デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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 螺旋した世界。移り変わった時間。あらゆるものが反転し、あらゆるものが残留した世界線。

 世界を超え、時間を書き換える御業。そう、世界を創る――――――それは、想像上の神に等しい行為だろう。

 それを体感した者は、多くはいない。そのうちの一人、村雨未零は改変の中でも特に際立って事象改変の影響を受けた精霊だ。何せ事実上、一度死んで甦った(・・・・・・・・)のだから。しかも、それを自覚している数少ない(・・・・)存在である。

 

「――――気に入ってもらえたかな?」

 

 憎たらしく、こういうのを怪しい魅力というのだろうか。くすんだアッシュブロンドの髪を揺らし、対面する未零へフッと微笑みを散らした。

 気に入ったか、気に入らないか。特に嘘を吐く理由はなく、しかしおべっかを使う必要もない。未零は鼻を鳴らし、用意された個室をわざとらしく見回してから答えを返した。

 

「はっ……密会(・・)にはちょうどいい部屋でしょうね」

 

「ふむ、言い得て妙だ。君と私の関係に、これほど素晴らしい表現は他にない。――――ああ、安心したまえ。ここでの会話を盗み聞きするお喋り(・・・)な人間がいる……そんな安い場所を選んだつもりはないさ」

 

 だろうな、と未零は姿勢を崩さずその男を見据えた。この男にかかれば、人ひとりを路頭に迷わすくらいは容易く、優しすぎる(・・・・・)くらいである。

 刃のように鋭い目元を歪め、未零に対しては友好的に接している――――――そんな楽観的な意見は、今すぐに焼き尽くしてしまった方がマシだろう。

 

 未零は、ある意味で死を経験して甦った。けれど、それは果たして未零だけだったのか。否――――――いたのだ。あの場には、未零との死を選んだ者(・・・・・・・・・・)が。

その男は(・・・・)黙して語らぬ未零を見てニヤリと唇を歪めた。常人であれば背筋が凍りつくような笑みを携え、彼は言う。

 

 

「さぁ、私に如何なる目的を持っているのかな。――――〈デウス〉。我が愛しき精霊よ」

 

「……本当なら、二度と会う理由は作りたくはありませんでしたよ――――――サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット」

 

 

 そうして男へ――――――死の淵から甦った死神へ、未零は嫌悪を隠すことなく言葉を告げた。

 

 

 

 

 

「……ふっ。嫌われてしまったな。こうして君のために時間を作り、邪魔をされない場所まで用意したというのに」

 

 白々しく肩を竦めたウェストコット。が、白々しくの表現がよく似合い、未零の物言いを気にした様子は見られない。

 しかし事実として、このような高級料亭の個室を選んだのは誠実な対応と言えるだろう。嫌な顔は変えないが、ふぅと息を吐き礼の一つを述べてやった。

 

「それについては感謝します。それはそれとして、私はあなたが嫌いです」

 

「ははは!! こうして素直な感情をぶつけられるのは、心地がいいものだ」

 

「……うわ」

 

 ウェストコットの言動から感じた気色悪さに、思わず素で顔を歪めて呻いてしまった。だというのに、ウェストコットは笑みを浮かべたまま言葉を拾い上げた。

 

「そう邪険にしないでくれたまえよ。この頃、野心に満ち溢れた若者の相手をするのに苦労していたものでね。君を見て癒されたい老人の気持ちを汲み取ってもらいたい」

 

「地獄へ落ちてください」

 

「一度落ちているさ。期待したものではなかったがね」

 

 とんだブラックジョークだ――――――同じ感想を抱くのに、出てくるのはため息ではなく舌打ちなのだから、対応の差というのはこうして目に見えているのだろう。

 これ以上話して、この男の癒しに使われるのは御免蒙る。細く息を吐き出し、未零は単刀直入に目的を告げた。

 

 

「……質問の答えだけを求めます――――――何か企んでいることがあるなら、洗いざらい全て吐いてください」

 

「――――――ほう」

 

 

 恍惚と零された言葉は、関心や興味の類であろう。その時点で、未零の目的の殆どは達成されてしまったのかもしれない。ウェストコットが続けた言葉は、その確信に更なる意味を持たせるものだった。

 

 

「では答えよう――――――ノーだ(・・・)。私は君たちへ何ら干渉はしていないし、金輪際するつもりはない」

 

