デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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 ――――誘宵美九という少女は、村雨未零にとって未知なる存在であった。多少の語弊は含むが、概ね間違った評価にはならないだろう。

 第一印象は……まあ、幾らか察するものがあるだろう。未零とて、混乱の方が勝る精霊など初めての経験だったのだ。あの人(オリジナル)も妙な人間を選んだものだ、と内心で思ったほどには。

 とはいえ、未零はそこに余分な感情を持ち込んだつもりはない。そういうものもある(・・・・・・・・・)と受け入れこそすれど、未零が否定する理由など一つ足りともなかった。美九を構成する価値観の歪さ、その本質は別のものであったし、士道はそれを見事攻略してみせたのだから。もっとも、意図してというよりは彼らしい行動から、だったようだが。

 第二印象は、恐ろしく勘の鋭い少女(・・・・・・・・・・)だ。狂三のような持ち前の経験、執念。七罪のような超人的な観察眼。それらが美九に備わっていたわけではなく――――――まさか、ただの勘で未零の天使〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉を感覚で突破せしめる精霊がいるなど、考えても見なかった。あれは、唯一かの天使が敗北を喫した相手と言っても過言ではない。もはや、精霊がどうとか関係がなかったけれど。

 無論、『死』の方向性を絞ることでその勘を殺すことも可能ではあったのだろうが、澪から受け継いだこの容姿が美九のお眼鏡に叶った事実は消えはしないし――――――本音を言うと、あのときの少女は嬉しかったのだろう。それは間接的に、澪が優れている証明であったのだから。

 だから、そう。美九に対しての好印象は、事実上澪の容姿を褒めてくれたから(・・・・・・・・・・・・・)だった。我ながら、好意の当てはめ方がズレていると思えるが、思い返して他に当てはめようがないのだから仕方がない。

 

 ああ、ああ。故に――――――村雨未零は、改めて誘宵美九に惹かれたと言うべきなのだろう。

 

 

『――――さあ、次の曲いきますよぉー! 皆さんちゃんと――――――付いてきてくださいね』

 

 

 甘美で流麗。甘噛みのように蕩ける声音から、人をどうしようもなく惹き付ける精錬された究極の音へ。

 万雷喝采。カーテンコールを超えて、誘宵美九は高みへ登る。滝を登り、龍へと至る。そこにいるのは龍ではなく、絶美を備えた崇拝される者(アイドル)なのだけれど。

 ――――以前、士道が言っていたことを思い出す。誘宵美九は、天性のアイドル(・・・・・・・)なのだと。

 事実、それは的を射るものだと未零は認識させられた。誘宵美九は、確かに崇宮澪に選ばれた精霊だ。澪が彼女にどういった感情を抱いたのか、理由がどうであれ、その因果に変わりはない。だが、それが誘宵美九のアイドルとしての資質に関わるものなのか――――――美九を知る誰であれ、否、と答えるであろう。

 再起には精霊としての力が必要だったのかもしれない。誘宵美九が本当の意味で立つには、五河士道という存在が不可欠だったのかもしれない。だが、

 

 

『――――――――!!』

 

 

 その〝声〟は、誘宵美九だけのものだった。人を捉えて止まない歌声は、努力と実力に彩られた彼女自身のもの。驕らず、そして臆することもなく、美九というアイドルは全身全霊のパフォーマンスを以て、自身を待つファンへ向かって美しい声音を届けていく。

 ステージの上の彼女は、あまりにも美しかった(・・・・・)。熱を帯びる歓声、絶え間なく揺れ動く煌めき。全て、全てが誘宵美九のためにある。光舞うアリーナで、輝きを纏う女神が踊り、歌う。

 

 

「――――――きれい」

 

 

 無意識に、その言葉は零れ落ちた。ただ子供のように目を輝かせ、舞台袖という特等席で、村雨未零は圧倒された。

 絶美なる歌姫の姿は、マイクを握る誘宵美九の姿は、幻想にも似た超常的な美しさを未零に感じさせたのだ。

 

