デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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ルート分岐点。澪の霊力を取り込んだ十香の増援後から。












五河イマジナリー
『そして、悲劇は繰返す』


 ――――――救いたいと思った。

 

 ――――――欲しいと願った。

 

 どっちも本当で、どっちも俺の感情なんだ。たとえ、間違ってるとわかっていても。彼女がしてきたことが許されないとわかっていても。背負うと決めた。背負わせて欲しいと思った。

 あの気高く美しい少女は、厳しく優しい精霊は、あまりにも綺麗だ。本当に、輝いて見えた。

 

 だから、五河士道っていう男は初めからおかしくなってた。そう気づいてた。

 

 一つの出会いがあった。大切な、出会いがあった。無くしたくない思い出があった。

 少女は人を狂わせる美しさの体現者。それは、精霊と出会うことを決定づけられた俺でも例外じゃなかった。いや、俺だから、かな?

 俺だから頭のどっかで理解できてた。彼女が持つ霊結晶(セフィラ)。それに近づくに連れて、深すぎるほどの後悔(・・・・・・・・・)が込められていることに。それを澪がわかってやったのかまでは、狂三の真似じゃないが俺の知るところじゃない。

 ともかく、それが俺自身にどんな影響があるのか。そんなもん、わかるわけがない。わかるわけがなかった(・・・・)。その時になってみないと。

 

 ――――――きっと、本当は理解していた。

 それに身を浸してしまえば、そこに在るのは士道()じゃない。崇宮真士(もう一人の俺)でもない。

 何事も対価が必要だ。踏み倒すにしろ、元にする事象がなきゃどうにもならない。そしたら多分、そこに士道()はいない。士道()じゃない何かがそこにいる。それじゃあ、守れない。何も守れない。五河士道が欲しかった、守りたかったもの。その全てを失う。対価は必然のように支払われる。

 

 

 己を手放し、信念を捨てた五河士道に未来なんて無い。

 

 

それでも(・・・・)、その対価を欲する士道()がいたとしたら――――――それだけで良い。そんな根源の願いを抱いて呑まれた、無力だと絶望した士道()がいた、ってことじゃないかな。

 

 全てを捨てて、その願いだけを叶えた士道()は、どういう存在になるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ――――――()った。

 

「はあああああああああああ――――ッ!!」

 

「――――――――」

 

 狂三の眼前で、十香が振るう黄金の剣が、その最強の絶技が始まりの精霊に届いた。

 本来なら、届くはずはないもの。根源の一。原初の零は無慈悲であり無情。分け与えられた力しか持たぬ精霊が、全てを束ねる窮極に届き得るものか。理屈では(・・・・)、そうだった。

 けれど、届いた。ありえない鮮血が舞う。衝撃波が始原の精霊、崇宮澪を叩く。子が親を超える。僅か一瞬、原初の零は未知なる未来へと引き摺り込まれる。

 それを成し遂げられたのは狂三と十香、二人だけのものではない。

 

「――――――狂三、十香っ!!」

 

 澪の天使に投げ飛ばされ、動きを封じられながら、確かに十香の勇姿を見届けた彼がいたからこそ。五河士道への想いがあればこそ到達し得る高みがこの瞬間にあった。

 行ける。澪の霊力を取り込んだ十香の絶技。彼女の力と同調し力を積み上げる狂三の高次予測。そして、士道という精霊の力を束ねた心の支柱。あまりにも遠く、糸口さえも極小であった澪の力。そこへ刃を通す領域に届き始めている。

 狂三は自然と時計の目が歪み、勝機への微笑みを零す。

 

 

「――――――見事だ、十香」

 

 

 それが、さらに歪む。否、凍りついた(・・・・・)

 濁りのない喝采。この上のない賞賛。今の一撃に対してだけではない。それは、()であり分身とも言うべき夜刀神十香という精霊そのものに対してだ。

 全身がそのことへ警鐘を鳴らす。澪の思考が切り替わり、引き出す力が視てはいけないもの(・・・・・・・・・)になる。

 熱い、熱い、熱い。目が焼ける。先を認識せんと走る思考が、脳が焼けるように熱い。だけど、狂三は足を踏み出した。前へ突き進んだ。

 

 

「……その気高き心に、想いに、最大限の敬意を表する――――私も、それに応えよう」

 

 

 突き出された右手。十香は何もできない。できるわけがない。『死』の極光を避け、【(レートリヴシュ)】による必殺の一刀を放った彼女にその時間はない。いいや、仮にあったとしよう。だが、十香の距離ではどれほどの速さがあろうと避けられる距離ではないのだ。

 その光からは逃れられない。存在するが故に、逃れられぬものがある。蒼空を駆ける天であろうと、大地を穿つ地であろうと、等しく無意味。

識っている(・・・・・)。あの子の極地を、時崎狂三は認識してしまっていた(・・・・・・・・・・)

 

 

「――――――させ、ませんわっ!!」

 

 

 だから狂三は、十香の前に立ち、無理やり十香を逃れさせた。

 

「狂三っ!?」

 

「な……っ!?」

 

 まったく同時に驚きの声が発せられる。一つは後ろに下げられた十香。もう一つは、今まさに天使を唱えるはずだった澪。正確には、既に天使は放たれた(・・・・・・・・・)

 恐らくは、澪自身の感情に由来しない何か。何かしらの作用が働き、元より狂三に危害を加えるつもりがなかった澪の意志も重なり、『無』の光は本来の輝きを保てない。

 だが、一度放たれた最後の天使、その全てを止めることなど始原の精霊であっても出来はしない。

 

「ぎ――――ぁ……」

 

 故に、直撃は避けられない。『無』の極光。光を集わせた小さな種子。発生した抗えない極限の力に、焼かれる。

 悲鳴さえ声になりきらず、一瞬で消滅をしなかったのは奇跡だった。しかし、霊装の機能を破壊された。内側の構造、肉体の維持に必要な機能を消滅させられた。目の殆どの機能を壊された。