 

 相も変わらず歪んだ笑みで、ウェストコットは未零へ向かって問いの答えを吐き出した。

 その言葉に嘘はない――――――そう簡単に信じられる相手ではないことは、未零の記憶が強く訴えかけている。

 未だ離れえぬ『記憶』が表に出てしまったのか、未零の疑念を悟ったようにウェストコットは初めて人間らしい苦笑を見せた。

 

「私は『以前の世界』での元凶だ。いやはや、疑われるのも無理はない。なら――――――」

 

 言って、ウェストコットはスーツの胸元から何かを指に挟め、それを未零へ向かって投げ渡してきた。難なく受け取り、裏表を返して見遣る。それは俗に言う〝カードキー〟だと識別できるものだった。

 

「受け取りたまえ。我が社の日本支部内にあるデータベース、それも私の許可なしには(・・・・・・・・)閲覧できない極秘資料が収められている部屋のIDカードだ。ああ、ちなみに君であれば日本支社へは顔パスで通れる。安心したまえ」

 

「……なんで、そこまで」

 

 社内の極秘資料を社外の人間、しかも未零のようにウェストコットを害する可能性を持つ者へその閲覧権限を渡すなど、世界に名だたる企業の長がしていいことではない。

 訝しむ未零だったが、ウェストコットはこれは当然の権利という主張を崩すことはなかった。

 

「おや。親切心とは、こういうものなのだろう? 何せ、私は君が好きだからね(・・・・・・・・・・)

 

「っ……」

 

 歯が浮つき、咄嗟にIDカードを投げ返さなかった自分自身を未零は褒めることとなった。

 この会話が成り立つ理由――――――ウェストコットは『前の世界』の記憶を保有しているからだ。曲がりなりにも始源の精霊としての力を得たウェストコットは、世界改変が行われた世界において、士道たちと敵対した記憶を所持したままだった。

 当然、未零は正気を疑った。それでも、士道と狂三の選択を信用した。敵対した彼らがそうしたのなら、と。だからこそ、こうして確かめずにはいられなかった――――――一体、ウェストコットはこの世界で何を得たのか(・・・・・・)

 息を整え、いい加減訝しむのも疲れてきた未零に、ウェストコットはなおも苛立たしいほど流暢に言葉を返してくる。

 

「それに、敗者は勝者に従うものだ。この世界はシドウが私に勝ち、全てを書き換えた世界。それをどうしようという見苦しさを見せるつもりはないし――――――私自身、興味をなくしてしまってね」

 

「……え?」

 

 意外だった。言の葉が紡がれたこと自体が、それをすんなりと受け入れた(・・・・・・・・・・・・・)ことが。

 面食らった未零を見て、ウェストコットは仄かな微笑を零す。

 

「意外かね? まあ、意外だろうとも。元々、エレンという最強の右腕を失った私に、何ができるとも考えるが……それ以上にモチベーション、やる気(・・・)という単純なものが私の中にないのだよ」

 

「……理由を聞いても?」

 

 まさか、一度夢破れたから諦めるような殊勝な人間ではあるまい。だが、その口振りから虚言と切って捨てることもはばかられる。

 アイザック・ウェストコットが己の夢を――――――世界を弄ぶ力を求めないだけの理由は、どこにあったのか。

 すると、ウェストコットは自嘲気味な笑い顔へと変えてから声を発した。

 

「いや何、君が薄情にも先に消滅してしまったときの話になるが」

 

「……それはあなたの生き意地が汚いだけでしょう。そもそも初耳です。どれだけ往生際が悪かったんですか」

 

「はっはっは」

 

「…………」

 

 まったく悪びれていない、しかも似合っていない相好を崩した自称老人の顔に辟易する。

 人がわざわざ『一緒に死んでやる』と言ってやったのに、未零より長く留まっていたなどほとほと呆れ果てる。

 だが、ウェストコットの心境を変えたものは、確かにその瞬間にあったのだろう。彼はゆっくりと目を伏せた。まるで、刹那の恍惚を己の裡で噛み締めるかのように――――――

 

 

「――――――私が欲しかったものは、あんなにも簡単に手に入れられるものだったのか。そう、思うだけのことがあったのだよ」

 

 

