デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百九十七話『〈   (アイン)〉』

 

 

 僅かに数秒。それが、命運を分つ時の流れだった。

 

 

「――――狂三をお願いします、折紙」

 

 

 精霊たちが――折紙さえも例外でなく――叫びを上げる中、少女の声が鼓膜を震わせたのは幸いと言うべきだった。

 それも、当然。今、折紙たちの視線の先には絶望的な光景――――アイザック・ウェストコットの放つ闇に呑み込まれかける、五河士道の姿があったのだから。

 

「何を……!?」

 

 問いを投げかける暇もなく、折紙へ狂三が押し付けられた。というよりは、頼むと言った瞬間には届けられていた、という方が正しい。白い翼が、一瞬にして視界の外へ消え失せた。

 ――――だからこそ、折紙だけはそれ(・・)に気がつくことができたのかもしれない。

 

「折、――――紙、さん!!」

 

「――――っ!!」

 

予測(・・)が映像として視界を掠める。思考より先に、身体が動く。鍛え上げられた反射神経と狂三の警告がなければ、折紙もまた皆と同じようになっていた(・・・・・・・・・・・・)

 

「ちょ、何よこれ……!?」

 

「これは、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の――――澪!!」

 

「く……!!」

 

 無数の枝が精霊たちを捕らえ始める。突然のことに、折紙以外の精霊は残らず枝に引き寄せられていく。

 〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉が今になって折紙たちを害する理由はない。ならば――――僅か一秒の失策を折紙は悟る。その後悔すら惜しいと、痛みを堪えるように目に手を当てた狂三が叫びを上げた。

 

「早く――――あの子を、未零を!!」

 

「ッ!!」

 

 言葉などそれだけで十分。空中を蹴り上がり、消えた少女の背を追いかけた。要領を得ない言の葉が、時崎狂三がそうせざるを得ない状況を物語っている。

 士道の危機に澪がいなくなり、精霊たちの動きを封じた――――それを、あの子は誰より早く先読みしていたのだ。

 全てを出し尽くした狂三は動けない。十香たちの手を――――数秒遅い。もはや、動けるものは折紙しかいない。狂三を抱き抱え、無数の枝を避けながら身体にムチを打つように飛翔する。

 

「間に合って……!!」

 

 そう、声を出さずにはいられなかった――――――数秒抜け落ちた時間が、あまりに致命的だと理解してしまったから。

 

 

「――――――」

 

 

六枚の翼(・・・・)が現れたのは、まさにその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ――――――」

 

 忘我の間際、辛うじて繋ぎ止められたのは、自身が零した小さな声だった。

 迫り来る無の魔王。飛び込もうとする澪――――澪を貫く、光の帯。

 それこそ、再演。舞台の役者が、その演じる役割を入れ替えたような光景。

未零が澪の(・・・・・)霊結晶(セフィラ)を貫き、澪が驚愕の表情を張り付け振り返る。

 

 

「――――君、は……」

 

 

 それも、再演。言葉さえも、未零の表情でさえも(・・・・・・・・・)

 

 まるで、こうなることが正しかったように、未零は微笑んでいた。

 

 

「――――私に従え、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 

 瞬間、命じられた天使が、堂々たる〝主〟の宣言に従った。無数の枝が霊結晶(セフィラ)を貫かれ、力なく動きを止めた澪を絡め取り、士道の元へ引きずり戻す――――入れ替わるように、未零が先へ飛んだ。

 

「未零っ!!」

 

「…………」

 

 未零は答えない。ほんの少し振り返った少女の顔は、笑っていた――――死を前にして(・・・・・・)、笑っていた。

 そうして、戻された澪の胸元から光の帯が消え、目映い光が士道の視界を遮った。

 

「うわ……っ!?」

 

 腕で顔を守り、何とか視界の全てを潰されることだけは防ぐ。発せられる光が、膨大な闇さえも押し戻さんばかりに輝きを強めていく――――――〝白〟が咲いた。

 

 

「――――――っ」

 