 

 

「狂――――――三ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 

 だが、聞こえた。幸いにも、術者の手で止められた最後の天使は完全な発動までには至らず、狂三の内側を消失させる程度(・・)に留まった。

 聴覚が残っていれば、士道の声が聞こえる。拘束を振り切り、霊力をつぎ込んで駆ける音が――――――それがあれば、狂三が未来を視ることは容易い(・・・・・・・・・・・・・・)。たとえ目が潰されようと、送り込まれる情報は〈刻々帝(ザフキエル)〉と直結した狂三の脳が処理を行う。

 

 

「ぁ」

 

 

 そこに現れた死の未来(・・・・)を、知覚してしまった。

 

 十香は間に合わない。狂三を守るため再び狂三と澪との間に自らを滑り込ませたからだ。

 澪は動けない。最後の天使を無理に抑え込んだ僅かな一瞬、澪だとしても誰かを助けるには(・・・・・・・・)致命的な隙だ。

 

 

「――――――士道さん」

 

「え――――――」

 

 

 迷いなどなかった。躊躇いなどなかった。あのときと同じことを、心のままに選び取った。

 今度は、生き残ることはない(・・・・・・・・・)と知りながら。

 

 狂三は、その胸を刺し貫かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後悔という言葉の意味を、士道は生まれて初めて味わう。

 そうなのだろう、というものは幾つも体感した。あのとき、あの行動をしていれば。自分がもっとしっかりしていれば。そのようなことは幾らでもあった。その度に、士道は一歩、また一歩と前へ進んでいった。進んでいけばいい――――――そう思っていた。

 

「――――――――」

 

 視界を染めた赤色を、士道は理解できなかった。

 真っ赤に染まった視界を、士道は理解したくなかった。

 ああ、ああ。後悔というものは、反省をして次に活かせるから軽々と扱えた。本当の後悔を知らずにいたから、士道はそう思っていただけだというのに。

 一瞬のことだった。澪と対峙した十香。澪に傷をつけた十香。澪から十香を庇った狂三。それを見て、天使の『根』を全開の霊力を以て――澪の中にいる少女の動揺でか――振り払い、光に押し出された狂三の身体を全力で受け入れた。

 それだけ。それだけしか(・・・・・・)考えていなかった――――――五河士道という男は、未熟なのだ。

 如何に修羅場を超えてきたといえど、士道は極地には至らない。精霊たちと異なり、最強には届かない。

 狂三しか見えていなかった。狂三だけを見ていた。だから、渾身の力で押し出された(・・・・・・)とき、やっと己を襲った殺意に気がついた。

 

 瞬きの間に、剣が狂三の胸を刺した。飛来した少女、金の髪に風を纏わせた――――――魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースの手で、それは行われた。

 

 

「アイクの予測は外れてしまいましたが――――――私の屈辱は、ようやく返すことができました」

 

 

 能面ように色のない顔。その中の、狂三とは似ても似つかぬ、淀みと恨みと醜さに塗れた瞳に喜び(・・)を滲ませた女の手によって――――――士道は、取り返せぬ後悔を心に刻まれた。

 

 

「お――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 刹那の、神速。エレンすら上回る知覚外の暴力を駆使した十香が、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刃で狂三を貫く魔力剣を中心から真っ二つに切り裂いた。

 

「ち……っ!!」

 

 舌打ちをし、白銀の鎧に指令を下す動きを見せたエレン。そんなことはどうでもいい。そう言わんばかりの十香が、白と黒だけの世界に怒声を響かせた。

 

 

「シドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――ッ!!」

 

 

 何を指し示しているのかは、わかる。わからないはずもない。十香の言いたいことを理解して、そこで士道は、目の前で起こったことが現実だと知った(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「あ……ああ、ぁ……」

 

 その鮮血が。士道へと降り注ぐ生々しい血溜まりが。匂いが、力なく空を舞った彼女の姿が。

 

 

「あ……ああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 取り返しのつかない、絶対的な過ちだと気付かされてしまった。

 

「狂三、狂三、狂三、く、ぁ……、狂三……、っ!!」

 

 苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい。息が続かない。何も見えない。何もわからない。見たくない。己の手の中で力尽きようとしている愛しい少女の姿を見たくない。だけど、見てしまった。

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉っ!! 〈封解主(ミカエル)〉っ!!」

 

 二つの杖を使役し、傷を塞ぎ、空間に『孔』を開ける。前者は、まるで意味を為していないようで血を吐く思いで霊力を叩きつけた。

 後者は――――――不思議なことに、外へと通じる『孔』が開かれた。彼女の空間であるはずのこの場所で、入り込むならいざ知らず出ることは不可能なはずだったのに。

 その意味を、士道は理解などできなかった。することなどできはしない。

 熱い。血が流れ落ちる手が。全てを吐き出してしまいそうな身体が。なんだ、これは。なんだ、これは。わからない、わからない。わかりたくもない。

 

 内側から迫り上がる〝何か〟から逃げるように、士道は『孔』に身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【狂三っ!! 目を覚ませ!! 目を覚ましてくれ!! 狂三、狂三、狂三――――――狂三っ!!】

 

 呼びかける。ひたすら呼びかける。彼女が士道の呼び掛けに応えなかったことは一度もなかった。起き上がってくれる。だって、彼女は時崎狂三だ。

 士道が愛した。士道が愛おしいと思った。士道が誰より憧れた時崎狂三なのだから。

 ――――――起き上がらない。

 

【っ……〈贋造魔女(ハニエル)〉!! 〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!! 〈封解主(ミカエル)〉!!】

 

