デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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 ――――――吠える。

 

 

「ァ、あ、アアア……」

 

 

 ――――――吼える。

 

 

「――――アアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――――ッ!!」

 

 

 原罪の『獣』。十に至りし窮極の精霊が、空間を揺るがせ高々と咆哮する。

 地を砕く力。天をも切り裂く絶対の一。彼女こそが、新たな原初の存在だと告げるかのように。

 

「……っ」

 

 空間に手を付け(・・・・)――――という表現が正しいわけではないが、所詮は細部のこと。未零は空間の修復(・・・・・)を行いながら、その『獣』から決して目を離さず、射抜くように視線を鋭くする。

 

「……まったく、好き勝手暴れてくれたもんですね」

 

 この〝道〟を今から修復し、彼女が辿る正規の――と表現するかは未零の知るところではない――〝道〟へ導くことこそ未零の役割。だが、想像以上に暴れ回られていたのか、見るからに空間が歪み、楽観的な言い方をなしにすればこの〝道〟は崩壊寸前(・・・・)だった。

 

 それも、そのはずだ。

 

「――――――、ァ――――」

 

「……十香」

 

 もはや、言語の機能すら半ば捨て去り、正気などとうに失われた『獣』――――――夜刀神十香。

 幽世の存在と見紛う蒼白。咎人を思わせる十の牢獄(つるぎ)。恐らくは、未零でなければ〝彼女〟が『十香』であるとわかりすらしなかった。それほどまでの変貌だった。

 こちら側の世界の『十香』とは明確に異なる。別人、といっても過大ではなく、けれど同一人物と称して違うものでもない。

 『獣』に堕ちた『夜刀神十香』。その正体は、

 

「……違う世界(・・)で、こうも変わってしまうのですね、あなたは」

 

 それは悲劇的であり、向こう側(・・・・)では避けられぬ運命だったのかもしれない。十の精霊の中で、唯一『崇宮澪』の祈りによって願われ、偶然にも生まれ落ちた存在。その可能性は、あらゆる精霊を凌駕し――――――澪と同じ悲劇を得て、覚醒を果たした。

 同情や憐憫。『十香』を知っていたならば、それらを抱かぬ者はいないであろう。未零とて、感情が表に出てしまいそうになるほどなのだ。

 あの心優しい精霊が、気高き誇りを持つ精霊が、畜生にすら劣る彷徨える一匹の『獣』に堕ちるなど。誰であっても耐え難い現実だ。

 望まぬ悲しみに支配され、望んだ破壊を肯定した、並行存在(・・・・)

 

 そう――――――彼女は『この世界』に飛来した、限りなく近く(・・・・・・)限りなく遠い(・・・・・・)夜刀神十香。

 

「…………」

 

 並行世界。干渉の方法が、ないわけではなかった。観測の可能性は、常に存在していた。

 崇宮澪。原初にして全なる力。

 時崎狂三。時という究極の概念を司る力。

 そして――――――夜刀神十香の持つ天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。

 かの剣は物質の極地。形あるものが至る極限の刃。その〝本質〟とは、形なきもの(・・・・・)見えざるもの(・・・・・・)を切り裂く剣。

 条理、概念、世界を隔てる〝壁〟さえも。全てを塵に還す刃。澪や狂三の権能が条理に対しての反逆であるならば、十香の権能は不条理に対しての反逆(・・・・・・・・・・)

 つまり、この『夜刀神十香』は異なる可能性の世界から飛来した窮極に至った精霊(・・・・・・・・)の一人ということだ。

 

「……言いたくはないですけれど、大概な人を呼んで(・・・)くれたものですね」

 

 言って、本能的な予感が止まらず、未零は滴る汗を払うように腕を振るう。

 そう。本来ならば、ありえない事態。なぜなら、世界を超える力に至ったこの『夜刀神十香』は、獣に堕ちた者(・・・・・・)。この『獣』とは、本能のまま無造作な破壊を行う理性を失った『獣』のこと。

 その『獣』と呼ばれる存在が、その力を偶然(・・)振るい、偶然(・・)この世界に辿り着いた――――――そのようなことが起こり得るならば、未零は今すぐに引き返して『十香』をこちら側で迎え撃っている。

 彼女はそれほどまでに危険でありながら、それほどまでに望まれた(・・・・)のだ。あの人(・・・)が、『夜刀神十香』という存在を呼んだ(・・・)のだ。

 

 そして――――――一つの不運が起きたことが、事の始まりだった。

 

 全てを失った『獣』が認識した呼び声。音というには儚く、震えと呼ぶには弱く。けれど、『獣』に堕ちた『十香』には十分すぎる道標だった――――――世界を揺るがす時空改変を引き起こした、未零たちの世界が存在しなければ。

 それは、本当の意味での偶然(・・)。『十香』は声に導かれ、彼女の世界で失われた〝匂い〟を求めた。かの声だけならば、間違えようもなかったこと。だが、狂三と共に世界を破壊するほどの力を持ったその〝匂い〟の主を感じ取ってしまった『十香』は、道を誤認した。

 世界を〝壁〟を超え、しかし彼女が進むべき世界はこの世界ではない(・・・・・・・・)。目的は無軌道であれど、彼女が辿り着くべき世界は無軌道であってはならなかった。

 当然、『十香』を呼び込むだけの理由を持っていたあの人(・・・)は承服しかねたであろう。世界を超えるほどの可能性に至り、さらに声に応えてくれるだけの『十香』など、ありとあらゆる可能性を模索して、ようやく辿り着いた世界だったのだろうから。

 だが、『十香』は〝道〟を定めてしまった。無理矢理世界を越えようというのだ。修正を促そうにも、大きすぎる力で対抗すればこの〝道〟は容易く崩壊し、近しい世界――――――未零たちの世界に『十香』は強制的に投げ出されてしまう。投げ出されてしまえば最後、『十香』が本来辿り着くべき世界との縁は失われ、未零たちではどうしようもできない。

 故に、『声』は一計を講じた。ほんの僅か、〝道〟にすらならない繋がり。結論に至り、未零は皮肉な笑みを抑えることができなかった。

 

「……はっ。よりにもよって〝私〟を選ぶなんて、よっぽど叶えたい願い(・・・・・・)があるんですね」

 

 嗚呼、嗚呼。よりにもよって、崇宮澪の劣化品である未零を選んだ――――――少し、違うのだろう。

未零にしか託せなかった(・・・・・・・・・・・)。たとえ並行存在といえど、同一ではない。『夜刀神十香』へ薄く、声と呼ぶには儚い誘いを行いながら、全く別の世界へ声を届けられる存在。即ちそれは、向こう側の声と近しい存在(・・・・・・・・・・・・)でなければ成り立たなかった。

