口が滑った。まあ、言ってしまえばそんなものなのだろうが。
「…………」
日を跨いで、炎天下の外を渡り歩く未零は、今更ながらにその後悔に襲われていた。遅い、とは自分自身がよく自覚し、だからこそ乱暴に結い上げた髪を掻き上げようとして――――――
「……あぁ」
手が止まる。いつも、無意識に結んだそれに気づかされる。気にもしていなかった。来ている服装だって、人の隣に立つにあたって当たり障りのないものを選んで――――――纏め上げる髪は、無意識のうちにあの人を意識していたのかもしれない。
「……簡単に、か」
こうして鑑みれば、姉離れができない未熟な妹でしかないのだが。離れる必要がない、と言えばその通りで。……こんな風に、無意味な思考ループに囚われてしまうのも先日、四糸乃とよしのんに話を聞いてもらってからだ。
彼女たちが特別だった、というのは語弊が生じる。しかし、未零にとって『よしのん』という人格の概念が避け難い意識を持たせたことは確かだ。だから未零は、折紙にすら隠し通していた
その結果、未だ自身の中に屈折した考えがあることに、未零自身が気づかされる事となったのではあるけれど――――――結局、わかっていないのだ。
簡単に考えた。簡単に考えて、考えた結果、
何がしたいか。何を求めるのか。未零の目的は果たされている――――――訂正。精霊〈アンノウン〉の目的は果たされた、だ。
「……〝私〟……、は」
ああ、そうだとも。四糸乃とよしのんに告白した通りだ。〝私〟は〝私〟のことがまるでわかっていない。村雨未零という新たに形成された人格のことを、何一つわかっていなかった。
あのときに感じた衝動を。生きたいと願った情動を。確かにそれはあったはずなのに、手にしたはずだったのに。
「っ……」
不思議と息が詰まり、
今まで、こんなことはなかった。誰かの感情は理解できた。それをわかっていながら、利用することもしてきた。それが自分の目的だから。他に必要なものはないから。がむしゃらに、必要のない思考を止めて――――――この優しい世界は、思考を止めるには優しくて、けれど無理に進めるには穏やかすぎた。
「――――――登りますか」
だから、そう――――――目の前の建物に登りたくなったのは、思考ループを無理やりにでも断ち切りたくなったから、かもしれなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔が差した。まあ、言ってしまえばそんなものなのだろうが。
「…………」
何をするにも、身に入らない。七罪の不機嫌気味な目――別に不機嫌なわけではない――が、ここ数日はより一層鋭さを帯び、嫌な雰囲気を増している気がした。一応、誰かと会うときには気をつけてはいる。そういう意味で、一般学生は夏休みという陽キャイベント陰キャ引きこもりイベントに突入したことは、喜ばしいと言えることかもしれない。
もっとも、それで気分が晴れるような陽気な性格など、七罪は持ち合わせていなかったのだけれど。
「はぁ……」
自分らしい陰鬱なため息だ、と七罪はもう一つ深く息を吐き出した。次いで、大の字に身体を広げたまま目線を薙ぐようにずらし、デーブルの上に置かれた
用を達して、もはや七罪には必要のないもの。けれどその結果に反し、封筒は長い時間、それこそ数日は開けて放置され続けている。全くもって七罪らしい、振り切れない感情そのものではないかと、鏡を見たわけでもなく目付きがより鋭くなるのを自覚した。
魔が差した。嗚呼、嗚呼。それしか言えない。
せっかく、七罪は目を背けるだけの環境があったというのに。
せっかく、士道と狂三が世界を変えてくれたというのに。
いつまで経っても――――――七罪は七罪を、認めてはやれなかった。
そのとき、窓を誰かがノックするような音がした。
「……?」
一瞬の思考。そして、気のせいだと目を向けることはしなかった。七罪の部屋は精霊マンションの最上階、ついでに言えば端の端の部屋割りだ。大方、何かものでも飛んできたのだろう――――――気疲れから、ここで自身の病的なまでの観察眼を休めていたのが運の尽きだったのかもしれない。