 癒しの声。変化の光。再生の焔。傷そのものを塞ぐ鍵。

 ありったけの力を込めた。ありったけの想いを込めた。天使は想いを糧に奇跡を起こすもの。だったら、彼女を治せ。彼女を起こせ。目の前に迫り来る理不尽(・・・)を捩じ伏せろ。起きろ、起きろ、起きろ――――――目を覚まさない。

 

「な……、ん……で……」

 

 狂三の白磁を紅く染める血が。霊装を消していく赤い血が。士道の鼻腔を破壊し吐き気さえ起こさせる朱い血が。

 黒い。滂沱のように流れる涙では消せぬほどに黒い血が。滴り落ちる命の灯火が、一つであれ奇跡を寄せ付けることなく広がっていく。

 

「――――――止まれ」

 

 士道の手へ。

 

「止まれ、止まれ、止まれ」

 

 士道の足へ。

 

「止まれよ。止まれってんだよ」

 

 士道の、士道の、士道の、士道の――――――――

 

 

「止まりやがれ――――――ッ!!」

 

 

 押さえ付ける全ての行為を否定するかのように、狂三を死へと至らしめるもの(・・・・・・・・・・・・・)は、溢れ続けた。

 

「――――――もう、おやめくださいまし」

 

 声が鼓膜を響かせたのは、狂三の血が士道の全身を染め上げた頃だった。

 

「汚れて、しまいますわ」

 

「狂、三……」

 

 喜ばしいことのはずだ。その微笑みを見て、なぜ五河士道は悲しく惨めな涙を流している。

自分自身の死期を悟った(・・・・・・・・・・・)彼女を、この期に及んで士道を気遣う優雅な姿を見せる彼女を見て、何を――――――

 

「……精霊としての……、機能を内側か……ら壊された上で、喋ることができているのは奇跡、ですわね。まったく、どこまで……生き意地が、汚い……」

 

「……!! 止めろ狂三、喋ったら――――――」

 

 ぴたりと、指が士道の唇を制した。どこにそのような力が残っているのか。もはや、血に塗れていない場所などない身体で。喀血した唇で。

 時崎狂三は、最後の言葉を吐き出した(・・・・・・・・・・・)

 

「十香、さんと……大丈夫、ですわ。お二人なら、必ず……」

 

「待てよ……」

 

 なんだそれは。

 

「そしたら、わたくしの力を使い……、全てを『なかったこと』に……」

 

「待ってくれ……」

 

 止めろ。止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ――――――――!!

 

「そうす、れば……皆様と、また……ああ、あ、あ……けれど、また策の練り直し……ですわ、ね……」

 

「っ――――――待てって言ってるだろ!!」

 

 怒声が飛ぶ。拒絶する。霊力が士道の意志に従って、辺りの全てを拒絶した。

 だけど、士道が抱き抱えた狂三の事実だけは、消しされなかった。

 

 

「ごめん、なさい――――――約束、守れませんわ」

 

 

 言葉は、止まらなかった。

 そうして、距離は零になる。振り絞られた力に抗うことなく、士道の顔は血濡れ、霞んだ瞳に吸い込まれた。なお、美しいと思った。

 

 唇と唇が、重なった。

 

 

『――――――――――』

 

 

 それが、初恋の人との最初の――――――そして、最後の口付けだった。

 血溜まりと鉄の味が染み渡り、離れ、

 

 

「――――――――――狂三?」

 

 

 全てが、抜け落ちていった。

 

 

「…………狂三」

 

 

 全身から熱が消えた。

 

 

「狂三」

 

 

 何も、言えなかった。

 

 

「…………………………………………………………………………………………嫌だ」

 

 

 愛してる。それすら言えなかった。

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――嫌だ」

 

 

 彼女は、物言わぬ。辺りに広がる瓦礫と同じものになった。

 何も無い。そこには、何も無かった(・・・・・・)

 

 彼女だけは、駄目だ。彼女だから、駄目なのだ。

 

 約束したのに。二人で、そう約束したのに。

 

 どこにもいない彼女を探して、気が付く。

 

 ああ――――――この未来(・・・・)を視てしまった士道に、取るべき未来など残されてはいない。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 心が、身体を砕く。想いが、心を砕く。

 

 何がいけなかった。どうして狂三はいなくなった。どうして士道じゃなかった。

 未熟だったから。何も見えていなかった。エレン・メイザース。アイザック・ウェストコット。常に考えていなければならないことを、考えられなかった。

 なら、奴らが悪いのか――――――違う。士道だ。士道が全てを無に帰した。

 もっとだ。もっと、もっと、もっと根本的なもの。あの優しい少女が死ななければならなかった理由。優しくも厳しい少女が、どうして死ななければ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あ」

 

 

 そうか。士道は、笑った(・・・)。あまりに醜悪。あまりに醜い。あまりに、あまりに、あまりにあまりにあまりにあまりにあまりに――――――当然の結実だったのだ。

 

「あ――――――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 笑う。嗤う。優雅とは似ても似つかぬ、嘲笑いを。

 己が内側から手を引かれる。それを、引きずり出す(・・・・・・)。呑み込む。別の何かに、成り果てる。

 力を。もっと、もっと力を。彼女を守れるだけの力ではない。それでは意味がない。意味がなくなってしまった。

 簡単なことだったのだ。抱き締める。少女であった者の亡骸を。愛おしく、誠実に。そっと、そっと。

 初めからそうすればよかった。ゆっくりと地面に横たえる。美しい少女を飾るには相応しくない墓標。けれど、大丈夫(・・・)

 ああ、何もかもが間違いだった。力のない士道も。日常を望んだ士道も。士道でなくてはならない理由は、もうない。約束を果たせなかった五河士道に居場所などない。

 どうすればよかったのか。どうすれば、この全てがどうでもよくなる未来を閉ざすことができるのか。ああ、本当に簡単な話だったと士道だったもの(・・・・・)は嗤う。

 紅と黒に染まる身体で。幽鬼の如く色を失った髪で。

 

