デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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メインヒロインの出番が少ないと微妙にモチベが下がる。こんな構成に誰がした、私だ。


第二十一話『不明な白』

 

 

「……強がりなのは、いつまでも変わらないね」

 

 答えを急ぐ事はないのに。止まることは、決して罪ではないのに。

 少女は狂三の髪を優しく撫でる。ゆっくり、丁寧に、万感の想いを込めて。

 眠りに落ちたその顔から、いつもの超然とした彼女は見られない。神に愛された美しすぎる彼女の顔は、弱々しさすら感じられる儚いものだった。

 

 少女の手が彼女の頬に触れる。触れれば壊れてしまいそうだと。どうか、今だけは彼女に安らかな一時を。どうか、幸せな夢を見ていられるようにと。その手に込められた物は――――狂おしいほどの情愛(・・)だった。

 

 

「――――『わたくし』のご様子はいかがでして?」

 

「……安定はしました。けど、数日は目覚めないでしょうね」

 

 

 軽いノックを挟んで入室したのはメイド服(・・・・)の狂三。複雑そうな表情の彼女に、普段通り(・・・・)の少女が振り返って言葉を返す。

 

「精霊の回復力をもってしても数日……それほど深い傷ですのね」

 

「それもありますけど、どちらかと言えば心の方です」

 

 狂三が受けた傷は表面上は既に完治している。内部的な損傷も、あとは精霊としての再生能力が働き数日で動けるようにはなるだろう。それより問題なのは、狂三にかかっている心的な負担の方だ。

 

「……ずっと弱音一つ吐かずに気を張ってたのに加えて、ここへ来て一気に心にかかる負荷が増えたんですから無理もありません」

 

「目の前に迫る〝悲願〟への道。しかしそれを行うには、愛しい愛しい士道さんを取り込まなければならない。それが出来ない『わたくし』は咄嗟に士道さんを庇ってしまった。そして士道さんも『わたくし』を庇う。美しいですわ、美しいですわ。ああ、ああ。悲劇的ですわ、悲しいですわ――――――わたくしには、理解できそうにもありませんけれど」

 

「当然でしょう、あなたたちは『狂三』であって狂三じゃない。この子に宿った感情は、過去の履歴を更新しない限りこの子にしか分からないんですよ。割り切ってしまえるほど非情な子なら、いっそ楽だったんでしょうけどね」

 

 時崎狂三という精霊は非情であった。時崎狂三という少女は優しい少女であった。非情でなければ〝悲願〟は果たせない。けれど優しくなければ、この道を選ぶ〝選択〟をする事が出来なかった。

 究極の矛盾だった。悲劇を〝なかったこと〟にする。そのために自らが悲劇を起こす。精霊は全てを〝なかったこと〟にする。それは、精霊が起こしてきた事象さえも含めての全て(・・)だ。しかし、それは決して彼女の罪を洗い流す事は無い。少女は常に罪の意識に苛まれながら、だからこそ精霊は始まりから失われた命に、踏み躙った全ての命に報いるために足を止めなかった。

 

 そして現れたのが、精霊の旅を終わらせる事が出来る、優しすぎる一人の少年だった。彼は精霊を腐らせる〝毒〟にも等しい者だ。少女を狂わせる者だ。同時に――――少女も、少年を狂わせてしまった。

 その〝毒〟は精霊を蝕んだ。それを防ぐための〝嘘〟は少女を蝕んだ。狂った少年の想いは〝猛毒〟だ、それこそ――――――世界を作り替えてしまえるほどに。

 

「そのくらい分かっていますわ。けどわたくしにとって〝悲願〟は全てですもの。ミイラ取りがミイラになってしまわれた『わたくし』が聞いてない間に、苦言の一つ申しても仕方ないのではありませんこと?」

 

「……まあ、仮にこうなったのが分身体のうちの誰かだったら、狂三は容赦なくその分身を影に還していたでしょうけど。だからって今回みたいに自分殺しみたいな事されたら肝が冷えます。危うく何回、足を踏み出しかけた事か……」

 

