デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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ⅩⅡ

 

 荒涼たる死の大地。世界の終わりを思わせるその場所にて、五河士道(・・・・)は精霊と対峙していた。否、対峙というものは正しくはない。

 精霊〈ビースト〉。獣の名で呼ばれた精霊との戦争(デート)は、今この時をもって終わりを迎えようとしていた。

 

 

「おまえならば、きっと会える。わかるのだ――――――私も、十香だからな」

 

 

 灰の髪を揺らした少女が、最後を告げる寂しくも頼もしい言葉を向けてくる。

 名残惜しさがないと言えば、嘘になる。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の軌跡によって空間の生じた傷。その空隙を潜り抜ければ、この十香とは再会することはないのだろうから。

 けれど、

 

 

「――――――、ん、なら問題ないな」

 

 

 五河士道が返す言葉は、決まっていた。

 

 

「さらばだ、我が友。我が親友。私は生涯、おまえを忘れることはないだろう」

 

「ああ。俺もさ。――――――じゃあな、十香」

 

 

 それでいいのだと、手を振る。彼女には彼女の世界があり、士道には士道の世界がある。待っている人たちがいる。会いたい人がいる(・・・・・・・・)

 新たな出会い。それが十香の救いとなったと信じて、士道は士道の『十香』へ会いに行く。そうして、『傷』へ身を投じようとした士道を――――――十香は、その手で止めた。

 

「待て」

 

「え――――?」

 

 それは、あまりに鮮烈で。

 

 それは、あまりに温かく。

 

 それは――――――唇を限りなく掠めた、優しいキスだった。

 

 

「――――――続きは、そちらの十香にしてもらえ」

 

 

 呆気に取られる士道に、ふっと微笑みを濃くした十香が身体を押し込むように手で押して――――――世界は、螺旋した(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は……」

 

 一拍を置き、強烈な目眩が襲う。世界を飛び越えた(・・・・・・・・)代償としては、安いものだと考えるべきだ。

 故に、士道が呆気に取られ、そして驚愕したのは一度経験があったことに関して、ではなかった。

 僅か一瞬、士道は世界を超えた。その証拠に死出の旅を思わせる大地の姿はなく、視界には一般的な母屋の天井(・・・・・・・・・)がある。少なくとも、士道の家ではないとわかる。ならば、士道はどこへ落ちたのかと落下で微妙に痛めた背筋を擦りながら起き上がり――――――――

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は、ぁ?」

 

 

 〝少女〟の姿に、目を奪われた。

 あまりにも、尋常ではなく、暴力的なまでに美しい(・・・・・・・・・・)少女の姿に。

 単純に、それだけではない。それだけならば、士道が思考を停止させることなどありえない。

 しなやかであり艶やかな髪を片方で括り、どこまでも続くような広大な空色を思わせるその瞳。世界のどこを探そうと、その美しさを再現などできはしないその貌。

 君は――――――その言葉を呑み込み、士道はカラカラに乾いた喉を鳴らし、声を発した。

 

 

 

「――――――澪?」

 

 

 

永遠に失われた名(・・・・・・・・)を、呼んだ。

 その貌。その瞳。その髪の一筋に至るまで、崇宮澪(・・・)が士道の眼前にあったのだ。

 夢であろう。夢でなければ、幻想、同じ意味の幻覚か。だが、口にできてしまった言の葉は、確かに士道のもの。或いは、士道の中に残る崇宮真士(・・・・)のものであろうか。もはや言葉を交わすことさえ叶わないと思っていた。澪は士道たちの胸の中で、そして世界に溶けていった。じゃあ、士道の見ている人は――――――

 

「……これはまた。ノックもなしに、意気な来客があるものですね」

 

 話した。口を開き、士道を認識している。澪が士道を認識している(・・・・・・・・・・・)。士道を見て僅かに目を開く大きさを変え、されどわかっていたかのように(・・・・・・・・・・・)澪は声を発した。

 たったそれだけのことでさえ、士道は困惑と驚愕を強く、強く押し出してしまった。

 

「……澪、なの……、か?」

 

 そんなはずはない。そうであるはずがない。そうであるならば、何もかもが覆る。全ての前提が覆る。だから、ならば、彼女は一体。

 狼狽した士道の思考が沈静化するよりも先、士道の言葉に少女はぴくりと眉を揺らした。その時である――――――リビングと思われるこの部屋の扉が開き、ある人物(・・・・)が声を発して入ってきたのは。

 

「……随分と大きな音がしたが、平気――――――」

 

「――――――っ!?」

 

「……士道(・・)?」

 

 二度目の驚愕。思わず視線を向けた先、その女性と士道は目を合わせた。彼女もまた言葉を打ち切り、士道の名を呼びながら訝しげに瞳を揺らしたことが伝わる。

 その女性も、知っている。少女とは反対に髪を括り、物憂げな瞳と重い隈で彩られてなお美しい面。その声は、その貌は、

 

 

「……令音、さん……」

 

 

 崇宮澪のもう一つの存在(・・・・・・・)。村雨令音。士道の世界から、失われた人。

 けれど、士道は気がついた。その特徴的な隈が、そうであるが故に僅かながら薄くなっていること――――――シンから貰ったクマのぬいぐるみが、どこにも見当たらないこと。

 

「……!!」

 

 もう一度、()を見遣る。ある可能性が思い浮かび――――――或いはそれは、違う世界の十香(・・・・・・・)が示した可能性の再考か。

 澪は椅子から立ち上がり、士道へ手を差し伸べた。澪は――――――いいや、澪と似て非なる(・・・・・)雰囲気を漂わせた少女は、

 

 

「……初めまして(・・・・・)、五河士道。別の世界からの来訪者。〝私〟の望みの道標となる人――――――私は、村雨未零」

 

 

 名を、形にする。その微笑みは、士道をして見惚れさせるほど魅力的な〝価値〟があった。

 

 

「――――――令音の、崇宮澪の妹(・・・・・)だよ」

 

 

 そして少女は、士道の記憶に終ぞ現れなかった、崇宮澪の血縁(・・)――――――それを迷うことなく、名乗ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ここは……」

 

 テーブルを挟み向かい合わせ、士道の眼窩に二人。瓜二つに美しい。違いがあるとすれば、姉と妹というほど明確な体躯の差が見られることと、左右対称に結ばれた両者の髪。

 丁寧にお茶と菓子まで用意され、腰を落ち着けた士道はようやく『この世界』のことを少しだけ理解できた。

 

「俺の世界とは違う世界。……ってことで、間違いないんだよな」

 

 俗に『並行世界』と呼ばれる理論。異なる選択肢、異なる世界線、異なる人物。数多の可能性の分岐が行われた、荒唐無稽な世界の話。しかし、士道はそれを信じた。否、知っていた(・・・・・)

 事実として、存在する。体感した。そして、令音(・・)未零(・・)。知らぬはずがない人と、士道が知らぬ少女。両者ともに、士道の言葉に首肯を返す。

 

「……ええ。あなたが訪れたもう一つの世界(・・・・・・・)と、また似て非なるものです」

 

「な……」

 

 思わず、息を詰まらせる。まだ士道は、自分がどこからやってきたのかも語ってはいなかった。なのに、未零と名乗る少女は苦もなくそれを当てて見せたのだ。

 そんな士道の驚きに、未零は可笑しそうにくすりと笑った。

 

「……そう驚くことではないでしょう。それに、〝私〟と『この世界』は少々と事情が特殊ですから。私と令音を見て、即座に『この世界』を察したあなたこそ聡明です」

 

「あ、いや……」

 

 直前に士道は『並行世界』――――異なる可能性を辿った『十香』の世界を訪れ、自らの世界に帰還する直前、『この世界』に漂流した。その上で、令音――――――崇宮澪という、自身の世界で失われた人(・・・・・)を目撃したのだ。それで察することができなければ、相当に頭が固いということになる。

 つまるところ、そう微笑まれて賞賛を受けるほどではない、と士道は曖昧な回答を返した。

 

「……異なる世界、という答えに行き着いた君の柔軟な発想をこの子は褒めているんだ。謙遜することはないよ、士道(・・)

 

「……っ、……令音さん」

 

 彼女の、村雨令音の名を呼ぶことに、士道は幾許の時を必要とした。

 眠たげでぼうっとした声色。だが、同時に声は優しげだった。変わらない。変わっているとすれば、物憂げな瞳の中に確かな強い意志が見えていると思えること――――――士道の名を、違えることなく呼んでいること。

 そうだ。士道のことを士道と呼ぶ。シン(・・)ではなく、士道(・・)と。それ故に、士道の反応一つで多くを察する聡明さも変わりはない。

 

「……どうやら、君の世界と私たちの世界の大きな違い(・・・・・)は、私たち二人の存在のようだ」

 