 

「なあ、そうだろ――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

 応えるように黄金の左眼が刻の涙を流し――――――少年が鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――――っ」

 

それ(・・)は、過敏すぎる程に進化を遂げた――友を救えなかった今となっては慰めにもならない――十香の知覚領域が反応したことによる、十香自身の震え(・・)だった。

 眼前にはDEMの魔術師(ウィザード)と呼ばれる者たち(・・)動きのない(・・・・・)澪。今の十香と言えど、完全に意識を逸らすことは致命傷に繋がりかねない。

 だが、それでも止まった。十香の全神経が震え、剣の柄を握る指が、覆われた霊装が細やかな音を掻き鳴らす。

 

「これ、は……」

 

恐怖(・・)。憤怒、憎悪、絶望、殺意――――――十香に向けられたものではないとわかっているのに、それがわかっていてなお、十香は恐怖の感情を抱いた。

 迫り来る〝何か〟。十香より遅れ、魔術師(ウィザード)たちもまた気が付く。白と黒の世界に、それ(・・)は現れた。

 

 

「――――――――な」

 

 

 そして、十香は、言葉を喪失した。

 

 言わなければならない言葉があったはずだった。なぜなら、十香が()を見紛うことなどありえないのだから。

 だから、ありえないことのはずだった。しかし、何もかもが違った。

 いつも勇気を与えてくれた瞳は、鮮血のような紅に染まり。崩れた髪は鮮やかだった色を落とし、彷徨える亡霊の如く揺れている。

()のはずだ。十香の心を救い、皆を救い、決して諦めることのなかった。なのに、

 

 

「――――――シ、ドー……?」

 

 

 なぜ十香は、五河士道と呼ぶことに疑問を持ってしまったのだろうか(・・・・・・・・・・・・・・・)

 ああ、だけど、これだけはわかる。十香の直感が告げていた。

 揺れる幽鬼の髪から垣間見える時の奏は――――――十香が遅すぎたのだと、教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、よかった。無事だったんだな、十香」

 

己であったもの(・・・・・・・)を呼ぶ声に、僅かばかり思考を取り戻し、返す。

 十香の顔はよく見えない(・・・・・・)が、まあ些事なこと。そこにいて、無事ならばいい。

 

「下がっててくれ――――――終わらせるから(・・・・・・・)

 

「待て……待つのだ……っ」

 

 身体が軽い。血が固まり、染み渡り、全身に行き渡る。なのに、全てが容易く行える。

 万能感が支配する。力が漲る。これまでできなかった全てが、指先一つで行える。そんな確信があった。

 

 今になって、今更となって、無駄な力がここにはあった。

 

 そうであるなら、終わらせる。故に、己の手を掲げ。

 

「――――――随分、様変わりしたようですね、五河士道」

 

耳障りな声(・・・・・)が、鼓膜を震わせた。

 

「ですが、ちょうどいい。アイクのために、あなたの霊力も回収させていただきましょう」

 

 誰だったか。あいつを取り巻く連中はどうでもいいが、あの女だけは目が捉えている。十香の顔はよく見えないというのに、煩わしいことにだ。

 さて、どうしてだったか。今すぐにでも目的を果たしたいところではあるのだが、あの女を見ると思考が止まってしまった。

 金色の髪。白銀の鎧。他者を見下し続けるあの女は――――――――

 

 

「その様子だと、〈ナイトメア〉は息絶えたようですね。我々に逆らうということは、そういうことだと――――――――」

 

 

 ああ、ああ。思い出した――――――殺す相手だった(・・・・・・・)

 

 

【黙れ】

 

 

()に込めた。言葉の全て、その意味の通りに込めた。

 

「っ……!?」

 

 憂いもなく、止まった。他の邪魔な取り巻きも、どうやら勝手に動きを止めたようだ。好都合、というのはこういうことを言うのだろう。

 もっとも、こんな乱雑な使い方をしていては、美九に叱られてしまいそうだ――――――もう、いないのに。

 

 瞬間、〝鍵〟を回し女の目の前に位置を変える。風を纏わせた腕を振るい、その土手っ腹に拳を叩きつけた。

 

「ァ……!!」

 

 喋るなといったのに。その煩わしさに顔を顰め、耳にひしゃげたカエルのような無様極まる悲鳴が走る。女の身体が白黒の地面にめり込む。

 

 

「〈救世魔王(サタン)〉」

 

 

 虚空より出、闇の極光が女の四肢を穿ち、鮮血を上げる。今度は悲鳴すらなかった。

 右の手のひらを見せ、柄を呼び起こす。

 

 

「〈暴虐公(ナヘマー)〉」

 

 

 片刃の剣。誉れ高き魔王の(つるぎ)。だが、些か失敗したと思ってしまったのは――――――それを、女の胸を突き刺すことで、汚してしまったことだろうか。

 

「ぁ……、……が、……」

 

「……なんだ、まだ生きてるのか」

 

 身体の内蔵を吹き飛ばした闇色の霊力、その軌跡を残しながら剣を胸元から引き抜けば、女は死にかけの動物のように幾度も身体を痙攣させ、震えながら生命にしがみつく。

 なるほど、生き意地が汚いとは、本当ならこのことを言うのだろう。存外、魔術師(ウィザード)というのはこうもしぶといものかと眉根を下げる。

 動けない身体で随意領域(テリトリー)を扱い、何とか吹き飛んだ肉体の組織を取り戻そうと試みているのかもしれない。哀れなことだ。仮にこちらに対抗できたところで、こいつらの望みは叶わない。

 こんな相手に無様に敗北する人間が、十香や澪に――――――狂三に勝てるものか。

 そして思案は続く。なぜ意味のないことをしてしまったのか。この女がどうなろうが知ったことではない。だが、目障りだった。ああ、そうだ。怒りとか、殺意とか、そういうものじゃない。

