デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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「何か収穫はあった?」

 

「……………………」

 

 長きに渡る沈黙があった。それを生み出したのは当の未零ではあるのだが、そうなるのも無理はないと声を大にして言いたい。

 相手は万由里。沈黙を保つ理由はないし、気まずさを感じるような関係でもない。故に、沈黙には理由があった。未零はその理由のまま、重苦しく唇を開いた。

 

「…………先にお聞きしたいんですけれど」

 

「なに?」

 

 小首を傾げ、不思議そうな顔をする万由里。そっくりそのまま返したい気持ちを抑え、続けざまに言葉を放った。

 

 

「――――メイド服着て、何してるんです?」

 

 

 ――――ギャル系メイドというのは、ジャンルとしてどうなのだろうか。

 そう。万由里は出会い頭に先の問いをしたのだが、その出会い頭のタイミングがあまりにも不可解すぎた。

 どうして万由里が、メイド服を着て、客引きをしているのだろうか。……文字にして事実を陳列すると、不可思議さが増すのだからおかしなものだと未零は疑問符を浮かべた。

 

「バイトよ。ヘルプを頼まれたから特別にね」

 

 言って、『キラッ☆』という感じの決めポーズを取る万由里。可愛いといえば可愛いのだが、表情が真顔であるため奇抜さは感じざるを得ない。これはこれで、客引きにはなりそうではあるけれど。

 

「で……それらしい情報でも見つかったのかしら?」

 

「……残念、というべきなのかは複雑ですが、殆ど見つかってませんね」

 

 再度、改めて問われたものに肩を竦めて回答を用意した。

 四糸乃、七罪。両者共に『夢の声』に覚えはなく、折紙のような思い起こしも存在しなかった。結果としては、人生相談と屈折した感情を持つ者同士の屈折した会話となったわけなのだが、そちらは悪くないものなのではなかったかと思っている。無論、未零の自己満足という可能性はあるが。

 ともあれ、相変わらず収穫はなく変化はなし。それを伝えられた万由里は、相槌を打ちながら返してくる。

 

「ふぅん……じゃあ、あんたがここ(・・)に来たのもそれのため? あんたがこんな人混み選ぶのは、かなり珍しい気がするけど」

 

「……ん」

 

 万由里らしいもっともな指摘に、未零は髪に指を絡ませ応答する。

 確かに、ここ(・・)を好む趣味を未零は持ち合わせていない。万由里と未零が揃えば相応に目立ち、現在進行形で視線も幾らか飛ばされてはいるが……雰囲気が独特で、そういった礼節や無言のルールが出来上がっているのか、不躾な人間は早々とは現れない。だからとって、未零はあまり人混みを好む趣味はない。そして、人混みに入り込んでまでここ(・・)にくる趣味も持ち合わせてはいない。

 だから、未零がここ(・・)に来た理由は――――――

 

「……頼まれたんですよ。二亜を探して欲しいって(・・・・・・・・・・・)

 

「……あぁ。だから秋葉(・・)なのね」

 

 答えに、多少の同情を含む苦笑で万由里は返してくる。恐らくは、未零の少ない言葉で内容を的確に察してくれたのだろう。

 未零が秋葉を訪れた理由はただ一つ。原稿の進行途中に謎の失踪――まあ実のところ謎でも何でもないのだが――を遂げた本条二亜の捜索だった。万由里とは、その道中で偶然にも出会ったと言うだけのことだったわけだ。

 

「……ま、形だけでもということです。本気で見つかるとは思ってませんよ」

 

 依頼主の方も、理由は違えど似たような意見だろう。曰く、『二亜は切羽詰まっているとお金の勘定が雑になる』とのことだ。飴と鞭とは、こういうことを表現しているのだろう。どちらかというと、背水の陣を意図的に作り上げ利用していると表現するべきかもしれないけれど。

 

「いいの、それで……」

 

「……いいんじゃあないですか。私もお手伝いしますし、今くらいは楽しませてあげるべきだと思っていますよ」

 

 後の地獄は本人も承知の上だろう。本条二亜という人物は、そういうところは弁えていると未零は知っていた。彼女の原稿がデッドラインギリギリになることなど、あまり珍しいことではないのだとこの半年で未零も学んでいる。それによって泣きを見る人たちのことは――――――あいにく未零は、身内を優先してしまうタイプだった。気持ちは謝っておくことにしている。

 苦笑を交えて返した未零に、万由里は少し複雑そうな顔を作り言葉を返す。

 

「あんたは本当、自分以外の誰かはとことんまで甘やかすわね」

 

「……ん。私だって駄目なものは駄目と言いますよ?」

 

 未零とて、思ったことがあれば苦言は呈するし、必要と言うのであれば力は貸す。特別、甘やかしているつもりはないのだが、万由里は取り合うことなく「はいはい」と客引きのチラシを配っていた。

 そこで、疑問。ヘルプに入ったと言っているが、秋葉のメイド喫茶で働くような知り合いが万由里の伝にいるのかと――――――

 

 

「――――あら、あら」

 

 

 ――――いた。

 独特で甘美なる声色。その凄絶な美貌。姿を現した瞬間、引き寄せられる視線の数々――――――親しみあるメイド服でなければ、もう少し超然とした雰囲気が感じられそうなものではあったけれど。

