デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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「……それじゃあ、私はおいとまします。これ以上、貴重な時間を使わせるのは忍びないですから」

 

 特に、折紙の友人は全員で都合よく集まる機会はそう多くはなくなっているだろう……何か一人、鼻血を出しながら悔しい顔をしているし。どういう感情なのだろう、あれは。内心で疑問符を浮かべながら、未零は領収書を手に取り席を立つ。

 貴重な時間。これは折紙が〈ラタトスク〉の庇護下に入った、というのもあるが――――――

 

「……待って。私も――――――」

 

 一瞬の思考を置き、だが折紙が未零を呼び止める。正確には、呼び止めようとした(・・・・・・・・・)。できなかったのは、彼女のポケットに入れられたスマートフォンが着信音を鳴らしたから。

 

「……!!」

 

 次いで取り出した画面を見て顔色を変えたのは、この世界の――――――いいや、以前の世界(・・・・・)の記憶を持つ折紙にとって、無視できない意味を持つものだったからだろう。

 折紙が少なくない感情の起伏を見せる時は、相応に限られてくる。たとえばそれは士道、たとえば――――――

 

「――――私に構うよりは、親孝行をしてあげてください」

 

「っ……」

 

 ――――家族のこと、だろう。

 まだ半年。狂三の言葉を借りるなら、本来あるべきだったもの(・・・・・・・・・・・)が取り戻されて、まだたったの半年なのだ。折紙が時間をかけることに、バチは当たらないはずだ。

 息を詰まらせる折紙に、ひらひらと手を振りながら未零は茶化すように声を発する。

 

「……私を見る暇があるなら、それこそ士道を見ていた方がいいでしょう?」

 

「それは抜かりない」

 

「あはは、結構結構。じゃあまた――――――」

 

 見ていたら、折紙の姿に後ろ髪が引かれそうになると思い、視線を切る。瞬間、折紙が差し込むように声を発した。

 

 

「あなたに何かあれば、私は今度こそ泣く」

 

「いや何その脅し方!?」

 

 

 ギョッとして振り返ってしまった。澪の顔ですることではない驚き方を自分でもしている自覚はあったが、それほどまでに折紙が言ったとは思えない脅し文句だったのだ。

 

「本当に、気をつけて」

 

 ただ、脅し文句と言うだけあって恐ろしく未零に響く一撃だったのは確かで……雑に結い上げた髪に手を置き、眉根を下げて未零は折紙へ――――――仏頂面だけど、未零を案じる優しい友人へ言葉を返した。

 

 

「……そこまで心配しなくても大丈夫です。自分にできることしかしませんし――――――あなたを泣かせるのは、私の役目じゃあないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――カッコつけたのはいいけど、家族関係って私が言えることじゃないですよね……?」

 

 ふと、先日の別れ際の会話を思い起こし、未零は暑い空の下で自らの反省を呟いた。

 よりにもよって、おまえが言うのかと。折紙の方が余程、家族間の繋がりは密接なものだと予想できるというのに――――――そんな愛らしい一人娘が、物騒な組織に所属したり気が狂ったとしか思えない愛情表現を男の子にしていたりするのは、両親的にはどうなのだろうと未零は熱気とは違う意味で汗が流れてきた。

 その辺り、あの二人はどういう風に過去をねじ込んだのだろうかと気になるところでもあるが……余計に浮かぶ考えを軽く頭を振って払い除け、歩きながら折紙得た情報の精査を行う。

 

「……獣の、爪」

 

 それ以上のことは、わからないと。未零に聞かれなければ、思い出すこともなかったと言っていた。だというのに、折紙には不可思議な感覚が残っていたようだった。

 折紙らしくない曖昧なものだと感じられたそれは、それこそ未零が感じた感覚とそう違いはないと見えた。

 未零と同じ感覚を得ながら、未零とは全く違う夢を見た。それが何を意味するのか……生憎と、〈刻々帝(ザフキエル)〉ように少ない情報を高度な未来演算で補う天使を持たない未零には、出せない答えに息を吐くことしかできはしない。

