デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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お久しぶりです。思いつきなので開いた人は期待しないで読んでください。今度は単話の完結です。






狂三リビルド・プリクエル
『三月三日』


 

「はぁ……」

 

 ふと、扉の横壁に寄りかかる男の一人がため息をつく。実に退屈、面白みがないと言いたげな顔をしている。無論、彼自身に面白みがあるとは言えないのだが、彼に与えられた役目は彼が面白みのある人間であることを必要としない。

 

「おい、何気ぃ抜いてんじゃねぇぞ」

「すみません先輩……けど、こんな僻地の警備なんてやることないっすよ。おかしなものばっか作ってる場所なんですし……」

 

 扉の左側に位置した生真面目な隊員の注意にも、彼は容易に口を滑らせて気だるげな面持ちのままだ――――どこで誰が、何を聞いているとも知らずに。

 

「ボヤくな。それが俺たちの仕事だ」

「けど、奥で得体の知れない物を作ってるって噂も――――――」

『あら、あら。その噂、実に興味をそそられますわ。わたくしもお聞かせ願って、よろしくて?』

 

 そのどこの誰ともしれない声は、どこからともなく響き渡る。甘く甘く、けれど苦く苦く。人を溶かす魔性の声調。

 

「な……ぐぉ」

「へ、おげ!?」

 

 直後、白い手(・・・)が彼らの頭と口を、首と目を覆い尽くす。少女のような華奢な指、天使の如く白き腕。二人の意識を失わせるまで一秒と三秒。まあ、片方は抵抗した方ではないだろうか――――扉が開き、壁に背を持たれた男たちを出迎えとした少女が姿を現した。

 

 それは夢魔。それは悪魔。それは死神でありそれは天使である。

 鮮血と深淵を塗る美麗で恐ろしいドレス。不揃いであることが美しい野干玉の髪。神に愛されたとしか言えない面の造形。小さな鼻梁と真紅の右眼、この世の理から外れし黄金の左眼。

 その美しさは佳絶。その姿は凄艶。美しいという言葉は、正しく彼女のためにある。彼女は美しい――――――視る者全ての時が止まるように。

 

「きひ、きひひ、ひひっ、きひひひひひひひひひひひひひひひひひひッ!!」

 

 狂気と鮮烈。超然とした嗤い。その双眸が歪む微笑み。

 それは精霊。最悪の名で知られる精霊。その名を――――――

 

「話す前に気絶させたら聞けないんじゃないですか――――狂三」

 

 時崎狂三。時の支配から逃れることを代償に、誰より時に縛られることを選択させられた狂三が、語りかけてきた少女に対し、首を背に向け視線と声で応じた。

 

「構いませんわ。別に、このお喋りな口から語ってもらう必要はありませんもの。まあ、拷問という手も、それなりに(・・・・・)わたくしの好みではありますけれど」

「気まぐれな女王様ですこと……」

 

 ため息混じりに言葉を返す()の少女。純白、あるいは色がないからこそ白と表現する他ない。全身を白い外装で覆った一人の少女が、狂三に伴われるように姿を見せる。

 

「あなたこそ。わたくしの予定が終わるまで姿を見せないというのに、どういった気まぐれかしら」

「まあ、たまには身体を動かさないと鈍ってしまいますから。それに、人の目も親切な我が女王が消してくれますし」

「あなた、案外容赦がありませんわね」

「問答無用で相手の首を捻る怖い女王様ほどじゃありませんよ」

 

 コツ、コツ。彼らが警備をしていた扉を超え、それなりに広い空間へと二人は姿を見せる。白と黒。美貌をこれ以上なく明かした精霊と、美貌をこれでもかとひた隠す精霊。

 対照的な二人が言葉を交わし、静まり返ったことで酷く冷やかな軍事基地にその姿を顕とした。

 

「さて、さて。件の精霊様はこんな僻地にいらっしゃるのでしょうか」

「甚だ疑問、という声色ですね」

「ええ、ええ。一向に事を話さない誰かさんと、なかなかに陰険な組織のおかげで無駄足を踏まされているこの現状。わたくし、無意味な時間の浪費は嫌いですわ」

「急がば回れってことわざもありますし、前者はそういうことにしておきませんか?」

 

 暗に後者は無駄足だと従者に認められた狂三が、その麗しい眉根を僅かに顰めて内心でため息を吐く。

 これでも、ここ数年の無駄足から無駄の多い時間の使い方、収集に狂三も辟易している。だが、それが辟易で済んでいる理由も彼女に理由を語らない秘密主義の従者様であるのだから、心のため息の一つは狂三自身が見逃して良いものだろう。

