五河士道。
この春休みが終われば都立来禅高校2年生。散髪を怠り目にかかりそうな髪に、視力低下に伴い少し人相が悪くなっているのが少し悩みだ。
それ以外には特に特徴らしい特徴もなく、平々凡々でありベッドの下には秘蔵の本が眠っているなど、至極健全な高校生である。
そんな彼は当然――――恋人など、出来たことがない。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
悶える。ただひたすら悶える。慣れ親しんだベッドの上でひたすらゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。彼の妹が目撃すれば何事かと騒ぎ立てること確実であろう、びっくりするほど奇妙な光景であった。
「おはこんばんにちはって……それはないだろ!!バカ丸出しじゃねぇか俺!!うおおおおおおおおおおお!!!!」
もはや近所迷惑とも思える……しかし彼としては、非常に大真面目な悩みで心の底から叫んでいた。
時崎狂三。士道が先日知り合った……と言うよりかは、出会っただけというのが正しい少女が彼をいっそ見ていて気持ちが悪いくらい悶えさせている原因である。
士道の少ない賛辞の言葉で表現するならば、時崎狂三は美しかった。いや、それだけでは足りない。絹糸の様な髪。その手に触れたら折れてしまうのではないか、そんな風にすら思える白く滑らかな肌。
そして何より、その瞳。紅の瞳だけでも魅入られる程だったが、風に吹かれたその瞬間僅かばかりに見えた〝金色〟の瞳に士道は狂おしいほど魅入られた。心酔……と言っても過言ではないかもしれない。
「まさかこれが……いやいや、落ち着け五河士道。まだ慌てる時間じゃない」
ガバッと起き上がり、ベッド上で誰に言い訳するでもなく首を振る。
何度も言うが、五河士道は16歳という青春真っ只中ではあるが彼女いない歴=年齢の少年だ。しかしまぁ、ベッドの下にお宝を隠していたり、女の子の仕草にドキッと胸が高鳴るなど、恋愛に興味が無いわけではなかった健全な高校生なのだ。
しかし、今この瞬間も心臓の音がバクバクと鳴り止まぬこれは、今まで経験してきたそれとは比べ物にならない。
彼女の姿を思い出しただけで胸が高鳴り、顔が誰から見ても分かるほどに赤みが差す。そう、これではまるで――――
「……あークソ!!」
もう何度目かの枕へのダイブを敢行する。分からない。この感情はなんなのか……ただ偶然出会い我ながら醜態を晒し、それを楽しそうに笑っていた少女。
生まれてこの方、こんな感情の奔流は初めてだ。それも一度だけしか出会っていない少女に対して、だ。
この感情の正体など、士道の反応を見れば10人中10人が決まった答えを返すくらい単純明快。だがしかし、本人としては何故か認めたくない気持ちがあった。
(いや、初めて会った子に有り得ないだろ。いやいやいや本当に)
……まぁ、思春期の少年によくあるプライドというだけだが。
とはいえ、こうして身悶えしながら否定してもなんの答えにもならないのは事実。五河士道という少年は平凡だが、幸いにも前向きで行動力のある人物だった。
「分からないなら……会って確かめるかぁ」
「思いつきで会えたら苦労しねぇよなぁ……」
眩しくて目がくらんでしまう快晴の中、士道は空を見上げポツリとそう零した。
狂三と出会った桜並木から始まり、様々な場所を歩き回ったが……当然といえば当然、少女の影も形も見つける事は出来なかった。それはそうだろう、この広大な街の中で連絡先どころか先日一度会っただけの少女を見つけるなどプロの探偵か、それこそストーカー――
(……あれ?今こうしてるのって――――)
それ以上はいけない。これは考えてはいけないと首を左右に激しく振り、一度思考をリセットする。天宮市駅前という事もありそれなりの人影があるので、不審な目や奇っ怪な物を見るような目を向けられるが仕方がない。人探しならまだセーフである、と自分に言い聞かせる方が先決だった。
「――――ひぐ……ぅぅ、」
「ん?」
その光景を見つけたのは偶然、というか首を激しく振った時に彼の視界に入った。
見たところ10にも満たないであろう少女が、噴水の前で啜り泣いている。多くの人が待ち合わせに屯する場所なのだが、誰もその少女を助けるどころか気にする素振りすら見せない。
士道の頭に疼くような痛みが走る。ノイズが入ったように殆ど認識出来ないが……泣いている少女と重なるように、彼の認識する視界に姿を現した。
少女が
