デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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 ――――結論から言えば、六喰からはそれらしい情報は得られなかった。

 

「……ん」

 

 テーブルに着いて椅子に軽く背を預け、組んだ手の指をリズミカルに揺らすように叩きながら、未零は思慮分別を進めていた。

 

「……見たことを覚えていない。もしくは、本当に見ていない」

 

 昨日の一件の折、それとなく六喰に折紙と同じことを聴取しては見たが、それらしい反応は返って来なかった。精霊全員、そう都合よくはないと思ってはいたが、初めの折紙でいきなり嫌な当たりを引いていた未零だ。少し、意外だったというのが本音であった。

 声にして確認したように、理由の予測はできる。折紙の一件は、あくまで偶然の産物。または折紙だけが特別で、他の精霊は夢を見て、あるいは受け取って(・・・・・)いない、など。

 決定に至るにはサンプルが少なく――――無視するには、未零の中の予感が大きくなりすぎていた。

 

「……っ」

 

 ――――果たして、この予感は〝私〟のものなのか。

 ふとした疑問に、自ずと息が詰まる。だが、すぐに頭を振った。仮に未零の中に眠る『私』が原因ならば、本人(オリジナル)である澪に何かしらのアクションがあって然るべきなのだ。

 何をするにも、精霊たちに話を進めるのが先だ。焦る必要はない。わかっているはずだ。ならば、動悸する鼓動は何を示して――――――

 

「っ!!」

 

 逸れた思考を正常な流れに引き戻したのは、なんてことはない。来客を告げる鐘の音だった。

 令音は不在。家には、これから行動を起こそうという未零のみ。今日は特に誰かが訪ねてくる予定はなく、令音からの言及もなかったはずだが――――――そうして思案しているうちに、二度目の音が鼓膜を震わせた。心なしか、控えめな音色だ。

 

「……はーい」

 

 まあ、出ないわけにも行くまい。そもそも、出迎えをしない理由もない。精霊の誰かが突如訪ねてくることは珍しくもない――締切間近の二亜が泣きつくのは決まって士道か七罪か未零だ――ので、未零は先までの動悸を抑えるよう落ち着きを払いながら玄関へと向い、その扉を開けた。

 

「……ん?」

 

 ここで未零の誤算は、目算を見誤ったことにある。普段の対応と全く変わらぬことをした。であれば、その意外な来客の目線(・・)に合わせ損ね、ピントがズレたとも言える。

 とはいえ、一瞬のことだ。半年で変わったとはいうが、未零は目の前の少女(・・・・・・)と似た身長的な体格を持ち合わせていた。すぐにズレた目算を修正し、それはそれで目をぱちくりと瞬かせて少女の名を呼んだ。

 

「……四糸乃に、よしのん?」

 

「おはようございます、未零さん……」

 

『朝早くから歓迎してもらってすまないねー』

 

 控えめで可愛らしい印象を抱かせる優しげな相貌の少女と、活発な印象を抱かせる左手に着けられたウサギのパペット。

 

「……あら、あら」

 

 その意外な来客者たちに、思わず元主様の口癖が零れ落ちた未零だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。朝早くなのに、突然……」

 

「……いえ。それは構いませんよ」

 

 好都合ですし、とは当然内心だけに留めた。

 訪ねてきた二人をひとまず家に招き入れた側としては、予定が都合よく転がり込んできて助かるという話だ。未零から切っ掛けを作りすぎると、誰かさんに目をつけられかねないのだから困りものだ。

 

「……今日は何かご用事ですか?」

 

 それはそれとして、と未零は対応する笑みを浮かべて言葉をかける。出迎えで面を食らったように、四糸乃が一人で訪ねてくるのは珍しいことなのだ。複数人で、というのは珍しくもないのだが。

 

「……あ、あの……、えぇと……」

 

「……もしかして、令音に?」

 

 久方ぶりに見たたどたどしく、遠慮気味な四糸乃に一つの予想をつけて未零は言葉を次ぐ。令音に用事が、というのなら少しばかり遠回しではあるにしろ未零を訪ねるのは一つの手ではあろう。