 

「……まだ一つ、ですからね」

 

 少ない情報での断定行動は危険だ。如何に澪譲りの思考能力があるといえど、未知なる情報と予感にに踊らされるのは視野を狭める。

 情報がない間は、早計な結論は避けてひたすら情報をかき集めるのみ――――――そもそも、この程度で出せる答えならばとっくに解決している(・・・・・・・・・・)

 

「……ん」

 

 空を見上げ、目映い太陽を手で隠す。あの空のどこかに、人智の結晶である天空(そら)を行く戦艦があるのだろう。

 そう、未零は〈ラタトスク〉を信用していないわけではない。逆だ。何かあれば、必ず彼らは気がつく。未零が何かを言う前に、仕事を終えている。その彼らが気が付かないということは、この世界に霊子的な異常は起こっていない――――――士道と狂三に関しても、同じことが言えるだろう。

 琴里は何の忠告もしてこなかった。それこそ異常がない証明であり、異常が引き起こされていない平和の証でもあり――――――未零だけが聞いた〝声〟は、誰にも伝わらない懸念というわけだ。

 一応、未零は特殊な身体の問題で定期検診の回数が他の精霊より多く、〝声〟が聞こえてからも一度検診を受けているのだが、結果は言うまでもなく異常なし。

 何もないとは言い切れない。だが、何かあると不用意に言いたくもない。煮え切らないこの状況、解決した日には何かしらの褒美がほしいと未零は思案したい思いだ。……待っているのは、単独行動が明るみに出た説教かもしれないけれど。それはそれは億劫である。

 

 ――――そういうわけで、未零は真夏の炎天下を悠々と歩き、精霊マンションへ向かっている最中であった。あの場所なら、誰か一人くらいは引っ掛けられると踏んでの判断。まあ、時折聞こえる長期休暇の賜物である遊び声に順次し、全員が不在という可能性もなくはないが……その時はその時だろう。

 真夏の行軍、と言っても一人だけの軍隊(ワンマンアーミー)だが、苦でもないそれをこなし見慣れたマンションが視界に映り込んだ。

 その瞬間である。未零が私服のポケットに入れていたスマートフォンが、着信音と振動を知らせたのは。

 

「……?」

 

 もしや、精霊のうちの誰かだろうか。そう思い、手早くスマートフォンを取り出し画面に目を向けた。

 精霊のうちの誰か、という予想は間違っていなかった。ただし、それは未零が訪ねようと思った精霊の誰でもない者だったのだけれど。それでいて、応答するに躊躇いはない相手、即ち、

 

「……もしもし――――万由里?」

 

『ハロー。首尾はどうかしら、可愛らしいサボり魔さん』

 

 可愛らしいをそっくりそのまま返そうか悩み、声の向こう側ではさぞ目を細め皮肉な微笑みを見せているであろう同級生、万由里である。

 軽快な切り口に、未零は口元が緩むのを自覚した。無論、万由里に声音から伝えるようなことはしないが。

 

「……サボりも何も、今は私たちだって相応の休暇期間ですよ。私は少し早いですけれど」

 

『屁理屈ばっかり。まあいいわ。単刀直入の本題――――――気になる金髪が一人で(・・・)バスに乗ってるのを見かけたわ』

 

 万由里の本題に、スマートフォンの持ち手が微かに揺れた。

 名前を濁したところで、未零の知人に金髪など該当者はそう多くなく。うち一人はこうして会話をし、うち一人は今頃上空高度一万うんたらメートルで司令への愛を叫び――最近はどこかの高校教師と面白い出会いがあったそうだが――最後の一人は、未零が知るところではない。つまり、必然的に該当者など絞られるというわけだ。

 

『普段なら気にするほどでもないけど、あんたの件があったから一応知らせとこうと思ったのよ。あんたみたいに一人を好む、って子でもないしね』

 

「……や、私が独り身を好むみたいな言い方やめてくださいよ」

 