 基本的に、少女にとって狂三の言うことは〝絶対〟である。彼女が言ったこと、決めた事を少女は否定しない。例外となるのは……今回のような出来事だろう。

 

「うふふ、足を踏み出した結果が今この光景ですのに、おかしなお方」

 

「最後のだってギリギリでしたよ。最悪、間に合わなそうなら二人だけでも押し出すくらいは考えていました」

 

 あらゆる物が少女の想定を超えていた。五河士道があそこまで狂三に情熱を注ぐのはいくらなんでも驚きだったし、狂三の方も不安こそあったが、ここまで思い詰める結果になるとは思ってもみなかった。まさか文字通りやり直し(・・・・)が出来る自分の身を顧みず、五河士道を庇うとは……本当に、そう言った心は知識や記憶があっても経験がなければ少女にとって未知(・・)であった。

 

「……私にも計画があるので、狂三……今は五河士道にも死んでもらうわけには行かないんですよ。だから今回ばかりは特別です」

 

「そろそろ、その〝計画〟とやらについて教えてくださってもよろしくてよ?」

 

「何度も言ってますけど、誰かに言うほどの物ではありませんよ。狂三の〝悲願〟が完全な形で果たされれば、私の計画も完遂されます――――今は、少し事情が変わりましたけどね」

 

 興味深そうな表情でメイド狂三は見つめてくるが、あいにく少女に計画の中身を話すつもりはない。以前までなら、狂三が〝悲願〟を果たす選択肢が一番だったのだが……五河士道というある種のイレギュラーによって、それも覆されたも同然だ。それに期待(・・)したのは少女自身だが、ここまで予測不能な感情のぶつかり合いをされては、情けない話だが本当に二人次第といったところか。

 

 兎にも角にも、今は狂三が回復するのを待つしかない。だから今は出来ることをするだけ。それは――――封印を解いた(・・・・・・)五河琴里に関してだ。

 

「――――借りは、早めに返しておきますか」

 

「あら、あらあら。随分楽しそうな事を考えていらっしゃいますわね?」

 

 ……何故か少女の呟きを聞いて、メイド狂三が凄い良い笑顔で銃を取り出した(・・・・・・・)。絶対に、何か変な勘違いをしている。

 

「良いですわ、良いですわ。高鳴りますわ、高鳴りますわ! わたくしもお付き合いいたしますわ。敵総大将へのカチコミ、と言うやつですわね。とても素晴らしいですわァ」

 

「……なんでそうなるんですか。違うに決まっているでしょう」

 

「あら? あなたなら『わたくし』に仇なすものには容赦しないと思っていましたのに」

 

「そりゃあ……否定はしませんよ」

 

「ほぉら、やっぱり」

 

 得意げな顔で笑ってみせるメイド狂三に、はぁとため息を隠さず吐き出す。メイド狂三の言う通り、狂三に害を成すなら少女は一切の容赦はしない――――あれが、五河琴里の意思であるならば、だが。

 

「……五河琴里が自らの意思であの行動に及んだなら、私も相応のやり方で対応します。けど、アレ(・・)は違うでしょう」

 

「『わたくし』に仇なしたのは琴里さんではない、と?」

 

「奇妙な言い方ですけど、ね」

 

 最初に現れたのは確実に五河琴里だった。彼女は、自らを追い詰める(・・・・・・・・)狂三を止めるために、封印を解いて戦いを挑んだ。これこそ奇妙な話だが、彼女のこの行動に少女は感謝すら覚える。だが、途中から現れたアレ(・・)は五河琴里ではない。

 おおよその見当はつく。しかし、行動を起こす前に確かな確信を得たいのも、また事実であった。

 

「……霊結晶(セフィラ)の調整不足……? もしくは適合が不安定――現象としては〝反転〟状態に近い、か。問題は向こうがその対策を持っているのか……」

 

「? いかがなさいまして?」

 

「……いえ。少し出かけてきます。その間、狂三をよろしくお願いします」

 

「あら、どちらへ?」

 

 ふむ、と少女は少し考える仕草をすると……いたずらっ子のように口を開いた。ただし、言った内容は可愛くもなんともないが

 

 

「――――ちょっと、自慢の戦艦へ不法侵入をしに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――――この、アホ士道ッ!!」

 

「ぐは……っ!?」

 

 士道の鳩尾に妹の拳がクリティカルフィニッシュ! こうかはばつぐんだ!!