 

 息を呑んでしまう。全ての言葉が呑み込まれて、消える。

 それほどまでに、少女の背は美しかった――――天使の六枚羽。三対六枚の翼は、少女を大天使として生誕させたようだった。

 白い外装を纏い、巨大な翼を背にし、少女はそれを羽ばたかせ――――――

 

 

「――――未零っ!!」

 

 

 その愛おしい声(・・・・・)に一度だけ、少女は足を止めた。

 

「狂三、折紙!!」

 

 すかさず声の方向へ視線を向けた士道は、二人の名を呼びながら目を見開いた。

 枝に絡めとられたのは士道と澪だけではない。ここからは距離を置いた場所で、他の精霊たちも枝によって引き寄せられていたのだ。恐らくは澪、そして権限を略奪した(・・・・・・・)未零によって。

 動けるのは狂三を抱き抱えた折紙のみ――――だが、そんな折紙でさえ、消耗した状態ではここへ辿り着くだけで限界だったのだろう。追いついてすぐに、伸びる数を増やした枝に絡め取られてしまった。

 

「く……、離して……っ!!」

 

「未零!! 戻ってくださいまし!! 未零っ!!」

 

 どうにか振り払おうとする折紙と、なおも呼びかけ続ける狂三。しかし、未零は足を止めるだけで戻ろうとはせず、ふと息を吐き、手のひらを上に向けて声を発した。

 

「ま、そういうわけです。あなたの望みは諦めてください」

 

「っ」

 

 それは、狂三ではなく澪に向けられたものだと、息を呑んだ澪の雰囲気から感じ取ることができた。

 澪の望み――――――自らでさえ自覚できなかった願望。

 

「どうして、なんで君が……っ!!」

 

「合理的判断でなら、あなたに消えられたら困るからですよ。大元の霊結晶(セフィラ)が消えたら、連なる他の霊結晶(セフィラ)にまで影響が出るんです――――よ!!」

 

 言葉と共に、少女が前方へ六枚羽を羽ばたかせ、数え切れないほどの羽根で壁を作り出す。闇を抑え込んだ白の壁は幾許も無い――――未零が別れを惜しむ時間のようだった。

 顔をくしゃくしゃに歪め、大きく首を振った澪が力に抗い進もうとする。しかし、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉が澪に従うことはなかった。天使は主を生かそうと、もう一人の主に従う。そう見えてしまった。

 

 

「代わりに、力の半分はもらっていきます。でないと、あれと対消滅するには足りなそうですから。複数人が消えるより、私一人が受け持つのが合理的判断というものでしょう」

 

「そんなこと聞いてるんじゃない……!! だって、君は……私は、君を……っ、ずっと……」

 

「――――仕方ないかなぁ、って」

 

 

 ――――そう言って、少女は笑った。

 死に向かう者とは思えない微笑みで、少女はいつものように、仕方ない(・・・・)と笑ったのだ。

 

 

「……うん、仕方ないよ。始まりから、私はあなたに死んでほしくなかった。それが〝私〟の始まりなら、私は〝私〟に従う。結局ね、私はそういう生き方しかできない――――――〝私〟の望みは、あなたたちが生きることで達成される」

 

 

 自らの欲がないのではない。未零という存在は、誰かの生存の下で満たされる。

 

 

「――――生きて、澪。残酷で――――だけど、優しい人たちがいる、この世界で」

 

 

 生まれ落ちた一人の精霊として、その言葉を贈る。

 

 

「……ああ、それと――――――好きですよ、お姉ちゃん」

 

 

 時間を共にすることのなかった姉妹として、その言葉を贈る。

 

 

 

「――――ただし、士道や折紙と同じくらいにね?」

 

 

 

 天を駆ける。少女を背負う六枚の翼が、少女を誘う。

 同時に、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の枝は半ば強制的に士道たちを後方へと離脱させようと――――――駄目だ。

 

「――――待てよ、未零!!」

 

 勝手に、決めるな。

 