 しかして、彼女は現れた。

 

「お久しぶりですわねぇ、未零さん(・・・・)

 

「……これは、また。意外な顔を見ましたね」

 

 魅惑の微笑みを使いこなし、未零という意外な人物との邂逅に唇で弧を描いている。しかし、意外なものはこちらも同じだ。

 『時崎狂三』――――――かつて、精霊〈アンノウン〉の協力者であった『狂三』その人と、久方ぶりに未零は相対した。

 

 

 

 

 

「実に半年ぶり、ということになりますかしら。会いに来てくださらないだなんて、酷いですわ。泣いてしまいますわ」

 

「…………」

 

 それはあまりにも白々しく、未零をして半目で彼女を見やることしかしてやれなかった。

 休憩時間だからと、人気のない店の裏まで連れられてきてみれば、開幕の一言から皮肉と嘘泣き。どうやら、特に変わった様子は見られないようだと未零は息を吐いた。

 

「そのようなお顔をなさらないでくださいまし。ちょっとした場を和ませる冗談ですわ。せっかくの再会なのですから、そういった雰囲気作りは重要でしょう?」

 

「……まあ、お久しぶりですとは言っておきますよ。社交辞令で」

 

「まあ、まあ。本当に酷いお方ですわぁ」

 

 大してそう思った様子はなく、くすくすと楽しげに笑っている相も変わらぬ『狂三』の姿に、未零は不思議な安心感すら覚えていた。同時に、彼女と常日頃から付き合っていた精霊〈アンノウン〉はよくやっていたと思うわけだが。

 

「……ていうか、何してるんですかあなた」

 

「自分磨きの旅、と言ったら未零さんは信じてくださいまして?」

 

「……それ以上、磨く必要があるのか、という疑問から先に解決したくはなりますね」

 

 どうであろうと彼女は『時崎狂三』。絶世の美貌。何者も及ばぬ美しさの超越者。讃えようと思えば、未零はあらゆる美辞麗句を並べ立て『時崎狂三』を心から賛美してみせよう。

 だから、未零としては『狂三』の理由を信じる信じない以前の問題だ、と壁に寄りかかって声を発した。そんなこちらの対応にも、悠々とした笑みを変えずに彼女は言葉を返した。

 

「ありますわ。わたくしにも目的がございますもの。そのために、ご縁からこの店を任されたのですわ」

 

「……ご縁?」

 

 メイド喫茶と『狂三』に、なんのご縁があるのか。いや、確かにメイド服を着ていたには着ていたのだが、それとは別で些か話が飛躍しすぎている。

 すると、彼女は未零が傾げた小首を見て実にわかりやすい解答を提示してきた。

 

「琴里さんですわ。正確には、彼女の組織の母体のご縁ですわね」

 

「……ああ。なるほど、手が広いですね」

 

 未零の声音は感心と呆れを半々だった。

 琴里の組織。つまりは〈ラタトスク〉。さらに深く切り込んでバラしていくと、それは〈ラタトスク〉の母体であるアスガルド・エレクトロニクス社ということになる。

 そのご縁、となれば間違いなくアスガルドの関連会社。『前の世界』ではDEMの分散させる目くらまし、という意味合いがあったようだが、この世界では〈ラタトスク〉の潤沢な資金源の一つ、という意味合いが強くなっているのかもしれない。

 普通に考えれば管理はアスガルド経営陣が担っているはずだが、確か持ち株会社が琴里にもあったはずだ。一応、などと謙遜はしていたが、『狂三』がシレッとメイド喫茶で働いているとなると、一応の看板は取り外しを考えた方がいい気がしてならなかった。

 

「ふふっ。これでも業績はこの半年で伸びに伸びていますのよ。このわたくし、やるからには徹底的にですわ」

 

「……なんというか、マルチ的な才能がありますよね、あなたたちって」

 

 狂三の場合、初めから何でもできるタイプ、というわけではなく、努力をすれば大概のことはできるようになるタイプだ。人はそれを才女だとか天才だと呼ぶのだろうけれど。

 褒められて悪い気はしていないのか、ふふんと得意げに胸を張る『狂三』。……大きく開かれたデザインの胸元は、売り上げが関わっていそうだが、少しばかり意見書を出しておこうかと考えてしまった。それは正式に願書としての提出を企てておくとして、未零は『狂三』との会話を続けた。

 

「……他の分身も、この店に?」

 

「ええ、何人かの『わたくし』は。それ以外は自由にしていますわ。この間は、大規模エキストラの募集に当選して、それを何人かの『わたくし』が取り合っていましたわねぇ」

 

「いや自由すぎるでしょう」

 

 頬に手を当て、実に微笑ましいように語る『狂三』にすかさずツッコミを入れる。あくまで個人の自由ではあるが、それにしたって分身ライフを満喫しすぎている。

 ――――――世界改変後、分身の行方は疎らだった。

有り余った霊力(・・・・・・・)で維持に関しては心配するところではない。そのため、『彼女』たちの行動はこうして個人の自由に委ねられた。

 使命は果たしたと、眠りについた者。影に帰る者。たまに現れて士道に粉をかける四天王。先のように個人の自由を楽しむ者。様々と分岐した可能性。それが『狂三』の選択だと言えた。