 コツリと狂三のブーツが音を立て、広い部屋に反響する。目的のものは奥にある。鬼が出るか蛇が出るか。

 

 それより先に、耳障りでけたたましい警報音がこの基地の中で鳴り響くか、だ。

 

「……あら? 『わたくし』の誰かがしくじりましたかしら」

「そうですね……強いて言えば、そこに転がっている三秒耐えた男の方を昏倒させた狂三でしょうか?」

「ふむ。では、この警報は誤作動ということですわね」

「我が女王、案外茶目っ気ありますよね」

 

 仮に分身なら折檻物だろうに、と肩を竦める白の少女の困った視線に素知らぬ顔で白を切る狂三。ちなみに重箱の隅をつつくような話にはなるが、今彼女たちが聞いている警報が誤作動でないことは、二人の眼前に仰々しく並び立ったモノ(・・)によって証明が為される。

 

「ご来客ですよ、我が女王」

「はぁ……仕方ありませんわね。わたくしも鈍った身体を動かすといたしましょう」

 

 黒の少女の両手に細緻な装飾が為された歩兵銃が。

 白の少女の片手に鞘に収められた一本の刀が。

 それぞれ握った武器の種類さえ対照的。ガシャン、ガシャンと金切り声を上げて着地をしていく者たちを武具を手にした二人が睥睨した。

 

「……ていうか、なんですかアレ。魔術師(ウィザード)です?」

「あれが人に見えますかしら」

「見えないから博識な我が女王に聞いているんじゃないですか」

 

 少なくとも、フルフェイスに一つ目で脚の関節を逆向きにして立つ者たちが何十体、何百体と並んでいる光景を前に『あれは人間です』と主張する気は白の少女もサラサラないようだ。

 

「まったく……」

 

 ふぅ、と吐息を吐いた狂三が片手の長銃を掲げた。ただし、それは目の前の機械人形に向けてではなく、自分が昏倒させ、優秀にも異常を基地に知らしめた優秀な魔術師(ウィザード)に向かってだ。

 躊躇いなく引き金は引かれ、影を塗り固めた黒の弾丸が気を失った男の頭を撃ち抜いた。が、身体をビクリと仰け反らせただけで彼に外傷はなく、むしろ変化は狂三の方にあった。

 

「――――DD-006〈バンダースナッチβ〉。CR-ユニットと顕現装置(リアライザ)を無人で起動させる人形兵器……の、プロトタイプということらしいですわ」

「……よく人の記憶を読み取って平気でいられますね」

 

 つらつらと何の不自由もなく機械人形、彼女の口から〈バンダースナッチ〉と語られたモノを見遣りながら、狂三に呆れた視線を送る白の少女。

 それは彼女の所業に呆れているのではなく、人の記憶を読み取り受け入れながら、何ら不自由なく過ごせる彼女の許容量――――天使〈刻々帝(ザフキエル)〉をこの世で誰より使いこなす狂三への賞賛であった。だからこそ、狂三も唇を歪めて超然とした微笑みを少女に返せるのだ。

 

「この程度、相手の記憶だと理解していれば客観視は造作もないことですわ。わたくし自身を挟んでいない以上、読み取れる記憶もたかがしれていますし……それにあなた、わたくしが人の記憶を覗き見て涙を流すような愛らしい乙女に見えまして?」

「いやいや、いつかそういうこともあるかもしれないですよ。人の記憶を見て思わず感情的になる、とか」

「ありえませんわね。そのような『わたくし』を見たのなら、わたくしは『わたくし』に殺意を芽生えさせますわ」

 

 対象の記憶を撃った者に伝える【一〇の弾(ユッド)】。狂三は血も涙もない最悪の精霊であり、他者の記憶を読み取ったところで何の感慨もない。少なくとも今は(・・)そう感じているし、情報収集以外に使うこともない。

 

「さあ、さあ。DEMご自慢の人形兵でございます。余興の開幕には良い人数ですわ」

 

 トン、トン、トン。芝居がかった口調と踊るようなステップで狂三が死地へと脚を踏み込む――――否。

 

「――――せいぜい狂って踊りなさいな、人形さん」

 

 彼女にとってそれは、真なる意味で座興であり余興でしかない。

 夢魔が飛ぶ。彼らの頭部と狂三の逆巻いた髪が頭上と地上で平行し、潰れる(・・・)

 

「きひっ、きひひひ、きひひひひひひっ!!」

 

 銃弾、銃弾、銃弾。踊り狂う夢魔が降らす雨の銃弾は人形に降り注ぎ、その乱れを知らぬ無機質な隊列に風穴を空ける。そうして開け放たれた足場を女王は凱旋をするように踏みしめ、再び銃口を人形へと向けて放つ。