 

「……そっか。あなたは――――――」

 

 そこで、今ここに至って未零は『声』が一体どういうものなのか、どういう状態(・・・・・・)なのかを悟る。

 なぜ未零だったのか。なぜ澪ではなかったのか。なぜ『十香』を必要としたのか。

 

 その一瞬、思考を他のことに割いてしまったことか。或いはここまでの運が良かったのか――――――

 

 

「――――――――――ァ」

 

 

 『獣』が呻き声にも似たものを零し、未零を視認する(・・・・・・・)

 この歪な世界は、時間と空間を文字通り歪ませる。距離が離れていようと認識され、距離が近かろうと認識されない。そんな不条理がまかり通る世界の狭間。それを利用して、一時的に動きを止めた『十香』を警戒しながら空間の修復を行っていたが――――――ここまでか、と刹那の間に飛び退く(・・・・・・・・・)

 

「ァァァアアアアアアアア――――――ッ!!」

 

「――――――!!」

 

 瞬時に振るわれた『爪』が、驚異的な衝撃波を伴って未零を襲う。

 閃光。斬撃の光は霊子を崩壊させながら空間を切り裂く。比喩表現ではなく、未零の翼の端を掠めて空間に傷を付けた(・・・・・・・・)

 

「っ……この、誰が直すと思っているんですか……!!」

 

 無論、言ったところで無駄な不平不満だとは理解している。『十香』はただ、目の前に物があるから壊す(・・・・・・・・・・・・)という『獣』としての本能だけで爪を振るった。

 それが敵対者かどうかなど関係ない。目前に映る全てを屠り尽くし、物体という物体を喰らい尽くす。倫理などなく、理念などなく、思想などなく、エゴですらない――――――原罪の獣は、村雨未零を目の前から消し去るためだけに行動を始める。

 

「ぁ、アア、――――――」

 

「……くっ」

 

 一閃。また一閃。当たってはやれないが、受け止めてもやれない。『声』に呼ばれた『十香』と未零で、世界と世界を繋ぐ〝道〟は限度一杯。だからこそ、崩落を防ぐために〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉の権能での正常化を必要としている。

 だが、回避に専念する未零の視界で新たに浮かぶ空間の傷は加速度的に増えていく――――――それが、塞がっていった(・・・・・・・)

 

「……!!」

 

 目を見開いた未零の視界の端で、傷が次々と塞がり、増え、また塞がる。未零の力ではない、身に覚えのないその現象に――――――しかし、この光景を生み出す者たちを容易に想像し、確信に満ちた未零は微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『――――次のポイントを』

 

『おっけぃオリリン。さすがに絶好調だねぇ。……けど、ちょっと作業が荒っぽくない? もしかしてれーちゃんが何も言ってくれなかったから拗ねて――――――』

 

『〈絶滅天使(メタトロン)〉』

 

『危な!? え、何その長距離射撃! 殺気篭もりすぎでしょ!!』

 

『……殺気を気取られるのは未熟の証。私も、まだまだアマチュア』

 

『物騒すぎる! 暴力はんたーい! あとでれーちゃんに言いつけてやるんだからなー!!』

 

『こら二亜、遊んでいては駄目なのだ!!』

 

『……ちょっとは真面目にやったら?』

 

『ここであたしだけ怒られる理不尽!?』

 

 

「……何してるのよ、あの子たちは」

 

 聞いているだけで頭のネジが緩くなりそうな会話を、それでもしっかりと聞き逃さずにいた琴里だったが、思わずはぁと落とした頭を手で支えざるを得なかった。

 

「……いいんじゃあないかな。このくらい、気負わずにいた方が修復(・・)も上手くいくだろう」

 

「村雨解析官の仰る通りです。つきましては、僭越ながらこの私が司令の緊張を解きほぐし――――――ぐぶばっ」

 

「…………うぅん」

 

 令音の太鼓判を信じていないわけではないし、精霊のことも信頼しているが、それはそれとして肩の力の抜け具合が不安すぎる琴里だった。ついでに、神無月には無言でブローを三発ほど打ち込んでおいた。

 とはいえ、琴里に何かできるわけでもなし。司令官は動じずどっしりと構えておくことも仕事のうち。精霊たち総出で行われる霊力による空間修復(・・・・・・・・・)を油断なく見守りながら、琴里は先の続きを促した。

 

「それで……本当なの? 今未零と対峙しているのが……並行世界(・・・・)の『十香』だって」

 

「……ああ。〈囁告篇帙(ラジエル)〉と『私』の解答が一致している。……〝彼女〟は、異なる可能性の一つから現れた存在。――――――もっとも、それは視点を変えてしまえば、この世界も同じことだがね」

 

「異なる、可能性」

 

 渋面を作り、未知なる感覚をどうにか掴もうとするように令音の言葉を切り出し、呟く。

 『並行世界』。琴里たちの今いる世界から外れた、別世界。たとえば、琴里たちの選択肢。どんなものでもいい、今朝食べた朝食の違い……たったそれだけでも、琴里たちの世界から分岐した並行世界と言えるだろう。

 無論、それは理屈での話。理論上、荒唐無稽、否定の言葉など幾つでも並べられることだろう。――――――『この世界』が、改変されたものでなければ。

 そう、琴里たちは既に体験しているといえる。世界が書き換えられたこと。時間のやり直し。狂三の〈刻々帝(ザフキエル)〉によって琴里たちの観測外で一度歴史は変えられ、〈刻聖帝(ザフキエル)〉によってそれ以上の歴史改変が行われた世界。それが今の琴里たちの世界だ。この歴史改変を言い換えれば、異なる選択肢を選んだ(・・・・・・・・・・)と捉えられる。

 にわかには信じ難い。が、自身の体験と照らし合わせ、全知の〈囁告篇帙(ラジエル)〉と精霊の母の解答を信じられないほど、琴里は頭を固くして育ったつもりはなかった。

 

 並行世界の『夜刀神十香』。異なる次元の来訪者。特級のイレギュラーが現れたことを受け入れ、故に琴里の脳裏には少なくない疑問が浮かび上がり始めた。

 

「けど、その『十香』はどうして私たちの世界に来たの? それも、この世界には出しちゃいけないなんて……」

 