「俺たちは、まだおまえに何も見せてない!! おまえが生きる世界を創る!! それを見てくれるんじゃなかったのか!?」

 

「……見せてくれましたよ。あの人が生きる未来――――狂三や折紙が生きていける未来。それだけで、十分でした」

 

「っ……勝手なこと、言うなよ!! いつも屁理屈ばっかり言いやがって!! 狂三ばっかじゃなくて、少しは俺の言うことも聞けってんだ!!」

 

「いつも勝手なこと言ってる人に、そう言われてもなぁ……」

 

 冗談めかすように未零は言い、遠ざかる士道たちと言葉を交わす。遠く、小さくなる――――何も出来ない。

 折紙が、言葉を届ける。

 

 

「私は……まだ、何も伝えられていない。戻って、今すぐ、未零――――――!!」

 

「……気になるけど、聞いたら未練だけが残りそうなので、聞けません。あなたにもらった傷と、呼ばれた名前だけを覚えて逝きます。ごめんね、折紙――――――あなたに自己紹介、ちゃんとしたかったな」

 

「――――――!!」

 

 

 届かない。声が届かない。引き寄せた〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉がその姿を変える。〈フラクシナス〉ごと士道たちを呑み込み、天使と魔王の激突の余波から、自分たちを守るために。

 もはや、声など届かない。閉じ行く世界は隔絶され、夜空は遠くへと消える。士道の声は、折紙の声は、澪の声は、未零には届かない。

 

 

「――――生きて、未零!!」

 

 

 ただ一人。彼女の声だけが、届いていた。同じはずの祈りが、そこにはあった。

 

 

「わたくしの望みを、願いを――――誰より、肯定するのでしょう!? わたくしの望みを、我が儘を、っ……あなたが隣にいないことを、許しませんわ!! だから、だから――――おね、がい……っ!!」

 

 

 涙に濡れて。不敵さなどなくて。一人の少女の声は、確かに届いていた。

 その願いを聞き届け、願いを叶えるはずの少女は――――――優しげな微笑みを、別れに使った。

 

 

「ありがとう、狂三。私の一番の友達(・・)――――――だから、その願いだけは、聞けない」

 

 

 伸ばした手を閉じて――――少女は、幕を引く。

 

 

 

「――――――さようなら。世界の誰より、大好きな人」

 

 

 

 時崎狂三が生きていることが、未零の望む一番の幸せだから。

 

 

「――――未零ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――ッ!!」

 

 

 動かぬはずの腕を伸ばし、閉じられる夜空の景色に向かって、遠く、遠く、狂三はその名を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 激流の中心地。膨大なマナが集結するその場所で――――精霊・未零と魔術師・アイザック・ウェストコットが相対する。

 未零が来たことが意外だったのか、だがその姿を認めるなりウェストコットは死に体の身体を気にもとめず、憎たらしい笑みを浮かべてきた。

 

「……もう一人の〈デウス〉か。介添人が、よもや君とはね」

 

「ご不満です? 『私』を、あなたみたいな人にはあげられない。――――私の〝計画〟通りですよ」

 

「――――ほう。理解していたのかね、私という男を」

 

 笑みを浮かべたまま問うウェストコットに、未零は大層不快な表情を張り付けて返してやる。

 

「……そんなわけないでしょう、気色悪い。〝私〟はあなたのこと何か知らなかったし、知ろうとも思わなかった。でも――――――」

 

 

『おまえがこっちにいる限り、あいつらは真那に手を出せやしない! なら――――ここは態勢を立て直して、真那を取り返して澪もそのまま万々歳ってのが最高のルートだろうが!!』

 

 

「――――『私』は、あなたという男が最悪のタイミングで最悪なことをする(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。……そういう人間だと、知ってたんです」

 

 

 サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。

 

 未零が知っていたのは、その男の名と――――――崇宮澪の大切な者を奪い去った、最悪な死神ということだけである。

 故に、未零が確信していたのは、信じていた(・・・・・)のは、まさに必然というべきものだった。

 