 ――――きれいな人。未零が持つ最大の賛美を、彼女へ向けることも厭わないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ああん、可愛い子ですねー。それじゃあ、一つ特製のハグを――――――」

 

「……はい。ありがとうございましたー。次の方どうぞー」

 

「あぁ! もー、未零さんはドライすぎますよー」

 

 未零にだけ見せるような不満げな顔も、まったくもってありがたみを感じず、無心でファンの誘導を行う。

 ――――あとは、これがなかったら素直に賞賛できそうなのにぁ……などと、未零は無表情を貫き通しながら、世間一般の握手会で使われる『剥がし』とは違う、美九から無垢なファンを守るため(・・・・・・・・・・・・・・・)の『剥がし』を黙々と遂行していくのだった。

 

「きゃー! いつも応援ありがとうございますー。よかったら今度――――――」

 

「……ありがとうございましたー」

 

 段々と、手を出す速度が上がっていっている気がしてならない。あと何人、罪のない少女たちのこの美九妖怪から守り抜けばいいのか――――――狂三がいればかの天使が正確な人数を言い当ててくれたのかもしれないが、未零の天使は何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お疲れ様でした」

 

「はーい。未零さん、今日はありがとうございましたー」

 

 本当に、とは口には出さず、軽く頭を下げて未零は安堵の息を吐いた。軽々しく仕事を引き受けたはいいものの、士道が一瞬『げっ……』と苦い顔をしていた気持ちがよくわかった。

 臨時マネージャー、の響き自体は良い。実態は、美九が暴走しないよう見守る(・・・・・・・・・・・・・)役回り。むしろ、実力行使を許可された役所だった。

 発端は暮林昴(くればやしすばる)――――美九のマネージャーから依頼だった。何やら、事故で足に怪我を負い――士道が『おいマジか』という既視感を抱いていたことから、似たような事例があったと推測――彼女から代理の依頼が〝また〟飛び込んできた、というわけだ。

 本来、こういったトラブルには事務所からの代理がいるはずなのだが、美九は事例が特殊ということもありそういうわけにもいかず――ここでも士道は『まだあのブラック体制直ってなかったのかよ!?』と叫んでいた――緊急につき、とにかく今日は空けないでくれ、と士道側も引き受けざるを得なかった。

 そこでようやく、どうして未零が引き受けることになったのかといえば……特に壮大な理由はなく、単純に美九と話ができる(・・・・・・・・)から、である。なお、士道の代わりに名乗り出たときに、七罪から『正気かこの人』と暗に思われるような視線が飛んできていた。日頃、美九がどう思われているかよく理解できるエピソードだろう。

 実際、こうして引き受けて呆れた思いがなかったわけではない。そのまま、未零は控え室の壁に寄りかかりながら声を発する。

 

「……もしかして、いつもこんなマネージャーを困らせてるんです?」

 

「えぇー。そんなわけないじゃないですかー。未零さんが特別ですよぉ」

 

「…………」

 

 なお悪い、と半目で睨んだところで美九は「きゃー、熱烈な視線ですぅ」とポジティブに受け取るばかり。多分、遠い目をしていた士道も以前は苦労させられたのだろうな、という気持ちと、美九を案じるマネージャーの気苦労が知れるというもの――――――もっとも、美九の才覚を絶対に無駄にはさせない。あのマネージャーには、そういう気概があるのは言うまでもない。

 

「――――――」

 

 意識して美九を観察してみると、マネージャーの気持ちが読み取れるようだった。

 誘宵美九の才覚。そう、美九は紛れもない天才(・・)だ。間近でそれを再認識し、七罪を前にしたときのものと同じものを未零は感じていた。この才覚が人の身勝手な欲で潰されることは理不尽であり、その生命を曲がりなりにも繋ぎ止めた澪の行動に感謝してしまうほどに。まあ、狂三が言っていたように『それはそれ、これはこれ』というやつだ。