 しかし、ブンブンと小さな顔を横に振る四糸乃を見ると、この予想はハズレのようだ。令音ではなく、未零への用事となると……皆目見当もつかず、小首を傾げた。

 

『ほらほらー、言っちゃいなYO! 遠慮しないでさー。みれーちゃんならやってくれるってー』

 

「……え、何かすごく嫌な予感が」

 

 珍妙な口調で投げやりな期待を抱かれ、未零は警告のような直感が脳裏に警鐘を鳴らし始めたような気がした。

 ただ、未零は余程のことが――たとえばというより美九案件くらい――なければ断ることをしてこなかったので、よしのんもわかってやっているのだろう。彼女(?)が火付け役となり、四糸乃なりに顔を上げ覚悟が決まった様子が見て取れた。……話す内容は違うのに、一心同体とはこういうことを言うのだろうか。

 

「あ、あの! 昨日の夜、六喰さんに話を聞いたんですけど――――――」

 

「……ええ」

 

 一瞬、未零の行動が明るみになったかとドキリとした思いが過ぎったが、ニュアンスから恐らく違う。言葉がつんのめる中、固唾を飲んで四糸乃の言葉を見守り、

 

 

「――――私も、バイクに乗せてほしいんです……!!」

 

「……………………はい?」

 

 

 こういう声を出したのは久方ぶりだなぁと、感慨深いものを感じたりした。

 

 

 

 

「六喰さんが、とっても楽しそうに教えてくれて……」

 

『あれはいいものじゃ。是非に乗せてもらうがよいぞ、だってさー。よしのんたちワクワクでさー、早速来ちゃったのよぉん』

 

「…………」

 

 すごい、すごい輝いている。こんなに目を輝かせた四糸乃は……割と見たことがあった。というか、この前も見ていたなぁとか未零は逃避した。

 なるほど。四糸乃が単独で訪ねてきた理由にこれで合点がいった。バイクでは二人乗りが限界で、運転手の未零ともう一人。それは確かに、複数で訪れるよりは順番を決めた方が効率的だろう。いや、順番が決まっているかはわからないが、と未零は内心でうんうんとうなずいて、

 

「――――少々、待っていてもらえます?」

 

 ニッコリと笑顔を見せて、席を立った。

 

 

 

『――――何よそれ、乗せてあげればいいじゃない』

 

 未零の事情説明の後、開口一番がそれである。赤い司令官様は、何とも慈悲がないと嘆きたくなる。

 

「……それで解決するなら、私だってご連絡差し上げてないんですよ、司令官殿」

 

『ごもっともね。そうは言っても、聞いた限りは状況に問題はなさそうだけど?』

 

 何かの作業をしているのか、それらしい物音が通話越しに聞こえてくる。夏休み、育ち盛りに苦労しているなぁなどの考えが過ぎる中、未零はチラリと扉を開けて四糸乃を観察する――――――すごく、楽しそうによしのんと会話をしているのが見えた。その時点で、断るという選択肢はありえないものになっていた。だからこそ、こうして琴里に相談しているのだ。

 

「……ん、それはそう、なんですけど……」

 

『あなたのお茶濁しは久しぶりね。ほら、早く言ってみなさいよ』

 

「正直――――――危なくないです?」

 

 一縷の望みをかけてぶっちゃけた。そしたら、『はぁ?』とわかりやすい声が返された。

 

『六喰を乗せてあげたんでしょ? 今さら何言ってるのよ……』

 

 一部の隙もない理屈だ。そうなるか、と未零は気の重い喉を鳴らして声を発した。

 

「……六喰は武人タイプで肝が据わってますけど、四糸乃だと同じことで楽しめるか不安なんですよ」

 

『ああ、そっちが本音なのね。あなた、相変わらず人のことには(・・・・・・)必死ねぇ……』

 

「……含みがある気がするのですが」

 

『そうね。気のせいじゃないもの』

 