 

 ただ、この存在が目の前にあることが許せないだけなのだ。

 

「終われ」

 

 最強と呼ばれた存在が生き恥を晒すのは、苦しいだろう。

 思ってもいない慈悲を浮かべ、〈暴虐公(ナヘマー)〉の刃を女の首へ振り下ろし――――――――

 

 

「シドー!!」

『士道さん』

 

 

 止まった。神速の一刀として、紙のような随意領域(テリトリー)など文字通り紙のように切り裂き、首を切断せしめたであろう漆黒の剣が止まる。

 止めるつもりなどなかった。声が聞こえた。顔が見えなくなってしまった十香の、悲痛な声が響いた。

 それはどうしてか、愛しい少女のものに思えた。

 

「止めろ……止めてくれ、シドー。こんなこと……シドーらしく、ないぞ……」

 

「…………」

 

 涙が流れている、気がした。好いた子の涙が。声が震えている気がした。自分が守らなければならなかった涙、だったはずなのに。

 ――――――どうでも、いいか。そんな思考が過ぎった。手にしていた剣を手放し霊子へと返し、もはや興味の欠片すらなくなった女を蹴り飛ばす。

 

「が……ッ」

 

 聞くに絶えない悲鳴を響かせる。ああ、ああ、不愉快だ、不愉快だ。

 この程度の女に大切な存在を奪われた自分自身の存在そのものが、一番不愉快だ(・・・・・・)

 だから始めよう。

 

 

「来い――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

 謳う。呪うように謳う。それだけは、ただ唯一女王が遺せしもの。受け継ぎしもの。譲ることなく、揺らぐことのない時の概念。

 影が揺らぎ、時の全てを奏でる天使が我が背に浮かぶ。トン、トン――――と、慣れた靴音を鳴らし、どこまでも広く影を伸ばした(・・・・・・・・・・・・・)

 

「シドー、一体何をするのだ……!?」

 

 どこまでも、どこまでも、どこまでもどこまでもどこまでも。伸ばして、延ばして、喰らう(・・・)

 

 

「シン」

 

 

 そのとき、声が聞こえた。顔はよく見えないけど、声だけは聞き取ることができた。

 

「澪」

 

 応えはした。応えることはしたが、彼女の満足いくものではなかったのだろう。動揺が伝わってくる。

 ああ、確かに申し訳ないことをした(・・・・・・・・・・)。こうなっては、霊力を封印できたところで崇宮真士の器としては最悪もいいところだと苦笑する。しかし、そう案ずることはない。

 

「心配するなよ、澪。おまえは、また待つだけでいいんだ(・・・・・・・・・・・)

 

「……何を、するつもり?」

 

 急速に高まる霊力。時間。その二つを従え、ありったけの力を〈刻々帝(ザフキエル)〉へと導き、微笑みを以て知れたこと(・・・・・)に答えた。

 

「――――――作り直す(・・・・)。それで、いい」

 

「――――――――――――」

 

 ああ、ああ。それでいい。それだけ(・・・・)が確定していればいい。

 問いかける言葉。問われる言葉。もう出し尽くした。結論へと至るには、待ちに待った。

 

 時を戻る? それは、少年の中では、少年の望みを叶えるには意味のない行為だ。だって、視てしまった。感じてしまった。観測してしまった。凄惨な未来を。彼女がいなくなってしまう未来を。

 何の意味がある。時を戻り、何の意味があるというのだ。その可能性がある(・・・・・・・・)。それだけで、耐えられないほどの苦痛。もう一度、あの時を繰り返すなど不可能だ。

 

 だから、

 

 

 

「もう、絶対に死なせない。もう、絶対に間違わない。

だからもう一度、君のいる世界を創ろう――――狂三」

 

 

 

 そのために人間・五河士道という存在と、精霊・時崎狂三という存在は――――――必要ない。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――――」

 

 

 手にした銃口に込めしは、全にして一。全ての数字から影を呼び、あらゆる時間を歪め、収め、引き金に指をかけた。

 引き金が引かれた音は、悲劇を終わらせるものか。

 それとも――――――めぐるめぐ悲劇の狼煙か。

 

 

「【■の弾(エフェス)】」

 

 

 それを、世界へ撃ち込んだ(・・・・・・・・)

 闇が、世界を呑み込む。

 

「シドォォォォォォォォォォッ!!」

 

 誰かの声が、聞こえた気がした。

 

「…………」

 

 悲しげな沈黙が、闇の中にあった。

 

 

 そして、時が螺旋し――――――世界が、巻き戻った(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふんふーん。うふふ……」

 

 鏡の前で、ひらり。スカートが翻り。我ながら、なかなかに着こなせていると自画自賛。左右揃いの色をした(・・・・・・・・・)双眸と、今日この日のためにしっかりと整えられたストレートの髪が評価を告げていると言っても過言ではない。

 

「そうでしょう――――――『わたくし』?」

 

 鏡に向かい、問いかける。……まあ、答える者はそれこそ己しかいない。はてさて、と小首を傾げたのは自分自身。自分の分身(イマジナリー)を作り上げてしまうとは、そういう年頃なのだろうか――――――そう、時崎狂三(・・・・)は苦笑した。

 そもそも、だ。春休みが明けた(・・・・・・・)程度で、一体何をやっているのかと冷静になる。生憎と、又は好都合ともいうが、一人暮らしの狂三の奇行を止めてくれる人はいなかった。

 

『――――今日未明、天宮市近郊の――――――』

 

「あら?」

 

 妙に熱くなった顔をパタパタと手で仰ぎ冷ましていると、付けっぱなしにしていたテレビのニュースの内容に狂三は眉根を上げた。

 画面に映し出された街の様子。それは、単純な災害と呼ぶには悲惨で、それでいて『この世界』でのある種日常と呼べる光景。

 

