 

「ふっ、これは参ったな。想像ですら、私に落ち着いた人生は存在しないのかね」

 

 白々しく嘆き、心にもないことを口にしたウェストコットは、気安い調子で言葉を続けた。

 

「一説によると、人間が最初に得る感情は、『快』と『不快』の二種らしい。成長していくに従い、喜怒哀楽などの様々な感情に分化していくわけだが……どんな感情も基本的には『快』か『不快』に属し、人は『快』を好み『不快』を嫌う」

 

 つらつらと並べ立てられる理論を頭で理解し――――理解した瞬間には、士道は〝答え〟を返していた。

 

 

「あんたは、その『不快』を――――――人の不幸(・・・・)を、自分の幸福に感じる人間ってことか」

 

 

 答えにして見れば、簡単であり、当然人の倫理からかけ離れたものを――――――ウェストコットは、哄笑を伴い自ら肯定した。

 

 

「ふ――――はははははははははははは、ははははははははははははははははははははは――――ッ!! そう、その通りだイツカシドウ。私の悦楽はそれ(・・)だ。悲劇、惨劇、悲哀、絶望……全てが、私には心地がいい。それが大切であればあるほど――――――世界を書き換える光景は、私にどれほどの快楽をもたらしてくれるだろうか」

 

 

 ――――理解が及ぶ(・・・・・)。アイザック・ウェストコットという男の意志を、士道はようやく理解した。

 男は倫理を外れながら、倫理を知る人間だった。誰かを愛し、友を想うことのできる男だった。だからこそ、その悦楽のために他者の愛を利用できる(・・・・・・・・・・)

 なぜなら、愛がどんなものかを知っているから。

 それがどのような結果を産むか知っていれば、幾らでも利用ができる。悲しいことを悲しいと感じ、涙を流すことができる――――ただ、それを快楽(・・)としても感じるだけの話だ。

 ああ、ああ。だから士道は理解した。やっと、自分の心がわかった。どうして、この男に対して言いようのない苛立ちはあっても、倫理を外れたことへの拒絶感は存在しなかったのか。

 

 

「ああ、そうか――――あんたも(・・・・)、ただの人間なんだな。アイザック・ウェストコット」

 

 

 哄笑が、止まった。

 

 

「あんた、俺と変わらないよ。使命とか、大義名分とか、そんなものはどうだっていいんだ。自分の好きなことに全部を捧げた、どうしようもなく哀れになるくらいに人間だ(・・・)

 

 

 男の表情を、あえて言語とするならば――――それは〝歓喜〟と呼ぶものであろう。

 

 

「俺は好きな女の笑顔が欲しいから世界を変える。あんたは自分の笑顔が欲しいから世界を変える。……別に、隠すほどのことじゃない。あんたと俺は――――――平凡な、一人の小さな人間だよ」

 

 

 特別なことはない。

 士道は欲しいもののために。

 ウェストコットは欲しいもののために。

 欲に違いはなく。善悪はなく。あるのは、純粋な願いだけ。我欲(エゴ)に塗れた、己のための願いだけ(・・・・・・・・・)。ある意味では、運命ともいうべき男だった。

 異なる倫理など、士道には些細なことだった。共通の願いを求める以上。己の快楽を譲らない以上。士道とウェストコットはどこまで突き詰めようと、ただの人間なのである。

 嗚呼、嗚呼。だから、最初から気に入らなかった(・・・・・・・・)

 

 

「ああ、ようやくか。まさか君が、私の理解者(・・・・・)だったとはね。だが――――――」

 

「ああ、気に入らないけど、そういうことらしい。だから――――――」

 

 

 そんなこと、当たり前だった。心のどこかで、感じ取っていた。

 同じ我欲。同じ願い。ならば、この男は理解者であると同時に――――――

 

 

 

「そこを退け、アイザック。俺の願いに、おまえは邪魔だ」

「そこを退きたまえ、シドウ。私の望みに、君は必要ない」

 

 

 

 決して交わることのない、最後に打倒すべき宿敵であるということだ――――――!!

 

 

「〈極死祭壇(アティエル)〉」

 

 

 粛々と、死は招き入れられた。謳うは魔王。迎えるは死。

 ウェストコットの頭上に咲く、黒い蕾。それは死を招く花にして、死を纏う散花。その対象は複数に非ず、士道に全てを捧げる死人花(・・・・・・・・・・・・)

 冴え渡る感覚、全神経が警鐘を鳴らす――――一歩前へ。

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――――――」

 

 

 一歩先へ。ひたすら先へ。道は前にしか存在しない。後ろには進めない。警鐘など不要。叩き起した全神経を、湧き上がる専心を、余すことなくあの宿敵へ。

 ――――あれは『死』の暴龍。概念を目に見えるものとした魔王。死の塊であるならば、防御の姿勢は通用しないだろう。黒い蕾そのものが士道へと降り注ぐ以上、取るべき戦術は至極シンプルなもの。