――――初めの頃こそ様々な警戒をしたものだが、この精霊マンションのセキュリティレベルはそこらの企業とは比べ物にならない。危険が危ないを地で行く精霊が住める場所なのだから、封印されているとはいえ当然のレベルなのだろう。七罪には勿体ないと常々思っている。
なので、ありえない可能性を捨てるように自然と疲れた目を閉じる――――――もう一度特殊なノック音がして、さしもの七罪も何だと目を開けることになってしまう。
イタズラか、とも思ったが最上階にイタズラを仕掛けるもの好きはいないし、セキュリティを考えても無理がある。動物か何かがいるのか、と七罪は起き上がって窓へ視線を向けると、
『――――おはようございます、魔女っ子ちゃん』
白いローブを纏った何者かが、最上階の窓から手を振っていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!?」
年頃の乙女っぽい悲鳴など、七罪には縁がないと悟った瞬間だった。
「こんな可愛らしい貌を捕まえて悲鳴を上げるだなんて、酷いことしますね」
「……前々から思ってたけど、あんたのキャラ付け適当すぎない?」
「適当ですよ? それっぽくやってるだけですから」
開き直りをした未零を部屋に招き入れた七罪は、心の底から疲れたと言わんばかりに深い深い溜息を吐いた。
実際、〝適当〟極まるものなのだから仕方がない。未零はそれっぽく、それこそ手探りの感覚でこの道化を演じていたに過ぎなかったのだから。本物の道化師をするのであれば、もう少し芝居がかった大仰な演技が必要となることだろう。
たとえば、本物の
「っていうか、普通に入って来てくれない!? なんでわざわざ登ってきたのよ……っ!!」
「そこに高い建造物があったものですから、つい」
「つい……で登ってこられたらたまったもんじゃないんだけど!?」
相変わらずなかなか切れ具合がいいツッコミ。こういうところは見習っていきたいと、
逆流するにしろ、させるにしろ、本気でなければ大した霊力は扱えない。今のは、天使を纏い大雑把に身体を動かすくらいが適量だ。
多少の運動は欠かしていないとはいえ、久しぶりにそれらしく動き、問題を感じないところだけは精霊らしいと考えながら未零は来客用の椅子に腰をかける。ナチュラル過ぎたのか、七罪はギョッとした顔をしていたが。
「……え、居座るの?」
「……ん。締め出す気ならそもそも入れてくれないと思ったので。邪魔なら出ていきますが……」
「じゃ、邪魔とかそういうのじゃなくて……な、何しに来たのよ」
つっけんどんでぶっきらぼう。だが、それでいて人を拒絶しようという意思はない。むしろ、七罪自身に向けられているような――――――声で気を逸らしながら、眼球を動かして未零はその封筒を視界に収めていた。
「ちょっと世間話でも、と思いましてね。――――――学業、楽しんでます?」
「う……」
痛いところを突かれた、と七罪が手で言葉を防ぐようにしながら呻く。とはいえ、この話題が不正解ではないことは未零にはお見通しというもの。その証拠に、ゆっくりとだが七罪は重い唇を開き始めた。
「………………ま、まあ、ぼちぼち」
「おや。年端もいかない子供を閉じ込める強制収容施設。学校は地獄をオブラートに包んだ表現……などから随分と成長して――――――」
「わー!! わーわーわー!!」
地雷を踏み抜く行為とは、わかりやすくこういうことを言う。大慌てで手を回して未零を止めにかかる七罪だったが、悲しいかな、これでも未零は戦闘では近接を主とする精霊である。錯乱して振り回される華奢な腕など、ジャグリングをするより簡単に全て受け止めてみせる。
やがて、体力を消耗し肩で息をする七罪。未零は足を組んで頬杖を作りながら言葉を続けた。
「……気にしなくてもいいんじゃあないですか。それだけ、あなたが学校を楽しめているということなんですから」
