デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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更新が日曜なら実質来週みたいなもんだと思うの(支離滅裂な思考・発言)

狂三フェイカー編最終話。彼らの辿る結末をどうぞ


第十九話『VS〈灼爛殲鬼〉』

 

 

 鳶一折紙の視界に飛び込んできたのは、全てを焼き尽くさんばかりの〝赤〟だった。

 

「っ…………!?」

 

 急速に取り戻されたその色彩に、折紙は目を奪われる。美しいとか、そんな感傷的なものは存在しない。憎悪(・・)がその身を満たしていく。

 

 

「み、つ……け……た……ッ!」

 

 

 手を伸ばす。そこにいる、探して、探して、探し続けた。鳶一折紙が生きる意味、生きる理由、生きる全て。命を賭して殺すと決めた復讐(・・)の標的。そのためだけに生きてきた。そのためだけに生きると決めた。笑顔をあの人(・・・)に預け、鳶一折紙はこの怨念を糧に存在している。

 

 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す――――! 呪いと怨嗟に満ちた激情。それだけを胸に秘め――――――

 

「…………ぅ、ぁ」

 

 ――――――誰かに(・・・)抱えられる感覚を感じながら、彼女の視界は再び闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「琴里……なの、か……?」

 

 普段の士道ではあれば、何をバカなことを言っていると自分を笑うだろう。目の前に立っているのは琴里、五河士道の妹の五河琴里だ。かけがえのない愛する妹の顔を、士道が間違える筈がない。

 ではなぜ、士道は疑問を抱いたのか。それは炎を纏いし白い和装。天女の羽衣を思わせる炎熱の帯。二本の無機質な角。そして、形を成した赤黒の戦斧。それら全てが語っていた――――彼女は精霊であると(・・・・・・)

 

 士道の呆然とした問いかけに、琴里は愛おしげに表情を和らげ微笑んだ。しかし、すぐに表情を引き締め前を向く。

 

「当たり前でしょ。こんな可愛いあなたの妹は、世界中どこ探しても私しかいないわよ」

 

「お前、なんで……それにその格好……」

 

「ここまで良くやったわ。あのわからず屋の相手は私がするから、士道は下がってなさい。今のあなたは――――簡単に死んじゃうんだから」

 

「は……? ――ぅ熱っつ……!」

 

 士道が琴里の言葉を理解するより先に、琴里が一歩前に出ると凄まじい炎が巻き上がり、士道は見えない壁を作られたように強制的に下がらされる。ここから先は精霊の領分(・・・・・)だと、そう言うかのような壁に息を呑む。

 

「さて、始めましょうか。あなたが今すぐ大人しくしてくれるなら、私としても楽なのだけれど」

 

「……まさか。わたくしはもう後には引けないのです。それにしても、あなたが精霊だったなんて驚きましたわ、五河琴里(・・・・)さん」

 

 ぴくり、と睨み合っていた琴里が狂三の言葉に眉を動かす。ふぅん、と彼女は斧を担いで興味深いという表情で声を発する。

 

「やっぱり、私の事も知ってたのね」

 

「わたくしが、という訳ではありませんわ。あの子(・・・)が知っていたから、わたくしも知っているだけですもの」

 

「……へぇ、そういうことね。だったら尚さら話は早いわ。銃を下ろしなさい、狂三。今なら()()()()()()()

 

「――――これ以上の問答は、無粋ではありませんこと?」

 

 コン。と狂三がつま先で地面を叩き、〝影〟を生み出す。広がる影から再び無数の『狂三』が辺り一面に現れ始めた。全てが時崎狂三。しかし琴里ですら本物(・・)が誰なのか、見失うはずも無かった。

 琴里は思わず顔を顰める。それほどまでに、狂三の微笑みがあまりに痛々しく(・・・・)見ていられなかった。

 

「わたくしは士道さんの手を取らなかった。それだけの話。二度目を論じるなど、それこそ無粋がすぎますわ」

 

 もはや、超然とした時崎狂三の姿は欠片もなかった。そこにいたのは、仮面を剥ぎ取られ、想いを暴かれ、それでも尚ボロボロの身体で歩みを止めない精霊。ただ、その身に宿した憎悪と憤怒を糧に、その激情に心を殺されている哀れな精霊の姿が、そこにはあった。

 

 

「わたくしはあなたを()()()()。そして士道さんを〝喰らい〟尽くして――――――悲願を、わたくしを()()()()()()()