 『十香』が現れ、こちら側で対処を行うならまだわかる。イレギュラーとはいえ、聞き及ぶ話の中で琴里は彼女を〝精霊〟と断定し、保護すべき対象と判断する。

 しかし、未零はこちら側に連れてこないために(・・・・・・・・・・・・・・)、壁と壁の境界、隣界に近しい異空間への侵入を試みた。『十香』とこの世界の関係、その因果が見えてこないのだ。

 すると、令音は僅かに眉根を下げ、難しげな表情で声を発する。

 

「……〝道〟が途切れてしまうんだろう」

 

「〝道〟……?」

 

「……ああ。本来、『十香』が行くべき世界への〝道〟さ。……彼女を導いた意志と〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の権能が合わさり、それは創られた。――――――こちら側に繋がりかけた〝道〟を、未零に(・・・)修復させようという理屈さ」

 

 つまりは、『十香』が本来辿り着くべき世界は別にあり、そこへ繋げるためには『十香』を押し止めることが必要不可欠、という解釈で構わないのだろう。だが、と琴里は苦々しさを隠さずに声を返す。

 

「理屈はわかったわ。だけど、どうして未零一人なの? 精霊って括りなら、他の誰かと一緒に――――――」

 

「それは、難しいご相談ですわね」

 

 艦橋内で唐突に響いた声にハッと振り向けば、小憎たらしい頬笑みを浮かべた淑女が一人。

 

「狂三」

 

「ごきげんよう。仕込み(・・・)を済ませ、こちらに馳せ参じましたわ」

 

 非常時だというのに完璧な作法で行われる礼の形も品も損なうことなく、狂三は異形を含む両眼(・・・・・・・)の表を上げて相も変わらぬ貌で姿を見せた。

 

「そりゃどうも。どうせなら丁寧に説明してほしいものだけれど」

 

「いえ、いえ。実際にお見せした方が手早いというものですわ」

 

 説明責任。報連相という教育を一度した方がよいのではないかと琴里の頬が引き攣る。元単独行動組は最低限以外の連絡が壊滅的だった。……まあ、それだけこちらが合わせられる(・・・・・・)と信頼があるのだろうが、少々とありがた迷惑である。

 そんな琴里の思考を何のその、わかってやっていると確信を以ていえる軽い仕草で、狂三は言葉を続けた。

 

「さて、話を戻しましょう。あの子が侵入した〝道〟は、当然本来であれば『十香』さんおひとり様専用のもの。しかも、意図せず想定しない世界と繋がってしまったものですから、未零がわざわざ修復しなければ元の道には戻せないほど。言わば崩落寸前(・・・・)ですわ」

 

「……なるほど。修理屋一人で重量オーバー、ってわけ」

 

「理解が早くて助かりますわ。もっとも、あくまで〝概念〟のお話。『未零』という存在で定義し、受け入れたのであればやりようはありますけれど――――――とにかく、あの〝道〟を生み出した意志と未零が近しい(・・・)からこそ、今の状況が成り立つということに他ならない。そう受け止めてくださいまし」

 

「それなら……」

 

 近しい。近しいからこそ未零は異空間への侵入を許され、現状を維持できている。ならば、と琴里が令音へ視線を向けるのは必然だった。

 だが令音は、ゆっくりと首を振って琴里の意図を否定する。

 

「……『私』では無理だ。向こう側の『意志』と呼ばれるものは、『私』と形容(・・)を違えている」

 

「形が違う?」

 

「……恐らくは、だがね。しかし、『私』がその『意志』の声を受け取れていない事実がある以上、『()』より未零の方が『意志』に近い、ということさ」

 

「つまり、澪さんでは空間への干渉を可能としても、空間を維持することは難しいということになりますわね」

 

 狂三は言って、「わたくしも似たようなものですけれど」と肩をすくめる。

 あごに手を当て、琴里は得た情報をまとめあげる。未零の空間侵入は成功。外側へ吐き出される傷は、現在精霊たちに協力を要請し――というより、全員が率先して飛び出していってしまったのだが――対処の真っ只中。なら、ここより先は見守るしかないというのか――――――否。

 

 

「狂三――――――切り札、持ってるんでしょうね」

 

「ええ、ええ。わたくし、そのために参りましたわ」

 

 

 ないわけがない。その予感は、不敵な笑みの狂三によって肯定される。

 狂三が単独で〈フラクシナス〉まで躍り出た。士道を連れずに(・・・・・・・)。或いは逆でも構わないが、どちらにしろ二人が別れた場所にいるのは相応の理由があるはずだ。

 しかし、と琴里は細く息を吐く。半年で破られた均衡――――――狂三の左眼から覗く金色の時計盤を見遣る。ため息を吐かずには、いられなかった。

 

「……はぁ。あなたの封印はいつ安定するのやらね」

 

「さて、さて。退屈しない世界ですもの。――――――末永く、よろしくお願いしますわね、わたくしの義妹様(・・・)

 

 責任を取るのは、いつだって上の役目だとは思うけれど。

 これほど大きな力を封印に馴染ませるのは容易ではない――――――このように、定期的に霊力解放が行われてしまえば尚更だ。如何に精霊の母から授かった封印能力といえど、繋がりが深すぎて(・・・・・・・・)正常化は難しいとはその母の弁。証明のように、狂三の左眼は精霊化の証を保ち続けている。これでは封印ではなく、士道との共同体(・・・)だ。

 平和ながら、きっと『この世界』は退屈しないことだろう。まったくもって同意見だと、琴里は悪戯に笑う狂三へ苦笑を返した。

 

「ですが、わたくしの予測を実現させるためには、皆様のお力が必要不可欠となりますわ。極力、小さなものでも妨害は避けたいですわね」

 

「ASTね。そろそろ、動き出してもおかしくないと思うのだけど……」

 

 目を細め、狂三の言う唯一の妨害要素に含んだチュッパチャプスの棒を上げ、思案を巡らせた。

 陸上自衛隊AST。『この世界』でも、多少の誤差はあれど立ち位置は健在といえよう。大っぴらな空間震警報に加えて、隠し切れない精霊たちの霊力行使。如何に半年のブランクがあるとはいえ、見過ごしてくれると思う方がどうかしている。

 いざとなれば、〈フラクシナス〉を晒してでも精霊たちを守る必要がある――――――まあ、守ると言っても結果的にどちらになるかはともかく、だ。相手に気を遣うのも楽ではない仕事だが、やるしかないと考えていた琴里だったが、

 

「――――――どうやら、そちらの心配は不要のようです」

 