 ――――――男が〝満足〟するだけのものを、手に入れたかのように。

 たとえどれだけ醜悪な感情であろうと。たとえどれだけ倫理から外れた快楽であろうと――――――アイザック・ウェストコットは、憑き物が落ちた笑顔を浮かべていた。

 あらゆる悪事を重ねた男が、何を持って満ち足りたのか。それはもはや、男の記憶にしか残されていない。その満ち足りた顔も、戯けるように手のひらを上げた瞬間には消え去っていた。

 

「だが、簡単に手に入れられるからこそ、あれほどの心地よさを意図して手にしようとするのは惜しい。意図しないからこそ、美しいものもある――――――今の私は、狡猾な若者と暇を潰し、時に友と語らうだけのしがない社長(プレジデント)というわけだ」

 

「――――――そうですか」

 

 ただそれだけを返して、未零は席を立つ。この男が世界が変わる刹那の瞬間、どのような答えを得たのかに興味はない。けれど、吐き出された言葉は本音であると――――――偽りではないと、未零は信じてやることにした。

 だから、未零は迷わずこの場を後にし――――――

 

「おや、行ってしまうのかい――――――困ったな。このあとは料理が運ばれてくる予定なのだが」

 

 ぴたりと、扉にかけた指が止まった。

 

「いやいや、本当に困ったな。これから来るだろうエリオットたちの分を含めても、一人が欠けては平らげることができるかどうか……はっはっは、私には(・・・)関係がないが、料亭には(・・・・)申し訳がないな」

 

「…………………………」

 

 振り向けばさぞ、良い笑顔(最高の不愉快)が待ち構えていることだろう。

 自らの不愉快と、見知らぬ誰かの曇り顔を天秤にかけて――――――未零は、耐えるように席へ戻った。次いで現れたその笑顔に、一層の後悔が訪れる。

 

「くくく……君は本当に可愛らしく、人がいい」

 

「……次は絶対、一緒に死んでなんかあげませんからね」

 

「ああ、それは当然だ――――――」

 

 男は笑った。己が快楽のため世界を滅ぼそうとした魔王だった男は、喜びを待ちわびる人らしい姿(・・・・・)だと思えてしまった。

 

 

「振られた男があれ以上を求めるなど――――――紳士的ではないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……本当に顔パスで入れる大企業はどうかと思うのですが」

 

 独り言ちたそれに、返してくれる人などいはしない。まあ、大企業の日本支社に出入りした人間にわざわざ声をかける物好きはいない、ともいうが。

 今どき、顔パスはないだろう顔パスは、とウェストコットにもそれとなく聞いてみた未零だったのだが――――――

 

『ほう。その気になればあらゆる侵入方法がある君が言うかね。無駄な努力はしないし、させたくはないのだがね』

 

 ――――と、至極正論が返された。ちなみに料亭の料理は大変に美味であった。業界の超大物は伊達ではないらしい。

 とはいえ、相応に気にはなった未零はあの後すぐに日本支社へ足を運んだ。運んだ結果――――――ウェストコットの言葉以上のものは得られなかった。

 

「……何かあれば、狂三と士道が動いてる、か」

 

 今一度大企業のビルを見上げ、そこに憎たらしい顔を思い浮かべてしまい未零は不快を表に視線を切った。

 丁寧に案内までされ、IDカードを通して閲覧した機密資料。問題など、あるはずがなかった(・・・・・・・・・)。そもそもとして、この世界を書き換えたあの二人がこの程度の問題を残しておくはずがない。

 もちろん、この世界にあるべき一通りの情報は残されていた。精霊、顕現装置(リアライザ)、魔術師。しかし、それだけだ。『以前の世界』に存在した倫理が欠如している非合法の実験、それに伴う成果――――――全て『なかったこと』にされていた。

 つまりDEM、デウス・エクス・マキナ・インダストリーという企業は、真っ当な意味でアイザック・ウェストコットという男の才覚が一代で築き上げたホワイト企業(・・・・・・)ということになる。

 今や〈ラタトスク〉の母体の一つであるアスガルド・エレクトロニクス社と友好関係(・・・・)にまである、世界有数の超巨大企業――――――というのが、この世界での成り立ちということだ。

 

「……何か、背筋が凍る思いですね」

 