 そして我が愛しき共犯者は自分磨きときた。しかし、共通していることは――――――

 

 

「あなたほどではありませんわ。――――――『わたくし』に隠れて、何をしていらっしゃるのかしら」

 

 

 未だ分身は、時崎狂三の目となり耳となる、ということである。

 詰るというより、見定める。そんな視線の流れを受け止めながら、未零は仕方なしに息を吐いた。

 

「……少しばかり、野暮用ですよ」

 

「あなたにしては派手な野暮用ですこと。わたくしにまで届くだなんて、あの『わたくし』は相当にご心配なようで」

 

 バレていない。そう、高を括っていたつもりはなかった。だが、こうして目の当たりにすると『狂三』の役割は変わりなく、聞き耳を立てることにおいて右に出る者はいないと感服してしまう。

 こつ、こつと靴音を鳴らし近づいてきた『狂三』が、未零の唇を指でなぞる――――えもいえぬ感覚が全身を通り抜け、刺激する。

 

「あまり〝おいた〟をしてはいけませんわよ? あの御二方を動かすということは、簡単に世界を反転させる、ということでもあるのですから。特に、あなたは」

 

「……わかってますよ。――――――ところで、どこまで掴んでいます?」

 

「悪びれませんわねぇ」

 

 呆れ気味に言葉を吐く『狂三』だが、未零は性分だと開き直る。わかっている、あの二人が案じていることなど――――――わかっていて、あの二人は容易に動くことができないとさらに知っているのだ。

 

「それを、わたくしが教えて差し上げるとお思いで?」

 

「……駄目?」

 

 両手を合わせて、ダメ元でお願いをしてみる。繋がりのある分身に対して、未零が何を言おうと普通は教えてはくれないだろう。事実、彼女は半目で未零から一歩距離を取り、

 

 

「――――大した情報は掴めていませんわ」

 

 

 あっさりと、その唇から情報を割り出した。

 

「『わたくしたち』が調べたところで、元々たかが知れていますのよ。物理的な情報、隠蔽された情報でなければ、『わたくしたち』の情報網がマリアさんを兼ね備えた〈フラクシナス〉に勝る道理もなし。あなたが何かをしている、ということ以外はあなた自身がより詳しいでしょう。それ以外は、プライバシーで控えさせていますわ」

 

「……随分とあっさり、調べたことを教えてくれますね」

 

 てっきり、彼女は狂三側で分身の共有情報を未零へ差し出すことはしないと思っていた。彼女はあくまで『時崎狂三』の分身体。情報をひた隠す未零に肩入れする理由はない、はずだった。

 けれど、そうして情報提供を行った『狂三』は鼻を鳴らし返してくる。

 

「言いましたでしょう。大した情報は掴めていない、と。それに……わたくしとてたまには時崎狂三(あの方)の鼻を明かして差し上げたくなるというもの。――――――ささやかな八つ当たりとでも考え、受け取ってくださいまし」

 

「……?」

 

 不思議な物言いに、未零は小首を傾げ疑問符を浮かべる。まあ、彼女(『狂三』)に関してだけなら今に始まったことではない。妙に狂三(オリジナル)への当たりが強い傾向はあったし、今回もその気まぐれか何かなのだろうと考えられた。

 ――――犠牲の全てを覆し、士道と世界を変えた時崎狂三は『時崎狂三』ではない。それはある意味、主を同じとするはずの『時崎狂三』ではありえなかったはずの現象と結末。

 無論、『狂三』がその地に到達する可能性はあるのだろう。が、狂三が〝今〟に到達したのは五河士道という特異点との運命があったからこそ。狂三の分身は、基本的に天宮市に到達する前の個体しか存在していない。そこに意識の乖離が発生するのは必然であり、危険性でもあった――――――可能性を加味してなお、少女は恋心を優先したのかもしれない。

 ともあれ、狂三に思うところがある『狂三』の気まぐれで情報を得たのは事実。素直に頭を下げ、礼を述べる。

 

「……ありがとうございます」

 

「ふふっ。早急に決着をつけることをオススメいたしますわ。『わたくし』の小言は、長いですことよ」

 

「……善処しますよ」

 

 できるだけ大事にならず、かつ早めの決着を望んでいるのは未零とて同じ。しかし、不明瞭で不透明な現象だ。できれば狂三の小言は避けたい心持ちではあるのだが、善処レベルに留まってしまうのも悲しい現実だ。

 未零の力のない返しに微笑みを貼り付けて、彼女はスカートを翻し店の裏口へ足を向けた。

 

「さて、わたくしも休憩時間の終わりですわ。また自分磨きの時間へ戻ることにいたしましょう」

 

「……応援はしていますよ。よくわかりませんけれど」

 

 本当に、磨く必要があるのかが未零には甚だ疑問だ――――それにキョトンとした顔を『狂三』が見せたことも、意外だった。

 

「信じて、くださいますの?」

 

 ほとほと見なくなったその顔は、さらに意外な気分にさせられる。もっと言えば、心外だと未零は眉をひそめ声を返した。

 

 

「ん――――――私が(・・)狂三(・・)の言うことを信じないと思う?」

 

「――――――――」

 

 

