デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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この話を以て、狂三リビルドという作品に完結マークを記させていただきます。ここまでご愛読していただいた方々へ、感謝申し上げます。


さあ――――――私たちの最後のデートを始めましょう。






五河・狂三フューチャー
『そして、時は未来へと』


 夢を見た。

 

「…………」

 

 起きがけ、無言で己の中の霊力を確かめる。異常らしい異常はない。全くの健康体。

世界を創り変えた(・・・・・・・・)あの日から変わらぬ、彼女との繋がり。

 そう思えば、久方ぶりの夢だな、と。いいや、単なる夢の話ではなく、現実感(・・・)を伴うものではあり、それを久方ぶりと呼ぶことで正しい意味になるか。

 そんな夢を――――酷くリアリティのある情報を受け止めたのは、あの戦争(デート)以来だったかもしれない。

 深くは覚えていない。なのにただ一つのことは覚えている。

 

 ――――――きっと、大切なものを失った記録だと、士道は気がついた。だから、

 

 

「……会いたいな」

 

 

 狂三の顔が見たい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夢を見てしまった。

 

「はぁ……」

 

 この世の終わりのようなため息を吐くものだと、我ながら気が落ちる。理由は明白。ここ最近――世界改変後から――は見ることも少なくなっていた夢見。が、何故か今日は視えてしまった。

 しかもご丁寧に未来視ではなく過去視であり、更には狂三の知らない過去。頭痛すら感じられる中身だった……と、深く覚えてはいないのに感じられた。

 彼と世界を変え、執念の復讐鬼の声は消えた。だが、もしかすれば、或いは――――――それ(・・)を選んでしまった『時崎狂三』はいたのだろうか。

 そうであるならば、

 

 

「……会いたい、ですわね」

 

 

 士道の顔が見たい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あれ……?」

 

 音を鳴らして数秒後、士道はおかしいなと首を捻る。と言っても、別に士道から何か音を発したわけではない。士道が指をかけたチャイム、つまりは部屋の主に来訪を知らせる呼び鈴からだ。

 はて、と首を逆側にもう一捻りしてからチャイムを鳴らす。……反応はなく、三度目は止めておこうと士道は手を下げた。主に遠慮をした、というわけではなく、二度鳴らして反応がないのであればいないのだろう、と当たりを付けたのだ。

 士道が訪れた場所は、家の真隣の精霊マンション。その305号室。部屋の主は、言うまでもなく士道が愛しの時崎狂三様である。

 あの戦いのあと、色々なことがあった。世界を創り変えた、とは言ってもそれより先の日常を生み出していくのは皆それぞれだ。

 問題は主に未零、令音、狂三であったが、狂三は『わざわざ〈ラタトスク〉へ面倒事を要求するつもりはありませんわ。将来義妹様がストレスで酒浸りは嫌ですもの』とのことで、幾つかの拠点は残したまま狂三の住居は精霊マンションへあっさりと決まった。士道が安堵したのは言うまでもなかったし、琴里はその納得の理由であるはずなのに、心底納得いかなそうに渋面を作っていたことは比較的記憶に新しい。

 

「すれ違ったかな」

 

 いつものモーニングルーティンを最速で終わらせ、そこそこの急ぎ足で向かってきたつもりだったのだが、この時間に狂三が部屋にいないのは予想外だった。

 あごに手を当て、狂三の行き先を考える。余程突拍子がないことを思い浮かべなければ、彼女の行動は基本的に士道が知るところにある。知らないということは、これは突拍子のないことに含まれるかもしれない。それは、今朝から彼女の部屋を訪れた士道の行動そのものを指すかもしれないが。

 とはいえ居場所を知るだけなら簡単だ、と士道はポケットからスマートフォンを取り出す。色々と〈ラタトスク〉に勝手な機能を付け加えられた本機であるが、本来の使用用途も当然ながら搭載されている。これで狂三へ連絡を取れば一撃万事解決、だが――――――

 

「……やめとくか」

 

 軽く息を吐いて、スマートフォンをポケットへ戻す。

 何となくだが、そんな気分だ。会いたい気持ちは強いが、同時に探すのなら自分の手で……複雑だが、そういう気分なのから仕方がない。

 

「よし」

 

 ふん、と謎の気合いを入れ、来た道を戻ろうと士道はエレベーターへ身体を向け、そのエレベーターの扉が開かれたのを見て眉をひそめた。

 

「ん?」

 

 もしかして、狂三が帰ってきたのだろうか。そう一瞬思ったが、遠目に飛び込んだ薄紫の靡きを見て考えを改める。

 士道は、というより士道でなくても誰なのかすぐにわかった。

 

「あー!」

 

 職業柄と関係があるのか、非常に整った姿勢と歩幅を維持してこちらへ振り向いた彼女は、士道を見つけるなりパァっと目を輝かせその美声を存分に響かせた。

 今朝から元気だなぁ、なんてほのぼのと考えながら手を挙げて挨拶をすると、彼女は猛ダッシュを決め込み――――――

 

「だ・あ・りーん!!」

 

「おま……っ!?」

 

 飛び込んできた。文字通り、正面からの跳躍。舞台(ステージ)の下からジャンプ台でも駆使したのか、と思える見事な正面跳躍。本職の技術が天性と努力の物であるため忘れがちだが、彼女も精霊として純粋に優れた身体能力を保有しているのだ。

 そのまま押し潰される――――――のは、当然として避ける。身体に気合いと力を込め、正面から飛び込んでくる彼女の身体を抱き留める。足に適度な力を入れ、衝撃を逃がすようにぐるりと回りながら彼女の身体をキープ。ついでに彼女の足側に手を入れ、彼女が返すように士道の首元に手を回せば……見事、アイドルダイレクトキャッチの完成。

 観客がいるのなら褒めてほしいと士道は深く息を吐く。まあ、いたとしたら彼女のファンだろうし、発狂で済めばいいだろうけれど。

 

「きゃー! さすがだーりん、素敵ですぅ!!」

 

「せめて断ってからやってくれよ――――――美九」

 

 そう。士道が呼んだ名に満面の笑みで対応する彼女こそ、今をときめくスーパーアイドル誘宵美九その人だ。

 比較的スキンシップには寛容――というと驕りのように感じられると思うが、私物がいつの間にか消失しているよりは本当にマシな――士道だが、さしもの寛容さもこればかりは苦言を呈しておこうと声を発する。

 

「怪我したらどうするんだ」

 

「だーりんなら大丈夫ですよぉ」

 

「何が!?」

 

 これは士道なら受け止められるの意訳なのか、それとも怪我をしたら付きっきりで士道が見てくれるの意訳なのか、これまたさしもの士道といえど難問だった。

 実際問題、治せる治せないの話ではなく美九が痛みを感じることを士道は忌諱するため、少しは真面目に受け取ってほしいものだ。……まあ、それはそれとして美九を受け止められないのか? と言われたらムッとなって出来ると言ってしまいそうな男心は正直だったが。

 と、様々な思いが去来した美九の襲来だったが、彼女もまたアイドルとしての自覚とプロ意識を持つ少女。それはそれとして、と士道の手の中で反省気味な顔色を見せる。

 

「えへへ……こんな時間からだーりんに会えると思わなくて、ちょっと気分が盛り上がっちゃいましたー。ごめんなさいですー」

 

「わかってるならいいんだけど……これがちょっと、か?」

 

「ちょっとですよぉ。かなりとも言いますけどー」

 

 茶目っ気混じりに二転三転な姿もまた可愛い、と認める他ないのが美九の困ったところ。これがステージでは歌姫と呼ばれる圧倒的な存在感を発揮するのだから、人の二面性は案外矛盾しないものである。

 それと、

 

「美九」

 

「はい?」

 

「……離してくれないか?」

 

「ええー、もうちょっとだーりんを堪能させてくださーい」

 

 どうして士道が抱き上げているのに提案せねばならないのだろうか。下ろそうとしても凄い力で抵抗されているのだが、もしかしなくても士道は不要だったのではないかと思った。

 そうして、良い笑顔の美九を抱き抱えること数分。ようやく満足した美九と向かい合ったのはそれからだった。

 

「甘やかしすぎなのか……?」

 

「だーりん?」

 

「や、なんでもない」

 

 もしかして、未零の断らなさが移ってしまったのだろうか、と案外困り顔をせずにいた数分前の自分を思い返し冷や汗を流す。特別とかではなく、彼女相手なら問題はないと判断している辺り、自覚症状が薄くなっている。由々しき事態かもしれない。

 とはいうものの、美九はいざという時は士道以上の経験からお姉さんとして振る舞える。それを思えば、たまの(・・・)甘やかしくらいは問題なかったなと開き直ることにした。一応、精霊のコンディションという〈ラタトスク〉的な大義名分も守っているし、なんて取ってつけた理由でうんうんと自分を納得させながら、士道は美九へ改めて問いを発した。

 

「そういえば、美九は何か用事があるんじゃないのか?」

 

 精霊マンションに精霊がいること自体は不思議ではない。読んで字のごとく、精霊のためのマンションなのだから。

 しかし、折紙のようにご両親と。二亜のように元々マンション済み。未零と令音のように自宅持ち、当然ながら元々から職業と学業を両立させていた美九は市内に個人宅を所有している。外泊用に美九の部屋は確保してあるが、昨夜にそういった話は聞いていない。つまり、彼女が何かしらの用事を有してここにやってきたことは明白だった。

 士道へ「あ、そうでしたー」と言いながらぽんと手を合わせた美九が、当初の目的を思い出してか言葉を返す。

 

「実は狂三さんに頼みたいことがあったんですけどぉ……もしかして、留守にしてますぅ?」

 

「ああ。多分ちょうどな」

 

「あらー……」

 

 少々困った、又は残念だ、という表情でしょんぼりとした美九へ、士道は両手を組んで会話を続けた。

 

「その用事、狂三じゃないと駄目なのか?」

 

「いえー。七罪さんでも十香さんでも耶倶矢さんでも未零さんでも七罪さんでも、皆さんならどなたでもウェルカムですー!!」

 

「やっぱりな……。あと七罪は分身できないぞ」

 

 だとは思ったが、狂三でなくても構わない用事だった。言い方からハグ大会でもするんじゃないだろうな、と士道は苦笑を零す。

 そもそも、狂三限定の用事があれば美九はきっちりスケジュールを抑えるはず。狂三と入れ違ったということは、士道と同じく何かしらの思い付きでの行動だろうと予想して、見事的中したわけだ。

 さて、そうであるなら誰かしらが捕まるかになるが……ふむ、と士道は前に息を挟み声を発する。

 

「まあ、この時間だから誰かしらはいると思うけど……そうだな。本当に誰でもいいなら、俺が手伝っても――――――」

 

「やったー!! だーりんならそう言ってくれると思ってましたー!!」

 

「…………」

 

 安請け合いでやぶ蛇だったか、と士道は自分の軽率な提案に若干の後悔を滲ませる。

 ぴょんぴょんと跳ねる美九とその身体のとある部分が目に毒だったりしながら、まあ美九の頼みだしいいかと自身の髪をかいて思い直し――――――十数分後、絶望するほどの後悔を覚えるのは、未来の士道だったりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「いらっしゃらない?」

 

「うん。いないよー」

 

 はてさて、少し困ったことになったと狂三は頬に手を当てた。

 訪れた狂三を出迎えたのは琴里で、その琴里がテーブルの上にノートや教材を広げながら狂三へ言葉を返す。

 

「朝、いつも通り家事洗濯をパパーッとやってから出ていっちゃったよ。でも、今日はいつもより急いでた気がするなー」

 

「…………」

 

 なるほど。予想時間がズレた原因はそれか、と言葉少なく納得する。確かに、普段慣れたルーティンワークを異なる心境、或いはモチベーションで行えば違いは大きく出るかもしれない。

 しかし、それにしてもそこまでの予測のズレはありえない。身振り手振りで大きく手を広げて説明してくれた白リボンの琴里が、不思議そうに首を傾げて言葉を続ける。

 

「狂三、隣同士でよくすれ違えたねー」

 