 狂三とのツーマンセルでは必然的に一人行軍が多くなり、能力上でも一人で先行する方が都合がよかっただけだ。一種の手癖だし、別に好んではいない――――――巻き込む必要がないなら、単独行動が好ましいとは思っているが。

 軽口を叩きながら、未零は空いた片指をあごに当て思案する。万由里の言う〝彼女〟が一致しているのであれば、未零の脳裏にはある情報(・・・・)が去来したのだ。

 

「……万由里。あの子が乗っていったバスの方角か地名、大雑把でいいので覚えています?」

 

『ん、確か――――――』

 

 万由里から告げられた方角及び地名――――――ビンゴだ。と、未零は万由里の観察力と察しの良さに敬服の念を抱く。

 

「……助かりました。私の方で当たってみます。必要そうなら、士道へは私から連絡します」

 

『了解――――――礼は追加注文よ』

 

「はいはい」

 

 抜け目ない友人に苦笑を返し、画面をタップして通話を切る。次は、と未零はこの真夏に隠した首元へ手を伸ばし、小型通信機(・・・・・)の機能を起こした。

 

「……ね、っ――――――令音」

 

『……こちら令音。何か物入りかな』

 

 どうやらこちらが詰まらせたものは届いておらず、小気味の良い返事が返されて未零は静かに息を吐いた。

 ――――何かあれば連絡を、というのはこういうことだ。〈ラタトスク〉謹製の通信機を拝借し、令音との専用回線に用いている。令音の職権乱用甚だしいものだが、素晴らしい勤務態度は同僚と素晴らしい信頼関係が構築される。そういうことだ――――――まあ、これ以上に職権乱用しているクルーだらけという話だけれど。

 とはいえ、必要のない世間話に用いるものではない。未零は要点を絞るように言葉を紡いだ。

 

「……とある子を探してほしいんです。少々と気になることを耳に挟んだので。……何もなければ、それはそれで私が話を聞くに留まるだけです」

 

『……承知した。君はどうする? 〈フラクシナス〉の転送装置は使えるようになっているが』

 

「……私一人のために艦を動かすというのは、些かはばかられますね」

 

 それこそ精霊のケアを行う士道ならともかく、未零は精神面では専門外だ。これから彼女を訪ねるにも、下手をせずとも士道を呼び出す可能性も考慮に入れている。

 そもそも、見かけた(・・・・)だけの少女を相手に転送装置まで扱うのはやりすぎだろう。精霊とて一人の人間。〈ラタトスク〉の理念は、精霊を平和的かつ当人の意思を尊重し日常的暮らしを保証する。精霊が一人で行動することに過保護になりすぎるのは、独り立ちを求めるにあたりおかしな話になってしまう――――――この場合、向かった方向に問題があるから、未零としても見過ごせないのだ。

 取り越し苦労。杞憂。無用の不安。それらの美辞麗句を並び立てて、真実なら未零は構わないと思っている。だからこそ、未零の目的を果たしながら真実を確かめる一石二鳥の必要性があるのだが、さすがに〈フラクシナス〉の転送装置に頼るのは如何なものか。

 とはいえ、公共交通機関で追いかけるには時間がかかるし、半年前のように自らの足や翼で駆け回ることも今はできない。なら――――――

 

 

「――――――あ」

 

『……うん?』

 

 

アレ(・・)があったと妙案を思い出し(・・・・)、未零はポンと手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ふむん……」

 

 何を、しているのだろう。少女は自身の理論的でない行動の果て、さらには動きを止めた不可解な結果に自らが疑問を呈する。率直に言って、何をしているのだろう、そう今一度問おう。

 少女は今、ある意味で見慣れ、ある意味で見慣れない景色を見ていた。木陰に座り、熱で滴る汗を手拭いで拭き取り――――――緑豊かなその景色を、眼前に収めた。

 昔馴染みだ。けれど、違う光景もある。それは少女の記憶と年月の経過を感じさせるものでもあり、幼い少女がこうした光景を目にするのは専ら車の中からだった、という意味でもある。