 あえて触れずにおいた。とはいえ、これで未零の言いたいことは伝わったであろうと安堵の息を吐く。

 安心安全は正直、建前だ。操作技術に不安はないし、四糸乃は問題行動を起こすタイプとは根本的に程遠い。つまりこちらもノープロブレム。

 問題はここから。六喰がそこまで気に入っていたのは、本当に予想外だった。送り届けた直後は特別なことは言っていなかったはずなので、まさか友人各位に自慢していくとは思いもしなかったのだ。

 単刀直入に言うと――――――期待が重たい。

 

「……とにかく、六喰のように行くかって問題があるんですよ。成熟して安定してきてるとはいえ、私のせいで精神が乱れたら問題でしょう」

 

『心配性ねぇ。信じてるんだかそうじゃないんだか……ま、精霊を楽しませるってことには私たちも賛成よ』

 

 そこに賛同が得られると、未零も穏やかな心持ちになる。何だかんだと、精霊に過保護なのは〈ラタトスク〉だ。士道が絡まない精霊同士の接触には、積極性をもって協力してくれると思っていた。

 

「……よかったです。六喰がどう言ったかは聞いていませんが、問題は四糸乃とよしのんが楽しめるかどうかですね。今までの移動手段は車かバスかヘリか〈フラクシナス〉だったでしょう?」

 

 ……言っていて、どうしてこれでバイクが最後に回るのかと自問自答を重ねた。結果、大人数なのだから当たり前かと納得した。それに、あくまで目的地のための移動手段(・・・・)だ。四糸乃が求めているのは、今回は逆と言えるだろう。

 

「……それに、バイクとなると会話も難しいですし、四糸乃の期待に応えられるかどうか――――――あと、精霊の体感的にも」

 

 何せ四糸乃は、機動力を兼ね備えた大型駆動パペット『よしのん』を自在に扱える精霊である。それこそ、今さら単なる移動を楽しむという名目のバイクで彼女を喜ばせられるのか……そんな懸念が未零の中にはあった。

 未零が挙げた問題点をふむふむ、と通話越しで琴里が丁寧に思案を巡らせる。

 

『んー、体感に関しては心配ないと思うわよ。四糸乃は感受性が強い子だもの。道中の会話に関しては、まあそれも乙なものだって思うけど、あなたたちの仲を深めるに越したことはないから――――――そうだわ』

 

 琴里側からパチンと指を鳴らす音が聞こえ、妙案を思いついたと言わんばかりに上擦った音域で続けてきた。

 

『未零、顕現装置(リアライザ)は扱えるわよね?』

 

「……ええ。そりゃあ、もちろん」

 

 空想具現化。演算結果を物理法則を捻じ曲げ現実にする装置。それが顕現装置(リアライザ)――――――要は、天使〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の技術的再現だ。

 もっと言うなら、精霊が扱う天使と互換があると表現して相違ない。本家本元(オリジナル)の複製である未零に、顕現装置(リアライザ)と連なる随意領域(テリトリー)が扱えないはずもない。が、それを確認されたことに一瞬戸惑い――――――すぐに察することで目を丸くした。

 

「……まさかと思いますけど、そのまさかです?」

 

『あなた好きでしょう、この返し――――――そのまさかよ。一時間、貰うわ』

 

 そう言って、ニヤリと不敵な笑いが頭に浮かび上がり、未零は大胆だなぁと他人事のように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に一時間で仕上げるとは」

 

 四糸乃とよしのんを相手に世間話をすること小一時間。納車され直した我が愛車は、生まれ変わっていたと遠い目をする未零。

 外見上にさしたる変化はない。白く美しく磨かれた素体は、値段に違わぬ価値があることを示している。変わったのは、当然だが中身だ。

 

「……小型顕現装置(リアライザ)搭載型って、どんな魔改造ですか」

 