 美九一人が何万という人の想いを動かし、救う――――――人に裏切られた偶像(アイドル)が、再び人を信じて歌えるようになって、本当によかった。今日のライブは、心の底からそう思わせてくれた。

 ……マネージャーがもたらした対策の一つに『美九が女の子をぺろぺろしないこと』があったことは、それらを台無しにしかねないまさに『それはそれ、これはこれ』案件だったのだけれど。

 と、美九をじっと見つめていた未零の視線に気がついた彼女が、ハッと目を見開き大仰に手を広げた。

 

「その熱烈な視線、未零さんの愛に間違いありませんねー。というわけで未零さん、ハグさせてくださ――――――」

 

「……いいですよ」

 

「――――い?」

 

 躊躇いなく、戸惑いもなく。平坦な口調で許可の言葉を返すと、遅れて言い終えた美九が何故か疑問符を浮かべた顔をした。女の子へのハグは問答無用、疾風迅雷の誘宵美九にしては珍しい表情だった。はわわ、とか口に出しそうなその仕草から、常日頃アイドルは可愛くあるべし、の心情が伝わってくるような気がした。……できれば、未零以外の精霊たちの前でもそうあってほしいものである。

 美九らしくない美九に小首を傾げ、壁から背を離した未零は、七罪のように抵抗らしい抵抗はせずもう一度言葉を続けた。

 

「……いいですよ?」

 

「…………えっーと、私ちょっと耳が遠くなっちゃったみたいですぅ。もう一度、未零のお声で、聞かせてもらえませんかー?」

 

「……や、アイドルが何を言っているんです」

 

 商売道具の一つだろうに、とあまり気分のよくない冗談に僅かに顔を顰めながら未零は次いで声を発する。

 

「……だから、別にいいですよ、ハグくらい。したいんでしょう?」

 

「――――えぇー!?」

 

 美九が意外そうな声を上げるものだから、釣られて未零は面食らった顔を作ってしまう。

 

「……なんですか、その意外そうな反応。私としては、飛びついてこないあなたに不思議なものを感じますけれど」

 

「だ、だって未零さん、私がハグしようとするといっつも逃げちゃってたじゃないですかー!」

 

 そうだっただろうか――――――そうだった気がする。記憶から思考を翻すのに二秒と使うことはなかった。

 大概、美九の犠牲者というのは決まっている。誰かというのは名誉のため名を伏せるが、ゴッデス四糸乃もとい尊い女神を護るための致し方ない犠牲者とは述べておこう。信望者という方々は、いつの時代でも真っ先に犠牲となるものなのかもしれない。いや、勝手に奉られる女神としては絶妙な苦笑いなのだろうが。

 まあとにかく、未零はその犠牲の下で成り立つ平和を享受していたわけであるが、眼前で必死な顔をした美九へ苦笑を浮かべて言葉を返す。

 

「……急に飛びかかられたら、誰だって避けるんじゃあないですか?」

 

「じゃ、じゃあ許可を得ていたら……?」

 

「……否定する理由が見当たらないです」

 

 少なくとも、村雨未零の倫理観の中では。

 

「――――そ、そんな……! 私のやり方が間違っていたんですかー!?」

 

 膝を折り、ショックを受けたように項垂れる美九。余程のカルチャーショックだったのだろうか。その姿は何かに打ちひしがれた琴里を思い出させた。こちらも彼女の名誉のために口に出すことはなかったけれど。

 

「……何をそこまで。多少のスキンシップなら皆さん許してくれるでしょう?」

 

「うぅ……実は最近、皆さんが許してくれないんですよぉ。近づいたら避けられるか防がれるか、七罪さんに不意打ちで楽しむことしかぁ……」

 

「……多少じゃないのが問題でしたね」

 

 美九の多少は多少ではなく、世間一般の同性に対するスキンシップとは意味も程度も違いすぎたと未零は頭を抱えた。

 

「うぅぅ、次からは頼んでから皆さんにハグをしようと思いますぅ」

 