 弾痕が真新しい装備に刻まれ、古びたガラクタに成り下がる。彼は抵抗ができない。いいや、抵抗をしようと女王に躍りかかろうとした途端――――識別できない色の刃に斬り裂かれている。

 

「……歯ごたえがありませんこと」

「まあ、プロトタイプってそういうものじゃないですか? これで世に出せると番号を振っているのは、些か見聞が足らないとは思いますけど」

 

 胴体を貫いた刀を引き抜き、そのまま振り返り一閃。数秒遅れで〈バンダースナッチ〉が魔力光を放つも、照準地点に着弾をした頃にはその頭部が少女の脚に潰され、足場の代わりにされている。

 狂三はもはや人形に興味を失い、ただその場で銃の引き金を引く。少女が縦横無尽に戦場を駆け回る中、座する女王はくるりくるりと舞い踊るように影の銃弾を撃ち続けた。

 

「こんなものを何千と用意する前に、事前の技術を見直した方が良いと思いますけれど」

「うーん、失われた技術っていうのはその原因となった人が戻らなきゃどうしようもないですし――――優秀な魔術師(ウィザード)の脳を解析でもできれば、もう少し出来のいい人形が量産できるかもしれませんね」

「素面でそう仰っているのなら、あなたの性根も大概ですわ」

 

 もっとも、それを確かめる術を狂三は持ち合わせていない。少女の表情を垣間見たことは、少女と行動を共にした狂三をして一度足りともないのだから。

 

「――――はっ」

 

 何の感傷だ、それは。狂三には不要なものだろう。少女と狂三の関係はこの死出の旅に連れ添う、ただそれだけのものだ。それ以外に何がいる。何も必要とはしていない。それが白と黒、相容れない色の関係性なのだ――――ああ、そんな感傷に気を取られたのが運の尽きだ。

 

「狂三!!」

「ッ!?」

 

 ――――何かが衝突する。

 それは予測ではなく直感だ。くだらない感傷に耽り、戦場で慢心をするという行為から運に突き放された狂三が、それを経験という感覚で補ったが故にある事象の結論。

 

「――――ア゛ァァァッ!!」

 

 声が遅れて鼓膜を震わせた。衝撃が狂三の左腕を駆け抜け、強烈な痺れが狂三の表情を歪ませる。

 強固な掌と銃身が音を鳴らし、硬い地面を砕く――――右腕に来る衝撃を、色のない刀が弾き返す。

 

「助かりましたわ」

「いえ、遅れました。申し訳ありません」

 

 油断をして回避ではなく防ぐ、という手段を選んだのは狂三の責任であるというのに律儀な謝罪をする少女にフッと笑いながら、謎の生物(・・)から距離を離す。

 

「ゥ……ギ、ァ……」

「…………」

 

 〝それ〟は人でありながら異形であった。地に爪を突き立てた人の腕と脚。顔の形がわからぬほどに見覚えのある光を纏った怪物。

 ああ、嗚呼。かつての無知な狂三であれば、彼の怪物をこう呼んだのだろう――――精霊、と。

 

「……狂三」

「思い出したくもない憎たらしい顔を浮かべてしまいましたわ。わたくしとしたことが、らしくもないことを」

 

 思い出したくもない。けれど、決しては忘れてはならないこの世で狂三が最も嫌悪し、殺意を抱くその顔を。

 ――――その時、少女の雰囲気が僅かに変化したのだが、幸か不幸か怪物に視線を向けていた狂三がそれに気づくことはなく、少女も悟られるような変化を表に残したりはしない。

 

「……そうですか。ところで、アレの動きが鈍いようですが」

「打ち合いに【二の弾(ベート)】を仕込んでおきました。ええ、ええ。わたくし、二度同じミスはいたしませんもの」

「さっきのこと、めちゃくちゃ根に持ってるじゃないですか。というか手癖が悪すぎますよ」

「あなたの蹴り癖ほどではありませんわ」

 

 これほど『どっちもどっち』という言葉が似合うこともそうないだろう。地面を砕く怪物を前にして、平気な顔で――と言っても一人は顔が見えないのだが――会話をする少女たち。

 

「……っ」

 

 けれど、ほんの僅かな指の震えが銃の装飾から音という形で白の少女の鼓膜を震わせた。

 怪物を前に怯えている、のではない。それほど可愛らしい少女であるなら白の少女も少しは苦労をせずに済んでいる。ならばそれは――――――

 

「変わりましょうか?」

 

 それでも、変わります、ではなく変わりましょうかと問いかけたのは少女が時崎狂三という女を一番知っているからだった。

 