「……まあ、器用なことは認めますけれど」

 

 狂三はエレベーターを使用してこちらへ来たとなれば、士道は恐らく階段を使用して狂三の部屋へ向かったはずだ。余程タイミングの良いニアミスをしたのか、こういう場合はバットタイミングと言うべきなのか。

 ちなみに、士道が狂三を探していることは前提としてある。理由はなく、経験と予感だが。そもそも、趣味欄に家事と書いてしまいそうな彼が忙しなく出ていく理由など……自惚れと自慢が入るが、それこそ狂三への優先度だと思っている。

 とにかく、妙に器用なことをしてしまった手前、二度目がないとは言いきれない。ここで待たせてもらおうかと考えながら、狂三は言えた口ではないにしろ朝から忙しなく準備を進める琴里へ再度声をかけた。

 

「しかし、琴里さんは今朝から精が出ますわねぇ」

 

 見たところ、広げているのは教材の類。学生の本分は勉強というけれど、それでも休みの朝から勉学に励むとは正しく勤勉。狂三は素直に拍手を送ろうと思う。そんな狂三の尊敬の念が伝わったかは、琴里が頬をふくらませているところを見るに、全く伝わっていなさそうではあるけれど。

 

「むー、当たり前でしょー。もうすぐ受験本番だし、予習は必要だもん。狂三じゃないんだから」

 

「いえ、わたくしも高校受験の折には至極真面目に勉学へ打ち込みましたわよ?」

 

 なんだその『時崎さんは勉強とかしなくても大丈夫そうだよねー。頭がいいって羨ましいなー』みたいな女子のノリは。狂三とて懐かしき高校受験は普通に受け、合格した時には友人と勇み喜んだものだ。……まあ付け加えるのなら、その女子校を卒業前に精霊化によって行方不明となり、現代で改めて高校を卒業しようというのだから、因果の巡りとはわからないものである。

 なんとも言えずに否定した狂三に「冗談だよー」と笑う琴里だが、白リボンでそう言われるとあまり冗談には聞こえずになんとも言えない表情は残される。とりあえず、狂三とて勉学は多少上とはいえ普通の人間なのだから人外扱いはやめてほしい。模試全国一位の折紙の方が余程に狂っていると息を吐く。

 

「ですが、〈ラタトスク〉の権力に胡座をかかないのは皆さん良い傾向ですわね」

 

「うん。クラスは一緒にしてもらう予定だけどね」

 

「うふふ、悪いことを考えますわねぇ」

 

 純新無垢な笑みではあるが、言っていることは凄まじい権力の権化だと狂三は唇に笑みを描き肩を竦める。

 来禅自体の入試倍率を考えれば、あまり低いとは言えはしないハードルではあるが、狂三も特別心配はしていない。今の中学組は総合して地頭がいい子しかおらず、先の言及の通り〈ラタトスク〉のフォローもある。万が一の場合にも失敗の二文字は存在しなかった。

 もっとも、十香や耶倶矢と夕弦のように全く期間らしい期間を置かずに編入するというわけではなく、短いながらも中学を経由した彼女たちだからこそ真っ向から受験に挑むのだ。例外の琴里とてこうして油断なく真っ当に勉強をしているのだから、狂三が何か不安に思ったところで取り越し苦労に終わるだけというもの。

 

「だから、みんな揃って合格できるように勉強会するんだよー」

 

「みんな……ああ、なるほど」

 

 だからわざわざリビングのテーブルで支度をしていたのか、と合点がいく。それに、段々と大きくなっている複数の足音に狂三の耳が立っている。

 程なくして、リビングの扉が開くと、出会った頃からの成長を感じられる三人が姿を見せた。

 

「おはようなのじゃ。……むん、狂三ではないか」

 

「あ、おはようございます、狂三さん、琴里さん」

 

「……お、おはよう」

 

 狂三がいることには大して疑問はなく、遠慮なしに――一名は若干の低血圧を感じさせる気性の削がれ方をしているが――挨拶をしてくれる。

 琴里と狂三も特別なことはなく、普通の喜びを密かに感じながら朝の挨拶を返した。

 

「おー、みんなおはよー!!」

 

「おはようございます、四糸乃さん、七罪さん、六喰さん」

 

『よしのんもいるよぉん』

 

「ふふっ、わかっていますわ、よしのんさん」

 

 相変わらず元気のいい『よしのん』の鼻をチョンと指で突く。擽ったそうに身を捩ったよしのんに加え、四糸乃、七罪、六喰の精霊の現中学生組が続々と姿を見せる。

 そこで、中学生組と括りを付けたからこその違和感を覚え、狂三は疑問の声を発した。

 

「あら、あら。真那さんは欠席ですのね」

 

『『今日は外せない先約がありやがるので、真那抜きでお願いします』、だってさー』

 

「花音さんと紀子さんも、今日は予定が合わなかったので……」

 

 そういう経緯で、精霊のみの勉強会となったわけだと四糸乃とよしのんの説明に理由を知り狂三も首を縦に振る。しかし、

 

「ですが、四糸乃さんのご友人方はともかく、真那さんに交友関係と呼べるほど深いお相手がいるとは……わたくし、今日一番の驚きですわ」

 

「いやいるでしょ。狂三のそれは何目線よ」

 

 何目線かと問われれば、ちょっとした宿敵にまともな生活感があったのか目線だろう。呆れを感じさせる七罪の視線に、狂三は経験に基づく真っ当な意見を述べてみせる。

 

「そう仰られましても、『わたくし』を刺し、切り捨て、薙ぎ倒すことばかりだった真那さんですもの。至極当然の疑問ですわ」

 

「それは狂三、うぬのせいではないか?」

 

「そうとも言えますわね」

 

 言えますわね、というより、十割狂三が悪いのだけれど。平然と返しながら、まあ、と頬に手を当て前置きをしながら強いていえばと狂三は続ける。

 

「真那さんも借金のようなものがあったと耳に挟みましたので、それも含めて仕方がないと思っていますわ」

 

「自分が殺されることを仕方がない扱いできるの、狂三くらいでしょ……」

 

「以前に似たようなことを言いましたでしょう。わたくし、それだけのことをしてきましたのよ。真那さんがわたくしに遺恨があるのは当然であり、許していただこうなどとは思いませんわ」

 

 死して償おうとか、この場にいる資格がないとか、そういうことは思っていない。思ってはいないが、事実は事実として覚えておかねばならないのだ。狂三はDEMの魔術師(ウィザード)であった真那に殺されて然るべきことをしていたのだ、と。

 とはいえ、真那は純然たる正義感で『狂三』切っていたわけだが、それが借金返済の糧になっていたのは今となっては複雑な心境にならざるを得ない。もっとも、分身を殺して特別賞与を受け取ることができていたのかは、『この世界』になった今となっては真相など誰にもわからない。精々と、会いたくもない元凶殿が知っているかもしれない程度であろう。

 

「――――――まあ、『わたくし』で振り回してしまった真那さんにも、そういった友人が出来たことは喜ばしいですわ」

 

「うーん。それは私たちじゃなくて真那に伝えた方がいいと思うけどなー」

 

「勘弁してくださいまし、ですわね」

 

 それを元凶の狂三に祝われては、皮肉しかなく台無しだろう。そう冗談めかし肩を竦めて、今朝からすべきではなかったブラックな話を早めに打ち切った。

 

「さて、皆様が勉学に励むというのであれば、わたくしはお暇をさせていただきますわ」

 

 あまり長々と話をしていては本命に入ることもできず、そしてやるべきこともない狂三がいては集中が削がれるというもの。

 ここは士道の部屋で待っているのもいいかもしれない。そう思い、いつもの礼を取ろうとした狂三――――――

 

「あの……狂三さんに、お願いがあるんです」

 

「あら、あら」

 

 少しばかり既視感を覚える四糸乃の声が、それを止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「は……っ」

 

 踊る。手足、及び身体を動かしリズムに合った動作をする。基本的にはこのような意味に当てはまるものだ。

 なぜこんなことを、と自分でも思う。だが、改めて確認したかった。どうしてかと言えば、士道が踊っているからだ(・・・・・・・・・・・)

 否、正確性という意味でこの表現は欠けが生じる。もっと正確に、現実を受け入れありのままの表現をするのであれば、

 

「はい、そこでターンですー! きゃー、とっても素敵ですぅ。絵になりますねー――――――士織さーん(・・・・・)!!」

 

「う・れ・し・く・な・い!!」

 

 悲しいかな、しっかりとリズムらしいリズムを取りながらの返答は、レッスン指導のようにノリノリの美九にはあまり通用しなかったようだ。

 そう。今の士道は士道ではない。何故か用意されていたフリフリのドレスを着せられ、あまつさえ士道自身が修得した技術と美九の技術を合わせ着飾った士道は、見事に『五河士織』へと変身してしまったのだ!

 どうしてそうなったのか。それは、あまり安易に物事を引き受けるな、という反面教師にしてほしい。いや、今の士道を見る人は美九しかいないので反面教師にできる人物はおらず、いてほしいとも思わなかったのだけれど。

 

 

「――――――で、どうしてまた急に人のダンスが見てみたい……なんて思ったんだ?」

 

 一通り通し終え、煌びやかな衣装のまま――脱ぎたいのは山々なのだが、それはそれで問題がある上に下手に扱って万が一破くわけにもいない――ルームの端に座り、隣で熱心に動画見返す――消して欲しいがこれも美九が激しく拒絶したため――美九へ士道は声をかけた。

 

「んー、案外自分で見てるだけじゃわからないこともあるかなー、って思ったんですぅ。だから、他の人に私のダンスを踊ってみてほしかったんですよー」

 

 天下御免のアイドルとはいえ、かなりの努力家である美九らしい理由ではあった。そう、筋は通っており、理屈もわからなくはないのだが――――――

 

「ちなみに、本音は?」

 

向こう(・・・)へ行く前に、皆さんの姿をじっくり収めておこうと……はっ」

 

「やっぱりなぁ!!」

 

 建前が早ければ自白も早かった。そもそもとして、その理由であれば霊力封印の影響があるとはいえダンスはズブの素人である士道に頼むより、美九の関係者に頼んでしまえばいい案件だ。

 つまり士道は美九の野望第一犠牲者でしかなかったのだと両手で顔を覆い、己の恥においおいと涙を流す。こんな茶番をしていてもズレないウィッグの優秀さに、嬉しさと悲しさに本当の涙を流しそうになったのは内緒だ。

 見事目論見を当てられた美九は、ぶーっと大きく頬を膨らませ、不満を感じさせながら顔の良さそのままに士道へ押しつけにきた。

 

「ぶー、だーりんは意地悪ですぅ」

 

「いや、誘導尋問ですらなかっただろ……」

 

 流れで質問してみたらあっさり自白した。少なくとも、士道と同じくらいに嘘偽りの駆け引きに向いた子ではない。そんな苦労をまた(・・)美九に感じてほしくない士道としては、喜ぶべきところなのだろうけれど。

 そして、士道はふっと表情を変え、言葉に含まれていた一つの未来(・・)を拾い上げた。

 

「……行くんだな」

 

「――――――はい」

 

 真っ直ぐ、迷いは見られない。多分、彼女の中で悩みに折り合いをつけて、その答えを出したのだろう。

向こう(・・・)。何を隠そう、彼女は日本のトップアイドル誘宵美九――――――そんな彼女の才能に海外から声がかかることは、決してありえないことではなかった。

 そっか、と笑顔を浮かべた士道に、美九は少し困ったように笑う。

 

「結構、悩んじゃいましたけどね。だーりんは『美九のしたいようにしたらいい』って全肯定してくれますし……」

 

「そりゃあ、美九の人生だからな。それが悪いものじゃないなら、美九が決めた方がいいだろ?」

 

 無論、それが悪い誘いなら士道なりに言葉を尽くし、力を尽くす。だが、美九の声に海外から一目惚れならぬ一耳惚れをした、という話は士道からすればとても嬉しいものだった。