 

「……な、何すんだ琴里……」

 

 息も絶え絶えに謎の強行に走った妹に問いかける。今さっきまで真面目な話をしていたのに、突然こうなったのだから士道の頭には疑問しかない。

 令音に案内された先は、司令官という立場の人間を置くには到底相応しいとは思えない、部屋という形をした檻のような場所だった。ここで士道は琴里の口から、そして自身の思い出された記憶から様々な事実を知った。

 琴里が五年前に精霊になった(・・・・・・)こと、思い出したと言ってもお互いにその時の事は殆ど覚えていないこと、ぶっつけ本番で狂三の空間震を相殺したこと、何者かに自分たちの記憶が消された(・・・・)可能性があること……そして、五年前に琴里の霊力を自分が封印した結果、その能力の一部が士道が持つ超回復能力の原因だったこと。

 士道の記憶にはないが霊力が封印されたあと、琴里は〈ラタトスク〉に見出され精霊を救いたいと思い今の地位についた……それ故に、琴里は士道の力を知っていて彼を精霊の説得役に選んだのだ。

 

 ざっとこんなところだが、士道としても記憶が曖昧で混乱している中なぜか妹から拳を打ち込まれて更に混乱していた。打ち込んだ妹は、怒り心頭といった様子で口を開いた。

 

「何すんだ……ですってぇ? 私、言ったわよね? 今のあなたは簡単に死んじゃうって、ちゃんと言ったわよねっ!? なのになんで狂三を庇って〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の前に飛び出したりなんかしたのよ!!」

 

「そ、それは……身体が、咄嗟に動いたというか……」

 

「咄嗟に身体が動いて自殺まがいのことするの? バカなの、士道。いいえごめんなさい知っていたわ。バカよね、士道は」

 

「……そ、そういうわけじゃ…………すまん」

 

 士道とて自殺したかったとか、そんな気持ちはサラサラない。ただあの時は、本当に身体が動いたとしか言いようがない。あの時は必死すぎて、自分が何を考えていたなんて細かいことは覚えていないし、きっと狂三を守らないといけないと思った結果があれだったのだ。

 辛辣だが、琴里は士道を心から案じて言葉をかけてくれているので甘んじて受け止めて謝罪する。一応、彼の言葉を受け入れてくれたのか深いため息を吐く琴里。その表情は、安堵と心労が混ぜ混ぜといった様子だ。

 

「……仮に回復能力があっても、私の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は狂三ほど強力な精霊にもあれだけのダメージを与えたのよ。普通の人間が受けたら再生する間もなく即死しちゃうわ。頼むから、もう少し自分の身を労わってちょうだい……今回は、私がすんでのところで意識を取り戻して(・・・・・・・・)砲撃を僅かでも逸らせたから、まだ何とかなったけど……」

 

「意識を取り戻したって……琴里、お前やっぱりあの時……」

 

 普通ではなかった。あの時、狂三と戦っていた琴里は途中から明らかに人が変わったように(・・・・・・・・・)様子がおかしかった。まるで……狂三を本当に殺そうとしていた(・・・・・・・・)。そうなっていたら、本当に誰も救われない結果になっていたと確信があった。

 

「……えぇ。理由は分からないけど、精霊の力を士道から返してもらってから、私おかしいのよ。何かを壊したい、何かを殺したい(・・・・)……そんな衝動が身体を突き動かそうとするの。今は、それを薬で何とか抑えてる状態」

 

「な……」

 

「怖いのよ、私。こんな訳の分からない物に支配されそうで、記憶も曖昧で……もしかしたら、記憶がないだけで誰かを殺してしまっている可能性だってあるのよ。ううん、もし士道の事が目に入らなかったら……あの時、私は本当に狂三を殺してしまっていたわ」

 

「……っ!」

 

 琴里の身体が僅かに、震えていた。常に強気な黒リボンの琴里が、怖いと震えている。その光景が士道の心を強く揺さぶった。

 