「……あんなこと言ったのに、みっともないじゃない」
「誤解なく理解ができる環境を得た。それだけで、みっともなくなんかないですよ」
過去の七罪の言い分は、現代社会において無くはない考え方……行き過ぎているきらいはあったが、間違ったことばかりではない。
しかし、この天宮市では少なくともそういうものはなく、七罪は楽しく学業を送れているはずだ。紅潮した七罪の頬は、激しい動きをしただけのものではなかった。
「……ぼ、ぼちぼち。本当に、ぼちぼち……楽しい、わよ。と……と、友達もできたし……!!」
「……うん。良かったですね、七罪――――本当に」
ニコリと微笑みかけると、七罪は気恥しそうに手で顔を隠す。ただ、言葉を撤回する様子はなく、吃りながらであっても吐き出したものに嘘はないようだった。
――――半年前。世界が創り変えられた、そのあと。
未零と万由里は大学へと。となれば、他の精霊たちも自ずと道が決まるもの。職業を持つ二亜や、既に学業へと精を出していた他の精霊たちとは違い、七罪、そして四糸乃と六喰は〈ラタトスク〉の庇護下にて、日常に馴染むための訓練などが主だったわけだ。が、晴れて四月より琴里と同じ中学校への編入と相成ったわけだ。
まあ、六喰は過去の記憶と今の士道たちとの交流。四糸乃、七罪は一度体験入学という形で経験をしていた。許可が降りるのは自然、という形の収束だ。
そして、編入はもう一人。それは――――――
「……真那、崇宮真那はどうです?」
「え……真那?」
虚をつかれた顔をした七罪へ、未零はこくりと首肯をする。
崇宮真那。かつての世界で狂三の仇敵だった者であり、崇宮真士の
「ん……元気にやってる。てか、エンジョイしてるんじゃない? 剣道部のエースしてるし、何か事ある毎に告白されてるし」
「……あら、あら。お年頃ですねぇ」
それっぽい青春を送れているじゃあないか、と明るめの声で返した未零だったが、七罪は少々と浮かない顔で続けた。
「うん……今のところ、全員女子からだけど」
「………………あぁ」
――――青春、かなぁ?
と、さしもの未零も言葉を濁した。まあ、世が世である。驚くほどのことではあるまい。未零には縁がないものではあるけれど。
「……で、なんで真那?」
「……ん。私というより令音――――――気にしてるのは澪ですよ」
未零はその副産物。暗にそう言い切ると、七罪は複雑ながらも納得したようにうなずく。
崇宮真那はかつての世界で、DEMの毒牙にかけられその命が十年はないと言われていたが、当然ながら『この世界』では取り除かれている。……果たして、どういう力技を行ったのかはわからないが、真那との縁は切れないまま不都合なものを取り除いた形になるか。
結果、真那は元の世界と変わらぬ状況で〈ラタトスク〉の庇護下にある。肉体への影響を治癒した代わりに、彼女に
度々に思うことではあるが、道中があの二人にしかわからない世界改変は、常に不可思議な現象が目撃されることになっている。万由里、真那、折紙の両親。親の繋がりで言うなら――――――
「……四糸乃のご家族には、お会いになられました?」
「っ――――うん」
息を詰まらせ、僅かに含みを持ったそれを、未零はあえて言及を避け言葉を続ける。
「どうでした?」
「どうもこうも……明るい人だったわ。でも、あの人が四糸乃の
うんうんと、崇拝者へと賛美を捧げるかのように七罪が首を縦に倒す。相も変わらず、七罪の四糸乃への感情は大きいもののようだった。
そう。幾つかある大きな改変を打ち明けるのなら、決して避けては通れない――――――四糸乃の母親に関してだ。
四糸乃。氏名、
そして、氷芽川
それがどうして、現代で会うことができているのか。冷凍睡眠、はたまた
世界改変後、折り合いを見て精霊たちの過去を開示する、ないし意図的に避ける選択肢は提示されたはずだ。
「まだ無理させられないからって、長くは話せなかったけど……良かったわよ。私なんかと違って――――――――」