 そう思われていたなら心外だ。と述べてやると、彼女は目を大きく丸々と見開いて驚いていた。

 何を驚くことがあろうか。未零は狂三へ意見をしないわけではない。それが未零の望むものから大きく外れた時、未零は狂三へ言葉をかけることはあった――――――しかし、時崎狂三(・・・・)が心から放った言葉を、村雨未零は本質を絶対に取り逃さない。その意図がどうであれ、どう向けられたものかわからないものであれ、だ。

 

「きひ――――きひひひひひひひひひッ!!」

 

「……狂三?」

 

 今は懐かしき、狂気的な笑い声。それは感情の昂り。その瞳は魔性の権化――――――未零という存在を根源から惹き付ける、女王の眼差し。

 

「……まったく、わたくしを乗せるのが上手い人ですわ。ええ、ええ。もう少し、時の猶予をとも思いましたが――――――未零さんが言うのなら、遠慮はいりませんわよねェ」

 

「っ……」

 

 息を呑む。笑みは狂気にも似て、それ故に純粋である。

 『時崎狂三』は、そうして凄絶な微笑みを灯し、最後に言葉を残していく。

 

 

「わたくしは時崎狂三(あの人)のように甘い少女ではありませんので――――――これからは、覚悟なさってくださいましね?」

 

 

 呆気に取られた未零を置き去りに、『時崎狂三』は去っていった。

 このとき、未零は初めて、『時崎狂三』という子の言葉を理解しきれなかったのかもしれない。

 

「……士道のこと、です?」

 

「にぶちん」

 

「……ちょっと、気配を消すのはやめてくださいよ」

 

 いつの間にか真後ろにいた万由里へ、手馴れた文句を付ける。気配遮断は未零と万由里の得意技……しかし、折紙が待ち構えていたときと同じく、される側となれば文句の一つは浮かぶというもの。

 まあ、そんな未零の抗議を気に留めず、万由里は無愛想に見えながら意外と感情表現が豊かなその顔で、なんとも言えぬ複雑な声音を返した。

 

 

「――――親友って言うのは、また違うものなのかもね」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「譲渡。次は夕弦が前です、耶倶矢」

 

「ちょ、まだ早いし! 座ったばっかだし! ……おぉ、なかなかの座り心地。呵々、これはよいものだ。この我にこそ相応しい」

 

「…………」

 

 拝啓、家主へ。帰宅したらガレージで仲良し姉妹がバイクで遊んでいました。妹より。

 

「嘲笑。ふっ、へちょ耶倶矢の身長に似合っている(笑)ですね」

 

「(笑)って言うなし! 身長なら夕弦だって変わらないじゃん! ていうか未零よりは上だし! 未零に似合って私が似合わないなんてこと――――――あ」

 

「模倣。あ」

 

 目が合ってしまった。バイクに二人乗りをし、ノリノリで写真でも撮るのではないかと思える双子と。

 ふむ……と、ぽりぽり指で頬をかいて、未零は困った声音を吐き出した。

 

「……幾ら私でも、無免許運転の幇助は容認できないかなぁ」

 

「いや、やらないし!? マジトーンはやめてよ!!」

 

「動揺。口調が本気のものでした」

 

 大慌てでバイクから降りる二人を見て、冗談が通じなかったことに未零は眉根を下げた。本当に、ちょっとした冗句のつもりだったのだが、本気と取られると少し傷つく。

 

「……や、冗句ですし、遊んでくれて構いませんよ。さすがに三人乗りはさせてあげられませんけれど」

 

 この魔改造モンスターマシンなら出来てしまいそうなものではあるが、というのは内心に留め置く。〈フラクシナス〉内の設備を駆使すれば、本当に出来てしまいそうなのが恐ろしい。

 

「え、本当? じゃあ遠慮なく――――――じゃないし!」

 

 未零の許可を受け取った耶倶矢は、遠慮なしにバイクに跨ろうとして、ノリのいいツッコミを入れながらこちらへ向き直る。……ちょっと名残惜しそうなのが可愛らしかった。

 改めて、耶倶矢が己の手で顔を隠すように覆い、曰く考え尽くされたかっこいいポーズを取りながら大仰に声を上げる。

 

「くくく……よくぞ我らを恐れず逃げず帰ってきた、我が永遠の宿敵(ライバル)よ。その帰還、歓迎しようぞ」

 

「翻訳。寂しかったので、早めに帰ってきてくれて耶倶矢嬉しい! と言っています」

 

「悪意ある翻訳反対!!」

 

 相も変わらず小気味のよい話術の応酬。クスリと笑みを零しながら、未零も声を返した。

 

「……これは失礼しました。ちょうど用事があってのこちらに帰宅でしたので、噛み合ってよかったです」

 

 あまり客人を待たせるのは忍びない。どの道、八舞姉妹の下へ訪問の予定はあったことを考えれば、連絡をなしに入れ違いを避けれたのは幸運だと考えるべきだろう。

 

 ――――余談ではあるが、二亜が見つからなかったと報告したときのマリアの返事は『そうですか、ありがとうございます』と実に簡素なものだった。

 その『ありがとうございます』に、随分とした含みがあったと思うのは未零の気のせいではないのだろう。鴨がネギしょって戻ってくるのは、そう遠くないのかもしれない。

 