「……わかっていて聞くだなんて、意地悪な従者様ですこと」

「動きを合わせます。残りの人形は片付けておきますから……まあ、増援と合わせて一分もあれば片がつくかと」

 

 時間の浪費は嫌いだと言ったが、冗談を抜きにするほど余裕を無くせとも言っていない。が、狂三は己の頬を伝う汗で応える余裕がないことを自身で悟った。

 ――――くるりと銃が回転し、手に収まる。汗を振り払い、眼中の生物に意識を叩き込む。なるほど、アレほど狂三が相手をするに相応しい物は他にないかもしれない。

 

「では――――十秒で」

「ご武運を、我が女王」

 

 怪物が現れてから十数秒。音を置き去りにして、姿が消える。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】」

 

 狂三が己に弾を打ち込む一秒の間に、獣は彼女に牙を剥く。暗い光を纏う腕、華奢な肉から信じられないほどの剛腕を発揮するそれを、狂三は一秒が遠く思える刹那の時間で飛び立ち避けた。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉・【一の弾(アレフ)】。狂三が所有する十二の弾丸で時間の加速(・・)を司る力。

 

「アァァァ――――ッ!」

 

 だが、神速の領域に達した狂三に怪物は追い縋る。地を砕く音と声を置き去りにして、壁を破砕しながら(・・・・)狂三へと腕を振るった。狂三が軽やかな動きで足場にした壁に、次の瞬間怪物の腕がめり込み、壁を走る狂三に壁を抉りながら追い縋る――――これが一秒にも満たない時間で行われたのだ。

 

(力だけならわたくしより上、ですわね)

 

 よくよく見れば、哀れにも巻き込まれた人形兵が粉々に砕かれている。膂力だけならば、狂三が正面から受けて立てる理由は見当たらなかった。

 もっとも、狂三と少女は力で競うタイプの精霊ではない。それでも、精霊を上回るほどの膂力は圧倒的という他ないだろう。加えて、天使の力で加速した狂三を捕捉して尚且つ追いつくだけの速力。一撃目が完全な不意打ちとなった理由は、十中八九この異常な力と速度だ。

 一体、どういったやり方でこのようなものを作っていたのか。どういう目的があったのか。大体は見通せる。恐らく、主犯(・・)を除いた既存の精霊の中でこの怪物に関して二番目に(・・・・)詳しい狂三は、事のあらましがその瞳に映っている。

 

「――――本当に、追っていた甲斐があったというものですわ」

 

これ(・・)は狂三が撃ち抜くものだ。撃ち抜かればならないものだ。その先にある者たちを、そのあらゆる事象の全てを――――〝なかったこと〟にするためにも。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――――」

 

 勝負は指で数えられるだけの時間で決まる。ああ、確かにその力は驚異的だろうとも。ただ狂三の中にある感傷を除けば、それは驚異的というだけで済まされるものだ。

 驚異的などという言葉で済まされるのなら、あくまでその程度。本物の精霊というものは、そんな驚異的という言葉を歯牙にもかけない怪物。

 

【――――――――――――】

 

 それこそ、怪物(せいれい)の前にひれ伏した炎を纏う異形のように。燼の如き腕を狂三に向かって伸ばしていた、彼女(・・)のように

 

「ああ、ああ。今日は本当に、本当に――――――嫌なことばかり、思い出す」

 

 狂三が壁を蹴る、重力に引かれて落ちる。怪物が壁を踏み抜く。落ちる狂三に神速の腕を振り抜く。

 狂三が息を吐く。銃口が光を纏う異形の頭部を捉えた。引き金を引く。けれど、その刹那の先で腕は狂三を砕く。そこに異形の意思は必要としない。狂三が引き金を引き、弾丸を放つことと同じ。自然と落ち行く力に意思を介入させる必要はない。重力に引かれて落ちる腕は、たとえ異形が殺されようと目の前のものを砕くだろう。

 

 

「【七の弾(ザイン)】」

 

 

 本当に、その腕が動けるのなら。その重力を感じられるのなら、そうなっていたかもしれない。

 時が止まる。異形が纏う不可思議な光、狂三の霊装が発するものと同じ光が、重力と力で加速した小さな身体が。

 女王が回る。くるりと回り、トン、と地面を飛んだ。その手に――――かつての彼女にはなかった、色のない刀を手にして。

 

「――――――――」

 

 振り抜いた。ものの数秒、周囲には狂三の吐息だけが響いた。果たしてそれは謝罪であったのか、別れであったのか。誰に聞き取れるものでもなかった。

 

「――――――――――――――ァ」

 