 

「だったら――――――そんな顔してんじゃないわよッ!!!!」

 

 

 炎が駆ける。天女が舞う。振り上げられた斧は、必滅を宿す業火の刃。

 

「――――《灼爛殲鬼(カマエル)》!!」

 

「『わたくし』たち!!」

 

 空に向かって放たれた数え切れない程の黒。数多の『狂三』が弾丸のような速度で琴里へ迫る。避けられる筈がない。それは圧倒的な物量であり数である。たかが戦斧の一本が、この暴虐と化した彼女たちを振り払えよう筈もない。

 

 

『ぎ――ぁ』

 

 

 ――――――『狂三』が、焼失した。ただの一刀。その煌めきをもって、百にも及ぶ『狂三』は塵一つ残さず灰燼に帰す。断末魔さえ呑み込むその業火は炎の精霊に相応しい輝き。

 

「【一の弾(アレフ)】!!」

 

 刹那。狂三の姿が消え失せる。次の瞬間、戦斧を振り切った琴里の目の前に狂三が躍り出た。

 【一の弾】は撃った対象の時間を早める(・・・・・・)弾。それを使い、狂三は攻撃を終えた琴里へ向けて鈍器のように銃を振り下ろした。

 

 しかし、隙だらけだった筈の彼女は高速で繰り出される狂三の攻撃を容易く受け止めた(・・・・・)。狂三の攻撃は終わらない。二度、三度、と数えるのが馬鹿らしくなるほど次々と攻撃を打ち込んで行く。それら全てを、琴里はその目で捉え焔の刃で防ぎ切る。

 もつれ合い、フィールドを空中から地上に移しても狂三の猛攻は止まらない。だが、傷ついているのは琴里ではなく狂三だった。苛烈に攻めれば攻めるほど、彼女の白い肌が炎によって焼かれていく。

 

「っ――はぁっ!」

 

「甘いッ!」

 

 不意をつくように放たれた高速の蹴りですら琴里は片手で受け止め、巨大な戦斧をもう片方の腕で軽々と振り抜く。霊装を焼かれながらも、即座に焔の刃から逃れ後方へ回転飛びしながら狂三の歩兵銃に新たな〝影〟が装填される。

 

 

「――【七の弾(ザイン)】!!」

 

 

 それを即座に解き放つ。漆黒の銃弾は躱せるような距離でも、速度でもない。しかし琴里は、その弾丸をも戦斧を振り抜き叩き落として見せた。

 

「琴里!!」

 

 ダメだ、その弾丸は防ぐのではなく避けなければ(・・・・・・)ならない。それは、崇宮真那に撃ち込まれた必殺の弾丸と同じもの。物体の〝時〟を静止させる禁じ手。士道の叫びも虚しく、琴里の〝時〟が止まる。霊装も、刃も、炎でさえもぴくりとも動かなくなる。

 

 間髪を容れず、控えていた分身体が銃弾を撃ち込んだ。無情にも刻まれていく銃痕。そして狂三が目の前に立ち、琴里の眉間へ銃口を押し当て――――――

 

 

「よせ、狂三ッ!!」

 

「ッ……」

 

 

 ――――――偶然(・・)にも大きく銃口はブレ、急所を避けた箇所へと最後の弾丸が撃ち込まれた。

 

「あ……あぁ……」

 

 しかし、それでも致命傷。数え切れない銃弾が琴里の柔肌を貫き、血飛沫を上げ彼女の身体は仰向けに倒れ自らの血の海に沈んだ。士道が膝を突く。目の前で変わり果てた妹を見て……彼女の凶行を止められなかった自らの弱さに手をつく。

 

「……これで、終いですわ」

 

 これでいい。これでいいのだ。言い聞かせるように、手の震えを抑え込むように、狂三は虫の息となった精霊を見下ろす。殺してしまっては意味が無い。いいや、これからその霊力を根こそぎ奪い取り殺すのだ。それで終わり。後はあの方を〝喰らい〟さえすれば全てが――――

 

 

「――――随分、優しいじゃない……狂三」

 

『な……っ!?』

 

 

 驚愕の声はまったく同時に響いた。それは当然の話だ。今し方、倒れた筈の少女から声が聞こえたのだから。

 亡霊などでは無い。琴里の身体から焔が噴き出し、全身に広がって行く。狂三はこの光景を映像越しで見た事があった。士道はこの光景を()()()()()()()()()()