「拝聴。用事とは?」

 

「……ああ、気にしないでください。『マイ・リトル・シドーVRMMO・Ver.2.0』の調整のことですから。あなた方の用事を優先して問題ありませんよ」

 

「むしろすごく気になるんだけど!?」

 

「お気になさらず。……令音の趣味です」

 

 精霊攻略の必要性がなくなった今、純然たる事実であった。にしては完成度が恐ろしいほど上がっているので、未零は調整を重ねながら何とも言えぬ気分にさせられるのだけれど。

 釈然としない様相ながら、耶倶矢はコホンと咳払いを一つ挟み、鋭い指捌きにて未零へそれを突きつけた。

 

「呵々、此度の用事は他でもない――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――鬼事を興じようではないか!!」

 

「……ああ。鬼ごっこですね」

 

「羞恥。言い回しの解説を冷静にされて、恥ずかしがっています」

 

「そんなことないし! 適当言うなし!」

 

 場所を変えても、元気な姿は変わらないなと未零は苦笑混じりの吐息を零した。

 ――――まあ、苦笑が混じってしまうのも仕方がないと自己判断を下した。

 場所を変えた、というのは至極単純な話、地上では手狭(・・・・・・・)だと判断したから。精霊が三人、遊びに興じるにしろ、それが遊びの範囲から逸脱する(・・・・・・・・・・・)にしろ、変わりはない。

 つまりは、速さを突き詰めた精霊三人が自由に、人目を気にせず戯れることができる場所――――――〈フラクシナス〉の仮想訓練室に辿り着くのは必然だった。

 すると、この場所を使うことになった未零の心境でも読み取ったのだろうか。耳に装着したインカムから揶揄うような声音が鼓膜を震わせた。

 

『あら、どうしたの未零。もう少し可愛い顔をしたらいいのに』

 

「……顔は可愛いです。表情の起伏は令音に文句を言ってください」

 

 こういう風に産んだのは澪だ。ここぞとばかりに、責任は押し付けさせてもらうことにしている。

 とはいえ、通信先の琴里に察されるほど僅かに苦味を伴う表情をしてしまったことに変わりはなく、未零は大きくため息を吐いた。

 

「……大体、いいんですか。私用でこんなことして」

 

『問題ないわ。精霊のメンタルケアは最優先事項。ガス抜きっていう名目があるなら、この程度は私の裁量で自由にできるもの』

 

「……封印の状態を考えると、これからも〈ラタトスク〉は苦労しそうですね」

 

 この世界で〈ラタトスク〉の上層部がどうなっているのかは知らないが、DEMという脅威がなくなったとしても、精霊とその封印者がアレ(・・)では胃に穴があくことだろう。……創設者だけは大いに満足しているだろうし、未零はそれで構わないと思っているけれど。

 と、未零が呑気に琴里と会話を交わしている間に、耶倶矢と夕弦の方は纏まったのか、未零に対して声をかけてくる。

 

「継続。今日はあの日の続きと称しても過言ではありません」

 

「くく……以前は水入りとなったが、此度は存分に楽しむとしようぞ」

 

「……あー」

 

 ――――やっぱり、あのとき(・・・・)かぁ。と、未零は否が応でも苦い思い出を頭に浮かべた。

 仮想訓練室。未零。この単語二つで、精霊たちの誰もが思い浮かべる事柄は、半年前のあの日の出来事。当然、記憶に新しく未零とってはあまり思い返したくない〝勝負〟の結果だった。

 勝負の結果を覆すつもりはない。実際に未零はしてやられたし、事実は事実として変わりない。ただ、それはそれとして思い返して面白いものではないのだ。自分の土俵で敗北した……のはいいのだが、それ以前に、目の前に折紙が現れた(・・・・・・・・・・)ときの衝撃が今でも夢に出てきそうで恐ろしかった。

 率直に言うと、二度と経験したくないしさせたくない出来事なのだ。ある意味、未零最大のトラウマと言っていい。寿命が縮まる、という言葉はあの瞬間のために未零の知識の中にあったのかもしれない。

 

「……全体として、私の負けということには?」

 

「ならん」

 

「否定。なりません」

 

「…………」

 

 ダメ元でお願いをしてみたものの、これは率直にダメであったようだ。

 あのときの勝負は、確かに精霊〈アンノウン〉の敗北だった。しかし、想像通りあの勝利は精霊たちの勝利(・・・・・・・)であり、八舞姉妹の勝利(・・・・・・・)ではなかったということだ。

 彼女たちの役割は囮。未零を勝負の場に引きずり出すための殿であり、その役目に納得はしていたとしても、その結果に納得はしていない。

 とどのつまり――――――神速が駆けた。

 

「――――――っと」

 

 全身を余すことなく駆使したしなる一刀を避け、未零は設置された建造物に足を掛ける。避けられたというのに、耶倶矢は好戦的な笑みを崩すことなく未零へ視線を向ける。

 

「触れれば負け――――――などと、つまらんことは考えておるまいな?」

 

「……もう、鬼ごっこじゃないですよね、それ」

 

 未零は何度目かの苦笑いで応える。普通の鬼ごっこは、鬼が触れたら勝ち。耶倶矢はそれをつまらないと言った――――――建前は風の前に消え、残るものは本気の取り合い(・・・・・・・)だけだ。