 かつて手にして、愚かにも少女が破壊した(・・・・)景色があった。

 

「…………むん」

 

 木陰に注がれる風が、少女の長い、長い髪を揺らす。金色の髪。靡き、光を浴びるこがね色――――――大事な人だった。自分が無くさせた、大事な大事な姉が綺麗だと褒めてくれた大切なもの。

 少女が壊した。少女以外の悪いわけでもなかった。

 少女が、自らのエゴで、壊した。

 責任の所在は少女にある。自身のエゴを振りかざすというのなら、そのエゴによって生まれる罪過を背負うだけの決意と覚悟があらねばならない。エゴを貫くというのは罪に鈍感になることではなく、己の積み上げる全ての罪業と向き合うことだ。罪を背負う形がどうであれ、だ。

 あのDEMの総帥、世紀の悪役(ヴィラン)でさえ、己が積み重ねた罪過を受けて立つ(・・・・・)者だった。自らがしたことで誰かが目の前に立つというのなら、それさえも打ち砕いて進む。そういったものでさえ、罪と向き合う覚悟と言えるだろう。開き直りの極地、ともいうが。

 ならば少女にその覚悟はあったのか――――――あったわけがない。最悪なことに少女は、己がした所業に後悔した、だけでなく〝逃げる〟という最低な選択肢を選んだのだ。

 心を閉じて。何も考えることなく。何も感じることはなく。物言わぬ石と成り果てる。ああ、最悪だ。ああ、身勝手だ。傲慢ここに極まる逃避の選択。究極の思考停止。それほどまでに救えない少女に、手を差し伸べるものがいたならば――――――度を超えた、それこそ好きな女のために世界を変える(・・・・・・・・・・・・・・)ような、身勝手なお節介者なのだろう。

 

 

「――――――見つけた」

 

 

 独特な排気音と、それに負けない透き通るような声音。いつの間にか下げられていた目線が、ハッと起き上がるのを少女は自覚した。

 

「……申し訳ありませんね、士道ではなくて」

 

 言って、鉄の馬(・・・)に跨ったその人は顔を覆うヘルメットを取り去り少女へ素顔を見せた。

 そこで、少女は――――――星宮六喰は、その少女と向き合った。

 知らぬ仲ではない。が、かの少女は狂三を優先としている者。けれど六喰の目の前に現れた。誰にも言わず、自分でさえもわからずにここまできた六喰を、わざわざ見つけにきてくれた。

 当然といえば当然の結実。それは、お節介者の知り合いは――――――同時に、恐ろしいお人好しでもあるのだ。

 六喰は、士道ではないからと謙遜して笑う少女へ向かって、少女の大切な名を呼んだ。

 

 

「――――――未零」

 

「……おはようございます。六喰」

 

 

 そのお人好しは――――――村雨未零は、少し遅めの朝礼を以て六喰の前に姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はい。水分補給は大切ですよ」

 

「む……すまぬの」

 

 手渡された水筒を素直に受け取り、素直に礼を述べる。前々から思っていたが、この歳で老齢の域に達した礼儀作法を持つのではないかと、古風な喋り方から感じさせた。もちろん、内面は年相応の子供らしいところがあるのが星宮六喰なのであるが。

 靡く金の髪に気をつけながら隣に腰かける。どうやら、体調面は問題ないらしい。実のところ、その辺りは令音に洗ってもらった後であり、未零は安心して憂いを断つだけであったのだけれど。

 丁寧に水筒の中の水分を摂り、一息を吐いた六喰の視線は、自然とある方向へ向けられていた。言うまでもなく、未零がここに至るまでに使用した〝バイク〟だ。白いボディが自慢の〝一応〟ご立派な愛車である。

 

「……うぬ、免許など持っておったのか」

 

「知ってます? 証拠に成り下がった資格って、単なる紙切れなんですよ」

 

「…………通報、した方がよいのかの?」

 

「……さすがに冗談です。みれージョークってやつです」

 