――――――このように、だ。
自身の本音には慎重な、否、
だが、未零の心境は落ち着き払っている。驚くことではなく、動じることもない。
「……
「っ!?」
そんな未零が零した言葉は、七罪の顔に驚愕の二文字を張り付かせるには十分すぎるものだった。
「な、ん……――――――あ」
そして聡明な七罪は――当人は悪知恵が働くだけと謙遜するが――未零が七罪のことを知る理由に気が付き、呆然と言葉を零した。
まさしく、その通り。七罪の予測はこの上なく正しい。村雨未零は、精霊〈アンノウン〉は
かつて未零の手の内あった
「〈
「……ええ。その、通りです」
不自然に唇が乾き、眉根を下げて未零は肯定を返す。
思えばこれは、懺悔のようなものかもしれない。未零は識ることができた。しかし同時に、識る必要はないとすることもできた。
けれど、万が一だろうと不都合なことがあってはならない。その心で選択をしたのは未零だ。
「……申し訳ありません。本当なら、墓まで持っていくつもりでした」
「縁起でもないこと言わないでよ……っ! 私は、気にしてなんかないから……」
「……ん」
誠実でないことは、確かだったから。踏み込むにしては浅く、けれど何も無かったことにするには深く。
六喰の時とは事情が違う。鏡野七罪の過去は、本来なら未零が踏み込めるものではない。だが、識ってしまった以上、それを未零が見過ごすこともまた不可能。
気まずさからか、それとも今一度過去を思い返してしまったからか、渋面を作る七罪に対して未零は乾いた唇を濡らし、声を発した。
「……
ある種、確信に近い問いかけだった。置き去りにされた封筒の中身。それを用意した人物。彼女の手で精査された情報に、未零が識ることのできた情報が取られているとは思えなかった。
――――母親に殺されかけた記憶など、無理に思い出す必要はなかったのに。
「…………そーよ。みんなが過去と向き合ってるのを見て、柄にもなく――――魔が差した、っていうのかしらね。素敵なものがある、なんて思い上がりは微塵もなかったけど、こうして散々ってもんよ。私らしいと思わない?」
「…………」
言葉を見失い、悲痛な七罪を未零は見つめることしかできない。
鏡野七罪。母親の名は、わざわざ語る必要もないと切り捨てる。それは〈
七罪がなぜ、これほどまでに自分を蔑むようになったのか。未零とは違い、人としての生を受け、そこに命という価値があったのに。なるべくしてなった、というのは簡単だ。それが運命だった、というもの簡単だ――――――理不尽だ、と未零は憤りを感じる。
ネグレクト。それだけならマシだ。幼い七罪はそう判断して、母親に目を付けられぬよう振舞ったのだろう。買い置きの食料には決して手を出さず、僅かな調味料を目を盗んで摂取し、厄介払いのために口出しをしない教員によって通える学校での給食がご馳走。
味方などどこにもいない。子供は残酷だ。自分たちとは違う、と決めにかかれば一人の少女を平気で迫害する。
これだけの要素が揃ったのだ。七罪の人格の形成は、相応になるというもの。結果として、未零とは違う悲観主義――――――自らをみにくいアヒルの子として存在させた。
けれどそれは、未零のものとは違う。断じて違う。未零は、精霊〈アンノウン〉は誰かに教えられなければ思い浮かべることすらなく、
鏡野七罪が根源に抱いた感情。それは、
「……優しいですね、あなたは。私なんかより、ずっと立派です」
ああ、そうだとも。七罪は優しい。
「――――そんなんじゃない! 私は、あのときの私は……ただ……ただ……っ!!」
彼女は激しく否定をする。けれど未零は、その否定を否定する。
あのとき、
七罪は立ち去った。母親の下から。いいや、やろうと思えば今まででもできた選択だ。七罪は聡く、賢い。その卓越した知恵を絞れば、子供であろうと突破口はあった。
ならばなぜ、〈
だけど未零にはわかる。未零は自身の心はわからない。けれど、どうしても人の心は不用意に読み取れてしまう。