 

「……派手にはやってくれたけど、わざわざ急所を外すなんて生温いことしたわね。まあ、頭を撃ち抜かれても同じことだけど」

 

「その力……回復能力……まさか――――」

 

 立ち上がり、不敵に笑う琴里から距離を取り、狂三に残された冷静な分析能力が彼女の正体(・・)を導き出す。

 この回復能力はあの方のものだ。炎が燃え上がり傷を塞ぐ、驚異的な回復能力。見間違いようがないほど、まったく同じ力。それを精霊(・・)である彼女が持っている。となれば、導き出される解答は一つ。

 狂三は五河琴里が精霊としての力を〝隠していた〟と誤認していた。いざと言う時のために、何かしらの方法で隠していたのだと。それこそ、自分があの子(・・・)の力を借り受けた時のように。しかし違う、彼女はこの力を隠していたのではなく封印(・・)されていたのだ。

 

「そう、そういう事でしたの。琴里さん、あなたが士道さんの最初の一人(・・・・・)でしたのね」

 

「……ま、そういう事になるわね。で、まだ続けるのかしら? あなたの力も相当なものだけど、()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

 その通り。琴里に言われるまでもなく、狂三の奇跡にも〝代償〟はある。彼女の力が強大であればあるほど、それを行使するには莫大な霊力を伴う。単純な戦力を分析するならば、狂三と琴里は限りなく相性が悪い(・・・・・)。そのバカげた攻撃力と再生能力を持つ〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は、その強大さ故に燃費が悪い(・・・・・)刻々帝(ザフキエル)〉と致命的なまでに相容れない存在だった。

 

 時間があるならば、たとえ不利であろうと狂三は対抗して見せよう。しかし今はその時間も、その冷静さ(・・・)も彼女に残されてはいない。

 撤退。この二文字が頭をよぎる。仕切り直せば、幾らでもやりようはある。あの子もまだ控えている。

 

 

「――――ふふっ」

 

 

 その微笑みの意図が分からず、琴里は訝しげな表情を作り、話が読めない士道も困惑の表情をしていた。けど、二人のうち狂三の網膜に映ったのは一人だけ(・・・・)だった。

 きっと、この場で全てを終わらせなければ狂三の心は耐えられない。そんな確信が、彼女にはあった。溢れ出した想いは、自覚した甘さは、論理と精神を乖離させ彼女を雁字搦めにする。

 だからこれは意地(・・)だ。合理的思考などかなぐり捨てた、少女に残されたプライド(・・・・)。勝てないと認め、尻尾を巻いて逃げ遂せるなど時崎狂三の名折れ。

 

 ――――――あの方の前で、これ以上無様な姿は見せられない(・・・・・・)

 

 

「――――『わたくし』たちっ!!」

 

「っ、ああもう、このわからず屋っ!!」

 

 

 再び影から舞い踊るは無数の黒。疾走する彼女たちは、人間大の弾丸となりて炎の精霊へと突撃する。

 

「何度やっても――――同じよっ!!」

 

 だが、それは琴里には通用しない。焔の一薙ぎで百に等しい分身体が炎に包まれた――――――その瞬間、琴里は背筋を凍らせた。

 

 

「――――ぁ、あああああッ!!」

 

「んな……っ!?」

 

 

それ(・・)に反応出来たのは奇跡と言えた。偶然、直感だけでなりふり構わず琴里は戦斧を強引に後方へ(・・・)振り抜いた。

 甲高い音を上げ、ぶつかり合い凄まじい衝撃が広がる。圧されたのは琴里だ。それ以上圧されぬよう力を入れ、踏みしめた地面が砕け散る。が、琴里がそれを気にしている余裕はない。それは圧されているからではなく――――霊装が()()()()()()狂三の姿に驚きを覚えたからだ。分身体を塵も残さず焼き尽くした炎の中を、この馬鹿は自ら()()()()()()()のだ。

 

「ばっ――――あんた正気っ!? こんな事したら死ぬわよっ!?」

 

「それであなたを殺せるのでしたら!! えぇ、えぇ、わたくしはこの程度の傷など喜んで受け入れましょう!!」

 

「こ、の――――――」

 

 鍔迫り合い、狂三をこれ以上傷つけさせないよう炎を抑え込む。想像以上に狂三は錯乱(・・)していた。もはや目的と手段がごちゃごちゃ(・・・・・・)になってしまっている。