 

「……琴里」

 

『怪我はしないようにね』

 

 理不尽である。これはつまり、再三に渡り忠告され、未零自身も意識はしていたが――――――怪我をさせず、怪我もせずにこの状況を乗り切れと。なるほど、有能な司令官様にしては珍しく傍若無人な指令だと未零は本気でため息を吐いた。

 

「さあ――――――往くぞ!!」

 

「っ――――――」

 

 疾風怒濤の突進。地を蹴り、暴風が駆け抜ける――――――驚くべきことに、彼女はこれで天使は使用していない。

 一定の霊力行使は確認できたものの、こちらも再三に渡り忠告された天使の使用禁止(・・・・・・・)を律儀に守っているのである。

 清く正しいスポーツマンシップに涙が出てくるようで、もう少し手加減がほしいと嘆くように、未零は拳を振り返す(・・・・・・・・・)

 

「な……!?」

 

 その驚愕は、耶倶矢の動体視力が人より優れているが故に気が付き、優れているが故に引っ掛けられたもの。

 耶倶矢が未零の振るう拳に高速で反応、さらには防ぎながら攻めるという行動を取ったその瞬間、

 

 

「ふっ――――!!」

 

「ちょ、おおおおおおおっ!?」

 

 

彼女の身体を足で抑え込み(・・・・・・・・・・・・)投げ返した(・・・・・)

 そのまま拘束とはならなかったのは、一瞬でも遅れてしまえば反撃が待っていたから。不意打ちで投げ飛ばしはしたものの、耶倶矢は難なく建物の外壁で受身を取り素の表情で叫びを上げた。

 

「なに今の、器用すぎるでしょ!」

 

「そうでもありませんよ。二度目は通じないでしょう?」

 

「むぐ……そうなったら他の策を弄するであろう。忘れておったわ、貴様は蹴りに関しては一家言持ちであったな」

 

「……私が初めて聞きましたが」

 

「言ってたのは折紙だから」

 

「…………」

 

 もしかして、彼女が精霊になった時に入れた一撃に関して、まだ根に持っていたりするのだろうか。そこはかとなく不安が表になる――――――蹴り癖に関しては、実のところ少し狂三に癖が移ってしまった気がして反省はしていたのだ。まあ、反省したからと言って自分の武器を扱わないかは別なのだけれど。

 とはいえ、二度目が耶倶矢に通用しないのは本気での考えだ。外壁にて器用に身体を浮かせ、ウォーミングアップは済んだと言わんばかりに耶倶矢が指を鳴らしてニヤッと笑う。

 

「呵々、だがそれでこそ――――――」

 

「奇襲。えいやー」

 

 瞬間、未零の視界の先で外壁が砕けた(・・・・・・)

 僅か一秒にも満たない刹那の間、飛び退いた耶倶矢とジェット機のような速力と軌道を描き蹴りを放った夕弦。その一瞬の攻防だった。……怪我をさせないという制約を忘れていないのか、未零の額に一筋の汗が流れ落ちる。

 

「ちょっと夕弦! 今決め台詞だったんだけど!!」

 

「忠告。耶倶矢の決め台詞は長すぎると常々苦情が来ていました。今のは夕弦の良心が配慮した結果です、感謝してください」

 

「え、嘘でしょ……」

 

「冗句。もちろん、嘘です。ショックを受ける耶倶矢は可愛いですね。ぷぷー」

 

「笑ってんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 刹那の、暴風。天使の行使をなしに、正面から霊力のみで激突した二人が引き起こす自然現象に煽られながら、未零は目を丸くして声を発した。

 

「……えっ。三つ巴なんです?」

 

 ――――――適当な理由を付けて、姉妹二人で勝負をしたかっただけなのではないか。今度は未零が釈然としないものを抱えながら、風が吹き荒れるド突き合い(・・・・・)を演じることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

「……ふ、はぁ――――っ」

 

「…………二人とも、大丈夫です?」

 

 そりゃあ、天使もなしに全力全開の取り合いをしようものなら、体力切れで大の字になり倒れ込むは必定だろう。しかしながら、小一時間は全力で動いていた辺り、異次元のスタミナだと軽く汗を拭きながら未零は二人へ声をかけた。

 息は絶え絶えながら、さすがは神速と名高い八舞姉妹。未零の問いに、想像以上に早く息を吹き返すように声を発する。

 

「か、呵々……な、何のこれしき――――――ていうか、なんで未零は平気なの!?」

 

「驚、愕。恐るべきHP(ヒットポイント)です……」

 

 理不尽だ、と暗に自分が言われる側となった未零だったが、冷静に頬をかいて正論を投げ返す。

 

「……や、あなた方が積極的に組手を交わしているからでは?」

 

「ぐぐ……ついいつもの癖が出て……」

 

「苦悶。反論の言葉がありません」

 

 どれだけ普段の勝負を重ねているのか。その応答は自覚がなかったのかと未零が内心で呆れるには十分なものだった。

 ――――もっとも、未零の体力が多いことは事実ではあるのだけれど。

 曲がりなりにも未零は始原の精霊から生まれた〝歪な分霊〟。周知の通り自己再生や肉体強度は常人以下だが、その分速力や持久力は優れているという、普通ならばありえない〝歪〟な造りをこの肉体はしているのだ。