 天性の才と並々ならぬ努力。それを一度理不尽に潰されてしまい、ようやく再起することができた美九。平坦とはいかなかったからこそ、士道は美九の活躍の場が広がることを本当に喜ばしく思う。美九のマネージャーの昴が是非、と彼女を説得する気持ちはよくわかっているつもりだ。

 けれど、士道は美九の意志を尊重し、可能な限り応援してやりたいと思っている。相反する思いではあるが、どちらも大切だと士道なりに考えている。だからこそ、というべきか……美九が活躍の幅を広げる選択肢を選んだことは、正直な話意外だったと士道は続ける。

 

「けど、ちょっと意外だな。美九のことだから『だーりんや皆さんと一緒に過ごす時間が減っちゃうじゃないですかー!』……みたいなことを言うかと思ったけど」

 

「あ、それは最初に言いましたぁ」

 

「…………」

 

 珍しい美九に感心した気持ちが萎んだ気がした。当の本人は「きゃはっ☆」と可愛らしいウィンクで反省した様子はなかったが。

 まあ、とにかく……そんな美九の気持ちに、一体どういった変化があったのだろう。乾いた喉を飲み物で今一度潤して、士道はゆっくりと言葉を続ける。

 

「じゃあ、美九はどうして行こうと思ったんだ……?」

 

「んー……色々と悩んだのは本当ですよ? けど――――――だーりんに難しい顔させちゃったなぁ、って」

 

「――――――」

 

 目を丸くして、ぷっと息を吐いた。まったく、これだから隠し事が下手だと言われるんだなと長い髪をかきあげる。

 

「……バレてたか」

 

「えへへ、だーりんのことですから。でも、全然重荷なんかじゃないですよ? それだけ期待して、見守って貰えるって嬉しいことですから」

 

「そうか……なら、いいんだ」

 

 言葉と共に安堵を覚える。士道の中には複雑な思いがある。美九と同じ、離れることへの寂しさ。美九への強い期待。美九自身、海外から話がきた時は喜ばしいことだと思う気持ちもあったはずだ――――――士道が、それを止める重荷(・・)にはなりたくない。

 どちらにしろ、美九の未来は美九が決めるもの。故に、士道は美九の望むようにしてほしい。美九がいてくれることは嬉しい。けれど、彼女のアイドルとしての飛翔を望む心――――――美九の望む道を選ばせてやりたい。それが五河士道の本心だった。

 美九があまりに悩むようなら、士道も強く自分の意見を述べてみるつもりであったのだが、美九には顔色からお見通しだったようで苦笑してしまった。

 誘宵美九が心から、自身の本心からそれを選ぶというのなら、全力で送り出すことが士道の取るべき道だろう。

 

「あとは……次が一番の理由ですねー」

 

「次?」

 

「はいー。さっきも言ったように、悩みました。悩みましたけど、きっと行くことを選んじゃうんだろうなぁ……って思った私がいたんです」

 

「それは――――――」

 

 美九の中にはあったのか。その迷いと悩みを上回るほど、転身を選ぶだけの理由が。

 果たして、どのような答えが返ってくるのだろう。仄かな期待は士道のもの。返された答えは――――――

 

 

「だって――――――世界を変える人たちの中で輝くには、世界の歌姫くらいにはならないといけないかなって」

 

 

 士道と狂三が成し遂げたことが、そのままお返しされているようだった。

 未来は、誰にもわからない。士道たちが創り上げたものは、己の理想(エゴ)を叶えるための過去。故に、未来は彼女たちの手にある。

 美九は選んだ。士道たちが創り上げた世界で、けれど、未来が確約されていない世界で。その選択は、必ずしもあっているとはいえない。未来とはそういうものだ。

 

 だが、それは士道たちの選択も同じだった。

 

「……ん」

 

 そうだったな、と士道は己の顔から僅かに残っていた不安が掻き消えたことを自覚した。

 大切な人の転機を見守り、送り出す。それは美九の――――――士道たちを送り出してくれた精霊たち全員が、既に経験していたことだったのだ。

 ならば、これから先に彼女たちが選ぶ転機を士道が送り出すことは、士道に課せられた必然なのかもしれない。

 

「なれるよ、美九なら。みんなが憧れる、最高のアイドルにな」

 

「ふふっ、だーりんに言われると自信になりますねー。それに――――――世界一つに比べたら、日本とアメリカの距離なんてあってないようなものですからー」

 

「……はは、違いない。もし何かあったら、俺と狂三で迎えに行くよ。そう長くは待たせない――――――呼ばれた時には、美九の前にいてやるからさ」

 

 言葉の通り、一瞬で。士織の顔に似合わない不敵な微笑みは、それはそれで美九には届くことだろう。

 応えるように、ニッと鮮やかに彩られた唇で笑みを作り出し、美九は短くも決意のこもった声音を――――――天下無双のアイドルを演じた。

 

 

「じゃあ、世界で一番安心できますね。――――――行ってきます」

 

「ああ、待ってるよ」

 

 

 旅立ちへ、士道がかけるべき言葉を。

 

 ――――――時は、未来へと進む。人は、未来へと進む。

 士道と狂三が創り上げたこの世界の中で、皆は――――――士道は、どんな未来を選ぶことになるのだろうか。

 

 

 

 

 

「――――――それじゃあ、次はいつものだーりんの姿で踊ってくださいー」

 

「結局どっちもやるのかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ねーねー、狂三の中学時代ってどんな感じだったのー?」

 

「……四糸乃さん、その文脈からは――――――」

 

 無視。赤髪のツインテールがぴょぴょこと視界の端で揺れているが、今の狂三の目は節穴なので見えはしない。

 

「むん。むくも気になるのじゃ。答えよ、狂三」

 

「……ええ、ええ。素晴らしいですわ四糸乃さん。七罪さん、そちらは――――――」

 

 無視。ふわふわとした金色の絹糸が視界の中で揺れている気がするが、またまた狂三の目は節穴になっているので見えていない。

 

『狂三ー』

 

 たとえ、これ見よがしにツインテールと三つ編みが人の手で泳いでいても、狂三には何も見えていないのだ。いないったらいない。案外単純な人間の脳というのは、思い込みで大概のことは解決してしまえるはずだった。

 

「ご、ごめんなさい狂三さん……」

 

「……反応してあげないと、ずっとこうだと思うけど。いや、わかっててそうしてるのは理解してるけど……」

 

 と、暗示を掛けはしたものの、悪いことはしていないのに謝る四糸乃と、改めて現実を知らしめてくれる七罪の指摘に、狂三はようやく現実を受け止める。深いため息を吐いて、雰囲気作りの伊達メガネを外してテーブルの上へ置く。

 

「……なんですの、藪から棒に」

 

 今、狂三は『これからのために勉強を見て、教えてほしい』という向上心溢れる四糸乃からの頼みのため、テーブルの上に教材を広げ纏まって勉強会の教師役を担当していたはずなのだが。

 少なくとも、現状から狂三の過去に突っ込まれる謂れはない。半目で主張する狂三に、琴里と六喰が面白がるように笑顔で受け答える。

 

「えー、藪から棒っていうのは唐突なことだけど、中学生の私たちが中学生の頃の狂三を知りたくなるのは不自然じゃないよねー?」

 

「妹御の言う通りなのじゃ。教師として是非に教えよ」

 

 無駄に回る舌を存分に発揮し、屁理屈をこねる義妹様は誰の影響を受けたのか。六喰に関してもここまで傍若無人ではないはずなのだが、本当に誰の影響を受けてしまったのか。

 というより、興味本位程度で狂三の中学時代に行き着くかとも思ったが……よくよく考えてみれば、先ほど琴里を相手に口を滑らせた記憶が蘇り、目元に指を当てる。いやはや、口は災いの元という格言を自身への戒めにする日が来ようとは。

 

「……まあ、正直私も気になるかも」

 

「わ、私も……です」

 

「お二人まで……」

 

 おずおずと手を挙げた二人に、狂三は味方の損失を悟って息を吐く。勉強派だった二人にまでペンを置かれては、さしもの狂三とて手の打ちようはない。

 色々と考えを巡らせはしたものの――――――そこまで隠すほどのものはないか、と額に手を当てながら声を発する。

 

「……仕方ありませんわね。少し休憩にいたしましょう」

 

『はーい!!』

 

 中学組は元気が良いことだ。良いことであるはずなのに、嬉々として耳を立てる四人と一パペットに狂三は仕方なしと椅子に背を預ける。

 ――――――思い返せば、確かに狂三の中学時代は一度足りとも言及した覚えがなかった。精霊化は高校。つまり、それ以前のことを話す必要がなかったともいえる。しかし、隠していたつもりがないのもまた事実だった。何故かといえば、狂三が隠す素振りを見せていたならまずその事情を汲み取るなり、しっかりと距離を測ることができる友人しか周りにいないからだ。

 要約。一纏めにしてしまうと、

 

「わたくしの中学時代と申しましても、大して語って差し上げるようなものは思い浮かびませんわねぇ……」

 

 二亜風に言えば、ぶっちゃけた話大して盛る話題にならないということになる。

 困ってあごに手を当て記憶を掘り起こす狂三に、琴里がここぞとばかりに囃し立ててくる。

 

「えー。狂三なんだし大冒険のお話とかないのー?」

 

「わたくしを何だと思っていらっしゃいまして? これでも精霊になるまでは健全な学生でしたのよ?」

 

「狂三ならば大それたことをしていそうなものではあるのじゃが……」

 

 あまりの期待値に頬をひくつかせてしまう。

 単なる人に武勇伝の塊みたいなものを期待されも困ってしまう。そういういったものは精霊・時崎狂三の領分なのだ。……こちらはこちらで、褒められた経歴ではないのが困りものだったが。

 そもそも、封印前はあれだけ狂三を他の精霊たちと同じように扱ったくせに、いざ人間の狂三のハードルを上げるとはどういうことなのか。まあ、知らない話に目を輝かせる気持ちはわからなくもないが……普通時代の狂三としては、期待に添えるかどうかで悩ましくなる。

 結局、見栄を張ることは避けて無難な切り口で狂三は思考をまとめ、唇を開いた。

 

「過度でなく、誇張なく仰るなら……普通(・・)、でしたわね。少なくとも、あの頃の『わたくし』は」

 

 そう。中学時代、今の琴里たちと同じ時期の狂三は、誇張と卑下、そのどちらを優先せずとも〝普通〟。時崎狂三の過去は、紛うことなき〝普通〟の二文字が並ぶ人生だった。

 しかし、その〝普通〟は恵まれていないという意味ではなく、むしろその真逆だったのだと今なら本当の意味で理解できると狂三は語りを続ける。

 

「それは大切な〝普通〟でしたわ。きっと、当然と享受していたもの。……比べることは失礼に値することですが――――――」

 

「……精霊になった中では恵まれた〝普通〟だった、でしょ?」

 

「そういうことになりますわね」

 

 精霊化した少女たちは、小さくない問題を抱えた者たちだった。狂三、琴里のように普通の日常を送れていた精霊たちは指を一、二本折れば数えられてしまうほどに。

 が、今さらそんな過去を気にする精霊はいない。というより、気にするなら面白おかしく狂三の中学時代の話を聞こうとは思わないだろう。続きが気になるから進めてほしい、という七罪の視線を肩を竦めて受け入れた狂三は声音を変えず続けた。

 

「そうした〝普通〟の中の中学時代ですわ。幾らか誇る賞などはあったかもしれませんけれど……今にして思えば、子煩悩な両親のおかげですわね」

 

「良い御両所様なのじゃな」

 

「ええ。とても」

 

 狂三が〝普通〟であれたのは誰のおかげか。当たり前だが、平和を享受する普通の学生だった狂三は両親の愛を一身に受けて育てられた。

 

「不自由、不満……そういうものを感じずに生きていたあの頃の『わたくし』は――――――ふふっ、紗和さんにはよくからかわれていましたわ」

 

「……? 狂三さんが、ですか?」

 

 少し不思議そうな四糸乃からは、隠しきれない〝意外〟の二文字が少女の小顔から感じられ、狂三はプッと吹き出すように声を発した。

 