「大丈夫か?どうしたんだ?」
「大丈夫ですの?どうかなさいまして?」
「えっ?」
「あらぁ?」
声をかけたのは全くの同時。そして、それに反応し互いが隣を振り向いたのも全くの同時だった。
「え……ええええぇぇぇぇぇ!?」
「うふふ、またお会いしましたわね。五河士道さん」
そこにいたのは見間違えようのない、見間違える筈もない士道の探し人――――時崎狂三だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「助かったよ……えぇと、時崎、さん」
「いいえ、わたくしまだこの街に来たばかりで余り詳しくありませんの……お礼を言うなら、わたくしの方ですわ」
少女の問題は思いの外あっさり解決した。士道が大声を出した事で、完全に涙腺が崩壊してしまった少女を宥め事情を聞くと、なんて事はないありきたりな迷子の小学生というだけの話だ。
そこから先はトントン拍子――図らずも狂三と再会した士道の心境はともかく――に進んだ。両親とはぐれたと言うなら向こうも探しているはず、という狂三の判断から士道が近くの駅員に事情を伝え駅のアナウンスで数刻待たず事件は解決した、という訳だった。
「いやいやそんなことね……じゃなくて、ないよ。俺一人じゃすぐには解決策も出なかっただろうし、ほんと時崎さんのお陰だ」
「うふふ、ではお互い様という事にしておきますわ。それにしても……五河さんはお優しい方ですわね」
お互い様って、何か違う気がするなぁと士道が半笑いになっていると、狂三は突然そう切り出した。士道自身反応に困るくらいには唐突だと思う。
「えらい唐突だな……」
「だってそうではありませんか? 誰もあの子を助けるどころか見向きもしなかったのに、五河さんは迷いなく真っ先に声をおかけになられたではありませんの」
「それを言ったら時崎さんだって――」
「狂三、で構いませんわ」
え、と士道が呆気に取られた表情で狂三を見るが、彼女はやはりにこりと男なら万人が見惚れてしまうような笑みを士道へ見せ、言葉を続ける。
「堅苦しそうなお言葉も、いつも通りにお話してもらって構いませんわ。その代わり……わたくしも、士道さん、とお呼びしてもよろしいですこと?」
「……あ、あぁ、そりゃ構わないけど……」
なんだこれは? 五河士道16歳彼女いない歴=年齢の少年は今、狂三の言葉を飲み込むのに必死だった。というか飲み込めたのか怪しいくらいに頭の中がデッドヒートしていた。タイヤバースト直前である。
考えても見て欲しい。いやほんとに考えても見て欲しい。何だか分からないけど胸の底から熱くなるような気持ちになる、まだ会って2回目のとんでも可愛い美少女が、お互いを名前で呼ぶようにお願いして来ている?
つまり、士道の頭は今こう結論を出した――――これは夢である、と。
「……士道さん、何をしていらっしゃいますの?」
「
まぁ士道の残念な頭が出した答えなど当然正解であるはずも無く、目の前で自らの頬を引っ張る奇妙な人が完成していた。
「く、うふふふふふ……士道さんったら、本当に面白いお方ですわね……ふふふ」
「そ、そうか。お気に召したなら何よりだぜ」
何やら士道の奇っ怪な行動がツボに入ったらしい狂三が、とてもとても可愛らしく(士道の主観)口元を抑えて笑う。
士道としては笑いを取るための行動ではないので複雑だが、可愛らしい仕草と表情を脳内に納めることが出来たので結果オーライではあった。が、この少年、かなり思考が手遅れになっていた。
「うふふ……あぁ、ところで士道さん、今日は何かご予定があってここにいらしたのでして?」
「え゛…………て、天気が良いから散歩でもと思ってさ。あ、あははははははー」
めちゃくちゃ棒読みである。まさか、今日は貴方を探す為に外出していたんです、とバカ正直に言えるわけがない。
そんな士道の大根役者ここに極まるな様子に首を傾げながらも、狂三はちょうど良いですわ、と手を合わせ言葉を続けた。
「では一つお願いがあるのですけれど……先程も申し上げましたが、わたくしまだこの天宮市に来たばかりで立地には詳しくありませんの。ですから、士道さんに色々と案内していただきたいのですわ」
「え……俺?」
「はい。勿論、士道さんのご迷惑になるなら断ってくださって構いませんわ」
「いやいやいやいや!! 全然大丈夫だ、俺に任せてくれ!!」
「まぁ!! 頼もしいですわぁ」
見栄を張って自身の胸を叩き勢いで承諾する士道に、狂三は手を合わせた仕草のまま楽しげに笑う。