「……私の〝計画〟に含まれたもう一つの目的。あなたという存在の排除(・・・・・・・・・・・)。こうして順当に果たせるのは、あなたの最悪(・・)のお陰です――――――ちょうどいいでしょう。厄介者を纏めて処理できるだなんて」

 

 そのための〝計画〟。もう一つの完遂地点――――未零の存在でウェストコットを道連れにできるのなら、行幸という他あるまい。

 

「は、は、は――――――」

 

 大仰に……そこには、ウェストコットが初めて見せる感情があった。天を仰ぎ、数々の悪行を重ねた男の身勝手な嘆きがあった。

 

 

「――――どこだ? 一体どこで私は間違えた? 魔術の秘奥を漁り、精霊術式に辿り着いたというのに。顕現装置(リアライザ)を作り上げたというのに。――――今こうして、始原の精霊の力を手にしたというのに」

 

 

 ウェストコットが零した言葉に――――未零は、笑った。

 

 

「ぷっ――――はははははは!! あなた、まだわかってなかったんですね。だから、あなたは負けたんですよ」

 

「なに――――?」

 

「……少年少女の〝恋〟に負けたくせに自覚がなかったなんて、笑うしかないでしょう。教えてあげますよ――――――」

 

 少年と少女は〝恋〟をした。恋は理不尽で不条理だ。それ故に、独りよがりな〝愛〟に打ち勝つ。

 ただ、まあ、それは結果でしかない。根本はもっと単純で、どうしようもないものだ。

 未零は道化師の微笑みを携え、言った。

 

 

「――――あなた、私たちの好みじゃないんですよ」

 

「――――――」

 

 

 呆然と、その理不尽な答えに目を丸くし、

 

 

「……は、はは、はははははははははははははははははは――――っ」

 

 

 そんな自分がどこまでも可笑しかったのか、高々に笑い始めた。

 

 

「なるほど、なるほど。……それでは仕方がないな」

 

「……ええ、仕方ないです――――――」

 

 

 そう、仕方のないことだ。笑い疲れた男へ向けて、未零は右手を向けた。

 必要なことであり、手向け(・・・)

 

 

「だからせめて、私が一緒に死んであげる」

 

「――――それは、それは。私は最後に、幸運に恵まれたようだ」

 

 

 笑みを浮かべたウェストコットが、向けられた手と重ね合わせるように、ゆっくりと右手を前へ向けた。

 

 

 

「――――〈■■■(ケメティエル)〉」

 

 

 

 男の前に出現していた漆黒の種子から、闇が滲み出る。

 応じるように六枚羽が光輝く。白い羽根を散らし、未零は同じように突き出した右手――――それが、震えていることに気が付いた。

 ――――そのことに笑みを浮かべて、最後の天使を唱えた。

 

 

 

「――――〈   (アイン)〉」

 

 

 

 ――――『無』と『無』の力が、ぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――自分に、そんな感情が生まれたことに驚いた。

 少女は自分の生に執着がなかった。偶然生まれて、偶然美しいものを知った。その美しいものに生きて欲しいと願った。そこに、自分自身はいらなかった。

 だけど、〈   (アイン)〉を放つその瞬間、未零の手は震えていた――――――怖い(・・)。そう、感じていた。

 死という瞬間を、死を纏う少女が恐れた――――――無価値な存在が人並みの死を得た(・・・・・・・・)

 

 

 ああ――――――満足した。

 

 

 生まれた意味なんてないと思ってた。消える事が最初から決まっている私に、価値なんて必要ないと思ってた。

 でも、生まれた意味はあった。たとえ呪いでも、未零という精霊は存在する価値があった。

 こんな綺麗な名前をもらって、あの子に生きろって言われて――――――こんな満足して消えて行けるなら、私はそこに意味があると誇ろう。

 

 ただ同時に――――満足した先から、後悔が浮かぶ。

 