「ええ、ええ。わたくしが(・・・・・)、ですわ」

 

「むん……むくたちはその『紗和』なる者を知らぬからの。どこか意外に感じているのかもしれぬな」

 

 恐らく、今ある狂三のイメージが強すぎるから、なのだろう。幾らか演じた部分があるとはいえ、今の狂三は間違いなく精霊化の経験から培われた人格。

 目を丸くする者が大半の中、過去の『狂三』をおおよそ当てて見せた琴里だけは過去を語る狂三を楽しげに見ている。察しているなら語らせるな、とも思うが開いてしまった唇は案外止まることをしらないようだ。

 

「今のわたくしとあの頃の『わたくし』は場数が違いますもの。まあ、それを足したところで……案外、わたくしは紗和さんに叶わないのかもしれませんけれど」

 

 懐かしき友人。命を賭して取り戻さねばならないと誓った人。

 けれど、ただの友人ならそこまで出来ていたのだろうか。人という生き物は、想像以上に冷徹な生き物だ。どこかで無理だ、仕方がないと言っていたかもしれない。

 ああ、ああ。だけど狂三はここにいる。諦めることを知らず、彼に出会い、友に出会った狂三が遥か未来の今にいる。それは、きっと。

 

 

「大人しそうでいて、その実芯が強く、一つを決めたらとても強情で……高校生だというのに、随分と落ち着いた方でしたわ。――――――本当に、あの頃の『わたくし』とは大違いに」

 

 

 紗和という少女は、狂三が命を賭すに値すると知っていたからだ。

 美化されているとは思わない。狂三は自らの記憶を呼び起こす術を持つ。故に、山打紗和という人物は狂三の言葉通りに考えてもらって差し支えないはずだ。

 懐かしむように目を細める。今は元気にしている。幸せになっていると思う。それは、彼女を生き返らせた狂三の勝手な願望かもしれないけれど――――――と、感慨に耽ける狂三が琴里たちに目を向けると、皆が温かな視線をこちらに返していることに気がつく。

 

「……なんですの?」

 

 狂三の山打紗和像に、何かおかしなことがあったのだろうか。そう考えた狂三が訝しげに問いかけると、四人は一度顔を見合わせて先の狂三のように笑みを吹き出した。

 

「いやー……」

 

「だって……」

 

「のう……」

 

「――――――狂三さんが教えてくれた紗和さんが、狂三さんにそっくりだったから……」

 

 今度は、狂三が目を丸くする番だった。

 

「――――――わたくしが」

 

 そう、見えているのかと。目を瞬かせ、自身の声音が心情のまま動揺を孕んでいることに驚きを隠せず――――――しかし、狂三の唇は微笑みを形作った。

 

 

「ならば、感謝しなければなりませんわね。今のわたくしが在るのは、両親や紗和さん――――――そして、皆様がいるからこそですもの」

 

 

 だからあの頃の『狂三』がいて、今の『狂三』に繋がっている。

 過去があるから、今がある。今に繋がるから、未来になる。

 ――――――久しぶりに、良い懐かしさに浸ることが出来たと、狂三は気分よく語りを締めくくる。

 

「ま、わたくしのことはその程度ですわ」

 

「なるほどなー……んん?」

 

「……今の話、体良く中学時代から話題を逸らされてない?」

 

「感の良い中学生は苦手ですわ」

 

 ちっ、と内心で舌打ちを鳴らす。良い話だったなーで学生の本分に励めばいいものを、四人とも(空気を読んでくれる四糸乃はともかく)体躯に見合わぬ思慮深さを培ってくれたものだ。

 さて、どう誤魔化そうか。そう思案を始めたところで、琴里が何かを思いついたのか唇に手を当て声を発する。

 

「でも、狂三の趣味はそのままなら――――――町内の猫を片っ端から手懐けてたりしてねー」

 

 ギグッ。

 

「あ、何かわかる。『きひひひ! この街のめぼしいボスは全てわたくしの軍門に降りましたわ』、とか言ってそうじゃない?」

 

 ギグッギグッ。

 

「ここに地上の楽園・猫の安息地・時崎王国(トキサキングダム)を建国……まさかのぅ」

 

 ギグッギグッギグッ。

 

「み、皆さん……」

 

『あー……その辺にしといた方がいいと思うけどなー』

 

 唯一狂三の変質に勘づいた四糸乃とよしのんが警告をするが、もう遅い。教鞭用の伊達メガネを装着し、影から引っ張り出した伸縮式の指示棒をベチン、とテーブルに突きつける。

 

「さあ、続きと参りましょう。その妄想の類を忘れさせて差し上げるくらいに、わたくしが受験対策を教えて差し上げますわ」

 

「え、もしかして今の全部図星だったんじゃ――――――」

 

「黙らっしゃいですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 

 

 ……まあ、なんだ。

 

 こんな風に、日常で恥ずかしげもなく戯れられるくらいには――――――時崎狂三という少女は、今に溶け込めているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あれ?」

 

 部屋の扉を開いて、思わぬ先客に士道は意外な声音をあげた。背にかかるくらい長い髪に、人目を引く長身の男性。

 

「神無月さん?」

 

「おや、士道くんじゃありませんか」

 

 返された言葉には親しみがあり、士道とは他人ではない親しい関係性。それでいて友人か、と問われると少し違う気がする。頼れる大人……と呼ぶには、普段の素行で些かはばかられる。

 そんな一言では表せない長身の男性は、〈ラタトスク〉実戦部隊の副司令である神無月恭平。加えて〈フラクシナス〉艦長、琴里の補佐を担当する副艦長だった。

 

「どうしたんですか、こんなところで」

 

「ははは、おかしなことをお聞きになりますね。クルーが艦の休憩スペースを活用するのは当然のことでしょう」

 

「あ……それもそうですね」

 

 言われてみれば、本当にその通りだ。寝ぼけていたと頭の後ろをかきながら恥ずかしさを誤魔化す。

 たった今士道が訪れた場所は空中艦〈フラクシナス〉の休憩スペースだ。休憩と言っても、そこまで規模の大きい場所ではなく、長椅子が数個と無料の自販機が置かれた簡素な空間。

 もちろん、一度大改修を受けた〈フラクシナス〉内にはあらゆる設備、施設が揃っている。精霊の長期滞在を考慮に入れ、それに相応しいものを取り揃えているのだ。その中で、この休憩スペースはかなり小さく簡素なものだといえるのだが、まさに多様性というものだろう。世の中には、広さばかりではなく矮小ともいえる空間で物事を考える時間がほしい人間もいる。たまの士道もその一人と言えた。

 しかし、ここに神無月がいるのは少し意外だった。まあ、彼は司令の側近として色々な意味で傍に控えているイメージが強いせいもあり、当人もそれを誇りとしている。神無月も士道のちょっとした驚きがわかったのだろうか、肩の力を抜いた顔で声を発する。

 

「一年前に比べ、現場単位での仕事は減っていますからね。やるべき仕事はまだまだ積まれていますが、こうして目に見えた余裕は増えたということですね」

 

「なるほど……本当に、その節はお世話になりました」

 

 改めて頭を下げるが、これは神無月だけにというものでもない。士道が世話になったのは〈ラタトスク〉、そしてこの〈フラクシナス〉の船員たちだ。

 士道が精霊とのデートを行うとき、〈ラタトスク〉は常に全力でサポートを――恐ろしい選択肢を選んだり全力で悪ふざけをするときは置いておいて――してくれた。その作業量は顕現装置(リアライザ)の力を用いても尋常ではなく、デートの成功には欠かせないものとなった。

 その礼、改めてしておくべきだと思っていた。受け取る側の神無月は、誇るべきことを知りながら同時に大人の姿勢を見せる。

 

「いえ。要である士道くんの行動があればこそです。ですが、労わってもらえること自体は悪いものではありませんね」

 

「あはは、琴里には敵いませんけどね」

 

 そこは我らの司令官というべきもの。彼らが心から琴里を敬愛する姿は、士道から見ても誇らしい。そんな彼らを労ることにおいて、琴里に勝る者はいないだろう。

 そんなふうなさり気ない琴里自慢をそこそこに、今度は神無月が当然の疑問を口にする。

 

「それで、士道くんは何か〈フラクシナス〉にご用ですか?」

 

「あー……狂三を探しに来たんですけど……」

 

 だろうとは思ったが、いなかった。なので、ちょっとした考え事がてらに休憩スペースへと立ち寄ったところ、神無月とばったりという流れだったのだ。

 言葉の端に若干の煮え切らなさを見せた士道に神無月はふむ、と考えるように士道の顔色を観察すると、至極真面目な顔で声を発した。

 

「もしや……狂三嬢に着せたいコスプレで悩んでいらっしゃるのでは――――――」

 

「いや違いますけど」

 

 突然何を言い出すのかこの変態は。先の感謝を神無月の分だけ返して欲しくなる。

 侮蔑と冷淡を込めて返したはずなのだが、神無月はとんでもない一大事だと言わんばかりの大仰さで言葉を返してくる。

 

「なんと!? (ハニー)に着てほしいものを頼まないとは、それでも士道くんは男ですか!!」

 

「神無月さんこそ変態ですか」

 

「おや、それでは頼んだことはないと?」

 

「…………………………いや」

 

 あったなぁ、って。それも、神無月のことを言えないノリで。二亜に乗せられたともいうけれど。ちなみに〈贋造魔女(ハニエル)〉使用に関しては未遂ということになっている、士道の中では。

 嘘を吐いて誤魔化すべきだったのだが、咄嗟に己の所業を思い浮かべて後の祭り。スーッと目を逸らした士道に、神無月が笑い声をあげた。

 

「ははは、士道くんも男ですねぇ」

 

「男じゃなかったらここにいませんよ。大体、こういう下世話を大人がすることですか」

 

 まったく、と誤魔化すように無料自販機から適当な飲み物を手に取る。……ブラックコーヒーは、士道には苦すぎた。色々な意味で器量の狭さを感じ、思わず顔を顰める。

 男でなければここにはいない。それはそうだ。大人がすることか――――――こうした話術はデートに比べて成長しないなと感じる。

 

「士道くんもまだまだ若いですねぇ」

 

「……もう高校も卒業ですし、そうも言ってられませんけどね」

 

 下世話な話題をいなす、又はいっそ乗ることなどが大人に繋がるかはともかくだが。表面上の二亜を見ていたりすると、時たま懐疑的になってもいた。

 だからこそ――――――そうなったとき、そうなるために士道は何を考えるべきなのだろうか。

 

「――――――そんなことはありませんよ。もう(・・)ではなく、まだ(・・)、です」

 

「え……」

 

 そして、意外な言葉を返してきた神無月に目を丸くした。

 

「若人は迷うことなく進むことが大切、というのは士道くんには釈迦に説法というものでしょう。かくいう私も、若い頃は大きな挑戦をしたものです」

 

「……それ、琴里を探すためだったり?」

 

「ええ。よくお分かりで」

 

「…………」

 

 わからない方がおかしいと思うが。

 

「そんな私は、誰かに説くことができると自信を持てるわけではありません。ですが、そうして力に驕ることなく真摯に悩むこと……私は好ましく思いますよ」

 

「神無月さん……」

 

「先は長い。大きなことを成し遂げたからこそ、未来に迷うことは間違いではありません。私はそう考えています。――――――無論、私もまだまだ若いつもりですが」

 

 そう締めくくった神無月は、いつも見るふざけた態度が鳴りを潜めた独り立ちした大人の姿、のように思えた。

 ――――――二亜もそうだが、自分の周りはこういう人がいるから助けられているな、と士道は笑みを作って神無月の善意に応えた。

 

「神無月さん、ありがとうございます。……まだ色々、考えてみます」

 

「ええ、それがいい。私たちも楽しみにしていますよ」

 

 五河士道が進む、その先の道。

 漠然とした未来。潰える未来を閉ざし、先のある未来が存在する世界を創り出した士道。その中で、各々の道を進む精霊たち――――――その中で、士道が具体的(・・・)な将来に、何を望むのか。