 グローブ越しにバイクに触れる――――触れた途端、未零の脳に顕現装置(リアライザ)の制御権が備わるのがわかった。

 〈フラクシナス〉にも活用されている小型顕現装置(リアライザ)を活用した随意領域(テリトリー)。安全性どころか、風圧を制御し軽々と会話をするのも自由。限界突破の速度を出すことはお手の物。無論、後者は道交法違反なので元よりお断りだが。

 確かに、未零の懸念はこれによりクリアされる。顕現装置(リアライザ)の制御など、未零にとっては指を動かす手間と変わりはしない。よくもまあ、個人用顕現装置(リアライザ)など上からの許可が降りたものだとは思うけれど。……変な手段は使っていないと思いたいと、背中に冷や汗が流れた気がした。

 つくづく、〈ラタトスク〉はなんでもありかと自分を棚上げして思い知ったのだった。

 

『おぉーう。焦らされただけはあるねー。かっこいい機体じゃなーい、みれーちゃんの愛車』

 

「……お幾らで、私に返せる額になっているのか不安ですけれどね」

 

 間違っても壊せないな、とは思っている。想像以上の怪物マシンとなった愛車の最終確認をし、未零は四糸乃へと視線を向けた。

 

「……行きます?」

 

「はい……!!」

 

 ……キラキラとした瞳が、より一層期待を裏切れないなぁという気持ちにさせてくれる。狂三はどうだったか、と元臣下は考えたが……彼女は未零の手を離れて突き進むタイプだ。心労度合いでは、四糸乃ほどの可愛らしい主張と比べるまでもない。

 そんな女帝も、好きな男には手を取ってほしいのだと可愛らしいところがあったり――――――逸れた思考を引き戻すようにコホンと咳払いをし、未零の背から正面に四糸乃が手を回したことを確認する。よしのんも健在。随意領域(テリトリー)によって飛ばされる不安はなし。

 

「――――――!!」

 

随意領域(テリトリー)によってヘルメット越しの景色がより鮮明になり、久方ぶりに感じる人知を超えた感覚を伴いながら――――――風を切り、地面を疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい、です……!!」

 

『うっひゃー! こりゃ気持ちいいもんだねー!』

 

「……喜んでいただけて何よりです」

 

 走り出して数十分。止まらずスムーズに進めるような道を選びながらハンドルを切り続けた甲斐があり、四糸乃とよしのんの反応は良好。思わず、らしくもない安堵の息が零れ落ちた。

 

「風が気持ちよくて、音が普段とは違くて……未零さん、すごいです……!!」

 

「……ありがとうございます。すごいのは私じゃないですけど」

 

 面映ゆく、ハンドルから手を離せない未零はその感情を苦笑だけに留めておいた。ある程度、自然に感じられるように随意領域(テリトリー)の制御は行っていたが、やはり精霊が天使に跨って感じる感覚とは違いが出るようだ。

 大人しい四糸乃にしては珍しい、隠すことのない感情表現の発露――――――あるいは、それほど彼女が成長している証かもしれない。

 

『いやっはー、前にやったスキーも楽しかったけど、誰かの背中に任せるのも面白いもんだねー。いやぁ、こんなのを隠しておくなんてみれーちゃんも悪よのぅ』

 

「……隠してたわけじゃないですよ? ただ、使う機会がなかっただけで」

 

 よしのんの冗談めかした声に、未零は事実での対応をする。実際、未零がバイクを使う機会など早々と訪れなかった。

 受け取ったのがごく最近なのもあったが、有事の移動手段は〈フラクシナス〉、または令音が車を出すかだ。学生と社会人の身分差で、社会人の令音が先導になるのは当然の流れではある――――――だが。

 

「――――誘う方が、妹らしいのかな」

 

「え……?」

 

「……いいえ、なんでもありません。もう少し、飛ばしましょうか」

 

 何かを振り切りたいのか、それとも振り切れないのか。風を切る。思考は途切れない。

 思えば、そうだ。四糸乃のように自ら何かを願い出ることを――――――自分自身の願いの先(・・・・)を、考えたことなどなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悩み事、ですか?」

 

「……え?」

 