「空間震、ですのね」

 

 広域振動現象。発生原因、発生時期、被害規模、どれを取っても不明、不定期、不確定。文字通り空間を抉りとる振動、とでも言うべき現象。

 日常にありながら、非日常。平和でありながら、この世界はどこか歪だ。

 

「…………」

 

 狂三にどうにかできるものではない。悲惨な事故現場(・・・・)を見れば、誰の手にも余る。人の領域を超えた現象。たかが小娘一人の正義感で、何かができるものではない。慈善事業の真似事がせいぜいといったところだろう。

 けれど、思ってしまう。考えてしまう――――――狂三は、理不尽を覆す力を持っていたのではなかったのか、と。

 

「……思い上がりですわ、ね」

 

 息を吐き、テレビを消し、用意した鞄を手に取る。そうすれば、いつも通りの時崎狂三。平和を享受する未熟ながらも恵まれた時崎狂三。

 きっと、思春期や子供によくある全能感。少しすれば、なくなってしまう感覚だ。今は、それも楽しむことにしよう。

 

 

「あ――――――」

 

 

 家を出て、無駄に背の高い塀を横目に、狂三は見慣れた人影を視界に収めた。

 中性的な顔立ちの少女(・・)。とはいえ、勇ましさや無骨さではなく、線の細い少年を思わせる中性的な、だ。その物腰、雰囲気共に狂三の肥えた目を満足させるに足る少女だった。

 狂三の姿に気がついたのだろう。狂三と同じ制服を纏った少女が、長い髪をふわりと揺らし穏やかながら快活な微笑みを見せた。

 

「おはようございます、狂三さん」

 

「おはようございます――――――士織さん(・・・・)

 

 彼女の名は士織。五河士織(・・・・)。都立来禅高校、狂三の学友にして幼なじみ(・・・・)の間柄。昔から、彼女の妹共々世話になっているご近所さん。

 

「お久しぶり……というわけでもありませんわね」

 

「そうですね。春休みでも変わらずでしたし」

 

 休み明けではあるものの、互いに苦笑してしまうくらいには全く久しいという感覚はない。

 しかし、学年が上がりクラス替えとなれば話は別か、と士織と学校へ向かい歩きながら雑談に興じる。

 

「クラス替え……同じクラスになれるといいですね」

 

「さて、さて。こればかりは神のみぞ……いいえ、教員のみぞ知る、でしょうか。まさか、データを改ざんして同じクラスへ、なんてこともできませんものね」

 

「あはは、そんな人いないですよ。殿町くんとも同じクラスになれるといいなぁ」

 

「あら、あら。そのお心は?」

 

「だって、面白い人なので……」

 

「……殿町さんに同情いたしますわ」

 

 距離が近しければ良い、というものではないと学べるよいサンプルデータだ。殿町宏人殿には申し訳ないが、貴重なデータとして頭に刻んでおかせてもらおう。

 そんな戯れ、これからの話を続ける。本当に、狂三は恵まれている。

 

「………………」

 

「狂三さん?」

 

 ああ、ああ。なのに、どうして、

 

 

「いえ、いえ。なんでも……ございませんわ」

 

 

 どうして――――――心の虚しさが、消えないのだろうか。

 一番大切なものを失ってしまったかのように、狂三の心は、いつまでも満たされることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――こうして、世界は平和になった。……ですか?」

 

 フェンスに身体を預け、少女は戯れを謳う。二人の少女を見下ろし、道化のように語る。

 物語を締めくくる道化の語り。しかし、それは独白ではなく問いかけ。

 隣でフェンスに背を預けた少年(・・)への問いかけだった。

 

「本当に、そう思ってるのか?」

 

 問いかけの返しに、ローブの下で少女は笑う。まさか、と。

 

 

「いいえ。そうだとしたら、私はここにいない。そうでしょう――――――精霊・〈ナイトメア〉?」

 

 

 少年は――――――精霊(・・)は、装飾の施されたコートをはためかせ、歩く。深い、深い闇を思わせる黒と、血を塗り固めたような赤い光の膜で彩られた霊装(・・)。それを翻し、幽鬼の髪と不揃いの双眸(・・・・・・)を見せつけ、精霊は不敵な微笑みを浮かべた。

 

「く、はははっ! ああ、ああ。そうだ。俺は、世界を平和にしたつもりなんてさらさらねぇよ」

 

「…………」

 

「初めからさ、間違ってたんだ。役割は俺じゃなくていい――――――でも、狂三じゃなくてもいい(・・・・・・・・・・)

 

時は逆転した(・・・・・・)。白の少女が全てを理解した時、全てが手遅れだった。

 希望を託した少年は堕ち、少女は全てを無くし全てを得た。否、それ故に手遅れというのは間違っている。

 白の少女の計画は成就した。これ以上ない形で。彼女はもう、異なる世界の住人(・・・・・・・・)だ。

 常識に対しての驚異ではなく、常識に適応した普通の高校生。それが、『この世界』での時崎狂三。

 常識に適応した普通の高校生ではなく、常識に対しての驚異。それが、『この世界』での五河士道。

 正しくは、五河士道だったもの(・・・・・・・・・)、だが。

 

 

「……これがあなたの〝答え〟ですか、〈ナイトメア〉」

 

「そうだ。これが俺の〝答え〟だ、〈アンノウン〉」

 

 

 濁り、憎悪し、それでもなお輝きを失わぬ時を刻む左眼。そこに、少女が希望を見出した少年の瞳はなかった。

 そこには、大切なものを二度と失わぬため、手にできないほど遠くへ封じ込めた悲しき精霊の瞳があった。

 少年はいない。いるのは精霊。それが理解してしまえる。だけど、白の少女は彼を呼んだ。

 

「……士道」

 

「誰だよ、それ」

 