 思考を遮る声は、意外にも琴里側から発せられた。クルーたちと共にこの艦の中枢を支えるマリア、彼女のリアルボディであった。

 

「マリア?」

 

「先んじて、あちらへの侵入を試みていたのですが」

 

「……この際だから大目に見るわ。結果はどうだったの?」

 

 こちらは構えていたが、ASTにしては随分と立ち上がりが遅いという疑問はあった。久方ぶりの出撃に、上がごたついたのかと予想を立てていたが、マリアからの報告は当たらずも遠からず(・・・・・・・・・)だった。

 

「掻い摘んでの報告となりますが、ご了承を。――――――何かしらの圧力(・・)がかかり、本部から全隊の待機が命じられている様子です」

 

「は……? 全隊の待機(・・・・・)ですって?」

 

 訝しげに聞き返すが、マリアは首を縦に振り、その正気とは思えない指令を間違いではないと示した。

 全隊待機。文字通り、完全な待機命令だった。もちろん、琴里たち精霊の立場からすれば歓迎するべきことである。琴里たちは何も世界を壊そうというのではなく、平穏を守ろうとしているのだから。

 しかし、そんな事情など知るわけもないAST側の視点に立てば、如何に狂った命令か誰が聞こうと伺い知れることに違いない。指令を受諾した現場の隊長も、さぞ琴里と同意見でご立腹だろうことだ。

圧力(・・)。マリアは圧力といった。それを思い起こし、琴里は狂三と顔を見合わせる。

 

「……国直轄のASTに、出撃停止の圧力をかけられる権力者」

 

「…………あら、あら。嫌な顔を、思い出してしまいましたわ。不快ですわ、不快ですわ」

 

 思い浮かべるのも嫌だ、と言いたげな表情の狂三、そして令音も露骨ではないが似たようなもので、琴里とて自分ではわからないが同じようなものだろう。

 国の直轄である陸上自衛隊AST。彼らは顕現装置(リアライザ)を用いて精霊と戦うチーム。では、その顕現装置(リアライザ)どこから供給されているのか(・・・・・・・・・・・・・)

 〈ラタトスク〉の母体であるエレクトロニクス社は、表向きには(・・・・・)異なる。となれば、次なる候補などただの一択。問いかけ、謎解きにすらならない。

 たとえば、たとえばの話。そんな唯一(・・)顕現装置(リアライザ)を所有する会社(・・)圧力(・・)をASTにかけた場合、彼の機嫌を損ねた場合(・・・・・・・・・・)、どうなってしまうのか。

 一企業、そう侮るのは勝手だ。だが、現実を見よ。その一企業の長は、紛うことなき天才の名を勝ち取った男――――――

 

 

「まさか――――――DEM(・・・)の手助けを受けるなんてね」

 

 

 そんなもの、世界に二人といない。いいや、いてもらってはいい迷惑だと琴里は額から汗を滲ませ笑った。

 

「……何を企んでいるかは存じ上げませんけれど、今は乗らせていただきましょう」

 

 不本意だが、という不満を全面に押し出しながら狂三は言う。普段、こういった時にはポーカーフェイスな彼女にしてみれば、さぞ乗りたくはないといったところだろう。

 しかし、考えてもみなかった。そんなことになるとは思ってもみなかった。それを思うと、ふと表情が緩み自然と言葉が零れる。

 

「人生、何が起こるかわからないものね」

 

「……まったくだね」

 

 その最たる例である令音がシレッと同意したものだから、琴里は堪えきれずプッと吹き出してしまった。

 何が起こるかわからない。『この世界』だからこそ、というものだ――――――仮にここで、DEMが再起するようなら、迎え撃つまでだが。

 

「さあ、さあ」

 

 カチャリ、と聞き慣れた音が鳴る。それは、黒を鮮血と合わせたドレス(霊装)を纏った精霊が、その力を解放する鐘の音。

 見慣れた古式銃を手に取り、封印された鎖を引きちぎった時崎狂三は――――――

 

 

「それでは、それでは、問いましょう。わたくしはあえて、問いかけましょう――――――未零のために、自己を懸けながら生き残る覚悟(・・・・・・)。あなたにはありまして、澪さん(・・・)?」

 

 

 その銃を令音に――――――崇宮澪へと突き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これなら」

 

 いける。その確信が未零にもたらされた。翼を駆使して『十香』の攻勢を巧みに捌き、元からの歪みを修復し続ける。新たに向こう側へと刻まれる傷――――――あの『爪』による空間の進行は、外部からの補強によりその都度消し去られていっている。

 未零一人の力ではない。外側からの支援、精霊たちのおかげだ。霊力には霊力、天使には天使(・・・・・・)。如何に常識外に対しての驚異といえど、同じ天使であるならばその現象を抑えることができる。

 随分と勝手を押し通した自覚はある。それでも、手を貸してくれる人々に未零は不思議と温かい感情を抱く。

 一定の条件はクリアされた。残すは、

 

「――――――アアアアアアアアアアアアアァァァァァ――――ッ!!」

 

 如何にして、あの『獣』の慟哭を防ぎ切るか、だ。

 より一層の叫び。絶唱にも似た咆哮と共に手を掲げた少女は、その爪を消し去った(・・・・・・・・・)

 

「……っ!!」

 

 悪寒。それは、村雨未零という精霊が戦闘時に置いて感じる直感だった。翼をはためかせ、全速力で距離を取る未零に、少女は構わず〝剣〟を手に取る。

 少女を守るように、或いは縛るように浮遊していた十の剣。そのうちの一本、第一の剣。研ぎ澄まされた刃を持つ天の剣は、未零に向かって音速の剣技を以て振り切られた。

 虚空を薙ぎ払う剣。だが、薙ぎ払われた虚空を辿るように、巨大な光線(・・・・・)が未零の視界を遮った。

 

「ア、アアア――――――」

 

 二撃、三撃が追い縋る。その光線は天を駆ける未零を不遜だと、堕ちろと願われ幾千幾万と天空を蹂躙する。『十香』が立つ場所を地上とするのであれば、だが。

 

「……っ、ぁ」

 

 そんな未零の余裕も、次の瞬間には光によって吹き飛ばされる――――――一条、白の翼を閃光が掠めた。

 

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 刹那、右手に収まった刃が神速を以て振るわれ、迫り来る閃光を切り落とす。

 光の砲撃は凄まじい。識っている(・・・・・)。だが、少女とてこの色のない刃には込めた想いがある。これを扱い、防ぐこと自体は叶うとわかっていた――――――修復のための力を、防御に使わねばならぬほど追い詰められた、という裏返しでもあったが。