 日本支社の人間に見送られながら、未零は改めてえもいえぬ複雑な感情が胸に渦巻くようだった。

あの(・・)DEMがホワイト企業など、何の冗談だと半年前も思ったことだが、今一度確かめようとこの気持ちに変わりはない。が、ウェストコットが何かを企んでいる、という可能性は切り捨てていいだろう。

 ウェストコット以外が、という可能性を考えて資料を閲覧したが、それもなさそうだと安堵の息を吐く。顕現装置(リアライザ)の技術面では、どうやらとある事件(・・・・・)を境に〈ラタトスク〉の一歩手前まで迫るようになったDEMだったが、それも『以前の世界』での話。

 見たところ、機密資料を用いたところで出来ることはたかが知れてる上に、精霊術式のような特別な理論は記されておらず、ウェストコットが口を噤む限り事実上は失われた技術(ロスト・テクノロジー)、技術的特異点と化した。

 だがそれすら誰かに扱えたところで澪を利用する術などなく、未零ではそれこそたかが知れている……低い可能性から潰しにかかったら、思いのほか徹底的に潰せてしまったことになる、と未零は自らの骨折り損で済んだことに感謝を示す。

 それはそれとして、どういう道筋で歴史を書き換えたのか気にはなるところではあったのだが。非合法なものはなくなっていたとはいえ、正気を疑う技術は現存したままであった。たとえばこの世界、性能だけを追い求めた〝白の彼岸花〟は変わらず存在している。しかも未零が頬をひくつかせたのは、その命知らずの搭乗者も試験的に存在していたことで――――――

 

「それは、どういう意味の思い?」

 

 まさしくそれは、未零を待ち構えるように見せていた完璧な直立姿勢を小首を傾げ僅かに崩し、切り揃えられたショートカットを揺らす美しい少女のことであったのだが。

 待ち構えるようにではなく、待ち構えていた(・・・・・・・)の断定が正しいのだろう。咄嗟に天を仰いだ未零は、悪くないと思うのだ。

 

「……待っているはずのない人が、待っていた時の気持ちかな」

 

「そう――――――私は今来たところ。会えてよかった」

 

「――――絶対嘘ですよね!?」

 

 ご丁寧に日傘まで刺して、少し離れた場所にはどこかで見たような彼女の元同僚(・・・)の姿まで見えて、未零は目立つことも厭わず叫び声を上げた。

 やられる側になると、意外と肝が冷えると士道への同情を今更ながら感じて――――――鳶一折紙の微かな微笑みに出迎えられた未零であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ていうか、どうやって私を見つけたんです?」

 

 天宮市外れにある喫茶店で、とりあえず名物だからと頼んだロイヤルミルクティーに手を付けすらせず、未零は折紙へと問いを投げかけた。

 折紙は先日から夏休みに入り学業がないとはいえ、独自の行動をとっていた未零を見つけ、あまつさえ出待ちを行うなどできようはずもないのだが……そんな疑問に、折紙は眉一つ動かさず淡々と答えた。

 

「あなたに仕掛けた発信機の反応が不自然に消えたから」

 

「はい令音。今すぐ私の身体検査を」

 

「冗談」

 

「だから冗談に聞こえないんですよ、あなたの冗談は」

 

 とてもとても冗談には聞こえないし、冗談ではない可能性がまるで捨てきれず冷や汗が額を伝った。辛うじての二文字がなければ、本気で首元の通信機のスイッチを入れていた自信がある。

 前提条件として、DEM日本支社内で発信機の反応が途絶える、というのは妙にリアリティがありシャレになっていない。それ以上に、折紙ならおかしくはないという考えもあった。まあ、士道限定だろうと油断していた未零が悪い……か?

 

「……で、本当のところは?」

 

「みんなと待ち合わせをしていたら、見慣れない方向へ向かう未零を見かけた」

 

「……すみません、後ろのご友人」

 

 まさか自分のせいで折紙たちの予定が崩れてしまうとは、予期せぬ誘発にボソリと謝罪を口にする。――――折紙の後ろの席でわちゃわちゃと話をする女性たちには、聞こえていないだろうけれど。

 何やら「あれが噂の……」とか、「噂に違わぬ美人さんですねー」とか、「ま、負けません……!!」とか、「あの子の雰囲気、どこかで……」とか……最後に至っては、聞き逃すには不都合がありすぎた。

 今度は別の意味合いで冷や汗を流した未零は、折紙にだけ聞こえる程度の声量で会話を続ける。

 