 鮮血が舞った。そこにはもう狂三はいない。動き出した時間の中で、あの勢いが嘘のように異形は地に堕ちる。

 たったそれだけ。時間にして、十秒。それが狂三たちの前に現れ、暴れ、死滅した時間。時の概念を歪める少女の前に、散った者が立っていられた時間であった。

 

「…………慣れませんわね、どうにも」

「慣れてもらったら私がいる意味がないでしょう」

 

 と、刀を振るった狂三に対して〈バンダースナッチ〉を脚で貫く(・・)白の少女が言葉を向ける。あの一瞬、刹那の時間で狂三に刀を投げ渡したのは少女だ。

 

「……慣れないでくださいね、我が女王。あなたにそれは、あまり似合わない」

「……そうかも、しれませんわね」

 

 鮮血を生み出してなお、色を持たないその刀を狂三は少女に投げ返す。人を斬る感触というものには慣れていない。なのに、手には妙に馴染んでくれる。まるで狂三のために造られたものか――――狂三がこうした獲物を持つ未来があったとでも言っているかのようだ。

 力と速度と、耐久度。精霊のなり損ない(・・・・・)は狂三たちのように特殊な能力は持ち得ていなかった。が、一度手にした力を何らかの方法で底上げし、精霊に等しい身体能力を得るに至った――――その何らかの方法が何かというのは、この施設がデウス・エクス・マキナ・インダストリー社所有のものであることから、想像に固くない。

 故に一撃で絶命をさせるため、あえて弾丸ではなく斬撃を選んだ。相手が単純に人であるならばどちらであろうと変わりはないが、人でないのなら一撃の重さで絶命は早く済む(・・・・)

 

「……ァ」

「っ!」

 

 ――――そう考えていた。だから、急所ごと身体を斬り裂かれて生きていられるなど、どういう実験を繰り返していたのだろう。

 狂三は考えたくもなかった。振り返り、翻る鮮血のドレスよりも鮮明な血を流した異形の怪物を――――少女を視た。

 

「イ、タ……イタ……タスケ、クル……シ……」

「――――っ、あ」

 

 苦しい。苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい――――どうして、殺すの?

 それは世界のためだと思っていた(・・・・・)。それは友のためだと思っていた(・・・・・)。それは家族のためだと思っていた(・・・・・)

 それが皆の、己の幸福に繋がると。それが時崎狂三という少女の存在意義だと――――ああ、それはなんて愚かな思考の停止だったのだろう。

 そうして殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して、殺した。殺し回った。今、痛みに呻いて狂三に手を伸ばす少女のように。人だった者たちを殺して回ったのだ――――そうして、幸福に繋がると信じていた友を、狂三は。

 

「……狂三」

「っ……」

 

 ハッと狂三が視線をあげると、その視線を遮るように色のない刃が存在していた。いつの間にか、白の少女が人形を駆逐して狂三の前に立っていた。それだけの時間立ち竦んでいたというのに、異形の少女は狂三に手を伸ばすことしかできなかった――――もう、長くはない。先の一撃が致命傷だった。それで死ぬことが叶わなかったのは、最後まで運命というものが異形と化した少女を見放したのだろう。何の罪もない、少女を。

 

「……あとは私が。あなたは探し()を――――」

「いいえ。それは『わたくし』で十分ですわ」

 

 ――――巫山戯るな。

 

 トン、トン、トン。無慈悲に、優雅などなく。歩む死神は手を伸ばす異形の前に立って、己の誇りであり罪であり最も忌むべき古式の銃を彼女に向けた。あの日のように、けれどあの日とは違う感情を以て。何の罪もない少女に時崎狂三は銃口を向けた。

 

「……………………」

「イタ、イノ……クルシイ、ノ――――コロ、シテ、クダ、サイ」

 

 異形を見下ろす異形の双眸に、かつての憧れも夢もない。夢見心地で、幼稚で甘かった時崎狂三はもういないのだ。今はただ、己の罪と彼の神を撃ち取るため、修羅となった者でしかない。

 ――――それでも、少女はその手を取った。罪の証を手に取った。

 

「ァァ……」

「大丈夫。もう、痛くありませんわ。もう、痛いことは何もありませんわ。ですから、どうか――――――」

 

 だから、どうか。

 

「――――ありが、とう」

 

 眠りの中では、優しい夢を。

 

 いつか、誰かに言われた救いの言霊を以て。時崎狂三はその手で引き金を引く。幾年振りの感触は――――――

 

「慣れては、くれないのでしょうね」

 

 いつまでもいつまでも、時崎狂三を苛むもの。

 

「――――ああ」

 