「……あなたの、名前でしょう。大事な名前だって――――――」

 

「忘れた。おまえも忘れていい」

 

 もはや何の情も、ましてや未練はない。顔は氷のように冷たく、瞳の中に闇を抱く。あんなにも優しかった少年が、それは、それは――――――あまりにも悲しくて、少女は言葉を重ねた。

 

「……忘れません。私だけは、絶対に」

 

「そうか」

 

 少年は興味を持たず、けれど否定もしなかった。白の少女には、それが酷く悲しく、同時にありがたかった。

 だって、白の少女が忘れたら、もう誰も彼を呼べはしない。

 『私』は別の人を見ている。彼女は全てを忘れてしまった。なら、〝私〟しかいない。裏返したカードを表にし、再び裏へと返した『この世界』で、士道を覚えていたかった。

 

 ――――――あの時の感触が、記憶が、士道を蝕んでいる。覚えていてしまう。なかったことにはならない。

 そして、悟ったのだ。士道は、狂三と出会うべきではなかったのだと。士道なんかと出会ってしまったから、狂三はああなってしまったのだと――――――それを否定できる人は、彼の腕の中で事切れてしまったから。

 恋なんて、知らなければよかった。彼女がいなくなった痛みが、今この瞬間に伝わってくるようだった。

 だから否定した。世界を拒絶した。絶望の未来。一つの未来を観測した士道は、その未来が存在することそのものが許せなかった。

 これがその結果。始原の領域へと一度は至った少年が放った〈刻々帝(ザフキエル)〉の銃弾は、世界そのものの時間を凌駕し、反転させ、因果の一つを極限まで捻じ曲げ――――――もう一度、繰り返させる。

 

 そして、悲劇は繰返す。

 

「さて、さて。じゃあ、始めるか」

 

「……何をするつもりです?」

 

「はは、澪そっくりの反応だな」

 

「っ……」

 

 思いがけぬ反撃に眉根を揺らした少女を知ってか知らずか、士道は不敵な笑みを消すことなく続ける。

 

「決まってるだろ。〈ナイトメア〉の目的なんて、おまえがよくご存知のはずだろう?」

 

「……それは」

 

 知っているとも。〈ナイトメア〉。数多の命を摘み取った大罪人。許されることのない罪過を背負いし精霊。

 その〝悲願〟を白の少女は知っている。

 その〝悲願〟を五河士道は知っていた。

 

 

「俺が、狂三を殺した。やったことへの責任は取るさ。俺は――――――何があっても辿り着いてみせる。必ずな」

 

 

 故に、〈ナイトメア〉は精霊〈ナイトメア〉の〝悲願〟を、必ず実現させる。

 何を犠牲にしようと。己を捨て去ろうと。精霊〈ナイトメア〉が叶えねばならなかった願いを、〈ナイトメア〉は必ず叶えてみせると。

 

「おまえはどうする? って言っても、おまえの願いは叶った形になったんだよな?」

 

「……ええ」

 

 白の少女の願いは、確かに叶った。今一度、確認しても構わない。時崎狂三という精霊は存在せず、時崎狂三という人間になった。それは、本来の想定から外れたとはいえ十二分に〝計画〟の遂行は果たされた、と言っても過言ではない。

 だが、

 

「なら、ここで別れても――――――」

 

「一緒に行きます」

 

 士道が目を丸くした。それほど勢いが強かったのか。まあ、構わないだろうと少女は声を上げる。

 胸に手を当て、かしずく。かつて女王と呼びし者への礼節を、再び少女は纏った。

 

 

「〈アンノウン〉は〈ナイトメア〉に付き添う者――――――あなたが〈ナイトメア〉だというのなら、私はどこまでも共に在りましょう。我が魔王(・・・・)よ」

 

 

 どういう感情なのだろう。自分自身、衝動に従っただけ。白の少女の目的が達せられた今、〈アンノウン〉にやるべきことなどない。

 それでも、よかったと思った。見上げた先に彼は、笑ってくれたから(・・・・・・・・)

 

 

「そっか。――――――ありがとう、〈アンノウン〉」

 

「っ……」

 

 

 それは、笑顔だけど、悲しげだった。だけど、笑ってくれただけで、よかったのだ。

 〝影〟を操り、士道が〝影〟の中へと消える。残された少女は、独りごちた。

 

 

「……私、好きだったんだ。士道の笑顔」

 

 

 彼の笑顔が。彼が狂三に見せる笑顔が(・・・・・・・・・)、堪らなく愛おしかった。

 それは恋心だったのだろうか。それとも、愛であったのだろうか。今となっては、意味のないことかもしれないけれど。まるで、本物の道化になったようだと少女は苦笑した。

 彼は救えない。少女に、彼は救えないのだ。名を持たぬ少女が、名を忘れた少年を救うことなど、そんな高慢なことなどできはしないのだ。

 繰り返す。時は繰り返す。役者を変え、舞台を整え、再び精霊たちが織り成す悲劇の幕は上がる。

 

 

『――――さてさて。訪れたるは復讐の舞台。はたまた悲劇の舞台』

 

「――――――!!」

 

『ならば、幕を開けよう。涙の止まらぬ悲劇の幕を。笑いの止まらぬ喜劇の幕を。さぁさぁ、あなたは何を願いになられますかな――――――母上』

 

 

()が吹き荒ぶ。姿を隠した少女をさらけ出し、己を産んだ神様と同じ貌(・・・)を明かす。

 舞台に上がれと言うように。おまえの願いはなんだと、道化師は問いかけた。

 

 叶えるべき願いは、叶った。だから、それ以上を望む権利などない。

 

 

「本当に――――――」

 

 

 だけど、問いかけた。白の少女は、友の隣で笑う女王だった人(・・・・)を見つめ、そうして問いかけた。

 少女の願いは叶えられた。少年は理想の世界を創り上げた。なのに――――――悲劇は、繰返す。

 