「っ――――――それは」

 

 事実だ。けれど、『この世界』の令音を前にして事を語る。それを士道がしていいものなのか、と濁してしまう。

 異なる世界とはその名の通り。士道が訪れた『十香』の世界と『この世界』、そして士道自身の世界。どれも大きな、大きすぎる違いがあった。『十香』の世界は十香、何より士道そのもの(・・・・・・)。『この世界』は――――――言わずもがな、士道が知りながら知りえない彼女たち姉妹。

 士道は細部を知らない。『この世界』では令音が、さらに士道の知らない令音()の妹が生きている。ならば、士道の世界の顛末を悟られていたとしても、無闇矢鱈と言葉にしたくはない。

 

「……ふむ」

 

 少女が、令音とそっくりの声音と仕草であごに手を当て、声を零す。士道の葛藤を見抜いたように、続けた。

 

 

「――――――〈   (アイン)〉の対消滅」

 

 

それ(・・)を、容易く言い当てた。

 

「……ああ、やっぱり。澪を見てあなたがそこまで驚くともなれば、あの場面しかありませんよね」

 

 士道の言葉にすらならない驚愕、絶句を目にして少女は冷静に思考を続けているように見える。

 

「…………、この世界、は……」

 

 だが、士道に余裕はない。余裕などないが、それでも言葉にしてしまった。

 崇宮澪の〝死因〟――――――『無』の天使と魔王、その力の衝突を知っている。つまりは、同じこと(・・・・)が『この世界』で引き起こされたのではないか、という単純な予測。それは大きく違ってはいないはずだ。なぜなら、繰り返すように、村雨未零は知っている(・・・・・)のだから。

 絞り出すような士道の声に、未零がどこか苦笑気味に言葉を返した。

 

「……あったといえばありましたし、なかったといえば、なかったこと――――――言葉にするには、少しばかり複雑なんですよ」

 

「それは、どういう……」

 

「……まず、崇宮澪の〝消滅〟。これはどの道、私たちの世界では起こり得ませんでした。なぜなら――――――」

 

 言葉を引き継ぐように、沈黙を破り令音が、()が声を発した。

 

 

「――――――私の代わりに、この子が士道の世界の『私』の役割を奪った(・・・)から」

 

 

 目を見開く士道と、ムッと表情を変えた未零。反応は違えど、明確な『並行世界』の差異として士道に強く伝わる。

 

「奪った……?」

 

 妙な言い回しをした令音に、士道は眉をひそめオウム返しのように彼女の言葉を繰り返した。が、士道以上に言及したのは他ならない奪った(・・・)本人であるとされる未零だった。

 

「……合理的判断の賜物と言ってほしいですね。というか、まだ根に持っていたのですか。執念深さは人一倍ですね」

 

「……君だって同じだろう? それに、合理的というのなら、君も私ももう少し賢い選択をしていたと思うけれど」

 

「……自分を巻き込んで自虐しないでくださいよ。ああ言えばこう言うの典型例ですか」

 

「……君ほどじゃあないと思うがね」

 

 

「――――ぷっ、あははははは!」

 

 二人のやり取りを見て、姉妹(・・)の応酬を目撃して、士道は思わず声を上げて笑った。身体の奥底で燻っていた緊張を解すように。

 

「……五河士道?」

 

「や、気を悪くしたなら謝るよ――――――仲、いいんだな。それと……」

 

 士道が見たことがない令音がいた。士道の知らない、令音の妹がいた――――――なんてことはない。『この世界』には令音がいる。『十香』と同じ、違う世界に住まう人がいる。そういうことだ。

 違う道筋を辿り、違う救いを得た人たち。その人たちに、士道はふっと身体の底から息を吐き出し、はっきりと告げた。

 

 

「……最初に言わなきゃいけなかったな。初めまして(・・・・・)、俺は五河士道だ。よろしく、令音さん――――――その妹の、未零」

 

「……ええ。本当に――――――世界が違えど、どこまでも律儀な方なのですね」

 

 

 ――――――こちら側の世界でも、士道の性格は変わらないようだ。

 ようやく、初めの挨拶を返すという礼節を通した士道に、こちらの筋を律儀だと微笑みながら未零はそう返した。

 士道は確かに、澪を知っていた。だが、それはあくまで自分の世界の澪、そして令音だ。『十香』のように激しい出会いがなかったため、強く澪の存在に惹かれてしまったが、改めて感じ、改めて理解する。『この世界』の村雨令音とその妹に、自分の世界を重ねすぎることなく話をしたいと。

 自分たちの世界は自分たちの世界。『この世界』は『この世界』のこととして、割り切って話そう――――――そう思えば、この出会いに不思議な高揚感が湧いてくるようだった。

 

「それで、話を戻すけど……あのとき(・・・・)があったなら、一体どうやって君は……」

 

 役割を奪った(・・・)と令音は言っていた。恐らくは、などと言う意味もないだろう。間違いなく、天使と魔王の対消滅は引き起こされているはずだ。

 澪と未零。士道の世界との分岐点があるのなら、士道の知り得ない存在である未零の〝消滅〟がターニングポイント――――――しかし、こうして未零は目の前にいる。辻褄が合わない。そもそも、士道は〝未零〟と名乗る澪の妹がどういう存在(・・・・・・)なのかを何一つ知らないため、何事も予測でしか話すことが出来ない。

 一体、『この世界』はどうなったというのか。その事の顛末、目の前にある事象を知ることができるなら、知ってみたくはなる。けれど、士道の問いに姉妹は揃って困ったように頬をかく。どうやら、共通の癖らしい。

 

「あ、言い辛いならいいんだ。俺が深入りしていい事情じゃないしな」

 

 もとより迷い込んだだけの士道が、『この世界』の事情に首を突っ込んでいい理由はない。『十香』のように士道が救いたいと願った事情ならともかく、だ。

 気負いなく、できるだけ気を遣わせないよう言葉を撤回した士道だったが、姉妹の反応は士道の予想とは違っていた。

 

「……いえ、話すことに問題はないのですけれど、あなたの反応を見るにさぞ驚くだろうなー、なんて」

 

「へ?」

 

「……そうだね。私たちの存在が大きな差異であると定義はしたが、それ以上にもう一つ違いがあると見ていい」

 

「な、なんです?」

 

 興味深そう、或いは脅すように言うものだから、士道は先程までとは全く違う緊張が全身を巡る。違う世界とはいえ、令音のこういった話し方は久方ぶりで懐かしさを感じてしまう。

 畏まった士道に、未零が何やら重要なことを話すように茶をしっかりと飲み込んでから、思いがけない質問(・・・・・・・・)をしてきた。

 

「……つかぬ事をお伺いしますが――――――五河士道、あなたはご自身の世界の時崎狂三(・・・・)とは、どういったご関係です?」

 

「…………………………え?」

 

 そう、思いがけぬ質問だ。もっと壮大なことを問いかけられると思っていた士道が、間の抜ける時間を置いて素っ頓狂な声を発するほどに。

 

「狂三、っていったら、あの(・・)時崎狂三……だよな?」

 

「……はい。あの(・・)時崎狂三です。……あの(・・)、という辺りで察するものはありますけれど」

 

 聞き返し、士道が思い浮かべた少女に間違いはないことを確認する。どこか気になる反応はついて回っているが、士道にわかるはずもない。

 狂三。時崎狂三。通称〈ナイトメア〉。曰く〝最悪の精霊〟。禍々しい異名で呼ばれ、数々の人的被害を及ぼした精霊だが、その実始原の精霊の誕生を『なかったこと』にし、友を手にかけた己の罪業を贖うために全てを投げ打った心優しい少女。

 当然、士道の世界の精霊の一人であり、士道の大切な存在であり――――――

 

 

「狂三は……友だち――――――仲間、かな」

 

 

 そう、狂三自身への回答に用いたものと同じものを返すのが正しいと思った。紆余曲折を経て、狂三とは分かり合うことができた。もっとも、出会いやその道中はそう簡単に纏められるものではなかったけれど。

 再確認し、別世界の初対面で堂々と宣言するなら恥ずかしさもなく十分だろう。と、思ったのだが、

 

『……ああ』

 

「な、なんだ……?」

 

 姉妹揃って、心の底から納得した、という息を零すものだから、さしもの士道も何かおかしなことを言ったかと動揺してしまう。

 狂三は友であり仲間。それが『この世界』では違うというのだろうか――――――違うとしたら、何が変わっている(・・・・・・)のか。訝しむ士道に、未零が若干の呆れを込めた声色で言葉を紡いだ。

 