 休憩中、バイクに腰掛けていると、その隣に座る四糸乃が不安げな顔で声を発した。まあ、自販機で買った飲み物に一口も手をつけないでいれば、心配もされるかと自身のわかりやすさに小さく鼻を鳴らした。

 

「……んー。悩み事がわからないのが悩み、ですかね」

 

『お、みれーちゃんったら哲学的だねぇー』

 

「哲学というか……単なる人生の迷子でしょう、これは」

 

 自分で言っていて、理解ができないと息を吐く。これ以上、何が不満なのだ。これ以上、何を望むのだ――――――それがわからなくなって、無意識の苛立ちに缶をコツンと機体に当てる。ほんの少しの甲高い音。それは未零の思考をクリアにするには至らなかった。

 

『まあまあ。少しでも四糸乃たちに話してみんさいよ。スーパーよしのんがズバッと解決しちゃうかもよぉん』

 

「わ、私でよければ、お話相手になります……」

 

「……――――ん」

 

 逡巡は、僅かに。個人の問題、と言って誤魔化すことはできる。しかし、それによって四糸乃の顔が曇ることは目に見えているし――――――歩み寄りを無下にするほど、未零は成長を止めたつもりはない。

 唾を飲み込み喉を鳴らす。真摯な瞳で見つめる四糸乃へ、未零は自分なりの言葉を放った。

 

 

「――――――私は、どうすればいいのかなって」

 

 

 純然たる疑問の定義。村雨未零は――――――〝私〟は〝私〟がわからなくなりそうだった。

 

「……どうすれば、っていうのもおかしな話ですけれど。私は澪の傍にいるって、隣に立つって決めて――――――けど私、隣に立つ(・・・・)ということを……してこなかったんです」

 

 そう、常に未零は人の前か後ろ(・・・・)だった。狂三を守るために前に立つか、後ろに立つか。間違っても未零は、狂三の隣には立っていなかった。士道と同じでは、なかった。

 だからこそ、未零はわからない――――――妹というのは、姉に何をしてあげられるのだろうか。

 大切な人といつの日か出会うため、罪に苛まれる姉へ……生き延びた未零は、隣に立って何ができるというのだろうか。

 

「……それに私、生き延びる(・・・・・)なんてこと、考えてませんでしたしね」

 

「未零さん……」

 

 目を伏せて語る未零を見て、四糸乃が悲痛な顔をしてしまう。ああ、口下手だと未零は安心させるように四糸乃の髪に触れ、撫でる。

 

「……もちろん、今は違います。あのとき、私が思った〝後悔〟は覚えていますから。けど――――――」

 

 そうだ。けど(・・)、だ。未零は生き残った。生きたいと思った。生きていていいのだと、真士は言ってくれた。みんなが生きてほしいと、願ってくれた。

 ――――――故に。

 

 

「〝私〟は――――――〝私〟のことがわからない」

 

 

 〝私〟の望みは、既に果たされてしまったから。

 村雨未零の望みは、完膚なきまでに実現した。未零はその先(・・・)に自分がいるなど、考えたこともなかった。

 あの日の後悔は嘘ではない。一緒にいたいと、見ていたいと思った。だが、そこで止まってしまった。

 未零が何をしたいのか。

 〝私〟は何をしたいのか。

 澪に、何をしてあげられるのか。

 わからないのだ。答えを持たないのだ。だって、これは〝私〟の意志だ。〝私〟にわからないのなら、誰にわかるというのだろう。行き先を決める答えなど、自分自身が決めねばならないことだ。

 澪の傍にいること……それは、未零でなくてもいい。

 〝私〟は狂三が、皆が生きていてくれればよかった。その先にいる自分を、考えたこともなかった。見守るだけなら、そこに未零という存在は必要なのだろうか?