「…………」

 

 多分、拒絶されるか逃げられるかの二択でしょうね、というのは良心の呵責を感じて目を逸らしながら黙っておくことにした。そして、逃げた七罪が捕縛され悲鳴を上げるのだろうな、という予測をして先に謝っておいた。未零が悪いわけではないのだが、形式上で。

 と、涙ながらに落ち込んでいた美九が顔を上げた。心なしか、その目をキラキラさせているように見えた。

 

「では未零さん!」

 

「……だから、したいならすればいいでしょう」

 

「やりましたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 何をだろう。問い返す前に、飛びかからんばかりの勢いで美九が両手を広げ未零を抱き締めてくる。

 しばらくすれば大人しくなるだろう、とされるがまま身を委ねようとして――――――ふと、その穏やかさ(・・・・)に眉をひそめた。

 

「……美九?」

 

「はいー。ただいまミレーリンを補給中ですよぉ」

 

「……ん。何ですかその栄養素みたいなもの」

 

 奇妙な語録を作る美九に笑みを返しながら、未零はいつも見るものとは違う美九の仕草に思考を深める。

 いつもの美九なら、それはもう凄まじいハグをする。七罪の精気が根こそぎ吸い取られ、代わりに美九の肌がつやつやに潤うくらいには。しかし、今未零が美九から受けているものはそういう一方的に美九が癒されるものではなく、むしろ――――――ああ、心地がいいものなのだ。

 ――――どうやら、余程わかりやすい(・・・・・・)変化を見せてしまっていたらしい。

 なので、

 

「……美九」

 

「なんですかー?」

 

「――――現金の振り込みは、どこからすればいいです?」

 

 今日一日の礼をしておこうと思った。

 ――――驚くべきことに、美九が神速で未零を引き剥がしながら肩を掴み、ギョッと目を見開いてこちらと見合った。

 

「どうしてそうなるんですかー!?」

 

「……ん。あなたのライブをタダで拝見するのは如何なものかと。贈り物の方がよかったです?」

 

「そういう問題じゃないですぅ! タダじゃない上に働いた分はギャラでこちらから支払いますし、私だって間に合ってますよぅ! お礼にしてもこのハグで十分すぎますし、今日の未零さんは一体どうしちゃったんですかー!?」

 

 美九から見て、未零の行動はかなりおかしなものに映るのか。大慌てで混乱している美九の前で頬をかき、自身のおかしさに困惑(・・)することとなった。

 

「……やっぱり、おかしいです?」

 

「んー……おかしくはないですけど、何だかいつもより素直というか。けど、その素直さが飛んでいっているというかー……」

 

 言い得て妙ではあるが、ともかく美九を混乱させるくらいおかしなことをしているのは事実らしい。眉根を下げて謝罪の言葉を発する。

 

「……ごめんなさい。何か、おかしくて」

 

「いえいえー、未零さんが謝ることじゃないですけど……何かあったんですかー?」

 

 不思議そうに小首を傾げ、美九が未零の異常を案じる。

 おかしい。何かがあった。まあ、そう考えるのが妥当である。けれど未零からすれば、心に従っている(・・・・・・・)だけだ――――――ともすれば、思考停止(・・・・)の状態と言えるかもしれない。

 

 

「――――令音といて、笑ってるんですよ、私」

 

 

 ――――自分で自分が、わからなくなりそうだった。

 

「……それだけじゃないんです。あなた方の誰といたとしても、たぶん私は笑っています。楽しんでいます」

 

「えぇっと……それの何が駄目なんですかー? とっても素敵なことじゃないですかぁ」

 

「……駄目なわけじゃないんです。けれど、貰うだけだと申し訳ないって気持ちがありますし……」

 

「もー、そんなこと言っちゃ駄目ですよぅ。私たちだって、未零さんからたくさんのものを貰ってるんですからねー!」

 

「……耶倶矢と夕弦にも、同じことを言われました」

 