「……いえ。ただ、そこまでの違いがあるというのに、よくあなたの世界と私たちの世界を〝近しい〟と定義付けできるな、と。余程、細部(・・)に位置する事象が『十香』の世界よりは似通っていたのでしょうか。……前か後か、ということも考えねばならないことから答えなどないのでしょうけれど」

 

「細部……そういえば、『十香』の世界と俺のいる世界とじゃ、細かいところが違っていたな……」

 

 思い起こしたのは、つい数刻にも満たないほど前、『十香』とのデート。

 士道と『十香』、それぞれ別の世界の住人であり、似て非なる存在。同じ人であるはずなのに、士道の世界と『十香』の世界では辿る道筋が異なっていた。最終的な人間関係に差はなくとも、至る道中に差はできるということ。よって、『並行世界』と呼ばれるのかもしれない。

 恐らく、未零が〝近い〟と言っていたのはその〝細部〟、つまりは道中が比較的近いしいということであるはずだが――――――

 

「――――――待ってくれ。俺、『十香』のことはまだ何も言ってなかったよな……?」

 

 ハッとなって思考に耽っていた顔を上げ、未零の顔を見やる。文字通り言葉の細部を読み取り、士道の疑問は一点に集中する。先までの『この世界』の疑問は置き換え、その問いをせざるを得ない。

 確かに、士道はもう一つの世界、異なる歴史を辿った(・・・・・・・・・)世界から流れ着いた。それを見抜かれた時は誤魔化されたが、今度はさらなる疑問が表面化していく――――――士道はまだ、『十香』の世界から訪れたとは口にしていない。『並行世界』と呼ばれる場所、それも可能性でしかない世界を、どうして明確に、それでいて〝知っている〟前提で語ることができるのか。

 

「……君は一体――――――何者なんだ?」

 

 この知りすぎている少女は、一体何者なのか。

 

 村雨未零。村雨令音の妹。士道の世界とは違うだろう『この世界』――――――〝私〟の望みの道標。

 『十香』の世界を、『十香』を知っていた。そして、『十香』の手によって自身の世界へ辿り着くはずだった士道は、どうしてか『この世界』に流れ着いた。今になって、初めて言葉を交わした未零を思い起こしてしまう。

 まるで、士道の来訪を待ちかねていたかのような言動。その美しい貌が、妖しく思えてしまう。そう錯覚してしまいかねない未零の微笑み。

 

 

「……少し前の私であれば、その問いに意味はない。返すべき価値を持たないと答えるところでしたけれど――――――〝私〟は、一つの願いを叶えたいと思う、一人のしがない精霊です」

 

 

 そういって、目を笑みの形にして道化(・・)を思わせた少女は――――――

 

 

「……ですので、共に行きましょうか(・・・・・・・・・)。五河士道、あなたの世界へ」

 

「……は?」

 

 

 あまりにも気楽な帰還(・・)の意を求められ、固唾を呑んで受け止めようとしていた士道は空気が抜けてしまうようだった。同時に、令音はため息を吐かんばかりの顔で声を発した。

 

「……未零。招いた客人で遊ぶものではないよ」

 

「うんうん。からかいがいがあるのはどちらの(・・・・)士道も変わりありませんね」

 

「…………」

 

 『この世界』の士道も、そういうところに違いはないのかもしれないと、苦笑を交えて士道は曖昧に言葉を噤むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは――――――」

 

 令音の運転する車に同乗して、道行く人々を眺めた先。

 平和な世界だった。士道たちの世界と変わらぬ、平和な街並みがあった。

 

 そして、この場所(・・・・)も同じであった。

 

 波音が響く海岸。穏やかな漣が、潮の匂いが、士道の五感を通して伝わってくる。耳、鼻、目……直接的な感覚を刺激し、思考は一つの核心へと至る。

 この場所は士道の世界での特別であり、『この世界』でも変わらず特別なのだ。

 

 

「真士と澪の、思い出の場所……」

 

 

 そうだ、ここは――――――崇宮澪の思い出の地にして、士道の世界で澪と別れた海岸(・・・・・・・)だった。

 

「……恐らく、〝縁〟という意味ではここが近しい。万が一があってはならないので、念の為、ですけれど――――――変わらないな」

 

 砂浜に痕を付け、ゆっくりと感慨に耽けるように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。内容までは計り知ることができない。けれど、未零という少女にとっても、この海岸は大切な場所であると感じさせるに十分すぎるもの。

 自らの世界への帰還。士道がまず、一番に手段を考えなければならなかったことだが――――――澪の存在は、驚きと同時にどこかに安心感を士道に感じさせていた。

 

「〝縁〟……ここが、俺の世界と『この世界』を繋ぐ縁、ってことでいいのか?」

 

「……正確には、あちらの『私』との縁だろうね。――――――もっとも、もはや同じ表現として扱うべき存在なのかもしれないが」

 

 士道の問いに答えた令音が、意味深な視線を未零へと向けた。

 

「……『私』のため?」

 

「……ううん。〝私〟がしたかったこと。……余計なお世話だったら、彼だけを帰してあげるけれど」

 

「……いや」

 

 静かに、令音は首を振った――――――或いは、澪として。士道はふと、そんなことを考えてしまった。

 村雨未零の目的。それは、恐らくではあるが、

 

「未零。君は、俺が来ることがわかっていたのか? それで、俺の世界に……」

 

「……少し、順序が違います。あなたの出会った『十香』と縁がありましてね。あなたの世界とはその時に繋がりができ、同時にあなたを呼んでほしいとお願い(・・・)しました」

 

「……誰にだ?」

 

「それは……二亜風に言うと、ネタバレ厳禁?」

 

「…………」

 

 どうやら、『この世界』でも二亜の性格に変化は生じていないようだ。間接的な判明だが、嬉しいといえば嬉しいし、呆れるといえば呆れる。

 色々と複雑な事情が入り交じっているのは想像に難くない。あの『十香』と如何なる縁があったのだろうか。士道の世界とこちら側の世界の繋がりとは――――――そういった事情を、未零は申し訳なさそうに眉根を下げながら纏めあげた。

 

「……申し訳ありません。事情を深く話すには、あなたと語らう時間が多くなって、私たちとしてもあなたの世界の話に興味が出てしまうもので――――――そうなってくると、今以上にあなたの世界の狂三たちに申し訳がないのです」

 

「っ!!」

 

「……ご心配しているでしょう。これ以上、〝私〟の我が儘に付き合わせては困らせてしまいますから。対話の時間は、あなたが十分に休息できるだけ、と決めていたのです」

 

 目を見開いて、少女の意味深な態度の意味、配慮(・・)に合点がいく。

 士道は『十香』を追うため、別の世界への道を切り開いた。しかし、それは帰還の手段が確定していたものではない。当然、士道の帰還を信じている精霊たちには士道がどうしているかは伝わらない。それを思えば、一刻も早く帰ってやらねばならない。士道の世界で、士道の十香(・・・・・)と再会するためにもだ。

 少女は士道を己の願いのために呼んだと言っていた。だからこそ、世界を渡る士道の身体を最大限考慮し、時間にまで気を遣ってくれている――――――未零という少女の本質に、ほんの少し近づけた気がして、士道は唇を笑みの形に変える。

 

「……ありがとう。そこまで考えてくれてたんだな」

 

「……礼節の話です。あくまで、あなたが私たちの世界を訪れたことは、〝私〟の我が儘ですから」

 

「それでもだ。『この世界』のことは気になるし、みんなには会ってみたいけど……そうだな。あんまり長話してたら、琴里に叱られちまうな」

 

「……どうやら。そこは変わらないようだね」

 

「はい。俺の自慢の妹で――――――令音さんの親友です」

 

 それは決して、変わることがないと思うから。士道は真っ直ぐに、笑顔を見せて応えた。

 こちら側の世界のこと、気になりはするのだ。こちら側の世界の皆はどうしているのか。けれど、士道には帰るべき場所があって、『この世界』は平和なのだ。ならば、士道の出る幕ではないし、そういう世界も存在しているのだと、心から安心ができた。

 だが、

 

「一つだけ、聞かせてくれないか?」

 

それ(・・)だけは、聞いておきたかった。

 

 

「――――――『この世界』で、この場所で、何が起こったのか」

 

 

 士道の世界と『この世界』、最大の相違点。崇宮澪と村雨未零の存在。

 他の世界の出来事。士道が関わるべきものではない。それでも、知っておかねばならない気がした。故に今一度同じことを問いかける。

 

「……そうですね。あなたの反応から察するに、恐らくはあのとき(・・・・)が分岐点です。以前か今か、の違いはありますけれど、あなたの世界と私たちの世界、今辿っている時間は大きく分岐しているのでしょう」

 

「っ……」

 