 もっと、一緒にいたかった。一緒に、見られるようになった未来を感じたかった。

 みんなに自己紹介をしたかった。綺麗な名前でしょう、って。みんなのことをもっと知りたかった。あんないい子たちなんだ、もっともっと素敵なことがあったに違いない。短い間だったけど、それだけは確信できる。

 ――――もう、泣かせたくなかったんだけどなぁ。

 士道も、折紙も、澪も――――狂三も、泣いていた。

 折紙は見ていないと何をしでかすかわかったものではないし、澪もちゃんと生きていけるか不安だ。士道とはデートをすることができなかったのが、少しだけ残念だ。一応、精霊なのだから無理を押し通しておけばよかったと思うばかり――――狂三の想い人なのが悪い。

 結局、どうしても狂三に行き着くのだ。これこそ、

 

(仕方がない……なぁ)

 

 未零自身が考えて、何度も何度も思考して……最後にはきっと、狂三が一番に来てしまうのだ。仕方がない、としか言いようがないではないか。

 美しいと思った。その生き様が、姿が、時崎狂三の本質が、美しすぎた。

 それは自分自身に最も近い愛を抱いた姉より、恋焦がれた少年より――――その想いが勝ると、未零が決めてしまったのだから。

 生きていてほしかった。未零には耐えられなかった。澪が、折紙たちが、狂三が、狂三の恋焦がれる少年が、未零の目の前で死んでしまうのを見ることなど。

 そう考えれば、何もかもが仕方がないと思う。未零がしなければ澪がしていた。澪がしなければ、狂三たちは間違いなく死んでしまっていた。それを考えれば、最小限の犠牲だ。ついでに、ウェストコットの野望を完璧に阻止できた。〝計画〟の終着点としては、なるほどよく出来たじゃあないか。

 みんなに生きていてほしい――――未零の得た結論(こたえ)は、完璧な形で完遂することができた。

 

 

(……ごめんね、みんな)

 

 

 それでも、誰かが未零を想ってくれていたことは、なかったことにならない。けど、今度はちゃんと、卑怯じゃない別れを告げることが出来たから、それでいいのだ。

 ――――意識が、消えていく。微睡んでいくように、穏やかに意識が薄れていった。

 最後の天使と最後の魔王。ぶつけ合えば、対消滅を促す使用者の結末など知れたことだ。もとより、そのつもりで澪から霊力を奪ったのだ。撃ったあとのことなど考える必要はなかったし、どのみち消滅は免れなかった。

 だから、届かぬ謝罪を残して、未零は消える。最後に残った未零の意識が、そうして溶けて――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謝るくらいなら、なんでこっちに来たのよ」

 

 閉じかけた目が、一気に見開かれた。

 

「は……!?」

 

「おはよう。ていうか、こんばんは? 私の親切心、役に立ったみたいね」

 

 金の髪をたなびかせ、あっけらかんと少女は――――精霊・万由里は言葉を作った。

 

「まあ、結局あんたはこっちに来ちゃったみたいだけど。琴里よろしく、あんたを蹴り倒したい気分だわ」

 

「……や、士道と違って私は身体が丈夫じゃないんですから、嫌ですよ」

 

 思わず反射で答えて、疑問――――なんで、万由里と話せている?

 未零の脳が見せる幻覚。あるいは幻聴。にしては妙に姿形がはっきりしている上に、応答が現実的すぎる。

 澪譲りの思考スピードを駆使し、あらゆる可能性を模索する。以前と似た感覚から、辛うじての予測――――ここは、一種の霊子空間。世界を揺るがすほどのマナが乱れた瞬間、知覚化された空間。

 言ってしまえば、あの世とこの世の境目。霊力を頼みに意識だけを繋ぎ止める場所……何とか言語に落とし込むと、そんなところだろうか。

 結果として、意味がわからない(・・・・・・・・)という言葉を送ることになるのだが。渋面を浮かべる未零に、万由里は息を吐いて続けた。

 

「ほんと、何してるんだか。私の言ったこと、聞いてなかったの?」

 