 ぷんぷんと可愛らしく怒る美九を相手に、八舞姉妹に散々と指摘された未零は困り顔を見せる他ない。

 未零が何かを……精霊たちに何かを与えている。そのことに実感などなかった。未零はただいる(・・)だけ。拾われた生命を、澪の傍で過ごしているだけ。

 けれど、ここにいていいのだと。無意味なものではないのだと。村雨未零という精霊に価値はあるのだと――――――認めて貰えたからこそ、未零の心にこの〝焦り〟と〝困惑〟は生まれたのかもしれない。

 悩みがわからないことが悩みだった。だが、形の見えない悩みがようやく形になってきた気がした。それは、誘宵美九という人々に愛される偶像(アイドル)を見てから、急速に形へと発展し浮かび上がってきたのだ。

 

「……あの二人に教えられたから、というわけではないですけれど、先程のものはそういう義務感からではないです。――――――〝私〟が欲しいもの、〝私〟の願い。それがわからないから、私なりに感覚で行動してみました」

 

「感覚で――――はっ、もしかして私が未零さんの一番に!? やだー、移り変わる禁断の恋じゃないですかー!!」

 

「いやそれはないです」

 

「否定が早いですってばぁ……もう少し浸らせてくれたっていいじゃないですかー」

 

 そうは言っても、事実は事実なので仕方がない。そもそも、一体未零の愛で何に浸れるというのかと不満げな美九に息を吐く。

 兎にも角にも、おかしい(・・・・)と言われた以上、未零の思考停止での活動は少々とズレているのかもしれない。それに、美九に何かを貢いだからといって未零の願いが形になるのもなのか、という疑問は最もだ。

 

「……〝私〟、何がしたいんでしょうね?」

 

「うーん。奉仕がしたいってわけじゃないでしょうしー――――――でも、不思議なことで悩んでますねー。未零さんはちゃんと、自分の〝願い〟を持ってるじゃないですかぁ」

 

「――――――――」

 

 二息で告げられた言の葉は、未零から言葉を失わせた。

 〝持ってる〟。美九はそう言った。答えは未零の中にある。そう言いきったよしのんたちと同じくらい、鮮明に彼女の言霊が脳に響く。

 

「……私の、願い?」

 

「はいー。未零さん、狂三さんに生きていてほしかったって言ってたじゃないですか。私たちもそれに含まれた、って……それだって、未零さんの立派な願いですよー」

 

「っ、……だって、それは――――――もう、叶っています」

 

 それは、名も無き精霊の願いだった。祈りだった。夢だった。叶えてしまったそれを、村雨未零の願いとして機能させたところで、叶えてしまったものに未零は必要ない(・・・・・・・)

 その意味合いを以て否定をした未零に、美九は自身の朗らかに飾られた貌と目を未零へ真っ直ぐ見つめ合わせる。

 

「未零さんは、それでいいんです?」

 

「……いいも、何も……叶えたなら、私は――――――」

 

「私だったら嫌です。私はもっと、歌を届けたい(・・・・・・)

 

 毅然として、その存在感は誘宵美九が持ち合わせるもの。声だけではない。今の彼女は、もたらす全てが偶像(アイドル)として――――――夢に向かって伸びていた。

 

 

「私だったら、歌いたい。歌を聴いてほしい。それで誰かが、だーりんや未零さんが笑顔(・・)になってくれたら嬉しいんです。だから、私はずっと歌い続けます。自分の〝願い〟を、一つ叶えたくらいで止めたくありませんから――――――未零さんは、同じじゃないんですかー?」

 

 

 締め括り、嫋やかな表情と透き通る声を未零へと伝えた。

 

「――――〝私〟の、願いは」

 

 彼女の声は、届いていた。自分自身では駄目でも、村雨未零は誰かの声なら聞き届けることができるのだと。

 願いの〝先〟。その先が、見えなかった――――――見えないと思い込んでいた。切り離していた(・・・・・・・)。見えるわけがなかったのだ。叶えて終わり(・・・)なのだと、思っていた精霊がいたから。