……やはり夢なのではないか、と強めに反対側の頬も引っ張ったが、両頬が赤く腫れただけだと追記しておく。
案内、と一口に言ってもなかなかに難しい事情がこの天宮市にはあった。広大、それでいてどこも
「あら、あら、どこを見ても随分と新しい建物ばかりですわね」
「あぁ……ほら、
うんざりとしたように言う士道に、隣を歩く狂三も彼の言葉に納得が行ったという様に、少し表情を暗くして頷いた。
空間震
読んで字のごとく、文字通り空間の地震と称される〝天災〟。発生原因不明、発生時期不定期、被害規模不確定の爆発、振動、消失、その他諸々の現象の総称である。
この災害が初めて確認されたのは、およそ30年前。ユーラシア大陸のど真ん中が僅か一夜にしてくり抜かれたように〝消失〟した。そう、何の比喩でもなくその一帯が何も無くなっていた。
死傷者は、大体の見積もりでも1億と5000万人。無論、言うまでもなく人類史上最大の災害である。
「それで、30年前の空間震の後にこの辺で起こった空間震があったから、この天宮市が再建されたってわけだ」
「なるほど……士道さんはとても博識でいらっしゃいますのね。わたくし、とても勉強になりましたわぁ」
「い、いやいや、そんな事ないって!! この辺に住んでるから、ちょっと知ってるってだけだ」
予想外に褒められてしまって照れ隠しに頬をかく。
実際、30年前の空間震は授業で嫌という程習っているし、その半年後にこの一帯で起こった空間震も当然、天宮市に深く関わる事なので勉学が大得意、という訳では当然ない士道も当然のようにこの辺りの事情は知っている。
付け加えるならば、自衛隊の災害復興部隊などというのもあり、崩落した施設などをまるで魔法のように僅かな期間で元通りにしてしまうのもこの街並みに関係があるのだろう。詳細はトップシークレットらしいが、こちらとしては大規模な手品でも見ている気分だ。
「あー……なんか暗い話になっちまったな。案内したいところはまだまだあるし、次に行こうぜ!」
「うふふ、お願いいたしますわ、士道さん」
「ッ!?」
微笑まれ、名前を呼ばれる。たったそれだけの事で、心臓がバクバクと高鳴って仕方がない。顔だって耳まで真っ赤になっていると自覚できる。本当に、頭がおかしくなってしまったのではないと思えるほどに――――心が、踊っていた。
「あら、あら……とても素敵な場所ですわね、ここは」
「だろ? ちょっとした俺のお気に入りの場所なんだ、ここ」
夕刻。時間のある限り様々な場所を――慣れない事をして狼狽えまくる士道の醜態はさておき――案内した果てに、もう時間も時間ということもあり、彼が最後に案内したのは高台の公園。
士道が密かに気に入っている場所なのだが、彼なりの物凄い葛藤に打ち勝ったかいもあって、落下防止用の柵に手をかけ街並みを眺める狂三の反応は悪くない。
ちなみに、出会って間もないのに
「えぇ、えぇ。素晴らしいですわ、素晴らしいですわ。この様な場所を知っているなんて――――」
「いやいやいや!! 流石にもう良いから!! ここでまた褒めるのはおかしいだろ!!」
多少芝居がかったように、大仰に士道を褒め称えるようとする狂三の言葉を士道はすかさず遮った。
〝また〟という士道の表現は間違っていない。街を案内している時も、狂三は何かと士道を褒め称えていた。それこそ最初は彼も真っ当に照れていたのだが……流石に些細なことでも賞賛しようとする狂三に待ったをかけるくらいには、まだ正常な思考が残っていたようだ。
「別に俺だけの場所ってわけじゃないんだし、俺を褒めるのは大袈裟だって」
「うふふ、素晴らしい場所というのは本当ですわ……士道さんの緊張も、解けてくれたようですわね」
「え……」
もしかして、こちらの緊張を解す為に彼女は先程のような事をしていたのだろうか。彼女の為に街を案内していたつもりが、こんな形で気を使われてしまうとは……と士道は先程までとは違う意味で頬を赤くする。
「……ははは……女の子に気を使わせるなんて、情けないな俺」
「そんな事はありませんわ。だってわたくし――――自分の容姿には、少し自信がありましてよ?」
――――だから、士道の緊張は当然だ、とでも言うかのように壮大に、しかし過信ではなく確信を持って狂三は告げる。
ひらり、と黒いスカートを揺らし、見上げる形でその妖艶なまでの微笑みで士道を見つめる。
その一つ一つの挙動が、後ろ手を組み彼を見上げる仕草が、あぁそれら全てを上げていてはキリがないほどに時崎狂三という少女は――――