 以前の士道には、ある意味でゴールがあった。狂三の手を取り、取らせるというゴールだ。だけど、それはゴールでありながらゴールの先(・・・・・)がないわけではなかった。

 時は未来へと進み続ける。人を置き去りにして、未来へと進み続けるものなのだ。さて、その未来に士道がまず望むものと言えば――――――

 

「神無月さん、ついでに一つ聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「――――――結婚って、どんなものです?」

 

 士道の問いに、神無月は面白そうに顔を綻ばせながら答えた。

 

「おや、哲学的ですねぇ。しかし――――――時間を股に掛ける大恋愛をした君たちを相手に、私がその答えを出すことは、あまりに恐れ多いと言わせていただきましょう」

 

「えぇ……なんですか、それ」

 

 苦笑した士道に、神無月は言葉通り曖昧な顔で笑う。答えをはぐらかされた、というよりは、神無月としても答えようがないのかもしれない。

 結婚。ロマンのない話をすれば、メリットやデメリットが混じり合う行為。しかし、いざ直面したときにかける言葉といえば、この一つしか有り得まい。

 

 

「ああ、そうだ――――――婚約おめでとうございます、神無月さん。お幸せに」

 

「ありがとうございます、士道くん。いやはや、君に祝福されると、本当にご利益を感じてしまいますね」

 

 

 その行為はきっと、とても素敵なことだと思うから。

 

「……ちなみに、プロポーズの言葉は?」

 

「毎朝私を踏んでください。女子高生コスで」

 

「わかりました。絶対に参考にはしません」

 

 幸せにはなってほしいが、絶対的な反面教師でもあると思った士道だった。よくそのプロポーズが通ったと疑問を覚え――――――件の大人なのに中学生に見える教師(・・・・・・・・・・・・・・)のことだ。多分、いや間違いなくプロポーズ自体に感激してスルーしたのだろう。

 なんともまあ、素晴らしく愉快な話だと士道がため息を吐くと同時、休憩スペースの扉が開いた。

 

「あれ……」

 

 これまた珍しいと士道と神無月が目を向ける。すると、開いた扉の先には見慣れた女性が立っていた。その人も、こちらを見て僅かに眉根をぴくりと上げる。

 僅かに、という表現の乏しさ。隈に彩られながらも、この一年で薄化粧のように主張が浅くなった人目を引く顔。乱雑ながら、彼女の妹と対になるように片方へ纏められた髪。

 珍しい。双方が抱いた感情はそれぞれ正しいものではあるが、彼女に向けるものの方がそれは強く思えた。

 

「これは村雨解析官。今から休憩ですか?」

 

「……ああ。ちょうどね」

 

 眠たげな双眸に確かな色を灯し、〈ラタトスク〉解析官、村雨令音は神無月の談笑に軽く応え、続いて士道へと視線を向けた。

 

「……士道はどうしたんだい? 君が狂三と一緒でないのは珍しいね」

 

「その狂三を探してる途中なんです」

 

「……ほう」

 

 応えた令音は一瞬思案し、けれど深くは問うことなく一言を告げる。

 

「……頑張りたまえ」

 

「はい、頑張ります」

 

 短くも、士道のしたいことを瞬時に悟るところは相変わらずさすがと言うべきか。

 狂三を探すだけなら簡単だ。令音と〈フラクシナス〉。いいや、クルーの誰でも士道が手を貸してほしいと言えば見つけ出せる。しかし、それを言うならもっと簡単な方法がいくらでもある――――――だから、士道の我が儘を柔らかい笑みで送り出してくれる令音の言葉は、短いながらも気遣いが感じられるのだ。

 

「それじゃあ、俺は行きます。話、付き合ってくれてありがとうございました、神無月さん」

 

「はい。お礼は卒業において不要となる司令の制服を秘密裏に譲っていただければ――――――」

 

「琴里に連絡しておきますね」

 

「ああ、さすがは司令の兄君、無慈悲っ!!」

 

 やっぱりいつもと変わらない神無月と令音に軽く別れを言い、部屋を出ようとした士道、

 

「士道」

 

「……!!」

 

 その背に、耳に、その声音が届き震えた。

 

 

「頑張ってね――――――長く離れた分、会えたときの嬉しさは一入だよ」

 

 

 声は、澪の音色は取り戻された彼女の無邪気さに満ちていて――――――一家言持ちの彼女へ、士道はしっかりと笑みを返したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 地上を離れ、大空へ。大空を自由に翔ける翼の中へ。

 

 そんな人類最先端の地で、焼き芋をしている二人は、いっそ罰当たりなのではないかと思うのだけれど。

 

「……………………何を、していらっしゃいますの?」

 

 辛うじて、問いかけは空気を震わせながら真剣な顔で焼き芋の焼き加減を眺める二人へ届いたと見える。そのうちの一人、特徴的な口調を持った中学生ほどの少女がはっ、と小馬鹿にしたような笑いで声を返した。

 

「知りやがらないんですか、焼き芋。意外と学がありやがらないと見えますね」

 

「……いえ、知ってはいますけれど」

 

 皮肉の一つを飛ばす前に、眼窩の光景に脱力をした狂三は悪くない。絶対に悪くなかった。

 広く、そしてリアルに描かれた風景は少々季節を戻した秋色模様。顕現装置(リアライザ)をこの世で一番無駄に使っているとしか思えない中、我が物顔で焼き芋に興じる少女はもう一人。そちらは、狂三に対して特急に口の悪い少女、崇宮真那とは違い、狂三がよく知る親しい少女だった。

 

「……ん、狂三じゃあないですか」

 

「『狂三じゃあないですか』……ではありませんわ。何をしていらっしゃいますの、未零」

 

 話の間に、ホイルに包まれた芋を未知の体験だと棒で突く無邪気な未零の姿が見え、さしもの狂三さえ片手で頭を抱え一度天を仰がざるを得ない。

 ああ、外の寒景色に似合わぬ秋の紅葉、その美しさは大したものではあるのだけれど。

 

「何をって……芋を焼いているのですが」

 

「では一つずつ説明してくださいまし。どうして芋が現れましたの」

 

 いくらなんでも芋が無から生えてくることはあるまい。ついでに言えば、わざわざ芋を買って手間をかけて焼き芋にする趣味があるとも思っていない。〈刻聖帝(ザフキエル)〉であれば二人の突拍子のない行動の道中を予測できるかもしれないが、いくらなんでもそれは〈刻聖帝(ザフキエル)〉の機嫌と大事なものが損なわれる気がした。

 訝しげな狂三にも、未零は相変わらずマイペースな顔で簡素な事情を深く分解しながら言葉にし始めた。

 

「……えっと、まず真那が人助けをして芋を大量に貰ったので」

 

「真那さんはいつの時代からやってきましたの」

 

「三十と一年くらい前からでやがりますかね」

 

 冗談とは冗句を交えるからこそ成立するのであり、本当のことを真顔を答えられては成立しないのだが。

 額に汗を滲ませる狂三に構わず、未零がそのまま言葉を次ぐ。

 

「……じゃあ焼き芋でもしますか、ってことになって」

 

「そこはおかしいですわよね?」

 

「……で、どうせなら雰囲気もほしいとマリアに頼みました。ここなら人目も気にしなくていいですから」

 

 狂三の追求を無視で躱すとは、未零も随分と偉くなったものだ。……いや、従者時代もこんなものだった気がすると思い直したが、それは横に置くことにし、狂三は挙げられた名前に眉根を上げた。

 

「よくマリアさんが許可を出しましたわね」

 

「意外とあっさり使用許可がおりやがりましたよ。ま、焼き芋を分けることが条件でしたが」

 

「はぁ……」

 

 職権乱用と見るべきか、それとも艦そのものであるマリアがルールだと考えるべきか。どちらにせよ、二亜以外には寛容なマリアらしい緩さだと狂三は息を吐く。

 何はともあれ、混乱の事情はわかった。ならばもう一つ、狂三は未零の友として問わねばならないことがある。

 

「ところで、あなた方はいつの間に仲睦まじくなりましたの?」

 

 すると、二人はキョトンとした顔を作りお互いの顔を見合わせてから、改めて狂三の問いに答えたのだ。

 

「いつ、と言いやがりましても……」

 

「……流れでそうなったというか」

 

『ねー?』

 

 ねーじゃない。ねーじゃないが。

 いつぞや刃を向け合ったあの殺意はどこへやら。まさか真那の交友が未零だとは思いもよらず、狂三はなんとも言い難い顔になる。狂三としては未零がそうして社交的になってくれたこと自体は、とても嬉しいことではあるのだけれど。

 とはいえ、未零はそもそもとして澪に近しい存在。その澪は元を辿ると真那と家族のような関係だった。なら不思議はない。真那の割り切りの良い性格と、今の未零ならばありえない話ではなかった。

 狂三としたことが、唐突な状況と意外な関係に脳の機能がバグを排出してしまったようだ。コホンと体制を整えた咳払い見せ、狂三は声を発する。

 

「まあいいですわ。ところで、こちらに士道さんがお見えになられませんでしたかしら?」

 

「兄様ならさっきまでこっちにいましたが……」

 

「……狂三と同じ流れでほとんど同じことを聞いて、さっき〈フラクシナス〉から降りていきましたよ」

 

「まあ、まあ」

 

 今日はそういう日なのか、それともお互いに狙っているのか。綺麗に入れ違ったことに狂三は口元に手のひらを当てて目を丸くする。それと、やっぱり自分の感性は間違っていないことも確認した。

 

「お、そろそろ食べ頃でいやがりますね」

 

「……良い匂いですね。あとで皆さんにもお裾分けしましょうか」

 

 そうこうしている間に、どうやら焼き芋が出来よく仕上がったようだ。二人揃って興味津々にホイルを開いて食べ頃の焼き芋に目を輝かせている。

 

「はぁ……」

 

 なんとも気が抜ける平和的な光景だ。それが狂三と士道の望んだものなのだから、狂三の気が抜けるのは正解ではあるのだけれど。

 まあ、二人の仲が良くなっているというのなら構わない。真那の交友を狂三が気にするのもおかしな話ではあるし、入れ違った士道を追いかけるとしようと踵を返して――――――

 

「はい」

 

「……はい?」

 

 先回りした真那に、焼き芋を差し出された。

 ここで一つ、思考停止した狂三が当然だと主張しており、不思議そうに小首を傾げた真那がおかしいとも主張をしておく。

 

「何おかしな顔してやがるんですか。天下の〈ナイトメア〉が随分と平和ボケしやがったみたいですね」

 

「久方ぶりに聞きましたわね、その名前は」

 

「……本当に丸くなりやがりましたね」

 

 そうは言うが、特別、狂三は変わったつもりなどない。今の場合、本当に〈ナイトメア〉と呼ばれることに懐かしさを感じたに過ぎず――――――真那の変化に、少々驚きを隠せないというだけの話だった。

 以前までの真那であれば、狂三をもう少し邪険にしていたはずであり、狂三も相応に憎まれ口で対応していた。丸くなった、優しくなった(・・・・・・)の言葉をそっくりそのままお返ししてやろうと思えるくらいには。

 

「どういう風の吹き回しですの?」

 

「どうもこうも……未零が言った通り、お裾分けですが」

 

「……別に、無理はせずともいいですわ」

 

 吐息を零し、真那の差し出しをやんわりと押し返す。

 狂三は『この世界』の創造主に等しい。けれどそれは人の、士道に近しい人たちの関係性という運命まで縛ったつもりはない。だから、真那が狂三を気に食わないというのなら受けて立つ用意はあった……のだが。

 

「うわ、殊勝な〈ナイトメア〉とか気味が悪い光景ですね」

 

「喧嘩を売っていまして?」

 

 ちなみに、士道ほど優しくはない狂三は売られた喧嘩は買う主義だ。

 

「……今のは真那なりの『いつも通りの狂三でいい』というものですよ」

 

「未零さん、誤訳は止めてくれねーですか」

 

「……的確にしたつもりなのですが」

 