 

 

 

 

「本当に、これでよかったの――――――士道」

 

 

 

 

 

 

 

 






『それでは皆々様――――――美しい悲劇の繰り返しをご覧あれ』


「これは私たち〈ラタトスク〉の仕事よ。中途半端に関わらないで!」

「私は絶対に死ねない。一つでも命を奪ったら、あなたはもう、後戻りできなくなる」

「その程度の〝死〟が――――――あの子の前に立つな」

「私は弱いし根暗だし何の才能もないけど、それは何もしないことの言い訳にならない。――――――誰かなら、そう言った気がする」

「精霊の運命は、私が変える」


「悲しい人。私を抱ける人だったら、こんなに苦しまなくて済んだのに」

「おまえの知ってる五河士道は、もう死んだ」



「おいでなさい――――――〈刻々帝(ザアアアアアフキエエエエエル)〉!!」






十年後くらいに公開。嘘です、何も考えてません。9割パロで予告の中で使われる台詞一つか二つです。予告がそもそも苦手なので遊びでしかやりませーん。

と、言うわけでいかがでしたでしょうか。士道IF、バッドエンド。やりたい放題、暴れ放題。でも救いのなさは一番です。
エレンこんな扱いしていいのかと考えましたけど、原作だと士道の胸ぶっ刺してから首チョンパしてますし意趣返しだからいいな!って遠慮なくやりました。それ以外にも本家を思わせる台詞や再現がチラホラ。実はリビルド本編の台詞も繰り返した時間の後に使ってたりするんだぜぇと。
一応、狂三IFと士道IFそれぞれで能力の完成は実のところ本編と似た領域なんですよね。狂三は白の少女の想定した狂三ですし、士道もさり気なく想定された精霊の霊力を封印しています。だけど、二人ともハッピーにはならない。そりゃそうだ、ってのは本編が語ってくれていることでしょう。

それでは、時間軸が巻き戻り、初期地点に戻されたキャラの立ち位置を一応ご紹介。

『士道』
狂三の死の未来を完全に否定し、歩みの全てさえ否定した。信念を失った士道は、士道ではない精霊〈ナイトメア〉として霊力……つまりは五河士織の精霊封印を待つことに。
ちなみに所有天使は世界リセットに霊力を消費、そしてリセット自体の影響で〈刻々帝〉のみ。霊力封印能力の安否は確かめようがなく、本人も確かめる気がないため不明。
狂三の死が完全にトラウマと化してるため、明確な目的がなければ狂三に近づこうとしない。あったとしてもはぐらかす。というより、あの死があるから士道が共にいることが間違いだったと約束まで否定してしまった。彼の幸せがあるかは……紡いだ絆っていうのは、世界が変わろうとそう簡単に消えるものじゃない、とだけ。

『白の少女』
消えて蘇ったら希望を託した少年が絶望して、なのに根本の目的は果たされて困っている子。何か世界の歪みから封印されていた神様の我が子も嬉々として現れてさあどうしましょう、という状態。とりあえず、放っておけないので士道に付き添いルート。あと念願の『我が魔王』解禁です。女王までは当然の如く呼ばせようと思っていましたが、『我が』に関しては完全に狙っていたので1回くらいは記念品。
ある意味で〈アンノウン〉ルートです。ファンの方がいらっしゃるのならおめでとうございます。まあくっつかないですけどね、絶対。このお祝い皮肉すぎる。
絶望して己を慰めるために少女を抱けるのなら、差し出された身体を使えるのなら、彼はあんなに苦しまないとわかっているからこの子も辛い。

最後の問いかけは、少女の本当の心そのもの。皆様は、どう感じましたでしょうか?

『崇宮澪』
周回休憩中。再び暗躍しながら機を待つことに。でも、見覚えのある選択をしてしまった士道にどこか悲しそう。

『五河士織』
マジカル士織ちゃん!……じゃなく、えげつない善性の塊としてこれから精霊を攻略していく子。根っこの部分は同じだが、曰く『俺はあそこまで人間できてなかった気がするけどな』。曰く『士道やシンと似ても似つかないのに何か似てる気がしますよねぇ』。らしい。
ここで微妙に出番が巡ってくると置いておいたため本編だと出番増やさなかった子。あんまり煮詰めてないけど士道の存在で苦悩だったりがあるでしょうね。ちなみに前の世界の影響なのか狂三との距離がめちゃくちゃ近いという裏設定。

『時崎狂三』
一般人? 恐らくはことある事に精霊事件に関わる運命にある子。運命は繰り返されるのか、それとも……?
精霊じゃない彼女の容姿はアンコール10巻のカラー絵『こんなの美少女じゃないわ!ハイパーウルトラパーフェクト美少女くるみん完全体よ!』をイメージしてもらえれば。ちなみに名前は今脳死で考えました。ごめんなさいつなこ神。

狂三セコムが暗躍したり士道が代役したりと色々とあるのでしょうが、士道がリフレインの狂三のように動くなら折紙編の終わりからなのかな?とか頭の中では描いています。ぶっちゃけ綺麗にバッドエンドしたつもりなので結末は考えてませんけどね。いや私が書くとハッピーエンドに行き着くと思いますし……。複線や回収してないものは残してますけれど。前回の【四の弾】と【六の弾】どうなったの?とか誰か気がついてくれただろうか。
さてさて誰も根本的には救われていないからこそ、バッドエンドは輝くというもの。

そして、本来の形でハッピーエンドがあるからこそ輝くというものです。さあ、残すところ後一話となりました。書きたいように書こうと思っていますので、本編後の時系列にどうぞご安心、そしてご期待下さい。ここまで見てくださった皆様へ、最後くらいはこうして己の自信を主張していきます。あやっぱり不安ですはい。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。それでは、最後になりますが、次回をお楽しみに!!
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