 琴里の目的は彼女を殺す事ではない。精霊を保護(・・)する事だ。士道(おにーちゃん)の言葉を素直に受け入れないこの駄々っ子(・・・・)を、力づくでも止める事が琴里の役割――――――

 

 

「――――――なら、()()()()()()()()

 

 

 故に、今この場にいるのは五河琴里ではない。ただの、殺戮者(バーサーカー)だ。

 

「っ!? ――――きゃっ」

 

 均衡は容易く崩れ去り、拮抗していた筈の狂三が不意に吹き飛ばされる。受け身が取れずに地面を転がる狂三が、ようやく衝撃を殺し切り立ち上がろうと顔を起こした時、

 

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉――――【(メギド)】」

 

 

アレ(・・)が引き起こす未来に、彼女の表情が凍り付いた。アレ(・・)は天使が持つ究極の一。刃を失い、琴里の右手を包み込むように着装された〈灼爛殲鬼(カマエル)〉はその型を戦斧から大砲へと変化させていた。

 焔が、砲の先端へ集束して行く。時間がない。すぐさま狂三は立ち上がり――――――

 

 

「――――狂三ッ!!」

 

 

 その声を、聞いてしまった。あの方の姿を見つけて、大きく目を見開く。狂三が吹き飛ばされたその先は、士道がいる場所からほとんど距離がない位置だ。それこそ、あの方が()()()()()()()したら、簡単に身を晒す事が出来てしまえるほどに。

 

『少しの間、返してもらうわよ(・・・・・・・・)、士道』

 

 脳裏に宿ったのは、呆気に取られていた瞬間でも確かに記憶していた琴里の言葉。()()()()()()、そう五河琴里は言った。残された狂三の頭脳が、間髪を容れずに答えを導き出す。つまり、今の士道は()()()()()の何ら変わらないという事実を。

 

 

「『わたくし』たち――――!!」

 

 

 指示を出す。答えは決まっている。己が生きてさえいれば、幾らでもやり直せる(・・・・・)。合理的な判断だけをすれば良い。だから狂三は――――――

 

 

「――――士道さんを(・・・・・)、お守りなさいッ!!!!」

 

 

 心の叫びに、従った。まったく持って不合理。まったく持って不可解な選択。理性なんてとっくに働いていない。論理もない。でも仕方ない。理屈ではどうしようもないのだ。時崎狂三の心が、それを叫んでしまったのだから。この方を、()()()()()()()()()()()()

 

「な、っ――――狂三いいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

 『狂三』が壁を作り出す。士道を守るため彼の身体をその場に押さえつけ、彼女たちは少女の切なる願いを理解出来ずとも、それを忠実に実行していた。

 それでも士道は手を伸ばしていた。その手を振り払った少女の名を叫び、必死に手を伸ばしていた。それだけで少女は、幸せだと微笑んだ(・・・・)

 

 

「――――灰燼と化せ、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

 

 焔が、爆ぜた。

 

 

 

 

「ぃ、っ……けほ……っ、けほっ……」

 

 身体を何度か打ち付けた痛みと、炎の残り香を吸い込んだ事で何度か咳き込む。彼がこの程度で済んだのは、ひとえに狂三が解き放った分身体のお陰だ。彼女の分身体は、士道の身を未だに守る一人を除き(・・・・・)全て炎の余波(・・)で吹き飛んでいた。衝撃によるもの、灼熱の余波で焼き焦がされたもの、違いはあれどもう動く事はない。そして、唯一生き残った分身体も満身創痍だった。では、この灼熱の一撃の中心点(・・・)にいた者は?

 

「……くる、み…………」

 

 地獄があった。地獄のような光景であった。放たれた熱の奔流は、人間一人を軽々と呑み込む熱線だった。焔が過ぎ去った地面だけではなく、辺り一体がその業火に溶け地獄の様相を生み出していた。焼け爛れた地面に、少女は横たわっていた。

 士道は絶句した。倒れ伏せた少女の身体に、無事な部分などない。全身が焼け爛れ、美しかったドレスの殆どが燃え尽きていた。頭部を覆っていたヘッドドレスも無くなり、長く麗しい黒髪が無造作に投げ出されている。それでも尚、時崎狂三は――――――

 

 

「……っ……!」

 

 