 白の少女はそれを見ていた。誰よりも慈悲深く、誰よりも優しい少女が引き金を引く瞬間を。

 罪がないというのなら、狂三にだって罪はない。彼女はいつだって逃げ出していいのに、それをしない。悲劇の連鎖を〝なかったこと〟にするために、悲劇の連鎖を断ち切るために、自らが悲劇を生み出す存在となることを選んだ少女。それは人殺しではないと言いたい。けれど、言ってしまったら、人ではないと認めてしまったら、精霊である狂三はどうだというのだ。彼女は人を殺した――――その結果をなかったことにしようと、決して消えることのない罪をまた一つ(・・・・)背負ったのだ。

 狂三の選ぶ道は険しい。彼女の生き方は修羅そのものだ。それでも少女は立ち上がった。彼女の罪でない亡骸を手にして、時崎狂三は立ち上がる――――その生き様が修羅であろうと、その心はかつてと変わらない。

 

「征きましょう」

 

 それは美しいものだ。狂三が、狂三の姿が、狂三の魂が。時崎狂三という存在そのものが、美しい。

 その双眸は異形である。その双眸に映るは憎悪である。身を焦がし、心の炉に憤怒を焼べる者である。

 きっと狂三は許さない。己を、彼女を、自分を(・・・)。白の下に隠されたその貌を。それでも――――――ああ、それでも。

 

 

「はい。全ては――――我が女王のために」

 

 

 この狂おしい感情があるのなら、その結末を選ぼうと惜しくはないと名も無き少女は思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「――――確かに、当たりではあったのでしょうね(・・・・・・・・・)

 

 そう言って狂三が片手で放ったのは、研究区画に落ちていた人間(・・・・・・・)。たった今、その片手の銃で記憶を読み取った研究員だった。

 狂三と白の少女の前には椅子がある。それは座ると言うより座らせるためのもの。拘束するためのもの。あまりに厳重なそれは、組織にとって最も重要なサンプルを繋ぎ止めていたものなのだろう。

 

「入れ違いですか?」

「ええ。ほんの数ヶ月前に。もちろん、この中の誰も先など知らないのでしょう。使い捨てられるほどの人材、羨ましいものですわねぇ」

 

 貴重な実験体に繋がる証拠を残しておく必要はない。ここは既に使い捨ての施設。あの少女のような被検体がいつ暴走してもいいように厳重に隔離された場所。あのような玩具(にんぎょう)を量産実験し、危険な被検体を弄ぶにはうってつけというわけだ。

 見事に一杯食わされた狂三は、はぁと息を吐いて言葉を続けた。

 

「まあ、第二の精霊(・・・・・)さんが未だ彼らの手元にあることがわかったというだけ、良しとするとしますわ」

「ポジティブですね」

「そうしなければやっていられませんわ」

 

 狂三の霊力は目的のために使用を避けなければならない。膨大な分身の情報収集にも限界はある。その上、探し求める精霊――――狂三以上に知識という点で優れた第二の精霊を探し当てたとしても、狂三の目的が達せられるわけではないのだ。

 砂漠で一粒の雫を見つけ出すより難解。無駄であろうと積極思考にならなればやっていられない、と狂三が髪をかき上げ大きなため息を吐く。ここまで目に見えた焦りを狂三が見せるのは久しいことだった。

 

「では、我が女王」

 

 そんな時崎狂三に、従者はニコリと笑いかけた。声で笑みを表現する芸達者な少女に狂三は訝しげな視線を向ける。

 

「なんですの?」

「私が知っている、あなたが求める膨大な霊力の当てをお話します。行きましょうか――――()が待つ、天宮市へ」

「………………は?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ほう……〈ナイトメア〉が」

 

 興味深い。くすんだ髪が揺れ、暗く淀んだ目が僅かに興味を惹かれて刃物の如く煌めいた。刃物であるならば、まだ生易しいと言える者であるかもしれないけれど。

 

「はい。現場は焼き払われ、試作品と件の被検体を消失。申し訳ありません」

「ああ、その程度は構わない。あの被検体も力こそ精霊に比肩したが、制御ができないのであれば全く意味がない。必要なデータも得られた。都合よく後始末を買ってくれた〈ナイトメア〉には感謝をしなければならないな」

「アイク」

 

 年若い少女が男を諌めるように名を呼ぶ。曲がりなりにもDEM社の上に立つ者が、精霊に感謝などと言いたげだ。椅子に背を預けた男は肩を竦め、言葉を返す。

 

「冗談だ。そんなに睨まないでくれたまえ――――それより、この写真は実に興味深いな」

 