 狂三、時間、分岐。そこまで言葉を散らされて、気がつけないほど士道の経験は薄いものではなかった。

 僅かに高鳴る心臓を押さえつけるように拳を握り、士道は波の音に負けない声を発した。

 

 

「ここは狂三か、この世界の俺が――――――歴史を書き換えた世界なのか」

 

 

 天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の権能。士道と狂三の約束。あのとき崇宮澪が生存する〝奇跡〟など、優しい神様(・・・・・)が創り出した世界か、それこそ歴史改変という大規模な事象しかありえない。

 同時、士道の世界と異なる象徴である未零は、士道の言葉を肯定するように微笑んだ。

 

「……ご明察です。正確には、士道と狂三が共にですけれど」

 

「――――――そうか」

 

 肺腑を満たすものは、何か。士道の中に、確かなものが生まれた。別の世界のこと。別の世界の自分。それは決して、自分のことではない。だけど――――――

 

 

「おまえは、約束を果たせたんだな(・・・・・・・・・・)

 

 

 たとえそうだとしても、嬉しかった。誇らしかったのかもしれない。

 士道が残した悔恨。きっと、約束したものは違うけれど、果たせたことは本物で。よかった(・・・・)、そう思うことだけは、許してほしい。

 一抹の悔しさと誇らしさ。異なる世界の自分に対する感情は、その二つだけでは収まりようもない。だが、士道は自身の世界の平和も負けてはいないと誇ろう――――――先にある、大切な人との再会を含めて。

 

 

「――――――ありがとう、五河士道」

 

「え……」

 

 

 伏せていた目を上げ、声の主を見る。その貌は美しく、綺麗で――――――慈愛に満ちた少女だった。

 

「……異なる世界でも、〝私〟がいなくとも、あなたは時崎狂三を救ってくれた。――――――それは、〝私〟にとって言葉にし難い喜びであり、祝福です」

 

「……君は」

 

 その表情は、あまりに穏やかで、人の美しさに満ち満ちている。

 

 

「きっと、あなたの約束はあの子にとっての救いだ。別の世界でも変わらない。五河士道、あなたは向こう側の世界でも本当に素敵な人だよ」

 

 

 たったそれだけで、村雨未零という少女の全てが理解できるようで――――――

 

 

「――――――ただし、あなたの世界の狂三の次にね?」

 

 

 冗談めかして片目をぱちりと閉じた未零に、士道は唖然とした笑いを堪えることが叶わなかった。

 

「……あ、はははは! いや、そう言ってもらえて光栄だ。未零が会ってもいない狂三に負けるのは、ちょっと悔しいけどな」

 

「……すまないね、士道。こういう子なんだ――――――可愛いだろう?」

 

「はい。とても」

 

 ――――――わかった気がする。『この世界』で果たされた約束の意味が。士道がまだ知らない理由もあるのだろうけれど――――――未零という精霊が、狂三という少女を大好き(・・・)だということが、とても大きな理由なのだ。

 世界を滅ぼす恋とは違う情愛。どうしてそうなったのか、など野暮なこと。そして、もしかして、と士道は声を発した。

 

「未零が俺たちの世界に来たい目的って……こっちの狂三に会うためなのか?」

 

 狂三に対して特別な感情を見せる未零の〝望み〟というのなら。そう考えての問いだったが、未零は静かに首を振った。

 

「……いいえ。〝私〟が何かをするまでもなく、あなたの世界の狂三は心配ないでしょう。どんな目をしているか、手に取るようにわかります。――――――こういうのをマッチポンプというのでしょうけれど、あなたの帰還をお手伝いする代わりに、あなたの世界で僅かな自由を許してほしい。構いませんか?」

 

「あ、ああ……」

 

 こうして話をしていて、澪と関わりある少女が士道の世界に不利益になることをするとは到底思えなかった。そもそも、騙そうというのであればもう少し上手くやることだろう。

 何をするのかまではわからないが、士道は信じることにした――――――精霊を信じてやることこそ、士道が今までしてきたことでもある。別の世界であっても、精霊の力を失ったとしても(・・・・・・・・・・・・)、士道の信念が変わることなどありえない。

 

「けど、そんなにあっさり俺の世界に行けるものなのか?」

 

「……ふむ」

 

「な、なんだ?」

 

 少しばかり意外そうにあごに手を当てた未零に、士道は妙なものを感じた――――正確に言うのなら、未零側が感じていることなのだろうけれど。

 

「……いえ、こちらの世界の士道であれば、『じゃあ行くか。俺と狂三なら余裕だ』くらいのことは言いそうでしたので」

 

「こっちの俺はどんな力を持ってるんだよ!?」

 

 思わず声を大にして叫んだ。士道が世界を超えることができたのは、並行世界から現れた『十香』の力があればこそ。……というより、

 

「ていうか、気になったんだけど……『この世界』の俺と狂三は、どんな関係なんだ?」

 

「……んー、話してしまうと一番長いですよ。でも、あなたを殺しに来たことは変わってないと思います。ご安心を」

 

「全然安心できないし、そこは変わってないのかよ……」

 

 むしろ、肝心なこと過ぎて変えようがないのかもしれない。元を辿れば、士道と狂三の縁はわりかし物騒なもの。げんなりとはするが、今さら不満に思うことはない。もっとも、『この世界』に関する疑念は更に深まったとも言うが。

 

「……君の世界へ行くこと自体は、恐ろしく単純な理屈だよ」

 

「へ?」

 

「……君自身の存在が、君の世界の〝縁〟だ。念の為、この場所を選んだのもそのためだよ。それがなければ難しいが、それさえあれば容易い。……士道、君が異なる世界の道を切り開いた時、手にしていた力は異なる世界の物(・・・・・・・)だったのではないだろうか?」

 

「あ……」

 

 令音の指摘が頭の中にあったパズルのピースをハマらせ、小さく声が零れた。

 士道は『十香』の世界を訪れた。しかし、それは士道の力ではなく『十香』の力――――――天使〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と対を成す魔王〈暴虐公(ナヘマー)〉。彼の魔王の力と意志により、士道は異世界へと足を踏み入れることができた。あの力の由来は『十香』の世界のもの。元の世界への道を開くことなど造作もない、と言っても過言ではない。

 

 そして、この場には異なる世界に生まれた士道と、全ての精霊の母(・・・・・・・)がいる。

 

「あの世界で〈暴虐公(ナヘマー)〉が担っていた役割を、今度は俺の存在が肩代わりする……」

 

「……そういうことだ。本来、君は〝道〟を知った『十香』の権能、そして君自身の存在を利用し元の世界へ帰されるはずだった。それを私たち(・・・)の力で自然な形に戻す」

 

「……自然ではなかったのは、あなたを導いた『意志』と私たちとあなたの世界を繋ぐ『孔』の存在があったからです。イレギュラーの修正程度、訳ありませんよ」

 

 続けて、「……付き合わせてしまって、本当に申し訳ありません」と未零が何度目かの謝罪を口にする。そこまで謝られても、士道にとっては特別気にすることではなく逆に苦笑してしまったのだが。

 

「いいさ。むしろいい経験になったよ。世界の壁を二度も超えるなんて、みんなへの土産話が増えたくらいだ」

 

「……おや、良い切り返しだ。さすがは稀代のプレイボーイだね」

 

「うぇ、それこっちでも言われてるんですか?」

 

 嫌なことを聞いた、と呻く士道に令音がふっと僅かに表情を笑みにする。そんなやり取りでさえ、懐かしい。

 ――――――だが、不名誉ながらこれほど名誉な称号もあるまい。それは、士道が誰かを救うことが出来た(・・・・・・・・・・・・・・)証なのだから。

 

「……さて」

 

「……そろそろ、始めよう」

 

「っ」

 

 穏やかな空気が、姉妹が向き合った瞬間に切り替わる。

 否、その表現は間違いだ。一帯の空気は激しくなったわけでも、重苦しくなったわけでもない。ましてや、戦いの中へ突入しようということでもない。

 ただ、静かだった(・・・・・)。静かすぎるほどに。世界が肯定し、ひれ伏すように。あまりにもそのことが自然だと。作られた空気がおかしいものだと錯覚してしまうようだった。

 ――――――この感覚は、身に覚えがあった。かつて士道の世界で澪が三十年の時を超えて姿を見せたとき。令音と一つになり、真の姿を取り戻したとき。あの瞬間と、そっくり重なる。

 

「……澪」

「……未零」

 

 視線と交わらせ、名を交わらせる。互いの存在を認識し、確立し――――――どちらからともなく、姉妹は両手を広げて抱き合った。

 閃光。姉妹の身体が光を帯び、徐々にシルエットを一つにしていく。

 

 

「――――――――」

 

 