 気の抜けた翻訳が挟まったりはしたものの、要は真那としては気の抜けて殊勝になったという狂三よりは、いつもの皮肉交じりの狂三を所望しているようだ。

 真那としても慣れないことをしている自覚はあるのだろう。あー、と後頭部をむず痒そうにかいてから、それでも真那らしく真っ直ぐに言葉を放った。

 

 

「ま、私とあなたがそういう関係じゃねーのは当然というか、お互いに願い下げでいやがりますが――――――たまには同じものを食べる。っていう程度ならいいんじゃねーですか、時崎狂三?」

 

 

 殺し殺されではなく、けれども友人というわけでもなく、その程度なら歩み寄れるだろう。

 目をぱちくりとさせた狂三に、ニッと口元で大きく笑みを作った真那。

 今までのことを水に流すのではなく、持ち込みながら割り切る。なんともサッパリとして思い切りがよく、気のいいことか。

 

「あら、あら……」

 

 けれど、懐かしさを感じた。終ぞ手にすることはできなかった、時崎狂三にはできないものがそこにはあった。

 真那のそういう在り方が、真っ直ぐで心を貫く生き様が――――――かつて憧れたものに似ていて、眩しい。

 これは、何を言葉すればよいのか……時崎狂三(・・・・)らしく、ニィっと瞳を笑みの形にして応えた。

 

「相変わらず、真那さんは単純で幸せそうですわねぇ」

 

「喧嘩なら積極的に買っていーですが!?」

 

「……今のは狂三なりの『そういう真那さんが嫌いではありませんわ』、ですね」

 

 さすがは元従者の完璧な翻訳にフッと微笑みを零し――――――地団駄を踏む真那から、優雅に焼き芋を奪い取った。

 

 肝心の味のほどは、

 

 

「――――――甘い、ですこと」

 

 

その甘さが今の狂三には程よく――――――心地よいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「そろそろ帰ってみるか」

 

 というか、初めからそうしろという話ではあるのだが。

 人気のない裏路地で独り言ちる士道のそれは、何度も言うが人気のない路地裏に寂しく消えていった。

 カッコつけて狂三を探すといい〈フラクシナス〉から降りたものの、根本的に可能性が高いのは実は士道の家だったりする。だったりするというより、誰でも思いつくような当たり前の話なのだが――――――士道なりに、理由がないわけではなかった。

 しかし、そろそろその理由以上に狂三に会いたいという欲求の方が勝り始めている。戯れはここまでにして、本気で探しに行くかと路地裏から出た士道……だったのだが、とある二人を見かけ一度足を止める。

 長い夜闇色と金色の髪が仲良く揺れ、その主が歩いているのが見えたからだ。わざわざ方向転換の必要はない。なぜなら、彼女たちの向かう方向は今まさに士道が目指す場所と一致していたからだ。故に、止めた足を再び同じ方向へ動かしながら士道は二人に声をかけた。

 

「おーい。十香、万由里ー!」

 

 何も隠すことはない。その二人とは、ここ最近では特に珍しくもなくなったペア、十香と万由里だったのだ。

 少し遠目から声をかけたのだが、当然二人であれば士道の存在には容易く気がついた――――――

 

『……!!』

 

 のだが、勢いよく振り向いて、後ろ手に何かを隠したのは凄く気になってしまうなぁ、なんて思うのだ。

 

「シ、シドーではないか! うむ、良い天気だな!」

 

「あ、うん、唐突だな。天気は確かにいいけど……ところで二人とも、今何か隠して――――――」

 

「ないわ。私たちは、何も隠していない」

 

 素早い万由里のフォローが入るが、彼女もまた後ろ手に何かを隠し通そうとしているのは火を見るより明らか。しかし、良い意味で素直な十香はともかく、(過大の解釈をすれば)琴里の血筋を引く万由里は士道にとって難敵だ。

 ならば、と士道は目を煌めかせる。

 

「あ!」

 

「むっ!?」

 

 明後日の方向を指差した士道に十香が釣られて顔を上げる。と、同時に地面を蹴り十香の背後へと素早く回り込み、彼女の手荷物を覗き見る。

 

「させない」

 

「くっ、やるな万由里……」

 

 が、素早い足捌きで割って入った万由里に阻止されてしまった。今の士道の速度についてこられるとは……などと若干中学生男子のように楽しくなっていると、士道に騙されたことに気がついた十香がプクーっと頬を膨らませた。

 

「何もないではないか、ずるいぞシドー!」

 

「はは、悪い悪い。もうしないよ」

 

 ……十香なら二度目も通じそうだとか思いはしたのだが、それは士道に向けられた信頼があるからなので、これ以上遊んでしまうのは心が痛いとひとまず笑って誤魔化す。

 さて、と改めて二人と向き合いながら思案する。果たして、わざわざ士道に隠したいものとは何なのか。

 

「それで……二人はこれから帰りか?」

 

「う、うむ。だがシドーは駄目だぞ!」

 

「そう。まだ帰ってこないで」

 

「……俺、一応家主のポジションだよな?」

 

 両親不在が多いためそうなっているだけなのだが。あまりの全力拒否に苦笑しながら頬をかくと、足りない言葉を慌てて十香が付け足した。

 

「そういう意味ではないのだが……万由里の言う通り、とにかく今は駄目なのだ!」

 

「そうかー、俺だけ仲間外れなのかー」

 

「む、むむむむむ……」

 

「士道」

 

 ある程度は察しているのだが、とても可愛らしい十香の反応に意地悪をしてしまって万由里から半目を向けられてしまった。ちょっとわざとらしすぎたか、と士道への気遣いと目的で頭を抱えたいが物理的には抱えられない十香へ声を返す。

 

「冗談だよ十香。そういう意味じゃないってのはわかってるからさ」

 

「な……むぅ、今日のシドーは少し意地悪なのだ」

 

「ごめんな。お詫びに、今日は十香のリクエストしたものを作るよ」

 

 今から夕飯用に買い出しをするのも悪くない。ちょうど回れ右をすれば商店街に良いお店が――――――その思考と十香が顔色を変えたことで、何となく事情は知れた。一瞬『本当か!?』と歓喜の声を上げたかったであろう十香が、大地震のように表情が揺れに揺れたのだ。

 そこまで士道の料理を気に入ってくれているのはありがたいのだが、今回ばかりはそれが裏目になり少々機嫌の取り方を間違えてしまったらしい。もしこれがデートで琴里が見ていたら呆れたため息が鼓膜を震わせていることだろう。その代わり、ということなのか万由里が今度はジト目で士道を射抜いた。

 

「しーどーうー」

 

「いや悪い。今のは本当に偶然なんだよ……」

 

 さっきまでの悪いやごめんと違い、やってしまったという気持ちが底から湧いてきて、万由里に手を合わせて謝罪をして冷や汗をかきながら「あー」とわざとらしく声を発した。

 

「けど、今日だとちょっと仕込みに時間がかかるからなぁ。明日にしようかなー」

 

「……!! そ、そうか。うむ、嬉しいぞシドー!」

 

 嬉しいぞには幾らか意味が含まれているんだろうなぁ、と十香の表情から予想しながら、お互いにこれ以上のボロを出す前に士道から切り出すことにした。

 

「じゃあ、俺は外で待ってるよ」

 

「すまぬシドー……だが夕餉までは駄目だからな!」

 

「わかってる。楽しみにしてるよ」

 

「うむ。楽しみにしておくがよい!」

 

 隠す気があるのやらないのやら。まあ、心から行事を楽しむ十香を見れて士道も幸せな気分になれる。特に今日は、そういう日だと感じる。

 

「……あとで迎えを行かせるから」

 

「了解」

 

 最後に万由里からの耳打ちをしっかりと受け取り、士道は二人に手を振って一度別れた……別れる時も、器用に物を隠す二人は些かシュールだったが。

 

「……んー、二亜か?」

 

 二人が見えなくなったのち、士道はあごに手を当て主犯を思い浮かべた。

 多分だが、こういう盤面では大概の発端はかのプロ漫画家だ。商店街で何かを買い溜めたとなれば、士道でなくとも何かを察してしまうというもの。そこで精霊たちが何をするかと考えてみれば、それが士道に隠したいことと更に思考を詰めていけば……さして難しい案件ではない。

 今回は少々と趣向を変え、士道に対してはサプライズということらしい。本来なら連絡なりで時間を稼ぐ予定だったのだろうが、運悪く十香と万由里に士道が鉢合わせてしまったといったところか。

 それはそれとして、と士道は白い息を吐いて予想結果に呆れを見せる。

 

「クリスマスに新年もあったのに、多すぎるだろ……」

 

 事ある毎にこうなのだから、二亜には困ったものだと笑みがこぼれる――――――けれど、悪くないと皆が考えているから、自然と集まることが多いのだろう。

 まあ、今回は素直に乗せられるとして、一応締切に関しては言及しておこうと士道は適当な方向へ足を向けた。一応、と考えている時点で効果は甲斐がないものだろうけれど。

 はてさて、どこで時間を潰すとしようか。とりあえず、多めの夕飯を予想して小腹を満たすことからか。しばらくの穏やかを想像しながら、宛もなく自由に見慣れた商店街を散策――――――

 

「…………………………はぁ?」

 

 しようとした。そう、しようとした(・・・・・・)のだ。つまりは、できなかった。そこにいるはずのない人間を、士道は見つけてしまったから。正確には、真っ直ぐに士道へと歩みを進める男を視界に収めてしまったから。

 くすんだアッシュブロンド。整えられたスーツはとてもではないが庶民的な商店街には似合わない。その切れ目を隠し通せたとしても、その存在感は誰がどう見ても一般人のそれではない。

 端的に言いうと――――――

 

 

「なんでおまえがここにいる――――――アイザック」

 

「おや、君の創った世界(・・・・・・・)の陽の下で、ウォーキングをする権利が私にはないと言うのかね――――――シドウ」

 

 

 二度と会うことはなかったはずの理解者が、今目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くるみんあぶなーい!」

 

 リビングの扉を開けた途端、何か微妙にわざとらしい警告が狂三の耳に飛び込んでくる。

 同時、小さな球体状の物体が狂三目掛けて飛んできていた――――――それをとりあえず受け止めて、とりあえず投げ返した。

 

「あたぁ!?」

 

「直撃。見事なコースです」

 

「ロボット並のノーモーションで投げ返した……」

 

 二亜の額に直撃し、仰け反った彼女と投げ返した狂三を見て八舞姉妹がパチパチパチと拍手を送ってくる。何をしているのやらと息を吐き、今朝に比べて随分と散らかったリビングへと足を踏み入れた。

 

「申し訳ありませんわ。わたくし、不審物は投げ返すか蹴り飛ばすかの人生でしたものですから」

 

「暗殺者もビックリのデンジャラス人生してるね……」

 

「お褒めの言葉として受け取っておきますわ」

 

 言葉をも送球の如く投げ返し、狂三は二亜の額に当たったのちコロコロと転がっていった球体を拾い上げた。よくよく見れば、それはクリスマスの時期に使った飾り付け……要するに使い回しだった。

 というより、いつの間にかリビング全体に飾り付けられた装飾の大半が使い回しだった。

 

「エコですわねぇ……」

 

「やー、あんまり新しいの頼むのも申し訳ないからねぇ」

 

「パーティーを控える、という考えはありませんの」

 

「ないね」

 

 キリッとした顔で返されたところで、狂三は呆れを返す他ないし八舞姉妹も同じようなものだった。そもそも、と狂三はため息を吐いてから言葉を返した。

 

「何を遊んでいらっしゃいましたの……」

 

「いや、飾り付けてたら楽しくなっちゃって、投げ合ったら楽しいかなって……あはは」

 

 発案者と思われる人がそれで遊んでいたら世話ないなと一つ呆れが増えてしまった。

 

「ていうかー、双子ちゃんが相手で人数不利なんだからせめてくるみんは味方になってよー」

 

「あら、あら……では」

 

 トントンと体勢を整え、あちこちに落ちた飾り付けを手に取って、狂三は二亜へと問いかけた。

 

「二亜さんは敵ですの。それとも、敵ですの?」

 

「敵以外の選択肢がない!! つかこれあたしが言っていいの!?」

 