 あと一手遅れていれば、『十香』の振るう光線は未零の身体を貫いていた。光線を超える速度で飛翔を繰り出しながら、未零は『十香』の振るう剣の――――――そこに込められた霊力の残滓に、顔を歪めた。

 

「……〈絶滅天使(メタトロン)〉」

 

 そして、天使の名を当てる(・・・・・・・・)。それを生み出した精霊の分霊たる未零が違えるはずもなく、それを十全に振るう精霊を知る未零が見抜けぬはずはない。

 天使〈絶滅天使(メタトロン)〉。必滅の威力を宿す天の光。それは天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉にさえ劣らぬであろう。

 けれど、その力を持つものは夜刀神十香ではない(・・・・・・・・・)。だが、『十香』が振るう剣には間違いなくかの天使……折紙(・・)が所有していたはずの天使の力が宿っていた。

 それは、即ち――――――

 

「ぁ、ア――――――」

 

 『十香』が、三番目の剣を手にした(・・・・・・・・・・)

 

 

「――――――――ぁ」

 

 

 刹那。僅かな時間の間際。重ねる言葉は幾らあれど、結果など一瞬にして導き出されるもの。

 未零に油断などなかった。けれど、止まってしまったのだ。それ(・・)の意味を。なまじ彼女の纏う霊力を感じ取れてしまうからこその失策。

 

 『獣』に堕ちようと、彼女の戦闘能力に衰えなどない。かの最凶を以てして最強と認め得る精霊は、未零のほんの隙間程の誤差を逃さない。もとより、それほどの差がある精霊だ。一瞬たりとも、気を抜くことなどしてはならなかったはずなのに。

 

 けれど、だけど、それでも。村雨未零はそれ(・・)を感じてしまったのだ――――――込められた時崎狂三(・・・・)の霊力に、全てを捉えられてしまった。

 

 

「――――――――――」

 

 

 逃れ得る術などなく、結果など知れていること。

 

 神速を上回る斬撃が、少女の身体を切り裂き、その意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、っ」

 

 ――――――ああ、死んだな。

 起きがけ、思考を再開した村雨未零は己の命運を悟った。

 身体が、動かない(・・・・)。上も下も曖昧な空間に叩きつけられ、肉を構成する血脈が零れ落ちる。『十香』の斬撃を咄嗟に刀で反らすことこそできたものの、致命傷だ。並の精霊以下の強度で、霊装もなしに彼女の斬撃を受け、肉体が人の形として残っていること自体奇跡。仮にあの五指の『爪』に裂かれていれば、今頃意識すらこの世になかっただろう。

 

「ァ、ぁ……、アア」

 

 死にかけてるからか、妙に頭が冴えた思考もその『獣』の声には無意味だった。『獣』の足音が不思議と響く。手にした剣を振りかぶる空気が感じ取れる。

 

 『獣』の本能に躊躇いなどない。常に変わらない。眼下の存在を消し去り、再び本能に従うだけ。

 何もかもが曖昧な場所で、剣が霊子(くうき)を切り裂く音が鳴った。

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ」

 

 

 死ぬ。避けられない。零れ落ちた声など、何を止められるものでもない。

 村雨未零は死ぬ。その剣に裂かれて。いつか、かつて、そうあるべきだと受け入れ、そうであってほしいと願った少女の力を宿した剣に切り裂かれる。

 それは倒錯的だ。それはかつての喜びだ。それは必然の運命だ。

 

 

 

『あなたに何かあれば、私は今度こそ泣く』

 

 

 

 その運命を、〝(未零)〟は認めない。

 

「――――――っ!?」

 

 瞬間、『十香』の纏う雰囲気が変化した。驚愕、疑念。そういうものだった。彼女をして、彼女の未来視に等しい直感をもってして、引き起こされた現象は不可解なもの。

 しかし、引き起こされた現象そのもの(・・・・)は至極単純。驚くほどのものではない――――――死に体の未零が、手にした刀で『十香』の剣を受け止めたのでなければ。

 

「……な、ぜ……」

 

 『獣』が、『十香』が言葉を零す。なるほど、疑問はもっともだと未零は剣を押し返し(・・・・ )ながら血で滲む唇をフッと上げ、声を発した。

 

「……はっ。ちゃんと話せるんじゃあないですか」

 

 思うほど、『獣』に堕ちてはいなかったということか。それが幸福であったかどうかは、未零が関与するところではないけれど。

 立ち上がる。立ち上がって、押し返す。万全なはずがない。『十香』の驚愕は当然の権利である。死に体の未零が、強大な力を手にした『十香』の膂力を上回る理屈などない――――――全てを使役する『法』の力でもない限りは。

 

「……なぜ、ね。〝私〟の願いを、人に理解してもらおうだなんて思いませんけれど――――――」

 

 立てた理由など、明確。村雨未零という少女は、どこまでも変わらない。優先順位は変わらないし、自分自身の価値をそこまでのものとは考えていない。するべきこと、なすべきこと、変わるはずもない。

 だから、こそ。少女は立つ。殺されてはやらない。そこにある願いは自分自身などではない。

 

 

『ああ。俺とおまえを笑顔にする、最高のデートをしよう』

 

 

 声が聞こえる。

 

 

『……そうか。ありがとう――――――未零』

 

 

 鳴り止まない。置いてはいけない。

 

 

『――――――必ず帰ってきて、わたくしを笑顔にしてくださいまし』

 

 

 それは、村雨未零の〝信念〟となる。

 

 

「私があの子たちを泣かせるわけには、いかない――――――私は、あの子たちの笑った顔が大好きだ……!!」

 

 

 泣かせない。未零が生きていていいのなら、笑顔にしたい――――――そのために、〝私〟が死ぬ(失う)わけにはいかない……!!