 どうして、〝私〟は笑えるのか。そこに生きていてほしい誰かがいる。だけどそれは、未零が在らずともよかった――――――そうじゃない。おまえは何を願った(・・・・・・・・・)

 

 生きていてほしいと願ったおまえは、どうしてそう願うに至った(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「――――美九」

 

「はいー?」

 

「……あなたは」

 

 

 ――――――願いの形は、人それぞれだ。

 

 

「私といて――――――笑顔になってくれてる?」

 

「――――当たり前じゃないですかー。未零さんといれば、誰だって笑ってくれますよぉ」

 

 

 それがたとえ、人にとっては当たり前のことでも――――――未零にとって、どうしようもなくかけがえのないものだと、あの瞬間(・・・・)から知っていたはずなのに。

 輝くような満面の笑顔が、それまで持てなかった〝私〟の確信をもたらした。そんな気がした。そうに違いないと思った。

 

「……ふふ、ふふ、あははははは……!」

 

 そしたら、不思議と笑い声が零れ落ちた――――――あの日見せた村雨令音と同じものだと気がついたとき、それがさらに増したように思えた。

 

 

「……そっか。〝私〟は、そうだった――――――ほんと、鈍いなぁ」

 

 

 自分のことになると、恐ろしくそう思えた。まったく、あの人のことを笑えない(・・・・・・・・・・・)

 よしのんの言葉を思い出した。彼女の言ったこと、それこそ真理だと思えた。未零は今の今まで、存在しない答えを探していたのだ。あるはずがない。そこに数式が存在しない以上、それより先の解は存在し得ない。

 未零が答えだと思っていなかった。当然だと初めからあったものが、答えだった。

 最初に、未零は思った。感じた。生きていてほしい――――――それは過程の願いだ。でなければ、未零は別の選択をしていた。狂三の感情など顧みずに、ただ彼女が生きているだけでいいと願っていたはずだ。

 

 難しく、考えすぎていた。未零がほしいものなど、この創り変えられた世界に存在していて、それは未零が手を伸ばせばいつだって見られるもの。そういう世界に、あの二人がしてくれたのだから。

 〝私〟の答えは初めから存在していた。だって、名も無き精霊は、それを受け継いだ村雨未零は感じたのだ――――――あまりにも綺麗なあの瞬間が、堪らなく愛おしいと。

 

 なんてことはない。精霊〈アンノウン〉と村雨未零の差など、たったの一つ――――――その望みの中に、自分自身を数えていいのだという肯定のみだったのだ。

 

「お悩み、解決できたみたいですねー」

 

「……とりあえず、〝私〟のことは。ありがとう、美九」

 

「いえー、お役に立てたなら嬉しいですけど、私だけじゃないと思うので……けどハグはしちゃいますよー!」

 

「……むぐ」

 

 先程と違い、随分と手厚いいつもの抱擁に息が詰まる。とはいえ、彼女のおかげで悩みの一つが打破できたので今は苦しくも心地のよいハグを受け入れるとしよう。

 ――――――彼女だけではない。先へ進もうとする精霊たちの姿に、未零は先延ばしにしていた己の気持ちを整理しようと思えたのだ。

 残る問題は、『声』。そして、

 

「……ところで、姉への贈り物って何がいいと思う?」

 

「えっーと……未零さんは、貢ぎ物から離れた方がいいかもしれませんねー」

 

「…………」

 

 姉への、感情だけなのだろう。

 

 とりあえず、何とも言えない美九の表情をまざまざと見た未零は、贈り物という線からひとまず考えを離すことになった。

 

 ――――わかりやすくていいのと思うのだけれど。贈ればいい、というものでもないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「――――どう? あの子との生活は順調?」

 

 そう、艦長席を離れ、左方に設えられたクルー席へと琴里は声を飛ばす。

 その席に座る、優秀な機関員であり、琴里の部下であり、かけがえのない無二の親友であり――――――村雨未零の姉、村雨令音は表を上げた。

 