 次いで「あと少年の成長フラグ取られた気がするんだけど!」とよくわからないことを叫ぶ二亜を置いておき、狂三は飾り付けを適当なツリーへ付けながら――とうに過ぎたクリスマスツリーまで使い回すのはどうかと思う――半目で声を発した。

 

「それよりも、遊んでいないで飾り付けをしてくださいまし。どうせ二亜さんの提案なのでしょう?」

 

「狂三の言う通りではないか二亜」

 

「同調。狂三の言う通りです二亜」

 

「双子ちゃんはノリノリで遊んでたよねぇ!? 少年の成長フラグも何か取られた気がするし立案者が一番不幸だぁ!!」

 

 シレッと罪を擦り付ける八舞姉妹と涙を流す二亜。大変に愉快で狂三としても見ていて――――――楽しい。

 

「……ふふっ」

 

 そうか。楽しいのか。楽しいと、素直に思えるようになっているのか。

 普通の日常が。こういう意味のない大騒ぎが。以前までならば、素直に受け取ることができなかったものが……少しづつだが、狂三は皆と未来へ進むことができている。

 

「ふむ。何かあったのか狂三よ」

 

「いえ……何もないから、笑ってしまったのですわ」

 

「面妖。何かを企んでいそうで恐ろしいです」

 

「あら、あら。それは困りましたわね。今すぐ闇鍋パーティーに予定を変更してもよろしいのですけれど」

 

「やめんか! ぜ、前世の記憶が……」

 

 少なくとも前世で闇鍋をする記憶はろくでもないので捨ておくべきだと思うのだが。まさか新年もそこそこに闇鍋をするような狂三たちがいるわけもなく、謎の寒気に見舞われた耶倶矢を後目に狂三は辺りを見渡す。

 どうやら飾り付け組は二亜、八舞姉妹だけでなく今朝方に狂三と共にいた四糸乃、七罪、六喰も含まれているようだ。もしかしたら、このために集まったというのもあったのかもしれない。

 とすると、狂三が飾り付けを手伝うのは少々と無駄がある。次に目を向けたのはキッチンだ。そこには調理の準備をする折紙ともう一人の人影があった。手伝うならそちら……と思った狂三と、そのもう一人に疑問を抱く狂三がいたのだ。

 

「――――――わかったわ。ええ、対応はそれでお願い」

 

「……?」

 

 赤髪の少女がスマートフォンを耳に当て、真剣な顔で何かを話している。そう、黒リボン(・・・・)で五河琴里が誰かを通話を繋げている、というのが話のキモだ。

 程なくして通話を切る琴里の姿が目に映ったが、気になった狂三はキッチンへと足を踏み入れ琴里と折紙へ声をかけた。

 

「琴里さん、折紙さん。ただいま戻りましたわ」

 

「ん、おかえり」

 

「……あー。狂三おかえりー」

 

 折紙は簡素に、だが柔らかい表情で。しかし、琴里はわざわざ白のリボンに付け替えてから狂三を迎え入れた。その差異に狂三は訝しげな顔を作る。

 基本的、琴里のマインドセットには相応の意味がある。白のリボンは日常。黒のリボンは非日常。大まかに分けてこの二つであり、非日常とは意味を紐解けば精霊関係(・・・・)が大半だろう。

 

「琴里さん、今――――」

 

「あー! そろそろおにーちゃん呼びに行かなくちゃ! 狂三、出戻りで悪いけど行ってきてくれない?」

 

 お願い、と手を合わせる琴里に、狂三は益々訝しげな表情を歪める。

 

「……わかりましたわ」

 

 しかし、頼まれたとなれば引き受けなければむしろ狂三が不自然だ。何せ、今朝から士道を探していたのは当の狂三なのだから。そちらの目的が果たせるのであれば、この頼みを受け入れることは自然。

 

「戻ったら、先の話を聞かせてくださいまし」

 

「えー、なんのことー?」

 

「あら、あら……」

 

 精霊の精神安定を謳う割に、隠し事を貫くとは良い根性をしている。まあ、琴里が明かさないというのであれば、狂三は忘れてやることにしよう。ため息一つで背を向けて、狂三は士道を迎えに再び外へと向かう。

 

 ――――――次こそは士道に会えそうだ。仄かに笑顔を浮かべた狂三からは、琴里の隠し事など頭の隅に追いやられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……連絡の内容は?」

 

「やっぱりわかっちゃうかー」

 

「狂三に士道を迎えに行かせるには早すぎる」

 

 キッチンから狂三がいなくなってすぐ、目線を鋭くした折紙が琴里へ問いかけてくる。その様にさすが元AST隊員と称賛を覚えながら、素早くマインドセットを施し返答をする。

 

「少し前から〈ラタトスク〉が調べていたことがあったんだけど、今まさにその進展があったのよ」

 

「調べ物……今の〈ラタトスク〉が自ら調べなければならないこととは何?」

 暗に『この世界』で、という意味合いの問いかけだ。

 わざわざ、このご都合主義なまでに物事が解決された世界で、狂三に隠すだけの調べ物。それは、

 

「どっちかといえば()なんだけど、実は――――――」

 

 折紙の顔色を変えさせ、大きく目を丸くさせるだけの内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ふむ、美味い」

 

 上流階級の人間が下々の民が口にするものを手に取り、感銘を受けるのは物語によくある話だが、まさか自分がそれを見る側になるとは思いもよらなかったと士道は吐息を零しながら声を発した。

 

「そりゃよかったな。……普段食ってるものが違いすぎて合わないと思ってた」

 

 言って、士道自らも手にしたハンバーガー……メジャーなファストフード店から購入した食にかぶりつく。口に広がるジャンキーな味は、大雑把ながらやはり王道だ。

 これが士道の隣を歩く男に――――――超上流階級のアイザック・ウェストコットの口に合うとは、到底思えなかった。だが、わざわざファストフードを指定したのはアイザックであり、当の本人も士道の言葉を相変わらず冷たい笑みを浮かべて返してくる。

 

「そういうわけでもないさ。君とて、高級な一品より好ましく思える品があるだろう。私にとって、それはこの味ということだ」

 

「……ま、わからなくもないな」

 

 士道が思い浮かべるものとアイザックが思い浮かべるものは違うが、言いたいことはわかる。士道とて高級な料理に理解は示すが、たとえば精霊たちが真心を込めて作り上げた料理の輝きはそれに負けないと思っている。

 少なくとも士道は、一人で行う高級な食事より皆と行う庶民的な食事の方が好きなのだ。士道のそれがアイザックにとってはこのジャンクフードなのだろう。

 

「このような安上がりなものでも、この国のものはとても優れている。自国では自由に味わえない分、こうしてたまには食べたくなってしまうものだ」

 

「隣の家の芝生は青いとはよく言ったもんだ。そもそも、そんな理由であんたのお忍びに俺を巻き込むな」

 

「不服かね?」

 

「不服以外があるなら教えてほしいがね。誰かに付き添わせろってんだ」

 

 落ち着いて飯も食えやしない、とハンバーガーを食い切って愚痴を零す。

 

「はは、部下を連れ歩くわけにもいないだろう?」

 

「ああ……あんた、タダでさえ目立つからな」

 

 食べ歩きながら感じる居心地の悪さなど、まさに〝目立つ〟の一言で解決する。商店街で顔の知れている士道はともかく、大企業の長が庶民の拠り所に姿を表すなど知る人が知れば卒倒ものだろう。おかげさまで一ヶ所に留まることもできないときたものだ。

 いや、そもそも流されて根本的なことを聞いていなかった。

 

「てか、そのあんたの部下の人は?」

 

「ふむ。協力してくれた者が足を止めてくれているだろうが、時間の問題だろう」

 

「…………」

 

 その足止めを任せた部下、脅して協力させたんじゃないだろうな。というかそうとしか思えないと、士道は深々とその人たちの代わりにため息を吐いた。

 

「あんたの下に付く人には同情するよ……」

 

「む……上司としては優秀に振る舞っているつもりなのだが」

 

「なお悪いだろ」

 

 優秀と呼ばれる上司が日本に来て唐突に抜け出したとか、誰かの首が落ちるだけで済めばいいというもの。ほとほと、このアイザック・ウェストコットという男は考え方が常人からズレていると言わざるを得ない。

 素っ頓狂な返しを真顔でするものだから、この男も見ないうちに少し変わったかと士道は評価を改めてしまいそうだった。それはそうと、士道なりに聞くべきことは聞いておかねばと声を発する。

 

「で、あんたはその短い休憩時間でジャンクフード食いに来ただけなのか?」

 

 放っておいて何をされるかわからない相手ということもあり、こうして士道はこの宿敵と歩き食いに興じている。正直な話、さっさと解放してほしいのが本音で、今すぐアイザックの部下が迎えに来てくれるのが一番だと言えた。

 そんな士道の本音は、この男に筒抜けなのだろう。人をおちょくる楽しげな笑みでアイザックは言葉を返す。

 

「いや? 興味本位で、君に聞きたいことがあったのだよ。会うことがなければ、それはそれで私と君の運命だとも考えていたがね」

 

「そうかい。俺は今自分の運命を呪ってるよ」

 

 どうせろくなものじゃない。その確信がありながら、聞かねばならないというのが困りものなのだが。

 つっけんどんな士道の態度を気にも止めず、さも気まぐれ、本当に興味本位のような顔でアイザックは続けた。

 

「何――――――どうして君たちは、私を生かしたのかと思ってね」

 

「………………はぁ?」

 

 たっぷりと時間を使い、士道は呆れた息を吐く。今さら、それを当の士道に聞きに来るのかと。

 

「言っとくが、俺は『この世界』にあんたの不満を受け入れるつもりはないぞ」

 

「そんなつもりはないさ。私は敗者だ。敗者は勝者に従うものだ。この問い次第で今の私が行動を変えることはありえない。――――――だからこそ、私を『この世界』に残した君たちの行動がなかなかに不可解に思えてしまってね」

 

 言いながら、アイザックは髪をかきあげ――自己の存在を確かめるように――鋭さを残した瞳を士道へと向けた。

 

「エレンやエリオットは理解できようものだが……私を残すメリットは、まるでないだろうに。むしろ、私など存在ごと時間の中に葬り去る方が楽だったのではないかね?」

 

「そうだな。そっちの方が簡単だったし、世界も綺麗になったかもしれない。けどな――――――」

 

 そこは、士道も否定はしない。アイザックという男がもたらした影響は、正直なところ美しいとは言えない。世界など知ったことではない士道たちにとってもそうなのだから、この男の悪行というものは底が知れなかった。

 だからこそ不可解。だからこそ解せない。人の思考を理解する異常者だからこそ、あまりに不合理な士道の行動をアイザック自らが問いかけてくる。

 

 そして、そのくだらない質問の答えなど、士道は一つしか持ち合わせていない。

 

 

「俺はあんたの理解者かもしれないが――――――あんたと同類(・・)にはなりたくないのさ、アイザック」

 

 

 不敵に微笑み、士道としての答えを返した。

 

「……なるほど。君らしい傲慢な答えだ、シドウ」

 

「はっ。世界を創り変えた人間が最もらしいことを吐く方が、俺は傲慢だと思うぜ」

 

 今さら正しい倫理観を議論するつもりなどない。士道とアイザックはこれ以上ないほどに異常者だ。

 己の快楽のために世界を変えようとした男と、愛のために世界を創り変えた男。等しく傲慢で、等しく異常者だ。だが、そんな異常者にも引くべき一線というものは存在している。士道とアイザックが違う部分は、それだけの話だ。

 吐き捨てるように自論を繰り出した士道に、フッと唇を歪めたアイザックは肩を竦め返した。

 

「だが、理解したよ。君たちがこの甘い世界に私を残した理由が」

 

「不服か?」

 

「不服だとも。が、同時に納得もしよう。そして、私は敗北を認めている。――――――次は共に来てはくれないと、言われてしまったからね」

 

「は?」

 

 何のことだ――――――と士道が問おうとした瞬間、二人の前に車が急停車した。見るからに高級車。誰を迎えに来たかは、言うまでもないことだった。

 