 精霊が、そこにはいた。士道の世界で失われた存在が、その奇跡を士道の前で見せつける。

 懐かしき極光の霊装。だが、その背に羽ばたく白の十二枚羽の意匠は、士道の知る澪ではないことを示していた。まるでそれは、士道の知らない澪の妹の力が合わさっているようで、目を奪われるほど壮大な光を放っている。

 凡そ人の放つ意気を超えた彼女は、相も変わらぬ人外の美貌でふわりと微笑んだ。

 

「それじゃあ、準備はいい? まず深呼吸をしてね」

 

「お、おぉ……」

 

「それから準備運動も欠かさずに――――――」

 

「そこまでするのか!?」

 

「もちろん、冗談だよ。士道は可愛いね」

 

「…………」

 

 こちら側の澪はこういうキャラだっただろうか。いや、正確には澪と未零なのだけれど、と自己的なツッコミが脳裏を過った。

 からかいもそこそこ、くすりと笑った未零()が僅かに身体を浮き上がらせ、その翼で士道を包み込む。

 

「じゃあ、緊張もほぐれただろうし――――――帰ろう(行こう)、あなたの世界へ」

 

「……ああ。頼む」

 

 身を委ねる。士道にできることが、それしかないのであれば、出来うる限りのことをするだけ。

 十二枚の翼が光を放ち、それが段々と強まっていく。ただ心身を落ち着け、動揺はなく、温かな光に包まれ――――――

 

 

士道(・・)!!」

 

 

 それは、不思議なものだった。

 

 響いた声は誰よりも知っていて、それでいて聞き覚えが薄い。当然だ。自ら発すると聞くとでは、まるで意味が違うのだから。あるとすれば、士道が一年前に経験した〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉内での出会いだろう。

 

「……!!」

 

「…………」

 

同じ顔(・・・)を持った少年が、士道を見送るようにそこにいた。目を見張る士道と、不敵な笑みで――――――狂三そっくりの微笑み(・・・・・・・・・・)でこちらを見る士道。

 しかし、それ以上の言葉はなかった。消えゆく視界で、その先で、彼は右手を士道へ向けた。

 

 拳を握り、親指を立てて。信じるように。激励のように。言葉を使うことなく士道へ思いを送っていた。

 

 

「――――――!!」

 

 

 なら、士道も言葉はいらなかった。わかるから(・・・・・)。自分たちは違う存在だ。だけど、同じだけ『五河士道』なのだ。

 同じ仕草を返す。お互いの持つ笑みは違うけれど、意味は同じだ。異世界の自分へのエール(・・・)を送り合い――――――士道の意識は、光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――よろしいんですの? あのようなもので」

 

 ひょっこりと、砂浜に足を付けて狂三が士道の背後から現れる。

 数秒前、霊力を放って消えた()の姿を見て、狂三はそう言っている。異なる己へ、向けるものがたったそれだけでよかったのか、とも。

 

「わたくしたちから出向くならばまだしも、あまり経験することのない出会いですわ。言葉を交わすくらいは、してよかったのではありませんの」

 

「……いらないさ」

 

 ぐっと身体を伸ばし、一部の迷いもない言葉を返す。

 確かに、得難い経験だ。士道と真士とは違う、本当に異なる世界の自分自身。言葉を交わせば、弾む話はあるだろう。互いの世界でのことは、とても興味深い話にもなるだろう。皆と会っていってほしい。そんな気持ちもあった。

 

 だけど、

 

 

「あいつは『五河士道』だ。だったら、余計な言葉は必要ない。無理ばっかりして、その度に誰かに支えられて――――――最高に諦めが悪い『五河士道』なんだよ」

 

 

 目を見ればわかる。あれは、何かを欲しがる(・・・・・・・)士道の目だった。

 

 

「俺もあいつも、欲しいもののために前を向く――――――それが伝わったなら、十分さ」

 

 

 立ち止まっている暇なんてない。自分自身との対話など、想いを伝える一つで事が足りている。

 異なる世界で、異なる自分が諦めない姿を見せつけられる――――――何とも、心が躍ることものだと士道は胸を張った。

 すると、そんな士道の気持ちを汲み取ってか、狂三がくすくすと楽しげな笑い声をあげる。

 

「あら、あら。男の子ですわね、士道さんは」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。……まあ、それに」

 

「それに?」

 

 なんですの、と小首を傾げて狂三が士道の顔を覗き込む。ドキリとする仕草に紅潮した頬を誤魔化すように指でかいて、士道は一息に〝理由〟を声にした。

 

 

「――――――士道()が狂三に見惚れたら、困るだろ」

 

 

 異なる世界だろうと、あいつは『五河士道』なのだから。

 独占欲の塊だし、それで『士道』がこちらに留まるなんて思わない。男というのは、理屈では済まないということだ。

 それでいて、見惚れなければまた身勝手な憤りを感じる。まったくもって理不尽極まりない矛盾の感情――――――きっとあの『士道』も、それくらい誰かを想っているのだと思う。でなければ、あの目は作れない。彼の瞳もまた、意志を貫くものを無くしてはいない。そういう意味でも、これでよかった(・・・・・・・)と思っている。

 

「きひ、きひひひひひっ!!」

 

「……んだよ。悪かったな、子供っぽくて」

 

「いえ、いえ」

 

 そういう意味ではないと首を振った狂三は、その両の瞳を優しく綻ばせ――――――士道にだけ見せる愛おしい貌で、声を発した。

 

 

「本当に、お可愛い人ですわ」

 

 

 どっちがだ。と言葉にするより速く、士道は動く。

 

 

「はっ――――――おまえほどじゃ、ないさ」

 

「な……!!」

 

 

 ――――――とりあえず、減らない口を塞ぐことから始めようか。思い立ったが吉日、士道の眼は僅かに目を見開いた狂三の貌をたっぷりと堪能して――――――逢瀬は、未零()が帰ってくるまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「おぉ……!?」

 

 光が開けた視界で、士道が空中へ投げ出された。正確に状況を補足するのならば、艦橋内の空中に(・・・・・・・)だったけれど。

 

『おっと』

 

 少しばかり位置がズレたか、と未零は思考だけを使役し士道を保護する空間を生成。無事に〈フラクシナス〉の艦橋へと足を付けて彼を下ろすことに成功する。

 そう、皆が見守る艦橋内(・・・・・・・・)に、だ。

 

「……士道」

 

「主様――――――」

 

「士道さん!」

 

 反応はそれぞれだった。何かしらの作業をしていたのだろうか、それでも士道を見て皆が我に返り、肩を震わせ士道へと駆け寄る。

 折紙、二亜、四糸乃、琴里、六喰、七罪、耶倶矢、夕弦、美九――――――狂三。未零の目から見て、時間のズレがあるのだろうか。こちら側の世界より、皆がほんの少し大人びている気がした。他にもマリアに神無月、〈フラクシナス〉のクルーたち。

 そこに万由里と未零の姿はなく――――――令音のクルー席には、つぎはぎのクマが座っていた。

 

『……士道。私は用事を済ませてくるから、事情をゆっくり話しておいてね』

 

「え……お、おい」

 

 静止の返事を待たず――そもそも姿を見せなかったのだが――姿を消して、〈フラクシナス〉の艦橋外へと転移した。

 

『未零』

 

「……大丈夫。わかってるから」

 

 望みを叶えるために来たというのに、心配する澪の声音に縋りたくなってしまうほど、心に動揺が走ったとでもいうのか。あの場にいてはどうしても、感傷(・・)を覚えてしまいそうだった。

 

『ん。でも、全てを士道に任せなくてもよかったんじゃあないかな』

 

「人徳の差があるでしょう。私たちが姿を見せるより、士道の口から言った方が説得力があります」

 

 こちら側の士道も、相当精霊たちの信頼を得ているのは見て取れた。ならば、この世界の死人(・・・・・・・)が突如姿を見せるよりは、士道が皆へ説明している間に用事を済ませた方がいいと思ったまで――――――という建前を、澪はあっさりと見抜いた。

 

『……ふぅん。てっきり、説明がないと狂三の目が厳しいからだと思ったけれど』

 

「…………………………別に」

 

 暗に気にしている間のとり方をしてしまったのは、以前より澪との距離が近いことの証明ということにしておいた。

 この世界に、村雨未零はいない(・・・)。それによって、と自惚れていいのなら、こちら側の狂三が澪にどんな感情を抱いているのか。未零と、何より澪には手に取るようにわかる。

 

『ごめんごめん。意地悪だったね』

 

「……ふんだ。お姉ちゃんのばーか」

 

 わかってわざと言っているならタチが悪いだけだ。つーんと顔を背けて、まあ未零と同化している澪にはまったく意味がないのだが……ともかく、十二枚羽を羽ばたかせ目的地へ向かう。無論、〈万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)〉による感知遮断も怠らない。