 故に、この勝負は双子が未零を集中砲火しない限り、絶対に取り切れないと決まっていた。ちょっとした裏技を涼しい顔で行使した未零に気付かず、耶倶矢が「あーあ」と伸び伸びとした声を零し、続けた。

 

「ま――――――これでちょっとは、気分も晴れたんじゃない?」

 

「っ……」

 

 即座に意図を読み取り、未零は息を詰まらせる。満足気に微笑んだ耶倶矢に釣られるように、夕弦も仄かな笑みを浮かべて声を発した。

 

「同意。身体を動かし、気分は晴れやかという顔をしています」

 

「……どういう顔です?」

 

「そういう顔でしょ」

 

 断言されたところで、自身の表情がわかる特技を持ち得ない未零は、己の顔をぺたぺたと触る。当然、それで何がわかるというものでもなかったのだが――――――彼女たちの言う通り、気分は少しばかり晴れやかな気がした。

 だからこそ、八舞姉妹の真意に対して未零は疑問の声をあげる。

 

「……どうして、と聞いても?」

 

「拒否。黙秘権を行使します」

 

「匿名希望って約束なのよねー。それに、企画したのは私らだし」

 

 白々しい二人に息を吐き、汗で張り付いた髪を掻き上げる。相談者は候補のうちの誰か……全員(・・)、という可能性もあったが、口を閉ざされれば未零には知りようのないことだった。

 なるほど。急だとは思っていたし、少々と強引な流れだとも感じていたが、八舞姉妹が動いたのは未零のため(・・・・・)であると――――――世話をかけてしまった分、思考が澄み切っている気分だ。

 以前までなら、忙しなく動いて感じることはなかったもの。今は、穏やかな流れの中で考えてしまうもの。

 このとき、浮かんだものは。八舞姉妹だからこそ、問いかけたかったもの――――――四糸乃とよしのんは、こういう意味で後を誰かに託したのかもしれないと思った。

 

 

「……耶倶矢、夕弦――――――姉妹って、どういうものなんです?」

 

 

 素直に、言の葉を。自分の心に従い、自分の心の中で形になっているはず(・・)のものを、改めて具現化するために。

 問いかけられた二人は、キョトンとした顔を作り未零を見上げた。

 

「へ? 何その質問」

 

「疑問。その心は?」

 

「……ん、そのままの意味です。あなた方にとって、〝姉妹〟とは何ですか?」

 

 姉妹。血縁上の繋がり。切っても切れぬ関係。正確には、どう扱われようと血の繋がり(・・・・・)を断つことはできない相手。

 形式上、そして互いにそう(・・)だと未零は認識している――――――わからないのだ。それが正しいものなのか(・・・・・・・・・・)。それ以上に、未零は何をしたいのか(・・・・・・・・・・)

 未零の求める答えが返ってくるわけではないだろう。よしのんの言うように、それは未零の裡にしかないものだ。だけど、八舞という姉妹らしい姉妹(・・・・・・・)なら、何かが掴めるかもしれない(・・・・・・・・・・・・)

 未零が二度問いかければ、二人は難しげな顔を見せ応える。

 

「何、って言われても……別に、未零たちと変わらないと思うけど」

 

「質問。悩みとは、令音とのことですか?」

 

「…………違う、とは言えないかもしれません。実際、問題はないですから(・・・・・・・・)

 

 姉妹としての生活に何か問題があるのか、と問われれば、〝無い〟と返してしまえる。そのくらいこの半年間は平穏そのものであったし、未零が『声』を聞き入れるまで、まったく問題らしい問題は表面化していなかった。あったとしても、精霊の過去に関する個人的なもの。解決済みであったり、これから始まるものであったり――――――未零の悩みにも似た何かは、そのあったとしても(・・・・・・・)、に属するものなのだろう。

 だから、そう。大層な答えが聞きたいのではない。純粋な疑問の答え、八舞姉妹が持つ姉妹らしさ(・・・・・)を知りたかった。それだけ、なのだが……問われた当人たちは、困り顔で腕を組んで言葉を絞り出そうとしていた。

 

「姉妹が何なのか……って、そのまんまじゃん? 二人でいるのが楽しくて、何かを競い合うのが好き。私たちはそうだけど……」

 

「議論。それが一般的、或いは未零が描く姉妹(・・・・・・・)のものかどうか、それは違うと夕弦は考えます」

 

「そうそう。まあ、私と夕弦、未零と令音の状況が似てる(・・・)ってのは否定できないけど、関係がどうとかはまた違うんじゃないの?」

 

「……ん」

 

似てる(・・・)。そう、似ている(・・・・)。曖昧に答えを濁し、未零はその言葉を反復した。

 八舞耶倶矢。八舞夕弦。――――――旧姓、風待八舞(かざまちやまい)

 名が示す通り、八舞姉妹は本来二人で一人(・・・・・)。複雑化した因子が混ざり合い、純粋な意識を確立し、独立した自我として顕現した。それは、ある意味で村雨未零の在り方と同じものである。