「……順風満帆、と私からは言えるだろうね」

 

「何よそれ。あの子からは違うみたいじゃない」

 

 奇妙な言い回しをする令音に、苦笑気味な笑いを返す。

 令音の表情は穏やかだ。いいや、以前も穏やかなものはあった。しかし、その深い隈はどこか和らいでいるように見える。見慣れていたツギハギだらけのクマぬいぐるみは、今は胸ポケットにはなく、巣立ちを見届けたように家に収められているという――――――ああ、こうして彼女が再びここに座っている奇跡に、琴里は時折泣きそうなほど嬉しくなるときがあるのだ。……司令官として、涙を表にすることはないけれど。

 琴里に言葉の端を指摘された令音が小さく声を零す。

 

「……ふむ、どうだろうね。……少し、悩みのようなものがあるらしい」

 

「――――なんだ、知ってたのね」

 

 肩を竦め、それもそうかと琴里は納得する。未零が今、自身の悩みを零す相手となれば、必然的に令音くらいしか該当しない――――――これを言うと該当者は不機嫌になるのだが、〝彼女〟は未零の悩みを聞けるタイプではないからだ。

 一番大切な人だからこそ、そういうものを無縁として関わり合う。村雨未零という少女は、面倒なきらいがあるのだ。そのことを考慮に入れるなら、打ち明ける対象は令音なのだろうと考える。万由里は打ち明ける前に気づくし、〝彼女〟もそのパターンだろう。令音はその両方、というわけだ。

 

「……全て、というわけではないさ。――――――夢見が悪い、とは言っていたが」

 

「夢見――――それ、大丈夫なの?」

 

 一瞬にして嫌な想像が脳裏を駆け抜け、琴里は渋面を浮かび上がらせながら返す。

 未零の夢見、というと思い浮かぶものは一択だ。琴里は特に、一度少女の本音(・・)を聞いてしまっているから尚更だった。

 懸念に対して琴里を安心させるよう、令音はゆっくり頷いてから言葉を返した。

 

「……君が思うような〝悪夢〟ではないさ。私も含めてね。……ただ、君たちと私たちの夢見の基準が同じとは限らない。それを解明しようにも、難しいということもね」

 

「……そうね。人が寝ている時に見る夢なんて、起きたら基本的に忘れちゃってるものよ。私だって、最近の夢を聞かれたって覚えていないわ(・・・・・・・)顕現装置(リアライザ)を使えば話は違うかもしれないけれど……あなたたちには釈迦に説法かしら」

 

「……いいや。そんなことはないさ」

 

顕現装置(リアライザ)が発明された根本的原因、始源の精霊。その精霊姉妹に提案するには、些か程度が低い提案だと琴里は曖昧な笑みを浮かべざるを得ない。根本を否定はしない令音の謙遜もよくわかる。

 

 

「……できれば、私が解決してあげたいものだ――――――私は、あの子に貰ってばかりだからね」

 

 

 その自然と流れ出た言葉に、琴里は唖然として口を半開きにし、無意識のうちに言葉を吐き出していた。

 まさか、このセリフを自分が言う側(・・・)に回るなど、思いもしなかったけれど。

 

 

「――――この似た者姉妹め」

 

 

 それが褒め言葉であるかどうか、未だ曖昧だと琴里は息を吐いた。

 

 

 







そういえば〈擬象聖堂〉どういう原理で突破したんだ、という美九。愛か、愛なのか?……いやまあ、作中の令音に対する琴里みたいに一回〝そうだ〟と気づければ正体感知だけなら何とかなることもあります。本編みたいに大体手遅れですけれど(

さあ、さあ。ようやくエンジンが入って参りました。真面目な美九をなかなか描けないので良い機会だったんじゃあないかなとか。緩やかな進行となっていますが、未零の答えを得て物語はおしまい――――――なら話は楽なのですけれど。起承転結、転と参りましょうか。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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