 

 

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】――――――!!」

 

 

 『死』を切り裂く王の剣を、その手に。

 王座を纏い、敵を鏖殺せし天の剣を顕現させる。

 士道が知る最強の一撃。全ての天使を束ねた士道を以て、この剣を最強最後と認める。夜刀神十香という最強の精霊が放つ絶技、その全てを今解き放つ。

 人が握るにはあまりに強大な剣だ。しかし、今の士道であれば十全に扱って見せよう。この力で、あの『死』を乗り越え――――――

 

 

「――――――」

 

 

 ――――足りない。

 本能が、士道の中に眠る〝何か〟が叫びを上げる。

 これでは、足りない(・・・・)。士道が知る最強の絶技。最後の一撃。これを以て、砕けぬものはないと確信している――――――そこまでだ。

 そこで、終わる。名の示す意味は、最後(・・)。士道が生き残ることはできるだろう――――だが、敵を倒すことは叶わない。

 

 

「――――――――――」

 

 

 超えなければならない。士道はあの敵を、乗り超えなければならない。士道の剣を認識し、勝利への確信を以て魔王を振るうアイザックを倒さねばならないのだ。

 奴の悉くを凌駕し、圧倒し、打倒する。であるならば、最後であってはならない(・・・・・・・・・・・)。五河士道は、その先を創り出さねばならないのだ。

 

 

「――――――――――――――――」

 

 

 ならば探せ。見つけ出せ。凌駕する術を。圧倒する力を。この最強の剣を、最後にしてはならない。

 思考を。己が持つ全ての記録を。許された一瞬のうちに思い起こせ。

 この剣に込められた想いを。守ると誓った意志の奔流を受け止めろ。

 誰がために、あるか。何のために、あるか。思い出せ、五河士道。おまえが初めて、この剣を手にしたあの瞬間を。

 守る力というのなら、壊す力も存在する。天使は矛盾を対とし、必ずその意味を形に持つ。

 絶望と希望は表裏一体。希望があるからこそ絶望は生まれ――――――絶望の中に、希望はある。

 

 

『――――ちっ。業腹な男だ。十香の剣、その権能を知りながら、まだ〝先〟を求めるか』

 

 

 ――――生憎、底なしの強欲らしいからな、俺は。

 

 

『気に入らんな、その不遜。人間如きが――――そこまでして、何を求める』

 

 

 ――――みんなと生きる、未来だ。

 

 

『――――守れるのか?』

 

 

 ――――守るさ。もう、悲しませない。

 

 

『――――違えるなよ、人間』

 

 

 ――――ありがとう。

 

 

『――――貴様が、守れ』

 

 

 十香の、心を。

 その声にならない言葉を最後に、声の主は去っていった。

 新たな誓いを、約束を残して。違えることは許されない、心優しい少女との約束。

 刹那の瞬き。士道だけが記録した、力。

 右手には〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を。

 ならば左手には――――一瞬の先に現れる柄を握り、五河士道はその名を謳う。

 

 

「〈暴虐公(ナヘマー)〉――――――!!」

 

 

 誉れ高き、魔王の名を唱える――――――!!

 

 白銀を携えし魔王の剣。あの日、僅かな時間、士道の想いに応えてくれた剣が、今再び士道の手に収まった。

 次いで、新たに顕現した白銀の玉座。瞬間、幾つもの破片に変わり、闇を纏う王剣の真なる姿を見せつけんと迸る。

 

 

「【終焉の剣(ペイヴァーシュヘレヴ)】――――――!!」

 

 

 二双の剣。天使と魔王。守護と破壊。希望と絶望。対を成し、相反し、矛盾する――――それを受け入れ、二振りの剣を重ね合わせた。

 

 

 

「――――【創世の剣(イェツェルーヘレヴ)】――――!!」

 

 

 

 最後を超え、終焉を凌駕し、創世へと至る。あまりに巨大な一振の剣が、光と闇の奔流から姿を現した。

 渾身の力を込めて握り締めた剣を振り上げる。死の蕾は目前。ならば、あとは振り下ろすだけ――――――左眼が時を刻んだ。

 

 振り下ろすだけでは、全てを凌駕するに至らず。『十香』の技量を、絶技を持ち得ない士道では、この窮極の剣を振り下ろすだけに終わらせてしまう。

 ならば、識る(・・)。結果を識る。全の〝観測〟を得て、窮極に至った瞳を士道は繋げた(・・・)

 

 

「――――ああ、ああ。わかってるよ、狂三」

 

 