 無垢な子にする冗談ではなかったなと、ちょっとだけ汗を流して大仰に手を上げた。如何に脆弱性があろうと、二十一世紀に於いてこの理屈は通らない。というか、通ったら不味い。

 

「……狂三といると、何に備えていても備え過ぎにはならないと思って。これでも、幾つかは真面目に免許を持ってるんですよ」

 

 ――――まあ、それを引き継ぐのにマリアの力を借りたので、半ば偽造のようなものなのは内緒だと密かに苦笑する。

 それに、資格を持っていると言っても大半は飾りのようなもの。狂三は個人能力が高く、加えてそんな己の分身がいた。結果として、未零は令音のように実践を伴うことが多くはなかったわけだ。こうして意外な形で日の目を見ることもあれば、使う機会が一切巡ってこないものもあるのだろう。

 

「では、あの二輪車は……」

 

「……あー。あれは貰い物です」

 

 だから、〝一応〟と注釈を入れねばならない曰く付きなのだと、未零は続ける。

 

「……二亜が何か欲しいものはないかとずっと言い続けていたので、思いつきで『バイクが欲しい』と言ったら……」

 

「誠になった、のじゃな」

 

「……さながら孫にでもなった気分でした」

 

 二亜が聞いていたら『まだそんな歳じゃないやい!』とか言いそうなものであるが、未零からすれば本当にそう感じてしまったのだ。

 まさか思うまい。適当な話半分、それも雑誌を読みながら目に付いたもので対応したため、未零自身が半ば忘れていたことだったというのに、後日ご立派な本物が届くなどと。さしもの未零も唖然とした上に、二亜は二亜で満足そうに胸を張っていたものだから、返すに返せなくなってしまった。

 乾いた笑いとは、まさに思い返して今の笑いを表現したものだろう。元々、贈りたいものは思いつけど欲しいものはなかなか見つからない未零だ。まともな返答をしておけばよかったと実感を伴った。

 

「……人気漫画家の財力を甘く見ていました」

 

「むん。二亜は『二亜ちゃんランド』の建設も予定しているからの。楽しみなのじゃ」

 

「……………………あぁ」

 

 気のない返事は、また無茶なことをしでかしたんだなという察しから。

 高性能AI『MARIA』曰く、二亜は『薄っぺらで考えなしで見栄っ張りで、そして子供の夢を壊すことをよしとしない精霊』だという。真横の六喰が屈託のない笑顔を見せていることから、非常に的を射た本条二亜の人物像と言えるだろう。同時に、蒼白どころか灰になりかけた二亜が目に浮かび、思わず未零は微笑を浮かべた。

 だが、六喰の笑顔はすぐに引っ込められた。塗り潰された、ともいうか。

 

 

「して、うぬは何をしに来たのじゃ?」

 

 

 ――――ほぉら、想像通りだ。

 

「……質問に質問で返すようですが――――――故郷(・・)を目にして、何を思っていたんです?」

 

 だから未零は、敢えて避けて通らずに切り返す。

 あいにく、未零はあの二人ほど優しくはないし、令音ほど精霊のケアができるわけでもない。ただ、話を聞いてやる(・・・・・・・)くらいしかできないのだ。

 無遠慮に踏み込まれた六喰は、目を驚きで見開き、納得したようにうなずいた。

 

「むん……そうか、うぬは識って(・・・)おるのか」

 

「…………」

 

「――――――何を思ったわけでもないのじゃ」

 

 ぽつ、ぽつと。星宮六喰は湧き上がる気持ちを、自らが御し切れぬ思いを言葉に載せ始めた。

 

「何時しか道行きをして、何時かしか止まっていた。むくは何を、考えたのじゃろうな」

 

「――――――あなたが願えば、たとえ今からであろうとあの二人は変えますよ(・・・・・)

 

 禁忌の誘惑。未零はそれを事実として、六喰の故郷を前に口にした。

 しかし、六喰は強く首を振った。受け入れることなく、己の心を保つ。束ねた髪を強く握り締め、六喰は心からの声を吐き出した。

 