「……らしくないことを言ったわ。今のは忘れて――――」

 

「琴里」

 

 妹にしっかり目線を合わせて、士道は彼女と目を合わせる。図らずも見つめ合う形になった途端、琴里の顔が赤く染まる。

 この恐れを、恐怖を、士道は許容することは出来ない。たとえぶつけられた様々な情報に混乱していても、五河士道は妹のそんな感情を絶対に見過ごさない。

 

「ふぇ……!?」

 

「俺に出来ることはないか。なんでもいい、言ってくれ。俺が絶対にそれを叶えてやる」

 

「……なんでも、聞いてくれるの?」

 

「ああ、可愛い妹の為ならなんだってしてやるさ」

 

 自分に何か出来るかなんて分からない。何も出来ないかもしれない。それでも、何かしてやりたかった。彼女は精霊だろうと人間だろうと、自分を絶望から救ってくれたかけがえのない愛する妹なのだから。

 そして、頬を赤く染めたまま、琴里が恥ずかしげに口を開く。

 

 

「じゃあ――――私をデレさせて(・・・・・)ちょうだい」

 

「…………は?」

 

 

 結果、十秒前の決意は再び混乱の渦に呑み込まれてしまったわけなのだが。

 

 

 

 

「令音さん、琴里は……」

 

「……ああ、大丈夫だよ。心配ない。今のところはね」

 

「っ、今のところって……」

 

 あの後、琴里の発言が完全に封印から解かれた彼女の霊力をもう一度封印する必要がある、という話までしたところで琴里の様子が変わり、士道は令音に半ば無理やり部屋から追い出されてしまった。加えて今の令音の発言に、彼の中の不安が広がる。

 部屋の外へ戻ってきた令音が、目を伏せて声を発する。

 

「……二日後。君には琴里とデートしてもらう」

 

「? なんで二日後なんですか?」

 

「……その日しかないのさ。恐らくあと二日しか、琴里は自身の霊力に耐えられない」

 

「――――ッ!?」

 

 令音の言葉を聞いて身体が強ばったのが分かる。令音の表情も、心無しかいつもより暗いものだと思えた。

 

「そ、それってどういうことなんですか……!?」

 

「……段々と、発作の間隔が短くなっている。今は精神安定剤と鎮静剤で抑えている状態だが……多分、あと二日が限界だろう。その日を過ぎれば、琴里はもう、君の知っている琴里ではなくなってしまう可能性がある。琴里の状態の安定と限界。この二つが唯一合致するのが二日後――――つまり明後日を逃せば、もうチャンスはない」

 

「――――――」

 

 言葉すら出てこない。嫌な汗ばかりが這っていて気持ち悪い。今度は彼の身体が小さく震えた。

 それは余命宣告にも等しかった。自分の妹が、琴里が琴里でなくなる。たった二日、それが残された時間。更にその二日後の短い僅かな時間で、士道は琴里を〝攻略〟しなければならない。

 妹を、デレさせる。それが出来なければ――――琴里は、救えない。

 

 狂三に続きなんとも難易度が高い作戦に思えてしまう。しかし五河士道に後戻りの道はない。二度と、あんな琴里を見たくない。二度と、お互いが辛いだけの戦いをさせたくない。

 

 

「――――そういう方法になりますか」

 

 

 誰にも知られることなく、〝白〟が独白をこぼして、消え去って行った。

 

 

 







傍から見るとなんでも知ってそうに見えるけど別に全てが想定通りに行っているわけでもない。一つ言うなら少女も精霊である以上、ヒロインの一人です。ただ攻略条件が特殊ではないとは言ってない。
あと狂三不在なのに狂三がいるって凄い不思議。狂三ならではという感じですね……それでも数話にかけてメインヒロイン不在で不評にならないか現在進行形で実はご不安だったりします。

ではまた次回。最近感想、評価がガンガン増え続けててめちゃくちゃ嬉しいんですけど失望されたらどうしようというプレッシャーがうごごごご(豆腐メンタル) 感想、評価などなどお待ちしておりますー

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