 立ち上がろうと、していたのだ。彼女の天使〈刻々帝(ザフキエル)〉はその大半を削り取られ、機能しているのかさえ怪しい。それでも、狂三は決して()()()()()()()()()()()()

 

「――――いいわ、良いわよ狂三。立ち上がりなさい。銃口を向けなさい。まだ戦争は続いているわ。まだ殺し合いは続いているわ。まだ闘争は終わっていないわ。さあ、望み通り()()()()()()

 

「な……おい琴里! 琴里ぃ!!」

 

 殺人鬼は笑う。役割を終えた筈の砲門を向け、銃口を構える力さえ残っていない少女を見て恍惚な顔で笑っていた(・・・・・)

 愛する兄の声さえ聞こえていないのか、琴里は再び焔を灯し熱を帯びた。

 

「く、そ……っ! 離せ! 離してくれ!! 俺は行かなきゃならないんだ!!」

 

 妹の元へ、愛する少女の元へ、士道は今すぐ駆けつけなければならない。愛する妹が、愛しい少女を殺す。そんな最悪のバッドエンドを止められる可能性があるのは、この場において士道だけだった。

 

「だ、め……ですわ。『わたくし』から、仰せつかった、事です、もの……行かせる……わけには、いきません……の」

 

「っ、ふざ……けんなっ!!」

 

 満身創痍でも、精霊の分身たる『狂三』が人間の士道を抑える事はこんなにも容易い。

 

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな! 何が自分を〝喰らう〟だ。何が自分を殺すだ。そんな事を言った精霊が、己を犠牲に士道を守ったなんて、あまりにもバカげてる。

 死なせない、死なせない、死なせない! 絶対に死なせてなるものか。あんな笑顔を見るために、少女をあんな悲しい笑顔にするために、士道は狂三と救いたいと思ったのではない。

 動け、動け、動け! 今だけでいい。少女を〝守る〟だけの力が欲しい。一瞬でいい、狂三の分身体を振り解けるだけの力を――――!!

 

 

「ぁ……!?」

 

「くっ――――おおおおおおおおおっ!!」

 

 

 僅かな一瞬、彼女の拘束が緩んだ。その僅かな間を見逃すこと無く、士道は何も考えずに駆けた。だから気づかなかった。ほんの少し、満身創痍の分身体の手を緩める、ただそれだけの力しかない〝冷気〟が士道から発せられた事を。もはや士道を追う力すら残されていない分身体しか、その事実を知るものはいなかった。

 

「やめろ琴里! これ以上は狂三が死んじまうっ!! 精霊を保護するのが、精霊を殺さずに解決するのが〈ラタトスク〉なんだろ!? こと――――――」

 

 肩を掴んでもなんの反応も示さない琴里に業を煮やし、士道は怒声を放ちながら琴里の顔を確認し――――息を詰まらせた。

 違う。そこにいたのは彼の妹でも、〈ラタトスク〉の司令官でもなかった。怪しく光る紅玉(ルビー)の双眸は、何も映してはいなかった。士道さえ、ともすれば狂三さえ映していない。それが映すのは自身の殺人衝動(・・・・)だけなのだから。

 

「うわ……っ!?」

 

 集った焔が爆ぜるように士道を吹き飛ばし、焼け爛れたフェンスが辛うじて彼を受け止めた。詰まる息に飛びそうになる意識を繋ぎ止めた士道は、琴里が構える砲門が既に臨界とも言える輝きを放っている事に目を見開いた。

 くそっ、と拳を叩きつける暇もない。止められない。かつて十香が究極の一を解き放った時と同じだ。アレでは琴里が()()()()()()()止めようがない。だから士道は駆け出した――――()()()()()

 

 

「狂三っ!!」

 

「……し、ど――ぅ、さん……?」

 

 

 声を発する事すら困難な筈だ。それでも、狂三は言葉を途切れさせながらも、士道の名を呼んだ。こんな自ら()()()()()()()状況でも、士道はそれが堪らなく嬉しかった。

 

()()()()()。強く、強く狂三を抱きしめた。士道がした事はそれだけだ。少女を連れて逃げる力はない。立ち塞がるだけでは、あの紅蓮の業火から少女を守れない。ならばせめて、少女が一番生き残る可能性が高いであろう方法が、士道が咄嗟に思い浮かんだ方法が、この方法だった。たとえ()()()()()()()()()()()()()、少女だけは生きていて欲しい――――少女に恋した少年の、そんな切なる願いの形が、この愛情表現とも言えるものだったのだ。