母親への復讐をあと一歩とし、七罪の胸に去来したのは達成感などではなかったのだろう。その先の答えは、
「――――愛して、ほしかったんだよね」
たった、それだけのことだったのだ。
人の望みとは、単純でありながら不可解なことがある。精霊〈アンノウン〉の望みが、人にとって〝たったそれだけ〟であったように。
母親の下にいた理由。虐げられた環境で、それでも生きていた理由――――――七罪は、誰かに愛されたかった。
「っ――――あぁぁぁぁぁぁぁ!! そうよ、その通りよ!! あんなのでも私の親だったのよ! 馬鹿馬鹿しいことにね!!」
悲鳴にも似た絶叫。耐えかねた心が縛ることを止めたように、七罪は声を張り上げた。
未零はただ、立ち上がって歩み寄る。
「せっかく琴里が気を使ってくれたってのに、私らしい落ち度よ。記憶再生が随分とインスタントってもんよね! 最悪よ、最悪。今さらになって思い出したわよ! 私がどうしようもない屑みたいな人間で、思考で――――――」
その語りは悲しげで。その語りは歪で。嗚咽が混じり、涙が流れ。
「私の中じゃ――――――『なかったこと』にはなってなかった」
――――七罪をそっと、抱き締めた。
「……っ、ぁ……今さら、今さらじゃない……! あいつら、優しいから。色んなことを変えてくれて……なのに、私はこんな……こんな……っ」
「…………」
この華奢な身体は、『前の世界』に比べて幾分かマシになっているのだろうか。きっと、彼女の過去も変わっている。士道と狂三は力を出し尽くし、自分たちが望むものへ変えた――――――けれど、『なかったこと』にはならない。
頭を押し付けるように未零の胸元へしがみついた七罪が、くぐもった声を吐き出してくる。
「……犯した罪は、過去を変えても『なかったこと』にならない……ね。――――身に染みたわ。こうならなきゃ理解できないとか、私らしいけどね」
折紙が、澪が、狂三が。過去に犯したこと。命を踏み躙ったこと。それらは存在した事実から、存在しない過去へと創り変えられた。だが――――――今なお、彼女たちの中に過ちは刻まれたままだ。
それと同じだ。どれだけ過去を変えようと。どれだけ救いある過去を創り上げようと。
未零に、精霊たちの感情を救う手立てはない。当然だろう。未零は救う側ではなく、悲劇を
「……母親に、会いたいと思います?」
「…………思うわけないでしょ。顔だって、ろくに見ようともしなかったから覚えてないし。どんだけ過去が変わってても、それは変わらないし――――――だけど私は、みんなと出会えた。ゴミみたいな過去だけど、そこだけは感謝したいわ」
ああ、それは優しい救いだ。その感情は共有できる。未零もまた、同じだから。
後悔だらけのものでも、存在するべきではなかったと思っていても。この出会いだけは、未零の中で輝かしいものだ――――――あの美しい人を見れたというだけで、価値あることなのだ。
誰もが未零たちを肯定してくれる。
自らを醜いと思い込む七罪を。
価値がなかったはずの未零を。
だけど。いや、だからこそ。
「――――まだ、自分を好きなれない?」
誰かに肯定される自分自身の価値を、認められずにいるということだ。
嗚呼、嗚呼。認めよう。未だ未零は、自らを認められてはいない。だから〝私〟がわからないと、
何も無かった未零が持ち得た感情に、戸惑い、それを持て余している。
「――――お互い様じゃない、そんなの」
自分のことがわからないのに、人のことは理解できる――――――だから、似て非なる七罪にそう言われて、ようやく未零は自覚を持ち得たのかもしれない。
七罪を強く抱き締める。否、互いを強く抱き締める。ある意味では、ネガティブな七罪が少しでも
「……女王様に太鼓判を押されたのに、私もあなたも贅沢だね」
「ぐ……そう言われると罪悪感が酷いからやめて」
「……こういう関係、なんて言うんだっけ?」
「共依存、傷の舐め合い」
「……せめて支え合いとかでお願いするね」
さすがに決まりが悪い。それに、