 進むべき場所は決まっている。寸分違わず、さしたる時間を使うこともなく。未零と澪は辿り着いた。

 

 その海に、足を踏み入れた。

 

 

「――――――」

『――――――』

 

 

 感じ取るものは、同じだった。心地よく冷たい水は、蠢く波。沈み込む砂は、かつてと変わらぬもの。

 変わらない。きっと、こちら側の士道とて全く同じことを考えていたに違いない。

 

 ――――――波が、一際大きく足をさらう。

 

「……っ!!」

 

『…………』

 

 それは、世界の声(・・・・)。『世界の意志』と呼ぶもの。未零と澪には、それが如何なる存在か手に取るようにわかる。

 

『……そう。だから、未零を選んだんだね――――――君は(・・)

 

「……」

 

 どうして、『世界の意志』が澪ではなく未零を選んだのか。声に耳を傾けるように目を伏せ、理由などその数秒で結論を迎える。

 当然のことだったのだ。必然である、と言い換えよう。『私』と違う結末を辿った澪――――――置き換えれば、その結末は未零が経験したもの(・・・・・・・・・)

 そうだ。未零はあの瞬間、意識を引き上げられる僅かな一瞬、世界に溶けた(・・・・・・)

 マナから生まれた存在が、マナに還る。世界に還る。その行為は、同一に近い(・・)存在の未零にも当てはまってしまった。澪の力の半分を得て望んだものは、奇しくも別世界の澪との繋がりを持つに至ったということだ。

 

 嗚呼、嗚呼。そうして世界に溶けた澪は、世界そのものとなった。それが意味することは――――――

 

 

『――――――会えたんだね、彼に』

 

 

 異なる世界の結末を、如実に表すものだった。

 

 その可能性は残酷なのかもしれない。

 澪に見せるべきではないのかもしれない。

 それでも、だとしても、未零は――――――

 

『ありがとう。未零』

 

「……もう、いいの?」

 

 姉の心残りを、どうしても無為にはしたくなかったから。

 

 

『うん、十分。心のどこかで、シンのことを縛り付けていた『私』が忘れられなかった。まだ、それが続いているんじゃないかって思っていた――――――違うよね。シンは、待っていてくれてるんだ』

 

 

 生きることは、罰なのだろう。だけど、信じたかった。前を向いて歩いていける――――――崇宮真士が残した祝福を。

 

 

『帰ろう、未零。私たちの世界へ。この世界の救いに負けないくらい――――――私は、救われているから』

 

「――――――うん」

 

 

 それがどれほど、未零の救いになることだろう。

 たった一つの言葉に、価値を見出すことができる。

 姉がそう言ってくれるのなら。シンは必ず待っていると信じることができたのなら、十分だ。

 翼を羽ばたかせ、大海原に背を向ける。その時――――――別れを見送るように、海が泣いた。

 

 

「……どうか、あの子たちをよろしくね」

 

 

 世界に溶けた悲しくも優しい少女へ。異なる世界の姉へ。

 きっと、彼女は会えた。会うことが救いとなったのなら、その救いが存在しているというのなら、未零もまた、胸を張って前へ進もう。

 

 自分が求めた生命の輝きは。自分が求めた誰かに生きていてほしいと思った願いは決して――――――間違いなどではなかったと。

 

 それに救われたと言ってくれた、大切な姉が〝私〟にはいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――お待たせしました』

 

「っ……未零か」

 

 唐突に響いた声に反応し、精霊たちと言葉を交わしていた士道が顔を上げる。未零の声を聞いた精霊たち、〈フラクシナス〉クルーもほぼ等しい反応を見せていた。

 

『……ええ。用事は終わりました。私たちは、元の世界へ帰ります。感謝します、士道』

 

「俺は何もしてないし、してもらった側なんだけどな。……なぁ、帰る前に姿を見せてくれないか? このままお別れってのは、少し寂しいからさ」

 

『……それは』

 

 言葉が詰まり、未零は己の視野で艦橋内を見渡した。皆、それぞれの表情を見せているが……恐らくは、皆が澪に対して相応の感情があるはずだった。結果としてはだが、同じ容姿の未零が土足で入り込むべきものではないと考えてしまう。

 しかし、言い淀んだ未零の雰囲気を察して、士道が言葉を続ける。

 

「誰も気にするやつはいないさ。別れぐらい、顔を見ながらの方がいいだろ?」

 

『…………』

 

 このまま無視をして帰ってしまうのは、それこそ礼節に反する行為だ。こうなった士道はなかなか引かない、というのも共通しているだろうし――――――精霊たちの性格とて、恐らくは乖離するものではない。

 決断はそう長く待たせるものではなかった。空間転移を駆使し、未零は艦橋の中心に光のシルエットを生み出す。皆が見守る中――――――十二枚羽を揺らし、降り立った。

 

「――――――初めまして。というのも、少々とおかしな感覚になってしまいますね」

 

 別世界の精霊たち。名を知りながら、未零を知らぬ少女たち。ゆっくりと頭を下げて、未零は己の名を告げた。

 

「……私は別の世界の精霊。村雨、未零と申します。まずは謝罪を。あなた方の士道を連れ回してしまったこと。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 それだけは、伝えておかねばならない。時間を引き伸ばし、士道の帰還を遅らせたのは未零の個人的な願いが原因だ。責任を取り、必ず無事に元の世界へ帰すとは誓っていたものの、それでも謝罪は必要不可欠だ。

 

「……なるほどね。士道が言ってた通り、礼儀正しいというか。――――――かしこまる必要はないわ。うちのおにーちゃんは騒がしくて馬車馬のように働くくらいがちょうどいいらしいから。お役に立てたのなら光栄よ」

 

「おい」

 

「むしろ、一人じゃ帰り道で迷子になってたかもしれないもの。それに関しては私たちが感謝すべきね」

 

「俺は子供か!?」

 

 兄にかける言葉とは思えないが、それも琴里(・・)らしいと未零はくすりと笑みを零した。

黒と白(・・・)のリボンを合わせた琴里は、やはり未零たちの世界より少し大人びている気がした――――――身体的にあまり変化が見られないのは、元の世界に帰っても口にはしないでおこうと思ったけれど。

 他の精霊たちも、未零の容姿に囚われることなくしっかりと未零へ(・・・)声をかけた。

 

「むん。主様を傷一つなく連れて帰ったこと、むくからも感謝を伝えるのじゃ」

 

「士道さんを守ってくれて、ありがとうございます」

 

「……言うほどではないですけれど」

 

 やったことと言えば、士道と話をしてこちら側へ転移を試みた程度のこと。相変わらずなのだが、途端にむず痒くなった未零は誤魔化すように頬をかく。

 その何気ない仕草にぴくりと眉を揺らした人は、それなりにいるようだった。

 

「あ、その癖……そっくりなのは顔だけじゃないんだ」

 

「……ああ」

 

 この癖、いつの間にか移っていたのかと七罪の指摘でようやく気が付き、不思議と悪い気がしないなと言葉を零す。

 

「……別の世界と言っても、性格に大きな変わりはないようですね。本条二亜は相変わらず締切を守らず、八舞姉妹は勝負好き。誘宵美九は何かと抱きついてきますし、鳶一折紙は………………家に盗聴器を増やしていましたね」

 

 最後に言い淀んだのは、言っても聞かないという思いと若干の贔屓が未零の中にあったことが否めないからだった。幸いにも表情に出すことはなかったが、視線は逸らさせてほしいと後ろめたさを押し出す形となった。

 

「えぇ? あたしはちゃんと締切守って――――――あ、ごめんなさい。次のヘルプもよろしくお願いします」

 

「かか、別の世界の我らも良い闘争心を持ち得ているらしいな。是非、相見えたいものだ」

 

「主張。勝数は夕弦が勝ち越しと予測します」

 

「むむー、こんな美人さんに合法的に抱きつけるなんて、向こうの私はずるいですー」

 

「誰かに悟られるような私は、まだまだ未熟」

 

 反応は人それぞれ。事情を知らぬのだから無理はないが、折紙は少しズレた解釈をしたようで内心で苦笑を見せる。曰く、『あなたなら構わない』と不可思議な意味でこちら側の折紙に信頼されているのは未零だ。もっとも、そのように嬉しくない信頼は得たくなかったけれど。

 

 

「――――――あら、あら」

 

「――――――――」

 

 

 その時だ。〝彼女〟を視界に収めたのは。意図して、避けていた――――――未零は必ず、〝彼女〟に対して意図した感情を見せてしまうから。

 果たして、そのことに気付いていたのか。艶やかな黒髪を揺らし、左右揃いの色をした双眸(・・・・・・・・・・・)で未零を捉えた〝彼女〟は、蠱惑的な微笑を浮かべていた。