「――――あぁ、そうだな。今まで見たことも無いくらい、綺麗だ」
「ッ!?」
熱に浮かされた、としか言い様がないのかもしれない。少なくとも〝今の〟五河士道は女性を口説く、などという高度な技は持ち合わせていない。
だから、これは彼の純然たる本音。彼個人が咄嗟に出してしまった心の底からの賞賛。
だが、だからこそ……初めて時崎狂三は
「……し、士道さんはお上手ですわね。少し·····照れてしまいますわ」
「あ……い、いや違うんだ!!いや違くないけどつい本音が出ちまって!!」
「そ、そうですの……」
誤魔化すように、狂三は口元に手を添えながら視線を逸らす。夕日のせい、などではなく少女の頬は赤くなっていた……下手をすれば耳もそうなっている。
不覚、というのはこういう事を言うのだろうと、熱を持った肌を何とか冷ましながら狂三は思う。まさか
それもその後の反応を見るに、完全に天然でやった事だと分かる。何せ、今も目の前でアタフタと身振り手振りしているのだ。
それでも、すぐさま調子を戻しからかうような微笑みに変え、少女は言った。
「わたくし、殿方にこんなにも真っ直ぐにお褒めいただいたのは、初めての経験ですわ……」
「くぅ……!! そ、それよりさ、どうして天宮市に?最近は空間震も多いのに……」
苦しすぎる方向転換だが、これ以上思わず出た本音をからかわれるよりはマシだと士道は判断する。
「――――そう、ですわねぇ」
「え……?」
その瞬間……空気が、変わった。
正確には、狂三の纏う空気が変わった。今日見せていた物でも、先程まで見せていた僅かに照れた柔らかい物でもない。暗い、暗い、可憐な少女に似つかわしくないものだった。
「……わたくし、
「やり遂げなきゃならないこと……?」
「えぇ、えぇ、その為に必要な〝捜し物〟がこの天宮市にあるのですわ。それを手に入れる為なら、何を踏みにじろうとも、どんな事をしても……例え、この身が地獄の底に堕ちようとも――――わたくしは全て受け入れますわ」
「っ……」
圧倒される。目の前にいる、己の住む街を見下ろし、言葉を紡ぐ少女に五河士道は圧倒された。
それは、あらゆる感情が込められた言葉だと、
黒い、真っ黒な感情。まるでそれが士道に繋がるように、流れ込むように伝わる。言葉一つでは言い表せないほどに混ざり合った
砂を踏みしめるように、足が僅かに下がる。圧倒された士道を見て、狂三はほんの一瞬だけ寂しげな微笑みを浮かべた。
「――――申し訳ありませんわ。こんな話、士道さんにお話するものではありませんのに」
「……ぁ」
「今日は、とても楽しかったですわ。さようなら……士道さん」
そう言うなり振り返り、狂三は士道と真逆の方向へ歩き出す。
(俺は……)
狂三が、遠のく。先程の強い拒絶の意思が思い出される。このまま行けば、五河士道は時崎狂三と真っ当に出会う事はない、そう告げられている。
(俺は……!!)
そんなこと、認めたくない。拳を握りしめ、後退していた足を踏み出す。
好意とか、そんな事の為ではない。士道は
「――――狂三ぃぃぃぃ!!!!」
五河士道という少年は、そういう底抜けの
「……士道さん?」
「俺に協力出来ることなら、狂三の力になる!! どんな小さなことだっていい!! だからいつでも――――俺を頼ってくれ!!!!」
……ポカン、とした表情で振り向いている狂三。当然の反応だが、士道の方は言いたいことは言い切ったと、突然出した大声に肩で息をして狂三をただ真っ直ぐに見ていた。
その時、時崎狂三は何を思ったのか。青臭い少年の
それは少女にしか分からないことだった。それでも、五河士道の叫びは……時崎狂三を、笑顔にする事が出来たのだろう。
「うふふ……士道さんはお人好しが過ぎますわね。そのお言葉、後悔なされるかもしれませんわよ?」
「しないさ。狂三の為だったらな」
「……士道さんは、女たらしになりそうですわねぇ」
「? 何か言ったか?」
後で正気に返ったら言った本人が悶えるようなキザなセリフに、狂三はポツリと言葉を漏らすが、幸い(?)にも士道には届かなかった。
なんでもありませんわ、と首を振り狂三は踵を返し士道の元へと歩み寄る。
――――これは、気まぐれだ。ただ、目的を果たすその間に、疲れてしまわぬように暇つぶしとして、このおバカな少年を
「では、これから困った時は存分に頼らせてもらわせますわ。お覚悟はよろしいですわね、士道さん?」
「あぁ、男に二言はねぇ……よろしくな、狂三」