「……折紙、後ろの人たちは――――――」

 

「隊長たちなら心配ない」

 

 にべもなく、と見えて折紙なりの感情が乗せられた声音は、未零に二の次の追求を取り止めさせる。折紙がそこまでいうならば、折紙がそこまで信頼するならば(・・・・・・・・・・・・・・)、とも言えるか。

 折紙の交友というだけなら、未零が特別に言及する必要はない。単なる友人(・・・・・)、というだけならば、だが。

 四人。普通なら、せいぜい離れて十という程度の友人同士を思わせる四人だが、未零としてはこちら(・・・)ではどうなっているか、皆目見当もつかない相手だった。

 一つに括った髪と切れ長の目、加えて鍛え上げられた筋肉が見て取れる折紙が〝隊長〟と呼んだ女性――――――陸上自衛隊対精霊部隊(AST)隊長・日下部燎子。未零は一度、戦場にて相見えている相手だった。

 

「……私、隊長さんとは気まずいんですけど」

 

「あの時はありがとう。そう言えば、まだ礼を言っていなかった」

 

「……や、助けない理由が見つからなかっただけですし、今言います? 纏めて礼も貰ってますよね……?」

 

 つくづくと未零に対しては律儀な人である。ではなく、未零はASTのメンバーとあまり顔を合わせたくはなかった。まあ、封印された精霊ですら他人の空似(・・・・・)で押し通しているのだ。未零の正体がバレるとも思えなかったが、それはそれこれはこれ。

 ため息を吐いて、気苦労の大半を担う人物を気づかれないように見遣る。日下部燎子の部下・岡峰美紀恵とメカニックのミルドレッド・F・藤村はいい。だが、未零が警戒するのは最後の一人、陽光の金髪と大海の碧眼――――――アルテミシア・ベル・アシュクロフト。

 そう、未零たちと刃を交え死闘を繰り広げた、エレン・メイザースに次ぐ実力を持つ魔術師(ウィザード)の姿だった。そんな彼女が折紙と共に、しかも未零を雰囲気だけで見覚えがあるなどふざけたことを言っているのだ。今不安にならないなら、未零は己の身体的機能を疑いにかかる。

 

「……なんで彼女がいるんです? どうなってるんですか、この世界のあなたの交友関係」

 

「元の世界でも面識自体はあった。ただ、この世界ではDEMに入社した事実は、単純に存在しているだけ(・・・・・・・・)

 

「……ああ、なるほど」

 

 納得した。そういうことになっている(・・・・・・・・・・・・)のだ。声音から未零の考えを悟り、折紙はコクリとうなずいて考えを肯定する。

 簡単な辻褄合わせは残されたまま、らしい。つまるところ、非合法の権限にてアルテミシア・ベル・アシュクロフトはDEMに入社した。という以前の世界の出来事は、非合法の権限(・・・・・・)という部分だけが綺麗に抜き取られ、それでいてDEMに入社した事実は消えていない。そんな、あまりにも力技な辻褄合わせが行われていたらしい。

 未零が閲覧した機密資料に彼女の名は記されてはいたし、相応の関わりはあったのだろう。だが、それ以上の詳しい情報は――利用させないため意図的に隠された可能性はあるにしろ――得られなかった。だからこそ、折紙と共にいたアルテミシアの姿に目を剥いたのだが……。

 

「…………」

 

「……ん」

 

 そう思い、もう一度アルテミシアを見遣る。目が合ってしまい、自然と会釈に応じる。

 穏やかを通り越して、いっそ天然的な気質すら感じさせた。そこに未零が目撃した冷徹な魔術師の姿はなく、こちらが本当のアルテミシアなのだろう……そう思わせるし、折紙とその友人が関わっているのだ。そうなのだろうと、信じるだけの理由になった。

 ならば警戒心を抱く方が不自然だろうと未零は肩に入った力を抜き――――――

 

「私からも質問がある」

 

「………………はい」

 

 余計に力が入った。ついでにどうしてか、折紙の顔を直視したくなくて目下のロイヤルミルクティーに視線を注ぐ。水面に映る自身の顔は、自分だけにわかるくらいには焦っていた。夏場で冷房が効いているというのに、妙に身体が熱い気がする。

 

「――――未零」

 