 

「わたくしには何かありませんの? わたくしも皆様と同じ元精霊ですのに、悲しいことですわ」

 

「……時崎狂三」

 

 咄嗟に出たものが、彼女の名前だった。外見は、精霊の力を無くしたことで少しばかり大人びている。気がした、ではなく未零にはそうであるとわかる。別の世界とはいえ、時崎狂三のことがわからないはずがない。

 だから、わかる。わかってしまう。見るまでもなかったのに、見てしまえば確信に等しく近づく。色を違わぬ両の瞳。精霊の力を失いし少女。己が犯した罪業を清算する術を喪いし者――――――そのようなか弱い存在であるならば、精霊〈アンノウン〉の計画が穏やかなものになっていたに違いない。

 

 

「……変わらないよ、あなたは。――――――どんな世界でも、綺麗な人だから」

 

 

 その瞳は諦めを知らず。神に許しを乞うことなどありえない。誰に不遜であると言われようが、彼女はそれが己の権利だと謳う。

 困難である、不可能である――――――その程度の安い言葉で膝を突くのならば、時崎狂三は我が道を往くことなどなかったのだ。

 白の翼が舞う。気が付いた時には、村雨未零の身体は狂三の目の前にあった。目を丸くした狂三の手を取り、未零は思考の時間すら忘れ、未零が未零である所以のまま言霊を形にした。

 

「……あなたは変わらない。力があるかどうかなんて関係ない。どこまでも真っ直ぐで強かで、誰より綺麗な人」

 

「あなたは……」

 

 きっと、理解などされない。この世界には未零がいない。精霊〈アンノウン〉は生まれることなく、時崎狂三は我が道を貫き、救われた(・・・・)

 それでいい。それで、いいのだ。姉と同じ結論だった。それが別の世界での救いであるならば、私は〝私〟を誇ろう。

 膝を突き、かしずく。懐かしき仕草。この世界で終ぞ行われることはなかったもの。

 

 

「……私が仕えることのなかった時崎狂三。美しい時崎狂三。あなたの旅路に祝福を。あなたの選んだ道に幸運を。その心のまま、どうかお進みくださいませ――――――愛しき女王よ」

 

 

 手の甲に、キスを落とす。そうして、未零は宙に浮かび上がる(・・・・・・・・・・・)

 

「……ありがとう。短い間でしたが、あなた方に会えたことを誇りに。あなた方の道に、祝福があらんことを――――――まあ、心配するまでもないことですけれど」

 

 道を乗り越えた彼らと『私』がついているのだ。それこそ、観測の必要などありはしない。

 機会があれば、また巡り会うこともある。皆が驚きで目を見開く中、未零を包む極光が輝きを増し――――――

 

 

「あなたの祝福――――――覚えておきますわ、村雨未零」

 

 

 たった、その一言で十分だった。

 

 そして、

 

 

『みんな――――――『私』を救ってくれて、ありがとう』

 

 

 届いたのだろうか。それだけを残し、未零()の世界は螺旋した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よかったんです? あれだけで」

 

 境界。世界と世界を繋ぐ僅かな時間軸を通り抜け、道すがら向こうから繋がる『孔』を修復しながら、未零は己が内側にある姉に声をかけた。

 結局、別れまで澪が残した言葉はあの一つだけ。他は未零に全てを任せてしまっていた。別の世界とはいえ、士道たちと言葉を交わしても構わなかったのだが。

 

『いいんだ。私は私。向こう側の『私』とは違う。だが、そうだね――――――今度はみんなが揃っているとき(・・・・・・・・・・・)に、話をしたいものだ』

 

「……ん。そうだね――――――」

 

 誰のことか。あの世界の意志が求めた人。士道が再会すべき人――――――故に告げたのだ。あなた方の道に祝福を、と。

 未零が伝えたもの。正しくは、

 

 

「君たちの物語は、祝うまでもなく祝福に満ちている(・・・・・・・・)

 

 

 異なる世界で、別の道筋を辿った者たち。素晴らしき救いは、必ず続いていくものだから。

 

 

「次は会えるよね――――――私の可愛い、姪っ子ちゃん」

 

 

 そうであるならば。否、そうであるからこそ――――――あの人の『声』を聞いたことに、感謝を示すのだ。

 

 

 

 

 

「……ああ。それと、ちょっとだけ寄り道しますね」

 

『うん?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「おや……君にしては珍しい顔つき。何かあったのかね、アイク」

 

 迎えの車に乗り込むなり、同じクラスの重役である友人がそう声をかけてくる。隣に乗り込み、ふっと笑みを浮かべウェストコットは彼の軽口に応えた。

 

「なに、少々遊び心を見せてしまってね。数々の小言を受けて私の身も疲れ気味なのさ。いやまったく、最近は顔のシワが増えて歳を感じるよ」

 

「ふっ、私の前で当て付けか。この若作りめ」

 

 少しの懐かしさを感じさせる勝気な笑みを見せた友人、エリオット・ウッドマンに冗談だ、という意味を込めて両手を上げる。外見の年齢こそ差はできたが、彼とは幼少期からの付き合いなのだ。この程度の軽口は――――――ウェストコットの記憶からすれば、不思議と懐かしさを覚えた。

 だが、以前の世界での関係を考えれば、まったくもって笑ってしまう。冗談ですら考えても見るまい。そんな笑みが思った以上に表に出ていたのか、ウッドマンが訝しげな表情を作り、声を発した。

 

「アイク?」

 

「……ふっ。人生とは、何が起こるかわからないものだとは思わないかい、エリオット」

 

「はっはっは! 急に詩人のようなことを言い出すな」

 

 ジョークの類に取られたのか、それでも構わないとウェストコットも笑みを深める。

 と、そこでウェストコットは己の切れ目をぴくりと揺らす。広々とした車内、それもウッドマンが座る座席の隣辺りに、無骨なダンボールのようなものが置かれていることに気づいたのだ。

 視線の行き先を察したウッドマンが、おぉとそれを手に取りウェストコットに差し出してきた。

 

「そうだ、君にプレゼントがあってね。――――――未零くんからだ」

 

「……ほう」

 

 らしくもなく声音が上擦った。当然、意外すぎる人物の名前が飛び出してきたからである。

 

「先ほど、出会い頭に渡してくれと頼まれてね。直接会って渡してくかい? とも聞いたのだが――――――」

 

「『私、あの人嫌いなので、自分からは会いたくないです』、だろう?」

 

「まさに正解だ。……あんな良い子に嫌われる君の多方面な才能は、賞賛に値するかもしれないね、アイク」

 

「まったくだ」

 

 寧ろ、好かれることをした記憶がないウェストコットからすれば、殺されないだけマシな対応と思えてしまうのだけれど。

 皮肉を素直に受け取り、ついでに荷物も手渡しで受け取る。果たして、中身は何なのか。積もり積もった恨みを多少は晴らす悪戯の一品なのか。それとも空の玉手箱か――――――どちらでもなく、ウェストコットとウッドマンは目を丸くした。

 

「これは……?」

 

「ふむ……」

 

 外面とは裏腹に、中身は丁寧に梱包されている。幾つか見える機械のそれは――――――

 

「……健康グッズ?」

 

 そう、俗に言う健康器具(・・・・)と呼ばれるものたちであったのだ。

 

「っ――――――ははははははははははっ!!」

 

 呆気に取られるウッドマンを後目に、ウェストコットは丸くした目を次の瞬間には大きな笑みの形にすることとなった。

 これが笑わずにいられるか、というのだ。未零かこれを選んだ時の表情、手に取るようにわかる。ウェストコットに対する複雑な感情と、それはそれとして(・・・・・・・・)礼節。しかし、素直に役に立つものを贈ることは未零以上に彼女の姉(・・・・)が良い顔をしなかったのだろう。

 それ故に、健康器具。顕現装置(リアライザ)を持つ大企業の長に贈るには、やはり笑いが込み上げてくるもの――――――だが、他者への毒を持ち切れない少女らしいものではないか。外箱と梱包から実物に至るまで、さらにウェストコットの冗談ですら聞き逃さない未零の心情をその手に取ることで、ウェストコットは大層満足した(・・・・)と言っても過言ではない。

 

 つまりは、

 

 

「ふはは! 人がよすぎるというのは、本当に面白い。ありがたく使わせてもらおう。我が愛しき精霊――――――未零」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、外からではわからない腐った果物など良かったんじゃあないかな?」

 

「急に手の込んだ嫌がらせを考えるのやめてくださいよ……」

 

 神妙な顔でとてもではないが真士に伝えられないことを言ってのけた姉に、深々とため息を吐く。そもそも、やったところで顕現装置(リアライザ)を扱う一流企業の主に通用するとは思えない。