 失った資材(・・)には欠片も興味を示さない男が、現像された写真を手にして唇に笑みを作る。それは奇跡的にデータを送信した〈バンダースナッチ〉が送り出した――――何かが映っている(・・・・・・・・)映像だ。

 

「解析はしたのだろう?」

「はい。ですがそこに()がいるのかまでは……」

「認識の阻害が、消失か。どちらにせよ興味を惹かれる。〈ナイトメア〉がこのような存在と行動を共にしているとわかっただけで、あの施設も浮かばれるというものだろう」

 

 何度殺しても現れる精霊〈ナイトメア〉。彼女と行動を共にしていると思われる正体不明(アンノウン)な存在。

 心が踊るとはこのことを言うのだろうか。彼は、アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは嗤う。その意味を彼が知るのはもう少し後の話となるが――――その願いを口にしたのは、全てが始まるより、少し前のこと。

 

 

「――――是非、会ってみたいものだ。正体不明の精霊というものにね」

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、言うことで。彼が精霊の霊力を封印できて……って、我が女王、ちゃんと聞いてます?」

「聞いてますわ……あなた、わたくしと行動を共にしながら、よくもそんな貴重な情報を数年も……」

 

 件の実験場から立ち去った狂三と少女。結局、あと後得られた情報は、被検体の出処が実験場の奥深くということのみ。その場所は見て気持ちいいものではなく、恐らく狂三を狙ったのも霊結晶(セフィラ)に反応してのことだと白の少女が語った。自身から抜き取られた霊結晶を求め、狂三を探知して()から飛び出したのが事の真相――――それを理解した直後、実験場を火の海にして中の人間たちを適当な場所に放り投げて彼女たちは立ち去った。

 そうして少女と仮拠点に戻った狂三は、素っ頓狂な声を返してしまった事の詳細を聞き、今度はげんなりとした珍しい顔を見せていた。せっかく道を切り開くことができるというのに、悲願を達する術を見つけたというのに、それを隠していた性悪な従者に言葉を失ってしまったのだ。

 

「悪いとは思っていますけど、私だって考え無しじゃないですよ。私も彼女(・・)を見るまで、時期に確信が持てなかったものですから」

「つまり、予感はあったと」

「もー、女王様は揚げ足取りが得意なんですから……時間を無駄にするのは、お嫌いなんでしょう?」

 

 ――――霊結晶の濾過装置。それがあの精霊もどき(・・・・・)の正体だ。

 犠牲にした少女の始末は彼女自身、それかかつての狂三のような精霊の資質を持つ少女を誑かして行わせる。しかし、そんな濾過装置がDEMの手に一体でも渡っていたという事実――――ほんの僅かな見逃しと焦りは、その感情を己のもののように理解ができる白の少女に時期を悟らせるには、十分すぎるものだった。

 確かに狂三にとっては、あの少女を解放すること以外は徒労に終わった旅路だったのかもしれない。だが、白の少女にとっては朗報を伝えることができる価値ある旅路だった。もっとも、その伝えられた本人は不満げな表情を顕にしていたのだけれど。

 しかし少女の返しに眉根を顰めていた狂三も、段々と事実を噛み締めるように、感情を昂らせた貌で声を発した。

 

「まったく苛立たしく、忌々しいですが、許しますわ。ええ、ええ。時間の無駄遣いをせずに済みますもの。さあ――――――」

 

 狂三は思案した。さて、どうしよう。どうしてやろう。どう味わおう。けれど、初めに思ったことは彼の命を摘み取るやり方ではなかった。

 

 

 

 

 

「――――琴里! ご飯の前に菓子を食べるなってあれほど――――」

「わー、おにーちゃん怪獣が怒ったー!」

「誰が怪獣か! あーくそ、逃げられた。ちゃんと飯も食うんだぞ!」

 

 それは、まだ己が何者であるか、どんな運命を背負っているのかを知らない少年の一幕。先に待つ激動の前に記憶の片隅にしまわれ消えた日常の時間。

 

『――――先日、――――社が所有する――――が、爆破テロを――――』

「……ん?」

 

 ふと途切れ途切れに鼓膜を震わせたのは、妹が熱心に見ていたテレビのニュース。その内容は、どこかの会社が爆破テロに見舞われたという物騒なものだった。

 

「空間震も最近は増えてるってのに、とんでもないことする奴らもいるんだな……」

 

 少年にとっては遠く離れた出来事。自分が関わるなど到底想像もしていない。

 

 ああ、だからなのだろう。彼の口から零れた言の葉は無意識なもの。数分あれば、発した彼自身が忘れてしまうような思考から偶然零れ落ちたものなのだ。それは彼女と変わらない。本当に偶然、思い浮かべたことを口にしてしまっただけだ。