「……私は先に、すぐそっちに行くと言いました。はい、これで私が先攻です」

 

「あんたが病室抜け出してたときのことなんて、私は聞いてないから無効よ。よって、あんたの負け」

 

「絶対見てたし聞いてたじゃないですか!!」

 

 あまりに具体的すぎる。歯に衣着せぬ物言いは、一体誰譲りなのかと聞いてみたくなった。

 と、そんなことが聞きたいわけではない未零は、ぐっと拳を握ると万由里へ言葉を放った。

 

「……今さら、なんですか。こんなところに連れてきたところで……」

 

 ここにいて、感じる。ここは霊力で繋ぎ止められた空間だ。しかし、それだけ(・・・・)。あるのは意識だけでしかなく、未零はあくまで消えかかった意識が――――もしくは、消えてしまってから拾い上げられているに過ぎない。

 どうにもならない。未零は死んで、もうどうすることも出来ない。死の実感を、意識があるうちに突きつけられているようなものだ。……そうしてまで、どうして万由里までここにいるのか。

 そんな未零の思考を受け取ったのか、万由里が目を細めて返してきた。

 

「そうかもね。私たちにできることは、そう多くない。せいぜい、見てることしかできない」

 

「……だったら、もういいでしょう。私は――――――」

 

「――――けど、見守ることはできる」

 

 その声は、万由里のものではなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「え――――――」

 

 

 振り返り、思考が停止する。

 少年が、いた。一人の少年が立っていた。愛しい少年と、同じ貌を持つ(・・・・・・)少年が立っていた。

 ありえない。そう思考が断じる。間違いない。そう心が断じる。無意識に、未零は唇を動かしていた。

 

 幾度となく、記憶の中で繰り返された人の名を。

 

 

「……シ、ン――――?」

 

「ああ。君とは、初めましてだな。澪の妹さん、でいいよな――――未零」

 

 

 その笑顔も、その声も――――感じる全てに、記憶が呼びかけてくる。

 崇宮真士。記憶から再生されたものではない、本物の崇宮真士(・・・・・・・)の魂が、そこにあった。

 

「どう、して……?」

 

「……ずっと、見ていたんだ。見ていることしか、できなかったけど――――だから、わかる。君はまだ、こっちに来ちゃいけない」

 

「っ……で、でも、シン……私は、もう……っ!!」

 

 どうして真士がここにいるのか。死した人の魂が、こうして話すことができるのか。それでも、本物だとわかるから――――本物の彼が言うから、未零は涙が止まらない。

 

 

「――――――私、戻れないよ……!!」

 

 

 そう、戻れない。未零は選んだ。みんなが生きていける道を、未零という存在を対価に選んだ。

 それは等価値ではない。けれど、一つの対価ではあった。未零という犠牲をなくして、この結末は得られない。

 それでよかったのだ。これ以上なく満足した――――――したはずなのに、涙が止まらない。

 浮かび上がって、それでも仕方ないと抑え込んだ後悔が、滂沱のように流れ落ちた。

 それは残酷だ。死体に鞭を打つ行為だ――――――けれど、真士は未零たちに笑いかける。

 

「大丈夫だよ、未零。言ったろ、見ていた(・・・・)、って。未零だって知ってるだろ? みんな諦めが悪いし、それに――――――」

 

「……っ!!」

 

 そう言って少年は――――――

 

 

「――――――世界を壊すのは、いつだって魔王の役目だろ?」

 

 

魔王(ゆうしゃ)を信じて、未零の涙を拭った。

 

 

 

 

 

 結末は定められた。流転した運命は、形を変えて物語の終着へ。しかし、特異点を超えてなお、それ(・・)は残されているではないか。

 刻まれた結末を覆す――――――魔王と女王の約束が、果たされていない。

 

 

 終末の戦争(デート)――――――世界を超える再構築(リビルド)を、始めよう。

 

 

 







次回、『リビルド』。さあ、ありえないはずの結末を、再構築しましょう。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。残り、二話。次回をお楽しみに!!
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