 常に、ある。士道の隣には、必ず愛しい彼女がいるのだから。

 幾数、幾百、幾千。ひたすら、ただひたすら剣を振り下ろす。凌駕すべきは、宿敵。打倒すべきは、己。

 幾億――――――景色を超え、未知なる世界を到来させる。

 士道は微笑みを(・・・・)、浮かべた。ウェストコットが目を見開く。

 

 瞬間――――――

 

 

「――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――ッ!!」

 

 

 自らが創り出す未来の果て。創世の剣を振り下ろし、『死』の花を両断した。

 

 

 

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は見えざるものを切り裂く剣。あらゆる条理、概念、世界を隔てる壁をも。同じ生まれの未零と似て非なる、関わり深い力――――力を抑えていた優しい十香と違い、貴様は扱いきれていなかっただけだがな、人間――――――などと、余計な一言が士道の脳裏を過ぎった。

 未熟者の士道を不器用ながら、手厳しく信じてくれたあの少女に苦笑交じりの感謝を浮かべ、士道は凄まじい衝撃波の中心を突き抜ける。

 『死』が切り裂かれていく。絶対の概念を打ち破る。並大抵の力では不可能だ。これがどれだけ不条理な力か、士道は幾度となく目撃していた人間の一人。そのことは重々承知していた。だからこそ(・・・・・)、相殺で終わらせるわけにはいかなかった。

 力が似通うのならば、あとはどちらが勝るか――――負けるわけがない。

 天使は宿主の心を映す水晶。魔王も然り。心は意志となり、意志は力となる。

 あの男は独り。士道は違う。沢山の想いを、約束を、誓いを胸に宿している。同じ願いであろうと、士道が勝らぬ道理はない――――――!!

 

 

「――――よう」

 

 

 霊力の塊に呑まれる男の前に、士道は姿を現した。

 相殺では、許さなかった理由。それは単純なものだ。決着を付けねばならないということ――――己の私情を叶えるため、こうする必要があったというだけのこと。こうするために、寸分の狂いもなく〈極死祭壇(アティエル)〉を完全消滅させる必要があったのだ。

 幾億の未来はこのために。選びとった未来の一は、振り上げた士道の右腕に。

 

 

「シドウ――――――」

 

 

 宿敵は目を見開く。驚愕や戦慄でもあった――――歓喜や興奮でもあった。

 

 

「――――狂三も澪も、自分がしたことに言い訳しない。だからこれは、俺の勝手な怒りだ(・・・・・・・・)

 

 

 生命を踏み躙ったこと。彼女たちは決して、許されようとは思わない。だから彼女たちは、元凶に責任を押し付けることはしないのだろう。

 故に、振り上げた腕は身勝手なものだ。しかし、ウェストコットがやってきたことも身勝手な行いだ。怒りを、悲劇を産むとわかっていながら、その凶刃を振るい続けた。

 誰もが承知の上での行いならば――――――士道は遠慮などなく、自らのエゴで拳を叩きつけよう。

 

 

「歯ぁ食いしばれよ、アイザック――――――三十年分の痛み、この一発で返すぜ……ッ!!」

 

 

 この身に宿る全ての天使。渾身の力を込めた拳で――――――始まりの魔術師(メイガス)を、殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!!」

 

崩壊(・・)の衝撃は、澪の全身を通り抜けた。

 一口に崩壊といっても、澪の〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉が崩れたわけではない。むしろ、真逆――――抑えつけていた〈永劫瘴獄(ベリアル)〉が、崩落を始めたのだ。

 そんなことが起こる理由は単純明快、一つしか存在し得ない――――士道が、勝ったのだ。

 

「――――――か――っ、は――――ッ」

 

 崩落の中心地。鳥籠の中から苦悶の声を響かせたウェストコットが現れ――――――

 

 

「――――――!!」

 

 

 血の滲む拳を掲げ、勝利をしろしめした士道の姿もまた、そこに存在した。

 

「おお……っ!!」

 

「士道!!」

 

「きゃぁぁぁ!! だーりぃぃぃんっ!!」

 

「……ふう」

 

 精霊たちの歓声の中、澪もまた小さく息を吐いた。拮抗していた〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の負荷が軽減したことが、何より勝利を証明していた。

 

 だが――――――

 

 

「っ――――士道さん、逃げて!!」

 

 

 鋭く、劈く声が――――未零に抱えられた狂三から発せられたことで、澪もそれ(・・)を悟ることができた。

 魔王は、未だ死してはいない。

 

 

「ふ……はは――――――、は、はは――――、見事だ――――シドウ。だが――――一歩足りなかったようだね」

 

「な――――!?」

 

 

 全力を賭して、ウェストコットは言葉を零した。

 それが負け惜しみなどではなく――――いや、そうであったのかもしれない。

 忘我の淵で、意識が途切れる一手前。あの男は最悪の悪足掻きを、喉の奥から発したのだ。

 