 〝私〟は答えを持たない。どうしても、自らが成すことを難しく考えてしまう。何をするにも、今は令音の後追い。自分から何を求めることをしない。皆の平和があれば、それでいい――――――〝私〟がもらったものを、そこで終わらせたくないと思う未零がいた。

 

「……『私』()なら、答えを出せるのかな」

 

 そんな思考迷路に迷い込んだ未零が、無くしたもの(・・・・・・)にすがり付いてしまいそうになった。

 零してしまった言葉に四糸乃が目を見開き、決意を固めるようによしのんの手を握り、その唇を開いた。

 

「未零さんの中の、澪さんは……」

 

「……あの日(・・・)以来、一度も『私』が出てくることはありませんね」

 

 かつて未零が名もなき頃、いつの日か少女を喰らうだろうと思っていた記憶侵食。少女はいつか、澪と同一存在となる。そのはずだった――――けれど、あの日……崇宮澪が生きることを選んでくれたあの日以来、未零の中の澪が表に出てくることはなくなった。『記憶』は残されている。だが、澪の屈折した感情、未零を産み落とした獰猛なる祈り(のろい)は、その呼び声は忽然と消え去った。

 それは澪が選んだ道か、未零の意志が起こした事象か。眠りについた『私』にしかわからぬことだった。

 どちらにしろ未零は、離れたはずの姉の意識に頼ろうとまでしているのかもしれない。その姉に何かをしたいのか、したくないのか。決めるのは意識を確立した〝私〟でなければならないというのに。

 だけどわかっていながら答えが出ない。わかっていながら答えを焦る。ままならない人としての心に、未零は瞼を閉じて唇から言葉を零した。

 

「……いっそ、『私』と入れ替わってしまえば解決するのかもしれませんけれど――――――」

 

 言って、未だにこれほど屈折した感情が残されていることに愕然とした。

 ああ、そういうことだ。未零はどこまでいっても〝怖い〟のだ。培われた自身の価値を、真士が肯定してくれたはずの〝私〟という存在が。自らの中にある『私』()の方が上手くやれる――――――言い訳だ。

 誰より未零を信じていないのは、自分を肯定できないのは――――――

 

「――――っ」

 

 何かに頭を突かれ、未零は瞼を上げる。

 眼前にはウサギのパペットが。釣られ、あどけない顔に怒りを浮かばせる四糸乃の姿が見えた。

 

「冗談でも、そんなこと言ったら……めっ、です」

 

『みれーちゃんったら、自虐ジョークのセンスがないねー』

 

「……ああ、私……」

 

 叱られるようなことを、口走ったのか。今までの――――精霊〈アンノウン〉であれば平然と言葉にして、当然と思っていたことを。

 一度死んで、ようやくそのことを自覚できる程度にはなれたのだ。

 

「自分がいなくなればいいなんて、言わないでください。そんなの……悲しい、だけです。未零さんが本気でそう思ってるなら、私は精一杯の言葉で止めます……!!」

 

 ――――――自分より幼い子に、当然のことを教えられたのだ。

 

「……ごめん、なさい」

 

 それは人の形をした紛い物が、必死に人であろうとしているかのようだった。

 目的のために思考を停止した自我ではなく。満足して消えようとした自我でもなく。〝私〟(未零)という自我が、停止ではないが故に矛盾螺旋に囚われる。

 こうして考えると、『私』ではない〝私〟は――――――案外、澪には似ていないなと思った。

 

 

「――――――――」

 

 

 だから、こんなにも悩んでいる。澪が突然、わからなくなってしまった気がして。

 結局――――――何かを求めているのは、〝私〟なのかもしれない。

 

『……みれーちゃんはさー、難しく考えすぎなんだよ思うよー?』

 

「え……?」

 

 気まずく逸らした視線を戻せば、よしのんが流暢な語り部として声を発した。

 

『頭がいいからって、何事も難しく考えすぎなのさー。何をしたいとか、何が欲しいとか、もっと素直に言ってみなよー。それがわからないって言うけど、みれーちゃんの中に答えはあると思うなー。だって、自分の中になかったらそんなに悩んだりしないでしょ?』

 

「……私の中に、あるもの」

 