そう、その狂三の気まぐれと、士道の決断。それが、2人のこれから始まる運命を大きく変えてしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
4月10日。天宮市。
赤と黒のドレスの少女と、白いローブの少女が地を踏みしめる。とはいえ、そこは真っ当な地面などではなく砕かれた
「派手に現界なされたようですわね。噂の〈プリンセス〉は、随分と不機嫌でいらっしゃるようですわ」
そう、辺りに散らばる建物の残骸を見渡し、この光景がさも当然だと言うかのようにドレスの少女……アシンメトリーのツインテールに、隠れていた左側の黄色い時計の瞳を露わにした、時崎狂三が言う。
「別に現界する時に不機嫌かどうかは関係ないと思いますけど……まぁ、不機嫌というのは当たっているでしょうね」
答える白いローブの少女も、狂三と同じようにこの光景に戸惑うことなど何も無いかのように告げる。
2人の視線の先にあるのは、まるで隕石でも落ちたかのような……その場にあった物が全て“消失”して出来た巨大なクレーター。
それだけでは、2人の視線を釘付けにするには全く足りない物だったが、そのクレーターの中心に立つ“少女”が問題だった。
中心に聳え立つ玉座……紫の鎧のようなドレスを着込み、その王座の肘掛に足をかけ、不機嫌そうに、或いは憂鬱そうな表情のまま黒い髪を揺らし、顔を上げる少女。
絶世、という言葉すら生ぬるい。時崎狂三に勝るとも劣らない美しさをその少女は持っていた。
「あれが〈プリンセス〉ですか。〈ハーミット〉以外にこの天宮市で確認されているもう1人の“精霊”」
「そのようですわね…………?」
ローブの少女の言葉に頷いた狂三が、僅かに首を傾げる。〈プリンセス〉と呼ばれる少女と2人の間には相当距離があるが、人間には視認できない距離でも2人にとっては容易いこと。
逆もまた然り、と言えるが見つかるようなヘマはしない。そう、気だるげに辺りを見渡した少女が、ふと視線を向けた先は自分たちの方向ではなかった。
ASTも到着していないのに、この“空間震”が起きた場所に少女の気を引く物があるのかと、狂三は少女が視線を向けた方向へ視界を動かし――――
「――――――――」
息を、呑んだ。ありえない。だってそこにいたのは、ここにいるはずのない、いてはいけない、狂三が知る人物。
「――――――士道、さん?」
五河士道、その人だったのだから。
「狂三、五河士道を知っていたんですか?」
「え……?」
「まさか私が教えるより先に、五河士道に会ってるとは思っていませんでした」
意外だ、という口調でそういう少女に、狂三は驚きを含んだ声を洩らしながら隣へ視線を向ける。
こんなに分かりやすく動揺……と言っていいのか、戸惑いの表情を浮かべる狂三は相当珍しいと思いながらも、少女は狂三に告げる。そう、少女は五河士道を知っていて当然なのだ。何故ならば――――
「あそこにいる五河士道が……精霊を封印出来る〝唯一〟の人間です」
――――彼こそが、狂三の“悲願”を達成する為に必要な、唯一無二の存在なのだから。
「………………きひ、ひひ、ひひひひひひひひひひひッ!! あぁ愉快ですわ、愉快ですわぁ!! 本当に――――わたくしは、地獄の底すら生温い場所へ堕ちるでしょうねぇ!!!! きひひひひひひひひひッ!!」
笑う。狂ったように笑う。これが笑わずにいられる筈もない。
あぁ、あぁ、間違いない。時崎狂三という罪人は、地獄の底どころか地獄そのものですら生温いと思える場所へ、いつかその身を堕とす事になるだろう。
だって、だってそうでございましょう?時崎狂三は、こんな訳の分からない女を〝助ける〟などとのたまった
「……狂三、改めてあなたの選択を。私は、あなたのその選択に従うだけです」
「そんなもの、決まっていますわね」
戯けるように、狂ったように、何かから目を背けるように、狂三が踊る。あぁ、あの時から何も変わっていない。
運命とは本当に残酷で……クソッタレにも程がある。
「わたくしは士道さんを――――喰らいますわ」
これが、五河士道と時崎狂三の物語の始まり。
さぁ――――長い、長い
ここまでは試作版を手直しした物ですね。次からは四糸乃編に入ります。
……はい。十香ちゃんはダイジェストです。ごめんなさいでも十香ちゃんは好きですけど原作と変わらない展開だったのでそうなってしまいました。ちゃんと出番はあるのでゆるして
そんな十香ちゃんの活躍と可愛さが見たい方は是非デート・ア・ライブ第一巻『十香デッドエンド』をご購入ください!