 だが、そんな未零の逃避行動は伸ばされた折紙の手によって遮られる。ひんやりとした感触が頬に伝わり、下げられた視線が強制的に引き上げられる。

 青い、色。空色の瞳に吸い込まれて、未零の視野は全てその端正な面に支配された。

 

 

DEM社(・・・・)で、何をしていたの」

 

 

 静かな声音だった。表情の変化も、未零同様に薄い。薄い中で、微かに強ばった肉質の変化は認められた気がした――――――その顔は、未零の罪だ。

 かつて折紙の叫びを受け、そして彼女を置き去りに死を選んだ未零がもたらしたもの。少女の想いが一方的であればよかったのに――――――彼女たちは、どこまでも優しかった。

 

 

「――――あれから、半年でしょう。ちょっとした情報収集(・・・・)ですよ」

 

 

 だから未零は、死してなお性格は変わらない(・・・・・・・・・・・・・)

 平然と、その選択をする。平和を掴んだ彼女たちが、平和のまま生きていられればいいと。

 ひんやりとした、それでいて温かみのある折紙の手に触れながら彼女へ本当のこと(・・・・・)を告げる。

 

「……色々、聞いて回っているだけですから。私が特別、用心深いと思ってください」

 

 嘘は言っていない。本当のことも言っている。それが全てではない、それだけのこと。真実の一端を、全てと思い込ませるだけでいい。それに、何も起こっていない(・・・・・・・・・)のは、間違ったことではないのだから。

 ――――この答えで折紙が納得してくれるかは、未零自身半信半疑だったが。

 

「……未零」

 

「大丈夫ですよ。あなたたちに迷惑をかけるようなことはしないつもりです」

 

「そうじゃない。私はあなたの心配をしている」

 

 首を振り、その手は決して未零を離そうとはしてくれない。未零の身を案じている、そう真っ直ぐに語りかけてくる折紙に、優しさを素直に出せるようになった折紙の姿に場違いな感慨を覚えてしまう。

 それが未零に向けられている――――――嬉しいと感じられてしまうのは、未零が少しは人として前進している証拠なのだろうか。

 その温かさに微笑みをこぼし、心地よさに浸るように目を閉じて折紙の手に擦り寄る。

 

 

「……うん。わかってる――――――危ないことをするときは、ちゃんと相談するから」

 

「そうなる前に相談して――――――あなたは、もうあなただけのものじゃない」

 

「……ん」

 

 

 ああ、ああ。嬉しい、不覚にも、嬉しい。好きな人に案じてもらえることが不本意にも、不謹慎だとしても喜ばしい。士道へ向ける感情とは違う、未零が愛おしいと感じられるものを折紙へ向け――――――そういえばこれ見られてるよね、と正気に帰って目を開けた。

 

「…………」

 

『…………』

 

 よりにもよって、凄い顔をしている彼女たちと目が合った。自分の顔が紅潮していくのは、間を置かずして理解できてしまう。

 たっぷりと時間を使い、折紙の手を離して数分前と同じ体勢を取らせる。コホンと咳払いをしたら、ほらさっきと変わらない光景が作り上げられた。恥ずかしいので、そういうことにさせてほしかった。

 

「……ところで折紙。流れのついでにお聞きしますが、最近何かおかしなことはありました?」

 

「おかしなこと?」

 

「……ええ。些細なことでいいんです。たとえば……ん、私がよく聞くでしょう? 夢の中(・・・)のこととか」

 

 切り出した流れで、聞いてしまおうと未零は一口に深く切り込んだ。夢見の話は、未零の口癖のようなもの。適当に問うてしまえば、冗談半分で押し通せるだろう。

 すると、小首を傾げた折紙は、あごに手を当て思いのほか深く考え込んでしまった。

 

「……や、そんなに深く考えなくていいんですよ?」

 

 そこまで本気に取られては、未零が重要なことをしていると思われてしまうかもしれない。……あまり間違ってはいないかもしれないけれど。

 しかし、苦笑した未零へ折紙は今一度首を横に振った――――――それが単なる否定ではないと、折紙が告げた言の葉で知ることになった。

 

「あなたの言葉で思い出した――――――先日、おかしな夢を見た気がする(・・・・)

 

「――――――っ」

 

 心臓が、久方ぶりに嫌な鼓動を鳴らした。

 折紙が曖昧な意味合いを持たせることは多くない。彼女は直情的で、士道以外では論理的思考と理屈を持ち合わせている。つまりそれは――――――

 