「おや、時間か」

 

「らしいな。食うもん食って満足したなら、さっさと仕事に戻ってくれ」

 

 しっしと邪険にすれば、その反応がアイザックの周りでは相当珍しいからなのか、くつくつと楽しげに笑いながら男は車へと向かう。

 

「ああ、そういえば一つ。君にあることをお教えしよう」

 

「あ……?」

 

「――――――――」

 

「……!!」

 

 目を見開き、思わずアイザックを止めて幾つかの言葉を交わす。そして、その情報を士道へと導いた(・・・)アイザックに怪訝な顔を向ける。

 

「あんた、なんでわざわざ……」

 

「ふむ。私が握り潰したところで結果は変わるまい。強いていえば、私が見たかったものを見せてくれた礼だ。しかし、そうなると――――――」

 

 アイザックにしては珍しく、少し考えるように目を伏せる。そう、それは確かに――――――アイザック・ウェストコットという男が、人らしい俗世な考えを取り戻したように見えたのだ。

 

 

「こちらの方が正しいな。私は君の喜ぶ顔ではなく――――――彼女(・・)が喜ぶ顔が見たいのだよ」

 

 

 一瞬、何のことか士道には理解し難い発言だった。

 

『――――――次は共に来てはくれないと、言われてしまったからね』

 

「あ……!!」

 

 つまりは、そういうこと。繋がりに士道が顔を上げたときには、アイザックは悠々と車に乗り込み、窓から士道へ別れの言葉を告げようとしていた。

 

「では、また会おう(・・・・・)。彼女に、よろしく伝えておいてくれたまえ」

 

「ま、てめ……っ!」

 

 言うだけ言って、小憎たらしい笑みを残して、アイザックを乗せた車は走り出す。その背に向かって、

 

 

「誰が伝えるか! 二度と未零に(・・・)会いに行くんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 人の縁とはコントロールできないもの。こうした悪縁も――――――案外、切れないものであるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「たく……っ」

 

 最後の最後で愉快ではないものを落としていったアイザックに巨大なため息を吐いて、苛立ちにガリガリと髪をかく。本当にろくでもなく性格が悪い。

 

「はぁ……ああ、くそ」

 

 あの憎たらしい顔だけを頭から追い出そうと首を振り、士道は舗装された道に靴底を押し続けた。

 顔だけなのは余計すぎる時間だったからだが……決して、無駄な時間ではなかった(・・・・・・・・・・・)からだ。

 

「…………」

 

 ――――――会って、話がしたい。それだけを思って、士道は迷いなく歩を進め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂三は幸せだ。今の幸せは、想像することなどできなかったほどに輝いて見える。だから、

 

 

「この夢は――――――いつ、覚めてしまうのでしょう」

 

 

 時折、怖くなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 いつか、覚める夢なのではないか。

 

 

「――――――――」

 

 

 今歩く現実は、夢ではないと言えるのか。自らが見た幻想は、果たして現実ではないと言えるのか。

 今この瞬間、幸せな夢は消えて、士道を知らない彼女がいる世界に変わってしまうのではないのかと。

 

 

 

 

 

 未来へと時が進むのは、己が望むだけの光景でしかないのではないか。

 

 

「――――――――」

 

 

 狂三が世界を映す左眼から色が消え、彼のいない世界になってしまうのではないか。

 

 

 

『――――――――』

 

 

 だから怖かった。会えたとき、向き合えたとき、いつ覚めるともわからぬ夢が消えてしまうのではないかと。

 お互いの手に掴んだものは、儚い夢幻ではないのかと。

 

 

 それでも、だからこそ――――――会いたいと思った。

 

「士道さん」

「狂三」

 

 だって、ああ、ああ。そんな一秒前の想いを吹き飛ばすほど、あなた(きみ)の姿は色鮮やかで。

 

 

「俺たちのデートを――――――」

 

 

 差し出された手は、とても温かくて。

 

 

「――――――始めましょう」

 

 

 返された微笑みは、とても温かくて。

 

 

 会えてしまえば――――――くだらない悩みだったと、二人で笑いあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ふぅん……奇妙な体験があったものですわね」

 

「他人事みたいに言うなよな……」

 

 揃って歩くことが自然になった狂三と、そんな気の抜けた会話を広げた。内容は、今日見た夢の話だ。

 お互いに視てしまったものを教えあってみたものの、本人と会ってしまえばこうも現実感がなくなってしまうのだから不思議な気分だ。

 

「ですが……予知夢の類ならまだしも、既に過ぎ去った過去の分岐点を視せられたところで、わたくしたちには他人事のようなものですわ。本当にその選択をした結果、夢の出来事になるとも限りませんもの」

 

「それもそうだけどな」

 

 それで不安になって会いたくなったのはお互い様だろうに、という言葉は苦笑と共に噤んだ。士道はこのお嬢様がどのような反論をしてくるか、不機嫌になるかは弁えているつもりだ。士道の手を握り、上機嫌に歩を進める可愛らしい狂三の機嫌を損なうのは、士道としても大部分の喪失なのだ。

 

「あったかもしれない、というものを考えるのは嫌いではありませんけれど……今は、その先(・・・)を考えることが好きになってしまいましたわ」

 

「たとえば?」

 

「ふふっ、当ててみてくださいまし」

 

 くすくすと揶揄うように笑い、唇に指を当てて先を促す狂三。その先、未来の話、将来の話。色々とあるものだろうが、士道が今日浮かべたものといえば――――――

 

「…………結婚、とか」

 

「……!!」

 

 若干の恥ずかしさに目線を逸らす士道にわざわざくるりと回り込み、実に乙女な反応を狂三が示した。

 

「まあ、まあまあまあまあまあ!」

 

「狂三、回数がバグってるぞ」

 

「二回繰り返しただけではありませんの!」

 

 明らかにそれ以上を繰り返していたのだが、今の狂三は正論では止まらないだろうと思えるくらいに目が輝いている。可愛いが、とても眩しいと士道は怯みながら声を発する。

 

「合ってたか?」

 

「間違いではありませんわ。これからの期待の中に含まれていましたもの」

 

「欲張りだなぁ……」

 

「誰かさんに似て、ですわ。わたくし、我慢という言葉を忘れてしまいましたもの」

 

 ギュッと士道の手を握る狂三からの期待は相当なもので、これは本格的に誰かに相談しないとなぁと士道に曖昧な笑みを浮かべさせた。

 

「ああ、ああ。嬉しいですわ、嬉しいですわ。こんなに嬉しいことはそうありませんわ」

 

「おいおい、まだ本番じゃないからな? それに――――――俺の予告より嬉しいことがあるかもしれないぜ」

 

「あら、あら。あなた様からの贈り物より嬉しいものなど、そうそうあるとは考えられませんけれど……」

 

「さて――――――」

 

 ニヤリと笑い、向き合った狂三のその先へ目を向ける。これでも、狂三に近しいくらいには目が良くなったつもりだ。

 だから、

 

 

「案外、幸せってのは近くに来るもの(・・・・)だぜ、狂三」

 

 

 その幸せは、もう祝福されている。

 

 

「――――――狂三さん(・・・・)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日、我が社……というより、私個人にとあるコンタクトがあったのだよ」

 

「あんた個人に? 一体どうやって……」

 

「驚きだろう。彼女(・・)はその身一つで私にたどり着いて見せた。人の執念とはこれほどまで……と思わされたものだ」

 

「あんたが言うか。それで、その人はあんたに何を要求したんだ?」

 

「何、大したことではなかったさ。彼女は単刀直入に言ってのけたよ――――――時崎狂三を知るとある組織(・・・・・)にコンタクトを取って欲しい、とね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――そして、彼女はたどり着いてみせた。見事なものですね。その一途さは二亜に見習ってほしいものです」

 

「……ある意味、あの男を拒絶しない未零のお人好しな性格が功を奏したと言えるかな」

 

「……姉さん、全く嬉しくなさそうにしないでくださいよ」

 

「で、その人の狙いはなんでやがりますか。時崎狂三への復讐ですか?」

 

「冗句にしてはなかなかグレーなラインですよ、真那。誰かにそういうものを埋め込まれたならいざ知らず……それがあったにせよ、終わったことです」

 

 まあ、こういうときに未零から言うべきことなどたったの一つ。いつものように、たったそれだけだ。

 

 

「全てはあなたのために、我が女王。そして――――――よかったね、狂三」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ――――――」

 

 いる。そこにいる。狂三を呼んでいる。

 目が映らなくてもわかる。涙で滲んでいようともわかる。狂三ならわかる。時崎狂三は、彼女の存在を誰よりも追い求めた。

 だが、どうすればいい。どう応えればいい。ああ、ああ。全身が震える。鼓動が早鳴り、振り向こうとする身体が言うことを効かない。どうすればいいのだろう。

 

「狂三」

 

 呼べばいい。そうして、呼び合えばいい。かつて、今もそうであるように。

 名と名を呼び合うこと。大事な、大切なこと。

 

「欲張りになったんだろ。――――――俺のこと、ちゃんと紹介してくれよな」

 

 微笑む愛おしい彼と一緒に、学んだことなのだから。

 微笑みを返し、振り向いた。幾重の時間を積み重ねた〝結果〟が広がっていた。

 

 焦がれてやまない過去があった。取り戻しても、彼女と交わすものなどないと思っていた。けれど、約束してしまったから。そうして、愛する人と創り上げた世界は――――――

 

 

 

「――――――紗和さん!!」

 

 

 

 我が儘な優しさに満ち溢れた、祝福の続く未来だ。

 







匂わせ合体章タイトルから『フューチャー』まで解禁しついに結婚ネタかと思わせてラストこれが私の全力不意打ちストレート。いやね、バレット劇場版であそこまで描かれたら私が書けるもの書くしかないかなって……。

さあそんなわけでこの後書きも最後となりました。本当に最後か、と聞かれると(完結マークを付けるための)最後という意味ですが。またこのリビルドでしか書けないものを思いついたらシレッと投げに来るかもしれません。本編の続きかもしれないし、IFの続きかもしれない。まだ見ぬ未来にご期待下さいませ。

あと残したものはなんだろうなー、って考えながら作った今話。やれるだけ再現ネタを入れまくりました。アンコールの小ネタ全部わかる人いるんですかね……。あと真那くん、それ日本では『同じ釜の飯を食う』っていうのよ。
というか再会した瞬間の士道と狂三、ちょっと正気に返って私が恥ずかしくなったわ。いくらなんでもゲロ甘すぎる。ここまできたら皆さんの脳内に互いに向かって歩く二人が想像できたはず。本当に、長かったねぇ君ら。

次リビルドで思いついた短編以外書くことがあるなら凜祢ユートピアか劇場版バレットネタでしょうかねぇ。前者は細部詰める気になったらですが、後者は単純に短いかつ白の女王との因縁がメインだから書きやすそう。いやバレット本編って『狂三』の物語の側面が強いので、こっちだと士道を絡ませられないし無双狂三だと台無しだしって感じなので。まあやるかどうかはわかりません。未零じゃないですが、終わった話ってあとで組み込みやすいよね(
まあこの辺より次回作は優先されるはずです。次はコンパクトに収まる士道と狂三の物語を書くんだ……ふふ。クソ甘いボーイ・ミーツ・ガールをお届けして差し上げましょう、多分ね!!

さあ、戦争(デート)は幕を閉じ、デートは祝福の先へ。狂三リビルドという物語はこれにて完結となります。二回目ですけど最後の最後だし投げ忘れの評価とかあればめちゃくちゃ受け取るのでめちゃくちゃ待ってます!完結記念一回もらってるのに完結マーク記念とか意味不明ですけど!何だかんだ三ヶ月使ってるので許してください!

またいつかの明日に再びお会いしましょう。次回作か、はたまた狂三リビルドかは私にもわかりかねますが。その時はまたこいつ狂三書いてるなって読んでやってくださいませ。

それでは、士道と狂三の物語をご愛読いただき、改めて、本当にありがとうございました!!またね!!
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