 

「それだけは、出来ぬ。むくが壊し、むくが犯した。それをどうして、『なかったこと』になど出来よう。どうしてむくが素知らぬ顔で母様に、父様に――――――姉様に、会うことなどできよう」

 

 

 変えたもの、変えなかったもの。

 変わったこと、変わらなかったこと。

 六喰には選択肢があったはずだ。何もかもを取り戻し、自身が壊してしまったものを、壊した事実そのものを『なかったこと』にする選択肢が。

 究極の救済。問答無用のハッピーエンド。それがあの二人にはできたはずだ――――――今でさえその過程なのだと、未零は知る。

 

 

『――――謝罪ができないのは、君が考えているより辛いことだよ』

 

 

 かつての忠告が甦る。ああ、そうだ、その通りだ。星宮六喰は記憶を閉ざし、その権利すら閉ざした。けれどいつの日か、鍵が開けられる日が来るかもしれない。その可能性を残しているかもしれない。

 でも『なかったこと』になった時、罪すらも消え去ってしまえば――――――星宮六喰は、二度と家族の前で笑うことはないだろう。

 家族は何も知らない。何も起こらなかった(・・・・・・・・・)のだから、知るはずもない。

 六喰は知っている。何かが起こった(・・・・・・・)ことを誰より知っている。六喰しか知らず、謝罪の対象すら存在せず、罪の意識だけが少女を苛む。

 犯した罪は消えない。それは、己の中から消えない(・・・・・・・・・)からだ。悲劇を殺し、友を甦らせた時崎狂三が、未だ友との再会を願わぬように――――――過去を変えることは、全てを救えるということではない。

 

 

「だから、変えてもらうことは望まぬ。他の者とは違う。むくはむくの意志で、幼稚な思い込みで愚かな過ちを犯した」

 

「なら――――――あなたは何を望みますか、星宮六喰」

 

 

 過ちを犯し、無くすことを望まず、再会を禁ずる。

 ならば何を望む。独裁の神によって創り変えられたこの世界で、戻ることなく生きることを選んだ六喰は、果たして何を望むと未零は問うた。

 卑怯だ。そう思いながら、問うのだ。未零は〝答え〟を知っている。かつて願った者として、六喰が至るであろう〝答え〟を知っている――――――ただ幸せに生きていてほしいという〝答え〟を。

 けれど、その結論を出すのは自分自身であらねばならない。わかっているから、卑怯と知りながら六喰を導くように問うた。

 

「わからぬ。わからぬが――――――」

 

 トン、と六喰が足を付ける。風を浴びるように、緑の色彩を目に焼き付けるように。

 息を吸う。故郷の空の下、星宮六喰は吸い込んだ息を言葉にした。

 

 

「――――――見れば(・・・)、わかる。そんな気がするのじゃ。そのために、むくの足は動いたのかもしれんのぅ」

 

 

 だけど、決意とは裏腹に震えていた。六喰の心は、身体は、言葉になることはない恐怖を抱いている。

 無理もないことだ。六喰が壊した。六喰が犯した。それを『閉じた』六喰の中には、一つの疑問があるはずだ――――――果たして、今の家族は幸せなのか、と。

 知りたいのだ。会うのではなく、見ることで。今の家族を〝観測〟せねば、六喰の心は決まらない――――――どうせ最後には、力技(・・)のハッピーエンドが待っているのだろうと、未零は内心で苦笑を貼り付けているが。

 

「それなら連れてくる……いいえ、着いてきてほしい人(・・・・・・・・・)がいるんでしょう?」

 

「むん……」

 

 足を止めた理由など、それしかあるまい。一人で無理なら、誰かの手を借りればいい。そういうのが家族というもの――――――だと未零は知識から(・・・・)解釈している。

 だが、六喰の反応が芳しくないことに未零は小首を傾げた。

 

「うん……?」

 

「む、ん……隠し事はしないと約束したむくが、こうして主様への隠し事をしてしまうなど……」

 