 

「はぁっ!!」

 

「っ!?」

 

 裂帛の気合いを込め、拮抗に持ち込んだ刀と剣の鍔迫り合いを制し、『十香』を弾き飛ばす。衝撃を利用して後ろ手へ――――――瞬間、肉体の崩壊が始まる。

 

「ちっ――――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉……!!」

 

 迫り上がる血溜まりを吐き捨て、天使の権能を一部ではなく完全に分解。一つの目的、つまりは未零の肉体の維持へ移す。以前やったことと変わりはない。だが、未零の意識はまるで違う。ここで死ぬ気は、死んでやる気は毛頭ない。

 

「アア――――――ッ!!」

 

 弾き飛ばされた『十香』が手を見えない地に叩きつけ、肉体の負荷を厭わず衝撃を反転させ飛びかかってくる。

 顕現する五指の『爪』。刀の形を無くし、肉体へ溶け込ませた未零が防ぐ手段はない――――――ないなら、あるように創るだけだと未零は肉体の再生を加速させ、

 

「ッ!!」

 

「……え」

 

 片や先を超える驚愕を。片や呆気に取られた声を零した。

 世界が振動する。固定化(・・・)した。間髪を入れず歪みを超え、彼女(・・)は到来した。思考整理はその程度のこと。

 どこに、などと。当然一つしかあるまい。ここには『十香』と未零の存在しか許されない。それ以外は、許容量を超えた不可侵の領域となる。

 故に、唯一。鼓動する心臓(セフィラ)は、未零に答えを導き出させるには十分なものだったのだ。

 

 

「――――――おねえ、ちゃん……?」

 

 

 そして、『私』は応えた。

 

 

『まったく。常に連絡は取れるようにって言ったよね――――――未零』

 

 

 最愛の姉は、崇宮澪(・・・)は――――――村雨未零の内側で、その声を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「あるよ。どっちもね(・・・・・)

 

 突きつけられた銃口に向かって立ち上がり、()は狂三へ迷いのない声音で応えた。

 告げるべき言葉など、多く必要としない。

 証明すべき決意など、これだけで十分だ。

 たったそれだけを伝えて、澪は狂三の瞳に射抜かれる。未来を伝えるその瞳は、たった数秒の時だけを伝え――――――笑みの形を描いた。

 

「よい覚悟ですわ。あなたの存在は神でなくとも、強大でなければならない。いいですわ、いいですわ。強く(・・)、なられたではありませんの」

 

「君たちほどじゃあないよ。けど、『私』なりにエゴは押し通す。それは、いつだって変わらない」

 

 そうだ、変わらない。『崇宮澪』という女が本質的に変わることなどない。自らのために欲し、自らがその罪を背負う。その罪は決して『なかったこと』になどならない。誰もが同じだろう――――――澪は違えてはならない。今度こそ、向き合い、生きていく(・・・・・)。約束した、うなずいた。ならば、決して嘘は吐けないから。

 

 

「『私』はあの子を助けたい――――――妹を守るのは、おねーちゃんの役目だからね」

 

 

 そして命を賭ける理由など、そんな単純で、大切なものでいいのだ。澪は、そう教えられたから(・・・・・・・・・)

 令音として、澪として精一杯の微笑みに、狂三だけでなく琴里やマリアも驚いて目を丸くする。……そこまで珍しいものだろうか、と頬をかいてコホンと咳払い一つで話を進める。

 

「それで、君たちの力――――――【0の弾(エフェス)】をどう使うつもり?」

 

 状況打開の弾丸は、その一択しかありえないと前提として澪は口を開いた。

 【0の弾(エフェス)】。〈刻聖帝(ザフキエル)〉究極の銃弾にして、『この世界』を創り変えた根源。全ての天使、常識外れのマナ、進化を促す霊結晶(セフィラ)、士道と狂三、精霊たち全ての想いの結晶。

 かの力に越えられぬものはない。時間という概念に特化したそれは、次元の壁すら超越する。世界という条理を上回る。が――――――

 

「……けど、その【0の弾(エフェス)】が原因で不安定な〝壁〟の崩壊を招く可能性は、当然あるわよね?」

 

 世界を超えるからこそ、迂闊に扱えば今の現状は水泡に帰す。澪と同格の領域であるが故に、一定の制約が生じる盤面というのは必ず存在する。それが今だと琴里は言っている――――――しかし、琴里はさらに言葉を重ねた。

 

「――――――それを解消する仕込み(・・・)は、済んでるって解釈で進めるわよ」

 

「き、ひひひひ! さすが琴里さんですわ。よく、わたくしのことをわかっていらっしゃる」

 

「そんな自信満々な顔されたらねぇ……」

 

 唯我独尊なのはいつものことか、と琴里が手を上げ肩をすくめたのを見て、狂三も応じるように得意げな顔を作った。まあ、その顔を見て琴里が判断を下したことは誰が見ても明らかであろう。

 

「ええ、ええ。細工は流々。そして仕掛けを上々にするには……マリアさん」

 

「了解」

 

 問いなどなく、優秀極まる少女は狂三に合わせて首を縦にした。満足げに狂三が微笑み、銃を指で回転させ、自身の顔の隣で構えて言葉を続けた。

 

揺らぎの固定化(・・・・・・・)は皆様にお任せいたしましたわ。あの歪な空間が耐えられる強度の力を注ぎ込み、その瞬間に澪さんを空間内に送り届ける。一瞬、わたくしが仕損じることがないと信じてくださるなら、ですけれど」

 

「心にもないことを……」

 

「何か、仰いまして?」

 

「べつにぃ。どうせ失敗なんてする気ないくせに、って思っただけよ」

 

「いやですわ。わたくし、琴里さんと違って謙虚な淑女ですのよ? まさか、まさか。琴里さんのように自信過剰ではありませんわ」

 

「同じ意味を重ねるんじゃないわよ!!」

 

 やいのやいのと言い争い、じゃれあいを繰り広げる狂三(あね)琴里(いもうと)を見て、澪は自身の口角が自然と曲がるのがわかった。

 あくまで自然体、彼女たちらしさ失わないことに意味があるのだ。澪たちが行うのは精霊との戦争ではなく、精霊との戦争(デート)なのだから。

 

「さぁ、澪さん。あなたならば、わたくしたちの意図がお解りになられましたわね?」

 

「うん。構わない、やろう(・・・)

 

 躊躇いはない。否、躊躇いこそ危険を呼ぶ(・・・・・・・・・・)

 この作戦の最大の問題点。歪な空間は、未零だからこそ受け入れられた。如何に澪とはいえ、その縛りは無視できない――――――が、澪だからこそ無視できるものがある。

 村雨未零は誰から生まれたのか。何を以て妹と呼ばれたのか。それを正しく理解し、受け入れた澪なら狂三がさせたいことを結論付けられる。

 

「『私』をあの子の中へ。擬似的に〝私〟との融合を試みる」

 

「……!! そんなことが……」

 

 出来るのか。琴里のそんな懸念に、澪は迷いなく首肯を返した。

 

「やれるよ。『()』と〝(未零)〟なら。以前であれば、あの子とは一方的に溶け合う関係だった。けれど――――――」

 