「……ん。辛くなったら、いつでも呼んで。相手になるから」
「……ちょっと言い方ズレてるけど。……ま、
オウム返しされた言葉に、確かに少し変だなと未零は苦笑を浮かべた。
やはり、令音のように上手くはできない。だから、未零は未零らしくやるしかない。
「――――いつか、自分は可愛いって言えるよ。こんなに可愛い七罪なら」
「――――あんたこそ、自分の価値を認めなさいよ。狂三に認められた未零でしょ」
歪で、矛盾した中で――――――まあ、こういう不可思議な関係も、〝私〟らしいのかなと思うのだ。
「………………え、もしかして、慰めに来てくれただけなの?」
「…………それだけでもないんですけれど、掘り返すの止めません? 恥ずかしくなってきましたから」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――『わたくし』たちの定時報告に変わりはありませんわ」
「ん……そっか。まあ、何かあったら『狂三』たちだけじゃなくて、琴里たちも気が付くよな」
「ええ、ええ。とは言っても、わたくしとあなた様が迂闊に動けぬ駒なのは事実ですわ」
「万由里に釘を刺されてるからな。……よく見てるよ、あいつは」
「あの弾は万能の力、というわけではありませんもの。ある方向を強くすれば、どこかに綻びが生じるというもの……それがわたくしたちの力か、或いは外部からのものか。まだ判断はつきませんけれど――――――それにしても」
平然と会話をしながら、狂三は己の身体が火照っている自覚をしていた。
そりゃあ、士道の部屋にいるとは。距離があまりにも近いとか、理由は多々ある。最たるものは、薄着のまま
「……近いですわよ、士道さん」
布団に寝転がり、抱き締められながらその手で胸下の辺りをさすられると、さしもの狂三も意識をせざるを得なかった。
無駄な贅肉はつけていない。他の精霊たちにも目を向けなければ士道ではないと言ったのは狂三だが、それはそれとして士道に相応しい女になるべく日々精進は欠かしていない。その甲斐あって、さすられる腹回りはさぞ手触りが良いことこの上ないだろう。いや、される側は妙に気恥しいのだけれど。
狂三の反応から嫌がるという三文字は感じ取れなかった――そもそも込めてすらない――のか、士道は変わらず手で狂三の細部を愛おしげに撫で上げる。
「ん……くすぐったいですわ」
「んー――――――うちのお嬢様がご機嫌ナナメ三十度なもんでね。少しサービスを、と思ってな」
「あら、あら」
その言い分に、どちらかと言えば士道が楽しみたいだけな気がしてならないと、狂三は息を吐いた。それでもなすがままに心地良さに浸るのは、この方の腕の中なのだから仕方がないと言い訳をする。
機嫌が悪い、わけではない。いいや、世間一般常識論では悪いと言えるのかもしれないが、それは決して狂三のせいではない。
大事だからと、好きだからと。それで除け者にされて機嫌をよくするような守られ姫でないことを、あの子は誰より知っているだろうに。
「まったく――――――わたくしが好きだというのなら、迷わずわたくしに構えばいいのですわ」
髪を、腹部を、唇を。愛撫を受け続ける愛おしい微睡みの中で、狂三は誰より少女のことを知っている者として、ままならない愚痴を零すのだった。
ありえないなんてことはありえない。そんな世界。
世界そのものは都合よく、それでいて優しいものですが、精霊たちの心情は精霊たちのもの。もちろん、既に割り切っている子たちもいますが、七罪は特級のお悩み案件。記憶を思い出すと逆戻りする仕様……ですが、いつか必ず、ですね。
問答無用のハッピーエンドで始める世界なので、エンドマークの先で必ず……この子たちは自分を好きになることができますよ。お互いは認められるのに、自分自身は好きになれない。難しいですねぇ。
感想、評価、お気に入りありがとうございます!どしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!