「……えー」

 

 潔癖すぎる。どこかへ衝動的に出かけることを隠し事というのなら、大体の行動は隠し事に繋がるでしょうにと未零は呆れた吐息を零した。……まあ、そういうことではないのはわかっている。六喰の家族の問題を、士道という家族に打ち明ける前に行動してしまったことが六喰の心を病ませているのだろう。

 仕方がない、と未零は腰掛けた石積みから離れ、自分の愛車へと足を向けながら声を発した。

 

「……単なる事後報告で問題ないとは思いますが、体のいい理由は作っておきますか――――――ん」

 

「む……?」

 

 未零が手元から放ったものを難なく受けとり、それをクルクルと回し見ながら六喰は目を丸くする。そんなに驚くものでもないだろうと未零は唇の端を釣り上げ、彼女が手にしたヘルメット(・・・・・)を指し示して、大仰に懐かしき礼を取った。

 

 

「――――――一つ、私の愛車と気長な散歩は如何でしょうか、愛くるしい女王様?」

 

 

 後付なら、それはそれは上々な理由になるだろう。

 ポカンとした顔を見せた六喰は、次の瞬間に吹き出したように口元を押さえながら、返してきた。

 

 

「むん。許す――――――よきにはからえ、なのじゃ」

 

 

 今だけは、その笑顔が未零の女王様(共犯者)になる。道化はそうしてハンドルを握り、女王様の到着を待つばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ちなみに、士道以外に将来の家族という体で候補者一人の同伴は如何でしょう?」

 

「……おぬし、淡々と外堀を埋めてはおらぬか?」

 

「もちろん――――――〝私〟は、誰より狂三の味方ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――士道、います?」

 

 コンコン、と親しき仲にも礼儀ありのノックをし、士道の部屋を訪ねる。言うなら早い方がいいだろうと思い、六喰を送るついでに士道と話す機会を設けようとしたのだが……返事がない。

 

「……?」

 

 しかし、おかしなことに物音はする――――否、人の話声だ。

 もう一度ノックする。やはり、返事はないが話し声は聞こえてくる。

 

「……入りますよー?」

 

 少し大きめに声を張り、扉を開く。鍵がかけられていなかったそれは、楽々と開かれて――――――

 

 

「――――最っ高だよ狂三ー!! 似合ってる!! 世界一、いや宇宙一可愛い!!」

 

「そ、そうですの? わ、悪い気はいたしませんわね……」

 

「へいへーいくるみん目線をこっちこっちー! いいよぉ、素晴らしい! ぐへへ、これであたしの参考資料も潤って――――――」

 

 

 ――――――バタン。そんな在り来りな音を立て、未零は在り来りではない光景を締め出した。

 最後に見たのは、過去の狂三以上にかなりの決まり方――それこそ誰かが資金提供をしたような――をしたチャイナ衣装を決め、決めポーズを決め、撮影班にノリノリで撮られる狂三の姿だった。

 何が、起こって、そうなった。切った一言を三つ、未零には回答ができそうになかった。

 

「むん? 何をしておるのじゃ、未零――――――」

 

 追いついてきた六喰の肩を掴む。目線を合わせ、困惑する六喰へ未零は声を発した。

 

 

「――――――家族でも、秘密にした方がいいことってあると思うよ、六喰」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………むん?」

 

 

 あれは少し狂気が入っていて、幼子には見せられそうになかった。

 

 

 それはそれとして、このあと写真を処分するか押収するか、友愛のせめぎ合いに未零は要らぬ苦悩をする羽目になるのだった。

 






変えたもの、変えなかったもの、変えることを望まなかった者。
それでも、〝何か〟は残してきたのかもしれませんよ。たとえば六喰の家族の記憶の鍵をほんの少し……可能性の話。私から言えることは、彼女たちの物語は必ずハッピーエンドへ辿り着く、今はまだその道中ということです。最悪の精霊と最悪の魔王が変えた世界が、悲劇なんて言う不条理に負けるわけがない、なんてね。

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