 そう、けれど(・・・)。今は違う。変わらないものはある。でも、変わったものもある。それは『()』と〝(未零)〟を、明確に区切る事象の発現。

 同じでありながら、異なるものと。楔を打ち込み、それでいて共に歩む。今の二人(姉妹)に、出来ぬはずがない。

 

 

「――――――ええ、ええ。素晴らしいですわ、素晴らしいですわ。さあ、さあ、始めようではありませんの(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 歌う、唄う、女王が謳う。それは絶唱。我らに向けしものであると。天使に向けたものであると(・・・・・・・・・・・・)

 影の蠢動。翼の顕現。黒の翼はその背に巨大な時計の文字盤を背負う。次いで、〈刻聖帝(ザフキエル)〉そのものが蠢動を始め、全ての数字(・・・・・)から影が滲む。

 

 『Ⅰ』・【一の弾(アレフ)

 『Ⅱ』・【二の弾(ベート)

 『Ⅲ』・【三の弾(ギメル)

 『Ⅳ』・【四の弾(ダレット)

 『Ⅴ』・【五の弾(ヘー)

 『Ⅵ』・【六の弾(ヴァヴ)

 『Ⅶ』・【七の弾(ザイン)

 『Ⅷ』・【八の弾(ヘット)

 『Ⅸ』・【九の弾(テット)

 『Ⅹ』・【一〇の弾(ユッド)

 『ⅩⅠ』・【一一の弾(ユッド・アレフ)

 『ⅩⅡ』・【一二の弾(ユッド・ベート)

 

 天使〈刻々帝(ザフキエル)〉が有した全ての数字。全ての力。影となりし数字が一つの銃口へと至る。

 全ての力を束ねた銃弾。その中になく、その中にある銃弾の名は。

 

 

「〈刻聖帝(ザフキエル)〉――――【0の弾(エフェス)】」

 

 

 時間を従えた、時間そのもの(・・・・・・)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「緊張してる?」

 

 大役を任されて。込めた意図を読み取り、空に滞空(・・)する士道が万由里を見遣り、細く息を吐いた。

 

「してない、って言ったら嘘になるな。……まあ、いつものことさ」

 

 今の士道を襲うものは、並大抵のプレッシャーではないだろう。けれど、口ではそう言いながら気負いの見られない声音で彼は応える。

 

「精霊とのデートだって、慣れない戦いをする時だって、いつも緊張してたさ。だけど――――――俺はあいつが好きだから、そんなものに構ってられない。それだけだ」

 

「士道……」

 

 真っ直ぐに。士道の愛は素直さがある。助けたいから助ける。救いたいから救う。己がエゴを押し通す意味を、彼はよく知っている。

 だからこの程度の重圧に構っていられないと。その上で――――――

 

「だけど、緊張してるのは本当だからさ――――――手を握ってくれるか、万由里」

 

 こちらが欲しい言葉を、間違えることなく選択できるのだ。

 優しい微笑みで。慣れた手つきで。黒と金に彩られた霊装を纏う万由里へ、臆することなく。

 思わず目を丸くして、フッと口元に手を当てて笑う。そうして手を差し出して、好意を受け取りながら声を発した。

 

「ほんと、生意気なんだから」

 

 本当に、上手くなった(・・・・・・)。万由里が見定め、裁定を下すまでもなく。五河士道という少年は合格だ。もっとも、世界を超えた少年に世界からの使者が裁定を下せるのか、との疑問には万由里とて苦笑を禁じ得ないけれど。

 

「ん……」

 

 ギュッと手を握り締める。温かい。安心する。言葉を並べて、気持ちを描いて、また一つ確信をした。

 万由里は、士道を愛している。一度肉体を失い、こうしてまた温もりを感じる。そのことが有難く、愛おしい――――――きっと、向こう側にいる万由里の友も同じなのだ。

 

『おや、上手いですね万由里。さり気ないか弱さをアピール……私もまた一つ、ラーニングさせていただきました』

 

 と、耳許から鳴る声がなければ、まだこの温もりに浸れたのだが。なんて、万由里の雰囲気と空へ向けた半目が伝わったのだろうか。くすくすと笑い声が続いた。

 

『冗談です。が、緊張しているのなら提案があります。成功したら、私が所有する飴ちゃんセットを万由里へ贈呈しましょう』

 

「私は子供?」

 

 少なくとも、マリアと生まれた時期は大差がないと考えているのだけれど。

 

『ですが好きでしょう、飴ちゃん。私も好きですよ』

 

「…………」

 

 それは間違っていないと、万由里は何とも言えぬ沈黙をマリアへ返した。手を握ったまま、士道が万由里とマリアのやり取りに笑いを堪えていて、まったく失礼なやつだと腹を立てた――――――結果的にそれで気合が入ったことは、幸運と共に感謝すべきことなのだろうか。

 

 褒美がある。助けたい友がいる。愛する人がいる。万由里が己の武勇を披露する理由など、そんな人間的なものがあれば十分なのだ。

 左手を掲げ、形なきものを握る。その意志に、万由里を包む白の翼が呼応した。

 

 

「――――〈滅殺皇(シェキナー)〉」

 

 

 謳え。我が天使を。

 現れたそれ(・・)は弓。荘厳と呼ぶに足る神々しさを纏う弓。黄金に彩られ、その意匠に様々な色を加えた弓矢。

 この力は、万由里のものであっても万由里〝だけ〟のものではない。

 

「みんな、もちろん準備はいいよな?」

 

 それを証明するかのように、士道がどこかへ合図を送る。どこかへ、ではなく誰かへ、だ。それすらも、万由里の視点からは不足している。

 正しくは未零に力を貸す、ここにいる精霊たち(・・・・)へだ。

 

『おぉッ!!』

 

 少女たちの声が一斉に集う。その勇猛な声に、己の唇が弧を描き、高揚を得たのがわかった。

 万由里は精霊たちの霊力から生まれた。言わば、彼女たちの想いが形になった結晶。そして、万由里自身の想いもまた、同じ――――――必ず、未零を助ける。

 

「――――――――」

 

 まだ見ぬ〝矢〟を引き絞る。狙いはマリアのナビゲート。随意領域(テリトリー)を介して霊力を撃ち込み、空間の固定化を謀る。精霊たち一人一人の霊力と想いを込め、放つ。

 精霊たちが一斉に天使の霊力を解放。士道が中心点、仲介を務め、あとは万由里の天使へと霊力が流れ得る。規模と人数が以前より増し、難しくはなっているが、その分だけ思いの丈は強くなっていた。ならば、万由里は精霊たちを信じるだけでいい。