 ようやく帰ってきた自宅の椅子に座り、もう一度深々と息を吐く。まあ、礼の品としては皮肉が効いて及第点であろう。助けられたことは事実、『それはそれ、これはこれ』の精神は生きていく上で大切なことなのだ。

 

「……ま、これで今回の一件は全て片がつきましたね」

 

 言って、手のひらを軽く上に上げて肩を竦め、顔だけを飾られたぬいぐるみに向けた。

 長いようで、短いデートだったけれど――――――

 

 

「――――――これからも退屈はしなさそうだよ、お義兄ちゃん」

 

 

 また一つ、澪の土産話が増えたと思えば、悪くない気分になった。

 すると、締めのように言葉を吐き出した未零を見て、令音が指をあごに当てながら声を発した。

 

「……しかし、まだ君の悩みが解決していないんじゃあないかな?」

 

「……はい?」

 

 何のことだ、と未零は訝しげに視線を返した。未零の悩みと言っても、大半は精霊たちとの交流によって解決されていった。加えて、大きな問題もたった今全てが解決したと言える。これ以上、どれだけ贅沢な悩みがあるというのか、と思った未零だったが――――――

 

 

「――――――あの日は、何か他に悩みがあったと思っていたが」

 

 

 それは何とも、呆気に取られる指摘だった。

 あの日、この事件の始まりの日。令音は未零が聞いた『声』のことだけに気がついていたと思っていたのに、

 

「……気づいてたの?」

 

「……私は、君のお姉さんだからね」

 

 ――――――そんな慣れていない顔で言ってのける姉の姿に、愛らしさすら覚える。

 見てくれていた。当然のことなのに、気づけなかったのは未零の方だった。見ていたのは、未零だけではなかったのだ。

 

 

「あはは――――――たった今、解決しちゃったよ、姉さん」

 

 

 悩んでいたことが不思議なくらい、自然と笑顔が零れた。

 姉妹とは何なのか。少しはわかった気がする。互いを見ていれば、それでいい。そうでない時は、これからわかればいい。ほら――――――三十年に比べれば、なんてことはない長さになったでしょう?

 

「……? ん、解決していたならそれでいいが……」

 

 まさか、自分の行動で解決したとは露ほども思っていないのだろう。薄い表情筋で釈然としない顔を作った令音に、また一つ笑みを浮かべる。

 その時だ。クマのぬいぐるみを見て、令音を見て、勢いのままに言葉を発したのは。

 

「……姉さん、旅行に行かない?」

 

「……旅行?」

 

「うん。旅行っていうか、旅? ほら、二亜からいただいたバイクも活かして、私と二人で。――――――見に行こうよ、色んなものを」

 

 二人の目で。確かな意志で。それはきっと素晴らしく、大切な土産話(・・・)に加えられることだろう。

 未零の提案に一瞬目を丸くした令音だったが、常に憂いを帯びていた目を輝かせたことで、それを見た未零はより一層の微笑みを深める。

 

 

「……いいね。どこへだって付き合うよ(・・・・・・・・・・・)

 

「……!! ふふっ、言ったね、お姉ちゃん」

 

「うん。言ったよ、未零」

 

 

 笑い合う姉妹は、早速予定を立てていく――――――大切な人と生きる、明日のことを話し合う。

 

 

 

 生きるという救い()を背負った姉と、生きていてほしいと願った妹。けれど、そこには嘘のない笑顔があって……いつかの明日に向けて、二人は長い旅路を歩き続ける。

 その救い()は矛盾しているのかもしれない。だけど、二人は知っている。彼がいつかの明日で待っていることを知っているから。

 

 だからこれが――――――この優しい世界における姉妹の祝福なのだ。

 

 

 





ここまで長くなってしまったのは私の責任だ。だが私は謝らない。君たちなら、全てを読んでこの後書きに辿り着いてくれると信じているからな。いやそれ自体は謝れや。

発端は〈刻々帝〉の数字で収められたらシャレオツじゃね?って思いつきから。あと本編終わったのにタイトル考えんのめんどくさかった。そして出来上がったのは分量3話は優に超えるエピローグでしたとさ。

はい。というわけで、ここまで大変長らくお疲れ様でした。『未零アナザー』編、完結となります。補足だったりこの章に感じてだったり、それからこれからに関しても話していこうかなと。どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

後日談とも言いますし、蛇足ともいう。そんな感じの番外編。ぶっちゃけ肉付けしたのはそこそこ最近の話になるでしょうね。本来毒もなく短い番外編の予定でしたし、少なくとも数ヶ月前とかになるでしょう。書きたかったことは精霊たち、敢えてこう呼ばせてもらうなら崇宮姉妹のお話でした。自然と『十香グッドエンド』編が本当の意味でクロスした形にもなります。
姉妹のお話、きっちり蹴りを付けてあげたかったんですよね。この作品でやらないとこの未零は他に持ち込めませんし、スッキリさせたかった。同時に、澪に関してもそうなりますね。これが私に出すことができる祝福。本編後のお祝いです。澪に関してガッツリいきたかった……理由は未零と同じという話題ループなのですけれど(
実際、この関係性はリビルドでしか行えません。澪の生存と200話をかけて作られた精霊、未零というキャラクター。今しかできないからこそ、やり切ったつもりです。

軽い補足に入りますが、折紙と二亜だけが夢を見た理由。本筋には関わらない理由なのでぶっちゃけますが、折紙は未零に霊力による攻撃を通した過去があること。二亜は同じ天使を使ったことがあること。それが異なる世界の来訪者から僅かに記憶が流れた理由です。
メタなことを言うと原作だとこの二人しか描写がないからですがね!! そしてこの方面で最も感知していたのは十香なのですが、それは裏側の彼女がセーブしていた、という答えです。え、狂三?だって殺られたの分身なのでry

こんだけ書いといてアレですが、量的に予定より削った箇所はあります。最後は万由里や折紙を出してあげたかったですし、あちら側の世界のその後の会話とかも……ちなみに、祝福に満ちていると決まっている二つの世界のことを知りたいなら21、22巻『十香グッドエンド』の上下をよろしくお願いします。君は泣くだろう、最後のエピローグで。
私が詳しく書いてしまうのは野暮ってもんですからね。リビルドの世界から観測したのは、あの世界たちの未来は必ず祝福されてる。それでいいんです。
あとウェストコット書くの何か楽しい。若者で癒される老人枠かよ。

そんでまあ、フォロー役に徹した士道と狂三。理由は二つで、以前話をした通りこの二人は本編の流れは描き切ったことと、エピローグであちら側の士道が現れるからこそ、ですかね。向こうの世界の狂三に関しても同上。
五河士道は精霊たちの笑顔を見たい。時崎狂三はその眼に諦めを灯すことはない。言葉などなくとも、伝わることはある。

そんなわけで一旦は世界を創り変えたものとしての存在を主張させた二人ですが、この小説の主人公とヒロインは誰かって話ですよ。
完全に個人的なこだわりなのですが、この小説を完結させるなら士道と狂三で〆たいのです。いや本編がまさに王道でそれだったのですが、後日談で思った以上に姉妹が綺麗に持っていったものでして……。
そういうわけで、狂三リビルドを完結させるためにあと4話は書くつもりです。

一つは感想欄からいただいたアイディアをピンと来たものと組み合わせた短編。私、このネタは絶対に書くつもりなかったんだけどなぁ……っていうものです。

二つ目、三つ目は狂三、士道それぞれのIF。正直士道側の始まりは固まりきってないので若干不安ですが。いや、本編であれだけ無双させた狂三を死なせる展開自分で書くの辛い……いや書きますけど、書きますけどね。どうしようかなぁ……。

そして四つ目。これは単純な話、暗いIFの後にはハッピーエンドでしょ。士道と狂三をメインにした最後の後日談。狂三リビルド完結のエピローグをお送りします。気を軽くして読めて、終わったーって感じにしたいなぁと。

以上となります。とはいえ、本編完結からここまで突っ走ってきたので今回は若干長めの休息をいただいております。後日談までノンストップで書いていたので数日手に付けないの久しぶりですねぇ。
あまりスパンが長くなりそうなら一つ目の短編だけは先に送り出そうと考えているので、気長にお待ちください。あと章完結記念に高評価とかいただけたら速度上がると思います。投げ損ねとかあったらいつでもお待ちしております。このスタンス最後まで絶対ブレない気がする。

長くなってしまいましたが、後日談までお付き合いいただき、そして感想、評価、お気に入りなどなどありがとうございます! 本当に残り少なくなってきましたが、私は変わらず自分に書けるものをお送りしていきたいと思っています。
それでは、この言葉もあと数回となりますが……次回をお楽しみに!!
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