 彼女たちが如何様な結論を下したのか。未零や澪が答えを告げたわけではない。彼女たちは彼女たちなりに、答えを探し得たのだろう。それを未零に当てはめることは、できない。耶倶矢の言うように、未零は似て非なるものなのだから。故に、未零が答えを出すには自らの手でなければならず、他者の手を借りるにももう何手か必要だと思えた――――――そのうちの一手は、意外なほど呆気なくもたらされたのだけれど。

 

 

「けどさ、そんな悩むほどのことなの? ――――――未零、令音といるときすごく楽しそうだし、気にしなくていいんじゃない?」

 

「――――――え?」

 

 

 それは、意外なほどに突き刺さり、自らが発したとは思えない声を未零に零させた。

 それこそ、真面目に自身の顔をもう一度ぺたぺたと触れるくらいに、耶倶矢の指摘は動揺を孕ませ、未零の表情筋を揺らがせるものだった。

 

「えぇ……。自分で気づいてなかったの?」

 

「追従。未零の表情は変化が薄いですが、だからこそ理解できることがあります――――――令音といるときは、特にでした」

 

「…………うそ」

 

『ほんとほんと』

 

 口調が崩れ、揃えられるほどの指摘では仕方がない。それはもはや、認める以外に道などないではないか。

 楽しそう。ああ、そうだ。嬉しい(・・・)。村雨令音が、崇宮澪が生きていることが。未零の近くで、死を選ばずにいてくれることが。

 ――――――なんだ、それは。未零は腰が抜けたように地面にへたり込んで、抱えた膝に顔を埋めた。

 

「……我が宿敵よ、何をそのように落ち込むのだ」

 

「懐疑。今の指摘のどこに落ち込む理由があったのでしょうか」

 

「……だって」

 

 もう、どうにもこうにもぐちゃぐちゃだった。未零は令音に、澪に……〝何か〟を望んだ。言い換えて、未零は何がしたいのかもしれない。それは令音に限った話ではない。

 だと、言うのに――――――

 

 

「……私――――――貰ってばっかりだな、って」

 

 

 未零は、自分が受け取るばかり(・・・・・・・)で、何も返せてはいない(・・・・・・・・・)のだ。

 自分自身のわからなさも、ここまで来ると筋金入りだ。ため息を零して、ふと顔を上げると――――――仄かな怒りを浮かべた、そっくりの双子がいた。

 

「……耶倶矢、夕弦?」

 

「貴様はどこまで……えぇい、こうなればその面倒な性格、我らが矯正してくれるわ!!」

 

「怒涛。未零、そこに直るべきです。――――――とう」

 

「……は、ちょ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……第二ラウンドなんて、元気ねぇ」

 

 小一時間は走り回っただろうに、再び戯れ始めた三人をモニタリングしながら、呆れ顔で手に取ったチュッパチャプスを口に含む。もっともこれは、当初の目的からはズレているように思えるが……まあ、好きにやらせた方が未零のためになるだろうと琴里は放任することにした。

 

「うーん……あと一歩、って感じはするのよねぇ」

 

「思ったより早そう、かな」

 

「――――っと、万由里?」

 

 いつの間にか、司令席の琴里の隣に立っていた金髪の少女、万由里に面を食らう。ついでに、彼女の指には琴里のホルダーから抜き取られたチュッパチャプスが挟まれていた。……驚くべき達人の早業に、琴里の背筋は凍ったとか何とか。

 

「どうしたの……って、聞くまでもないわね」

 

「うん。――――――どうして自分が笑顔になるのか。それがわかりさえすれば、簡単なのにね」

 

 気の強い彼女らしい表情。しかし、そこに未零を案じるものが含まれていることを見抜くのは、琴里でなくとも容易い。

 ああ、万由里の言葉通りだ。未零は既に、答えの一歩手前にいる。どうして、令音の前で無意識に喜んでいたのか――――――未零は、どうして時崎狂三の〝幸せ〟を願ったのか。

 そこに立ち返ってしまえば、なんてことはない。村雨未零の欲(・・・・・・)はあるはずなのだから。

 

 だが、琴里には不思議だった。未零が己の願い。将来的なものにいつかは当たるとは思っていた。日常を送っていれば行き当たるものではあるし、叶ってしまった願いの〝先〟を求めるのは、人として正しい思考選択だろう。けれど、

 

「……ゆっくりでいいって思ってたはずなのに、何の心境の変化があったのかしらね」

 

 この連日、今日を含めて精霊たちと接触した(・・・・・・・・・)結果だろうか。それにしても、いつになく急務だと訝しむ。琴里が知る村雨未零という少女は、何かがなければ自ら行動を起こさない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)精霊だ。かといって、士道と狂三が未零と日常以外で含みを持った気配はない。

 つまり――――――

 

 

「――――何か、きな臭いわねぇ」

 

「…………」

 

 

 司令の直感は、こういうときに当たるもの。隣の仏頂面はボロを出すことはないとして――――――自身の親友に聞いてみるのが一番かと、久方ぶりの喜ばしくも気苦労を感じる心労に、琴里は大きく肩を落としたのだった。

 

 

 






キラッ☆ってもう十三年前なんですよ。ホラーですねこの話。

色んな人がエンジョイしている世界でありんす。その中で、村雨未零の本質はあと少し……つか、なんで気づかないんだと思えるものです。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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