 

 

「ぃ……ゃ――――」

 

 

 ――――それは偶然か、必然か、抱き止められる少女も同じだった。

 大きな胸板が少女を包み込んでいた。ぎゅっと、ぎゅっと少女をその優しい手で抱きしめていた。強く、強く、彼の身体を掴む。もはや感覚など残っていない筈なのに、温かい何かが流れ込んでくるようだった。

()()()()()()()()()()。死の淵に立たされた少女が思ったのは、それだけだった。己の命も、使命も、頭にはなかった。ただ少女は、この温もりを失いたくなかった。

 

 ああ、嗚呼。理解しよう、受け入れよう。もう、時崎狂三は――――五河士道の意思を無視して、その命を奪う事は出来ないと。

 

 今際にそれを知るだなんて本当に――――なんて、愚かな女。

 

 どうか、どうか、士道さんだけは。祈りだった。神へ抗う事を選んだ筈の少女が、ただ祈りを捧げた――――――焔が、放たれた。

 

 

「――――っ、おにーちゃん(・・・・・・)、避けてっ!!!!」

 

 

 声が響く。それは殺人鬼の物ではなく、五河琴里の声だった。人を殺すことなど出来ない、鬼にはなれない、優しい優しい妹の声だった。

 

 咆哮が放たれる。万象尽くを灰燼に帰す、紅蓮の業火が二人へ迫る。世界の終わりのようだった。迫り来る終末の炎だった。それでも、お互いを想いやりながらも、歪で、愛おしい、狂った、少年と少女は、この瞬間――――互いしか、存在していなかった。

 

 焔が、爆ぜる――――――その、刹那。

 

 

 

「――――ごめんなさい。狂三の言いつけ、破ります」

 

 

 

 ――――爆ぜる焔を凌駕する神速が、駆けた。

 

 そして、膨れ上がる焔を、広がる炎を感じた少年は、しかして、愛おしい少女を決して離さず抱き止めたまま、その意識は途絶えた。

 

 

 







Q.琴里なんか原作より火力高くない? A.戦闘するには致命的なデメリットあるんだしこれくらい盛って良くない?

Q.なんで狂三の髪は無事だったん? A.ヘッドドレスパイセン舐めんな。髪は女の命だ。真面目な解説すると霊装パワーです。

はい、いかがでしたでしょうか。というわけで狂三フェイカー編完結になります。打ち切りみたいな展開ですけどちゃんと続きます

…………いやね、言い訳をさせてもらうとね、想定してたプロットはこんな心中ENDみたいなオチじゃなかったんですよ。なんだかんだ士道に絆された狂三が、原作通り自分を庇う士道に思わず逃げて!と琴里と同じことを言う……くらいの展開だったんですよ。気づいたら狂三のメンタル想像以上にやられてるわ士道くんの愛が重いわ。気づいたらこうなってました。ヒロインをこんな心身共に追い詰めるつもりはなかった。でも反省はしていない。

Q&Aコーナーで髪に関して話しましたけど髪を下ろした狂三はめちゃくちゃ希少価値あって美しいんでその辺私の趣味です。琴里に関しては……実は狂三の次に好きなヒロインが十香、琴里、折紙で並んでいるのでこの三人は初期プロットから根幹に関わっているという裏設定。初期の初期だと琴里はめちゃくちゃ出番多かったです。てかメインに近かった。その名残がこれからかなりありと思います(多分)

メンタルボロボロで判断力低下してる上に相性最悪の灼爛殲鬼相手にするとかいう無理ゲー。この時点でまともに相手するなら、狂三が霊力を消費しきる前に琴里の霊力を削りきる必要があるので今回の狂三も灼爛殲鬼暴走前辺りは霊力ケチった結果です。分身体は一蹴、弾丸は炎に遮られるうーんこの。初見という前提がないなら、対策なりなんなり立てて戦うのが時崎狂三って精霊ですけどね。

色々語りたいことが多く長くなりましたが、次回より新章『〈アンノウン〉・狂三アンサー』編突入です。前者のアンノウンが誰を指すかは、まあ簡単に気づかれてしまうでしょうがお楽しみに。オリキャラいるのにここまでサブに徹するデアラ2次もそうない気がする今日この頃。

ではまた次回。感想、ご意見などなどお待ちしておりますー。
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