 

「――――〈■■■(ケメティエル)〉」

 

 

「――――――っ」

 

 

 全身を穿つ、悪寒。

 狂三は放つ前から、澪は放たれる直前から、その魔王の権能を知っていた。それは、そうだ。誰より知っていなければならないのは、同様の権能を持つ澪なのだから。

 最悪なことに、瀕死のウェストコットはその力を制御できていない。膨大なマナが嵐のように渦巻き、臨界状態だと警告を鳴らしている。

 

 思考は冷えきり、一瞬だった。それはかつて、真士の亡骸を前にした時と同じ思考スピードだった。明確に違うのは、あの時に感じた絶望だけの感覚ではなく、士道という希望を伴う感覚だということ。

 その時だ。刹那を超える思考の中で、士道の背を見た澪は、また(・・)、友の声を聞いた。

 

 

『――――未来のあなたは、ちゃんと笑えてる?』

 

 

 今度は、目を背けなかった。

 その乾き、その飢え。真士を取り戻そうとしてなお――――――まるで、満たされていなかった。

 

 

「――――――」

 

 

 それは既に、答えが示された証明だったのかもしれない。

 澪は飛ぶ。迷わずに、その選択を手に取った。

 

 

「――――まあ、そうなりますよね」

 

 

 その背を見ていた、少女の存在に気付かぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ……!!」

 

「ふ、はは――――、使うつもりは、なかったのだがね。これは、共倒れ(・・・)しかできないものだ」

 

 その言葉を最後に、ウェストコットの声は途切れだ。意識を失ったか、交わす言葉は既に終えていたか、そんなことはどうでもいい。

 そう、士道は眼前の感覚を切り抜けなければならない。全身に走る凄まじい悪寒。ウェストコットの前に集った闇が、小さな種子のような小さな塊を形作る光景。

 知っていた。その存在を。だからこそ、士道は常に警戒しながらも、それが振るわれない意味も知っていた。ウェストコットは〝勝利〟を目指していた。それを使えば〝最後〟、士道とウェストコットは相打つしかなくなる――――互いに倒れるしか、なくなる。

 だが、それ以上に士道は感じていた。死の直感の中、それ(・・)が見えれば――――必ず、彼女は動く。

 

 

「――――駄目だよ、士道。君には、待っている子たちがいるんだから」

 

 

 全力を賭し、動くことすらままならなかった身体が、引っ張られた(・・・・・・)

 

「っ!!」

 

 理解するのに、一拍と要さない。絶えず士道たちの前に立ち塞がっていた〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の枝が、士道の腹部に絡みついている。

 それを成した一人の精霊――――澪が、ウェストコットへ向かっていく。

 

「澪……、おまえ……っ!!」

 

「――――霊力が暴走している。あれを放置しておいたら、辺り一帯を消し飛ばしてしまうよ。それこそ、余波だけでユーラシア大空災の比じゃあない。――――――でも、〈   (アイン)〉で相殺して対消滅を起こせば、あるいは――――」

 

「っ……!!」

 

 ――――ああ、そうだ。澪ならば、言う。わかっていた。わかっていたのに、士道は失敗した(・・・・)

 それが何を意味するのか、心臓が握り潰されるような感覚が如実に示している。澪の声から、表情から、わからないはずがない。

 認めるか。認めてたまるか。悲鳴にも似た声で、士道は訴えかけた。

 

 

「ふざ、けんな……っ!! 俺は真士に頼まれたんだよ!! おまえに、まだ何も見せてないんだ!! 止まれ、行くな――――――生きろ、澪っ!!」

 

「――――ありがとう、士道。大好きな士道――――――」

 

 

 さようなら。

 

 伸ばした手が、届かない。そうして、澪は士道へ背を向けて――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ――――――『私』なら、そうすると思っていました」

 

 

 

 光の帯が、澪の胸元を貫いた(・・・・・・・・)

 

 

「え――――――?」

 

 

 白い翼が羽ばたく。未来が、紡ぎ上げた因果によって書き換わる。

 

 白の〝天使〟は――――――未零は、優しげに微笑んでいた。

 

 

 






「……ところで、あの奥義気に入ったんです?」

「…………それなりにですわ」

(かなり気に入ったんだろうなぁ)

こんな会話があったとはなかったとか。

初めから互いに気に入らないのも当然というか、それでいて互いへの信頼感はあるというか。だからこそ譲れないとわかっているし、必ず立ち塞がる宿敵となる。
ちなみにウェストコットの内心とか過去は原作に特に詳しく乗っています。あの過去がなければ、やっていいのだと大義名分がなければ……はてはて。

さぁ、願いを叶えた者は――――――次回『〈   (アイン)〉』。
感想、評価、お気に入りなどなどありがとうございます!まだまだお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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