 

「――――――獣の爪。それが私を、切り裂く夢だった」

 

 

 折紙の中で無視できぬものがあった(・・・・・・・・・・・)。そういう、夢だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「士道さぁん。飲み物を持ってきてくださいましー」

 

「はいよ、お嬢様」

 

「……うっわ、マジか。今の当たるの……」

 

「ないわー、ですわねぇ。カバーいたしますわ、七罪さん……ああ士道さん、お菓子の追加を所望いたしますわー」

 

「なんなりと、狂三様」

 

「ふぇふぃるひゃけ……ん。できるだけ早くお願いしますわー」

 

 

 

 

「――――――なんですか、この惨状」

 

 会話を聞いているだけで頭が痛くなりそうな光景とは、まさにこのことを言うのだろうか。絶望的にだらけきった撫で声の狂三が七罪とTPS(サードパーソン・シューティングゲーム)に興じながら、テキパキと動く士道に半ば介護される姿を見て、未零の感想は間違っていないと思うのだ。

 

「『いつも頑張りすぎてる狂三をだらけさせてみたい。というか俺が是非見たい。だから狂三は考えうる全力でだらけてみてくれ大作戦』だってさー。あははー、面白いよねー」

 

「素っ頓狂にも程があるでしょう……」

 

 どうして、どう気が狂えばその発想に至り、こうして実行できるというのか。白リボンの琴里の解説に、頭痛が酷くなり未零は頭を抱えた。

 

「……うーん。動くのも面倒になってきましたわねー。七罪さん、わたくしをお風呂に連れて行ってくださいましー」

 

「なんで私に言うの!? しかも確殺は丁寧に入れてるし!! こわっ!?」

 

 ……堂の入った怠けっぷりには、普段からそうなのではないかと思わせる熟練の技があった。さりげなく七罪についていけるだけのPS(プレイヤースキル)まで持ち合わせている辺り、やると決めたことはとことんまで突き詰める狂三らしいと言えばらしいか。

 さすがに、これはどうなのかと見た瞬間は思ったが――――――

 

「しーどーうーさーん」

 

「おう。ああ、可愛いよなぁ俺の狂三は……七罪も遠慮なく何でも言ってくれよな!!」

 

「え、はい。……だ、大丈夫? いろんな意味で……」

 

 大丈夫じゃないだろう、いろんな意味で。

 

「……ま、幸せそうだしいっか」

 

「いいのね……いや、いいのね……?」

 

 たぶん、未零も同じ狂三に出会えば士道と同じことは喜んでするだろうし、と黒リボンの琴里が若干引いているのは聞き流し、士道が満足するまでやり取りを眺めるのだった。

 

 今日も五河家は、あくびが出るほど平和だった。

 

 

 







私はウェストコットを退場させたとは一言も言ってません。なので無実です!!

はい。そんなわけで生きてました。正確には生き返ってましたラスボスさん。一言も言及してなかったけど誰も気にしてなさそうだったからいいかなって。よくはない。
ウェストコットの死に際に何があったのか。それはデート・ア・ライブ19巻『澪トゥルーエンド』を要チェックだ!!……まあ、解説をすると、あの展開で挟むには変わりなさすぎる上に、これ語らない方が未零視点では面白いんじゃね?ってことで『ウェストコットが満足する何か』があったという結果を番外編で提示しよう、と思ったんです。
まあ番外編書きながら『あれせっかく若返りウッドマンと真那いたんだからやってもよかったんじゃね』と思ったのは内密です。とはいえ、ラストのテンポは削りたくなかったんですよねぇ。結果挟まなかったのでどうなったのかはわかりかねますがね。

ウェストコットの中であれ以上のものはなく、世界を変えることより愛おしいこと……だったのでしょうね。未零はそれを理解しようとも思わないでしょうけれど。彼、未零が数少ない〝嫌い〟の枠にぶち込んでる人間ですので。ここまで辛辣な態度を未零に取らせるのこいつしかいないと作者の私が太鼓判を押します。辛辣でこれなのか、というのは置いておいて。

折紙は…………友情、だと定義して書いてます。百合の定義は解釈が広いのでね。二人とも恋の相手は別にいるしね!モーマンタイモーマンタイ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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