 虚空を定め、深呼吸。息を止め、照準を固定。

 

 一秒の静寂。

 

「――――――今だ!!」

 

『せーのッ!!』

 

 二秒。異形の左眼(・・・・・)で空間の揺らぎを感じ取った士道の合図と、精霊の掛け声が響く。

 

 

「――――――行きなさい、〈滅殺皇(シェキナー)〉」

 

 

 三秒。濃密な霊力で編み込まれた矢が現れ、天を薙ぐ。

 

 天使は、主の想いを映し出す水晶。以前は想いに苦しむ者を救うべく、破壊の力として顕現した剣であったそれは、想いを繋ぐ弓矢となりて――――――

 

 

「口を出すより、手を出しちゃったけど――――――やること、やってあげたわよ、未零」

 

 

 祈りのまま、蒼穹に光を咲かせた。

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 

「さあ――――――わたくしたちの戦争(デート)を、終わらせましょう」

 

 

戦争(デート)の撃鉄は女王の言葉とは裏腹に、その狼煙を上げるように鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……なんて、めちゃくちゃ」

 

 融合した影響か、『私』がどんな手段を用いたのか瞬時に理解してしまった未零は、『十香』を前にして愕然と空いた口が塞がらなかった。

 

『そうかな?』

 

 もっとも、当該の澪は未零の中から(・・・・・・)悪びれのない声を発している。未零の懸念など知らないと言わんばかりに、出来る前提(・・・・・)で実行に移していたようだ。

 

「……そうです。そうに決まっています。あなた、自分の自我が消えるとかそういう危険はわかっていたでしょう?」

 

 わかっていないはずがない。暗に断言して未零は苦言を呈した。

 澪へ【0の弾(エフェス)】の時空間移動を撃ち込み、未零の中へ送り込む(・・・・・・・・・)。マナの結晶体。霊子で構成された澪と、連なる未零にのみ許された技。それは以前――と言っても直接の記憶はない――澪に取り込まれた未零と、まったく逆のことをしているのだ。

 故に、危険性は計り知れない。同一に近い存在は、自我の融合を招く。事実、取り込まれた精霊〈アンノウン〉の人格はほぼ消失していたはずだ。

 しかし、今は、

 

『心配かけてごめんね。お互い様と思って(・・・・・・・・)、水に流してくれると嬉しいな』

 

「っ、あなたね……!!」

 

『――――――大丈夫。君と私の意志(・・)は、あのとき(・・・・)とは違うから』

 

 澪の言葉は、未零に息を呑ませた。

 嗚呼、その通りだ。澪と未零、その自我は二人の中で確立(・・)している。どちらが弱い、ということはない。互い互いを認識し、同じものとし、別のものとし、共存している。

 以前までなら、ありえなかった。未零に〝個〟は存在せず、あったものは祈り(のろい)の結晶体。歪な願いの成れの果て。

 だが、今こうして未零は生きている。澪は生きている。それぞれ呑まれることはなく、生きることを望んでいる(・・・・・・・・・・・)

 それは、それはなんて――――――無意識のうちに、笑みが零れ落ちた。

 

「ァ、ァぁ――――――アアアアアアアアアアア――――――ッ!!」

 

 咆哮に表を上げる。澪の存在を感じ取り、距離を取っていた『十香』が再び踊りかからんと『爪』を立て、空間を揺るがす絶叫を上げた。

 けれど、未零の微笑みは消えなかった。

 

「……もう、色々なことは後にします。今は――――――」

 

『うん。『私』も一緒に戦うよ。さあ、全力でいこうか、我が妹よ(・・・・)

 

「っ……誰の真似ですか、それ!!」

 

 無論、返されるまでもないし、微笑みは保たれたまま未零は声を上げた。

 立ち上がる。ふらつくことはない。揺らぐことはない。なぜならば、嗚呼、なぜならば――――――未零が究極と認めた(あね)が、共に戦うというのだ。

 負けるはずがない。負ける気がしない(・・・・・・・・)

 

 

 

「一緒にいくよ、『私』」

『一緒にいこう、〝私〟』

 

 

 

 光を纏い、未零は浮かび上がる。その極光は、『十香』すら怯ませるほどの輝き。

 白の外装が溶け、虚空から現れた衣が全身を包み込む。

 霊装。精霊が宿す城。絶対の鎧。その頂点に位置する権能を、今このときのみは未零が――――――否、澪と共に纏うことが叶う。

 極光が如き幻想の色。未零()の絶世の威容に勝るとも劣らない、十二枚(・・・)の翼。

 慄け、平伏せ。我こそは原初なるものだと。十の天使を統べた精霊を、祖なる者が見下ろした。

 

「……抵抗をするな、だなんてことは言わないよ。それは君にとって当然の権利であり、本能だ」

 

 両手を広げ、彼女の全てを受け入れる。かつて神の名で呼ばれた精霊が。

 世界を創り出した独裁者(かみさま)ではなく、世界によって生み出された超越者(かみさま)

 だが、今その名()は必要ない。ここにいるのは崇宮澪(・・・)であり、崇宮未零(・・・・)。なればこそ、()の者に伝えるべき言葉は、これだけでいい。

 

 

「……かかってきたまえ、『〝私〟』の可愛い――――――異世界の()よ」

 

 

 

 




完全に私のせいなんですけど後半戦は平気で中身2話分αな量になってます。ちなみにそのおかげでまだエピローグ書き終わってません(多分間に合うとは思います)

私の作品の神様の定義っていくつかありまして、一つは単純に澪を指す言葉。原初に生まれた精霊の神と、未零を生んだ神様。前者は否定的な側面が多いですね。まあ本人も万能じゃないと否定していますし。
もう一つは、単純に新たな世界を創り出した神様の意味です。新しい世界の想像こそ、未知なる世界を創り出す行為そのものを指す神様。誰のことかは言わずもがな。
あ、大元になった小説版仮〇ライダー〇武をよろしくお願いします(元ネタダイレクトマーケティング)

ちなみに万由里の滅殺皇は劇場版の裏設定から。想いで能力変化は独自解釈ですけどね!万由里とマリアは実体化時の時系列が近いというメタな指摘(美九から七罪は中身の時系列がギチギチ)

そしてさあさあドリームマッチ。そら味方側での番外編出演となればやるしかないでしょう。過剰戦力VS過剰戦力、ふぁい!

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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