 胸に手を当てて、未零はよしのんの言葉を呑み込んだ。

 すんなりと言葉が入り込んでくるのは、よしのんが未零と似た存在――――――澪という人格から確立した未零と、四糸乃の意思を汲み取る人格であるよしのんだからか。

 極論として、未零はその先(・・・)を知りたいのだ。生き延びた。生きていたいと思った。共に先を見たいと。そのために、自分がどうしたいのか(・・・・・・・・・・)

 決して気持ちが晴れたとは言えない。けれど、自身が何を悩んでいるのか……それすらもわかっていなかったときより、遥かに気の持ちようが楽になった。次いで、柔らかに微笑んだ四糸乃が言の葉を紡ぐ。

 

 

「未零さんなら、きっとすぐに答えが出ると思います……上手くは、言えないですけど――――――未零さんが未零さんらしく考えればいいって、私は信じてます」

 

「……うん。信頼に応える……っていうのも変ですけれど――――――ありがとう。四糸乃、よしのん」

 

 

 用事と、四糸乃とよしのんを楽しませるつもりだったが――――――計らずして、助けてもらったのは未零の方だったようだ。

 笑顔を以て本心からの感謝の気持ちを表し、言葉を返す。そうしてから、情けない話ではあるが、もう少し付き合ってもらおうと未零はヘルメットを手に取った。

 

「……まだ付き合ってもらえますか? 四糸乃、よしのん」

 

「……!! もちろん、です」

 

『いえーい、貰ったバイクで走り出していこうぜぇー!』

 

「……締まらないなぁ」

 

 少しずつ、変わっていく。この優しい世界で、皆が。

 だけど――――――まだ未零は、誰かを泣かせてしまう精霊のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「士道、未零からデートに誘われたことある?」

 

「……へ?」

 

 さて、今日はどんな夕飯にしようか。おお、本日はあれがお買い得か。など何とも主夫な観点でスーパーの食材に手を伸ばしていた士道は、万由里の唐突な問いかけに縫い止められた。

 

「……いや。覚えている範囲じゃ、ないな」

 

 手を呼び戻し、あごにそれを当て記憶を探ってみるが、やはり思い当たるものはない。デート、逢瀬と呼称するものは、士道にとって馴染みが深い……というと語弊が生じるが、決して間違ったことは言っていないと思う。

 一口に逢瀬と言っても種類があり、それを士道から誘うこともあれば精霊たちから誘われることもある。色気のないことだが、こうして万由里と買い出しにいくことも強引な理論では〝デート〟と呼称されるべきかもしれない。

 そう言われて思い返してみると、何に関しても未零からの(・・・・・)アクションは数える程さえなく、改めて認識させられて士道は面食らってしまった。

 

「やっぱり。あのバカ未零……」

 

「……何かあったのか?」

 

 不機嫌そうな声を零した万由里に士道は探りを入れてみる。が、万由里はにべもない声音で返してくる。

 

「あんたは普通にしてて。あんたの力を考えたら、もう軽々しく使えるもんじゃないんだから」

 

「そう言われると弱っちまうな……」

 

 髪を掻き上げ、万由里の正論に返す言葉を見失う。というより、返す言葉がない。

 

「それに、あんたは未零にとって〝別枠〟みたいなもんだしね。出番が来るにしても最後かしら」

 

「……喜んでいいのやら、悪いのやら」

 

 つい半年前までは、引っ張られるか突っ込んでいくかの二択だった男が外野扱いとは、変われば変わるものだと息を吐く。

 ともかく――――――何か、士道が関われないことが起こっているのは、確かなようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あんたから手を伸ばすだけでいいのよ、未零」

 

 それを自覚するのは、いつになることやら。

 手のかかる友人を想い、腹いせに夕飯を豪華にしてもらおうと万由里は士道におねだりへ向かうのだった。

 

 

 

 







「あれで、よかったのかな……?」

『いやー、こういうのは順々にヒントをもらっていくのが本人のためになるんじゃなーい?』


悩みを受け止めたり、悩みを受け止めてもらったり。悩めよ若人。悩めるということは、思考を停止していないということなんじゃないかなぁ。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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