 

 

「――――さあ、どのようなお方なのかしら」

「――――一体、どんな奴なんだろうな……」

 

 

 己の宿命を知る少女と、己の宿命を知らぬ少年。

 

 時は三月三日。物語を始めるには遠く、けれど語り切るには短い時間。先にある長い物語の前にあり、刹那と消える物語。

 

 それは――――終わりでも始まりでもない物語(リビルド・プリクエル)。宿命を背負いながら、未だ運命を知らぬ少年と少女が重ねた時間の名であった。

 







元々くるみんとアンノウンの冒険記みたいなのやりてーなーと連載当初から思ってたんですよ。二人が無双してずどーんぶしゃーんみたいなやつ。まあ誰需要だよHAHAHAと頭の妄想だけで終わってたんですけど。

それが二日ほど前にふと全てが舞い降りて出来上がったのが本作。マジでボス枠からオチまで全て浮かんだ。なんだったら最後の二人のシーンが作りたかったのが9割。いいよね、オタクが好きそうな交差の会話……そんなオタク私くらいかもしれないですが。
如何せん戦闘書いたのも久しくて、あんまり盛ったりはできなかったなぁと……ていうかボス枠強くしすぎると本編の説得力が削れるのが難しいの!この前日譚に矛盾があっても許して許して。

そんなこんなでそれぞれの前日譚、いかがでしたでしょう。狂三とアンノウンが士道くんなしだと互いに一方通行なのが自分でよくわかりました。というかこうして趣味だけの書いたの久しぶりというか……あ、最近は有償依頼やったりファンボ開いたりしてます。まあ健全じゃないですが、デアラなら健全な依頼もお引き受けできるのでよろしければ覗いて………………とは言いづらい代物しか書いてねぇ!
それではまたいつの日か。ここまで読んで下さった方にちょっとしたオマケ品を添えておきます。まあこれ書いたの1年前だけどな!!!!!!続きが出来たら奇跡だよ!!!!!!



◆◆◆◆◆◆◆◆

 ――――――息を呑んだ。
 そうしなければ吐き出してしまいそうだった。
 そうしなければ逃げ出してしまいそうだった。
 それは、あまりに現実から離れた悪夢のような光景だった。
 赤い。赤い、赤い、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い――――――真紅。
 塀と地面にぶち撒けられた血。およそ人の流す量ではない血が撒き散らされて、視覚が認識したそれに遅れ異様な臭気が鼻腔を蹂躙する。
 今すぐにここを離れたかった。助けを呼びたかった。単なる一人の高校生。ようやく中学の衣服を脱ぐことが叶った士道には荷が勝ちすぎている。

 ああ、だけど。けれど、それでも。逃げられなかった。どこにも行けはしなかった。異質な光景。常識外の視界。非常識の恐怖。その全てを捩じ伏せ、その全てを喰らい尽くすもの。それがそこにあった。

 それは、少女だった。

 鮮血の中心に少女が一人、そこにいた。


「ぁ――――――」


 歎声が零れた。否、音になったかさえも怪しい吐息は、誰に届くこともなく消える。
 少女が座り込んでいた。息絶えたように。息絶えようとするかのように。血を鮮やかに、鮮血のように彩られた紅色。絡み合う黒色。目の錯覚、なのだろうか。それは、この世のものでない輝きを以て目の前に、士道の目を引く美しさがあった。
 しかし、それがこの世のものでないのなら。それを身に纏い、あまつさえ霞ませる彼女自身は一体何なのだろう。女神か、その女神さえ嫉妬させてしまう神の御使いであろうか。
 左右非対称に括られ、靱やかに下がる射干玉の髪。紅色の右目と、金色(・・)の左目。その双眸が、非常識さえ士道の視界を縛ることを望ませない。

 全てだ。目を、思考を、心を。士道の全てを一瞬にして奪い去った。
 それは、あまりに。
 それは、どこまでも。
 それは、妖しいくらいに。

殺人的なまでに(・・・・・・・)美しい(・・・)


「――――誰、だ……」


 それを問い掛けと呼ぶことを、冒涜と言う。
 そう感じてしまう。そう思ってしまう。断罪を待つ咎人のように、士道は時を進めた。
 少女が、ゆっくりと視線を上げてくる。


「……わたくし、は」


 蠱惑の如き声音が、世界を震わせた。
 しかし。


「――――ただの、人殺しですわ」


 凄惨に、少女は微笑んだ。


「――――――っ」


 時を刻み。運命を撃つ。

 二人の時間が交わり――――――違え、定められた物語は、始まった。





to be continued――――『狂三ロスト』
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